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『今から先輩のところに行ってもいいですか』とこんな時間にメッセージをしたのには理由があった。
ギリギリでないといけない理由があったんだもの。
通い慣れた道を通るのは私一人だけ。その私を迎えてくれるのは彼だけ。
そっと鏡を抜けると寮の前で待っていてくれるあたり、先輩は本当に優しいなと思う。
「こんばんは…!」
「こんばんは、あなた」
「夜分に本当にすみません」
「いえ、それはいいんです…ですがこんな時間にどうしたんですか?」
「えっと…会いたくなっただけ…って言っても…入れてくれますか…?」
これからやろうとしていることを考えたら、今更恥ずかしくなって、声が小さくなってしまった。わかってはいたが、そもそもこんな時間におしかけること自体が非常識なことには違いない。親しき中にも礼儀あり。断られるルートだってちゃんと覚悟してきてるけど、嫌われる…までは行かないといいなぁ。
回答までには三秒とかからなかったはずだけど、永遠みたいに長い時間だった。
「はぁ」
「あ…ご、ごめんな、さい、やっぱり帰…」
「待ってください、誰が帰すといいましたか?」
溜息が聞こえて、断られるのを見越した私は、先に謝罪を入れて踵を返した。が、それはアズール先輩によって阻まれてしまった。
腕をとられて抱きしめられる。
寮服や制服と違い、パジャマの上に薄手のガーデンを羽織っただけのその身体からは体温とよい香りが伝わってきた。
とくん、とくんと私のものか先輩のものかわからない鼓動が耳に煩い。
「もう遅いんですから…僕の部屋へご案内しましょう」
「…っ、ぁ、りがとう、ございます…」
先輩に手を引かれて、私は深海のオクタヴィネル寮を揺蕩う。今から寝るところだったのだろう先輩は、当たり前だがグローブはしていない。もはや見慣れたものなのに、綺麗な指が直接私に絡まっているその様は何故か私の体温を上げた。
寮長室に通されて最初に確認したのは時計。
狙い通り、あと五分程度で日付を跨ぐ頃合いだ。
少しの緊張と大きな期待。
逸る気持ちは私の胸をときめかせる。
「さて。お茶でも淹れましょうか?それとも…」
「せ、せんぱいっそれよりも!」
「はい?」
「あの、お願いが、あって!」
「?あなたから?珍しいですね…なんでしょう」
「…不躾なんですが、アズール先輩、ベッドに座ってほしいです」
「ベッドに?…いいですけれど…」
普段はあちらへこちらへと画策を巡らせて用意周到にしているアズール先輩なのに、私からのお願いだとこんな意味不明でもスッと受け入れてくれるんだな、少しでも心を許してくれているのかな、なんて考えつつ、私は腰かけた先輩の目の前に立つ。
「次はどうします?」
戯けた調子で聞かれて、目的がバレているような気がしたけど、ここで引いたら女が廃る。そっと壁の時計を確認すれば、その時まであと二分しか残っていない。
「じゃあ、目を」
「目?」
「私がいいというまで、目を瞑っていてください」
「わかりました」
先輩の長い睫毛が下睫毛と合わさる。
それを確認してから、ポケットから取り出したのは、ピンク色のリボン。どこに巻こうかと逡巡して、やはり…と膝の上に行儀よく重ねられていた両手をとって一括りにした。
目を瞑ってはいるけれど、違和感は拭えないようで、こて、と首を傾げた。
「…これはなんですか?」
「秘密、です。えーと…後三十秒なので、どうしよう…どうしましょうね」
「ふふ…あなた、やっぱり日付が変わるのを待っていたんですね」
「!」
「時計を何度も確認していたのでそうではないかと思ったのですが」
「バレてたんですね…」
「えぇ、あなたは、わかりやすいですからね」
「えーっと、じゃあネタバレしますね…目を開けてもらっていいですか?」
パッと目を開けた先輩に向けて、この文字読んでもらってもいいですか?と、プラカードを見せた。
