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土曜日。午前11時。
私は、起き抜けからずっとふさぎ込んでいた。
「もう無理…」
「だから俺を連れてきたのか?あなた、俺の尻尾で癒されるのは構わないけどな、本当に言いたいことはジェイド先輩にちゃんと言わないと伝わらないぞ」
「だってどんな顔して会えばいいのかわからないんだもん…」
私は今日、夢を見た。
普段からそんなにちゃんと眠れないにも関わらず、眠れた時に限ってこんな夢を見るなんてもう最悪最低。
それ以外の言葉が出てこない。
目を開けても自分が今どこにいるかわからないほどリアルな情景が、脳裏に焼き付いて離れなかった、朝。
とめどなく溢れ出す涙を見て、グリムにも驚かれてしまった。
混乱する頭で話した夢の内容をなんとなく察してくれたグリムは「それは夢だゾ」「本物はあなたのことしか見てないんだゾ」と言葉を尽くして励ましてくれたが、困ったことに言葉ではメンタルは戻らなかった。
事態の深刻さを感じたのか、グリムはジャックを連れてきてくれて、今、私はジャックの尻尾に掴まって堂々巡りな言葉を繰り返している。
思い出すのもおぞましいのだが、その夢は、ジェイド先輩と誰かの結婚式の一場面だった。
相手の顔など鮮明に思い出せないが、しかし、私だけを抱きしめてくれると思っていたグローブを取った手とか、私にしか見せることはないと思っていたその優しい瞳とか、柔らかい表情とか。そんなものだけは鮮明に思い出せてしまうのが、私を不安定にさせる要素になって、あれから何時間も私を襲っては心を真っ黒に塗りつぶしている。
「ジェイド先輩なら、話せばちゃんと、それは夢で現実じゃないって言ってくれるだろ」
「そうかも知れないけど!!…知れないけど…でも…私は、いつかいなくなっちゃうかもしれないから…」
「…それは…ッ…ごめん、無神経なこと言ったな」
「ううん…こんな話聞かせて、こちらこそ…ごめん。でも、だから、リアルに思えちゃって…私はいつか捨てられて、誰かと一緒になるジェイド先輩がいたって、おかしくないなって、納得しちゃった自分も、すごく嫌で」
「そうか…」
「…うん…自信なんて…どうやってもつかないや…ごめん、ジャック…ありがと」
もふもふ。また尻尾に顔を埋めて、少しだけ、涙をこぼした。
いつも私に甘いジャックは、何かあるたびにこうして尻尾を提供してくれて、言葉少なに励ましてくれる。
本当は、わかってる。
ジェイド先輩がいつも私にしてくれること、かけてくれる言葉、それから愛情。
そんなもの、もらっている自分が一番わかってるんだ。
でもね、それは、いつかなくなるかもしれない。いつまでも続く保証なんて、どこにあるの?
相反する感情は私を脆くして、あぁやっぱり好きになってはいけなかった、とまで思わせる。
息ができない。
先輩。
私はとうの昔に、もう先輩なしでは息ができなくなってしまったの。
どうやって生きていけばいいのだろう。
夢から覚めたくないなぁ、と思っていたら、明日突然、夢から覚めるような出来事が起こってしまったら。
どうしたら、いいのかな。
先輩、ジェイド先輩。教えて欲しいよ。
きつくジャックの尻尾に抱きつき直すと、やっと止まった涙がまた溢れ出してしまった。
グスッ、と鼻を鳴らすと、ジャックが、はぁ、とため息をつきつつも、頭を撫でてくれる。
優しい手。
ジェイド先輩を思い出すような、大きなーー
「ジャックさん、そこを代わっていただけますか?」
「え」
「!?」
会いたくて、会いたくない。
そんな張本人の声を私が聞き間違えるはずはなかった。
「聞こえませんでしたか?」
「い、いや、その」
「やだ!!」
「え、でも、お前」
「だって、やだ、やだ!!」
尻尾を掴まれたら痛いかもしれない。でもそんなこと考える余裕がない。
ギュゥウとそのもふもふ尻尾を抱きしめて、自分の顔を隠すことしかできない私は無力だ。
「悪いようにはいたしませんよ」
「…今は、ダメ、です」
「僕はあなたさんの番でしょう?辛い時にどうして呼んでくださらないのですか?」
「だって、そんな、」
私がジャックの尻尾を離さないとみたのだろう。
話をしている間に、私の背後に回り込んだジェイド先輩は、私を抱き上げて、そっと尻尾を解放させた。
「や、や!!下ろして!!やだぁっ…!!」
