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それはいつの時代のことだろう。
とある街では、一人の男が探偵として名を馳せていた。
その男、表の顔は上流階級向けのレストラン「モストロ・ラウンジ」の経営者だが、裏稼業として探偵業を営む。
名を、アズール・アーシェングロット。
経営者として収めた成功は数知れず。
現在はレストランだけでなく、式場のビュッフェ提供業などにまで手を広げているやり手のオーナーであった。
そんなアズールでも生活自体は慎ましいものだった。しかしなにせ家にいる時間が短いため、彼の屋敷では二人の執事が生活をともにしていた。
執事はジェイドとフロイドといい、二人は生まれも育ちもともにしてきた正真正銘の双子。
お決まりかのごとく、性格には多少…いやかなり難があったが、こと仕事に関しては完璧だったため、長い間二人に身の回りの事を全て任せている状態だ。
そんなある日のこと。
その日の依頼者から頼まれたのは、賭博の実態調査だった。
話を聞けば「長い間勝ち続けているディーラーがいる。噂では確実にイカサマをしているらしい。そいつに有り金を根こそぎ持っていかれたので報復したい」という内容だ。
報復とは具体的になんなのか。負けは負けなので自分が悪いのでは?と思わなくもなかったが、この探偵は慈悲の心をモットーにしていたため、断ることはせず、相談料を上乗せしただけだった。
依頼者は「慈悲の心とは?」と思わなくもなかったが、頼みに来た以上は何もなしに帰るわけにはいかないと、素直に契約書にサインを書きつけ、依頼を締結したのである。
そうして請け負った依頼を解決するため、向かったのは古びた酒場。
目立たないように少しみすぼらしい格好に変装し、そつなく内部にはいりこんだ三人は、奥の席に踏ん反り返ったいかにもな男を見つけた。
「あれですかね…」
「おそらくそうですね。依頼者が言っていた人物像にぴったりです」
「ふーん…やってんのってポーカーかな〜」
フロイドの見立て通り、そこで行われていたのはポーカーだった。
カードゲームのイカサマと言えば、すり替えやセカンドディールが常だが、彼の手元を見る限りそのようなことはしていない様子である。
そもそもこれほどの見物客に注目される中で、一人の目にも止まらずそのようなイカサマをするのは難しそうだ。
そう思いながら、何か証拠になるようなものがないかと、視線を泳がせたアズールの目にふと留まったのは、一人の女だった。
その女は妙な場所に立ってゲームを見つめている。時折、組んだ腕から覗くのは細い指。
そしてその指は、伸ばされては握られ、また、腕を叩いたりと忙しなく動いている。
(右3。左1。右1。右5。)
「…妙、ですね」
「何が〜?」
「あちらに立っている女性…指の動きが…」
「…ふむ…配られているカード、を示しているのでしょうか」
「あぁ、なるほど確かに…ということは、彼女を連れ出せばカラクリがわかるかもしれませんね。」
ニヤと口の端を歪めたアズールは「では僕が連れ出しますので、後のことは任せましたよお前たち。」と言って、ツカツカと女の方へ歩み寄る。
「すみません、お嬢さん」
『!!っ、はい?なんで、しょうか…?』
「いえ、こんな酒場に不釣り合いな女性だと思いまして。少しお相手願えませんか?」
『えっ、あの、ちょっとそれは』
「おや…僕じゃお相手に不足でしょうか。それともここに留まらなければいけないわけでも?」
『っ……い、え、そんな、ことはっ…』
「ではこちらへどうぞ。場所を変えましょう」
あからさまに狼狽えた女であったが、確信スレスレをついたアズールの言葉に逆らう事もできず、差し出された手に手を重るとそのまま外へ連れ出された。
