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「ふむ…”貴女となら永遠も長くない”…間違いないですね。採用。”もし、アルファベットの順番を書き換えられるなら、UとIを隣同士にするよ。”…ちょっとクサすぎやしませんか?こんなのでもいいんですね…言葉とは難しいものだ。」
図書室で参考書を探している途中、ふと目についた「世界中の愛の言葉」という本。
中を開けば、ありきたりな「愛してる」から始まって、こんな言い回しで伝わるのか?、と思うようなフレーズまで、次から次へと溢れる言葉の数々に頭を殴られたような感覚に陥った。
思えば、あなたと付き合い始めてから当たり障りのない言葉しか掛けたことがなかったかもしれない。
「好きだ」とか「愛してる」は確かに本心だし、一番伝えたい言葉ではあるのだけれど、それだけでいいのだろうか。
そもそも、よく考えると二人きりの時でも僕はそんなに、愛の言葉というのは口にしたことがない気もしてきた。
部屋にいれば事に及んでしまって言葉よりも身体になってしまうし、外にいれば他人の目が気になって口に出すのは憚られる。
「僕も、いつか、飽きて捨てられる…?」
そんなわけない。そんなことはない。現に彼女だって僕のことを好きと言ってくれるしーーと思っても、目にした言葉はそう簡単には忘れられるものではない。
その本にあった「何度も同じことを言うだけでは飽きられるかも!?」との一言がリフレインする。
そうして時刻は冒頭に戻る。
いくつか言葉をピックアップしながら、それを口にするシチュエーションを想像する。
教室で。ラウンジで。海岸で。朝起きぬけに。昼休みに呼び出して。夕日をバックに。夜ひっそりと二人きりで。
あれもいい、これもしてみたい、などと思いを巡らせながら腕時計を見ると、思ったよりも時間が経っており、いけない!と立ち上がってそさくさとその場を後にした。
もちろん、メモを書き留めたノートを置き去りにしたなどとは考えもしなかったし、それをジェイドが拾ったことだって、知る由もなかったのだ。
「ない!!」
自室へ戻った後、顔面蒼白になりながらさっきまで持っていたはずのノートを探すも、全く見つかる様子がない。
どうして、あんな大事な、否、恥の塊のようなノートがないんだ。
あんなものが誰かに見られたら僕の人生は一巻の終わりだ。
いや、でもノートに名前などを書いていたわけではないから、あるいは見つかっても捨てられるだけかもしれないが。
そのほうがだいぶマシだ。でも、もしも、万が一にでも、僕のものだとわかってしまったら?弱みを握られるどころでは済まない。
居ても立ってもいられず、元来た道を戻ってみようと、部屋を飛び出したところで、ドスンと大きな壁にぶつかって尻餅をついてしまった。
「った…」
「おや、アズール。そんなに慌ててどうしたのですか」
「なんだ…お前か。こんな時間にこんな場所で何をしているのですか。早くラウンジの準備をしてください。ああですがすみません、僕は少しやることがあ」
「そうですか。せっかく落とし物を届けに来ましたのに」
「は?」
「これを。アズールの筆跡だと思ったのですが、違いましたか?」
す、と手渡されたものは、まさに今僕が探していた例のノートだった。
ただ、今、ジェイドはなんといった?「筆跡が」と言わなかったか?
