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その騒動は、私の一言から始まった。それはすなわち、こうである。
「リドル先輩、クロッケーってなんですか?」
【クロッケーを知らない人間がリドル寮長の近くに存在している。】
そんな噂が広まっては、ハーツラビュルの名を汚す、と、よくわからない理由からクロッケー大会に呼ばれたのが今週半ばのこと。
「どんなことでも一番を取るのはボクだ。証明してあげるから一緒においで」
リドル先輩にそんなことを言われては、伺わないなんていう選択肢はなかった。
来たる大会の日は、まず、みんなのクロッケー講座から始まった。
聞く限りでは案外簡単なゲームのようだ。
概要はこうだ。
スタートラインから出発して、小さなボールをフープに通すように打ち込んでいく。そして、コートのセンターに備え付けられたペグという杭にボールを当てる。当てれば点数加算。決められた点数分だけペグにボールを当てられれば、その人が優勝となる。そんなところだそう。
「…みんなはこれをいつもしているの?」
「当たり前だ。ハートの女王の厳格な規律だからな」
「まー正直かったるいことこの上ないけどねー」
とは、デュースとエースのお言葉である。
「これ、元いた世界のゲートボールに似てるなって思って」
「げーとぼーる?」
「なんだよそれ」
「えーっと、おじーちゃんおばーちゃんが公園とかでみんなでやってるんだけど」
「ぶっは!お年寄りのお遊び!?それを!!俺たちがしちゃってんの!?ウケるんですけどー!!」
「ちょ、エース…!お前そんなに笑うと寮長に聞こえるぞ…!」
「何が聞こえるんだい?エース、デュース」
「…!」
すぐ後ろに立っていたのは、渦中のリドル先輩で、その声を聞くや否やお小言を言われる前に一目散に持ち場へ逃げていった。
「全くあの二人は。目を離すとすぐに遊び始めるのだから。今度見つけたら首を跳ねてやらねばなるまいね」
「ふふ…!エースもデュースも騒がしくて楽しいですよ」
「君に楽しんでもらえているだけでも救いかな?」
「はい。なので今日は見逃してあげてくださいね」
「…全く、僕も甘くなったものだ。可愛い君に免じて、今日だけだよ。さぁ、こっちに来て。これからクロッケー大会の始まりだ」
「はい!」
寮服のマントを翻すリドル先輩は、制服のときよりも頼れる先輩という感じがして胸がトクンとはねた。真っ赤な髪も、大きな瞳も、少しだけ小柄なその体も、大好きだなと思うこの気持ちは、ちゃんと伝わっているのだろうか。
たまに心配になるけれど、その端々に少しだけ現れるお褒めの言葉を心に留めて、今日も彼の手をとるのだ。
寮に向かって左手側にあるクロッケー場。
私は初めてそこにお邪魔した訳だが、そこにはいつでも大会が開けるように、フープが設置されたままになっていた。小さなテントの中には、寮生用なのだろう、マレットやボールが用意されているようだ。皆と一緒に準備を手伝おうとしたけれど、君はやらなくていいよとやんわり牽制されたので手持ち無沙汰でその作業を見つめる。
デュースからマレットを受け取ったときに「マレットは正面に構えて打つのが一番やりやすいぞ。僕たちも最初はそうやっていた」との助言をもらった。
それを持って、どう構えようかと練習をしていると、エースから「お前利き手どっち?オッケー。それなら、そっちをグリップの下持って」と教えてもらった。
スタートラインに立てば、ケイト先輩には「ん、そんじゃあ目標をしっかり見てねー♪」と。また、トレイ先輩には「力むなよ。振り子の要領でいい。だけど、ボールをよく見るんだ」と手取り腰取りの実技レッスンをしてもらった。
