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スマートフォンのメッセージアプリとにらみ合って30分。
未だ送る文面は決まっていない。
最初は付き合っていくれていたグリムも、しばらくして飽きたのか昼寝を始めてしまった。
「今日お時間ありますか…うーん…含みありすぎかな…。会いに行っていいですか…会いたいです…みたいな直接的な方がいいのかな…。えーーでも恥ずかしいよなーーうー…」
少し前にもデートという名のお勉強会を強請ったばかりだというのに、数日会えないだけで頭の中がアズール先輩のことだらけになる。
「本心を言えば、ふ れ て ほ し い んだけど、なぁ」
タタタ、と文字をタップして、自分の打った文字に赤面する。
なーに言ってんだ。やましいことばかり考えているわけではないけれど、こんなの欲求不満もいいところだ。
「ハーァ!何かいい誘い方ないかなぁ」
前に一度、私から空き教室に押し込んだこともあったけど、あれは二度は使えない技だろうし。普通に言えばいいんだろう。だってお付き合いしてるんだから…と言っても、やはり忙しいアズール先輩の身を思えばこそ、私に構う少しの時間も重荷になるんじゃないか、という結論にたどり着くのも至極当然。
あーでもないこーでもないと悩んでいると、すぐにお昼休みも終わってしまった。
ゴーン、ゴーン、と重厚な鐘の音が鳴り響く。
次の授業はなんだっけ。予鈴の後はすぐに本鈴が鳴る。急がなければ。
「グリム!グリム行くよ〜!」
「ンン…俺様まだ眠いんだゾ…」
「も〜!どうせ授業に出たって寝てるんだからどこだって一緒でしょ〜!」
普段肩に乗っているときは、魔力のおかげか体重をさほど感じないグリムの身体も、寝ている状態だと割と重かったりして、抱き上げたグリムとノート類を持ってわっせわっせと目的の教室まで直行だ。
結局、送れないままのメッセージはアプリの入力欄に残したままーー
と。
そう、思っていた。
思っていたのだけれど。
運がいいのか悪いのか、ポケットと擦れてそのメッセージの送信ボタンが押されていたことに気づくのは、その授業が終わってしばらくしてからだった。
「…もう無理…無理すぎ…無理じゃん…」
「あなた、無理無理言ってても送られてるもんは仕方ないんだゾ」
「だってグリム、返事まで来てるんだよ…?いつが空いていますか、だって。そんなの返せるわけないよ…」
「でもお前、会いたかったんだゾ?タコ野郎に」
「それは…!…そう…だけど…」
「ならちょうどいいんだゾ。素直に空いてる日を返せばいいんだゾ」
「でもさぁ…はしたないよこんなの…」
ため息をつきながら受け入れたくない事実を受け止める。どうしようか。なんと返事をすればいいのだ。
重い足取りのままに廊下を歩いていると、あろうことか渦中の人物アズール先輩が行く先の曲がり角でリーチ兄弟と立っているのが目に飛び込んできた。
が、私の目的地は、そこまでたどり着く前の、曲がり角を行ったところにある教室。アズール先輩がこちらを向かなければ、難なく到達できる場所。
頼むからこっちを見るな、と念じたのも仕方のないことだった。あんな、欲望を全部連ねたままのメッセージを送信したまま、返事を既読スルーし、時間を稼いでいるんだから。
でもそういう時に限って、天は私に味方しない。
あと少しで曲がり角、というところで、アズール先輩の切れ長の瞳はゆるりとこちらを捉えて。
その瞬間、あ、と口の形が変わったのがわかった。
反射で駆け出して教室に飛び込んだので、扉のすぐ前に立っていたジャックの胸板にぶつかって、倒れそうになってしまった。人間よりも大きなたくましい手に抱きとめられて、転ぶことは避けられたものの、目立つことこの上ない。すぐに男子校らしくヤジが飛ぶ。
「おぅおぅジャック!さすが頼れるサバナクローの男!」
「っちが…!」
「バッカ…そんなんじゃねぇよ!監督生、大丈夫か?まさか突然突っ込んでくると思わなかったから」
