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「小エビちゃんでいいじゃん」
そんな言葉があなたの耳に響いてきたのは、モストロ・ラウンジでの仕事を終えて、VIPルームまで退勤の挨拶をしにきたときだった。
「駄目です。あなたをあんな場所に連れて行くなど」
「ですがそれしか方法がないのでは?」
「そうは言ってもしかし…」
なんだろう。アズールが煮え切らない返事をするのは珍しいなとあなたは思う。また同時に、VIPルームで話すくらいだから、聞いてはいけないのかもしれない、とも思ったが、聞き耳を立てることをやめられないのは性というものだ。
しかし、ついで聞こえた一言に、ついつい出番だと飛び出してしまった。
「社交パーティの付き添いだなんて、そんなこと、」
「やります!!」
「「「え?」」」
「アズール先輩のお役に立てるならなおのことです!!やらせてください!!」
その話は、ジェイドの説明によればこんなことだった。
アズールの親は、三人の出身地である珊瑚の海でレストランを経営しているのだが、定期的に経営者同士のパーティーに出席しているのだそうだ。と言っても昨今は顔馴染みばかりが集まるのが常になっており、おほほのワハハで終了してしまう。そのため今回は、新しい風を吹かそうとの意見があって出席者が推薦するものであれば、新規参入が許されることになった。なので、気になるなら将来の勉強に来てみたらいい、と誘われたということらしい。
モストロ・ラウンジの顔を売ることもできるだろうと二つ返事でOKしたが、一つだけ問題が浮上した。それは、経営者だけではなく、もう一人、付き添いを連れて来なければならない、というものだった。社交界ではよくあることだが、パートナーがいるというのはそれだけでステータスとして見られやすい。いわゆる「大人」の第一歩として、パートナーがいることが前提とされることも多いのだ。こうなってくると、フロイドやジェイドが隣についているのではNGだということで、その役を誰に任せるのかと話し合いをしていたのだとか。
「二人は交際しているのだから、問題ないでしょうと言ったのですが」
「アズールは嫌だって」
「そ、そんな…ごめんなさい、」
「違いますよ!勘違いはやめてください!その、社交パーティというのは…あまり女性にとって良い場所ではないんです。おべっかも飛び交いますし、嫌な大人の相手もしなければなりません。少しでもマナーを欠いた行動をすれば、その場ですぐに標的にされたりもしますし…だから」
「つまりアズールはぁ、小エビちゃんに嫌な思いをさせたくないから、連れて行きたくないっていうことみたいー」
「えっ、優しい…先輩!」
「っ…そ、それは、」
「でもそれなら尚更です!私にやらせてください!」
興奮気味に前のめりで交渉するあなたとしては、アズールのパートナーポジションというのなら自分以外の誰にもやらせたくないという気持ちがあったのだが。
ジェイドからの当たり前の質問に、次の瞬間にもその勢いが消沈したのはいうまでもない。
「ですが、貴女、社交マナーなどはわかっているのですか?」
「うっ」
「オレ達はぁ、いろんなとこ連れてってもらったし、一通り学んでるけどねー」
「陸と海とで様式が変わることはありませんが、一般人の貴女が知っているとは思えませんが」
「そ…それは…ごもっともです…」
しゅん、と縮こまって、自分の無能さを呪う。そうか、それはそうだ。出過ぎた真似をしてしまったと。
しかしながら、ここで天からの、フロイドの一声である。
「でもあと二週間あるんでしょ〜?ならオレ達が教えればよくない?」
「…本人にやる気があれば、覚えられないこともないでしょうけれど…」
「本当ですか?!私、地頭だけはいいんです!お願いします!」
リーチ兄弟としてみれば、自分が一緒に行くよりも、二人の様子を見ている方が、かなり楽しいひと時になりそうだということであなたに行かせたいという下心もあったのだが、そんなことには頭が回っていない今のアズールの眼には、パートナーとして彼女を連れ、社交界に足を踏み入れる未来の自分の姿がチラついて、もはや断る選択肢がなくなりつつあった。
「あの、アズール先輩、お願いしますっ…私、頑張りますから」
「わ、わかりました…貴女がそういうなら…」
「本当ですか!?」
「ですが、実際のパーティーの前に僕のテストを受けてもらいます。それをクリアできたら、ですからね」
「っ!受けて立ちます!」
「…期待して待っておきましょう」
「臨むところです!フロイド先輩、ジェイド先輩、ご指導よろしくお願いします!」
「任せて〜。小エビちゃんを伊勢海老に進化させちゃうよ〜」
「アズールに恥をかかせるわけには行きませんからね」
そうして、二週間の特訓が始まった。歩き方一つから基本的なカラトリーの使い方、言葉遣い、そして念のためのダンスステップまで、思った以上に様々なことを頭に叩き込まれる地獄のような鬼のレッスンを経て、なんとかテストに合格した暁には、ジェイドからドレスとアクセサリーや化粧品一式を手渡されたのだった。
「え…?!これ、全部私に?!」
