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庭球
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昔誰かが言っていた。
誰かが幸せになったなら、反対に不幸になった人が必ずいる。
その幸せな誰かが、あたしなら、哀しみにくれるのは誰か。
ぐるぐるぐる
混ざるチョコと一緒に気持もぐるぐる。
うつうつと、自分の考えを混ぜたら現状はかわるだろうか。
否
それがわかっているからこそ、あたしは迷っている。
そうやって出来上がったチョコは、もとは甘かったハズだったのに、ほろ苦い味がした。
次の日。
女の子が浮き足立つバレンタイン。
あたしは一人屋上に座っていた。
寒いけど、教室にいるよりマシだよ。
目の前に並べたのは七つのチョコと一つのガトーショコラ。
精市とのやりとりも、ブン太と過ごした日々も、鮮明に思い出すことができた。
だからこそ、迷っていた。
思うに、バレンタインは女子にとってケジメをつける日なんだよ。
好きな人にチョコを渡すのは告白するってことだよね。
それはつまり、女の子に先に決断を迫っているってこと。
卑怯な大人たちの、弱っちぃ男たちの陰謀にヘドがでそう。
それでも、バレンタインに後押しされて、想いを伝えられるのがよいという人もいるから、一概にダメとはいえないのかな?
あれ?あたし、最初考えてたことと違う蘊蓄を考えてない?
上半身を起こし、う~ん…と頭を抱えていると
コツ
『いて』
頭に何かが当たった。
反射的にものが飛んできた方向をみると、そこには
「よぅ。サボりか。」
『違うよ…今休み時間じゃん』
「おぅ?もうそんな時間だったか?」
仁王がいた。
「まぁた何かあったんか」
『んなことな「ここに」
仁王はひらり上から飛び降りて、私の前で眉間に指をあてた。
「ここにシワが寄っとるよ」
『え』
「うそつかんでもいいぜよ」
ポンポンと頭を撫でられたことが、嬉しかった。
『じゃあ相談してもい「それはダメ。」
『なんで!』
「それ、俺がもらえる確率はないんじゃろ?」
『………』
指をさされた先には、一つだけしかないラッピングのプレゼント。
「俺はそこまでお人好しでも出来た人間でもなか。ただの詐欺師じゃ。お前の力になりたいと思っても、他人との恋のキューピッドにはなれん。」
『仁王…』
ごめん、と言おうとして言葉を飲み込んだ。この一言が仁王をさらに追い詰めることになりそうだったから。
仁王はわかってる。
あたしもわかってる。
だからこそ言葉で伝えるわけにはいかなかった。
ごめんね
たった四文字のその言葉が持つ力は、計り知れない。
「…のぅ、目ぇ、瞑ってくれんか?」
『なんで』
「なんでも」
『いや』
「瞑りんしゃい」
クスクス笑うと、はよ瞑れ、と仁王の手で無理矢理目隠しされた。
『ほんと何なの?』
「黙って聞いてくれんか」
ふわり、何の香りだろう。品のいい香りがして…
仁王の想いを知ったあの日が思い出された。
あのとき嗅いだ香り…仁王?
あたしはまた、仁王に抱き締められていたんだ。
「のぅ、…なんで俺じゃあかんのじゃ。俺だったら間に挟むことなんかなか。大切にする。」
『……』
「この間のことは反省しちょる。小夏を誰にも渡したくなかったからこその行動じゃ。……好きじゃ。俺の隣じゃあかんのか……」
背中に回された手に、だんだん力が込められるのがわかって、胸が苦しかった。
どうしてこんなあたしを、こんなにも想ってくれるの?
