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そうなったきっかけは些細な話題だったように思う。私たちが普通の高校生だったとしたら、の話だけれど。
たまたま読んでいた本の中に『人生をやり直し続ける人の話』がでてきたので、ポロリとそんなことを口にしてしまったのだ。
『過去に戻ってやり直せるなら、何かを変えられるなら、どうしたいか』なんて、現状の私たちにとっては、簡単に声に出していい質問ではなかったのに。
「やり直しするくらいなら今から努力すればいいでしょう」
「でも努力し続けるって大変じゃないですか~。やり直せるなら、」
「そんなこともできないなら、やり直したところで何も変わりませんよ」
「やだな先輩、ただのお話ですよ」
「"~たら"の話をするくらいならもっと建設的な話をしたほうがいいんじゃないですか?例えば、そう、貴女が帰る方法とか」
「っ…!?」
お互い言う必要のないことがつらつらと口をついていることにはうすうす気づいてはいたが、悲しいかな、その口が止まることはなく、地雷まで行き着いてしまった感が否めない。
その「帰る」が意味するところは、二度と会えないかもしれないということで。
これまでは無理にでも避けてきた話題だったのに…と思っていたのは私だけだったんだろうか。
「…も、いいです」
「ああ、そうですか」
「ちょっと、ごめんなさい、今日は、帰ります…っ」
私は逃げるようにその場を飛び出した。
アズール先輩も同じように辛そうな顔をしていたのを見ないままで。
「あーあ。アズールさぁ、もうちょっと何か言い方があったんじゃねーの」
「…フロイド。いたんですか」
「売り言葉に買い言葉じゃないのですから。最後の一言は、はたから見ていても余計でしたよ」
「ジェイドもか。…煩いぞ」
「ま、別にオレたちが知ったこっちゃねーけど」
「あとで後悔するくらいなら、早めに、というだけです」
「…」
そんな会話がなされているなど、気づくはずもなく、私はオンボロ寮への道を急いでいた。
がちゃん、ばたん!
いつもなら大事に扱う直したばかりの扉も、今日は気遣う余裕がない。一気に二階まで駆け上がって、自室のベッドに倒れ込んだ。自分なりの全速力に息も絶え絶え。枕に顔を埋めて、はは…と苦笑する。
オンボロ寮はカレッジからだいぶ離れた場所にあるため、生徒たちの声はおろか雑音の一つも聞こえない。シン…と静まり返ったこの空間は、私を冷静にしてくれる。
改めて考えても、さっきのあれは、悪かったのは私だった。
アズール先輩がどれだけ過去に頑張ってきたかを知っていて、しかもそれを美談にするなというくらいの人であることも知っていて、それでも「過去に戻ってやり直したいか」なんて…それは彼を否定するような話だと思われても仕方なかった。
これから謝って、許してもらえるだろうか。もしも許してもらえなかったら?そもそも謝罪すらさせてもらえないかもしれない。そうしたら、私はアズール先輩はおろか、オクタヴィネルの皆に合わせる顔がない。これだけ入り浸ってしまった上で彼らがいない生活に慣れていくことは、果たして私にできるだろうか。
…冷静に、なんて真っ赤な嘘だ。一人でいると、思考がどんどん悪い方向へ行ってしまう。ゴロンと身体を転がして、天井を見つめる。
「あずーるせんぱい、」
じわり、視界が滲んだので、ぎゅっと目蓋を閉じた。
世界で一番愛おしい名前を、呼ぶことすらできなくなるとしたら、そんなの死んだも同然だ。
考えたくもない妄想がいつか現実になったら?