「違うよジャック、私が悪かったの!ごめんね!怪我しなかった?」
「俺が怪我するわけないだろう。お前の何倍あると思ってるんだ?」
「それもそっか」
あは、と笑ってありがとう、といえば、ポン、と頭を撫でられた。
こちらにきてからというもの長い間私を支えてくれている友達の一人、だからだろうか。大きなジャックの大きな手は、私を心から安心させてくれる精神安定剤のようなものになっていた。
他の生徒に冷やかされたって、これだけは払うことができない。
んふふーとされるがままになっていたのもつかの間、ガラリ、私の背中でもう一度扉が開いた音がした。
もう先生が来てしまったのかと、席につこうとその入ってきた人間の顔を見て肝が冷えた。
「っ、」
「あなた、貴女…!」
「、ひ」
その一言でわかってしまった、今この場面を誤解されていることを。
でもどうしよう、先ほどのこともあってかうまく言葉が出てこない。
何をどう説明したらいいのかわからず、ぎゅ、と胸の前で手を握ると、ジャックの手が伸びてきて、私を背中に隠してくれた。
「ジャックさん、どいてください」
「アズール先輩、すんません。今から授業なんで」
一瞬空気が止まったが、その一言は真面目なアズール先輩にはよく効いたようで、そうですね、と言って教室から出て行った。
「じ、ジャック、あり、がと」
「ごめんな監督生。なんか嫌がってるように見えたっつっても、勝手なことした。」
「ううん、い、いいの、ほんと、ありがと…」
「たださ、何があったかは知らねぇけど、あの人も傷ついた顔してたからよ」
「え、」
「それに、監督生も。言いたいことあるなら、言ってこいよ。お前ら付き合ってるんだろ?隠してたって意味ねぇよ。言いたいことあるなら、言ったほうがいいぞ」
「よくわかんねぇけどさ。」そういってまたジャックは私の頭をぽん、撫でた。
その手と、その言葉に勇気付けられて、私は意を決する。
「ジャック、ありがと。それと、ごめん。次の授業、グリムをお願いしてもいいかな」
「おう。任せとけ」
「お礼は、またするから」
「礼なんて、いい。俺たちダチだろ。」
「!、うん!」
教室を出ると同時に本鈴がなるが、そんなことは御構い無しにアズール先輩を探す。
左手方向からは次の授業を担当する先生が近づいてくる。そして。右手方向の突き当たりには、アズール先輩が曲がって行くのが見えた。まだ追いつけるかもしれない。その背中を追って走り出す。
が、しかし
「あれ?いない?」
今さっき曲がったところなのに、影も形も見当たらない、一本道の廊下に一人たたずむ私。
ここは右に曲がるしかできないし、そもそも二階だ。フロイド先輩や他の生徒ならともかく、相手はあのアズール先輩。箒に乗ったり飛び降りたなどというニッチなこともないだろう。
キョロ、と窓の外を見るも、やはりそのような姿は見当たらなかった。
「おかしいなぁ…っ?!」
窓から離れてまた廊下の真ん中を歩き出したと同時、突然、ガタン!と真っ暗な部屋に引き摺り込まれた。
「ンーーーっ!!ンーーー!!」
「しっ、静かにしてください!!」
「!?」
突然のことに声を出そうにも、口は手で塞がれているし、相手の顔も見えなければ、身体がすくんで暴れることもできなかったが、その声と、微かに鼻をかすめた香りに、途端胸がいっぱいになる。パシパシ、と口を塞ぐその手を叩いて、わかったという意思表示をすれば、騒がないでくださいね、と念押しをされた上でそっと手を離された。
振り返って、控えめのトーンでその名を呼ぶ。
「アズール先輩っ」
「あなた…」
眼鏡を直しながら、私に背を向けてしまった先輩は、そのまま乱雑に並べられた机の上に腰をかける。
分厚いカーテンが閉められているその部屋では視界がよくないが、隙間から少しだけ漏れる陽の光が助けてくれた。
そこはどうやら小さな準備室のようで、何に使うのかわからないような器具からいらなくなったと思われる机や椅子がたくさん納められていた。
「どうして…なんで追いかけてなんて来たんですか…」
「だって、あの…さっきのこと、謝りたくてっ」
