【完結】僕らのフェアリーテイル

病の一件があってからというもの、より過保護になったジェイドは妖精に大きくなるキノコや薬を飲ませることすらも躊躇うようになっていた。そもそもジェイドは大きい妖精の方が好き、といったことは全くなかったし、むしろ小さい姿の妖精が自分の周りを羽ばたいているのを見るのが好きだったので、大きくなってもらう必要性も感じなかったからだ。ジェイドは大きさが異なっても何の不満もなかった。

一方、妖精の方はどうかといえば、気持ちよさを追求したいがために大きくなりたくてヤキモキしていた。あの病気の件は確かに自分の不注意が招いた事故だったが、もう回復もしたし二度と同じ轍を踏んだりはしないと誓ったのに、ジェイドはどうやっても信じてくれない。仕方がないと言っても諦められないこともあるので、日々モヤモヤを抱えることになった。

「フロイドさん、私、もう大きくなれないのかしら」
「えー…あー…どうなんだろうね。ジェイドの過保護レベル、マックス超えちゃったしね」
「この先ジェイドさんと同じ目線でものを見れないと思ったらなんだか悲しいわ…」
「まぁ確かにね。でもジェイドと妖精ちゃん、なんだかんだうまくやってるから悩まなくてよくね?」
「そういう問題でもないのよ…ふぅ…」

人間界を学ぶためにと数冊の書物を貸し出してもらった妖精は、それらを捲りながらフロイドに愚痴を零している。
あれからジェイドは片時も妖精を手放さなかったが、さすがに寮長・副寮長会議の日は自分の一存で役職者でない者を部屋に入れる訳にもいかずに部屋に置いていかれたところだ。
ちなみに、それもフロイドが部活で部屋にいないとわかっていたからこそされたことだったが、残念ながらフロイドは予定に縛られるようなウツボではなかった。
こうして偶然にも二人で話す時間が久しぶりに取れ、フロイドも一応贖罪の気持ちもあったので、惚気話から色々な相談事まで幅広い話題の話し相手になっている。

「はーぁ…同じ大きさになれないのって辛いのね」
「同じ大きさねぇ…」

フロイドはそう言いながら靴の雑誌を捲る。次のバイト代が入ったらどれを買おうかと見繕っていたのだが、ふと目に留まった靴職人ドワーフ求人広告に別の理由で瞳が輝いた。

「あーーっ!これだ!これじゃん!」
「え?」
「妖精ちゃんが大きくなれねぇならさ、ジェイドが小さくなりゃいいんじゃね!?」
「なるほどそれはいい考えです」
「あ!?」

フロイドが提案したと同時に扉が開く。そこには当たり前のようにジェイドが立っていて、その目は『なんでフロイドが部屋にいるのでしょう?』と語っていた。

「あ…あー忘れてたぁ。オレちょっと用事~。もう行くからまたね妖精ちゃん」
「え、フロイドさん、ちょっと!」
「おや、そうでしたかフロイド」

入れ違いで出て行ったフロイドを横目にしながらジェイドは妖精に語りかける。

「申し訳ありません。僕としたことが逆転の発想に気づかないなんて」
「そんな!謝ることじゃないわ!でも、本当に大丈夫なの?」

ヒトを小さくする薬ならば、この世界にありふれている。なんだったら時間指定ができるものもあるくらいだ。なぜこんなことに気がつかなかったのかとジェイドは眉を下げた。

「ええ、こちらはすぐに手に入る代物ですし、学生の課題でも作らされるほどポピュラーなので心配はいりません。週末にでも試してみましょう」
「わぁ…!嬉しいわ!ありがとう!」

そうして迎えた週末。せっかくなのでコテージでも借りて初めての試みをゆっくり味わおうと山にやってきた二人は、早速実験を開始していた。持ってきた魔法薬を躊躇いなく飲んだジェイドはすぐに小さくなり、目線は妖精と同じくらいになる。

「すごいわ!本当に小さくなって…!」
「むしろこの方法を考えつかなかった自分に驚きましたが、結果オーライでしょう」
「私は私の身体のことをたくさん知れた上で、こうやって別の方法にも辿りつけてよかったと思うわよ」
「それは…そうですね。方法はいくつあっても足りないくらいです」
「でもジェイドさん、小さくなっても私より随分背が高いのね」