「なるほど!さすが先人たちの教えはためになりま」
「君たち!何を油を売っているんだい!」
話しかけられるままに教えを請うていると、大きな声と共にリドル先輩の足音が近づいてくる。なんだかわからないが、目の前に辿り着いたリドル先輩は少しお怒りのご様子で、どうしようと先輩たちの顔を交互に見る。けれどしかし、対する二人はとても楽しそうなのだ。
「あれ〜?リドルくんじゃん、どしたの〜?」
「何をそんなにもカリカリしてるんだリドル。俺たちはこいつにクロッケーのイロハを教えていただけだぞ」
「それは君たちの役目じゃないだろう!」
「じゃあじゃあ、彼女にはリドルくんが教えてくれるの〜?」
「もちろんだ!客人のもてなしを僕がしなくて誰がするというんだ」
「そうか。それなら俺たちはあっちで先に一試合こなしておこう。今日は特別に次の試合から参加するといい。また後でな監督生」
ヒラヒラと手を振ったケイト先輩。私の頭をポンとしてから笑ったトレイ先輩。
二人はそのまま本試合用のコートへ行ってしまった。
残されたのは私と、リドル先輩と。
コート脇のテント横に、隠れるように二人きり。
「リドル先輩、本当に良かったんですか?寮長が大会を見ていなくて…」
「君は気にしなくていいんだよ。僕は毎回一位だからシード枠なんだ。次から出れば問題はない。君も初めてなのだから、回数を少なくした方がよいと思って、僕と同じ枠に入れておいたから心配しなくてもいいよ。それに」
「ふ…」
「?なんだい?」
「ふふっ…いえ…ふふっ、だって、リドル先輩、真っ赤…っ」
「っ?!」
勢いよく喋っていたのは、もしかすると嫉妬か恥ずかしさか。それだったら嬉しいな。
リドル先輩、と、その顔を覗き込んだら、目隠しをされてしまった。
「わ、ぁ!?リドル先輩?!」
「…っ、こんな僕は、見ないでおくれ…君といると、調子が狂ってしまうよ…」
「え?」
「…恋愛のことは…教科書に載ってないから…どうしたらいいのか、わからない…」
消え入りそうな声でポツリポツリと呟かれた理由は、とても可愛らしいものだった。こんなに完璧なリドル先輩でも、苦手なことがあって、しかもそれが私に関することだなんて、これほど嬉しい暴露があるだろうか。
「あの、リドル先輩、」
「…なんだい…?」
「大丈夫です、私も、わかりませんから」
「それは…どういう…?」
「つまり、恋愛は、二人でしていくものなので、二人ともわからなくて、二人でわかっていけばよいのではないでしょうか…?」
「!」
「なので、よければ、この手をどかしてもらえませんか?リドル先輩の顔を見て、お話したいなって、思っているんですけれど」
そっと、目隠ししている手に手を重ねると、ビク、と震えたものの、ゆっくりと下されたそれ。
「ふふ、リドル先輩の顔を見たら、私、わかっちゃいました」
「!?な、なにが、だい?」
「先輩が、私のこととっても考えてくれてるということが、です!」
「!!」
さらに真っ赤になる先輩の顔を見て、私にまで伝染したその色は頬に熱をもたらした。
「君には、本当に敵わない…」
近づく距離に交わる吐息。
あ、と思ったその時だった。
「ちょっ!押さないでくださいよケイト先輩っ!」
「エース!大きな声を出すな!」
「一番いいとこ〜っ、マジカメにおさまるかなぁ〜?!」
「お前ら動くなっ、あっ、まっ!」
ドタドタっ
リドル先輩の背後、テントの側から大きな音がしたと思えば、ハーツラビュルの寮服がたくさん雪崩れ込んできた。確認するまでもなく、それは、エースにデュース、ケイト先輩にトレイ先輩に相違いなく。
「っ……!!!」
オフウィズユアヘッドーーー!!
