【完結】僕らのフェアリーテイル

それは、ジェイドのちょっとした嘘が招いた最悪の事故だった。

「フロイドさん聞いて!!私、ジェイドさんと絶交する!!」
「はぁ!?」

ある日、フロイドが自室に戻ると、突然妖精がフロイドに突進してきたので、慌ててその身体をひっぺがす。
こんなところをジェイドに見られたら、命がいくつあっても足りないと辺りを見回しながら『とりあえず何があったか話してよ』と妖精を落ち着かせた。

「ジェイドさん、私に嘘ついたのよ!」
「うそぉ?」
「そうよ!これ見て!!」

見て、と言って指差されたのは、一冊の本。
それは今朝、フロイドが妖精に渡した、プライマリースクールで利用していた教科書だった。
教科書といっても、算数や社会といったものではない。
その教科書のタイトルは「陸を学ぼう」。
御察しの通り、海と陸の文化や生物を比較し、異文化交流に備えるための教科書である。
妖精が『もっと陸のことを知りたい!』というものだから渡した一冊だったのだが。

「私ね、フロイドさん!ジェイドさんが苗床だって聞いたの!」
「は?なえどこ?」
「そうよ!ジェイドさんにはキノコが付いているの。それで、それのお世話をしたんだけど、」
「待って待って待ってそれ以上聞きたくないんだけど、」
「だめ!フロイドさんしか聞いてくれる人がいないもの!!お願いよ!!」
「うっ…。わぁったよ…聞くだけだかんね…!?」
「うう…ありがとうフロイドさん…」

恐る恐る覗いたそのページには、フロイドの想像通りのイラストが描かれていた。
その章は『ヒトのからだのしくみ』である。

「絶対そこだと思ったんだよなぁああああああ」
「!!どうしてわかったの!?」
「っ…いいよもう続けて…で、キノコがなんだって?」
「そう!!これをね、キノコって言ったのに違ったのよ!そういえば、別の時は男性器って言ってたわ!!騙されたのよ私!!嘘をつかれたの!!許せないわ!!」
「ジェイド、日常的に嘘ついてっけどね…」
「フロイドさん、何か言った!?」
「イエナニモ」

純粋な妖精は、何がどうというよりも、嘘をつかれた、ただその一点が許せないらしい。
瞳を潤ませながら、教科書の前にぺたりと座り込んで、うなだれてしまった。

「信じてたのに…ジェイドさんのこと…だから、こうして一緒に…うっ」
「ああ〜〜も〜泣かないでよ!!オレこういうのどうしたらいいかわっかんねぇんだよな…」
「私が、私が…雌雄があまりわからなくて…それに、ヒトのことも、あまり…知らないからって…」
「ねぇ、とりあえずさ、落ち着いt」
「フロイド!!仕事をサボってはいけま…え?」
「うーーーーわーーーーーー…ここでジェイド登場!?」
「…フロイド…。命を差し出す準備をしなさい…」
「ちょっと待ってマジで話聞けオレが悪いわけじゃなくて、妖精ちゃんがっ」
「ジェイドさんのバカーーーーーー!!」

フロイドが、今にも泣いてしまいそうな妖精を慰めようと手を差し出した、そのタイミングで、運悪く、ジェイドが部屋に入ってきたのだから大変だ。
あと一秒後にはフロイドの息の根が止まったかもしれない危機的状況は、しかし、妖精がジェイドに飛びかかったことで収まった。
ジェイドの頬に飛び掛って、妖精は、ぽかぽかぽかと、その小さな手で頬を叩く。
もちろん痛くもかゆくもないジェイドは、その可愛らしさに逆に頬を緩ませていた。

「妖精さん、どうしたのですか?僕に何か御用でしたか?あれほどフロイドに聞かないでと念を押したのに、悪い子ですね」
「悪いのはどっちよ!!ジェイドさんったら、私に嘘をついたんだわ!!」
「うそ?」
「ジェイドさん、苗床じゃなかった!それにキノコも!キノコじゃなくて、男性器だったんだわ!!」

その言葉に一瞬ぽかんとしたジェイドは、次の瞬間には、なんだそんなことかとやっぱりまた頬を緩ませた。

「あの時は仕方がなかったんですよ。緊急事態だったので」
「どこがよ!!私、本当に心配したのに…ッ!!」
「僕のことを心配してくれたんですか?とても嬉しいです」
「重要なのはそこじゃないのよ!!っもう、もう、絶交よ!!」

そのセリフを聞いたジェイドは、ピシッと固まってしまった。
どうやらジェイドにとって、妖精から告げられる「絶交」の二文字は効果覿面こうかてきめんだったようだ。

「ぜ、ぜっこ、う?」
「そうよ!もうジェイドさんのことなんて知らない!」
「ぜっこうとは、あの、交わりを絶つ、あの絶交ですか…?」
「そうよ!私、フロイドさんにお世話してもらうの!!」
「は!?オレを巻き込まないでくれる!?」

グリンと顔を捻ってフロイドをみるジェイドの顔は、言葉では表せないほどにどす黒かった。
けれど、フロイドとしてもこのように慌てるジェイドを見るのはいつぶりかと、少し面白くもある。
だがその感情も、一瞬の後に崩れ去った。