プク、と頬を膨らませるものだから、あまりの可愛さにジェイドの口から笑い声が漏れる。

「僕の方が小さかったら、それはそれで困ってしまいます。それに、こういった世界を貴女と味わえるということ自体、とても嬉しいですよ」

何をするのに、とは口にしないが、自分の方が小さかったらプライドに関わることだ。

「それもそうね…。あっ!私ね、ジェイドさんとしたいことがあるの!」
「何でしょう?」

言うが早いか、ジェイドの腕を掴んだ妖精は、パタパタと羽根を一生懸命動かし始めた。それを見ながら、一体何がしたいんだろうと思案すること数十秒。ジェイドは一つの答えを思いついてそれを口に出した。

「もしかして、飛ぼうとしてらっしゃいますか」
「うううう~…っ!っはぁ…そう…そうなの。一緒に飛べたらと思ったのだけれど、私の力では無理みたい。残念ね」

それを耳にしたジェイドは、今後は飛行術ももう少し真面目に取り組む必要があるな、態度をあらためよう、と固く心に誓ったのだった。

飛ぶことを諦めた妖精はそのままパタリと大きなベッドの上に横になる。それに倣ってジェイドも背中をベッドに預けた。この大きさで見る天井は遠く、これが外になったらどれほどの世界が広がるのだろうと不思議な気持ちになる。妖精が見ている世界はこんなにも大きいのか。不安になることはないのだろうか。自分は海から陸に上がる時、楽しみしかなかったが、それは周りにフロイドもアズールもいたからだ。もしも独りきりだったら。それも、稚魚の状態で上がってきたとしたら。そんな時にヒトに捕まるのは、さぞかし怖かったのではないだろうか。

「あの…」
「ねぇジェイドさん」

ジェイドが話そうとしたその瞬間に被せるようにして言葉を発した妖精が、ジェイドの方を向いてにこりと微笑む。

「こうしているとね、やっぱり同じ種族で…ううん、せめて同じ大きさで生きていられたら、世界が変わったかも、と思ったりもするのだけれど」

そこで一旦言葉を止めた妖精は、ジェイドの両手を取って自分の頬にあて、また口を開いた。

「でもそうだったら、出会えなかったかもしれないから。それなら、大きさも種族も違ってもいいから、お互いに譲歩しながら一緒に生きていける道を探したほうがいいって、思うの」
「…貴女の…そういう、前向きなところ、僕は本当に好いていますよ」
「ふふっ、ありがとう!だからねジェイドさん、これからもずーっとずーっと、愛してもらえるかしら」
「もちろん。貴女が望むなら。いえ、望まずとも、貴女を手離すことはありません。こちらこそよろしくお願いしますね」

自然と惹かれあった唇。交わしたキスは互いの心に幸せを灯した。
しかし。
そこでモジモジし始めた妖精に、ジェイドがニヤリと口角を上げたのは予想の範疇だろう。

「おや、どうかされましたか?」
「あの…あのね、ジェイドさん」
「はい。なんでしょう?」
「その…も、もし、もしジェイドさんが良ければなんだけれど…っ…私、久しぶりに…セックスがしたいわ、ジェイドさんと」

真っ赤に熟れた妖精の頬はたわわに実った果実のようで、「もちろん」の言葉を返す代わりにその身体を組み敷いたジェイドは先ほどよりも強く唇に吸い付いた。
ジェイドが飲んだ薬の効果が切れるまで、あと数時間。愛を語らうには十分か…それは二人にしかわからないことではあるが。

「あっ…!んぅ、そこは、だめぇっ…!」
「いいえ、ここは貴女が一番感じるところです…きちんと覚えてくださいね…ッハぁ、」
「ゃ、ぁアアッ!ぃっちゃう、からぁっ!」

小さな二人の喘ぎ声と甘い吐息がコテージに響き渡ったところをみると、やはり時間は不足しているとみるのが正しいかもしれなかった。

ジェイドと妖精のフェアリーテイルは、これでおしまい。
種族を越えた仲睦まじいこの番は、末長く幸せに暮らしましたとさ。
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