「もちろんです。アズールのパートナーとして恥じることなく堂々としていられるように選びました。当日はアズールのこと、よろしくお願いしますね」
「っ…はいっ!!」
「ただ、貴女、言葉は発さないほうがいいですよ」
「それ。小エビちゃん、全体的にすげーよくはなったけど、喋るとたまにボロでんの!ウケる〜」
「っそれは…長年のあれがそれで…っ…はい…ご忠告通り喋らないように気を付けます…」
「それから、メイク等も僕らがしますから、当日、オクタヴィネル寮までいらしてくださいね。やるからには完璧に仕上げます」
「うわ…ジェイド先輩の完璧、こわ…。でも頼もしいです、よろしくお願いします!」
斯くして、賽は投げられて。迎えた当日。
あなたが着付けられたのは、深海をイメージした深い青をベースとした丈の長めのマーメイドドレス。胸元の開きは控えめではあるが、その華奢な肩は惜しげもなく空気にさらされており、腕には腰ほどまでに伸びるリボンが結ばれている。歩くたびにひらひらと揺れるそれはまるで魚の尾鰭のよう。髪はアップでまとめられ、そこから覗く細い首に似合うよう、薄い青…すなわちそれは、Azureと呼ばれる類の色の宝石が散りばめられたネックレスが一連。
いつもよりも濃く施されたメイクは、それでもけばけばしくはなく、大人の色香を引き出すエッセンスとなっていた。
アズールは、そっと耳打ちされた「ドレスの下はガーターベルト」という情報に、顔を真っ赤にしていたが、今日が大事な局面であることに間違いはなく、そんな態度でもいられないと精神統一。その姿を、一同が涙ぐましく見守ったのであった。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「はい!」
「ジェイドとフロイドも念のためについて来てもらいますから、あまり気負わなくて大丈夫でしょう」
「いえ…正直、アズール先輩の横を歩くというだけで心臓が口から飛び出そうです…今更ですが、本当に私でよかったのかなと…」
「貴女がやる、と言ったのでしょう?まだ会場にすら着いていないのに、何を」
「アズール先輩が、かっこよすぎるから、」
「っ、」
「緊張して、失敗したら、ごめんなさい」
「…ま、まぁ…それをカバーしてこそのパートナーですから…」
差し出された腕に、手を添えて、アズールとあなたは並んで鏡をくぐった。
その後から、サングラスをしてSPに扮したジェイドとフロイドもやってくる。
「あの、お二人は、すごく、なんというか…雰囲気があって、いいと思います」
「ほんと〜?サングラスしてちょっと髪型変えただけなんだけどね〜」
「貴女は僕たちのことを気にしている余裕があるんですか。しっかり役目を果たしなさい」
「そ、そうでした…お口にチャック…!」
「さ、まずは僕の両親のところに挨拶に向かいます。それからは手当たり次第、名刺を配って行きますから。何かあったらすぐに言ってくださいね」
コクコクとうなづいて合図するあなたに、緊張しすぎです、と微笑んでから、カツンと磨き上げられた靴を鳴らした。
潜入したパーティ会場の中は、思ったよりも様々な顔ぶれが揃っていたが、アズールとあなたのような若い者は見当たらない。
そのため、逆に目立ってしまって、ご両親への挨拶もできないままに、周りは大変な盛り上がりを見せていた。
その年齢でどんな事業をしているのだ
学内にラウンジとはどんなルートで
始めてからまだ2年目でそこまで売り上げがあるとは
もしよければうちにも見学に来るといい
そのような話には全てアズールが独壇場とばかりに回答をしていた。
時折あなたにも話が向けられるものの、緊張でふわふわしているせいで、どう答えていいかわからない。
ジェイドに言われた通り、口元を手で隠してうふふと柔和な笑みを浮かべていれば、大人はみな「可愛らしいこと」と漏らし、本心か呆れてか、それ以上は特に突っ込まれることもなかった。
しかしながら。
しばらくすれば、ただ控えているだけと言う状況にも飽きてくる。
ただし、それが自分に任された仕事なのだと、しゃんと背筋を正すも、履き慣れないヒールに足も限界が近い。
何か気を紛らわすものがないかと、辺りを見回して、ふ、と目についたその不自然な動きが一つ。
何気なく、しかしじっと見つめていると、一人の男が、ス、とスムーズな動作で男性のポケットから何かを抜き取った。
そしてそのまま流れるようにして近くの扉から外へ出て行く。抜き取られた男性の方は、何も気づいていない様子だ。
アズールは目の前の相手と上手い具合に歓談をしているようだった。
見ているのはあなたしかいない。
頭の中では「何かあったらすぐに言ってくださいね」という言葉がリフレインしていたが、その警鐘を無視して、あなたはスカートの裾を翻した。
「あれ…確かにここから出て行ったと思ったんだけどな…」
先ほどの男が出て行ったその扉からそっと会場を抜け出して、キョロキョロと辺りを見回すも、その姿はとうにどこにも見当たらなかった。
どうしよう、と思ったが、ちょうどお手洗いにも行きたかったからいい機会かもしれないと、広い廊下を一人で歩く。
磨き上げられた床に、壁には誰かわからないが肖像画。それから高い天井。
いつか見た映画のように、エージェントというかスパイというか、そんなようなものの真似事をしている自分にちょっとどころかかなり心を躍らせている。