「ジャックさんと仲がよろしいんですね。デュースさんやエースさんだけじゃ足りなかったですか」
「?ジャックは友達で」
「友達。はっ…。そうですか。みなさん距離が近しいんですね。別に僕がいなくたって問題ないじゃないですか」
「…それ、本気で言っているんですか?」
確かにさっき逃げた私も悪かったかもしれないけれど、これまで交わしてきた言葉の数々を、心の、気持ちのやり取りを、否定されたようで、さすがの私のカチンときてしまった。
「アズール先輩」
「なんですか?僕に飽きたなら飽きたって言ってくれて構わないんですよ?別に僕はあなたに何か言われたくらいで、」
「こっちを見てください」
「僕に指図しないでくれません、か、っ?!」
卑屈になりかけているアズール先輩を引っ張り出すのは相当に苦労するんだ、といつかリーチ先輩方に聞いたことがあった気がする。そんなことが思い出されたが、それよりも先に身体が動いていた。
机に座っていることで私よりも下にある先輩の頭を上に向かせるために、その制服をぐい、と引っ張る。力で敵うはずもないその身体も突然のことには反応できなかったようで、グラと揺れて勢い私の方に顔が上がった。
そのタイミングを狙って先輩の唇を掻っ攫う。
それはいつも戯れでしてもらうような、可愛らしい啄ばむようなものではなくて、はく、と口を口で塞ぐだけでキスとも呼べないような、さながら人工呼吸にも取れる口づけ。
はむ、ちゅ、あむ
私からするキスなんて拙いものだけれど、それでも唇を食んでいればそれなりに気分も高揚してくるのはアズール先輩も同じだったようで、だんだんと前のめりになってきた先輩の体と同じくして、彼の舌が私の咥内に入り込んできた。
その舌は、歯茎をなぞり、上顎を撫でて、私の舌を、唾液を、追いかけ回しては絡めとり、吸い付いて。
執拗に荒らされた私の口の端からは、ポタリ、飲み下せなかった二人分の唾液がこぼれ落ちた。
私、怒っていたのに。
そんな感情を表す言葉は、脳内を掠めて、消えた。
「っは…ぁ、ハぁッ…ん、!」
「はぁっ、ふ、」
いつからか、私の身体と頭を支えてくれていたアズール先輩の腕に誘われて座らされていた先輩の膝の上で、ガクガクする足腰を落ち着けようとその身体にすがった時点で、私に主導権などない。けれど、身体を預けているのはこちらのはずが逆に、ぎゅうぅ、と強い力で抱きしめられて少し戸惑う。
彼の顔は、私の首筋に隠れて見えなかった。
ポツリ、吐き出される言葉。
「あなた、一体どっちなんですか…あんなメッセージ送ってきたと思ったら、僕を避けて…。僕の気持ちも考えてみてくださいよ…」
「っ、あ、れは…誤送信…」
「じゃあ僕以外の誰かにあんなものを送信する予定だったと?」
「違います!断じて!誤送信っていうのは、その…アズール先輩にあのまま送信するつもりはなかった、ってことで…その、だって、痴女みたいじゃないですかっ!」
「どこがです…」
「会いたいだけならまだしも…それでもアズール先輩の予定考えずに押し付けがましいし!なのにその上、触れてほしいなんて、そんな、恥ずかしい…こと、を…ッ」
そこまで言って、ぎゅ、と先輩の制服を握って目を閉じると、頬を掠める柔らかい髪の感触。アズール先輩の顔が肩口から離れて、そこにあった熱を空気が冷ます感覚に、知らず身体が震えた。
それから唇に、触れるだけのキスが落とされる。
静かに瞼をあげると、目と鼻の先でアズール先輩が苦笑している。その瞳はとても優しくて、ぽぽぽと体温が上がった。
「、ん」
「いつも言っているでしょう。全部言ってください、と」
「僕は、あなたのこととなるとどうもダメです。わかることといえば…そうですね、ベッドの中でのいやはいいということだってことくらいでしょうか」
「な!?」
「冗談ですよ…ま、半分以上本当ですが」
「〜ッ!!」
すり、と頬を撫でる指が心地いい。
私に触れるその手を、会えない間何度求めただろうか。
触れてくれた跡をなぞるように、自分の頬に触れたことは何度だった?
