小噺色々
ジェイドとメイドが共に暮らし始めて3年。もうだいぶ陸に慣れたはずのジェイドは、それでも何かにつけてメイドの後ろをちょこちょことついて回っていた。
いや、ちょこちょこという表現は若干おかしいかもしれない。
齢15といえば世間ではもう高校生になろうかという思春期真っ盛りの男の子であり、また、ここ数ヶ月で急激な成長っぷりを見せるほどに立派な成人男性の身体付きになっていた。それにも関わらず気づくとメイドの傍にスッと立って、メイドの方をじっと見つめるジェイドは、数年前と寸分違わずそこにいた。
彼は歳を追うごとに言葉こそスムーズに発するようになったものの、これは打ち解けたというよりも手中で踊らされているのでは?と今日も今日とてメイドを困惑させている。
「坊ちゃんとの距離の計り方、間違えちゃったのかなぁ…」
干したばかりの洗濯物の間からは抜けるような青空が見える。小さな呟きは、空に溶けていった。
坊ちゃんが20になるまであと5年。
(たった3年でこんなに劇的な成長を遂げるのに、そんなに長い期間が必要なのかな)
と、そう思いながらもそれをリーチ家に進言するような立場にないことは、メイドが一番よく知っていることだ。
「ふぅ…」
「おや、少しお疲れのご様子」
「!」
「そんなに驚かずとも。本日、学園は休日と申し上げたはずですが」
「え、あ、それはもちろん存じ上げておりますが!この時間はご自身の部屋にいらっしゃるものと思っていましたので…神出鬼没と言いますか」
「ふふ、自宅で神出鬼没と思われるのも面白いですね」
困ったように笑う顔は昔よりも精悍な顔つきになったというのに、初めて会ったときと同じ太陽のように眩しく可愛らしい。感じたことをそのまま言葉として思い浮かべたメイドはなんだか恥ずかしくなった。ふるふると頭を振りそれらを追い払う。
「それならどうでしょう?一休みに紅茶でも。買ったばかりの紅茶を今から淹れようと考えていたのです」
「わ~!嬉しいです!」
ジェイドはメイドと一緒にお菓子作りをするようになってからというもの、めきめきとその腕を上げていたので、その魅惑のお誘いを断るという選択はメイドにはなかった。自然と心が踊る。
『じゃあ洗濯籠を置いてからキッチンに戻りますね』と口にしようとした刹那。
一陣の風にバサバサと揺れた洗濯物の間、ジェイドとメイドの影が重なった。
ほんの一瞬。ジェイドの影の中、少し暗がりになったそこにメイドが囚われて世界はたった二人きり。全ての音が消えて、そして。
ジェイドは一言、視線を絡めてこう告げた。
「貴女はどこにも行かせませんし、誰にも渡しません」
頬に触れたジェイドの指は、ほんの小さな面積だったはずなのに、とても熱く、確かな存在感をメイドの中に植え付ける。
「え…ぼ、ぼっちゃん、?」
「……」
メイドを見つめる色違いの二つの瞳に乗った感情は、これから先も変わらない…本当に?
