2025VD
はぁー、と春居が深いため息をついたのは、仕事終わりに可愛らしいお菓子屋さんのディスプレイを目にしたからだった。今年もまたこの時期がやってきたのだと思い知らされる。
(私だってバレンタイン、したいよぉ!)
ただの流行り行事といえばそれまで。しかしバルバトスはこれまで忙しかったのだから、したことがないに違いない。好きだという気持ちを素直に伝えるチャンスは逃したくないし、人間の行事を楽しんでもらいたい気持ちも大きい。
さんざん悩んだ挙句、あのバルバトス相手となるとやはり家で作るのはバレてしまうから無理だと結論づけ、かといって下手な嘘をついて任務中に買うのも無理だとシュミレート。とすれば、自分一人でどこかのクッキングスタジオにでも出向くしかないと、都合をつけて(上司を脅してとも言う)どうにか拵えたのはチョコレートマフィンであった。
「完璧だわ!」
可愛らしい小さな箱にちょこんと並ぶ二つのマフィン。お店にあるような感じでバタークリームもぽてっと乗っていて、アラザンとハートのクッキーで飾り付けもしてある。有名店の紅茶も買って、あとは渡すだけ。
けれどそこでハタ、と時が止まった。
「渡す……どうやって?」
そこまで気を回していなかった春居は、そこで初めて心臓を跳ねさせた。ちなみにこれは帰り道の出来事である。
「はいっ、今日、バレンタインだからさ……いや、ラフすぎない?……これ、受け取ってもらえる……いやいやこんどはガチすぎるね!?」
ブツブツと、ああでもないこうでもないと独り言を呟いて、気づけば家の前まできていたなんて春居自身も驚きだ。しかしこのままではチョコを手渡すどころか家に入ることもままならないわけで。時間を稼がないとと、くるり、方向転換した刹那。
「おや、おかえりなさい」
「!?」
玄関の扉が開き、中からバルバトスが顔を覗かせた。
「なっ、な、なぁっ!?」
「気配がしたもので。ですが……まだ何か用事がおありですか?」
玄関に背を向けた状態の春居を見て少し悲しげな表情をするので、春居はヴッと喉を詰まらせた。バルバトスはたまにこういうわかりやすい凹み方をするなぁ、と思うのと同時、もしかしてわかってやってるんじゃ……と考えたりもするが、そんなわけないよね、と信じたくもあり、日々忙しい脳内だ。
「う、ううん!用事はないよ!その、ちょっとね、へへ」
「そうですか、では改めて」
おかえりなさい、とふわりと微笑まれては、ただいま、と小さく返すのが精一杯で、もじもじしている間に玄関扉は閉まった。
「今日の任務はどうでしたか?」
「へ?」
「任務です。お一人で行かれていたのでしょう?」
「にんむ、に……っああ!うん、そうね、よ、余裕よぉ!これでもあたしは割とヒーロー長いのよぉ?うふ、うふふ!」
唐突な質問は想定内のはずが、うまく返答できず辟易。とほほ……と内心溜め息だったが、ふわりと香った甘い匂いに全てを持っていかれた。
「いいにおいがする……」
「ああ、これですか、あなたが疲れて帰っていらっしゃると思ったので」
廊下からダイニングへ入ると、甘い香りがいっそう強まる。くん、と鼻を動かした春居は、間違いないとバルバトスの顔を見た。
「もしかして、知ってた?」
「何をでしょうか」
その表情と、机の上に用意されていたものを目にして、ああ、と溢れたのは微笑みだった。
「同じこと、考えてたのね」
「ふふ、すみません、こちらとしても都合がよかったのです」
「緊張して損したー!」
普段なら準備されている夕飯の代わりに、ふわふわのシフォンケーキとチョコレートクリーム、ちょこんとした飾りはミントとベリーの実だろうか。真っ白のお皿の上にはチョコペンでHappyValentineと美しく描かれてある。
こんなものを見せられては、自分のが出しにくいじゃないか、とちょっとだけ頬を膨らますも、期待でいっぱいといったようににこにこ笑顔のバルバトスにはかなうわけもない。
「私からも、はい。はっぴーばれんたいん、よ」
「手作りでしょうか」
「……言いにくいわよぉ」
「ということは、そうなのですね。とても嬉しいです。開けてみても?」
「もちろん、だけど、なんだか恥ずかしい……」
受け取った箱のリボンを、宝物ボックスでも開けるかのようにそっと外したバルバトスは、中を見て、ふわりと瞳を細めた。
「わたくしのために、あなたが、これを」
「一応、試食済みだから、味に問題はないと思うんだけど……」
「とても、嬉しいです。ありがとうございます。幸せものです、わたくしは」
「なっ、そ、それは、こっちのせりふ、よぉ……!」
気づかないうちに愛情をたっぷりと用意しておきたいと思っていたのは、お互いさまだったということらしい。感謝と愛と。余すことなく伝えられる。そんな相手ができたことに、お互い幸せでいっぱいになる。
「今日は、特別に、夕飯前のお茶会ってことでいいかしら」
「ええ、そうですね。特別な日です。素直に愛を感じられる、特別な日……もちろん、日付が変わるまで」
「っ……!?」
そういう行為をするのも何度になるのかもはや数えるまでもないのに、口にされると初々しく頬を染め上げる春居に、バルバトスはご満悦。引き寄せた春居の頬にチュッとリップノイズを残した。
(私だってバレンタイン、したいよぉ!)
