【完結】僕らのフェアリーテイル
その日もジェイドは学園から少し離れた山へと赴いていた。
目的は新しい山菜やキノコを見つけたい、という一点にある。
ジェイドの下調べでは向かっている山には湖があるはずで、そこにしかないものが採れる予定だ。
ずんずんと草木を分けながら湖に向かって進んでいく。
するとその道中、木の根本に珍しい形をしたキノコが生えているのが目に留まり、早速手を伸ばした。
が、触れようとした途端、キノコはフワリと手の隙間を抜けて行ってしまった。
「…キノコが、逃げましたね…」
想定外の現象に、ジェイドの好奇心は刺激された。
「待って…!」
キノコのことになると頭のネジが緩みがちなジェイド・リーチ。齢は十七。
普段の様にスマートにはいかなかったものの、狙いをつけて両手でそれを捕獲した。
「きゃっ!」
「!」
リンと耳の奥に響くような声が手の中からする。
掴んだそれを丁重に籠に入れて蓋を閉めてから覗いてみれば、そこには掴んだキノコだけでなく、何やら小さな生き物が見える。
「…!妖精…ですか。」
「あ、貴方、誰?ここから出してっ!」
キノコと妖精の組み合わせだなんて、こんなにツイていることがあっていいのだろうか。
誰に見られているわけでもないが、ガッツポーズをしたくなる喜びを抑え込み、学園へとんぼ返りすることになった。
山菜はいつでも探せるが、妖精はいつでも探せないのだ。
がちゃんばたん!
ジェイドにしては珍しく荒々しく扉を閉め、対照的に優しく静かに籠を机上に乗せる。部屋の扉には鍵をした。窓は一つもない。
そっと一呼吸してから籠の蓋を開けて、様子を伺う。
しかし、妖精は一向にそこから飛び出てくることはなかった。
「…?」
どこかで逃げられてしまったのだろうかと心配になったジェイドは、中を覗き込んで驚いた。この妖精は随分と肝が座っているようだ。
「寝て…いる?」
キノコの柄の部分を枕代わりにし、すよすよと寝息を立てているのは、間違いなく先程捕獲した妖精だった。
「おやおや…可愛らしいのに大物さんですね。」
くす、と困ったように笑ったジェイドだが、妖精をこのままにしておくわけにもいかず、ちょんとその頬を突く。
「寝ているところ申し訳ありませんが、少しお話ししませんか。」
「ん…んぅ……?」
くしくしと目を擦り、ふわぁ、とノビを一つ。
ヒトと大差ないその様子に、ふふ、と笑いが漏れた。
「おはようございます。」
「おはようご………っ!?」
「ああ、驚かせてすみません。」
「あっ、貴方さっきのっ!」
「先程は手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでした。これ以上危害を加えるつもりはありませんので、どうかお静かに。」
「…っ…私に何か用事!?」
睨んでいるのだろうか。キッと目を細められても、その大きさも相まって、微塵も怖さは感じられない。
「お伺いしたいことが何点か。よろしいですか?」
「……どうぞ、」
「ありがとうございます。では、一つ目。貴女は妖精、ですか?」
「そうよ。貴方は?」
「僕は人魚の妖精です。」
堂々と嘘をつけるのがジェイド・リーチであった。
「貴方も妖精なの?それじゃ今は人型をとっているってわけね…?それなら…敵、ではないのかしら。」
「ええもちろん。それから、二つ目。貴女はキノコがお好きなのですか?」
「そうよ。私たちはキノコをお世話する妖精なの。元気のないキノコに魔力を入れたりするわ。その代わりに少しだけ食べさせてもらったりして、いわゆる共生しているの。」
「共生!」
「ええ。もちつもたれつ…長い間そうやって生きてきたわ。」
「では、僕のこのテラリウムを見てもらっても?」
「テラリウム?」
壁際に配置していたテラリウムを持ってきて、キノコの妖精に見せる。
すると、ふわりとテラリウムの中に入っていって、そこにあるキノコに触れた妖精は、暫くふんふんとそれを観察しその柄にぎゅっと抱きついてから、ジェイドに向かって言った。
「悪くはないのだけれど、この子にはこの土よりも…あ、あっちの壁の、左から二番目。あの中にある赤みを帯びた土のが良さそうよ。」
「本当ですか?最近元気がなさそうで、どうしたものかと思っていたのです。」
「貴方、見る目があるのね。移動させてあげたらきっと元気になると思う。」
「ありがとうございます。それで…三つ目は伺い事というよりお願い事なのですが、」
「なぁに?」
テラリウムの口に手を差し出せば、怖がることも忘れたのか、スッと掌に乗りあげて座った妖精を見つめて、ジェイドは言った。
「貴女さえよければ、この部屋で暮らしてみませんか?」
「え?」
「貴女がキノコと共生してきたならば、色々と教えて頂きたいのです。先程のように、アドバイスなどを。悪いようにはいたしません。食べ物も不足なくご用意します。安全も確保します。いかがでしょう?」
ぱちくりと、何度か瞬きをしてから、妖精はニコリと微笑んだ。
「私はキノコたちを元気にできるのなら、どこにでも行くわ。よろこんで!」
快い返事に、ジェイドがにこやかな笑みを返した。
「ありがとうございます、これからよろしくお願いしますね。僕の名前は、ジェイド・リーチです。」
「ジェイド。綺麗な名前ね。私の名前はね…」
こうして、ジェイドは、キノコの妖精と不思議な共同生活を始めることになったのだった。
目的は新しい山菜やキノコを見つけたい、という一点にある。
ジェイドの下調べでは向かっている山には湖があるはずで、そこにしかないものが採れる予定だ。
ずんずんと草木を分けながら湖に向かって進んでいく。
するとその道中、木の根本に珍しい形をしたキノコが生えているのが目に留まり、早速手を伸ばした。
が、触れようとした途端、キノコはフワリと手の隙間を抜けて行ってしまった。
「…キノコが、逃げましたね…」
想定外の現象に、ジェイドの好奇心は刺激された。
「待って…!」
キノコのことになると頭のネジが緩みがちなジェイド・リーチ。齢は十七。
普段の様にスマートにはいかなかったものの、狙いをつけて両手でそれを捕獲した。
「きゃっ!」
「!」
リンと耳の奥に響くような声が手の中からする。
掴んだそれを丁重に籠に入れて蓋を閉めてから覗いてみれば、そこには掴んだキノコだけでなく、何やら小さな生き物が見える。
「…!妖精…ですか。」
「あ、貴方、誰?ここから出してっ!」
キノコと妖精の組み合わせだなんて、こんなにツイていることがあっていいのだろうか。
誰に見られているわけでもないが、ガッツポーズをしたくなる喜びを抑え込み、学園へとんぼ返りすることになった。
山菜はいつでも探せるが、妖精はいつでも探せないのだ。
がちゃんばたん!