「さて…なぜあなたが連れ出されたか、お分かりでしょうけれど」
『…』
「貴女、どうしてあのような場所でイカサマの手伝いをしていたのですか?」
『…』
「話せないことですか…ふむ…僕は別に話してもらわなくても構いませんが、貴女を警察に突き出す事もできるんですよ?」
『っ、どうか、そ、それだけはっ!!』
警察、という単語が出た瞬間、顔色を変えて腕に縋り付いた女は、今にも泣き出しそうな瞳をアズールに向けた。
内心驚いたアズールだが、そんなことはおくびにも出さず、それなら理由を言いなさいと目で訴える。
分厚い雲が風に流され、遮られていた満月が顔を出す。
照らし出される二人の姿。
『…私の家族が…先日、流行り病に冒されてしまって…、それで入院費がかさんで…仕方なく…』
「なるほど。金に目が眩んで犯罪に手を染めるとは」
『っ…仕方なかったんです!!娼婦にだけは…なりたくなかったから…でも普通に働くんじゃ全然足りないの…っ』
「…」
『お願いです、貴方が黙っていてくれたら、家族が助かるんです!!どうにか黙っていてもらえませんか?!なんでもします私っ』
「…なんでも、ですか」
見つめ合う二人の影が、道路に色濃く映し出される。
みすぼらしい服に身を包みながらも、大きな目は意志の強い光を持っており、とても細い身体は今にも折れてしまいそうな脆さで、どこか不釣り合いな印象だ。
これは磨けば色々と役に立ちそうな人間。
端的に、この子が欲しい、と思ったとアズールはゴクリと喉を鳴らした。
「わかりました。では、今貴女がもらっている給金の2倍、僕が提供しましょう」
『、え?』
「その代わり、僕の屋敷でメイドとして働いてください。期間は一生…その身が滅びるまで、永遠に。働いている間の衣食住は、もちろん僕が面倒を見ます。」
『え、あの』
「ただし、あまり休暇は出せませんので、ご家族と会える機会は減ると思ってください。仕送りがしたいなら、その手続きもいたしましょう。どうです?悪い話ではないと思いますが。」
『で、でも、それじゃ貴方のメリットが』
「メリット。そうですね…僕のメリット、ですか…。」
クイ、と女の顎を持ち上げると、その瞳を覗き込むように顔を近づけて、アズールは続けた。
「貴女が欲しい。」
『?!』
「僕の直感が言っています、貴女は磨けばとても使えそうだ。僕はたくさんのレストランを経営するオーナーです。人を見る目に自信がある。だから、欲しいと思った人は、近くに置いておきたいんです。どうです?理由になりますか?」
『…っ…そ、そんな、言い方、は…ッ』
「答えは、Yes or …」
『っ…わかり、ました…。よろしく、お願いします…っ』
断りようがない条件を提示され、理由も十分合理的。
そもそも、女側に拒否権は用意されていなかったようなもので、あっさりと合意を取り付けたアズールは、にっこりといい笑顔を貼り付けて言った。
「それは良かった!そうだ。貴女、お名前は?」
『あなたと言います』
「そうですか。とてもいい名前だ。それではあなた。これからどうぞよろしくお願いしますね」
『はい、よろしくお願いします…』
「ジェイド、フロイド。見てないでさっさと帰りますよ」
『!?』
「チェ〜カッコつけゴシュジンサマが見れたと思って楽しかったんだけどな〜」
「ご主人様、手はずは整っております」
残されたイカサマディラーの様子はジェイドとフロイドに看取られたが、それはもう悲惨だったとのことだ。
その結果を聞いて「重畳です。」とうなづいて、行きよりも一つ増えた影とともに、アーシェングロット邸へと帰宅した。
それからしばらく。屋敷へ戻ったあなたは、執事二人に連れられて準備を整えると給仕室へ消えた。