「ジャックさん、あとは僕にお任せいただけませんか?」
「あ…えと」
「行かないで!!ジャック!やだ!」
「でも…やっぱりお前はジェイド先輩に話すべきだよ。俺には何もしてやれねぇから。ごめん」
「っ…!」
「後でまたどれだけでも尻尾触らせてやるから。サバナクローにも遊びに来いよ。レオナさんもラギー先輩も待ってるぜ」
「うっ…」
無情にも、私の癒しはこの部屋からいなくなってしまった。
後に残されたのは、私と、それから、ジェイド先輩。
この時期特有の静けさの中に混ざる蝉の声が、現実すらも幻のように思わせる。
…でも、そうね。
この時間すらも夢幻 で、間違い無いのかもしれない。
パタリ。抵抗する力も失せてしまって、手をだらりと下ろせば、ジェイド先輩が、ふ、と息を吐いて私を抱えてベッドの縁に腰をかけた。
私は先輩の膝の上に横抱きにされて。でも、視線はそらしたまま。
「何が、あったのですか?」
「…」
「言ってくださらないと、僕にもわからないことはあります」
「…」
「…では、聞かせていただかなくても構いません。こうして抱きしめていましょうね。もしかすると、伝わるかもしれませんし」
私が頑なに口を開かないのをみても、ジェイド先輩は何処吹く風。
改めて私を抱き上げたと思ったら、そのまますっぽり抱きしめてしまう。
折れることなく、気分を害することもなく。ただ、我が道を往く。
自分のことは言わないくせに。
私のことは全部全部知ろうとして、暴いてしまって。
そんなところが、大好きで。大好きで。好きで好きで。
「好き」
「はい」
「好きです」
「僕もあなたさんが好きですよ」
「私の方がもっと好きです」
「ふふ…ですが、好きの大きさははかれませんから、どうやって勝負いたしましょうか」
「…っ!!ジェイド先輩はずるい」
「おや、具体的には?」
「だって、私の夢にまで出てきて、私の気持ちをかき乱すのに、こうやって簡単に懐に入ってきます…ッ」
「貴女の夢に登場できたのですか。それは光栄…ですがそのように悲しい気持ちをされているのであれば、僕が悪かったのでしょうね」
悪いどころじゃ無い。
でも、私はこの夢の意味も知っている。
夢占いでは確か、夢は自分の一部。
『このまま彼と一緒にいることに虚無感を抱いている』可能性がある、なんていう文言を見たことがある。
つまり。
きっと、私が、ジェイド先輩といることが、無意味なものになってしまうことを恐れているだけなのだ。
自分が、この世界からいなくなった時に、この愛しい時間をどう処理すればいいのかわからない。
覚えていてもいなくても、泣いて喚いて、それこそ死んでしまいたいと思うのだろうと、それを恐れている。
幸せと恐怖が一緒に私を襲ってくる。
怖い。怖いの。助けて。溺れてしまう。暗闇の底で。いやだ。私は。私は、
ぶる、と震えた身体の振動を感じたのか、私を拘束する腕にさらに力がこもり、ジェイド先輩に思い切り抱きしめられる。
鼻腔を満たすのは、ラベンダーのような、ジェイド・リーチの、香り。
「いつか、言いましたが」
静かに静かに。ジェイド先輩の声が私の耳をくすぐる。
「貴女が眠りから覚めてしまうようなことがあれば、僕がもう一度、眠らせて差し上げますよ」
「…ッ」
「何も心配しなくて良いのですから。僕に全部任せてください」
「…他の人のところに行ったりしませんか…?」
「僕が?どうして。僕は他の人に気を取られたことなどありませんし、番のあなたさんから目をそらすこともありませんが」
「…で、でも、っまだ、この先、わからないですしっ…」
「そんなにも信用がないとは…」
「!?そ、そういう、わけ、じゃ」
「それならば、まだまだ、もっと、愛して差し上げなければなりませんね」
「へ」
身体がぐるりと回転した変な感覚に襲われた直後、私の背中に触れたのは、ベッドの感触だった。
真上にはジェイド先輩と、少しだけ天井が見える。
キョトン、としていると、柔らかい唇の感触がおでこに降ってきた。
「!」
「…今日もあまり眠れていらっしゃらないようだ。貴女は本当に、僕がいないとダメ、ですね」
「ッ…ふ、ぅ…」
涙がまた目尻から溢れ出して、つ、と顔を伝っていく。
そんな風に優しく言われたら、深海のもっともっと深いところへ行ってしまいたくなる。
そこへもジェイド先輩はついてきてくれますか?