大きな声が寮に響き渡り、みなの首にハート柄の首輪がつけられたのは、言うまでもない。
その日の大会の結果はもちろん、皆揃って最悪だった。その為あってか、何故か私が一位を攫ってしまうというミラクルが発生した。
【第703条 クロッケー大会で2位だった者は、その翌日に女王に紅茶をいれなくてはならない。】
奇しくもハートの女王の法律に則り、次の日のお茶会では二位であったリドル先輩にお茶を淹れてもらうことになったのだった。
「君のためなら、女王の法律などなくたって、いつでも淹れてあげるよ」
甘い言葉は、角砂糖に詰めて。
それはぽちゃんと溶けて、そのまま私の中に飲み込まれた。
「リドル先輩、クロッケーってなんですか?」
【クロッケーを知らない人間がリドル寮長の近くに存在している。】
そんな噂が広まっては、ハーツラビュルの名を汚す、と、よくわからない理由からクロッケー大会に呼ばれたのが今週半ばのこと。
「どんなことでも一番を取るのはボクだ。証明してあげるから一緒においで」
リドル先輩にそんなことを言われては、伺わないなんていう選択肢はなかった。
来たる大会の日は、まず、みんなのクロッケー講座から始まった。
聞く限りでは案外簡単なゲームのようだ。
概要はこうだ。
スタートラインから出発して、小さなボールをフープに通すように打ち込んでいく。そして、コートのセンターに備え付けられたペグという杭にボールを当てる。当てれば点数加算。決められた点数分だけペグにボールを当てられれば、その人が優勝となる。そんなところだそう。
「…みんなはこれをいつもしているの?」
「当たり前だ。ハートの女王の厳格な規律だからな」
「まー正直かったるいことこの上ないけどねー」
とは、デュースとエースのお言葉である。
「これ、元いた世界のゲートボールに似てるなって思って」
「げーとぼーる?」
「なんだよそれ」
「えーっと、おじーちゃんおばーちゃんが公園とかでみんなでやってるんだけど」
「ぶっは!お年寄りのお遊び!?それを!!俺たちがしちゃってんの!?ウケるんですけどー!!」
「ちょ、エース…!お前そんなに笑うと寮長に聞こえるぞ…!」
「何が聞こえるんだい?エース、デュース」
「…!」
すぐ後ろに立っていたのは、渦中のリドル先輩で、その声を聞くや否やお小言を言われる前に一目散に持ち場へ逃げていった。
「全くあの二人は。目を離すとすぐに遊び始めるのだから。今度見つけたら首を跳ねてやらねばなるまいね」
「ふふ…!エースもデュースも騒がしくて楽しいですよ」
「君に楽しんでもらえているだけでも救いかな?」
「はい。なので今日は見逃してあげてくださいね」
「…全く、僕も甘くなったものだ。可愛い君に免じて、今日だけだよ。さぁ、こっちに来て。これからクロッケー大会の始まりだ」
「はい!」
寮服のマントを翻すリドル先輩は、制服のときよりも頼れる先輩という感じがして胸がトクンとはねた。真っ赤な髪も、大きな瞳も、少しだけ小柄なその体も、大好きだなと思うこの気持ちは、ちゃんと伝わっているのだろうか。
たまに心配になるけれど、その端々に少しだけ現れるお褒めの言葉を心に留めて、今日も彼の手をとるのだ。
寮に向かって左手側にあるクロッケー場。
私は初めてそこにお邪魔した訳だが、そこにはいつでも大会が開けるように、フープが設置されたままになっていた。小さなテントの中には、寮生用なのだろう、マレットやボールが用意されているようだ。皆と一緒に準備を手伝おうとしたけれど、君はやらなくていいよとやんわり牽制されたので手持ち無沙汰でその作業を見つめる。
デュースからマレットを受け取ったときに「マレットは正面に構えて打つのが一番やりやすいぞ。僕たちも最初はそうやっていた」との助言をもらった。
それを持って、どう構えようかと練習をしていると、エースから「お前利き手どっち?オッケー。それなら、そっちをグリップの下持って」と教えてもらった。
スタートラインに立てば、ケイト先輩には「ん、そんじゃあ目標をしっかり見てねー♪」と。また、トレイ先輩には「力むなよ。振り子の要領でいい。だけど、ボールをよく見るんだ」と手取り腰取りの実技レッスンをしてもらった。
「なるほど!さすが先人たちの教えはためになりま」