「言ってもらえば、やれることはいくらでもあります。こんなに遠回りに嫉妬することもやきもきすることもなくなりますから、僕の精神衛生上とても良いので」
「でも、あの、私、邪魔したくないし…先輩の」
「邪魔というなら、会いにきてくださった方がよっぽどいいです。僕だって連絡を心待ちにして、何度もスマートフォンにのびそうになる手を止めるのも辛いですし…何より、体力だって人並みにありますから。本当なら毎日貴女を抱いてもいいくらいです」
「ふぁ!?」
あまりにも昼間に似合わないその言葉を聞いて、勝手に逃げようとする腰はしかし、改めてホールドされてしまってそうすることはできなかった。
「まぁ男は気持ちよくなって終わりですけど、あなたの方が大変でしょうからしませんけどね」
「は、ひ」
「しませんけれど、したい、ということは覚えておいてください」
「!」
「そのくらいには、貴女に会いたくて、触れたくて堪らないということです」
目を反らせないように掴まれてしまった顎。
暗がりでもわかる綺麗な青に私の姿が小さく映っている。
ゴクリ、喉がなったのが自分でもわかった。
それでも、伝えてほしいと言われたから、少しだけ。
「ここが」
「はい?」
「ここが…準備室じゃなくて…、寮だったら、良かったのに…」
羞恥に滲む視界には、情欲が浮かんでしまっただろうか。
恥ずかしさから、その言葉はアズール先輩の耳許でそっと囁いた。
「そうしたら、今から目一杯愛してもらえたのに、と思いました」
未だ送る文面は決まっていない。
最初は付き合っていくれていたグリムも、しばらくして飽きたのか昼寝を始めてしまった。
「今日お時間ありますか…うーん…含みありすぎかな…。会いに行っていいですか…会いたいです…みたいな直接的な方がいいのかな…。えーーでも恥ずかしいよなーーうー…」
少し前にもデートという名のお勉強会を強請ったばかりだというのに、数日会えないだけで頭の中がアズール先輩のことだらけになる。
「本心を言えば、ふ れ て ほ し い んだけど、なぁ」
タタタ、と文字をタップして、自分の打った文字に赤面する。
なーに言ってんだ。やましいことばかり考えているわけではないけれど、こんなの欲求不満もいいところだ。
「ハーァ!何かいい誘い方ないかなぁ」
前に一度、私から空き教室に押し込んだこともあったけど、あれは二度は使えない技だろうし。普通に言えばいいんだろう。だってお付き合いしてるんだから…と言っても、やはり忙しいアズール先輩の身を思えばこそ、私に構う少しの時間も重荷になるんじゃないか、という結論にたどり着くのも至極当然。
あーでもないこーでもないと悩んでいると、すぐにお昼休みも終わってしまった。
ゴーン、ゴーン、と重厚な鐘の音が鳴り響く。
次の授業はなんだっけ。予鈴の後はすぐに本鈴が鳴る。急がなければ。
「グリム!グリム行くよ〜!」
「ンン…俺様まだ眠いんだゾ…」
「も〜!どうせ授業に出たって寝てるんだからどこだって一緒でしょ〜!」
普段肩に乗っているときは、魔力のおかげか体重をさほど感じないグリムの身体も、寝ている状態だと割と重かったりして、抱き上げたグリムとノート類を持ってわっせわっせと目的の教室まで直行だ。
結局、送れないままのメッセージはアプリの入力欄に残したままーー
と。
そう、思っていた。
思っていたのだけれど。
運がいいのか悪いのか、ポケットと擦れてそのメッセージの送信ボタンが押されていたことに気づくのは、その授業が終わってしばらくしてからだった。
「…もう無理…無理すぎ…無理じゃん…」
「あなた、無理無理言ってても送られてるもんは仕方ないんだゾ」
「だってグリム、返事まで来てるんだよ…?いつが空いていますか、だって。そんなの返せるわけないよ…」