でも
『仁王は詐欺師には向いてないね…優しすぎるよ』
ダメなんだ
仁王に抱き締めてもらっても、ドキドキを感じない自分がいる。
妙に冷静なこの感覚が、この申し出を受け入れても、あたしが仁王を幸せにできないと知らせてる。
『大好きだよ仁王。……気持ちだけ、ありがとう』
ごめんねなんて言えるはずない。
「……わかっとった…ありがとう小夏…」
腕が解かれ、仁王の顔を見れば、なんだか晴れやかな顔をしていた。
「お前しゃんが泣くことなか。」
逆にあたしの目からは大粒の涙が溢れていて、心優しき詐欺師の手が、あたしの頭を撫でてくれた。
「人の痛みを考えてるだけじゃ、自分の幸せは掴みとれん。一度くらい、自分を優先に動いてみんしゃい。」
『うん……うん…っ』
「俺の役回り、無駄にするんじゃなか?」
ぽん、と最後に肩を叩き、置いてあったプレゼントを一つ取って、仁王は立ち上がった。
「お前さんが一番幸せになれ。そうじゃなかったら…今度は無理矢理奪いにいくぜよ?…これ一つ、もらっていくなり。」
『あり、がと…仁王…。バレンタインおめでと…!』
くしゃくしゃの顔だったと思う。
それでもしっかりと、仁王に伝えたあたしはエライ。
ん、とプレゼントを持った側の手をあげて、仁王は屋上を後にした。
放課は残り、あと少しだ。
あたしは恋がなんだか分かっていなかった。
恋は人の心なのに、それを賭事なんかに使ったから。
だからきっと、神様がバツを与えたんだ。
大切な人が二人もできてしまって、だけどそれでも一人しか選べないように。
仁王が屋上を出ていってからしばらく、涙を拭い、あたしも屋上を後にした。
屋上がある校舎は普段あたしたちが使う校舎とは離れていて、静か。
遠く聞こえた歌声が、もう授業が始まっていることを知らせていた。
『結局サボっちゃった。』
静かな廊下をゆっくり歩いていると、自分の足音に混じって、他にも足音があることに気付いた。
『?…授業中なのに…先生かな…ヤバ…!』
回りを見渡しても、隠れられそうなところはない。
足音はどんどん近づいてくる。
『ああああ…どうしよう…!』
あ、ちょっと待てよ…たしかこの場所…二年前に…
咄嗟にある場所に身を隠す。
近づいてくる足音は角を曲がったあたりでゆっくりになる。
ぶつぶつと何か呟きながら、こちらに歩いてくる。
おそらく突然消えた足音の主に戸惑っているんだろう。
《ここなら見つからないぞ…》
あたしが隠れたのは、椅子の中、だった。
中学生になりたてのとき、先生が友達を作ろうイベントとして提案した校内かくれんぼ。
それはクラス初めてのレクリエーションだった。
まだブン太と仲良くなる前で、少しつんつんした性格があたしからみんなを引き離し、孤立した時間を過ごしていたころのことだ。
正直面倒で。
鬼だったら、探してるフリして何もしなくてもよかったのに、隠れる側になったら隠れないわけにもいかない。
全校内対象って言ってたな…
迷いこんだのが離れの、まさにこの校舎だった。
だけど離れだけあって、そうそう隠れられそうな場所はなく、ものがない閑散とした廊下。
もちろん教室は開かない。
くっそぅ…ここに来たのが間違いだったのか…
後悔しながらも歩き回っていたら、ふと、これまであとは違う感じがする廊下に出くわした。
何が違う?