「ジェイド、念のためにお聞きしますが」
「はい」
「中を、見ましたか?」
恐る恐る自分よりも背の高い人間に目線を合わせると。
にっこりと、三日月がそこにあるように、形のいい唇を釣り上げて、ジェイドは言った。
「はい、もちろん。」
「……」
「アズール。その、言いにくいのですが、UとIを隣同士にするよは、さすがに…」
「もう一生蛸壺にこもります探さないでください」
「アズール、アズール。待ってください」
「いいんですもう僕なんてこの世にいる価値もないああもう本当に」
「待ちなさいアズール、僕は言いませんから」
「…」
「まぁ、僕自身は見て、笑いましたが」
「やっぱりいいです」
「待ちなさいったら」
僕よりも15cmも高い背の男に羽交い締めされては動けないのも仕方ない。
足をばたつかせるのも馬鹿らしくなり、ぶらん、と宙に浮いたままだらりと脱力した。
「笑いたければ笑いなさい。大声で、高らかに笑えばいいでしょう!!」
「確かに笑いましたけど、馬鹿にしているわけではありませんよ。アズールもちゃんとそういう欲があるんだなと思って微笑ましかっただけです」
「…」
「ああ、それで、言いたいことはノートのことだけではありません。恥ずかしい思いをさせてしまったお詫びではないですが、中庭にあなたさんを呼び出しておいたので、どれかの願いを実現してきてはいかがですか?と言伝に来たのですよ。」
「はい?」
「今ならちょうど、夕陽が差し込んで、最高のシチュエーションだと思いますが」
「そっ、それを早く言いなさい!女性を待たせるのはマナー違反です!!」
思いも寄らない言葉を聞いてそのまま走り出そうとするも、自分の身なりが不恰好でないか気になって癪ながらジェイドの方を向く。
ジェイドはその意図を汲み取って「はい、どこも乱れていませんよ」とにっこり笑う。
全く、腐れ縁とは怖いもので、こういうところは目配せで理解し合えるところがある。
「今日の開店時刻までには戻」
「たまにはアズールも息抜きしてはどうですか。伝えたい気持ちがあるのなら、ゆっくりと話す時間も必要ですよ。夜、ではなくてね」
「…っ…そういう、含みのある言い方、やめろ」
「ふふ、そういう普通の部分も、彼女に見せてはいかがですか?」
「…考えておく」
「はい。ではいってらっしゃい」
行ってきます、とは口に出さなかったけれど、コクリとうなづいて寮を後にした。
向かうは校舎の中庭。おそらくそこにあるガゼボに、彼女はいるのだろう。
場は整っている。僕はポケットに入れたノートの内容を反芻しながら、どの言葉を伝えてみようかと、胸を跳ねさせた。
遠くからでもわかる。ガゼボの中には、ポツンと一人、華奢なシルエットが立っていた。
何かを見つめるその姿を綺麗だと、素直にそう思った。
夕陽と一緒に消えてしまいそうな儚さに少し足がすくんだなんて思いたくはないが、そのくらいには一枚の絵がそこにあるような美しさだった。
忙しく動かしていた足を止め、立ち止まると、空気を感じたのか、ツ、と遠くを見つめていた瞳がこちらを向いた。
パッと、ほころぶ笑顔は、僕の胸を焦がす。
『アズール先輩』
僕の名前を呼ぶその声が愛おしい。
声に引かれてまた歩を進め、目の前までたどり着くと、自分よりもひと回り小さなその身体を腕の中に収めてしまう。
えっ、どうしたんですか、と声が上がるのは、聞こえないふりだ。
「貴女が悪いんですよ」
『えっ?私何かしました?』
「…なんだか…そのままいなくなってしまいそうでしたから、どこにも行けないようにしたまでです」
『ふは…!どこにも行きませんよ。…第一、行ける場所なんてありませんし』
「…ずっとここにいればいい」
『?』
「…いえ…何も」
抱きしめたままで髪を撫でると、あなたからもおずおずと腕が伸びてきて、僕の身体に回された。
トクトクと響くお互いの心音に、なんだか胸がむず痒くなる。
そんな幸せなひと時も、たったの一言で崩されてしまうのが惜しかった。
『あ、そういえば、アズール先輩、私に何か話したいことがあるって』
「へ?!」
突然確信をつく言葉を投げかけられて、あまり聞かれたくないような素っ頓狂な声を上げてしまう。
『あれ?違うんですか?ジェイド先輩にそう言われて、私、ここにきたんですけど』
「あ、え、えぇ、そうですね!!そ、そう…ええと…何からお話ししましょうか」
『私、アズール先輩の気持ちが全部聴きたいです。何を思っているのか。教えてくれませんか?』
「そう急かさないでください!!」
普段なら準備に準備を重ねて場を設けるのだが、今回ばかりはそうは問屋がおろさない。
半ば無理矢理な形でセッティングされてしまったこの場をどう乗り切ったらいいのかと頭の中が「?」だらけだ。
どうもこういうことには慣れない。あなたの前だとどうしてこうもうまくいかない。