でも油断は禁物だ。こういう時こそ敵を見誤ってはいけない。深呼吸をして、集中集中。
念のためにガーターベルトにナイフを仕込んでもらったとは言え、うまく使いこなせるかは謎だった。
映画では、迷うことなくドレスを破って足からナイフを引き抜いていたっけ。
深い青色のスカートは、少し引っ張っただけでは破れそうにないが、私もそんな風にカッコ良いことができるだろうか。
そんなことを考えていると、ふと、どこかから声がすることに気づく。
「…この部屋からだ」
声を頼りに一つの部屋にたどり着く。ゆるく開いている扉。それに違和感を持っていたら、何かが変わっていたかもしれない。
しかしながら、その時のあなたの心は「好奇心」の三文字で埋め尽くされていた。
「ひひっ…全くヨォ…こういう会合にくるやつはどいつもこいつも抜けてやがる」
「今日だけでどれだけスれたんだ」
「ざっと50万マドル」
「ははは…!金持ちサマサマってやつか!」
ゴクリ、あなたの喉が鳴る。なるほど、こうして盗みを働いているわけか、と。
しかしこれだけでは証拠にならない。せっかく現場を捉えたのだから、何か収穫を持って帰りたい。
そんな欲を出してしまったがために力が入ってしまい、キィ、と扉が音を立てた。息を飲んでも音が消えることはない。
「誰だ!」
その怒声を浴びたあなたは、踵を返して逃げようとした。が、どん、と何かにぶつかって壁に追い込まれてしまった。
「へへ…いい度胸をしたマダムが一人…ってまだ子供じゃねぇか」
「ひっ」
「おい!覗かれてんじゃねぇぞ!」
両手首を一緒くたにして掴んだ大男は、状況から判断するに、相手の仲間だ。
中の男二人にこの一人を加えて三人。部が悪すぎる。
何が映画だ。何がスパイだエージェントだ。
私はこんなにも無力なただの人間だったのに。変な欲を出したのが仇になったんだ。
「アレェ。そいつ、アーシェングロットの息子と一緒にいた…」
「知ってんのか」
「いや、直接の知り合いではないんだが、あれだよ、海中レストランで有名なアーシェングロット家。わかるだろ。あそこの息子が今日来てんだよ」
「ほー?あの家と繋がりがあんのかお嬢ちゃん」
「ひ、ぁ」
「あの家、いっつも鼻に付くんだよなぁ。事業が成功してんだかなんだかしらねぇが…」
「脅しでもかけるか?いや、その前に、この可愛いお嬢ちゃんを手篭めにでもしてやるか」
「!」
「そうしたらその息子が黙っちゃいねぇだろ。お坊ちゃんのパパママなんてなんでもするって相場は決まってんだよ」
ガハハハ、とのゲスな笑い声も、部屋の重厚な扉が閉まってしまえば、外に漏れることはない。
あなたが声を挙げたところで、誰にも届かないだろう。それに、なんだって?
「アズール先輩に迷惑を…?私が?」
ポツリ、口からこぼれた言葉は、あなたに力を与えてくれる。
「あ?」
「アズール先輩の迷惑になるくらいなら死んだほうがマシよ!」
「なんだこいつ?アズールって、あの坊ちゃんのことかぁ?」
「そうよ!アズール先輩とサシで勝負もしないで私なんかを手篭めにしてさ!あんたら本当にダサい!クズね!」
「黙って聞いてりゃ」
「いいえ、最後まで言わせてもらう!アズール先輩の手にかかれば、あんたたちなんて秒で抹殺なんだから!パパとママ?そんなこと絶対にしない。アズール先輩は一人でなんでもできちゃうすごい人なの!支配人として世界を牛耳る予定の名前よ!よーく覚えておくことね!!」
「はぁ?お嬢ちゃん、面白れェこと言うねぇ。それで?じゃあお嬢ちゃんはその『アズール先輩』をどうやって呼ぶんだ?」
「っ…別に、呼んだりしない」
「は?…ははは!こいつは肝の据わったことだなぁ…!じゃあお嬢ちゃん一人でどうしようっつーの」
「どうもしない。私は何されたって、大好きな人の…アズール先輩の邪魔にはなりたくない!殺すなら殺せばいいわ!」
よく言うぜ、と呟かれたと思ったら、あなたの身体は大きなソファーの上に投げ出されて、その上から男たちが覗き込む。
「殺しはしねぇさ。せっかく来てくれたんだ、ちょっとは楽しんでいこうぜ?」
「?!」
「子供っつっても、あの息子と同じくらいの年齢なら、ナニされるかわかるよな?」
「ちょ、え、う、」
「おー?さっきまでの威勢はどこいった?」
「おいおい、お前だけお楽しむなんてずりーぞ」
「安心しな、あとでお前たちにもマワすからよ」
ブルリと悪寒が背筋を這う。殺しではなく、こっち方面に話が進むとは思っていなかった自分を恨んだ。
嘘だ、アズール先輩以外に身体を触られるなんて、そんなの。
びり、と、いとも簡単に破られたのはマーメードラインのスカートだった。
頭のどこかで、なんだ、こんなにすぐに破れたじゃないか、ともう一人の自分が納得をした。
「おー?お前こんなところにナイフ仕込んで。あぶねぇなぁ」
「っ…ぅ!」
「あれれぇ。声もでなくなっちゃったんですか〜?かわいそうなお子ちゃまはオトナの俺らが弄んでやらねぇとなぁー?」
聞きたくもない野太い声があなたの脳内に響く。
今更「嫌だ、助けて」と思っても、誰も助けてはくれないのだ。
あぁ、ジェイド先輩、フロイド先輩、役目を果たせなくてごめんなさい。
アズール先輩。私のことは忘れて幸せになってくださいね。