あ。そっか。
ここだけ椅子と靴箱があるんだ。
……でも、椅子の上に座ってたらバレバレだしな…役に立たないな…
………でもこういうのって、実は座るとこが上がったりするのが推理小説の基本なんだけどな。
探偵が死体を見つけるときとかさ、あそこから服の裾がはみ出ている!…なーんて…
よっ
椅子に手をかけて動かすと
かたっ
『あ、動いたぁ!なになに!あたしって天才?!よぉし!ここなら見つからない!クラスの栄誉はあたしがもらった!』
それはもうウキウキで隠れた椅子の中。
数十分して
飽きてきた。
一度も人がくる気配すらない。
かくれんぼのスリルは見つかるか見つからないかの瀬戸際の駆け引きだ。
なのに鬼が来ないんじゃ話にならない。
『ちょっとちょっと…みんなバカなんじゃない?この校舎自体を見つけられないとでも言うのか!いくら勝ち組でもこれじゃ楽しくねぇし…!先生もアホだな。校舎限定しとけって話―!』
ぶつぶつあたしが独り言を漏らし、椅子から顔を出した、そのときだ。
突然人の気配がした。
誰かはもちろんわからないけど、軽快に階段をかけ上る足音。
『ヤバッ!誰かきた!』
焦る気持ちを落ち着け、再び椅子のふたをしめる。
いや、でもここで見つかるわけないか…
ど―せあたしは見つからない。
小学校でも気に入られないほうだったし。
一人だってもう慣れた。
特に仲良くしたいやつも見つからないし、家に帰れば精市が遊んでくれるし。
……あれは苛めてくれるって言うべきかな…
そんな物思いに浸っていると、突然
ドカッ
と目の前から音がして気付いた。
誰か…つまり足音の主が、椅子に腰をかけたんだと。
『!!!?』
ちょ…えええ……!
なんでここに座るわけ!?
誰!誰なの!
でもここで出てって、クラスのヤツだったらここまで我慢したあたしがバカみたいだ。
さっき見た時計では、のこり五分で授業も終わりだった。
遅くても五分後には座ってるヤツもどこかに行くはず。
腹をくくって待つことを決めたとき、くぐもった声が聞こえてきた。
〈――ったく…面倒だな…先生、なんつったっけ?あ―あと一人…残りは…小夏…?小夏だけってたな…〉
その言葉に心で盛大にガッツポーズ。
もうあとは我慢してここに居座るだけだ。
〈―けど、小夏って誰だよ。んなやついたっけ?顔が思い出せねぇんだよなぁ…〉
はっとした。
もしかしたら見つからないんじゃなくて忘れられてただけなんじゃないかって。
クラスのみんなは話さないあたしのこと、既に一員として認めてないんじゃないかって。
自分は現状を受け入れたくなくて、ただ強がっているだけで――
「なぁんてな!」
突然 バンッ っと音がして、明るい光があたしの目に飛び込んだ。
『―…へ…?』
「見ぃつけた!」
『な…』
「さっきちょっと見えちゃったんだよなぁ。椅子の蓋が閉まるとこ。見つからないと思わせて、ちょっと小夏をからかおう計画成功!どう?天才的だろぃ?」
呆気に取られているあたしを他所に、目の前の赤毛は話を続けた。
「お前なぁ、この校舎は立ち入らないようにって、始めに先生が言ってたの、聞いてなかっただろ。」
『!まさか!そんなこと言ってなかっ…』
「やっぱりな―。お前いっつもぼーっとしてるもんな一人で。つんつんしてっと置いてかれるぜぃ?」
『っ―…そんなこと―』
そんなこと、人気のある奴に言われたくない。
『あたしがどうしてようと、丸井には関係ないでしょ…』
「関係大アリ。」
『?なんで―』
「俺、お前と友達になれそうな気ぃすんだよな。この前帰り道、コンビニから出てきた小夏見てよ。お前、プチストップの限定チョコパフェ食ってた。」
『…そうえば食べた気が…』
「俺もさ、あれ大好物なんだけどよ。どいつに聞いても、多すぎるだの甘すぎるだのって言われんだよな…。で、それを一人で旨そうに食ってたお前見て、あ、こいつ、俺と同人種だって思って。同じクラスだし、話しかけてみたかったんだけど、話すスキを与えねぇってオーラで近寄れなかったんだよなぁ。」
『…別に丸井に話しかけてほしくないし』
「うそだ。」
『は?あんたバカなんじゃないの?あたしは一人でいるのがす「じゃあなんで俺の名前知ってんの?」…あ―…』
「名前覚えてるっつ―ことは、他人に興味あるってことだろぃ?お前見てて気付いたんだけど、ぜってぇ人の名前と顔、間違えねぇの。先生になんか頼まれても、すっと確実にそいつんとこに行く。まだクラス決まって一ヶ月も立ってねぇのに。それって他人に興味あって、ずっと回りを気にしてるからだろぃ。違うの?」
『…っ』