私はその時どうするのが正解なんだろう。
「ごめんなさい…せめて謝りたい…」
ぽつりと呟いたとき、コンコン、と部屋の扉を叩く音がした。
グリムだろうか。しかしながら今の私には、喋る元気がない。申し訳ないけれど居留守を使わせてもらおう。そのまま黙って、来客の訪問をやり過ごそう、そう決めた矢先。
「…失礼しますよ」
「!」
予想に反して、返ってきたのはグリムの声ではなかった。思い焦がれていたアズール先輩の声で驚いてしまう。
けれど、返事をしなかった以上、眠るふりをし続ける他なくて、逸る鼓動を抑え付けるのに全力集中する。
コツ、と靴の音が響く。部屋の空気が揺れて、先輩が近づいてきたのがわかった。年代物のベッドの音をギッと立てて、先輩はその縁に腰をかけたようだ。
視線を感じる。狸寝入りがバレているのだろうか。
アズール先輩の手が私の頬に触れた。グローブ越しでも優しさは伝わるものだ。壊れ物を扱うように、その指は繊細に私の頬から唇を撫でる。ついで、額に、ちゅ、と口付けが落とされた。
これはもう隠し通せないと、ゆっくりと目蓋を開いた。目と鼻の先には、アズール先輩の端正な顔があって、嬉しいような悲しいような気持ちが込み上げる。
「…お目覚めですか?」
「…こんなの、卑怯ですっ…」
「恋人が眠りについてしまったら、助けに来るのが僕の役目でしょう?」
「謝るより先に絆されてしまうじゃないですか…」
「…それはこちらのセリフです。タイミングを見失いました」
腕を引いて私の身体を起こしてくれたアズール先輩は、そのまま私を抱き留める。
「ごめんなさい…さっき…心にもないことを沢山言いました」
「僕の方こそ。貴女が恐れているとこをわざと口にしました。不安にさせましたね。非礼を詫びます」
「そんなこと…ないです。先輩のしてきた努力は、私には計り知れないのに、知りもしないことを言って、ごめんなさい…」
「…そんなこと、なんて言わないでください。貴女がいなくなるなんて、考えただけでもゾッとしますよ」
「私だって、人生やり直して、先輩と出会えない世界線があったらと思うと怖いです。今、ここにいる先輩が、好き」
すり、とアズール先輩の胸に顔を寄せれば、よしよしと髪を撫でられて、やっと少しだけ安心できた。もう一度、ごめんなさい、と口にすれば、ワンテンポ遅れて斜め上の言葉が返ってくる。
「僕、目に見えないものはあまり信じないたちなんですよね」
「…知ってます、契約、大好きですもんね…?」
「知られているなら話は早い。僕と契約しましょう」
「…?どんなですか?」
「過去は必要ありません。貴女の未来を僕にください。代わりに、この先未来永劫、貴女がどこにいても僕が探し出すと誓いましょう」
「それ…は…、契約というか…こ、こんやく、みたい、です、よ…?」
少しだけ顔を上げて先輩の方に目を向けると、その自信満々の声とは裏腹に、どこか不安そうな瞳が私を見つめていて、とくりと胸が鳴った。
「…あ、の」
「…カタチに残るものを贈ろうとも思ったのですが、貴女の意向も、伺ってからじゃなければと、思いまして」
スッと私の手を持ち上げて、彼は言う。
「イエス オア…?」
答えなんて、一つしかないのに。
ああでも、さっきあんな風に不安にさせてしまったから。
「約束、破らないでくださいよ…?」
「僕はどこかの誰かさんみたいに、無闇に契約を破棄したりしませんよ」
「…ふふっ、そうですね…先輩は紳士ですから」
「まだまだ、未熟ですがね」
「…私は、いつ、いなくなるかわからないけれど」
先輩が探しに来てくれるというのなら。
それを待つくらい、なんてことない。
「約束、です…It’s a deal!」
「ふっ…それは僕のセリフなんですが…まあ、いいでしょう。では、僕からは」
恭しく持ち上げた私の右手。
その指の付け根にアズール先輩の唇が触れると、そこにフッと現れたのは細いピンクゴールドのリング。魔法とはこんなこともできるのかと、お門違いのところで驚くと同時に、なんだか本当に婚約したみたいだなぁと、頭の上から自分が自分を見ているような変な感覚に陥った。これが、実感が湧かないという気持ちなのかもしれない。
「せんぱい、おうじさまみたい」
「そんなことを言ってくださるのは貴女だけ、ですね」
「じゃあ、私だけの王子様ですね」