晒された足に、ちり、と痛みを感じて、反動で瞳をキツく瞑った、その時であった。
バァン!!と大きな音がして、窓が開く。
「!?」
ビュオ
一気に吹き込んだ風とともに、運ばれてきたその声に、湧き上がるのは喜び。
「小エビちゃんのSPさんじょ〜!!」
「!」
「あなたさん、貴女は本当に期待を裏切りませんね」
「っ…!!」
「なんだお前たちは!?」
「オレたちぃ?オレたちはぁ、そこのお嬢様のSPだよ〜」
「SPですので、助けると言う義務が発生いたしまして」
ぴょん、と窓枠から一息にあなたが押し倒されているソファーまで飛んでくると、圧倒されている男を軽くのけて、フロイドはあなたを担ぎ上げた。
あまりに自然な動作に、呆けている間にもフロイドはその長い足でスイスイとまた窓まで戻っていった。
「救出〜っと」
「おや。拍子抜けですね」
「このまま帰る〜?ジェイドぉ」
「全然お楽しんでいないので嫌ですね」
「っ、ちょ、ちょっと待て!タダで帰れると思ってんのか?!」
「はい?僕らに話しかけていますか?」
「お前ら以外、誰がいるってんだ!!」
「…ッつーことみたいだけどお?」
もう一度、「どうする?ジェイド?」とかけられた言葉に、空に浮かんだ月を瓜二つのニンマリとした笑顔を張り付けて、ジェイドは言った。
「仕方ありませんから、僕が遊んで差し上げましょう」
「じゃ、オレは小エビちゃん連れて先行ってんね〜」
「えぇ。よろしくお願いします」
「お前ら何を話してる!二人とも逃しやしねぇぞ!」
「貴方達の相手は僕一人で十分です。さぁ、持ちうる限りの力を持って全力でかかってきてください。全て返り討ちにして差し上げましょう」
ペロリ。楽しそうに唇を舐めあげたジェイドが、彼らをK.O.させるまでは、わずか10秒とかからなかった。
一方、そこで別れたフロイドとあなたは三階のテラスの柵によじ登っていた。
「ヨォ〜シ。んじゃ、小エビちゃん、オレのこと、ギューーーーって締めといてねぇ」
「え?!ちょ、それってまさか」
「そー。飛び降りる、よっ!」
「先輩待って、ここ三か、っーーーー!?!?」
ヒュ、と喉がなったと同時、もう降下は始まっていた。
眼に映るのは月と空と、そして遠くの森。落ちていると言うことよりも、その綺麗な景色に思考を奪われていたあなたは、タンっと地上に降ろされたところで戻った重力に少しだけよろめいた。
「っ!!」
「おっと危ねぇ〜。小エビちゃんダイジョーブ?」
「ふ、ふろ、いど、先輩」
「んー?」
「あり、がと、ござ、ましたッ…」
「いーのいーの。オレはSPだから。で、それはさ、あっちに言ってやって」
「ふぇ?」
指さされた先には。走るのは苦手と言っていたアズールが駆けて来るのが見えた。
「アズール、めっちゃ心配してたよ〜?いくら念のために盗聴器仕込んだっつっても、心配は心配だったみてぇ」
「?!盗聴器?!」
「そ、そのネックレスの真ん中の宝石」
「こ、これが?!、そ、」
「っあなた…!」
「!!」
そんな、と声を上げる前に、背中からアズールに抱きしめられたあなた。
ぎゅぅ、と抱きしめたその身体は、パーティ用のスーツを通しても伝わるほどに熱く、心配が大きくなる。
「アズール先輩っ、大丈夫ですか…!?」
「僕より、貴女、の、ほうがッ…!はぁ、はぁッ…!」
「大丈夫っつたのに。走るからぁ」
「だって、僕、が、助けられなくてッ」
「ごめんなさいっ!私が勝手な真似したからっ…!」
「本当ですよ。貴女がいると全く退屈しませんね」
「!?ジェイド先輩!!無事だったんですね!?」
「貴女、僕を誰だと思っているんですか。秒ですよあんな輩は」
にこ、と普段と寸分変わらない笑顔を携えて、ジェイドは満足そうに笑った。
「あは!心臓がいくつあってもたんね〜!」
「久しぶりに本気になれる状況だったので、僕も楽しかったですよ」
「あと、小エビちゃんの啖呵、めっちゃよかった〜」
「え?!」
「『アズール先輩の迷惑になるくらいなら死んだほうがマシ!』」
「『支配人として世界を牛耳る予定の名前よ!よーく覚えておくこと』」
「う、あ」
全部聞こえてたよと、笑うフロイドと、それから無言でニンマリするジェイド。
あ、あ、と声にならない声を上げながら、まさか、と残ったアズールを見返せば。
「『大好きな人』と言うのは…僕、で間違いない、です、よね…?」
などと言いつつ、向こうも顔をほんのり赤く染めているものだから、あなたはもう、これ以上ないほどに顔を赤くした。
「う、わぁ…っ…穴があったら、入りたい、です…っ…!」
「あんな熱烈告白、オレもされてみてェ〜」
「アズールには勿体無いくらいですね」
「っ、何を言ってるんだ二人とも!!僕はあなたと付き合ってるんだからこのくらいは」
「あ〜〜〜んもうやめてください〜〜!!」
安堵から気が抜けてしまったのか、四人でひとしきり笑いあってしばらく。
アズールの両親からの連絡で、パーティーも一段落したことを知り、そのまま帰路につくこととなった。
「あっ、あの」
「どうしました?」
「なぁに」
「?なんですか」
「助けてくださって、本当にありがとうございました」
ふわり。教え込まれた綺麗な所作で、膝を折ってそうお辞儀をしたあなたは。
