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それはフロアの作業にも慣れてきた、ある日のアルバイト時のことだった。
準備万端で寮生の皆さんに挨拶しながら持ち場に入ると、そこでジェイド先輩に呼び止められた。
「おはようございます」
『ジェイド先輩、おはようございます。今日もよろしくお願いします!」
「あの、突然で申し訳ないのですが、今日はキッチンに入っていただけますか。寮生が一人体調不良でダウンしまして」
『えっ、でも私、キッチンの仕事はやったことがないですよ?』
「それはもちろん把握しています。ですが、本日のシフトはフロアよりもキッチンの方が手薄になるのです。キッチンの指示はフロイドが出しています。味付け等は寮生に任せていただいて構いませんので、下ごしらえや簡単なドリンクの作成をお願いできたら大変助かるのですが…。あぁ、一応、マニュアルも用意があります。」
『そうなんですね…わかりました。マニュアルがあるなら、そこまで酷いことにはならないと思います。私一人、ってわけではないんですよね?』
「はい。もちろんです。」
『いないよりはマシ、くらいで大丈夫であれば…マニュアルを見ながらやってみます!』
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
『はい!』
一人じゃないということと、指示をフロイド先輩が出してくれるということが励みになったので、お願い事を引き受けた私は、配給されたエプロンを身に付けてキッチンへと向かった。
人の役に立つことは嫌いじゃない。こんな世界でも私にもやれることがあるという事実は、私に力を与えてくれる。
『フロイド先輩!おはようございます!今日はよろしくお願いします!』
「アレェ?小エビちゃんじゃん。どしたのエプロンなんてつけて」
『えっと、寮生の方が体調不良みたいで、代わりに私がキッチンをやることになりました』
「え〜そうなの?俺聞いてないや」
『そうですか…どうしましょう、私が入ったら邪魔になりますかね?それだったらジェイド先輩に言って戻してもらいますけれど』
「ちょっと待ってね〜、えっと今日のシフト〜…ん〜…」
言われるままにキッチンに来てみれば、フロイド先輩には話が通っていなかったようだ。
逆に悩ませてしまっていることに、申し訳ない気持ちになる。
考えてみればアルバイトなんて、研修期間があって然りだ。
ただでさえ人手が足りないという日に、面倒を見れる人がいるわけもないだろう。
『あの、フロイド先輩、私やっぱりジェイド先輩に』
「ん、わかった、今日はじゃあ、俺が小エビちゃんに指示出すからァ、横で下ごしらえに徹してくれる?」
『えっ、いいんですか?お邪魔じゃありませんか?』
「は?俺がいつ邪魔なんて言ったの。どこのポジションなら最大限働いてもらえるか考えてただけ〜」
初キッチンだからって手ぇ抜けると思わないでよね、とニィと口角を上げて笑いかけたフロイド先輩は、仕事ができる男そのものの顔をしていて、かっこいいなぁと素直に思った。
ジェイド先輩もそうだが、ちょっとネジがおかしいとはいえ、高身長のハイスペックイケメンの笑顔は心臓に悪い、と首を振って雑念を払う。
パン!とほっぺたを自分の手で叩いたら、気分も締まるというものだ。
『精一杯頑張ります!ご指導よろしくお願いします!』
「いい姿勢じゃん。じゃ、まずはセットにつけるマリネ作るから〜、そのバスケットにある野菜、細切りにしてみて〜」
『かしこまりました!』
連日大入りのモストロ・ラウンジでは、開店準備から大忙しの日も少なくない。
そんな中、フロイド先輩自ら指示を出してくれるとあれば、これはもう、いつも以上に気合いを入れて頑張って、いいところを見せなくては。
バスケットの中には、人参、赤・黄・緑のピーマンに玉ねぎ。それからその横にタコが置いてある。
これはアズール先輩への嫌がらせだろうか、なんて考えはさておき、言われた通りに野菜を持ち上げた、刹那。
『ぎっ ゃあああああ!!!!!!!!』
「!?小エビちゃん!?」
思いも寄らないモノが視界に入り、思わず大声を上げてしまった。
と同時に、シュン!!と手に持っていたピーマンめがけてフォークが飛んできて、そのままピーマンをかっさらって壁に刺るまで、ゼロコンマ3秒。
それはあまりにも現実離れした映画のワンシーンのようで、声を上げるのすら忘れて、余韻でビィイィンと揺れている、壁のフォークとピーマンを見つめるしかできない私。
「何!?敵?!」
『はっ!!てててててきって何ですか敵って!?ここそんなに危ない職場なのですか?!』
「は?いや、叫んだの小エビちゃんじゃん!?何があったの」
『ひぁ!!思い出した、ぴ、ピーマ あわあ!!』
ピーマンは飛んでいったものの、私の絶叫の元になった [ソレ] はキッチンスペースのワークトップに落ちたようで、私はまた飛び上がってしまった。
『ギャァ!!』
