【完結】監督生が二人いる?!
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いらっしゃいませ!」
「二名でご予約の◯◯様ですね」
「オーダー追加でー!」
時間になるとどんどんお客が押し寄せるここは、本日と明日に限って、『水上ナイトカフェ』モストロ・ラウンジである。
先日の浴衣合わせのあと、すぐにとある船を一隻貸し切ったアズールは、早速イベントの準備に取り掛かっていた。せっかくの貸切だ。寮生だけに解放するのでは利益率が悪いと、外からのお客も入れるように手はずを整えた…というのは、一つの目的にすぎなかった。
もう一つ。その目的は、あちらからユウが来た時用のカモフラージュだった。
せっかくなら、こちらの世界も楽しんで欲しかった。
たまにしかこちらに来ない彼女。特に深く会話したことはなかったし、特になんとも思っていなかった、はずだった。しかし、あちらの世界の自分の彼女という目線で見れば、どうやっても心惹かれないわけにはいかなかったようだ。
色恋を含めなければ、どんな異性とだって上手く付き合える自信はあったが、今回ばかりはそうもいかないらしく、話せばオロオロ、触れればドキドキ、今度はいつ会えるか、なんて思いながら、ゆうの二次創作本を見返す日々。気付いた時にはすっかり堕ちてしまっていたようだが、アズールは幸か不幸か分別がつかない人間ではなかった。
いつまで会えるかわからない人間を想っている時間があるならモストロ・ラウンジのことを考えろ、と自分を叱咤して切り替えた。
ただ、たまには。
たまには、気持ちがこぼれ落ちてしまうときもあるだけで。
ゆうがあちらに行ったら、次は彼女がこちらにくる。
それは暗黙の了解のようになっていたから、来るなら次の土曜日だと踏んだ。一週間で準備をしようなんて我ながら強行突破だし、本来ならもっと時間をかけてリサーチをすべきだったが、今回ばかりはそうは言っていられない。寝る間も惜しんで企画を進めるなんていつぶりだろうか。最近は綿密な計画を立てて、スケジュール通りに進めてきていたので、こんなことは久しぶりだ。心が高揚していて『ハイ』とでもいう状態なのか、疲れもあまり感じなかった。
0時に彼女に会ったわけではない。もし読みが外れたら少なからず落ち込むだろうと思って、その情報が耳に入らないようにしていたから。
忙しなく最後の準備に精を出し、17時になったところでラウンジを開けてお客様を迎え入れた。
「…来ない、か」
18時、19時ーー何時になっても、ユウは現れる様子はなかった。
今日はイベントを抱き合わせているので、ゆうの似顔絵事業も休みにしてある。
普段からジェイドにべったりのゆうが、この機会にジェイドの浴衣姿を見にこない。だが、そのゆうすらいないのは少々不思議に思えた。だから二人で現れるかと期待をしていたが、それも空振りに終わるかもしれない。
花火が上がるのは20時を予定している。
実は最も良い席は空席にしたまま「Reserved」のプラカードを置いてあった。二人で見れたらいいな、なんてそんなロマンチックなことを考えていた己を少しだけ恥じた。
「僕一人でも、問題はない」
強がりを言っても虚しいだけだけれど、アズールの身に染み付いた虚勢癖はそう簡単に治るものではなかったらしい。
ポツリと呟いたその言葉は、己を縛る鎖のようなものだった。
時刻は19:45を回った。もう期待しても無駄だろう。そっと船上を抜け出して、一人その席へ向かおうとした、その時。
「アズール先輩っ!!」
「!」
ゆうの声が、まっすぐにアズールの耳に届いた。
足元に落としていた視線を上に上げると、細い甲板の上には、ゆうと。
「ユウ、さん」
「こんばんは…アーシェングロット先輩」
「ユウちゃん連れてきましたー!遅くなってすみません!色々と手こずっちゃって」
「あ…いえ、別に連れて来いなんて」
「ほら!だから言ったのにゆうちゃん!絶対邪魔になるだけだ、って!!」
言わなくてもいい言葉が、アズールの口から飛び出ると、即座に反応したユウがもう帰ろう、とゆうの袖を引っ張った。