初めて言葉を交わす丸井の言い分は全て当たっていた。
なんでこいつ、こんなにあたしのこと知ってんの…
「図星みたいだな?」
『だったら何!?笑いたきゃ笑えばいいでしょ!一人は寂しかったんだ?でも話しかけれない。アホみたいって笑えばいいじゃん!』
勝手な言い分を感情に任せて丸井にぶつけると、ニヤニヤ丸井は笑った。
「そういう風にさ、素直に生きりゃいいと思うぜ?言いたいこと言ったら、一緒にいてラクな友達が一人はできるって!」
『へ…?』
ニカッと笑って丸井は続ける。
「―っぅわけで、俺、丸井ブン太!お前の友達第一号な!シクヨロ!」
そう言ってブン太は手を差し出した。
『ぷっ…シクヨロって何語…?』
なぜかそのとき、あたしは強がろうと思わなかった。その手を素直に握ったんだ。
*
ここにいると、その日のことが、昨日のように思い出される。
そのときからあたしはブン太とずっと一緒にいた。
だから隣にブン太がいることは日常すぎて、居心地がよくて、その場所を失いたくなくて、ブン太の気持ちに気付いてからも、勘違いだと言い聞かせ、そこに居座った。
毎日楽しくて、楽しくて。
そんな日常が自分の最大の幸福だって気づけなくなっていた。
………はっ!
こんなこと考えてる場合じゃない!
我に返り再び耳をすませても、何の音も聞こえなくなっていた。
………もう出ても平気かな?
カタリ
蓋に手を当てて、薄く外を覗く。
と
「よぉ」
『だっは§☆¥$〓↓&#◎※£‰Å∇∫!!!!!?』
あたしの視界にはブン太のドアップが写された。
「驚きすぎだろぃ?」
『だだだだだだだってぇえ!!!!?』
「授業戻って来ねぇから、探してた。仁王がギリギリで戻ってきてたから、屋上かな~って。んで、なんとなく、ここ通って、小夏と会ったころのこと、思い出したから。」
『あ、あたしも!』
「シンクロ?」
『シンクロ!』
ぷっ、と二人で吹き出してしまった。
『あたしは先生の見回りかと思って本気びくびくしたのに!』
「俺だって、まさかと思って椅子の前しゃがみこんだら勝手に蓋が開いたからびっくりしたぜぃ!」
『…ふふっ!でも本当、懐かしいなぁ!』
「おぉ。懐かしいな」
『あのまま、変わりたくなかったなぁ』
「……だな」
椅子の中から出てきた小夏は腰をかけて、俺は窓の外を眺めた。
ぽつり、小夏がつぶやいた。
『どっから間違えたのかなぁ』
「……最初から、じゃね?」
『そんなこと言っちゃ…ヤダ…よ…』
俯いて沈んでいく声を聞きながら俺は思った。
知ってたんだ最初から。
小夏の目には幸村君しか写ってなかったことくらい。
ずっと見てたから。
一年のころから仲良し仲良し言われて、天狗になって、小夏といたい一心でいろんなことに付き合ってきた。
事実一番仲良かったのは俺だと思う。
それでも小夏の一番にはなれなかった。
幸村君といるときの小夏は心の底から安心してるって顔だった。
アイツ誰だよ、って最初は躍起になって探してたけど、テニス部で一緒で、自信があったテニスでも勝てなくて、ずっとイライラしてた。
部長で、人望もあって、強くある幸村君。
俺は嫉妬しながらも、本気で憧れた。
あぁ、こういうやつならなんでも上手くやってのけるんだろうなってな。
それなのに、幸村君には彼女がいなかった。作らない理由はなんとなくわかってた。
小夏を目で追ううちに、嫌が応でも幸村君が目に入るようになって気付いた。
こいつはこの幼馴染みが好きなんだって。
そして幼馴染みのほうは全くもって、その気持ちに気づいてないって。
じゃあ俺は小夏の中で一番を目指す。
そう思った。
だから幸村君の賭事にわざと乗った。
小夏と時間を共有すれば、いつか気持ちがこちらに向くと信じて。
そうしたかったけど
小夏を苦しませたくてこんなことしたんじゃないだろ、俺。
「ちげぇ」
『え?』
「最初から、間違えたことなんかなんもない。俺ら…親友だったじゃねぇか。」
『親…友…?』
「そうだ。親友。俺は親友として、お前を助けた。そんな顔させるために、付き合ってたんじゃねぇ。勝たせるために、ゲームに乗った。ちょっと……俺がバグっただけだ。」
『ブン太…』
「よく聞け小夏」
窓から離れ、小夏の前に立って潤んだ瞳を見つめて言った。
「俺は一年ときから小夏が好きだ。ずっと好きだった。好きだからこそ、小夏が幸村君を見つめてたことも知ってた。」
『あたしが…精市を…』
「付き合ってみて、やっぱり小夏以上に一緒にいて心地いいヤツはいないって思った。けどな」
これは俺からの天才的なプレゼントだぜ?