アズールは、依頼者への連絡を済ませ、明日の準備に取り掛かっていた。
「思いもかけず良い出会いがありましたね…これだから裏稼業はやめられません」
ふふ、と黒い笑みを漏らしつつ、ふんわりとソファーに腰を下ろして時計を見やる。
普段であれば、そろそろ夜食と飲み物が運ばれてくる時間であったが、しかし、今日は気分も良いことだし、食堂で皆でお茶と洒落込もうかと思い直して、すぐに立ち上がった刹那。
コンコン、と扉を叩く音が控えめに響いた。
「ジェイドですか?せっかく運んできてもらいましたが、今日は食堂で」
『失礼いたします。就寝前のお茶をお持ち致しました』
「、!…どうぞ」
ノックに続いて、もう仕事を始めたらしいあなたの声がして、思いがけず1テンポ遅れたアズールは、それでも普段と寸分変わらないトーンで言葉を返した。
『失礼いたします』
「あなた、もう仕事を始めーー」
『?何か?』
「っ、」
みすぼらしかった服は、執事服と対になるような、白と黒を基調とした品の良いメイド服に変わっていた。
控えめなフリルをあしらった真っ白なエプロンは腰の細さを強調するようにきゅっと締められて。
肩あたりまで無造作に伸びていた髪は今や綺麗に整えられて一つのお団子にされていた。
そうして薄く化粧をされたその顔はなんともー
「可憐だ」
『へ?…じゃなかった、はい?』
「僕の見込んだ通り…」
『あの…えっと、ご主人様?』
「ごっングッ!!!!」
あなたの後ろで不自然に空いたままになっていた扉から覗く四つの目玉にハッと気づいて、喉を詰まらせたアズールは、恥ずかしまぎれに大きな声をあげた。
「ジェイド!フロイド!っ見てないで仕事をしろっ!!」
「だって〜アズールがどんな反応するか見たかったんだも〜ん」
「ふふっ僕らの見立ては大正解だったみたいですね?アズール好みに仕上がっているでしょう?」
「うるさいっ!!」
バタン!!
大きな音を立てて締められた扉には鍵をかけてしまって、背中を預けてため息をつく。
『ご主人様、あの、執事さんたちはご主人様のことを呼び捨てにされるんですね…?』
「あの二人は…腐れ縁で長い間一緒にいすぎて、変に遠慮がなくなってしまっているんですよ。外ではきちんとしてくれるんですがね…屋敷の中では歯止めが効きません」
『そうなんですね…仲良しで、なんだか微笑ましいです。先ほどもとてもよくしてもらいました』
「へぇ、そうですか…あの二人がねぇ」
『あの、改めて、ですが、本当にありがとうございました。』
「あぁ、そのことならもう契約も済ませましたし、気にすることはありませんよ」
『そういうわけには参りません。このご恩は一生をかけてもお返し出来るとは思いません。至らないところもありますが、精一杯お勤めいたしますので、何なりとお申し付けください。』
ぺこり、頭を下げるその姿は、自分の境遇を悲観するでもなく、凛としていて清々しいものだった。
容姿も中身も僕好みだと、ス、と身体が引かれるように動き、気づけば腕が、トン、とその細い肩を押し倒していた。
あ、と小さい声が上がる。
ふかふかな大きなベッドの淵に押し倒されたあなた。
その上にまたがるように影を落とすアズール。
大きな目がアズールを見つめる。
「何なりとお申し付け、なんて、簡単に口に出してはいけませんよ」
『、え?』
「契約上、あなたの人生は、命は、僕のものだ。一生、僕のメイド…。じゃあ僕があなたに手を出したって、文句は言えないということです。」
『?!』
「貴女は娼婦になるのが嫌だと言ったけれど、どうです?娼婦ではなく、たった一人の男に抱かれるのは」
『っ、待ってください、だって、そんな、私たち今日会ったばかりで』
「一目惚れに時間は関係ないでしょう。あなたの眼を覗いた時から、僕は」