自分が腹立たしいし悔しいしで、はぁと大きなため息が出てしまった。
『あ、あの…先輩?大丈夫ですか…?私、無理を言いましたよね、すみません』
「…だから、全部貴女が悪いんです…」
『えッ』
「貴女が僕をこんなにした原因です」
『どういうことですか?』
「…貴女に嫌われたくない。飽きられたくない。どうしたら僕は…僕だけを見ていてくれますか」
情けない。情けないと思っても、貴女のことになると自信が全くなくなってしまうんです。
いつでも自信満々と言われる僕の鼻を真っ向から折れるのは、貴女だけだと思います。
自分でもどうしていいかわからない。貴女をこの腕の中に抱き留めておけるなら僕はー
『っ、ふふ…』
「な、っ、笑い事じゃないんですよ!!」
『え、いや、だって…んふふ!』
「ぼ、僕がどんな思いでいると思っているんですか貴女!」
『え〜?いや…信用ないなぁと思ってしまって…。私、アズール先輩の彼女なんですよ?どんな先輩でも大丈夫ですよ』
「そうですよ?貴女は僕の彼女だ。僕が彼氏…でも、今は、でしょう…そんな関係…友情のように脆くて儚いものですきっと」
言ってから、これは失礼だったな、と思った。あなたの気持ちを信じていないと言ってしまったようなものだから。
けれど、一度口から出た言葉は飲み込むことはできない。
僕の気持ちを全部聴きたいと言ったのはあなただから、もういいか、と半ば諦めの境地だ。
その言葉を受けて、あなたは一瞬、間をあけてから、腕を組んで言った。
『なるほど…うーん。そう言われてしまうと、そうですね、としか言えないのですけれど』
ほら。気持ちに一生物なんてない。それこそ利害関係の一致でもなければ、ずっと一緒に、などという甘い言葉だっていつか裏切られる可能性もある。
あなたに限ってそれはない、と思うのは、僕の勝手な想いだし、押し付けもいいところだ。
『でも、私は私の気持ちを信じてほしいなって、思います』
そう言って僕の瞳を覗き込んだあなたは、困ったように眉を下げて笑っていた。
『私も基本的には、友情とかそういうものが一生続くとは思っていないたちなのですけど、』
「え?貴女、あんなにお友達がお多いじゃないですか」
『それとこれとは話が別ですよ。元いた世界でも、たくさん裏切られたり、いじめられたり、除け者にされたりを見たり、されたりしてきましたから』
「そう、なんですか…。どこにでもあるものなんですね。あんなにゲスな遊びなのに」
『ですね。馬鹿らしいなって思っていました。人に嫉妬して、人を蹴落としたって、自分が上がれるわけでもないのに』
「…自分の努力でも、どうにもならないことはあって、きっとそれが人にそういう感情を向けさせるんでしょう。お門違いもいいところですけどね」
『私もそう思います。で、そうですね。そういう感じだから、今日の友が明日の敵になるのも見ましたし。…そんな私が、こうやって信用してほしいなって心から願える人に出会って、ずっと一緒にいたいなぁと思って、心も…身体も、委ねたんですけど』
無防備に落ちていた僕の両手を包むように、あなたの掌が僕に触れた。
『それだけじゃ、信用に値しませんでしたよね…?』
「そういうわけではっ」
バッと顔を上げると、僕を見つめるあなたの瞳とかち合って、思わずウッと言葉を詰まらせてしまった。
視線が絡んで、頬が少し紅に染まる。
付き合って随分経つが、お互いいまだにこういう雰囲気に戸惑うこともあったりして、その度に、愛しいなと想う気持ちが大きくなる。
あぁ、なんだ。どんな言葉もシチュエーションも、慣れてなんかいないじゃないか。
ずっと初々しい反応を示すあなたに、裏切りや押し付けなどという言葉はあまりにも似合わない。
きっとこれが本物で、信じないといけないものだったんだと、何かがストンと心に落ちた。
『何をしたら、アズール先輩に安心してもらえるでしょうか。なんでもします。契約なんかなくたって。先輩が求めてくれるなら、なんだって。』
「…では、一つだけ、いいですか」
『!!はいっ、なんでもどう、っ!?』
重ねられていた左手を恭しく持ち上げて、薬指の付け根に口づけを送った。
「まずはこちらに未来の予約をさせてください。」
『っ、ふぁいっ!!』
「ふふ…そう慌てなくても。リングをするのは色々と面倒もあるでしょうから、魔法をかけておきました。」
『えっ!!』
「目には見えませんが、」
こちらも左のグローブを外して、薬指同士を絡めてみる。
「心と左手の薬指はつながっているのだそうですよ。赤い糸、のようなものです。」
『は〜…ロマンチック…ですね』
「それから、これは一つの儀式みたいなものですで、魔法を有効とするために、貴女にしてもらわないといけないことがります」
『っはい!!なんでしょう!!』
前のめりに意気込む姿が可愛い。でも、ごめんなさい。魔法なんて、かけていません。