「お前の隣にいていいのは俺じゃねぇよ。仁王でも赤也でもねぇ。いるべきは」
「小夏」
『!』
凛と空気を震わす涼やかな声が聞こえた。
グッドタイミング。
さすが俺。天才的ぃ。
「俺からのバレンタインプレゼントだぜ?ありがたく受け取りな…小夏!」
戸惑う小夏を立たせたあと、小走りに反対方向へ走る。
「あ!小夏!あとでチョコくれよな!お前の菓子うめぇから!」
ニッと笑顔を作り、また後ろを向いて廊下を駆け出した。
これでよかったんだよな。
これで
鼻の奥がツンとして、泣きそうになったから、上を向いてみたけど、頬っぺたに熱いものが一筋流れたのに気づかないわけにはいかなかった。
end
誰かが幸せになったなら、反対に不幸になった人が必ずいる。
その幸せな誰かが、あたしなら、哀しみにくれるのは誰か。
ぐるぐるぐる
混ざるチョコと一緒に気持もぐるぐる。
うつうつと、自分の考えを混ぜたら現状はかわるだろうか。
否
それがわかっているからこそ、あたしは迷っている。
そうやって出来上がったチョコは、もとは甘かったハズだったのに、ほろ苦い味がした。
次の日。
女の子が浮き足立つバレンタイン。
あたしは一人屋上に座っていた。
寒いけど、教室にいるよりマシだよ。
目の前に並べたのは七つのチョコと一つのガトーショコラ。
精市とのやりとりも、ブン太と過ごした日々も、鮮明に思い出すことができた。
だからこそ、迷っていた。
思うに、バレンタインは女子にとってケジメをつける日なんだよ。
好きな人にチョコを渡すのは告白するってことだよね。
それはつまり、女の子に先に決断を迫っているってこと。
卑怯な大人たちの、弱っちぃ男たちの陰謀にヘドがでそう。
それでも、バレンタインに後押しされて、想いを伝えられるのがよいという人もいるから、一概にダメとはいえないのかな?
あれ?あたし、最初考えてたことと違う蘊蓄を考えてない?