ジェイドにしては珍しく荒々しく扉を閉め、対照的に優しく静かに籠を机上に乗せる。部屋の扉には鍵をした。窓は一つもない。
そっと一呼吸してから籠の蓋を開けて、様子を伺う。
しかし、妖精は一向にそこから飛び出てくることはなかった。
「…?」
どこかで逃げられてしまったのだろうかと心配になったジェイドは、中を覗き込んで驚いた。この妖精は随分と肝が座っているようだ。
「寝て…いる?」
キノコの柄の部分を枕代わりにし、すよすよと寝息を立てているのは、間違いなく先程捕獲した妖精だった。
「おやおや…可愛らしいのに大物さんですね。」
くす、と困ったように笑ったジェイドだが、妖精をこのままにしておくわけにもいかず、ちょんとその頬を突く。
「寝ているところ申し訳ありませんが、少しお話ししませんか。」
「ん…んぅ……?」
くしくしと目を擦り、ふわぁ、とノビを一つ。
ヒトと大差ないその様子に、ふふ、と笑いが漏れた。
「おはようございます。」
「おはようご………っ!?」
「ああ、驚かせてすみません。」
「あっ、貴方さっきのっ!」
「先程は手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでした。これ以上危害を加えるつもりはありませんので、どうかお静かに。」
「…っ…私に何か用事!?」
睨んでいるのだろうか。キッと目を細められても、その大きさも相まって、微塵も怖さは感じられない。
「お伺いしたいことが何点か。よろしいですか?」
「……どうぞ、」
「ありがとうございます。では、一つ目。貴女は妖精、ですか?」
「そうよ。貴方は?」
「僕は人魚の妖精です。」
堂々と嘘をつけるのがジェイド・リーチであった。
「貴方も妖精なの?それじゃ今は人型をとっているってわけね…?それなら…敵、ではないのかしら。」
「ええもちろん。それから、二つ目。貴女はキノコがお好きなのですか?」
「そうよ。私たちはキノコをお世話する妖精なの。元気のないキノコに魔力を入れたりするわ。その代わりに少しだけ食べさせてもらったりして、いわゆる共生しているの。」
「共生!」
「ええ。もちつもたれつ…長い間そうやって生きてきたわ。」
「では、僕のこのテラリウムを見てもらっても?」
「テラリウム?」
壁際に配置していたテラリウムを持ってきて、キノコの妖精に見せる。
すると、ふわりとテラリウムの中に入っていって、そこにあるキノコに触れた妖精は、暫くふんふんとそれを観察しその柄にぎゅっと抱きついてから、ジェイドに向かって言った。
「悪くはないのだけれど、この子にはこの土よりも…あ、あっちの壁の、左から二番目。あの中にある赤みを帯びた土のが良さそうよ。」
「本当ですか?最近元気がなさそうで、どうしたものかと思っていたのです。」
「貴方、見る目があるのね。移動させてあげたらきっと元気になると思う。」
「ありがとうございます。それで…三つ目は伺い事というよりお願い事なのですが、」
「なぁに?」
テラリウムの口に手を差し出せば、怖がることも忘れたのか、スッと掌に乗りあげて座った妖精を見つめて、ジェイドは言った。
「貴女さえよければ、この部屋で暮らしてみませんか?」
「え?」
「貴女がキノコと共生してきたならば、色々と教えて頂きたいのです。先程のように、アドバイスなどを。悪いようにはいたしません。食べ物も不足なくご用意します。安全も確保します。いかがでしょう?」
ぱちくりと、何度か瞬きをしてから、妖精はニコリと微笑んだ。
「私はキノコたちを元気にできるのなら、どこにでも行くわ。よろこんで!」
快い返事に、ジェイドがにこやかな笑みを返した。
「ありがとうございます、これからよろしくお願いしますね。僕の名前は、ジェイド・リーチです。」
「ジェイド。綺麗な名前ね。私の名前はね…」
こうして、ジェイドは、キノコの妖精と不思議な共同生活を始めることになったのだった。