「…ハッピー、バースデー、?」
「ありがとうございます!」
「…え?ハッピーバースデーなんですか?あなたの?」
「はい!ありがとうございます!」
「ちょっと待ってください…?どうして先に言っ」
「そうやって気にさせたくなかったので!…でも、一番にお祝いしてほしいっていう、自分勝手な気持ちです。お祝いの言葉、ありがとうございます。それから、こうやって夜も遅くに会ってもらえて、嬉しかった、です」
「…はぁ…」
「?」
「ではこれはなんですか?」
ス、と挙げたのは、もちろん縛られている両手。
我ながら突拍子もないことをしたな、と思いながら、も理由を言った。
「それは、えぇと、プレゼント」
「はい?」
「プレゼントは、アズール先輩…と言いますか」
「ふ…ふは…ッ」
「!!わ、笑わなくてもっ!」
「いえ、だって…っ!あなたは、僕が欲しかったんですかっ?」
「…!わ、私はっ、だって、もっ、ものがほしいわけじゃ、ないからっ」
自分でしておいて何だけど、ものすごい恥ずかしくなってきた。
どうしよう、でも今更取り繕ったところで、魂胆はバレバレのようだ。
目の前のプレゼントは、とても嬉しそうな顔をして私を見つめてくる。
「では、このプレゼント、どうしてくれるんでしょう?」
「ぷ、プレゼントは、もちろん私が、もらいますッ」
「そうですか…それではまずは、かけられたこのリボン、解いていただきたいのですが?」
「プレゼントはそんなこと、急かしたりしませんっ!」
「おや…では解いてもらえるのを待たなければならないんですね?」
「そうです!プレゼントは、もらった私のものなんですから!どうしようと私の勝手ですし!」
恥ずかしさから顔をそらしても、クスクスと小さな笑い声は留まるところを知らない。
話せば話すほど内容がおかしな方向に行ってしまう会話だけれど、今日は私のバースデーなんだから、少しくらい欲張ったっていいかもしれない。
ぷ、と膨らませていた頬から空気を抜くと、私もなんだか可笑しくなってきてしまった。
リボンの先を持ち上げて、『仕方ないので』と前置きして。
「じゃあ、プレゼントが解いてっていうので、もう、開封します…ね?」
「そうしていただけると助かります」
しゅるりと解けば、自由になったアズール先輩の両腕が、私の方に伸びてきた。
腰を抱かれて、引き寄せられて。私はそのまま膝の上。
「今回は、してやられました」
「ほんとうですか…?」
「えぇ、なので何も用意ができていませんから、ケーキくらいはご馳走させてくださいね?」
「ケーキっ!!嬉し…あ…け、結局、いただいてしまう…」
「いいじゃないですか。あなたの…大切な人の記念日は、お祝いさせてもらえる方が嬉しいものです」
「!!」
そういう考えもあるのか、と驚いてしまった。
確かに私が先輩の誕生日を知らずに過ごして、それを後から知ったら、すごくすごく悔しいだろう。
だってアズール先輩が生まれてきてくれたことを、先輩に出会えたことを、一番幸せに想っているのは私なのだから、お祝いさせて欲しかった、と思うに決まっているのだ。
「アズール先輩の、そういうところ、好きです…大好き」
「光栄ですね」
「私にも、先輩の誕生日はお祝いさせてくださいね」
「もちろん。でもそれよりも先に、今、僕からの、プレゼントからのお祝いをさせていただかなければ」
「えッ」
「え、とはなんです?『そういうつもり』で来たんじゃないんですか?」
「あっ、ッ、その、そんな訳では」
「おや?『そういうつもり』の意図がわかったのですか」
「?!」
私の腰を抱く先輩の手が、ゆるりと怪しく背中に這い上がってきて、思わず、ンン、と変な声をあげてしまう。
パッと口を塞ごうとしたら、それよりも先にアズール先輩に塞がれてしまった。
「、っン」
「は、ふ」
短いキスは音も立てずに離れたけれど、今にもまたくっつきそうなその距離感で囁かれた言葉は、明日からの私の生きる力。