上半身を起こし、う~ん…と頭を抱えていると
コツ
『いて』
頭に何かが当たった。
反射的にものが飛んできた方向をみると、そこには
「よぅ。サボりか。」
『違うよ…今休み時間じゃん』
「おぅ?もうそんな時間だったか?」
仁王がいた。
「まぁた何かあったんか」
『んなことな「ここに」
仁王はひらり上から飛び降りて、私の前で眉間に指をあてた。
「ここにシワが寄っとるよ」
『え』
「うそつかんでもいいぜよ」
ポンポンと頭を撫でられたことが、嬉しかった。
『じゃあ相談してもい「それはダメ。」
『なんで!』
「それ、俺がもらえる確率はないんじゃろ?」
『………』
指をさされた先には、一つだけしかないラッピングのプレゼント。
「俺はそこまでお人好しでも出来た人間でもなか。ただの詐欺師じゃ。お前の力になりたいと思っても、他人との恋のキューピッドにはなれん。」
『仁王…』
ごめん、と言おうとして言葉を飲み込んだ。この一言が仁王をさらに追い詰めることになりそうだったから。
仁王はわかってる。
あたしもわかってる。
だからこそ言葉で伝えるわけにはいかなかった。
ごめんね
たった四文字のその言葉が持つ力は、計り知れない。
「…のぅ、目ぇ、瞑ってくれんか?」
『なんで』
「なんでも」
『いや』
「瞑りんしゃい」
クスクス笑うと、はよ瞑れ、と仁王の手で無理矢理目隠しされた。
『ほんと何なの?』
「黙って聞いてくれんか」
ふわり、何の香りだろう。品のいい香りがして…
仁王の想いを知ったあの日が思い出された。
あのとき嗅いだ香り…仁王?
あたしはまた、仁王に抱き締められていたんだ。
「のぅ、…なんで俺じゃあかんのじゃ。俺だったら間に挟むことなんかなか。大切にする。」
『……』
「この間のことは反省しちょる。小夏を誰にも渡したくなかったからこその行動じゃ。……好きじゃ。俺の隣じゃあかんのか……」
背中に回された手に、だんだん力が込められるのがわかって、胸が苦しかった。
どうしてこんなあたしを、こんなにも想ってくれるの?
でも
『仁王は詐欺師には向いてないね…優しすぎるよ』
ダメなんだ
仁王に抱き締めてもらっても、ドキドキを感じない自分がいる。
妙に冷静なこの感覚が、この申し出を受け入れても、あたしが仁王を幸せにできないと知らせてる。
『大好きだよ仁王。……気持ちだけ、ありがとう』
ごめんねなんて言えるはずない。
「……わかっとった…ありがとう小夏…」
腕が解かれ、仁王の顔を見れば、なんだか晴れやかな顔をしていた。
「お前しゃんが泣くことなか。」
逆にあたしの目からは大粒の涙が溢れていて、心優しき詐欺師の手が、あたしの頭を撫でてくれた。
「人の痛みを考えてるだけじゃ、自分の幸せは掴みとれん。一度くらい、自分を優先に動いてみんしゃい。」
『うん……うん…っ』
「俺の役回り、無駄にするんじゃなか?」
ぽん、と最後に肩を叩き、置いてあったプレゼントを一つ取って、仁王は立ち上がった。
「お前さんが一番幸せになれ。そうじゃなかったら…今度は無理矢理奪いにいくぜよ?…これ一つ、もらっていくなり。」
『あり、がと…仁王…。バレンタインおめでと…!』
くしゃくしゃの顔だったと思う。
それでもしっかりと、仁王に伝えたあたしはエライ。
ん、とプレゼントを持った側の手をあげて、仁王は屋上を後にした。
放課は残り、あと少しだ。
あたしは恋がなんだか分かっていなかった。
恋は人の心なのに、それを賭事なんかに使ったから。
だからきっと、神様がバツを与えたんだ。
大切な人が二人もできてしまって、だけどそれでも一人しか選べないように。
仁王が屋上を出ていってからしばらく、涙を拭い、あたしも屋上を後にした。
屋上がある校舎は普段あたしたちが使う校舎とは離れていて、静か。
遠く聞こえた歌声が、もう授業が始まっていることを知らせていた。
『結局サボっちゃった。』
静かな廊下をゆっくり歩いていると、自分の足音に混じって、他にも足音があることに気付いた。
『?…授業中なのに…先生かな…ヤバ…!』
回りを見渡しても、隠れられそうなところはない。
足音はどんどん近づいてくる。
『ああああ…どうしよう…!』
あ、ちょっと待てよ…たしかこの場所…二年前に…
咄嗟にある場所に身を隠す。
近づいてくる足音は角を曲がったあたりでゆっくりになる。
ぶつぶつと何か呟きながら、こちらに歩いてくる。
おそらく突然消えた足音の主に戸惑っているんだろう。
《ここなら見つからないぞ…》
あたしが隠れたのは、椅子の中、だった。
中学生になりたてのとき、先生が友達を作ろうイベントとして提案した校内かくれんぼ。
それはクラス初めてのレクリエーションだった。
まだブン太と仲良くなる前で、少しつんつんした性格があたしからみんなを引き離し、孤立した時間を過ごしていたころのことだ。
正直面倒で。
鬼だったら、探してるフリして何もしなくてもよかったのに、隠れる側になったら隠れないわけにもいかない。
全校内対象って言ってたな…
迷いこんだのが離れの、まさにこの校舎だった。
だけど離れだけあって、そうそう隠れられそうな場所はなく、ものがない閑散とした廊下。
もちろん教室は開かない。
くっそぅ…ここに来たのが間違いだったのか…
後悔しながらも歩き回っていたら、ふと、これまであとは違う感じがする廊下に出くわした。
何が違う?