スパイやエージェントなどではなく、何処かの国のお姫様のようだった。
そんな言葉があなたの耳に響いてきたのは、モストロ・ラウンジでの仕事を終えて、VIPルームまで退勤の挨拶をしにきたときだった。
「駄目です。あなたをあんな場所に連れて行くなど」
「ですがそれしか方法がないのでは?」
「そうは言ってもしかし…」
なんだろう。アズールが煮え切らない返事をするのは珍しいなとあなたは思う。また同時に、VIPルームで話すくらいだから、聞いてはいけないのかもしれない、とも思ったが、聞き耳を立てることをやめられないのは性というものだ。
しかし、ついで聞こえた一言に、ついつい出番だと飛び出してしまった。
「社交パーティの付き添いだなんて、そんなこと、」
「やります!!」
「「「え?」」」
「アズール先輩のお役に立てるならなおのことです!!やらせてください!!」
その話は、ジェイドの説明によればこんなことだった。
アズールの親は、三人の出身地である珊瑚の海でレストランを経営しているのだが、定期的に経営者同士のパーティーに出席しているのだそうだ。と言っても昨今は顔馴染みばかりが集まるのが常になっており、おほほのワハハで終了してしまう。そのため今回は、新しい風を吹かそうとの意見があって出席者が推薦するものであれば、新規参入が許されることになった。なので、気になるなら将来の勉強に来てみたらいい、と誘われたということらしい。
モストロ・ラウンジの顔を売ることもできるだろうと二つ返事でOKしたが、一つだけ問題が浮上した。それは、経営者だけではなく、もう一人、付き添いを連れて来なければならない、というものだった。社交界ではよくあることだが、パートナーがいるというのはそれだけでステータスとして見られやすい。いわゆる「大人」の第一歩として、パートナーがいることが前提とされることも多いのだ。こうなってくると、フロイドやジェイドが隣についているのではNGだということで、その役を誰に任せるのかと話し合いをしていたのだとか。
「二人は交際しているのだから、問題ないでしょうと言ったのですが」
「アズールは嫌だって」
「そ、そんな…ごめんなさい、」
「違いますよ!勘違いはやめてください!その、社交パーティというのは…あまり女性にとって良い場所ではないんです。おべっかも飛び交いますし、嫌な大人の相手もしなければなりません。少しでもマナーを欠いた行動をすれば、その場ですぐに標的にされたりもしますし…だから」
「つまりアズールはぁ、小エビちゃんに嫌な思いをさせたくないから、連れて行きたくないっていうことみたいー」
「えっ、優しい…先輩!」
「っ…そ、それは、」
「でもそれなら尚更です!私にやらせてください!」
興奮気味に前のめりで交渉するあなたとしては、アズールのパートナーポジションというのなら自分以外の誰にもやらせたくないという気持ちがあったのだが。
ジェイドからの当たり前の質問に、次の瞬間にもその勢いが消沈したのはいうまでもない。
「ですが、貴女、社交マナーなどはわかっているのですか?」
「うっ」
「オレ達はぁ、いろんなとこ連れてってもらったし、一通り学んでるけどねー」
「陸と海とで様式が変わることはありませんが、一般人の貴女が知っているとは思えませんが」
「そ…それは…ごもっともです…」
しゅん、と縮こまって、自分の無能さを呪う。そうか、それはそうだ。出過ぎた真似をしてしまったと。
しかしながら、ここで天からの、フロイドの一声である。
「でもあと二週間あるんでしょ〜?ならオレ達が教えればよくない?」
「…本人にやる気があれば、覚えられないこともないでしょうけれど…」
「本当ですか?!私、地頭だけはいいんです!お願いします!」
リーチ兄弟としてみれば、自分が一緒に行くよりも、二人の様子を見ている方が、かなり楽しいひと時になりそうだということであなたに行かせたいという下心もあったのだが、そんなことには頭が回っていない今のアズールの眼には、パートナーとして彼女を連れ、社交界に足を踏み入れる未来の自分の姿がチラついて、もはや断る選択肢がなくなりつつあった。
「あの、アズール先輩、お願いしますっ…私、頑張りますから」
「わ、わかりました…貴女がそういうなら…」
「本当ですか!?」
「ですが、実際のパーティーの前に僕のテストを受けてもらいます。それをクリアできたら、ですからね」
「っ!受けて立ちます!」
「…期待して待っておきましょう」
「臨むところです!フロイド先輩、ジェイド先輩、ご指導よろしくお願いします!」
「任せて〜。小エビちゃんを伊勢海老に進化させちゃうよ〜」
「アズールに恥をかかせるわけには行きませんからね」
そうして、二週間の特訓が始まった。歩き方一つから基本的なカラトリーの使い方、言葉遣い、そして念のためのダンスステップまで、思った以上に様々なことを頭に叩き込まれる地獄のような鬼のレッスンを経て、なんとかテストに合格した暁には、ジェイドからドレスとアクセサリーや化粧品一式を手渡されたのだった。
「え…?!これ、全部私に?!」
「もちろんです。アズールのパートナーとして恥じることなく堂々としていられるように選びました。当日はアズールのこと、よろしくお願いしますね」