するり、タイの代わりにつけられた首元のリボンを外し、そのリボンにこれ見よがしに口付ける。
『、!!』
「あぁ、その顔、とても良いですね…。」
『ま、待って、私、あのっ、ご主人様のこと』
「その、ご主人様、というのも、なんだか胸にグッとくるんですよね…どうしてでしょうね…貴女の声でそう呼ばれるからでしょうか?」
『ん、』
親指の腹で、あなたの唇をなぞったアズールは、うっとりと眼を細めて笑った。
「ですが、僕は紳士なので…。貴女から正式な合意がもらえるまでは、これ以上するつもりはありません」
『っふ…、』
「ずいぶん物欲しげな顔をするんですねぇ…」
『そんなっ、』
「しー…」
あなたの唇をなぞった指を、今度は自分の唇に当てて、ちゅ、と音を立てて離す仕草はあまりにも楽しそうだ。
「今日はここまでにしましょう。明日からゆっくりと、僕のことを知ってください…ね、あなた」
『〜…ッ!』
耳元で囁いた言葉に、あなたが身体を震わせたのを見とり、視線を絡めた二人はーーーー
「っは!!!!」
パッと眼を開くと、目の前に広がっていたのは見慣れた寮長室の天井だった。
「…!?僕は…。」
確かにメイドと二人、ベッドの上で、駆け引きしていたはずだったのに。
これはもしかして。
「夢…でしたか…」
あなたによく似たメイド。そしてジェイドとフロイドそのものだった執事たち。
なるほどどうして。自分が欲求不満だったことをこんな形で知るなんて。
下半身に違和感を感じて布団の中を覗けば、当たり前のように生理現象が起きていて、頭を抱えてしまった。
こんな邪な気持ちを抱えていては、今日はあなたの前でいつもの態度は取れないだろう。
「あぁもう…なんで…っ!」
たった一日はされど一日。
会えない時間に想いを募らせて、アズールは一人、自分を処理しにかかったのだった。
今日は、あなたにどうにかしてご主人様と呼んでもらおう、などとシミュレーションをはじめながら。
とある街では、一人の男が探偵として名を馳せていた。
その男、表の顔は上流階級向けのレストラン「モストロ・ラウンジ」の経営者だが、裏稼業として探偵業を営む。
名を、アズール・アーシェングロット。
経営者として収めた成功は数知れず。
現在はレストランだけでなく、式場のビュッフェ提供業などにまで手を広げているやり手のオーナーであった。
そんなアズールでも生活自体は慎ましいものだった。しかしなにせ家にいる時間が短いため、彼の屋敷では二人の執事が生活をともにしていた。
執事はジェイドとフロイドといい、二人は生まれも育ちもともにしてきた正真正銘の双子。
お決まりかのごとく、性格には多少…いやかなり難があったが、こと仕事に関しては完璧だったため、長い間二人に身の回りの事を全て任せている状態だ。
そんなある日のこと。
その日の依頼者から頼まれたのは、賭博の実態調査だった。
話を聞けば「長い間勝ち続けているディーラーがいる。噂では確実にイカサマをしているらしい。そいつに有り金を根こそぎ持っていかれたので報復したい」という内容だ。
報復とは具体的になんなのか。負けは負けなので自分が悪いのでは?と思わなくもなかったが、この探偵は慈悲の心をモットーにしていたため、断ることはせず、相談料を上乗せしただけだった。
依頼者は「慈悲の心とは?」と思わなくもなかったが、頼みに来た以上は何もなしに帰るわけにはいかないと、素直に契約書にサインを書きつけ、依頼を締結したのである。
そうして請け負った依頼を解決するため、向かったのは古びた酒場。
目立たないように少しみすぼらしい格好に変装し、そつなく内部にはいりこんだ三人は、奥の席に踏ん反り返ったいかにもな男を見つけた。
「あれですかね…」