貴女の心を、魔法なんてもので縛りたくはない。でも、貴女の心をもらい受けたいから、これは僕からの気持ちのお返しとでも思ってください。
誰かの隣にいる貴女を見るくらいなら、一生僕の隣で笑っていられるように命をかけて愛するから…なんて、本当のタコみたいだ。
人魚は愛に命をかけるなんてそんなことはないけれど。そのくらいの気持ちです、ということでね。
「僕に、誓いのキスを」
『?!』
「貴女から、お願いします」
『あ、え、こ、ここで?!』
「そうです。さっき魔法をかけたので、あと…そうですね30秒以内にはしていただかないと」
『、そんなすぐ?!』
「えぇ、お願いします」
そのまま彼女を見つめていると、キョロと視線を泳がせてから、おず、と言葉を切り出した。
『その、せめて、目を…閉じてもらえませんか…っ』
「それはできません。ほら、あと10秒もありませんよ」
『えっ!?そんな!!』
「あぁ、やっぱり貴女との繋がりなんて所詮」
『っちがいます、っ…もお!』
その勢いのままに触れた唇の感触は、とても短いものだった。
けれど、視線があったまましたことはこれまでなかったせいか、すごく満たされた気分だった。
でも。
「ありがとうございます、これで、完全に効果が発揮されますね」
『それは、よかっ、ん!』
「ン…ふ」
心は満たされても、物足りないと思うのは、それだけ欲にまみれた目で見ているとのことなのだろうか。
今度は僕から深い口づけをしながらぼんやりとそんなことを考えた。
夕陽が差し込むガゼボで二人。さながら結婚式のような誓いを立てて。
想いとか繋がりとか言葉とか。欲しいものはたくさんある。
けれど今は、ノートに書いたシチュエーションに取り消し線を入れることを、まずはしなければならないか。
一つ一つ消えていくそれらを重ねていけば、いつか不安も心配も一つ残らず愛に変えてしまえるでしょう。
図書室で参考書を探している途中、ふと目についた「世界中の愛の言葉」という本。
中を開けば、ありきたりな「愛してる」から始まって、こんな言い回しで伝わるのか?、と思うようなフレーズまで、次から次へと溢れる言葉の数々に頭を殴られたような感覚に陥った。
思えば、あなたと付き合い始めてから当たり障りのない言葉しか掛けたことがなかったかもしれない。
「好きだ」とか「愛してる」は確かに本心だし、一番伝えたい言葉ではあるのだけれど、それだけでいいのだろうか。
そもそも、よく考えると二人きりの時でも僕はそんなに、愛の言葉というのは口にしたことがない気もしてきた。
部屋にいれば事に及んでしまって言葉よりも身体になってしまうし、外にいれば他人の目が気になって口に出すのは憚られる。
「僕も、いつか、飽きて捨てられる…?」
そんなわけない。そんなことはない。現に彼女だって僕のことを好きと言ってくれるしーーと思っても、目にした言葉はそう簡単には忘れられるものではない。
その本にあった「何度も同じことを言うだけでは飽きられるかも!?」との一言がリフレインする。
そうして時刻は冒頭に戻る。
いくつか言葉をピックアップしながら、それを口にするシチュエーションを想像する。
教室で。ラウンジで。海岸で。朝起きぬけに。昼休みに呼び出して。夕日をバックに。夜ひっそりと二人きりで。
あれもいい、これもしてみたい、などと思いを巡らせながら腕時計を見ると、思ったよりも時間が経っており、いけない!と立ち上がってそさくさとその場を後にした。
もちろん、メモを書き留めたノートを置き去りにしたなどとは考えもしなかったし、それをジェイドが拾ったことだって、知る由もなかったのだ。
「ない!!」
自室へ戻った後、顔面蒼白になりながらさっきまで持っていたはずのノートを探すも、全く見つかる様子がない。
どうして、あんな大事な、否、恥の塊のようなノートがないんだ。
あんなものが誰かに見られたら僕の人生は一巻の終わりだ。
いや、でもノートに名前などを書いていたわけではないから、あるいは見つかっても捨てられるだけかもしれないが。
そのほうがだいぶマシだ。でも、もしも、万が一にでも、僕のものだとわかってしまったら?弱みを握られるどころでは済まない。
居ても立ってもいられず、元来た道を戻ってみようと、部屋を飛び出したところで、ドスンと大きな壁にぶつかって尻餅をついてしまった。
「った…」
「おや、アズール。そんなに慌ててどうしたのですか」
「なんだ…お前か。こんな時間にこんな場所で何をしているのですか。早くラウンジの準備をしてください。ああですがすみません、僕は少しやることがあ」
「そうですか。せっかく落とし物を届けに来ましたのに」
「は?」
「これを。アズールの筆跡だと思ったのですが、違いましたか?」
す、と手渡されたものは、まさに今僕が探していた例のノートだった。
ただ、今、ジェイドはなんといった?「筆跡が」と言わなかったか?