しまった、と思ってももう遅い。けれど、そこでゆうが口を挟んだ。
「…アズール先輩…?今更そう言うこと言います?いくら私でも、怒りますよ?」
「…すみません…そんなつもりではなかったんですがつい」
「?えっと…どうかしたんですか…?」
ちらりと腕時計を見れば、その時間まではあと十分もない。
スゥ、ハァ、と一度呼吸をして、アズールはユウの目を見据えた。
「ユウさん、今から僕に付いてきていただきたいのですが」
「え?私、ですか?」
「はい。その…良ければ、なんですが…」
「あ…えと…」
目線だけでゆうに問えば、行ってあげて、との視線を返されたユウは、自分でいいのか?と思わなくもなかったが、アズールの真摯な態度に絆されないわけもなく。
「私で、良いのなら、どこへでも」
「…!ありがとうございます、では、こちらへ!」
「わ!ぁ!」
「じゃね〜ユウちゃん!良い夜を!」
さっと手を取られて、甲板の先にある階段を登る。
二人ともなれない浴衣に下駄なので、少しだけぎこちない歩みではあるが、一歩一歩確実に進んでいく。
アズールに手を引かれ、その背中を見つめながら、知らず高鳴る鼓動を隠しきれなくなってくる。
アズールであってアズールではない。複雑な心を、簡単に認めるわけにはいかないのだが、こうして手を繋がれれば嬉しいし、誘いを受ければ舞い上がりそうになる自分がいるわけで、折り合いのつけ方が曖昧になってくるのが苦しいとユウは思う。
「っアーシェングロット先輩っ!どこに行くんですか?」
「着くまでは秘密、です。でも、もう」
パッと、狭い甲板からひらけた場所に出た瞬間のことだった。
ドォン…
大きな音がして、パパパ…と光の華が咲く。
「あ…」
「っ…は、なび…!」
もう一度時計に目をやれば、きっかりと20時を指したその針が少しだけ憎らしい。
本当は、いろいろと計画を練っていたのだが、とアズールは肩を落とさずにはいられなかった。
しかしながら、アズールの耳に届いたのは、そんなことは思わせもしない弾んだ声。
ぎゅっと、繋いでいた手にさらに力が込められたのに引き寄せられて、ユウの方を見やる。
「花火っ!!すごいです…すごいっ!!打ち上げ花火を、こんなに近くで見られるなんてっ」
「!!」
「先輩っ、これ、」
「あの…せっかくユウさんがいらっしゃるなら、何か違ったことをと、思って…」
「え!?私のためにしてくれたんですか?!」
「あっ、いや」
言ってしまってから、これはスマートではなかったとひとりごちた。
本日二度目の失態だ。もう蛸壺に戻ってもいいだろうか。頭を悩ませても遅いのだが。
そうです、とも、違います、とも言えないアズールがモゴモゴしていると、ユウはそっと、両手でアズールの手を包んだ。
二人の目の前では、まだ花火が続いている。
赤、青、黄色、橙、それから紫。
カラフルな光が、二人を照らしては散り、刹那の灯りを残していく。
「ありがとう、ございます。この世界の人間でもない私のためにしてくれたのだとしたら、こんなにも嬉しいことはありません」
「っ…!」
「アズール先輩」
「!あなた、」
「アズール先輩は、本当に…本当に優しい人ですね」
「ぼ、くはそんな」
「私は…」
パシッ。唐突に伸びてきたもう一方の手が、ユウの口を塞いだ。
その先を聞いては、いけない。
そう言いたげに、苦しそうにアズールの瞳が揺れる。
一瞬目を見開いたユウだったが、うる、と瞳を揺らしてから、視線を伏せた。
その目は語る。「ごめんなさい」と。
「貴女に喜んでもらえたなら、本当に良かったと思います。…えぇ、心から」
「本当に、嬉しかったです。ありがとうございました…!」
「花火はそう長い間続きませんが、ここからの眺めは最高なんです。良ければご一緒にディナーをいただきませんか?」
「いいんですか?嬉しいです…!お腹ぺこぺこで!」
「貴女ならそう言うと、思いましたから」
いつかくる完全なる別れの前の、ひとときの逢瀬。
互いに一線を引いて、その気持ちには蓋をして。
それでも、この景色は、この感情は、なくなったりはしないから。