「おそらくそうですね。依頼者が言っていた人物像にぴったりです」
「ふーん…やってんのってポーカーかな〜」
フロイドの見立て通り、そこで行われていたのはポーカーだった。
カードゲームのイカサマと言えば、すり替えやセカンドディールが常だが、彼の手元を見る限りそのようなことはしていない様子である。
そもそもこれほどの見物客に注目される中で、一人の目にも止まらずそのようなイカサマをするのは難しそうだ。
そう思いながら、何か証拠になるようなものがないかと、視線を泳がせたアズールの目にふと留まったのは、一人の女だった。
その女は妙な場所に立ってゲームを見つめている。時折、組んだ腕から覗くのは細い指。
そしてその指は、伸ばされては握られ、また、腕を叩いたりと忙しなく動いている。
(右3。左1。右1。右5。)
「…妙、ですね」
「何が〜?」
「あちらに立っている女性…指の動きが…」
「…ふむ…配られているカード、を示しているのでしょうか」
「あぁ、なるほど確かに…ということは、彼女を連れ出せばカラクリがわかるかもしれませんね。」
ニヤと口の端を歪めたアズールは「では僕が連れ出しますので、後のことは任せましたよお前たち。」と言って、ツカツカと女の方へ歩み寄る。
「すみません、お嬢さん」
『!!っ、はい?なんで、しょうか…?』
「いえ、こんな酒場に不釣り合いな女性だと思いまして。少しお相手願えませんか?」
『えっ、あの、ちょっとそれは』
「おや…僕じゃお相手に不足でしょうか。それともここに留まらなければいけないわけでも?」
『っ……い、え、そんな、ことはっ…』
「ではこちらへどうぞ。場所を変えましょう」
あからさまに狼狽えた女であったが、確信スレスレをついたアズールの言葉に逆らう事もできず、差し出された手に手を重るとそのまま外へ連れ出された。
「さて…なぜあなたが連れ出されたか、お分かりでしょうけれど」
『…』
「貴女、どうしてあのような場所でイカサマの手伝いをしていたのですか?」
『…』
「話せないことですか…ふむ…僕は別に話してもらわなくても構いませんが、貴女を警察に突き出す事もできるんですよ?」
『っ、どうか、そ、それだけはっ!!』
警察、という単語が出た瞬間、顔色を変えて腕に縋り付いた女は、今にも泣き出しそうな瞳をアズールに向けた。
内心驚いたアズールだが、そんなことはおくびにも出さず、それなら理由を言いなさいと目で訴える。
分厚い雲が風に流され、遮られていた満月が顔を出す。
照らし出される二人の姿。
『…私の家族が…先日、流行り病に冒されてしまって…、それで入院費がかさんで…仕方なく…』
「なるほど。金に目が眩んで犯罪に手を染めるとは」
『っ…仕方なかったんです!!娼婦にだけは…なりたくなかったから…でも普通に働くんじゃ全然足りないの…っ』
「…」
『お願いです、貴方が黙っていてくれたら、家族が助かるんです!!どうにか黙っていてもらえませんか?!なんでもします私っ』
「…なんでも、ですか」
見つめ合う二人の影が、道路に色濃く映し出される。
みすぼらしい服に身を包みながらも、大きな目は意志の強い光を持っており、とても細い身体は今にも折れてしまいそうな脆さで、どこか不釣り合いな印象だ。
これは磨けば色々と役に立ちそうな人間。
端的に、この子が欲しい、と思ったとアズールはゴクリと喉を鳴らした。
「わかりました。では、今貴女がもらっている給金の2倍、僕が提供しましょう」
『、え?』
「その代わり、僕の屋敷でメイドとして働いてください。期間は一生…その身が滅びるまで、永遠に。働いている間の衣食住は、もちろん僕が面倒を見ます。」
『え、あの』