「っ…はいっ!!」
「ただ、貴女、言葉は発さないほうがいいですよ」
「それ。小エビちゃん、全体的にすげーよくはなったけど、喋るとたまにボロでんの!ウケる〜」
「っそれは…長年のあれがそれで…っ…はい…ご忠告通り喋らないように気を付けます…」
「それから、メイク等も僕らがしますから、当日、オクタヴィネル寮までいらしてくださいね。やるからには完璧に仕上げます」
「うわ…ジェイド先輩の完璧、こわ…。でも頼もしいです、よろしくお願いします!」
斯くして、賽は投げられて。迎えた当日。
あなたが着付けられたのは、深海をイメージした深い青をベースとした丈の長めのマーメイドドレス。胸元の開きは控えめではあるが、その華奢な肩は惜しげもなく空気にさらされており、腕には腰ほどまでに伸びるリボンが結ばれている。歩くたびにひらひらと揺れるそれはまるで魚の尾鰭のよう。髪はアップでまとめられ、そこから覗く細い首に似合うよう、薄い青…すなわちそれは、Azureと呼ばれる類の色の宝石が散りばめられたネックレスが一連。
いつもよりも濃く施されたメイクは、それでもけばけばしくはなく、大人の色香を引き出すエッセンスとなっていた。
アズールは、そっと耳打ちされた「ドレスの下はガーターベルト」という情報に、顔を真っ赤にしていたが、今日が大事な局面であることに間違いはなく、そんな態度でもいられないと精神統一。その姿を、一同が涙ぐましく見守ったのであった。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「はい!」
「ジェイドとフロイドも念のためについて来てもらいますから、あまり気負わなくて大丈夫でしょう」
「いえ…正直、アズール先輩の横を歩くというだけで心臓が口から飛び出そうです…今更ですが、本当に私でよかったのかなと…」
「貴女がやる、と言ったのでしょう?まだ会場にすら着いていないのに、何を」
「アズール先輩が、かっこよすぎるから、」
「っ、」
「緊張して、失敗したら、ごめんなさい」
「…ま、まぁ…それをカバーしてこそのパートナーですから…」
差し出された腕に、手を添えて、アズールとあなたは並んで鏡をくぐった。
その後から、サングラスをしてSPに扮したジェイドとフロイドもやってくる。
「あの、お二人は、すごく、なんというか…雰囲気があって、いいと思います」
「ほんと〜?サングラスしてちょっと髪型変えただけなんだけどね〜」
「貴女は僕たちのことを気にしている余裕があるんですか。しっかり役目を果たしなさい」
「そ、そうでした…お口にチャック…!」
「さ、まずは僕の両親のところに挨拶に向かいます。それからは手当たり次第、名刺を配って行きますから。何かあったらすぐに言ってくださいね」
コクコクとうなづいて合図するあなたに、緊張しすぎです、と微笑んでから、カツンと磨き上げられた靴を鳴らした。
潜入したパーティ会場の中は、思ったよりも様々な顔ぶれが揃っていたが、アズールとあなたのような若い者は見当たらない。
そのため、逆に目立ってしまって、ご両親への挨拶もできないままに、周りは大変な盛り上がりを見せていた。
その年齢でどんな事業をしているのだ
学内にラウンジとはどんなルートで
始めてからまだ2年目でそこまで売り上げがあるとは
もしよければうちにも見学に来るといい
そのような話には全てアズールが独壇場とばかりに回答をしていた。
時折あなたにも話が向けられるものの、緊張でふわふわしているせいで、どう答えていいかわからない。
ジェイドに言われた通り、口元を手で隠してうふふと柔和な笑みを浮かべていれば、大人はみな「可愛らしいこと」と漏らし、本心か呆れてか、それ以上は特に突っ込まれることもなかった。
しかしながら。
しばらくすれば、ただ控えているだけと言う状況にも飽きてくる。
ただし、それが自分に任された仕事なのだと、しゃんと背筋を正すも、履き慣れないヒールに足も限界が近い。
何か気を紛らわすものがないかと、辺りを見回して、ふ、と目についたその不自然な動きが一つ。
何気なく、しかしじっと見つめていると、一人の男が、ス、とスムーズな動作で男性のポケットから何かを抜き取った。
そしてそのまま流れるようにして近くの扉から外へ出て行く。抜き取られた男性の方は、何も気づいていない様子だ。
アズールは目の前の相手と上手い具合に歓談をしているようだった。
見ているのはあなたしかいない。
頭の中では「何かあったらすぐに言ってくださいね」という言葉がリフレインしていたが、その警鐘を無視して、あなたはスカートの裾を翻した。
「あれ…確かにここから出て行ったと思ったんだけどな…」
先ほどの男が出て行ったその扉からそっと会場を抜け出して、キョロキョロと辺りを見回すも、その姿はとうにどこにも見当たらなかった。
どうしよう、と思ったが、ちょうどお手洗いにも行きたかったからいい機会かもしれないと、広い廊下を一人で歩く。
磨き上げられた床に、壁には誰かわからないが肖像画。それから高い天井。
いつか見た映画のように、エージェントというかスパイというか、そんなようなものの真似事をしている自分にちょっとどころかかなり心を躍らせている。