その言葉に、一瞬ポカンと目を丸くしたアズール先輩だったけれど、次第に頬を染めていくあたり、どうやら恥ずかしがっているみたい。その表情は私の心を暖めてくれる。ふふ、と控え目に笑い声をあげたら、私の頭を胸に押さえつけるようにしてまた抱きしめられてしまった。
「…先輩、絶対ですからね、私の未来、アズール先輩に預けましたよ」
「僕の力をみくびらないでください。必ず、守ります」
「信じてます」
もぞもぞと腕の中から手を出して、先輩の腕を辿れば、察してくれたのか手に手を絡めてくれた。アズール先輩の細くて綺麗な指が、指にはまったリングをなぞるのが擽ったくて、今度は自分から先輩に擦り寄った。
私たちを包むのは優しい夕陽のだいだい色。
ね、先輩。
いつかの未来も一緒にいられるとしたら。
すれ違う時があっても、仲直りして。
こうしてずっと、一緒に夜を迎えられるといいなって、そう、思うんです。
だから、約束。
何かあっても、絶対、私を探し出してくださいね。
たまたま読んでいた本の中に『人生をやり直し続ける人の話』がでてきたので、ポロリとそんなことを口にしてしまったのだ。
『過去に戻ってやり直せるなら、何かを変えられるなら、どうしたいか』なんて、現状の私たちにとっては、簡単に声に出していい質問ではなかったのに。
「やり直しするくらいなら今から努力すればいいでしょう」
「でも努力し続けるって大変じゃないですか~。やり直せるなら、」
「そんなこともできないなら、やり直したところで何も変わりませんよ」
「やだな先輩、ただのお話ですよ」
「"~たら"の話をするくらいならもっと建設的な話をしたほうがいいんじゃないですか?例えば、そう、貴女が帰る方法とか」
「っ…!?」
お互い言う必要のないことがつらつらと口をついていることにはうすうす気づいてはいたが、悲しいかな、その口が止まることはなく、地雷まで行き着いてしまった感が否めない。
その「帰る」が意味するところは、二度と会えないかもしれないということで。
これまでは無理にでも避けてきた話題だったのに…と思っていたのは私だけだったんだろうか。
「…も、いいです」
「ああ、そうですか」
「ちょっと、ごめんなさい、今日は、帰ります…っ」
私は逃げるようにその場を飛び出した。
アズール先輩も同じように辛そうな顔をしていたのを見ないままで。
「あーあ。アズールさぁ、もうちょっと何か言い方があったんじゃねーの」
「…フロイド。いたんですか」
「売り言葉に買い言葉じゃないのですから。最後の一言は、はたから見ていても余計でしたよ」
「ジェイドもか。…煩いぞ」
「ま、別にオレたちが知ったこっちゃねーけど」
「あとで後悔するくらいなら、早めに、というだけです」
「…」
そんな会話がなされているなど、気づくはずもなく、私はオンボロ寮への道を急いでいた。
がちゃん、ばたん!
いつもなら大事に扱う直したばかりの扉も、今日は気遣う余裕がない。一気に二階まで駆け上がって、自室のベッドに倒れ込んだ。自分なりの全速力に息も絶え絶え。枕に顔を埋めて、はは…と苦笑する。
オンボロ寮はカレッジからだいぶ離れた場所にあるため、生徒たちの声はおろか雑音の一つも聞こえない。シン…と静まり返ったこの空間は、私を冷静にしてくれる。
改めて考えても、さっきのあれは、悪かったのは私だった。
アズール先輩がどれだけ過去に頑張ってきたかを知っていて、しかもそれを美談にするなというくらいの人であることも知っていて、それでも「過去に戻ってやり直したいか」なんて…それは彼を否定するような話だと思われても仕方なかった。
これから謝って、許してもらえるだろうか。もしも許してもらえなかったら?そもそも謝罪すらさせてもらえないかもしれない。そうしたら、私はアズール先輩はおろか、オクタヴィネルの皆に合わせる顔がない。これだけ入り浸ってしまった上で彼らがいない生活に慣れていくことは、果たして私にできるだろうか。
…冷静に、なんて真っ赤な嘘だ。一人でいると、思考がどんどん悪い方向へ行ってしまう。ゴロンと身体を転がして、天井を見つめる。
「あずーるせんぱい、」
じわり、視界が滲んだので、ぎゅっと目蓋を閉じた。
世界で一番愛おしい名前を、呼ぶことすらできなくなるとしたら、そんなの死んだも同然だ。
考えたくもない妄想がいつか現実になったら?