「ハッピーバースデー、あなた。一年、素敵な日々を共に」
それから先の夜のことは、誰にも教えてはあげないよ。
ギリギリでないといけない理由があったんだもの。
通い慣れた道を通るのは私一人だけ。その私を迎えてくれるのは彼だけ。
そっと鏡を抜けると寮の前で待っていてくれるあたり、先輩は本当に優しいなと思う。
「こんばんは…!」
「こんばんは、あなた」
「夜分に本当にすみません」
「いえ、それはいいんです…ですがこんな時間にどうしたんですか?」
「えっと…会いたくなっただけ…って言っても…入れてくれますか…?」
これからやろうとしていることを考えたら、今更恥ずかしくなって、声が小さくなってしまった。わかってはいたが、そもそもこんな時間におしかけること自体が非常識なことには違いない。親しき中にも礼儀あり。断られるルートだってちゃんと覚悟してきてるけど、嫌われる…までは行かないといいなぁ。
回答までには三秒とかからなかったはずだけど、永遠みたいに長い時間だった。
「はぁ」
「あ…ご、ごめんな、さい、やっぱり帰…」
「待ってください、誰が帰すといいましたか?」
溜息が聞こえて、断られるのを見越した私は、先に謝罪を入れて踵を返した。が、それはアズール先輩によって阻まれてしまった。
腕をとられて抱きしめられる。
寮服や制服と違い、パジャマの上に薄手のガーデンを羽織っただけのその身体からは体温とよい香りが伝わってきた。
とくん、とくんと私のものか先輩のものかわからない鼓動が耳に煩い。
「もう遅いんですから…僕の部屋へご案内しましょう」
「…っ、ぁ、りがとう、ございます…」
先輩に手を引かれて、私は深海のオクタヴィネル寮を揺蕩う。今から寝るところだったのだろう先輩は、当たり前だがグローブはしていない。もはや見慣れたものなのに、綺麗な指が直接私に絡まっているその様は何故か私の体温を上げた。
寮長室に通されて最初に確認したのは時計。
狙い通り、あと五分程度で日付を跨ぐ頃合いだ。
少しの緊張と大きな期待。
逸る気持ちは私の胸をときめかせる。
「さて。お茶でも淹れましょうか?それとも…」
「せ、せんぱいっそれよりも!」
「はい?」
「あの、お願いが、あって!」
「?あなたから?珍しいですね…なんでしょう」
「…不躾なんですが、アズール先輩、ベッドに座ってほしいです」
「ベッドに?…いいですけれど…」
普段はあちらへこちらへと画策を巡らせて用意周到にしているアズール先輩なのに、私からのお願いだとこんな意味不明でもスッと受け入れてくれるんだな、少しでも心を許してくれているのかな、なんて考えつつ、私は腰かけた先輩の目の前に立つ。
「次はどうします?」
戯けた調子で聞かれて、目的がバレているような気がしたけど、ここで引いたら女が廃る。そっと壁の時計を確認すれば、その時まであと二分しか残っていない。
「じゃあ、目を」
「目?」
「私がいいというまで、目を瞑っていてください」
「わかりました」
先輩の長い睫毛が下睫毛と合わさる。
それを確認してから、ポケットから取り出したのは、ピンク色のリボン。どこに巻こうかと逡巡して、やはり…と膝の上に行儀よく重ねられていた両手をとって一括りにした。
目を瞑ってはいるけれど、違和感は拭えないようで、こて、と首を傾げた。
「…これはなんですか?」
「秘密、です。えーと…後三十秒なので、どうしよう…どうしましょうね」
「ふふ…あなた、やっぱり日付が変わるのを待っていたんですね」
「!」
「時計を何度も確認していたのでそうではないかと思ったのですが」
「バレてたんですね…」
「えぇ、あなたは、わかりやすいですからね」
「えーっと、じゃあネタバレしますね…目を開けてもらっていいですか?」
パッと目を開けた先輩に向けて、この文字読んでもらってもいいですか?と、プラカードを見せた。
「…ハッピー、バースデー、?」
「ありがとうございます!」
「…え?ハッピーバースデーなんですか?あなたの?」