踏み入れてはいけないその世界に浸ってしまう前に。
全てを夢に、できるかな。
「二名でご予約の◯◯様ですね」
「オーダー追加でー!」
時間になるとどんどんお客が押し寄せるここは、本日と明日に限って、『水上ナイトカフェ』モストロ・ラウンジである。
先日の浴衣合わせのあと、すぐにとある船を一隻貸し切ったアズールは、早速イベントの準備に取り掛かっていた。せっかくの貸切だ。寮生だけに解放するのでは利益率が悪いと、外からのお客も入れるように手はずを整えた…というのは、一つの目的にすぎなかった。
もう一つ。その目的は、あちらからユウが来た時用のカモフラージュだった。
せっかくなら、こちらの世界も楽しんで欲しかった。
たまにしかこちらに来ない彼女。特に深く会話したことはなかったし、特になんとも思っていなかった、はずだった。しかし、あちらの世界の自分の彼女という目線で見れば、どうやっても心惹かれないわけにはいかなかったようだ。
色恋を含めなければ、どんな異性とだって上手く付き合える自信はあったが、今回ばかりはそうもいかないらしく、話せばオロオロ、触れればドキドキ、今度はいつ会えるか、なんて思いながら、ゆうの二次創作本を見返す日々。気付いた時にはすっかり堕ちてしまっていたようだが、アズールは幸か不幸か分別がつかない人間ではなかった。
いつまで会えるかわからない人間を想っている時間があるならモストロ・ラウンジのことを考えろ、と自分を叱咤して切り替えた。
ただ、たまには。
たまには、気持ちがこぼれ落ちてしまうときもあるだけで。
ゆうがあちらに行ったら、次は彼女がこちらにくる。
それは暗黙の了解のようになっていたから、来るなら次の土曜日だと踏んだ。一週間で準備をしようなんて我ながら強行突破だし、本来ならもっと時間をかけてリサーチをすべきだったが、今回ばかりはそうは言っていられない。寝る間も惜しんで企画を進めるなんていつぶりだろうか。最近は綿密な計画を立てて、スケジュール通りに進めてきていたので、こんなことは久しぶりだ。心が高揚していて『ハイ』とでもいう状態なのか、疲れもあまり感じなかった。
0時に彼女に会ったわけではない。もし読みが外れたら少なからず落ち込むだろうと思って、その情報が耳に入らないようにしていたから。
忙しなく最後の準備に精を出し、17時になったところでラウンジを開けてお客様を迎え入れた。
「…来ない、か」
18時、19時ーー何時になっても、ユウは現れる様子はなかった。
今日はイベントを抱き合わせているので、ゆうの似顔絵事業も休みにしてある。
普段からジェイドにべったりのゆうが、この機会にジェイドの浴衣姿を見にこない。だが、そのゆうすらいないのは少々不思議に思えた。だから二人で現れるかと期待をしていたが、それも空振りに終わるかもしれない。
花火が上がるのは20時を予定している。
実は最も良い席は空席にしたまま「Reserved」のプラカードを置いてあった。二人で見れたらいいな、なんてそんなロマンチックなことを考えていた己を少しだけ恥じた。
「僕一人でも、問題はない」
強がりを言っても虚しいだけだけれど、アズールの身に染み付いた虚勢癖はそう簡単に治るものではなかったらしい。
ポツリと呟いたその言葉は、己を縛る鎖のようなものだった。
時刻は19:45を回った。もう期待しても無駄だろう。そっと船上を抜け出して、一人その席へ向かおうとした、その時。
「アズール先輩っ!!」
「!」
ゆうの声が、まっすぐにアズールの耳に届いた。
足元に落としていた視線を上に上げると、細い甲板の上には、ゆうと。
「ユウ、さん」
「こんばんは…アーシェングロット先輩」
「ユウちゃん連れてきましたー!遅くなってすみません!色々と手こずっちゃって」
「あ…いえ、別に連れて来いなんて」
「ほら!だから言ったのにゆうちゃん!絶対邪魔になるだけだ、って!!」
言わなくてもいい言葉が、アズールの口から飛び出ると、即座に反応したユウがもう帰ろう、とゆうの袖を引っ張った。
しまった、と思ってももう遅い。けれど、そこでゆうが口を挟んだ。
