2025VD

 ホストクラブ デビルダム。それが、俺の職場だ。
 今日はバレンタインとあって客足が途絶えない。もらうもの全てがチョコレートで胸焼けしそうだ。これはこのままロッカー行き。運が良くてもカバンの中に残ったままになるだろう。たかだかホストへのプレゼント。勇気もへったくれもない。その証拠に、お客は皆、チョコレートよりもシャンパンタワー、ケーキ、ドンペリに夢中。みな財布の紐を緩めて夢に浸る。そして今日一番のお楽しみはこれから始まる「王様ゲーム」なのだろう。
 お目当ての周りに集まり、スタートしてしばらくが経つ。
 酒もまわり出来上がってくるころで、とんでもない命令が下された。
「じゃーあ、三番が、五番に、キスするぅ!」
「なに?」
「わたし五番〜ってえっ!?まさか、」
 俺は自分の持つ番号を見て愕然とした。嬉々として近づいてきた女に覗き込まれては隠すこともできない。
 俺が、三番だった。
「ルシファーくんがキスー!」
 キャッキャと盛り上がる女たちには反吐が出る。かといって商売上、反故にすることもできない。五番を持つ女がこちらをむいて瞳を閉じる。こうなってはやるしかなかった。
 しかし、あと少しで唇が触れ合う、その瞬間浮かんだのは黄昏荘の大家の顔で、彼女との口付けがフラッシュバックすると同時、目の前の女との間に手のひらをさしこんでいた。
「……っ、キスは、本命にとっておけ。俺たちは所詮ホストだ。君に夢を見せる以上のことはできない」
 それらしい言葉を咄嗟に口にすれば、上がる歓声は黄色い。女たちはどうやら満足した模様。このキャラクターを作り続けてきたことにこれほど感謝したことはなかった。
(早く、会いたい)
 考えるのは、先ほど浮かんだ彼女の顔だけ。帰宅まであと何時間あるかわからないのに、トリップした脳を戻せずにいる俺は、女々しいのかもしれない。
 こんな日なのでいつも以上に酒を飲まされたホスト一同、みなべろべろに酔っ払ったころ、やっとのことで閉店し、帰路に着いたが普段の倍時間がかかってしまった。にもかかわらず、正常な判断を失った俺の指は、ただ「会いたい」の脳信号に従って自宅ではなく、大家の部屋のインターホンを押す。出るわけないと思ったが、がちゃ、と解除の音がして扉が開いた。危機感がなさすぎる。
「ルシファーさん!?こんな時間にどうしたんです?寒かったでしょ、中に、っ!」
 声を聞くが早いか、傾れ込むように彼女を胸に抱きしめた俺を、それでも心配そうにしてくれるなんて、お人好しがすぎる。
「お酒の匂いがすごいですよ?もしかしてすごく飲んでます?すぐお水っン!?」
 隙を見て口付け吐息も飲み込むと驚いたような顔をしたが、いつものように流されてくれなかったのは、どうやら本気で俺のことを心配していたからのようだった。押しつぶすように抱きしめていた、身体の間で、弱いながらに手をぐぅぅと伸ばすものだから口を離してやると、ふはぁ!と大きく息をして、ちょっと怒った表情を見せる。
「っ、も、酔っている人に必要なのはっ、きっ、キス、じゃない、ですよ!」
 こっちです、と取られた腕に従って部屋に上がる。言われた通りに敷かれた布団の上に座らされる。狭い部屋の中、パタパタと走り回り、持ってこられたのは水。それを煽ると、やっとのことで少し空気が和らいだ。
「大丈夫ですか?」
「……ぅん」
「!」
「?」
「……っ!……ふふ、かわいい!」
「……俺はなにか変なことをいったか……?」
「いいえ、なんでもないです」
「なんでもなくは、ないだろ」
「なんでもないですよ、ほら、もう寝ましょう?」
「ねる」
「そうですよ、こんな時間ですし、部屋にもど、!?」
「ねよう」
 コップが倒れたのにも構わず、彼女を抱きしめてそのまま布団に倒れ込んだ。ん”ー!と声が上がっているのにも、もう構っている余裕はない。下がってくる瞼に抗うことなく、腕の中の暖かい肢体に顔を埋めて眠気に身を任せた。
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