「貴女を泣かせるほど好きになってもらえるなんて、光栄ですが…僕は悪い男、ということになるでしょうか」
「…!そ、です…ジェイド先輩は、悪い、男の人だから、っ、私は、ジェイド先輩なしじゃ、もう」
「大丈夫…僕はずっと、ここにいます。貴女とどこまででも。アズールに頼んで契約でもしますか?」
目尻に溜まった涙を拭われてもポロポロポロポロ。
涙ってどうやったら止まるんだっけ。
「けい、や、くはっ、や、ですっうっ…」
「ではどうしましょうか?」
「ずっと、一緒に、いっ、いて、くだ、さい、」
「それはどのように信じてもらいましょうか?」
「毎日一緒にいてくれたら、それが、積み重なって、いつか本物に、なる、から…」
「あなたさんの、仰せのままに」
そういって抱きしめてくれたジェイド先輩の腕の中は幸せの音がした。
普段は私の意見を聞くまでもなくドロドロに甘やかしてくれるジェイド先輩に、こうして一つ一つ確認を取られながら会話するのはなんだか新鮮で、それでいて『私のことを想ってくれている』ことが心からわかって嬉しくて恥ずかしくて、幸せで。
とくんとくんと、鼓動を聴きながら頭を撫でられてたら、少しだけ心が落ち着いたのか、瞼が落ちてきてしまった。
「おや、眠られますか?」
「…こ、わい」
「眠るのがですか?僕はここにいます」
「だって…夢の中で、ジェイド先輩に会うと…どこかに行ってしまう、から…」
「大丈夫、どこにも行きません。僕はずっと貴女の傍にいますから」
自分の意思で眠気に抗えないのが悔しいけれど、そうか、ジェイド先輩は、そばにいてくれるのね。
「ありが、と、ございます…」
今度の夢では。
ジェイド先輩は私の手を取ってくれるかな。
幸せを、積み重ねていけたら、いいな。
「その暖かな夢を、現実に、しましょうね。二人で」
スゥ、と私が眠ってしまった後も、ジェイド先輩が私を優しく見守っていてくれたことは、誰も知らない。
私が次に見た夢が、ジェイド先輩と一緒に海辺をお散歩する優しい夢であったことも、もちろん誰も、知らない。
私は、起き抜けからずっとふさぎ込んでいた。
「もう無理…」
「だから俺を連れてきたのか?あなた、俺の尻尾で癒されるのは構わないけどな、本当に言いたいことはジェイド先輩にちゃんと言わないと伝わらないぞ」
「だってどんな顔して会えばいいのかわからないんだもん…」
私は今日、夢を見た。
普段からそんなにちゃんと眠れないにも関わらず、眠れた時に限ってこんな夢を見るなんてもう最悪最低。
それ以外の言葉が出てこない。
目を開けても自分が今どこにいるかわからないほどリアルな情景が、脳裏に焼き付いて離れなかった、朝。
とめどなく溢れ出す涙を見て、グリムにも驚かれてしまった。
混乱する頭で話した夢の内容をなんとなく察してくれたグリムは「それは夢だゾ」「本物はあなたのことしか見てないんだゾ」と言葉を尽くして励ましてくれたが、困ったことに言葉ではメンタルは戻らなかった。
事態の深刻さを感じたのか、グリムはジャックを連れてきてくれて、今、私はジャックの尻尾に掴まって堂々巡りな言葉を繰り返している。
思い出すのもおぞましいのだが、その夢は、ジェイド先輩と誰かの結婚式の一場面だった。
相手の顔など鮮明に思い出せないが、しかし、私だけを抱きしめてくれると思っていたグローブを取った手とか、私にしか見せることはないと思っていたその優しい瞳とか、柔らかい表情とか。そんなものだけは鮮明に思い出せてしまうのが、私を不安定にさせる要素になって、あれから何時間も私を襲っては心を真っ黒に塗りつぶしている。
「ジェイド先輩なら、話せばちゃんと、それは夢で現実じゃないって言ってくれるだろ」
「そうかも知れないけど!!…知れないけど…でも…私は、いつかいなくなっちゃうかもしれないから…」
「…それは…ッ…ごめん、無神経なこと言ったな」
「ううん…こんな話聞かせて、こちらこそ…ごめん。でも、だから、リアルに思えちゃって…私はいつか捨てられて、誰かと一緒になるジェイド先輩がいたって、おかしくないなって、納得しちゃった自分も、すごく嫌で」
「そうか…」
「…うん…自信なんて…どうやってもつかないや…ごめん、ジャック…ありがと」
もふもふ。また尻尾に顔を埋めて、少しだけ、涙をこぼした。
いつも私に甘いジャックは、何かあるたびにこうして尻尾を提供してくれて、言葉少なに励ましてくれる。
本当は、わかってる。
ジェイド先輩がいつも私にしてくれること、かけてくれる言葉、それから愛情。
そんなもの、もらっている自分が一番わかってるんだ。
でもね、それは、いつかなくなるかもしれない。いつまでも続く保証なんて、どこにあるの?