「はい!ありがとうございます!」
「ちょっと待ってください…?どうして先に言っ」
「そうやって気にさせたくなかったので!…でも、一番にお祝いしてほしいっていう、自分勝手な気持ちです。お祝いの言葉、ありがとうございます。それから、こうやって夜も遅くに会ってもらえて、嬉しかった、です」
「…はぁ…」
「?」
「ではこれはなんですか?」
ス、と挙げたのは、もちろん縛られている両手。
我ながら突拍子もないことをしたな、と思いながら、も理由を言った。
「それは、えぇと、プレゼント」
「はい?」
「プレゼントは、アズール先輩…と言いますか」
「ふ…ふは…ッ」
「!!わ、笑わなくてもっ!」
「いえ、だって…っ!あなたは、僕が欲しかったんですかっ?」
「…!わ、私はっ、だって、もっ、ものがほしいわけじゃ、ないからっ」
自分でしておいて何だけど、ものすごい恥ずかしくなってきた。
どうしよう、でも今更取り繕ったところで、魂胆はバレバレのようだ。
目の前のプレゼントは、とても嬉しそうな顔をして私を見つめてくる。
「では、このプレゼント、どうしてくれるんでしょう?」
「ぷ、プレゼントは、もちろん私が、もらいますッ」
「そうですか…それではまずは、かけられたこのリボン、解いていただきたいのですが?」
「プレゼントはそんなこと、急かしたりしませんっ!」
「おや…では解いてもらえるのを待たなければならないんですね?」
「そうです!プレゼントは、もらった私のものなんですから!どうしようと私の勝手ですし!」
恥ずかしさから顔をそらしても、クスクスと小さな笑い声は留まるところを知らない。
話せば話すほど内容がおかしな方向に行ってしまう会話だけれど、今日は私のバースデーなんだから、少しくらい欲張ったっていいかもしれない。
ぷ、と膨らませていた頬から空気を抜くと、私もなんだか可笑しくなってきてしまった。
リボンの先を持ち上げて、『仕方ないので』と前置きして。
「じゃあ、プレゼントが解いてっていうので、もう、開封します…ね?」
「そうしていただけると助かります」
しゅるりと解けば、自由になったアズール先輩の両腕が、私の方に伸びてきた。
腰を抱かれて、引き寄せられて。私はそのまま膝の上。
「今回は、してやられました」
「ほんとうですか…?」
「えぇ、なので何も用意ができていませんから、ケーキくらいはご馳走させてくださいね?」
「ケーキっ!!嬉し…あ…け、結局、いただいてしまう…」
「いいじゃないですか。あなたの…大切な人の記念日は、お祝いさせてもらえる方が嬉しいものです」
「!!」
そういう考えもあるのか、と驚いてしまった。
確かに私が先輩の誕生日を知らずに過ごして、それを後から知ったら、すごくすごく悔しいだろう。
だってアズール先輩が生まれてきてくれたことを、先輩に出会えたことを、一番幸せに想っているのは私なのだから、お祝いさせて欲しかった、と思うに決まっているのだ。
「アズール先輩の、そういうところ、好きです…大好き」
「光栄ですね」
「私にも、先輩の誕生日はお祝いさせてくださいね」
「もちろん。でもそれよりも先に、今、僕からの、プレゼントからのお祝いをさせていただかなければ」
「えッ」
「え、とはなんです?『そういうつもり』で来たんじゃないんですか?」
「あっ、ッ、その、そんな訳では」
「おや?『そういうつもり』の意図がわかったのですか」
「?!」
私の腰を抱く先輩の手が、ゆるりと怪しく背中に這い上がってきて、思わず、ンン、と変な声をあげてしまう。
パッと口を塞ごうとしたら、それよりも先にアズール先輩に塞がれてしまった。
「、っン」
「は、ふ」
短いキスは音も立てずに離れたけれど、今にもまたくっつきそうなその距離感で囁かれた言葉は、明日からの私の生きる力。
「ハッピーバースデー、あなた。一年、素敵な日々を共に」
それから先の夜のことは、誰にも教えてはあげないよ。