でも油断は禁物だ。こういう時こそ敵を見誤ってはいけない。深呼吸をして、集中集中。
念のためにガーターベルトにナイフを仕込んでもらったとは言え、うまく使いこなせるかは謎だった。
映画では、迷うことなくドレスを破って足からナイフを引き抜いていたっけ。
深い青色のスカートは、少し引っ張っただけでは破れそうにないが、私もそんな風にカッコ良いことができるだろうか。
そんなことを考えていると、ふと、どこかから声がすることに気づく。
「…この部屋からだ」
声を頼りに一つの部屋にたどり着く。ゆるく開いている扉。それに違和感を持っていたら、何かが変わっていたかもしれない。
しかしながら、その時のあなたの心は「好奇心」の三文字で埋め尽くされていた。
「ひひっ…全くヨォ…こういう会合にくるやつはどいつもこいつも抜けてやがる」
「今日だけでどれだけスれたんだ」
「ざっと50万マドル」
「ははは…!金持ちサマサマってやつか!」
ゴクリ、あなたの喉が鳴る。なるほど、こうして盗みを働いているわけか、と。
しかしこれだけでは証拠にならない。せっかく現場を捉えたのだから、何か収穫を持って帰りたい。
そんな欲を出してしまったがために力が入ってしまい、キィ、と扉が音を立てた。息を飲んでも音が消えることはない。
「誰だ!」
その怒声を浴びたあなたは、踵を返して逃げようとした。が、どん、と何かにぶつかって壁に追い込まれてしまった。
「へへ…いい度胸をしたマダムが一人…ってまだ子供じゃねぇか」
「ひっ」
「おい!覗かれてんじゃねぇぞ!」
両手首を一緒くたにして掴んだ大男は、状況から判断するに、相手の仲間だ。
中の男二人にこの一人を加えて三人。部が悪すぎる。
何が映画だ。何がスパイだエージェントだ。
私はこんなにも無力なただの人間だったのに。変な欲を出したのが仇になったんだ。
「アレェ。そいつ、アーシェングロットの息子と一緒にいた…」
「知ってんのか」
「いや、直接の知り合いではないんだが、あれだよ、海中レストランで有名なアーシェングロット家。わかるだろ。あそこの息子が今日来てんだよ」
「ほー?あの家と繋がりがあんのかお嬢ちゃん」
「ひ、ぁ」
「あの家、いっつも鼻に付くんだよなぁ。事業が成功してんだかなんだかしらねぇが…」
「脅しでもかけるか?いや、その前に、この可愛いお嬢ちゃんを手篭めにでもしてやるか」
「!」
「そうしたらその息子が黙っちゃいねぇだろ。お坊ちゃんのパパママなんてなんでもするって相場は決まってんだよ」
ガハハハ、とのゲスな笑い声も、部屋の重厚な扉が閉まってしまえば、外に漏れることはない。
あなたが声を挙げたところで、誰にも届かないだろう。それに、なんだって?
「アズール先輩に迷惑を…?私が?」
ポツリ、口からこぼれた言葉は、あなたに力を与えてくれる。
「あ?」
「アズール先輩の迷惑になるくらいなら死んだほうがマシよ!」
「なんだこいつ?アズールって、あの坊ちゃんのことかぁ?」
「そうよ!アズール先輩とサシで勝負もしないで私なんかを手篭めにしてさ!あんたら本当にダサい!クズね!」
「黙って聞いてりゃ」
「いいえ、最後まで言わせてもらう!アズール先輩の手にかかれば、あんたたちなんて秒で抹殺なんだから!パパとママ?そんなこと絶対にしない。アズール先輩は一人でなんでもできちゃうすごい人なの!支配人として世界を牛耳る予定の名前よ!よーく覚えておくことね!!」
「はぁ?お嬢ちゃん、面白れェこと言うねぇ。それで?じゃあお嬢ちゃんはその『アズール先輩』をどうやって呼ぶんだ?」
「っ…別に、呼んだりしない」
「は?…ははは!こいつは肝の据わったことだなぁ…!じゃあお嬢ちゃん一人でどうしようっつーの」
「どうもしない。私は何されたって、大好きな人の…アズール先輩の邪魔にはなりたくない!殺すなら殺せばいいわ!」
よく言うぜ、と呟かれたと思ったら、あなたの身体は大きなソファーの上に投げ出されて、その上から男たちが覗き込む。
「殺しはしねぇさ。せっかく来てくれたんだ、ちょっとは楽しんでいこうぜ?」
「?!」
「子供っつっても、あの息子と同じくらいの年齢なら、ナニされるかわかるよな?」
「ちょ、え、う、」
「おー?さっきまでの威勢はどこいった?」
「おいおい、お前だけお楽しむなんてずりーぞ」
「安心しな、あとでお前たちにもマワすからよ」
ブルリと悪寒が背筋を這う。殺しではなく、こっち方面に話が進むとは思っていなかった自分を恨んだ。
嘘だ、アズール先輩以外に身体を触られるなんて、そんなの。
びり、と、いとも簡単に破られたのはマーメードラインのスカートだった。
頭のどこかで、なんだ、こんなにすぐに破れたじゃないか、ともう一人の自分が納得をした。
「おー?お前こんなところにナイフ仕込んで。あぶねぇなぁ」
「っ…ぅ!」
「あれれぇ。声もでなくなっちゃったんですか〜?かわいそうなお子ちゃまはオトナの俺らが弄んでやらねぇとなぁー?」
聞きたくもない野太い声があなたの脳内に響く。
今更「嫌だ、助けて」と思っても、誰も助けてはくれないのだ。
あぁ、ジェイド先輩、フロイド先輩、役目を果たせなくてごめんなさい。
アズール先輩。私のことは忘れて幸せになってくださいね。
晒された足に、ちり、と痛みを感じて、反動で瞳をキツく瞑った、その時であった。