相反する感情は私を脆くして、あぁやっぱり好きになってはいけなかった、とまで思わせる。
息ができない。
先輩。
私はとうの昔に、もう先輩なしでは息ができなくなってしまったの。
どうやって生きていけばいいのだろう。
夢から覚めたくないなぁ、と思っていたら、明日突然、夢から覚めるような出来事が起こってしまったら。
どうしたら、いいのかな。
先輩、ジェイド先輩。教えて欲しいよ。
きつくジャックの尻尾に抱きつき直すと、やっと止まった涙がまた溢れ出してしまった。
グスッ、と鼻を鳴らすと、ジャックが、はぁ、とため息をつきつつも、頭を撫でてくれる。
優しい手。
ジェイド先輩を思い出すような、大きなーー
「ジャックさん、そこを代わっていただけますか?」
「え」
「!?」
会いたくて、会いたくない。
そんな張本人の声を私が聞き間違えるはずはなかった。
「聞こえませんでしたか?」
「い、いや、その」
「やだ!!」
「え、でも、お前」
「だって、やだ、やだ!!」
尻尾を掴まれたら痛いかもしれない。でもそんなこと考える余裕がない。
ギュゥウとそのもふもふ尻尾を抱きしめて、自分の顔を隠すことしかできない私は無力だ。
「悪いようにはいたしませんよ」
「…今は、ダメ、です」
「僕はあなたさんの番でしょう?辛い時にどうして呼んでくださらないのですか?」
「だって、そんな、」
私がジャックの尻尾を離さないとみたのだろう。
話をしている間に、私の背後に回り込んだジェイド先輩は、私を抱き上げて、そっと尻尾を解放させた。
「や、や!!下ろして!!やだぁっ…!!」
「ジャックさん、あとは僕にお任せいただけませんか?」
「あ…えと」
「行かないで!!ジャック!やだ!」
「でも…やっぱりお前はジェイド先輩に話すべきだよ。俺には何もしてやれねぇから。ごめん」
「っ…!」
「後でまたどれだけでも尻尾触らせてやるから。サバナクローにも遊びに来いよ。レオナさんもラギー先輩も待ってるぜ」
「うっ…」
無情にも、私の癒しはこの部屋からいなくなってしまった。
後に残されたのは、私と、それから、ジェイド先輩。
この時期特有の静けさの中に混ざる蝉の声が、現実すらも幻のように思わせる。
…でも、そうね。
この時間すらも
パタリ。抵抗する力も失せてしまって、手をだらりと下ろせば、ジェイド先輩が、ふ、と息を吐いて私を抱えてベッドの縁に腰をかけた。
私は先輩の膝の上に横抱きにされて。でも、視線はそらしたまま。
「何が、あったのですか?」
「…」
「言ってくださらないと、僕にもわからないことはあります」
「…」
「…では、聞かせていただかなくても構いません。こうして抱きしめていましょうね。もしかすると、伝わるかもしれませんし」
私が頑なに口を開かないのをみても、ジェイド先輩は何処吹く風。
改めて私を抱き上げたと思ったら、そのまますっぽり抱きしめてしまう。
折れることなく、気分を害することもなく。ただ、我が道を往く。
自分のことは言わないくせに。
私のことは全部全部知ろうとして、暴いてしまって。
そんなところが、大好きで。大好きで。好きで好きで。
「好き」
「はい」
「好きです」
「僕もあなたさんが好きですよ」
「私の方がもっと好きです」
「ふふ…ですが、好きの大きさははかれませんから、どうやって勝負いたしましょうか」
「…っ!!ジェイド先輩はずるい」
「おや、具体的には?」
「だって、私の夢にまで出てきて、私の気持ちをかき乱すのに、こうやって簡単に懐に入ってきます…ッ」
「貴女の夢に登場できたのですか。それは光栄…ですがそのように悲しい気持ちをされているのであれば、僕が悪かったのでしょうね」
悪いどころじゃ無い。
でも、私はこの夢の意味も知っている。
夢占いでは確か、夢は自分の一部。
『このまま彼と一緒にいることに虚無感を抱いている』可能性がある、なんていう文言を見たことがある。
つまり。
きっと、私が、ジェイド先輩といることが、無意味なものになってしまうことを恐れているだけなのだ。