「ジェイド、念のためにお聞きしますが」
「はい」
「中を、見ましたか?」
恐る恐る自分よりも背の高い人間に目線を合わせると。
にっこりと、三日月がそこにあるように、形のいい唇を釣り上げて、ジェイドは言った。
「はい、もちろん。」
「……」
「アズール。その、言いにくいのですが、UとIを隣同士にするよは、さすがに…」
「もう一生蛸壺にこもります探さないでください」
「アズール、アズール。待ってください」
「いいんですもう僕なんてこの世にいる価値もないああもう本当に」
「待ちなさいアズール、僕は言いませんから」
「…」
「まぁ、僕自身は見て、笑いましたが」
「やっぱりいいです」
「待ちなさいったら」
僕よりも15cmも高い背の男に羽交い締めされては動けないのも仕方ない。
足をばたつかせるのも馬鹿らしくなり、ぶらん、と宙に浮いたままだらりと脱力した。
「笑いたければ笑いなさい。大声で、高らかに笑えばいいでしょう!!」
「確かに笑いましたけど、馬鹿にしているわけではありませんよ。アズールもちゃんとそういう欲があるんだなと思って微笑ましかっただけです」
「…」
「ああ、それで、言いたいことはノートのことだけではありません。恥ずかしい思いをさせてしまったお詫びではないですが、中庭にあなたさんを呼び出しておいたので、どれかの願いを実現してきてはいかがですか?と言伝に来たのですよ。」
「はい?」
「今ならちょうど、夕陽が差し込んで、最高のシチュエーションだと思いますが」
「そっ、それを早く言いなさい!女性を待たせるのはマナー違反です!!」
思いも寄らない言葉を聞いてそのまま走り出そうとするも、自分の身なりが不恰好でないか気になって癪ながらジェイドの方を向く。
ジェイドはその意図を汲み取って「はい、どこも乱れていませんよ」とにっこり笑う。
全く、腐れ縁とは怖いもので、こういうところは目配せで理解し合えるところがある。
「今日の開店時刻までには戻」
「たまにはアズールも息抜きしてはどうですか。伝えたい気持ちがあるのなら、ゆっくりと話す時間も必要ですよ。夜、ではなくてね」
「…っ…そういう、含みのある言い方、やめろ」
「ふふ、そういう普通の部分も、彼女に見せてはいかがですか?」
「…考えておく」
「はい。ではいってらっしゃい」
行ってきます、とは口に出さなかったけれど、コクリとうなづいて寮を後にした。
向かうは校舎の中庭。おそらくそこにあるガゼボに、彼女はいるのだろう。
場は整っている。僕はポケットに入れたノートの内容を反芻しながら、どの言葉を伝えてみようかと、胸を跳ねさせた。
遠くからでもわかる。ガゼボの中には、ポツンと一人、華奢なシルエットが立っていた。
何かを見つめるその姿を綺麗だと、素直にそう思った。
夕陽と一緒に消えてしまいそうな儚さに少し足がすくんだなんて思いたくはないが、そのくらいには一枚の絵がそこにあるような美しさだった。
忙しく動かしていた足を止め、立ち止まると、空気を感じたのか、ツ、と遠くを見つめていた瞳がこちらを向いた。
パッと、ほころぶ笑顔は、僕の胸を焦がす。
『アズール先輩』
僕の名前を呼ぶその声が愛おしい。
声に引かれてまた歩を進め、目の前までたどり着くと、自分よりもひと回り小さなその身体を腕の中に収めてしまう。
えっ、どうしたんですか、と声が上がるのは、聞こえないふりだ。
「貴女が悪いんですよ」
『えっ?私何かしました?』
「…なんだか…そのままいなくなってしまいそうでしたから、どこにも行けないようにしたまでです」
『ふは…!どこにも行きませんよ。…第一、行ける場所なんてありませんし』
「…ずっとここにいればいい」
『?』
「…いえ…何も」
抱きしめたままで髪を撫でると、あなたからもおずおずと腕が伸びてきて、僕の身体に回された。
トクトクと響くお互いの心音に、なんだか胸がむず痒くなる。