「…アズール先輩…?今更そう言うこと言います?いくら私でも、怒りますよ?」
「…すみません…そんなつもりではなかったんですがつい」
「?えっと…どうかしたんですか…?」
ちらりと腕時計を見れば、その時間まではあと十分もない。
スゥ、ハァ、と一度呼吸をして、アズールはユウの目を見据えた。
「ユウさん、今から僕に付いてきていただきたいのですが」
「え?私、ですか?」
「はい。その…良ければ、なんですが…」
「あ…えと…」
目線だけでゆうに問えば、行ってあげて、との視線を返されたユウは、自分でいいのか?と思わなくもなかったが、アズールの真摯な態度に絆されないわけもなく。
「私で、良いのなら、どこへでも」
「…!ありがとうございます、では、こちらへ!」
「わ!ぁ!」
「じゃね〜ユウちゃん!良い夜を!」
さっと手を取られて、甲板の先にある階段を登る。
二人ともなれない浴衣に下駄なので、少しだけぎこちない歩みではあるが、一歩一歩確実に進んでいく。
アズールに手を引かれ、その背中を見つめながら、知らず高鳴る鼓動を隠しきれなくなってくる。
アズールであってアズールではない。複雑な心を、簡単に認めるわけにはいかないのだが、こうして手を繋がれれば嬉しいし、誘いを受ければ舞い上がりそうになる自分がいるわけで、折り合いのつけ方が曖昧になってくるのが苦しいとユウは思う。
「っアーシェングロット先輩っ!どこに行くんですか?」
「着くまでは秘密、です。でも、もう」
パッと、狭い甲板からひらけた場所に出た瞬間のことだった。
ドォン…
大きな音がして、パパパ…と光の華が咲く。
「あ…」
「っ…は、なび…!」
もう一度時計に目をやれば、きっかりと20時を指したその針が少しだけ憎らしい。
本当は、いろいろと計画を練っていたのだが、とアズールは肩を落とさずにはいられなかった。
しかしながら、アズールの耳に届いたのは、そんなことは思わせもしない弾んだ声。
ぎゅっと、繋いでいた手にさらに力が込められたのに引き寄せられて、ユウの方を見やる。
「花火っ!!すごいです…すごいっ!!打ち上げ花火を、こんなに近くで見られるなんてっ」
「!!」
「先輩っ、これ、」
「あの…せっかくユウさんがいらっしゃるなら、何か違ったことをと、思って…」
「え!?私のためにしてくれたんですか?!」
「あっ、いや」
言ってしまってから、これはスマートではなかったとひとりごちた。
本日二度目の失態だ。もう蛸壺に戻ってもいいだろうか。頭を悩ませても遅いのだが。
そうです、とも、違います、とも言えないアズールがモゴモゴしていると、ユウはそっと、両手でアズールの手を包んだ。
二人の目の前では、まだ花火が続いている。
赤、青、黄色、橙、それから紫。
カラフルな光が、二人を照らしては散り、刹那の灯りを残していく。
「ありがとう、ございます。この世界の人間でもない私のためにしてくれたのだとしたら、こんなにも嬉しいことはありません」
「っ…!」
「アズール先輩」
「!あなた、」
「アズール先輩は、本当に…本当に優しい人ですね」
「ぼ、くはそんな」
「私は…」
パシッ。唐突に伸びてきたもう一方の手が、ユウの口を塞いだ。
その先を聞いては、いけない。
そう言いたげに、苦しそうにアズールの瞳が揺れる。
一瞬目を見開いたユウだったが、うる、と瞳を揺らしてから、視線を伏せた。
その目は語る。「ごめんなさい」と。
「貴女に喜んでもらえたなら、本当に良かったと思います。…えぇ、心から」
「本当に、嬉しかったです。ありがとうございました…!」
「花火はそう長い間続きませんが、ここからの眺めは最高なんです。良ければご一緒にディナーをいただきませんか?」
「いいんですか?嬉しいです…!お腹ぺこぺこで!」
「貴女ならそう言うと、思いましたから」
いつかくる完全なる別れの前の、ひとときの逢瀬。
互いに一線を引いて、その気持ちには蓋をして。
それでも、この景色は、この感情は、なくなったりはしないから。
踏み入れてはいけないその世界に浸ってしまう前に。
全てを夢に、できるかな。