「でもお前、会いたかったんだゾ?タコ野郎に」
「それは…!…そう…だけど…」
「ならちょうどいいんだゾ。素直に空いてる日を返せばいいんだゾ」
「でもさぁ…はしたないよこんなの…」
ため息をつきながら受け入れたくない事実を受け止める。どうしようか。なんと返事をすればいいのだ。
重い足取りのままに廊下を歩いていると、あろうことか渦中の人物アズール先輩が行く先の曲がり角でリーチ兄弟と立っているのが目に飛び込んできた。
が、私の目的地は、そこまでたどり着く前の、曲がり角を行ったところにある教室。アズール先輩がこちらを向かなければ、難なく到達できる場所。
頼むからこっちを見るな、と念じたのも仕方のないことだった。あんな、欲望を全部連ねたままのメッセージを送信したまま、返事を既読スルーし、時間を稼いでいるんだから。
でもそういう時に限って、天は私に味方しない。
あと少しで曲がり角、というところで、アズール先輩の切れ長の瞳はゆるりとこちらを捉えて。
その瞬間、あ、と口の形が変わったのがわかった。
反射で駆け出して教室に飛び込んだので、扉のすぐ前に立っていたジャックの胸板にぶつかって、倒れそうになってしまった。人間よりも大きなたくましい手に抱きとめられて、転ぶことは避けられたものの、目立つことこの上ない。すぐに男子校らしくヤジが飛ぶ。
「おぅおぅジャック!さすが頼れるサバナクローの男!」
「っちが…!」
「バッカ…そんなんじゃねぇよ!監督生、大丈夫か?まさか突然突っ込んでくると思わなかったから」
「違うよジャック、私が悪かったの!ごめんね!怪我しなかった?」
「俺が怪我するわけないだろう。お前の何倍あると思ってるんだ?」
「それもそっか」
あは、と笑ってありがとう、といえば、ポン、と頭を撫でられた。
こちらにきてからというもの長い間私を支えてくれている友達の一人、だからだろうか。大きなジャックの大きな手は、私を心から安心させてくれる精神安定剤のようなものになっていた。
他の生徒に冷やかされたって、これだけは払うことができない。
んふふーとされるがままになっていたのもつかの間、ガラリ、私の背中でもう一度扉が開いた音がした。
もう先生が来てしまったのかと、席につこうとその入ってきた人間の顔を見て肝が冷えた。
「っ、」
「あなた、貴女…!」
「、ひ」
その一言でわかってしまった、今この場面を誤解されていることを。
でもどうしよう、先ほどのこともあってかうまく言葉が出てこない。
何をどう説明したらいいのかわからず、ぎゅ、と胸の前で手を握ると、ジャックの手が伸びてきて、私を背中に隠してくれた。
「ジャックさん、どいてください」
「アズール先輩、すんません。今から授業なんで」
一瞬空気が止まったが、その一言は真面目なアズール先輩にはよく効いたようで、そうですね、と言って教室から出て行った。
「じ、ジャック、あり、がと」
「ごめんな監督生。なんか嫌がってるように見えたっつっても、勝手なことした。」
「ううん、い、いいの、ほんと、ありがと…」
「たださ、何があったかは知らねぇけど、あの人も傷ついた顔してたからよ」
「え、」
「それに、監督生も。言いたいことあるなら、言ってこいよ。お前ら付き合ってるんだろ?隠してたって意味ねぇよ。言いたいことあるなら、言ったほうがいいぞ」
「よくわかんねぇけどさ。」そういってまたジャックは私の頭をぽん、撫でた。
その手と、その言葉に勇気付けられて、私は意を決する。
「ジャック、ありがと。それと、ごめん。次の授業、グリムをお願いしてもいいかな」
「おう。任せとけ」
「お礼は、またするから」
「礼なんて、いい。俺たちダチだろ。」
「!、うん!」