「君たち!何を油を売っているんだい!」
話しかけられるままに教えを請うていると、大きな声と共にリドル先輩の足音が近づいてくる。なんだかわからないが、目の前に辿り着いたリドル先輩は少しお怒りのご様子で、どうしようと先輩たちの顔を交互に見る。けれどしかし、対する二人はとても楽しそうなのだ。
「あれ〜?リドルくんじゃん、どしたの〜?」
「何をそんなにもカリカリしてるんだリドル。俺たちはこいつにクロッケーのイロハを教えていただけだぞ」
「それは君たちの役目じゃないだろう!」
「じゃあじゃあ、彼女にはリドルくんが教えてくれるの〜?」
「もちろんだ!客人のもてなしを僕がしなくて誰がするというんだ」
「そうか。それなら俺たちはあっちで先に一試合こなしておこう。今日は特別に次の試合から参加するといい。また後でな監督生」
ヒラヒラと手を振ったケイト先輩。私の頭をポンとしてから笑ったトレイ先輩。
二人はそのまま本試合用のコートへ行ってしまった。
残されたのは私と、リドル先輩と。
コート脇のテント横に、隠れるように二人きり。
「リドル先輩、本当に良かったんですか?寮長が大会を見ていなくて…」
「君は気にしなくていいんだよ。僕は毎回一位だからシード枠なんだ。次から出れば問題はない。君も初めてなのだから、回数を少なくした方がよいと思って、僕と同じ枠に入れておいたから心配しなくてもいいよ。それに」
「ふ…」
「?なんだい?」
「ふふっ…いえ…ふふっ、だって、リドル先輩、真っ赤…っ」
「っ?!」
勢いよく喋っていたのは、もしかすると嫉妬か恥ずかしさか。それだったら嬉しいな。
リドル先輩、と、その顔を覗き込んだら、目隠しをされてしまった。
「わ、ぁ!?リドル先輩?!」
「…っ、こんな僕は、見ないでおくれ…君といると、調子が狂ってしまうよ…」
「え?」
「…恋愛のことは…教科書に載ってないから…どうしたらいいのか、わからない…」
消え入りそうな声でポツリポツリと呟かれた理由は、とても可愛らしいものだった。こんなに完璧なリドル先輩でも、苦手なことがあって、しかもそれが私に関することだなんて、これほど嬉しい暴露があるだろうか。
「あの、リドル先輩、」
「…なんだい…?」
「大丈夫です、私も、わかりませんから」
「それは…どういう…?」
「つまり、恋愛は、二人でしていくものなので、二人ともわからなくて、二人でわかっていけばよいのではないでしょうか…?」
「!」
「なので、よければ、この手をどかしてもらえませんか?リドル先輩の顔を見て、お話したいなって、思っているんですけれど」
そっと、目隠ししている手に手を重ねると、ビク、と震えたものの、ゆっくりと下されたそれ。
「ふふ、リドル先輩の顔を見たら、私、わかっちゃいました」
「!?な、なにが、だい?」
「先輩が、私のこととっても考えてくれてるということが、です!」
「!!」
さらに真っ赤になる先輩の顔を見て、私にまで伝染したその色は頬に熱をもたらした。
「君には、本当に敵わない…」
近づく距離に交わる吐息。
あ、と思ったその時だった。
「ちょっ!押さないでくださいよケイト先輩っ!」
「エース!大きな声を出すな!」
「一番いいとこ〜っ、マジカメにおさまるかなぁ〜?!」
「お前ら動くなっ、あっ、まっ!」
ドタドタっ
リドル先輩の背後、テントの側から大きな音がしたと思えば、ハーツラビュルの寮服がたくさん雪崩れ込んできた。確認するまでもなく、それは、エースにデュース、ケイト先輩にトレイ先輩に相違いなく。
「っ……!!!」
オフウィズユアヘッドーーー!!
大きな声が寮に響き渡り、みなの首にハート柄の首輪がつけられたのは、言うまでもない。
その日の大会の結果はもちろん、皆揃って最悪だった。その為あってか、何故か私が一位を攫ってしまうというミラクルが発生した。
【第703条 クロッケー大会で2位だった者は、その翌日に女王に紅茶をいれなくてはならない。】
奇しくもハートの女王の法律に則り、次の日のお茶会では二位であったリドル先輩にお茶を淹れてもらうことになったのだった。
「君のためなら、女王の法律などなくたって、いつでも淹れてあげるよ」
甘い言葉は、角砂糖に詰めて。
それはぽちゃんと溶けて、そのまま私の中に飲み込まれた。