あ。そっか。
ここだけ椅子と靴箱があるんだ。
……でも、椅子の上に座ってたらバレバレだしな…役に立たないな…
………でもこういうのって、実は座るとこが上がったりするのが推理小説の基本なんだけどな。
探偵が死体を見つけるときとかさ、あそこから服の裾がはみ出ている!…なーんて…
よっ
椅子に手をかけて動かすと
かたっ
『あ、動いたぁ!なになに!あたしって天才?!よぉし!ここなら見つからない!クラスの栄誉はあたしがもらった!』
それはもうウキウキで隠れた椅子の中。
数十分して
飽きてきた。
一度も人がくる気配すらない。
かくれんぼのスリルは見つかるか見つからないかの瀬戸際の駆け引きだ。
なのに鬼が来ないんじゃ話にならない。
『ちょっとちょっと…みんなバカなんじゃない?この校舎自体を見つけられないとでも言うのか!いくら勝ち組でもこれじゃ楽しくねぇし…!先生もアホだな。校舎限定しとけって話―!』
ぶつぶつあたしが独り言を漏らし、椅子から顔を出した、そのときだ。
突然人の気配がした。
誰かはもちろんわからないけど、軽快に階段をかけ上る足音。
『ヤバッ!誰かきた!』
焦る気持ちを落ち着け、再び椅子のふたをしめる。
いや、でもここで見つかるわけないか…
ど―せあたしは見つからない。
小学校でも気に入られないほうだったし。
一人だってもう慣れた。
特に仲良くしたいやつも見つからないし、家に帰れば精市が遊んでくれるし。
……あれは苛めてくれるって言うべきかな…
そんな物思いに浸っていると、突然
ドカッ
と目の前から音がして気付いた。
誰か…つまり足音の主が、椅子に腰をかけたんだと。
『!!!?』
ちょ…えええ……!
なんでここに座るわけ!?
誰!誰なの!
