小噺色々

陸に上がってきて二年が経過したころ、ジェイドはあることにハマっていた。
それは、内緒話だった。
毎日毎日、色々なことをあたかもものすごい秘密事のようにメイドに報告にくるのだ。それも耳打ちするようにこしょこしょと話す。
その姿はとてもかわいいのだが、メイドはほとほとに困っていた。

(坊ちゃんももう14になったことだし、背だってこの二年で信じられないほど伸びて。こんな普通の男子学生がメイドに耳打ちなんて、誰かに見られでもしたら変な噂が立つかもしれない)

メイドの目から見れば、坊ちゃんはいつまで経っても坊ちゃん。可愛い歳下の子供だ。しかしそうは言っても陸の生き物からすれば齢14の男の子が同い年くらいの女中にそんなことをしていいはずもない。
今日こそはしっかりと戒めなければと拳をキュッと握ると、よし、と一人気合いを入れたのだった。

そうして何時間か経ったころ。
エントランスから『ただいま戻りました』とジェイドの声が聞こえたのでメイドがお出迎えにあがる。

「おかえりなさい、坊ちゃん」
「あの、実は今日…」
「はい、なんですか」

いつもの調子で耳を貸したくなるのをグッと我慢して、メイドはその場に留まる。対するジェイドはいつものように身体が動いてこないのを不思議に思うも、こちらもなかなか譲らない。
結果として二人してそのまま立ち尽くしてしまった。
うぬぬ、と引くに引けないメイドは、そうは言っても雇い主にあたるジェイドに強い態度を保つことができず、はぁっと息を一つ吐き出すと思い切って口を開く。

「坊ちゃん…あのぉ、」
「なんですか?」
「ちょっと、その…こう言うのはもうやめませんか、と思って…」
「こういうのってどういうのですか」
「だから、その…内緒話…デス…」
「……どうして?聞かれてはいけないことは秘密裏にお話しすると書物で読みました」
「うーん、それはまぁ、そうなんですけれど、ほら、この家には二人しかいないでしょう?だから秘密のお話も内緒話でする必要はないんですよ」

なるべくやんわりと、それでもしっかりと意図が伝わるように言葉にしたつもりだった。
それを聞いたジェイドは、ぽかんと呆けて、それから間をおいて、ふむ、とこれまで見たこともない大人びた仕草を見せる。えっ、いつの間にこんなにも大人っぽくなったんだろう、とメイドの心がトクンと反応した瞬間。

「わかりました。貴女がそう言うのなら、きっとそれが正しいのでしょう。これからは内緒話をするのはやめにします」
「そ、そうですか…!わかってもらえてよかったです。外で誰かにしないように気をつけてーー」
「でも最後に一つだけ。本当に誰にも聞かれてはならなくて、大きな声で言うのは気が引けることを伝えたいので最後の一度を許していただけないでしょうか」
「そんなに秘密のことがあるんですか?…わかりました。最後ですからね」

いつの間にか自分よりも背が高くなってしまったジェイドに合わせて、いつもと同じく首を少し傾けて耳をそちらに向ける。
すると、いつになく慎重に、メイドの耳を両手で囲うようにしてそっと耳元で呟かれた言葉に、メイドは息をすることを忘れた。

「大好きなんです」
「…………っ!?」

あまりにも突然の言葉に、そちらを振り向くとニッコリと微笑んだジェイドがもう一言囁くように言った。

「貴女のことが。誰よりも」

ワンテンポ置いて、何か言わなければと吐き出された返事はあまりにも滑稽で。そんなことでまた体温が急上昇したメイドの顔は真っ赤だ。

「な、あ、の、ま、また、からかって、もう!坊ちゃんって ば、」
「諦めませんから」
「え、」
「何年かかっても。あなたの隣に居続ける権利は僕が手に入れます」
「何を、言って、いるんですか?私は坊ちゃんのメイドで、だから、二十までは一緒に」
「ほら、わかってない。こんなに秘密のことをこっそりと教えた意味」
「、っ、」
「でも、いいんです。今はこれで」

秘密は、これだけです。
そう言ってから颯爽と自分の部屋へと歩を進めるジェイドの背中をぽかんと見つめたあと、『あっお夕飯の支度しなくちゃ』とキッチンに向かったメイドは、冷蔵庫を開けようとしたところで正気を取り戻す。

「さっき、坊ちゃん、私のこと、だいすきって、言っ……」

アーーーッッッ!!!!
大きな声が屋敷に谺したころ、ジェイドは自室で思春期日記に向かっていたそうな。

○月×日 晴天
内緒話作戦は大成功しましたよ。
これからは、可愛い坊ちゃんは捨てて、大人らしい装いを心がけましょう。
こうして少しずつ。時間をかけてゆっくりと。ね。

未来が楽しみですと、微笑みながら。
その笑みに隠された真実を、メイドはまだ、知らない。
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