未入力の場合は、あなた、が設定されます
Azul
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『先輩、バレンタインデーはここにもありましたけど、流石にホワイトデーはないですよね?』
今回のドタバタ騒動は、そんな雑談から始まった。
「お返しの日?」
「そうです。女性がチョコレートを送った…つまり告白した相手は、一ヶ月後の、三月十四日に気持ちをお返しするんです」
「告白の返事を一ヶ月も待たせるんですか?」
「あははっ!そう言ったら確かにそうなんですけど、あくまでも企業戦略ですからね。売り場を盛り上げるためには一ヶ月は必要なんじゃないですか?とにかくそんなわけで、ホワイトデーは私の故郷ではすっかり定着したお返しの日で、」
「なんでもっと早く言わないんですか!」
「え?」
「そんなの…そんなの…商売になりすぎる!!ジェイド!フロイド!」
パンパンと手を叩いてリーチ兄弟を呼び寄せたアズール先輩は、そのままVIPルームで戦略会議と相成った。
どうやらホワイトデーを賢者の島から定着させようと言う魂胆らしい。
『またいらないことを教えてしまった』と後悔しても時すでに遅し。
この島にはたくさんの文化圏の人々が集まっているから…との配慮から、お返しの日ではなく「愛を伝える日」だか「カップルの幸せが長く続くようにもう一度告白する日」だかという如何にもな理由をこじつけて宣伝を打ち出したのだった。
ホワイトデーに間に合わせるように、「カップルデートスペシャルメニュー」や「好意を伝えるには講座」、はたまた「愛を繋ぐギフトセット」などなどを徹底的に準備して、この日を迎えたオクタヴィネル寮は本日も大繁盛。
外部からもお客様がたくさんきてくれて、大変な一日を過ごした皆はヘトヘトで、店が閉まると同時にぐったりと自室へ戻っていく寮生続出だが、その背中を呼び止めて、私は皆にクッキーを配った。『日頃のお礼です。いつも一緒に楽しく働かせてくれてありがとうございます』とちゃんと添えて。
その一言でお疲れモードの皆の顔がパッと明るくなってくれたところを見ると、少しは気持ちが伝わったらしい。恋でも愛でもないけれど、日頃の感謝を伝えるには、こういう行事ごとはありがたい日だなと思う。
そして皆を見送った後。残ったのは私と、もう一人。
「その箱は誰へのプレゼントなんですか?」
「これは…特別な人への贈り物です」
「ほぅ?ではどうして渡さずに大事に持ったままなんですか?」
「そうですね…これを渡したい相手が少し厄介で」
ちらりと声の主の方…アズール先輩に視線を向けると、楽しそうな顔をして私を見ている。
「どんなところが厄介なんです?」
「その相手は、普段から甘いものなんて口にしないし、徹底的にカロリー管理しているから、きっとこんなものをもらっても邪魔だろうなって」
「そうですか。ですが、意外に待っているかも知れませんよ、その相手も。貴女から、気持ちをもらえるのを」
「…そうかもしれませんね。バレンタインの時もなんだかんだ言いながら、一緒に食べてくれましたから」
「おや、その方はバレンタインも貴女からプレゼントをもらっているんですか?妬けますね」
「いいえ、バレンタインは、その人の故郷の方式に倣って愛の告白もしてもらいました。だから本来なら二回目になるこれはいらないのかもしれません」
そう言って、しゅるりと、手のひらに乗せた堤のリボンをほどき、中身を取り出す。
私が用意していたのは、綺麗なポットの中に入ったキャンディボックスだった。
キャンディの色は、赤、黄色、紫の三種類。その味は、りんご、レモン、ぶどうだ。
「アズール先輩は、もしもこのキャンディを食べるなら何色がいいですか?」
「…何かの、まじないですか?」
「まぁ、そんな感じです」
まことしやかに囁かれる、キャンディーを送る意味。
キャンディーは口の中で長く味わえるから「贈った相手との交際が長続きしてほしい」という意味を持っていたり、それ自体が甘いから「甘い仲で居続けたい」といった思いが込められている…なんて言われている。
その中でもこの三種類の味は特別で、りんごは「運命の相手」、レモンは「真実の愛」、ぶどうは「その恋に酔いしれる」なんて意味があり、ちょっとした出来心でこれを選んできたのだ。