ただの流行り行事といえばそれまで。しかしバルバトスはこれまで忙しかったのだから、したことがないに違いない。好きだという気持ちを素直に伝えるチャンスは逃したくないし、人間の行事を楽しんでもらいたい気持ちも大きい。
さんざん悩んだ挙句、あのバルバトス相手となるとやはり家で作るのはバレてしまうから無理だと結論づけ、かといって下手な嘘をついて任務中に買うのも無理だとシュミレート。とすれば、自分一人でどこかのクッキングスタジオにでも出向くしかないと、都合をつけて(上司を脅してとも言う)どうにか拵えたのはチョコレートマフィンであった。
「完璧だわ!」
可愛らしい小さな箱にちょこんと並ぶ二つのマフィン。お店にあるような感じでバタークリームもぽてっと乗っていて、アラザンとハートのクッキーで飾り付けもしてある。有名店の紅茶も買って、あとは渡すだけ。
けれどそこでハタ、と時が止まった。
「渡す……どうやって?」
そこまで気を回していなかった春居は、そこで初めて心臓を跳ねさせた。ちなみにこれは帰り道の出来事である。
「はいっ、今日、バレンタインだからさ……いや、ラフすぎない?……これ、受け取ってもらえる……いやいやこんどはガチすぎるね!?」
ブツブツと、ああでもないこうでもないと独り言を呟いて、気づけば家の前まできていたなんて春居自身も驚きだ。しかしこのままではチョコを手渡すどころか家に入ることもままならないわけで。時間を稼がないとと、くるり、方向転換した刹那。
「おや、おかえりなさい」
「!?」
玄関の扉が開き、中からバルバトスが顔を覗かせた。
「なっ、な、なぁっ!?」
「気配がしたもので。ですが……まだ何か用事がおありですか?」
玄関に背を向けた状態の春居を見て少し悲しげな表情をするので、春居はヴッと喉を詰まらせた。バルバトスはたまにこういうわかりやすい凹み方をするなぁ、と思うのと同時、もしかしてわかってやってるんじゃ……と考えたりもするが、そんなわけないよね、と信じたくもあり、日々忙しい脳内だ。
「う、ううん!用事はないよ!その、ちょっとね、へへ」
「そうですか、では改めて」
おかえりなさい、とふわりと微笑まれては、ただいま、と小さく返すのが精一杯で、もじもじしている間に玄関扉は閉まった。
「今日の任務はどうでしたか?」
「へ?」
「任務です。お一人で行かれていたのでしょう?」
「にんむ、に……っああ!うん、そうね、よ、余裕よぉ!これでもあたしは割とヒーロー長いのよぉ?うふ、うふふ!」
唐突な質問は想定内のはずが、うまく返答できず辟易。とほほ……と内心溜め息だったが、ふわりと香った甘い匂いに全てを持っていかれた。
「いいにおいがする……」
「ああ、これですか、あなたが疲れて帰っていらっしゃると思ったので」
廊下からダイニングへ入ると、甘い香りがいっそう強まる。くん、と鼻を動かした春居は、間違いないとバルバトスの顔を見た。
「もしかして、知ってた?」
「何をでしょうか」
その表情と、机の上に用意されていたものを目にして、ああ、と溢れたのは微笑みだった。
「同じこと、考えてたのね」
「ふふ、すみません、こちらとしても都合がよかったのです」
「緊張して損したー!」
普段なら準備されている夕飯の代わりに、ふわふわのシフォンケーキとチョコレートクリーム、ちょこんとした飾りはミントとベリーの実だろうか。真っ白のお皿の上にはチョコペンでHappyValentineと美しく描かれてある。
こんなものを見せられては、自分のが出しにくいじゃないか、とちょっとだけ頬を膨らますも、期待でいっぱいといったようににこにこ笑顔のバルバトスにはかなうわけもない。
「私からも、はい。はっぴーばれんたいん、よ」
「手作りでしょうか」
「……言いにくいわよぉ」
「ということは、そうなのですね。とても嬉しいです。開けてみても?」
「もちろん、だけど、なんだか恥ずかしい……」
受け取った箱のリボンを、宝物ボックスでも開けるかのようにそっと外したバルバトスは、中を見て、ふわりと瞳を細めた。
「わたくしのために、あなたが、これを」
「一応、試食済みだから、味に問題はないと思うんだけど……」
「とても、嬉しいです。ありがとうございます。幸せものです、わたくしは」
「なっ、そ、それは、こっちのせりふ、よぉ……!」
気づかないうちに愛情をたっぷりと用意しておきたいと思っていたのは、お互いさまだったということらしい。感謝と愛と。余すことなく伝えられる。そんな相手ができたことに、お互い幸せでいっぱいになる。
「今日は、特別に、夕飯前のお茶会ってことでいいかしら」
「ええ、そうですね。特別な日です。素直に愛を感じられる、特別な日……もちろん、日付が変わるまで」
「っ……!?」
そういう行為をするのも何度になるのかもはや数えるまでもないのに、口にされると初々しく頬を染め上げる春居に、バルバトスはご満悦。引き寄せた春居の頬にチュッとリップノイズを残した。
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