ふっと三日月に細められたそれを、いつまで見つめ返すことができるのか。
「出来たてのシフォンケーキもご用意しています」
「、あ、え、と、」
「その籠は僕が戻しておきますから、先にキッチンへどうぞ」
頬を滑った手はそのまま籠へ。メイドの手をかすめた小指は偶然の結果か、それとも。
「坊ちゃん、」
「はい?」
「坊ちゃんは、坊ちゃんのまま、ですよね」
家の中へ入ろうとするジェイドをメイドの声が引き留める。
我ながらよくわからないことを口走ってしまった、と思うも、弁解する言葉が浮かばずしどろもどろするメイドに、ジェイドは「しーっ」と人差し指を唇に当てて応えた。
「変わらないものは、ありません。ですが、この変化はきっと喜ばしいものですよ」
この先、よもやあのような変化が訪れるとは、メイドは知る由もなかったのであった。
いや、ちょこちょこという表現は若干おかしいかもしれない。
齢15といえば世間ではもう高校生になろうかという思春期真っ盛りの男の子であり、また、ここ数ヶ月で急激な成長っぷりを見せるほどに立派な成人男性の身体付きになっていた。それにも関わらず気づくとメイドの傍にスッと立って、メイドの方をじっと見つめるジェイドは、数年前と寸分違わずそこにいた。
彼は歳を追うごとに言葉こそスムーズに発するようになったものの、これは打ち解けたというよりも手中で踊らされているのでは?と今日も今日とてメイドを困惑させている。
「坊ちゃんとの距離の計り方、間違えちゃったのかなぁ…」
干したばかりの洗濯物の間からは抜けるような青空が見える。小さな呟きは、空に溶けていった。
坊ちゃんが20になるまであと5年。
(たった3年でこんなに劇的な成長を遂げるのに、そんなに長い期間が必要なのかな)
と、そう思いながらもそれをリーチ家に進言するような立場にないことは、メイドが一番よく知っていることだ。
「ふぅ…」
「おや、少しお疲れのご様子」
「!」
「そんなに驚かずとも。本日、学園は休日と申し上げたはずですが」
「え、あ、それはもちろん存じ上げておりますが!この時間はご自身の部屋にいらっしゃるものと思っていましたので…神出鬼没と言いますか」
「ふふ、自宅で神出鬼没と思われるのも面白いですね」
困ったように笑う顔は昔よりも精悍な顔つきになったというのに、初めて会ったときと同じ太陽のように眩しく可愛らしい。感じたことをそのまま言葉として思い浮かべたメイドはなんだか恥ずかしくなった。ふるふると頭を振りそれらを追い払う。
「それならどうでしょう?一休みに紅茶でも。買ったばかりの紅茶を今から淹れようと考えていたのです」
「わ~!嬉しいです!」
ジェイドはメイドと一緒にお菓子作りをするようになってからというもの、めきめきとその腕を上げていたので、その魅惑のお誘いを断るという選択はメイドにはなかった。自然と心が踊る。
『じゃあ洗濯籠を置いてからキッチンに戻りますね』と口にしようとした刹那。
一陣の風にバサバサと揺れた洗濯物の間、ジェイドとメイドの影が重なった。
ほんの一瞬。ジェイドの影の中、少し暗がりになったそこにメイドが囚われて世界はたった二人きり。全ての音が消えて、そして。
ジェイドは一言、視線を絡めてこう告げた。
「貴女はどこにも行かせませんし、誰にも渡しません」
頬に触れたジェイドの指は、ほんの小さな面積だったはずなのに、とても熱く、確かな存在感をメイドの中に植え付ける。
「え…ぼ、ぼっちゃん、?」
「……」
メイドを見つめる色違いの二つの瞳に乗った感情は、これから先も変わらない…本当に?
ふっと三日月に細められたそれを、いつまで見つめ返すことができるのか。
「出来たてのシフォンケーキもご用意しています」
「、あ、え、と、」
「その籠は僕が戻しておきますから、先にキッチンへどうぞ」
頬を滑った手はそのまま籠へ。メイドの手をかすめた小指は偶然の結果か、それとも。
「坊ちゃん、」
「はい?」
「坊ちゃんは、坊ちゃんのまま、ですよね」
家の中へ入ろうとするジェイドをメイドの声が引き留める。
我ながらよくわからないことを口走ってしまった、と思うも、弁解する言葉が浮かばずしどろもどろするメイドに、ジェイドは「しーっ」と人差し指を唇に当てて応えた。
「変わらないものは、ありません。ですが、この変化はきっと喜ばしいものですよ」
この先、よもやあのような変化が訪れるとは、メイドは知る由もなかったのであった。