アズール先輩がこれらの意味を知っていたとしたら、それはそれで、選ばれた気持ちを受け取るのは嬉しいし、知っていなかったとしても、私だけがその意味を噛み締めて幸せになれるから嬉しいし。
何れにしても楽しい嬉しい幸せが詰まっているので、いいかと選んできた代物だった。
「選んだら、食べたほうがいいんですか?」
「まさか!そんなこと言いませんよ。余分なカロリーを無理に摂取させるわけにはいかないので。選んでほしいだけです。そしたら私が食べます」
「ふはっ…!貴女からの贈り物なのに、貴女が食べるんですか?」
「はい!先輩に選んでもらったものですから」
「面白い理屈ですね。いいでしょう。では貴女、それをこちらに」
「?はい、どうぞ」
キャンディポットを寄越すようにと促されたので、素直に渡せば、ふむ、とライトに照らして中身をまじまじと見た先輩。
ややあって、珍しくグローブを外してから、取り出した一つは、紫色のキャンディー。
(ふふっ。恋に酔いしれる、か。アズール先輩らしい)
寮カラーに惹かれて選んだのかもしれないし、たまたま目についただけかもしれない。
それでもなんだか嬉しくて、ニコニコしていたら、徐に顎をすくわれた。
「口を開けて」
「へ?、ッンむ!」
突然、唇の間に押し込まれたキャンディーは一つ。
コロリと口の中に広まったぶどうを味わう暇もなく、次いで入り込んできたのは先輩の舌。
ペロリ、コロリ、くちゅり、からから
唾液の音とキャンディーが転がる音が交互に響いていつもより恥ずかしい。
下手をしたらキャンディーを飲み込んでしまいそうで危ないと強張った身体は、無意識に先輩のストールを手繰って縋った。
暫く咥内を、というか、そのキャンディーを弄ばれれば、小さなそれはすぐに消えて無くなった。
代わりに広まったのはぶどう味と、アズール先輩の、味。
「んっ…、ふ、」
「ふ、はぁ、っ」
「たまには甘いものもいいですね。疲れた体に染みます」
「ッ、な…!」
「運命の相手と、真実の愛を語らう前には、恋に酔いしれなくては」
「!」
「貴女からの気持ち、確かに受け取りました」
『今日のこれからのご予定は?』なんてわかりきったことを聞くものだから、顔を真っ赤にしてでも伝えなければいけないことがある。
「運命の相手と恋に溺れて真実の愛で満たしてもらう予定です」
今宵も貴方の手を取って、その愛に、深く、沈む。
甘い企業戦略に、ご用心。
今回のドタバタ騒動は、そんな雑談から始まった。
「お返しの日?」
「そうです。女性がチョコレートを送った…つまり告白した相手は、一ヶ月後の、三月十四日に気持ちをお返しするんです」
「告白の返事を一ヶ月も待たせるんですか?」
「あははっ!そう言ったら確かにそうなんですけど、あくまでも企業戦略ですからね。売り場を盛り上げるためには一ヶ月は必要なんじゃないですか?とにかくそんなわけで、ホワイトデーは私の故郷ではすっかり定着したお返しの日で、」
「なんでもっと早く言わないんですか!」
「え?」
「そんなの…そんなの…商売になりすぎる!!ジェイド!フロイド!」
パンパンと手を叩いてリーチ兄弟を呼び寄せたアズール先輩は、そのままVIPルームで戦略会議と相成った。
どうやらホワイトデーを賢者の島から定着させようと言う魂胆らしい。
『またいらないことを教えてしまった』と後悔しても時すでに遅し。
この島にはたくさんの文化圏の人々が集まっているから…との配慮から、お返しの日ではなく「愛を伝える日」だか「カップルの幸せが長く続くようにもう一度告白する日」だかという如何にもな理由をこじつけて宣伝を打ち出したのだった。
ホワイトデーに間に合わせるように、「カップルデートスペシャルメニュー」や「好意を伝えるには講座」、はたまた「愛を繋ぐギフトセット」などなどを徹底的に準備して、この日を迎えたオクタヴィネル寮は本日も大繁盛。
外部からもお客様がたくさんきてくれて、大変な一日を過ごした皆はヘトヘトで、店が閉まると同時にぐったりと自室へ戻っていく寮生続出だが、その背中を呼び止めて、私は皆にクッキーを配った。『日頃のお礼です。いつも一緒に楽しく働かせてくれてありがとうございます』とちゃんと添えて。
その一言でお疲れモードの皆の顔がパッと明るくなってくれたところを見ると、少しは気持ちが伝わったらしい。恋でも愛でもないけれど、日頃の感謝を伝えるには、こういう行事ごとはありがたい日だなと思う。
そして皆を見送った後。残ったのは私と、もう一人。
