【完結】僕らのフェアリーテイル

「えっ!?アズールは彼女の小さな姿を見たことがないのですか?番なのに?」

今回の事件は、ジェイドのあけすけな一言から始まった。
それは仕事の間中僕の脳内に響き渡り僕をイライラさせていたが、やっとのことで締め作業が終わった頃にピークを迎えた。

「ねーアズールはなんでそんな難しい顔してるわけ?」
「別になんでもありません」
「えー?その顔はなんでもなくねぇだろ」
「なんでもありませんったら!」

僕の不機嫌な声がVIPルームに響き渡る。
それにすら辟易して、もう無理だと立ち上がった。

「二人とも仕事は終わったんですか?僕はもう上がります!あとはよろしくお願いしますよ!」
「えー!?ずりぃ!」
「フロイド、たまには支配人に休息を、ですよ。もうほとんど終わっていますから問題ないでしょう」
「…ジェイド…。何か知ってんだろ」
「ふふ…いいえ、何も」

重厚な扉がバタンと閉まり、僕と言う不機嫌な主はその部屋から姿を消した。
カツカツと鳴る磨き上げられた靴の音が耳障りだ。
本人に聞けばいいのはわかっている。
けれど、一度も元の姿を見たことがないのに。
もしもそれが嫌なことだったらどうするんだ。
自分だったら、種族が違う番に、元の姿を見せてくれなんて唐突に言われたら気分が悪いし色々と勘繰ってしまう。
誰だって隠したいことの一つや二つ、あるのが普通だ。
そう思えばこそ、聞くのすら憚られる。

「僕がいくら彼女のことを愛していたって…それとこれは話が別だ…」

最初こそ、宝石に目が眩んで囲ったけれど、妖精だから好きになったわけじゃない。
彼女だったから、好きになったし、番にした。
別に、元の姿を知らないからって、この気持ちは変わらない。
そう、自分に言い聞かせて、自室の扉を開けた。

「あ!アズールさん!お帰りなさい!」
「…!起きていたんですか」
「はい、新しいアクセサリーを作っていたらこんな時間だったので、それならもう少しって思って。タイミングがよかったんです。ふふ、アズールさんにお帰りなさいって言えるの久しぶりですね、嬉しい!」

なんともかわいい台詞に『ぎゅん!』と胸が鷲掴みにされたのがわかった。
ああ、やっぱり好きだなと、そう思ったらスルリと言葉がでてきて、自分でも驚きが隠せない。

「貴女にお願いがあって」
「お願い?なんですか?」
「本来の姿の貴女を見てみたいんです」
「本来って、」
「妖精の姿、です」

彼女はその言葉を聞くと、パチクリと一度瞬きし、そのまま固まってしまった。
これは聞いてはいけないことを聞いたのかもしれないと自分に嫌気がさしてももう遅い。
出てしまった言葉をひっこめることは誰にだってできることではないのだ。
もはや取り繕うしかないが、こういうのは僕の苦手分野だから始末が悪い。

「っあの、強制はしません!僕だって唐突に本来の姿を見せろと言われていい気はしませんから、その気持ちはわかりますから、だからその、」
「…どうして、見たいのか、聞いても…?」

反応が返ってきたことに少しだけ安堵する。
少し恥ずかしくもあったが、本音を隠すと拗れそうだったので感じたままに言葉を繋ぐ。

「…僕の知らない貴女を、他の誰かが知っているのは許せません。だから、その、つまり…」
「…!」
「…え?な、なんです…?」
「それって、それって、嫉妬…?」

キラキラした瞳で僕を見つめてくる彼女は、僕の返事を待っている。
自分の感じていた気持ちを一言で表現され、しかも核心をつかれていたので僕はたじたじ。
恥ずかしい。見たこともない妖精の仲間たちに勝手に嫉妬して、僕という男は大層小さいなと。
でも、ここで返事を保留するわけにもいかない。

「っ…そうですよ…!女々しくてすみませんね!!」
「しっと…!」

さらに僕に詰め寄って、彼女は頬を紅潮させる。
なぜ?いや、結果として退かれなかったのはよかったが、疑問は拭えない。しかしなんと聞いたらいいやらと頭を悩ませていると、彼女の方からこう言った。