そんな幸せなひと時も、たったの一言で崩されてしまうのが惜しかった。
『あ、そういえば、アズール先輩、私に何か話したいことがあるって』
「へ?!」
突然確信をつく言葉を投げかけられて、あまり聞かれたくないような素っ頓狂な声を上げてしまう。
『あれ?違うんですか?ジェイド先輩にそう言われて、私、ここにきたんですけど』
「あ、え、えぇ、そうですね!!そ、そう…ええと…何からお話ししましょうか」
『私、アズール先輩の気持ちが全部聴きたいです。何を思っているのか。教えてくれませんか?』
「そう急かさないでください!!」
普段なら準備に準備を重ねて場を設けるのだが、今回ばかりはそうは問屋がおろさない。
半ば無理矢理な形でセッティングされてしまったこの場をどう乗り切ったらいいのかと頭の中が「?」だらけだ。
どうもこういうことには慣れない。あなたの前だとどうしてこうもうまくいかない。
自分が腹立たしいし悔しいしで、はぁと大きなため息が出てしまった。
『あ、あの…先輩?大丈夫ですか…?私、無理を言いましたよね、すみません』
「…だから、全部貴女が悪いんです…」
『えッ』
「貴女が僕をこんなにした原因です」
『どういうことですか?』
「…貴女に嫌われたくない。飽きられたくない。どうしたら僕は…僕だけを見ていてくれますか」
情けない。情けないと思っても、貴女のことになると自信が全くなくなってしまうんです。
いつでも自信満々と言われる僕の鼻を真っ向から折れるのは、貴女だけだと思います。
自分でもどうしていいかわからない。貴女をこの腕の中に抱き留めておけるなら僕はー
『っ、ふふ…』
「な、っ、笑い事じゃないんですよ!!」
『え、いや、だって…んふふ!』
「ぼ、僕がどんな思いでいると思っているんですか貴女!」
『え〜?いや…信用ないなぁと思ってしまって…。私、アズール先輩の彼女なんですよ?どんな先輩でも大丈夫ですよ』
「そうですよ?貴女は僕の彼女だ。僕が彼氏…でも、今は、でしょう…そんな関係…友情のように脆くて儚いものですきっと」
言ってから、これは失礼だったな、と思った。あなたの気持ちを信じていないと言ってしまったようなものだから。
けれど、一度口から出た言葉は飲み込むことはできない。
僕の気持ちを全部聴きたいと言ったのはあなただから、もういいか、と半ば諦めの境地だ。
その言葉を受けて、あなたは一瞬、間をあけてから、腕を組んで言った。
『なるほど…うーん。そう言われてしまうと、そうですね、としか言えないのですけれど』
ほら。気持ちに一生物なんてない。それこそ利害関係の一致でもなければ、ずっと一緒に、などという甘い言葉だっていつか裏切られる可能性もある。
あなたに限ってそれはない、と思うのは、僕の勝手な想いだし、押し付けもいいところだ。
『でも、私は私の気持ちを信じてほしいなって、思います』
そう言って僕の瞳を覗き込んだあなたは、困ったように眉を下げて笑っていた。
『私も基本的には、友情とかそういうものが一生続くとは思っていないたちなのですけど、』
「え?貴女、あんなにお友達がお多いじゃないですか」
『それとこれとは話が別ですよ。元いた世界でも、たくさん裏切られたり、いじめられたり、除け者にされたりを見たり、されたりしてきましたから』
「そう、なんですか…。どこにでもあるものなんですね。あんなにゲスな遊びなのに」
『ですね。馬鹿らしいなって思っていました。人に嫉妬して、人を蹴落としたって、自分が上がれるわけでもないのに』
「…自分の努力でも、どうにもならないことはあって、きっとそれが人にそういう感情を向けさせるんでしょう。お門違いもいいところですけどね」
『私もそう思います。で、そうですね。そういう感じだから、今日の友が明日の敵になるのも見ましたし。…そんな私が、こうやって信用してほしいなって心から願える人に出会って、ずっと一緒にいたいなぁと思って、心も…身体も、委ねたんですけど』