「その箱は誰へのプレゼントなんですか?」
「これは…特別な人への贈り物です」
「ほぅ?ではどうして渡さずに大事に持ったままなんですか?」
「そうですね…これを渡したい相手が少し厄介で」
ちらりと声の主の方…アズール先輩に視線を向けると、楽しそうな顔をして私を見ている。
「どんなところが厄介なんです?」
「その相手は、普段から甘いものなんて口にしないし、徹底的にカロリー管理しているから、きっとこんなものをもらっても邪魔だろうなって」
「そうですか。ですが、意外に待っているかも知れませんよ、その相手も。貴女から、気持ちをもらえるのを」
「…そうかもしれませんね。バレンタインの時もなんだかんだ言いながら、一緒に食べてくれましたから」
「おや、その方はバレンタインも貴女からプレゼントをもらっているんですか?妬けますね」
「いいえ、バレンタインは、その人の故郷の方式に倣って愛の告白もしてもらいました。だから本来なら二回目になるこれはいらないのかもしれません」
そう言って、しゅるりと、手のひらに乗せた堤のリボンをほどき、中身を取り出す。
私が用意していたのは、綺麗なポットの中に入ったキャンディボックスだった。
キャンディの色は、赤、黄色、紫の三種類。その味は、りんご、レモン、ぶどうだ。
「アズール先輩は、もしもこのキャンディを食べるなら何色がいいですか?」
「…何かの、まじないですか?」
「まぁ、そんな感じです」
まことしやかに囁かれる、キャンディーを送る意味。
キャンディーは口の中で長く味わえるから「贈った相手との交際が長続きしてほしい」という意味を持っていたり、それ自体が甘いから「甘い仲で居続けたい」といった思いが込められている…なんて言われている。
その中でもこの三種類の味は特別で、りんごは「運命の相手」、レモンは「真実の愛」、ぶどうは「その恋に酔いしれる」なんて意味があり、ちょっとした出来心でこれを選んできたのだ。
アズール先輩がこれらの意味を知っていたとしたら、それはそれで、選ばれた気持ちを受け取るのは嬉しいし、知っていなかったとしても、私だけがその意味を噛み締めて幸せになれるから嬉しいし。
何れにしても楽しい嬉しい幸せが詰まっているので、いいかと選んできた代物だった。
「選んだら、食べたほうがいいんですか?」
「まさか!そんなこと言いませんよ。余分なカロリーを無理に摂取させるわけにはいかないので。選んでほしいだけです。そしたら私が食べます」
「ふはっ…!貴女からの贈り物なのに、貴女が食べるんですか?」
「はい!先輩に選んでもらったものですから」
「面白い理屈ですね。いいでしょう。では貴女、それをこちらに」
「?はい、どうぞ」
キャンディポットを寄越すようにと促されたので、素直に渡せば、ふむ、とライトに照らして中身をまじまじと見た先輩。
ややあって、珍しくグローブを外してから、取り出した一つは、紫色のキャンディー。
(ふふっ。恋に酔いしれる、か。アズール先輩らしい)
寮カラーに惹かれて選んだのかもしれないし、たまたま目についただけかもしれない。
それでもなんだか嬉しくて、ニコニコしていたら、徐に顎をすくわれた。
「口を開けて」
「へ?、ッンむ!」
突然、唇の間に押し込まれたキャンディーは一つ。
コロリと口の中に広まったぶどうを味わう暇もなく、次いで入り込んできたのは先輩の舌。
ペロリ、コロリ、くちゅり、からから
唾液の音とキャンディーが転がる音が交互に響いていつもより恥ずかしい。
下手をしたらキャンディーを飲み込んでしまいそうで危ないと強張った身体は、無意識に先輩のストールを手繰って縋った。
暫く咥内を、というか、そのキャンディーを弄ばれれば、小さなそれはすぐに消えて無くなった。
代わりに広まったのはぶどう味と、アズール先輩の、味。
「んっ…、ふ、」
「ふ、はぁ、っ」
「たまには甘いものもいいですね。疲れた体に染みます」
「ッ、な…!」
「運命の相手と、真実の愛を語らう前には、恋に酔いしれなくては」
「!」
「貴女からの気持ち、確かに受け取りました」
『今日のこれからのご予定は?』なんてわかりきったことを聞くものだから、顔を真っ赤にしてでも伝えなければいけないことがある。
「運命の相手と恋に溺れて真実の愛で満たしてもらう予定です」
今宵も貴方の手を取って、その愛に、深く、沈む。
甘い企業戦略に、ご用心。