「あのさぁ、ジェイド、自分が悪いんじゃん?嘘はダメでしょ嘘は。仮にも番っつってたじゃん自分で。ホントのこと言わないと」
「フロイドには関係ありません。口出ししないでください」
「あーーー!?そう!?そっかー!じゃあしらね!!オレがせーっかく優しくご指導してやってんのに!!もうしらね!後は二人でごゆっくり喧嘩別れでもすればァ!?」
「ふん」
「ごめんね妖精ちゃん、後はジェイドと話し合ってくれる?オレは出てくからまたね」
「えっ!フロイドさん、待って、ふ、あ…」

無情にも二人きりにされてしまった妖精とジェイド。
あれだけ威勢良く怒っていたのに、今となってはふよふよと宙に浮きながら指先をモジモジと動かすことしかできない妖精を見て、ジェイドの胸はキュンとした。

「あ、あの…ジェイドさん…」
「嘘をついたことは謝ります。その、…あの時は恥ずかしくて、つい口からでまかせを…」

寮生が見たら、嘘をつけ!!、と叫ばれただろうそのセリフだったが、妖精が気づけるはずもない。
シクシク、と目の下あたりに指を持っていかれたら、妖精にはもう、慰める道しか残されていなかった。

「ワ!!ご、ごめんなさいっ…!ジェイドさん、私も悪かったわ…!だから、泣かないで…!?」
「シクシク…ですがもう、僕たち、絶交、なのでしょう…?」
「え、あの、それは、」
「やっぱり…もう戻れないんですね…一生一緒と、おっしゃっていたのに…シクシク」
「ああもうッ!嘘よ!!絶交なんてしない!!大丈夫よジェイドさん、私、ずっとここにいるわ!!ジェイドさんと一緒に!!」
「本当ですか…?」
「本当よ!私は嘘はつかないわ!」
「ああ…お優しい妖精さん…!ありがとうございます!僕、心を入れ替えますね!!」

息を吐くように嘘をつくジェイドに絆された妖精は、そのままひし、とジェイドの掌に収まって、その指に抱きついたのであった。
しかし、そのラブラブタイムを邪魔するかのごとく、バァン!と飛び込んできたのはフロイドと。

「妖精ちゃん、アズールつれてきたっ!!」
「ちょっ、フロイド!担ぐな!やめろ!おろせっ!!」
「オレさ、妖精ちゃんのために考えたんだけど、やっぱアズールだよ!」
「っ僕はまだ仕事がッ!!」
「だーいじょうぶ大丈夫、すぐ終わるって!It’s a dealしてよ!」
「は?」

床に下されたアズールは、ずれたメガネとハットを直しながら、フロイドから渡されたステッキを手に取って、怪訝な表情をする。

「ジェイドにもう嘘つかせねぇように、契約させよ!」
「はぁ?」

妖精がぽかんとし、ジェイドがニヤニヤとする中、フロイドがアズールに事の顛末を説明すれば、なるほど、と頷いたアズールは、自分の時間を優先したのだろう、すぐに詠唱し、黄金の契約書を取り出した。

「で?契約を破ったらどうするのです?」
「えっとね、ジェイドのジェイドをイソギンチャクにして」
「っぶ!!!!!!!」

とんでもない提案にアズールが吹き出し、ジェイドも眉を八の字にする。

「それは、少し困りますねぇ」
「なんでだよ、ジェイドが嘘つかなきゃいい話だろ」
「ですが交渉ごとを任された時などは、多少の『盛り』は必要です。それがアズールのユニーク魔法に抵触しないとも限りませんから」
「なら、妖精ちゃんにだけ嘘はつかない、って言う契約内容にしたらよくね?」
「なるほど、それであれば構いませんよ」
「フロイドさん!素敵な提案をありがとう!」

なんだかんだで困っている妖精を放っておけなかったフロイドは、フロイドなりに考えてアズールを連れてきたのだった。
アズールは、もうなんとでもしてくれと言わんばかりに、『じゃあそれでいいんですね!』と契約書とペンをジェイドに差し出す。

「それではサインしてください」
「わかりました」

サインをしたジェイドが『これでいいですか』と妖精を見つめると、誠実になってね、と微笑まれ、ほわりと頬を緩ませたのは言うまでもない。

そうして翌日の朝のことである。

「いやー!!!!!!!!ジェイドさんの嘘つきいいいいい!!!!!!」
「おや…これは一体…」
「ンン…ウルセェな…なに…って、それなんだよっ!?!??!?!」

妖精の絶叫にジェイドとフロイドが目を覚ました時に、ジェイドの股間ではイソギンチャクが元気よく揺れていたなど、誰も予想していなかった。

「ねぇなんで!??!?!お前あの時、嘘つかねぇって!!」
「いえ…それが僕にもさっぱり…」
「いやあああ!!もうジェイドさんのことがわからないわ私っ!!」
「てかなんで股間出してんだよおおおおおおお!!!!!!!!!」

ジェイドの、息をするように嘘を吐く癖は、そう簡単には治らないことだけがわかったのであった。
なおそれから数時間後、イソギンチャクは、アズールの慈悲によって、取り去られたそうな。

「僕だってあんなもの見たくありませんからね」

とは、呆れたアズールのセリフに他ならない。
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