「私はアズールさんしか好きじゃないですっ!」
「、へ?」
「嫉妬してもらえるなんて嬉しいけど、私はアズールさんが好きなの!アズールさんだけよ!」

熱烈な告白に『んぐっ!?』と馬鹿みたいな音が喉から発されたが、彼女が嬉しそうにぎゅうっと抱きついてきたことですぐに現実に引き戻された。

「そんな風に思ってもらえて、嬉しい…」
「うれしい?」
「だって、それだけ私のことを思ってくれている証拠でしょう?とっても嬉しいです。私、別に元の姿に戻りたくないとかではないんです。でも、やっぱり、ちょっと怖くもあったので」
「怖い?どうしてです?部屋から出るわけでもないでしょう」
「うーん、外敵が怖い、というのではなくて…。嫌われちゃうかなって」

彼女がぽつりぽつりと話すには、大きさの違い、種族が違いが歴然となり、嫌われてしまうんじゃないかと危惧していたとのことだった。
そんな風に思われていたのか、自分の気持ちは半分も通じていなかったのかもしれないと、少し残念に思ったが、よく考えれば僕は僕のことを彼女に伝えていなかったなと気づく。

「そういえば僕は自分の種のことを貴女に話していませんでしたね」
「…?ヒトにも種族があるの?雄雌ではなくて?」
「あまりにも唐突な出会いと恋だったのでお伝えするのを忘れていました。許してください。僕も、貴女を番にするにあたってきちんと話しておかなければならないことがあります。きっとそれを聞いたら、貴女のそんな不安も払拭できると思うので」

本来であれば、自らこのような発言をするなんて考えられないが、彼女を繋ぎとめるためと思えばたやすいことだ。

「僕はヒトではありません」
「えっ!?でも、」
「僕は、といいますか、この寮の人間はほとんどが人魚です。魔法薬を飲んでヒトのように足を生やして、陸で生活しています」
「…!ほんとうに!?」
「ええ、ですので、そもそも論として、種族が異なることを理由に貴女を避けることは絶対にありません。なぜなら僕もヒトではないから。そのような理由で迫害される悲しさを、僕は直観的に理解しているし、僕もそれをどこかで恐れているからです」
「驚いたけれど、それでこの寮が海の中にある理由がわかったわ。教えてくれてありがとうございます。種族の話なんて、あまりしたいことではないでしょう?不躾なことを聞いてしまいました。ごめんなさい」
「不躾なのはこちらですよ。こちらが質問したのですから、本来ならこちらから手の内を明かすべきでした」

蟠りが生まれなくてよかったと笑えば、彼女も安心したように肩の力を抜いた。そうして、すぐに、『さっきも言った通り、もとの姿に戻りたくないわけじゃないんです』と言葉を続ける。

「大きくなるのは、自分の魔力を込めるだけなの。でも、小さく戻るには条件がいくつかあって、それを満たさないといけなくて」
「そうなんですか…」
「はい。普通に考えれば、小さいほうが人間を撒くのに有効な手段ですよね?なので、大きくならなければならない場面というのはめったにないと思われているから、特定の場所…そこは、秘跡と言われるんですけど、その秘跡で詠唱を行わなわない限りは…。アズールさんの気持ちに応えられなくて、ごめんなさい」

しゅんと眉を下げるので、僕は反射的にその身体を抱きしめて髪を撫でた。

「問題ありません。僕だって、売り言葉に買い言葉のような形でこの話を持ち出したのが悪かったんです」
「売り言葉?」
「ああ、こちらの話ですよ。僕のことをわかってもらうきっかけになったと思えば、このくらいなんとも」
「種族を越えているのが私だけじゃなかったのは驚きでした。でも、嬉しかった。私たち、最初からいろいろなものを飛び越えて一緒にいたんですね…。なんだか不思議」
「そうですよ。ですので、一つ一つわかりあって、これからも一緒にいられるようにしたいものです」

そういえば、僕の腕の中からもぞ、と顔を覗かせて、ふわふわと笑顔をみせた彼女には、優しいキスを一つ。
互いがどんな姿であろうと、生きてきた環境がどうであろうと、心を通わせたときに彼女が言った通り「大切なのはあなたの気持ち」というのが重要なことだと改めて噛みしめて優しい夜を過ごすのだ。

ジェイドを何と咎めようかと頭の片隅で考えていたことまでも、この暖かい時間に溶けてしまった。
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