バァン!!と大きな音がして、窓が開く。
「!?」
ビュオ
一気に吹き込んだ風とともに、運ばれてきたその声に、湧き上がるのは喜び。
「小エビちゃんのSPさんじょ〜!!」
「!」
「あなたさん、貴女は本当に期待を裏切りませんね」
「っ…!!」
「なんだお前たちは!?」
「オレたちぃ?オレたちはぁ、そこのお嬢様のSPだよ〜」
「SPですので、助けると言う義務が発生いたしまして」
ぴょん、と窓枠から一息にあなたが押し倒されているソファーまで飛んでくると、圧倒されている男を軽くのけて、フロイドはあなたを担ぎ上げた。
あまりに自然な動作に、呆けている間にもフロイドはその長い足でスイスイとまた窓まで戻っていった。
「救出〜っと」
「おや。拍子抜けですね」
「このまま帰る〜?ジェイドぉ」
「全然お楽しんでいないので嫌ですね」
「っ、ちょ、ちょっと待て!タダで帰れると思ってんのか?!」
「はい?僕らに話しかけていますか?」
「お前ら以外、誰がいるってんだ!!」
「…ッつーことみたいだけどお?」
もう一度、「どうする?ジェイド?」とかけられた言葉に、空に浮かんだ月を瓜二つのニンマリとした笑顔を張り付けて、ジェイドは言った。
「仕方ありませんから、僕が遊んで差し上げましょう」
「じゃ、オレは小エビちゃん連れて先行ってんね〜」
「えぇ。よろしくお願いします」
「お前ら何を話してる!二人とも逃しやしねぇぞ!」
「貴方達の相手は僕一人で十分です。さぁ、持ちうる限りの力を持って全力でかかってきてください。全て返り討ちにして差し上げましょう」
ペロリ。楽しそうに唇を舐めあげたジェイドが、彼らをK.O.させるまでは、わずか10秒とかからなかった。
一方、そこで別れたフロイドとあなたは三階のテラスの柵によじ登っていた。
「ヨォ〜シ。んじゃ、小エビちゃん、オレのこと、ギューーーーって締めといてねぇ」
「え?!ちょ、それってまさか」
「そー。飛び降りる、よっ!」
「先輩待って、ここ三か、っーーーー!?!?」
ヒュ、と喉がなったと同時、もう降下は始まっていた。
眼に映るのは月と空と、そして遠くの森。落ちていると言うことよりも、その綺麗な景色に思考を奪われていたあなたは、タンっと地上に降ろされたところで戻った重力に少しだけよろめいた。
「っ!!」
「おっと危ねぇ〜。小エビちゃんダイジョーブ?」
「ふ、ふろ、いど、先輩」
「んー?」
「あり、がと、ござ、ましたッ…」
「いーのいーの。オレはSPだから。で、それはさ、あっちに言ってやって」
「ふぇ?」
指さされた先には。走るのは苦手と言っていたアズールが駆けて来るのが見えた。
「アズール、めっちゃ心配してたよ〜?いくら念のために盗聴器仕込んだっつっても、心配は心配だったみてぇ」
「?!盗聴器?!」
「そ、そのネックレスの真ん中の宝石」
「こ、これが?!、そ、」
「っあなた…!」
「!!」
そんな、と声を上げる前に、背中からアズールに抱きしめられたあなた。
ぎゅぅ、と抱きしめたその身体は、パーティ用のスーツを通しても伝わるほどに熱く、心配が大きくなる。
「アズール先輩っ、大丈夫ですか…!?」
「僕より、貴女、の、ほうがッ…!はぁ、はぁッ…!」
「大丈夫っつたのに。走るからぁ」
「だって、僕、が、助けられなくてッ」
「ごめんなさいっ!私が勝手な真似したからっ…!」
「本当ですよ。貴女がいると全く退屈しませんね」
「!?ジェイド先輩!!無事だったんですね!?」
「貴女、僕を誰だと思っているんですか。秒ですよあんな輩は」
にこ、と普段と寸分変わらない笑顔を携えて、ジェイドは満足そうに笑った。
「あは!心臓がいくつあってもたんね〜!」
「久しぶりに本気になれる状況だったので、僕も楽しかったですよ」
「あと、小エビちゃんの啖呵、めっちゃよかった〜」
「え?!」
「『アズール先輩の迷惑になるくらいなら死んだほうがマシ!』」
「『支配人として世界を牛耳る予定の名前よ!よーく覚えておくこと』」
「う、あ」
全部聞こえてたよと、笑うフロイドと、それから無言でニンマリするジェイド。
あ、あ、と声にならない声を上げながら、まさか、と残ったアズールを見返せば。
「『大好きな人』と言うのは…僕、で間違いない、です、よね…?」
などと言いつつ、向こうも顔をほんのり赤く染めているものだから、あなたはもう、これ以上ないほどに顔を赤くした。
「う、わぁ…っ…穴があったら、入りたい、です…っ…!」
「あんな熱烈告白、オレもされてみてェ〜」
「アズールには勿体無いくらいですね」
「っ、何を言ってるんだ二人とも!!僕はあなたと付き合ってるんだからこのくらいは」
「あ〜〜〜んもうやめてください〜〜!!」
安堵から気が抜けてしまったのか、四人でひとしきり笑いあってしばらく。
アズールの両親からの連絡で、パーティーも一段落したことを知り、そのまま帰路につくこととなった。
「あっ、あの」
「どうしました?」
「なぁに」
「?なんですか」
「助けてくださって、本当にありがとうございました」
ふわり。教え込まれた綺麗な所作で、膝を折ってそうお辞儀をしたあなたは。
スパイやエージェントなどではなく、何処かの国のお姫様のようだった。