自分が、この世界からいなくなった時に、この愛しい時間をどう処理すればいいのかわからない。
覚えていてもいなくても、泣いて喚いて、それこそ死んでしまいたいと思うのだろうと、それを恐れている。
幸せと恐怖が一緒に私を襲ってくる。
怖い。怖いの。助けて。溺れてしまう。暗闇の底で。いやだ。私は。私は、
ぶる、と震えた身体の振動を感じたのか、私を拘束する腕にさらに力がこもり、ジェイド先輩に思い切り抱きしめられる。
鼻腔を満たすのは、ラベンダーのような、ジェイド・リーチの、香り。
「いつか、言いましたが」
静かに静かに。ジェイド先輩の声が私の耳をくすぐる。
「貴女が眠りから覚めてしまうようなことがあれば、僕がもう一度、眠らせて差し上げますよ」
「…ッ」
「何も心配しなくて良いのですから。僕に全部任せてください」
「…他の人のところに行ったりしませんか…?」
「僕が?どうして。僕は他の人に気を取られたことなどありませんし、番のあなたさんから目をそらすこともありませんが」
「…で、でも、っまだ、この先、わからないですしっ…」
「そんなにも信用がないとは…」
「!?そ、そういう、わけ、じゃ」
「それならば、まだまだ、もっと、愛して差し上げなければなりませんね」
「へ」
身体がぐるりと回転した変な感覚に襲われた直後、私の背中に触れたのは、ベッドの感触だった。
真上にはジェイド先輩と、少しだけ天井が見える。
キョトン、としていると、柔らかい唇の感触がおでこに降ってきた。
「!」
「…今日もあまり眠れていらっしゃらないようだ。貴女は本当に、僕がいないとダメ、ですね」
「ッ…ふ、ぅ…」
涙がまた目尻から溢れ出して、つ、と顔を伝っていく。
そんな風に優しく言われたら、深海のもっともっと深いところへ行ってしまいたくなる。
そこへもジェイド先輩はついてきてくれますか?
「貴女を泣かせるほど好きになってもらえるなんて、光栄ですが…僕は悪い男、ということになるでしょうか」
「…!そ、です…ジェイド先輩は、悪い、男の人だから、っ、私は、ジェイド先輩なしじゃ、もう」
「大丈夫…僕はずっと、ここにいます。貴女とどこまででも。アズールに頼んで契約でもしますか?」
目尻に溜まった涙を拭われてもポロポロポロポロ。
涙ってどうやったら止まるんだっけ。
「けい、や、くはっ、や、ですっうっ…」
「ではどうしましょうか?」
「ずっと、一緒に、いっ、いて、くだ、さい、」
「それはどのように信じてもらいましょうか?」
「毎日一緒にいてくれたら、それが、積み重なって、いつか本物に、なる、から…」
「あなたさんの、仰せのままに」
そういって抱きしめてくれたジェイド先輩の腕の中は幸せの音がした。
普段は私の意見を聞くまでもなくドロドロに甘やかしてくれるジェイド先輩に、こうして一つ一つ確認を取られながら会話するのはなんだか新鮮で、それでいて『私のことを想ってくれている』ことが心からわかって嬉しくて恥ずかしくて、幸せで。
とくんとくんと、鼓動を聴きながら頭を撫でられてたら、少しだけ心が落ち着いたのか、瞼が落ちてきてしまった。
「おや、眠られますか?」
「…こ、わい」
「眠るのがですか?僕はここにいます」
「だって…夢の中で、ジェイド先輩に会うと…どこかに行ってしまう、から…」
「大丈夫、どこにも行きません。僕はずっと貴女の傍にいますから」
自分の意思で眠気に抗えないのが悔しいけれど、そうか、ジェイド先輩は、そばにいてくれるのね。
「ありが、と、ございます…」
今度の夢では。
ジェイド先輩は私の手を取ってくれるかな。
幸せを、積み重ねていけたら、いいな。
「その暖かな夢を、現実に、しましょうね。二人で」
スゥ、と私が眠ってしまった後も、ジェイド先輩が私を優しく見守っていてくれたことは、誰も知らない。
私が次に見た夢が、ジェイド先輩と一緒に海辺をお散歩する優しい夢であったことも、もちろん誰も、知らない。