「え?…まさか小エビちゃん、これにビビってんの?」
そこにいたのは、小さな虫だ。
野菜に虫がついていることなんて、よくある話で、それでも、いないと思っていた場所に突然現れる虫さんたちには、いつだって驚かされてしまう。
一応、私のプライドのために言っておくと、虫自体は全然怖くない。むしろ同年代の女子よりも耐性はある方だ。
ただ。ただ。
突然、出てくるのは反則だ。
「こんなちっちぇーの、熱湯かければ一発じゃん」
『ち、ちが、いい、いきなり、出てきたら、びっくりしますただけです!!』
「あは!言葉おかしくなってんよ?本当は怖ぇんじゃん?」
『断じて!そんなことは!!あの、もういいので早く滅してください!!』
「はぁ〜いはい、てか、小エビちゃんがくっついてるからできねぇんだけど」
意識せずにフロイド先輩の背中にひっついていた私は、ハッとして先輩から距離を取る。
『す、すみま、せっんでしたッ!!』
「いや、別にい〜けどさぁ〜。役得じゃん」
『へ?』
「ん〜ん、こっちの話ぃ〜」
はい、駆除駆除〜。と言って、何事もなかったかのように敵をやっつけたフロイド先輩は、スマートに辺りを片してしまった。
ハイスペックもハイスペックすぎる。なんなんだこの人は。また一つ、惚れ直してしまったとは口が裂けても言えないが。
「はい終了。そんじゃあ、もう大丈夫〜?」
『は、はい…すみません、でした、お手間をっ』
「こんなもんどーってことないって。そんなずっと気にしてるなんて、アズールみたいになっちゃうよ?」
『へ?』
「一個失敗すると、けっこー引きずんだよね、アズール。蛸壺に入ったら出すのに苦労するってーか」
『蛸壺…』
「小エビちゃんもさ、そんな細かいこと気にしてないで」
『は、はい…』
フロイド先輩の顔を見上げながら、わかりました…、と呟けば、それでいーの、と大きな手で頭を撫でられた。
その手は、先ほどとは打って変わって、なんだかとても安心できる、優しい手つきだった。
「ダメなもんはダメって言ってくれたらいいからさ。俺も助けるし。」
『え』
「すぐ呼んで?アズールみたいに対価〜とか言わねぇから」
『あ、ありがとうございます…?』
「あは、何で疑問形?俺がこんなこと言うの、小エビちゃんにだけだかんね?」
その言葉の真意は、聞くに至らなかったけれど。
考えれば考えるほど、自分の都合の良い方向に捉えてしまえる言葉で。
その日の終わりに、「キッチン仕事も悪くなかったです、フロイド先輩がいたから」なんてこぼしてしまったがために、ジェイド先輩に根掘り葉掘り聞かれたのは、仕方のないことだった。
準備万端で寮生の皆さんに挨拶しながら持ち場に入ると、そこでジェイド先輩に呼び止められた。
「おはようございます」
『ジェイド先輩、おはようございます。今日もよろしくお願いします!」
「あの、突然で申し訳ないのですが、今日はキッチンに入っていただけますか。寮生が一人体調不良でダウンしまして」
『えっ、でも私、キッチンの仕事はやったことがないですよ?』
「それはもちろん把握しています。ですが、本日のシフトはフロアよりもキッチンの方が手薄になるのです。キッチンの指示はフロイドが出しています。味付け等は寮生に任せていただいて構いませんので、下ごしらえや簡単なドリンクの作成をお願いできたら大変助かるのですが…。あぁ、一応、マニュアルも用意があります。」
『そうなんですね…わかりました。マニュアルがあるなら、そこまで酷いことにはならないと思います。私一人、ってわけではないんですよね?』
「はい。もちろんです。」
『いないよりはマシ、くらいで大丈夫であれば…マニュアルを見ながらやってみます!』
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
『はい!』
一人じゃないということと、指示をフロイド先輩が出してくれるということが励みになったので、お願い事を引き受けた私は、配給されたエプロンを身に付けてキッチンへと向かった。
人の役に立つことは嫌いじゃない。こんな世界でも私にもやれることがあるという事実は、私に力を与えてくれる。
『フロイド先輩!おはようございます!今日はよろしくお願いします!』
「アレェ?小エビちゃんじゃん。どしたのエプロンなんてつけて」
『えっと、寮生の方が体調不良みたいで、代わりに私がキッチンをやることになりました』
「え〜そうなの?俺聞いてないや」
『そうですか…どうしましょう、私が入ったら邪魔になりますかね?それだったらジェイド先輩に言って戻してもらいますけれど』
「ちょっと待ってね〜、えっと今日のシフト〜…ん〜…」
言われるままにキッチンに来てみれば、フロイド先輩には話が通っていなかったようだ。
逆に悩ませてしまっていることに、申し訳ない気持ちになる。
考えてみればアルバイトなんて、研修期間があって然りだ。
ただでさえ人手が足りないという日に、面倒を見れる人がいるわけもないだろう。