教室を出ると同時に本鈴がなるが、そんなことは御構い無しにアズール先輩を探す。
左手方向からは次の授業を担当する先生が近づいてくる。そして。右手方向の突き当たりには、アズール先輩が曲がって行くのが見えた。まだ追いつけるかもしれない。その背中を追って走り出す。
が、しかし
「あれ?いない?」
今さっき曲がったところなのに、影も形も見当たらない、一本道の廊下に一人たたずむ私。
ここは右に曲がるしかできないし、そもそも二階だ。フロイド先輩や他の生徒ならともかく、相手はあのアズール先輩。箒に乗ったり飛び降りたなどというニッチなこともないだろう。
キョロ、と窓の外を見るも、やはりそのような姿は見当たらなかった。
「おかしいなぁ…っ?!」
窓から離れてまた廊下の真ん中を歩き出したと同時、突然、ガタン!と真っ暗な部屋に引き摺り込まれた。
「ンーーーっ!!ンーーー!!」
「しっ、静かにしてください!!」
「!?」
突然のことに声を出そうにも、口は手で塞がれているし、相手の顔も見えなければ、身体がすくんで暴れることもできなかったが、その声と、微かに鼻をかすめた香りに、途端胸がいっぱいになる。パシパシ、と口を塞ぐその手を叩いて、わかったという意思表示をすれば、騒がないでくださいね、と念押しをされた上でそっと手を離された。
振り返って、控えめのトーンでその名を呼ぶ。
「アズール先輩っ」
「あなた…」
眼鏡を直しながら、私に背を向けてしまった先輩は、そのまま乱雑に並べられた机の上に腰をかける。
分厚いカーテンが閉められているその部屋では視界がよくないが、隙間から少しだけ漏れる陽の光が助けてくれた。
そこはどうやら小さな準備室のようで、何に使うのかわからないような器具からいらなくなったと思われる机や椅子がたくさん納められていた。
「どうして…なんで追いかけてなんて来たんですか…」
「だって、あの…さっきのこと、謝りたくてっ」
「ジャックさんと仲がよろしいんですね。デュースさんやエースさんだけじゃ足りなかったですか」
「?ジャックは友達で」
「友達。はっ…。そうですか。みなさん距離が近しいんですね。別に僕がいなくたって問題ないじゃないですか」
「…それ、本気で言っているんですか?」
確かにさっき逃げた私も悪かったかもしれないけれど、これまで交わしてきた言葉の数々を、心の、気持ちのやり取りを、否定されたようで、さすがの私のカチンときてしまった。
「アズール先輩」
「なんですか?僕に飽きたなら飽きたって言ってくれて構わないんですよ?別に僕はあなたに何か言われたくらいで、」
「こっちを見てください」
「僕に指図しないでくれません、か、っ?!」
卑屈になりかけているアズール先輩を引っ張り出すのは相当に苦労するんだ、といつかリーチ先輩方に聞いたことがあった気がする。そんなことが思い出されたが、それよりも先に身体が動いていた。
机に座っていることで私よりも下にある先輩の頭を上に向かせるために、その制服をぐい、と引っ張る。力で敵うはずもないその身体も突然のことには反応できなかったようで、グラと揺れて勢い私の方に顔が上がった。
そのタイミングを狙って先輩の唇を掻っ攫う。
それはいつも戯れでしてもらうような、可愛らしい啄ばむようなものではなくて、はく、と口を口で塞ぐだけでキスとも呼べないような、さながら人工呼吸にも取れる口づけ。
はむ、ちゅ、あむ
私からするキスなんて拙いものだけれど、それでも唇を食んでいればそれなりに気分も高揚してくるのはアズール先輩も同じだったようで、だんだんと前のめりになってきた先輩の体と同じくして、彼の舌が私の咥内に入り込んできた。
その舌は、歯茎をなぞり、上顎を撫でて、私の舌を、唾液を、追いかけ回しては絡めとり、吸い付いて。