「ただし、あまり休暇は出せませんので、ご家族と会える機会は減ると思ってください。仕送りがしたいなら、その手続きもいたしましょう。どうです?悪い話ではないと思いますが。」
『で、でも、それじゃ貴方のメリットが』
「メリット。そうですね…僕のメリット、ですか…。」
クイ、と女の顎を持ち上げると、その瞳を覗き込むように顔を近づけて、アズールは続けた。
「貴女が欲しい。」
『?!』
「僕の直感が言っています、貴女は磨けばとても使えそうだ。僕はたくさんのレストランを経営するオーナーです。人を見る目に自信がある。だから、欲しいと思った人は、近くに置いておきたいんです。どうです?理由になりますか?」
『…っ…そ、そんな、言い方、は…ッ』
「答えは、Yes or …」
『っ…わかり、ました…。よろしく、お願いします…っ』
断りようがない条件を提示され、理由も十分合理的。
そもそも、女側に拒否権は用意されていなかったようなもので、あっさりと合意を取り付けたアズールは、にっこりといい笑顔を貼り付けて言った。
「それは良かった!そうだ。貴女、お名前は?」
『あなたと言います』
「そうですか。とてもいい名前だ。それではあなた。これからどうぞよろしくお願いしますね」
『はい、よろしくお願いします…』
「ジェイド、フロイド。見てないでさっさと帰りますよ」
『!?』
「チェ〜カッコつけゴシュジンサマが見れたと思って楽しかったんだけどな〜」
「ご主人様、手はずは整っております」
残されたイカサマディラーの様子はジェイドとフロイドに看取られたが、それはもう悲惨だったとのことだ。
その結果を聞いて「重畳です。」とうなづいて、行きよりも一つ増えた影とともに、アーシェングロット邸へと帰宅した。
それからしばらく。屋敷へ戻ったあなたは、執事二人に連れられて準備を整えると給仕室へ消えた。
アズールは、依頼者への連絡を済ませ、明日の準備に取り掛かっていた。
「思いもかけず良い出会いがありましたね…これだから裏稼業はやめられません」
ふふ、と黒い笑みを漏らしつつ、ふんわりとソファーに腰を下ろして時計を見やる。
普段であれば、そろそろ夜食と飲み物が運ばれてくる時間であったが、しかし、今日は気分も良いことだし、食堂で皆でお茶と洒落込もうかと思い直して、すぐに立ち上がった刹那。
コンコン、と扉を叩く音が控えめに響いた。
「ジェイドですか?せっかく運んできてもらいましたが、今日は食堂で」
『失礼いたします。就寝前のお茶をお持ち致しました』
「、!…どうぞ」
ノックに続いて、もう仕事を始めたらしいあなたの声がして、思いがけず1テンポ遅れたアズールは、それでも普段と寸分変わらないトーンで言葉を返した。
『失礼いたします』
「あなた、もう仕事を始めーー」
『?何か?』
「っ、」
みすぼらしかった服は、執事服と対になるような、白と黒を基調とした品の良いメイド服に変わっていた。
控えめなフリルをあしらった真っ白なエプロンは腰の細さを強調するようにきゅっと締められて。
肩あたりまで無造作に伸びていた髪は今や綺麗に整えられて一つのお団子にされていた。
そうして薄く化粧をされたその顔はなんともー
「可憐だ」
『へ?…じゃなかった、はい?』
「僕の見込んだ通り…」
『あの…えっと、ご主人様?』
「ごっングッ!!!!」
あなたの後ろで不自然に空いたままになっていた扉から覗く四つの目玉にハッと気づいて、喉を詰まらせたアズールは、恥ずかしまぎれに大きな声をあげた。
「ジェイド!フロイド!っ見てないで仕事をしろっ!!」
「だって〜アズールがどんな反応するか見たかったんだも〜ん」
「ふふっ僕らの見立ては大正解だったみたいですね?アズール好みに仕上がっているでしょう?」
「うるさいっ!!」
バタン!!