『あの、フロイド先輩、私やっぱりジェイド先輩に』
「ん、わかった、今日はじゃあ、俺が小エビちゃんに指示出すからァ、横で下ごしらえに徹してくれる?」
『えっ、いいんですか?お邪魔じゃありませんか?』
「は?俺がいつ邪魔なんて言ったの。どこのポジションなら最大限働いてもらえるか考えてただけ〜」
初キッチンだからって手ぇ抜けると思わないでよね、とニィと口角を上げて笑いかけたフロイド先輩は、仕事ができる男そのものの顔をしていて、かっこいいなぁと素直に思った。
ジェイド先輩もそうだが、ちょっとネジがおかしいとはいえ、高身長のハイスペックイケメンの笑顔は心臓に悪い、と首を振って雑念を払う。
パン!とほっぺたを自分の手で叩いたら、気分も締まるというものだ。
『精一杯頑張ります!ご指導よろしくお願いします!』
「いい姿勢じゃん。じゃ、まずはセットにつけるマリネ作るから〜、そのバスケットにある野菜、細切りにしてみて〜」
『かしこまりました!』
連日大入りのモストロ・ラウンジでは、開店準備から大忙しの日も少なくない。
そんな中、フロイド先輩自ら指示を出してくれるとあれば、これはもう、いつも以上に気合いを入れて頑張って、いいところを見せなくては。
バスケットの中には、人参、赤・黄・緑のピーマンに玉ねぎ。それからその横にタコが置いてある。
これはアズール先輩への嫌がらせだろうか、なんて考えはさておき、言われた通りに野菜を持ち上げた、刹那。
『ぎっ ゃあああああ!!!!!!!!』
「!?小エビちゃん!?」
思いも寄らないモノが視界に入り、思わず大声を上げてしまった。
と同時に、シュン!!と手に持っていたピーマンめがけてフォークが飛んできて、そのままピーマンをかっさらって壁に刺るまで、ゼロコンマ3秒。
それはあまりにも現実離れした映画のワンシーンのようで、声を上げるのすら忘れて、余韻でビィイィンと揺れている、壁のフォークとピーマンを見つめるしかできない私。
「何!?敵?!」
『はっ!!てててててきって何ですか敵って!?ここそんなに危ない職場なのですか?!』
「は?いや、叫んだの小エビちゃんじゃん!?何があったの」
『ひぁ!!思い出した、ぴ、ピーマ あわあ!!』
ピーマンは飛んでいったものの、私の絶叫の元になった [ソレ] はキッチンスペースのワークトップに落ちたようで、私はまた飛び上がってしまった。
『ギャァ!!』
「え?…まさか小エビちゃん、これにビビってんの?」
そこにいたのは、小さな虫だ。
野菜に虫がついていることなんて、よくある話で、それでも、いないと思っていた場所に突然現れる虫さんたちには、いつだって驚かされてしまう。
一応、私のプライドのために言っておくと、虫自体は全然怖くない。むしろ同年代の女子よりも耐性はある方だ。
ただ。ただ。
突然、出てくるのは反則だ。
「こんなちっちぇーの、熱湯かければ一発じゃん」
『ち、ちが、いい、いきなり、出てきたら、びっくりしますただけです!!』
「あは!言葉おかしくなってんよ?本当は怖ぇんじゃん?」
『断じて!そんなことは!!あの、もういいので早く滅してください!!』
「はぁ〜いはい、てか、小エビちゃんがくっついてるからできねぇんだけど」
意識せずにフロイド先輩の背中にひっついていた私は、ハッとして先輩から距離を取る。
『す、すみま、せっんでしたッ!!』
「いや、別にい〜けどさぁ〜。役得じゃん」
『へ?』
「ん〜ん、こっちの話ぃ〜」
はい、駆除駆除〜。と言って、何事もなかったかのように敵をやっつけたフロイド先輩は、スマートに辺りを片してしまった。
ハイスペックもハイスペックすぎる。なんなんだこの人は。また一つ、惚れ直してしまったとは口が裂けても言えないが。
「はい終了。そんじゃあ、もう大丈夫〜?」
『は、はい…すみません、でした、お手間をっ』
「こんなもんどーってことないって。そんなずっと気にしてるなんて、アズールみたいになっちゃうよ?」
『へ?』
「一個失敗すると、けっこー引きずんだよね、アズール。蛸壺に入ったら出すのに苦労するってーか」
『蛸壺…』
「小エビちゃんもさ、そんな細かいこと気にしてないで」
『は、はい…』
フロイド先輩の顔を見上げながら、わかりました…、と呟けば、それでいーの、と大きな手で頭を撫でられた。
その手は、先ほどとは打って変わって、なんだかとても安心できる、優しい手つきだった。
「ダメなもんはダメって言ってくれたらいいからさ。俺も助けるし。」
『え』
「すぐ呼んで?アズールみたいに対価〜とか言わねぇから」
『あ、ありがとうございます…?』
「あは、何で疑問形?俺がこんなこと言うの、小エビちゃんにだけだかんね?」
その言葉の真意は、聞くに至らなかったけれど。
考えれば考えるほど、自分の都合の良い方向に捉えてしまえる言葉で。
その日の終わりに、「キッチン仕事も悪くなかったです、フロイド先輩がいたから」なんてこぼしてしまったがために、ジェイド先輩に根掘り葉掘り聞かれたのは、仕方のないことだった。