無防備に落ちていた僕の両手を包むように、あなたの掌が僕に触れた。
『それだけじゃ、信用に値しませんでしたよね…?』
「そういうわけではっ」
バッと顔を上げると、僕を見つめるあなたの瞳とかち合って、思わずウッと言葉を詰まらせてしまった。
視線が絡んで、頬が少し紅に染まる。
付き合って随分経つが、お互いいまだにこういう雰囲気に戸惑うこともあったりして、その度に、愛しいなと想う気持ちが大きくなる。
あぁ、なんだ。どんな言葉もシチュエーションも、慣れてなんかいないじゃないか。
ずっと初々しい反応を示すあなたに、裏切りや押し付けなどという言葉はあまりにも似合わない。
きっとこれが本物で、信じないといけないものだったんだと、何かがストンと心に落ちた。
『何をしたら、アズール先輩に安心してもらえるでしょうか。なんでもします。契約なんかなくたって。先輩が求めてくれるなら、なんだって。』
「…では、一つだけ、いいですか」
『!!はいっ、なんでもどう、っ!?』
重ねられていた左手を恭しく持ち上げて、薬指の付け根に口づけを送った。
「まずはこちらに未来の予約をさせてください。」
『っ、ふぁいっ!!』
「ふふ…そう慌てなくても。リングをするのは色々と面倒もあるでしょうから、魔法をかけておきました。」
『えっ!!』
「目には見えませんが、」
こちらも左のグローブを外して、薬指同士を絡めてみる。
「心と左手の薬指はつながっているのだそうですよ。赤い糸、のようなものです。」
『は〜…ロマンチック…ですね』
「それから、これは一つの儀式みたいなものですで、魔法を有効とするために、貴女にしてもらわないといけないことがります」
『っはい!!なんでしょう!!』
前のめりに意気込む姿が可愛い。でも、ごめんなさい。魔法なんて、かけていません。
貴女の心を、魔法なんてもので縛りたくはない。でも、貴女の心をもらい受けたいから、これは僕からの気持ちのお返しとでも思ってください。
誰かの隣にいる貴女を見るくらいなら、一生僕の隣で笑っていられるように命をかけて愛するから…なんて、本当のタコみたいだ。
人魚は愛に命をかけるなんてそんなことはないけれど。そのくらいの気持ちです、ということでね。
「僕に、誓いのキスを」
『?!』
「貴女から、お願いします」
『あ、え、こ、ここで?!』
「そうです。さっき魔法をかけたので、あと…そうですね30秒以内にはしていただかないと」
『、そんなすぐ?!』
「えぇ、お願いします」
そのまま彼女を見つめていると、キョロと視線を泳がせてから、おず、と言葉を切り出した。
『その、せめて、目を…閉じてもらえませんか…っ』
「それはできません。ほら、あと10秒もありませんよ」
『えっ!?そんな!!』
「あぁ、やっぱり貴女との繋がりなんて所詮」
『っちがいます、っ…もお!』
その勢いのままに触れた唇の感触は、とても短いものだった。
けれど、視線があったまましたことはこれまでなかったせいか、すごく満たされた気分だった。
でも。
「ありがとうございます、これで、完全に効果が発揮されますね」
『それは、よかっ、ん!』
「ン…ふ」
心は満たされても、物足りないと思うのは、それだけ欲にまみれた目で見ているとのことなのだろうか。
今度は僕から深い口づけをしながらぼんやりとそんなことを考えた。
夕陽が差し込むガゼボで二人。さながら結婚式のような誓いを立てて。
想いとか繋がりとか言葉とか。欲しいものはたくさんある。
けれど今は、ノートに書いたシチュエーションに取り消し線を入れることを、まずはしなければならないか。
一つ一つ消えていくそれらを重ねていけば、いつか不安も心配も一つ残らず愛に変えてしまえるでしょう。