大きな音を立てて締められた扉には鍵をかけてしまって、背中を預けてため息をつく。
『ご主人様、あの、執事さんたちはご主人様のことを呼び捨てにされるんですね…?』
「あの二人は…腐れ縁で長い間一緒にいすぎて、変に遠慮がなくなってしまっているんですよ。外ではきちんとしてくれるんですがね…屋敷の中では歯止めが効きません」
『そうなんですね…仲良しで、なんだか微笑ましいです。先ほどもとてもよくしてもらいました』
「へぇ、そうですか…あの二人がねぇ」
『あの、改めて、ですが、本当にありがとうございました。』
「あぁ、そのことならもう契約も済ませましたし、気にすることはありませんよ」
『そういうわけには参りません。このご恩は一生をかけてもお返し出来るとは思いません。至らないところもありますが、精一杯お勤めいたしますので、何なりとお申し付けください。』
ぺこり、頭を下げるその姿は、自分の境遇を悲観するでもなく、凛としていて清々しいものだった。
容姿も中身も僕好みだと、ス、と身体が引かれるように動き、気づけば腕が、トン、とその細い肩を押し倒していた。
あ、と小さい声が上がる。
ふかふかな大きなベッドの淵に押し倒されたあなた。
その上にまたがるように影を落とすアズール。
大きな目がアズールを見つめる。
「何なりとお申し付け、なんて、簡単に口に出してはいけませんよ」
『、え?』
「契約上、あなたの人生は、命は、僕のものだ。一生、僕のメイド…。じゃあ僕があなたに手を出したって、文句は言えないということです。」
『?!』
「貴女は娼婦になるのが嫌だと言ったけれど、どうです?娼婦ではなく、たった一人の男に抱かれるのは」
『っ、待ってください、だって、そんな、私たち今日会ったばかりで』
「一目惚れに時間は関係ないでしょう。あなたの眼を覗いた時から、僕は」
するり、タイの代わりにつけられた首元のリボンを外し、そのリボンにこれ見よがしに口付ける。
『、!!』
「あぁ、その顔、とても良いですね…。」
『ま、待って、私、あのっ、ご主人様のこと』
「その、ご主人様、というのも、なんだか胸にグッとくるんですよね…どうしてでしょうね…貴女の声でそう呼ばれるからでしょうか?」
『ん、』
親指の腹で、あなたの唇をなぞったアズールは、うっとりと眼を細めて笑った。
「ですが、僕は紳士なので…。貴女から正式な合意がもらえるまでは、これ以上するつもりはありません」
『っふ…、』
「ずいぶん物欲しげな顔をするんですねぇ…」
『そんなっ、』
「しー…」
あなたの唇をなぞった指を、今度は自分の唇に当てて、ちゅ、と音を立てて離す仕草はあまりにも楽しそうだ。
「今日はここまでにしましょう。明日からゆっくりと、僕のことを知ってください…ね、あなた」
『〜…ッ!』
耳元で囁いた言葉に、あなたが身体を震わせたのを見とり、視線を絡めた二人はーーーー
「っは!!!!」
パッと眼を開くと、目の前に広がっていたのは見慣れた寮長室の天井だった。
「…!?僕は…。」
確かにメイドと二人、ベッドの上で、駆け引きしていたはずだったのに。
これはもしかして。
「夢…でしたか…」
あなたによく似たメイド。そしてジェイドとフロイドそのものだった執事たち。
なるほどどうして。自分が欲求不満だったことをこんな形で知るなんて。
下半身に違和感を感じて布団の中を覗けば、当たり前のように生理現象が起きていて、頭を抱えてしまった。
こんな邪な気持ちを抱えていては、今日はあなたの前でいつもの態度は取れないだろう。
「あぁもう…なんで…っ!」
たった一日はされど一日。
会えない時間に想いを募らせて、アズールは一人、自分を処理しにかかったのだった。
今日は、あなたにどうにかしてご主人様と呼んでもらおう、などとシミュレーションをはじめながら。