執拗に荒らされた私の口の端からは、ポタリ、飲み下せなかった二人分の唾液がこぼれ落ちた。
私、怒っていたのに。
そんな感情を表す言葉は、脳内を掠めて、消えた。
「っは…ぁ、ハぁッ…ん、!」
「はぁっ、ふ、」
いつからか、私の身体と頭を支えてくれていたアズール先輩の腕に誘われて座らされていた先輩の膝の上で、ガクガクする足腰を落ち着けようとその身体にすがった時点で、私に主導権などない。けれど、身体を預けているのはこちらのはずが逆に、ぎゅうぅ、と強い力で抱きしめられて少し戸惑う。
彼の顔は、私の首筋に隠れて見えなかった。
ポツリ、吐き出される言葉。
「あなた、一体どっちなんですか…あんなメッセージ送ってきたと思ったら、僕を避けて…。僕の気持ちも考えてみてくださいよ…」
「っ、あ、れは…誤送信…」
「じゃあ僕以外の誰かにあんなものを送信する予定だったと?」
「違います!断じて!誤送信っていうのは、その…アズール先輩にあのまま送信するつもりはなかった、ってことで…その、だって、痴女みたいじゃないですかっ!」
「どこがです…」
「会いたいだけならまだしも…それでもアズール先輩の予定考えずに押し付けがましいし!なのにその上、触れてほしいなんて、そんな、恥ずかしい…こと、を…ッ」
そこまで言って、ぎゅ、と先輩の制服を握って目を閉じると、頬を掠める柔らかい髪の感触。アズール先輩の顔が肩口から離れて、そこにあった熱を空気が冷ます感覚に、知らず身体が震えた。
それから唇に、触れるだけのキスが落とされる。
静かに瞼をあげると、目と鼻の先でアズール先輩が苦笑している。その瞳はとても優しくて、ぽぽぽと体温が上がった。
「、ん」
「いつも言っているでしょう。全部言ってください、と」
「僕は、あなたのこととなるとどうもダメです。わかることといえば…そうですね、ベッドの中でのいやはいいということだってことくらいでしょうか」
「な!?」
「冗談ですよ…ま、半分以上本当ですが」
「〜ッ!!」
すり、と頬を撫でる指が心地いい。
私に触れるその手を、会えない間何度求めただろうか。
触れてくれた跡をなぞるように、自分の頬に触れたことは何度だった?
「言ってもらえば、やれることはいくらでもあります。こんなに遠回りに嫉妬することもやきもきすることもなくなりますから、僕の精神衛生上とても良いので」
「でも、あの、私、邪魔したくないし…先輩の」
「邪魔というなら、会いにきてくださった方がよっぽどいいです。僕だって連絡を心待ちにして、何度もスマートフォンにのびそうになる手を止めるのも辛いですし…何より、体力だって人並みにありますから。本当なら毎日貴女を抱いてもいいくらいです」
「ふぁ!?」
あまりにも昼間に似合わないその言葉を聞いて、勝手に逃げようとする腰はしかし、改めてホールドされてしまってそうすることはできなかった。
「まぁ男は気持ちよくなって終わりですけど、あなたの方が大変でしょうからしませんけどね」
「は、ひ」
「しませんけれど、したい、ということは覚えておいてください」
「!」
「そのくらいには、貴女に会いたくて、触れたくて堪らないということです」
目を反らせないように掴まれてしまった顎。
暗がりでもわかる綺麗な青に私の姿が小さく映っている。
ゴクリ、喉がなったのが自分でもわかった。
それでも、伝えてほしいと言われたから、少しだけ。
「ここが」
「はい?」
「ここが…準備室じゃなくて…、寮だったら、良かったのに…」
羞恥に滲む視界には、情欲が浮かんでしまっただろうか。
恥ずかしさから、その言葉はアズール先輩の耳許でそっと囁いた。
「そうしたら、今から目一杯愛してもらえたのに、と思いました」