私はその時どうするのが正解なんだろう。
「ごめんなさい…せめて謝りたい…」
ぽつりと呟いたとき、コンコン、と部屋の扉を叩く音がした。
グリムだろうか。しかしながら今の私には、喋る元気がない。申し訳ないけれど居留守を使わせてもらおう。そのまま黙って、来客の訪問をやり過ごそう、そう決めた矢先。
「…失礼しますよ」
「!」
予想に反して、返ってきたのはグリムの声ではなかった。思い焦がれていたアズール先輩の声で驚いてしまう。
けれど、返事をしなかった以上、眠るふりをし続ける他なくて、逸る鼓動を抑え付けるのに全力集中する。
コツ、と靴の音が響く。部屋の空気が揺れて、先輩が近づいてきたのがわかった。年代物のベッドの音をギッと立てて、先輩はその縁に腰をかけたようだ。
視線を感じる。狸寝入りがバレているのだろうか。
アズール先輩の手が私の頬に触れた。グローブ越しでも優しさは伝わるものだ。壊れ物を扱うように、その指は繊細に私の頬から唇を撫でる。ついで、額に、ちゅ、と口付けが落とされた。
これはもう隠し通せないと、ゆっくりと目蓋を開いた。目と鼻の先には、アズール先輩の端正な顔があって、嬉しいような悲しいような気持ちが込み上げる。
「…お目覚めですか?」
「…こんなの、卑怯ですっ…」
「恋人が眠りについてしまったら、助けに来るのが僕の役目でしょう?」
「謝るより先に絆されてしまうじゃないですか…」
「…それはこちらのセリフです。タイミングを見失いました」
腕を引いて私の身体を起こしてくれたアズール先輩は、そのまま私を抱き留める。
「ごめんなさい…さっき…心にもないことを沢山言いました」
「僕の方こそ。貴女が恐れているとこをわざと口にしました。不安にさせましたね。非礼を詫びます」
「そんなこと…ないです。先輩のしてきた努力は、私には計り知れないのに、知りもしないことを言って、ごめんなさい…」
「…そんなこと、なんて言わないでください。貴女がいなくなるなんて、考えただけでもゾッとしますよ」
「私だって、人生やり直して、先輩と出会えない世界線があったらと思うと怖いです。今、ここにいる先輩が、好き」
すり、とアズール先輩の胸に顔を寄せれば、よしよしと髪を撫でられて、やっと少しだけ安心できた。もう一度、ごめんなさい、と口にすれば、ワンテンポ遅れて斜め上の言葉が返ってくる。
「僕、目に見えないものはあまり信じないたちなんですよね」
「…知ってます、契約、大好きですもんね…?」
「知られているなら話は早い。僕と契約しましょう」
「…?どんなですか?」
「過去は必要ありません。貴女の未来を僕にください。代わりに、この先未来永劫、貴女がどこにいても僕が探し出すと誓いましょう」
「それ…は…、契約というか…こ、こんやく、みたい、です、よ…?」
少しだけ顔を上げて先輩の方に目を向けると、その自信満々の声とは裏腹に、どこか不安そうな瞳が私を見つめていて、とくりと胸が鳴った。
「…あ、の」
「…カタチに残るものを贈ろうとも思ったのですが、貴女の意向も、伺ってからじゃなければと、思いまして」
スッと私の手を持ち上げて、彼は言う。
「イエス オア…?」
答えなんて、一つしかないのに。
ああでも、さっきあんな風に不安にさせてしまったから。
「約束、破らないでくださいよ…?」
「僕はどこかの誰かさんみたいに、無闇に契約を破棄したりしませんよ」
「…ふふっ、そうですね…先輩は紳士ですから」
「まだまだ、未熟ですがね」
「…私は、いつ、いなくなるかわからないけれど」
先輩が探しに来てくれるというのなら。
それを待つくらい、なんてことない。
「約束、です…It’s a deal!」
「ふっ…それは僕のセリフなんですが…まあ、いいでしょう。では、僕からは」
恭しく持ち上げた私の右手。
その指の付け根にアズール先輩の唇が触れると、そこにフッと現れたのは細いピンクゴールドのリング。魔法とはこんなこともできるのかと、お門違いのところで驚くと同時に、なんだか本当に婚約したみたいだなぁと、頭の上から自分が自分を見ているような変な感覚に陥った。これが、実感が湧かないという気持ちなのかもしれない。
「せんぱい、おうじさまみたい」
「そんなことを言ってくださるのは貴女だけ、ですね」
「じゃあ、私だけの王子様ですね」
その言葉に、一瞬ポカンと目を丸くしたアズール先輩だったけれど、次第に頬を染めていくあたり、どうやら恥ずかしがっているみたい。その表情は私の心を暖めてくれる。ふふ、と控え目に笑い声をあげたら、私の頭を胸に押さえつけるようにしてまた抱きしめられてしまった。
「…先輩、絶対ですからね、私の未来、アズール先輩に預けましたよ」
「僕の力をみくびらないでください。必ず、守ります」
「信じてます」
もぞもぞと腕の中から手を出して、先輩の腕を辿れば、察してくれたのか手に手を絡めてくれた。アズール先輩の細くて綺麗な指が、指にはまったリングをなぞるのが擽ったくて、今度は自分から先輩に擦り寄った。
私たちを包むのは優しい夕陽のだいだい色。
ね、先輩。
いつかの未来も一緒にいられるとしたら。
すれ違う時があっても、仲直りして。
こうしてずっと、一緒に夜を迎えられるといいなって、そう、思うんです。
だから、約束。
何かあっても、絶対、私を探し出してくださいね。