でもここで出てって、クラスのヤツだったらここまで我慢したあたしがバカみたいだ。
さっき見た時計では、のこり五分で授業も終わりだった。
遅くても五分後には座ってるヤツもどこかに行くはず。
腹をくくって待つことを決めたとき、くぐもった声が聞こえてきた。
〈――ったく…面倒だな…先生、なんつったっけ?あ―あと一人…残りは…小夏…?小夏だけってたな…〉
その言葉に心で盛大にガッツポーズ。
もうあとは我慢してここに居座るだけだ。
〈―けど、小夏って誰だよ。んなやついたっけ?顔が思い出せねぇんだよなぁ…〉
はっとした。
もしかしたら見つからないんじゃなくて忘れられてただけなんじゃないかって。
クラスのみんなは話さないあたしのこと、既に一員として認めてないんじゃないかって。
自分は現状を受け入れたくなくて、ただ強がっているだけで――
「なぁんてな!」
突然 バンッ っと音がして、明るい光があたしの目に飛び込んだ。
『―…へ…?』
「見ぃつけた!」
『な…』
「さっきちょっと見えちゃったんだよなぁ。椅子の蓋が閉まるとこ。見つからないと思わせて、ちょっと小夏をからかおう計画成功!どう?天才的だろぃ?」
呆気に取られているあたしを他所に、目の前の赤毛は話を続けた。
「お前なぁ、この校舎は立ち入らないようにって、始めに先生が言ってたの、聞いてなかっただろ。」
『!まさか!そんなこと言ってなかっ…』
「やっぱりな―。お前いっつもぼーっとしてるもんな一人で。つんつんしてっと置いてかれるぜぃ?」
『っ―…そんなこと―』
そんなこと、人気のある奴に言われたくない。
『あたしがどうしてようと、丸井には関係ないでしょ…』
「関係大アリ。」
『?なんで―』
「俺、お前と友達になれそうな気ぃすんだよな。この前帰り道、コンビニから出てきた小夏見てよ。お前、プチストップの限定チョコパフェ食ってた。」
『…そうえば食べた気が…』
「俺もさ、あれ大好物なんだけどよ。どいつに聞いても、多すぎるだの甘すぎるだのって言われんだよな…。で、それを一人で旨そうに食ってたお前見て、あ、こいつ、俺と同人種だって思って。同じクラスだし、話しかけてみたかったんだけど、話すスキを与えねぇってオーラで近寄れなかったんだよなぁ。」
『…別に丸井に話しかけてほしくないし』
「うそだ。」
『は?あんたバカなんじゃないの?あたしは一人でいるのがす「じゃあなんで俺の名前知ってんの?」…あ―…』
「名前覚えてるっつ―ことは、他人に興味あるってことだろぃ?お前見てて気付いたんだけど、ぜってぇ人の名前と顔、間違えねぇの。先生になんか頼まれても、すっと確実にそいつんとこに行く。まだクラス決まって一ヶ月も立ってねぇのに。それって他人に興味あって、ずっと回りを気にしてるからだろぃ。違うの?」
『…っ』
初めて言葉を交わす丸井の言い分は全て当たっていた。
なんでこいつ、こんなにあたしのこと知ってんの…
「図星みたいだな?」
『だったら何!?笑いたきゃ笑えばいいでしょ!一人は寂しかったんだ?でも話しかけれない。アホみたいって笑えばいいじゃん!』
勝手な言い分を感情に任せて丸井にぶつけると、ニヤニヤ丸井は笑った。
「そういう風にさ、素直に生きりゃいいと思うぜ?言いたいこと言ったら、一緒にいてラクな友達が一人はできるって!」
『へ…?』
ニカッと笑って丸井は続ける。
「―っぅわけで、俺、丸井ブン太!お前の友達第一号な!シクヨロ!」
そう言ってブン太は手を差し出した。
『ぷっ…シクヨロって何語…?』
なぜかそのとき、あたしは強がろうと思わなかった。その手を素直に握ったんだ。
*
ここにいると、その日のことが、昨日のように思い出される。
そのときからあたしはブン太とずっと一緒にいた。
だから隣にブン太がいることは日常すぎて、居心地がよくて、その場所を失いたくなくて、ブン太の気持ちに気付いてからも、勘違いだと言い聞かせ、そこに居座った。
毎日楽しくて、楽しくて。
そんな日常が自分の最大の幸福だって気づけなくなっていた。
………はっ!
こんなこと考えてる場合じゃない!
我に返り再び耳をすませても、何の音も聞こえなくなっていた。
………もう出ても平気かな?
カタリ
蓋に手を当てて、薄く外を覗く。
と
「よぉ」
『だっは§☆¥$〓↓&#◎※£‰Å∇∫!!!!!?』
あたしの視界にはブン太のドアップが写された。
「驚きすぎだろぃ?」
『だだだだだだだってぇえ!!!!?』
「授業戻って来ねぇから、探してた。仁王がギリギリで戻ってきてたから、屋上かな~って。んで、なんとなく、ここ通って、小夏と会ったころのこと、思い出したから。」
『あ、あたしも!』
「シンクロ?」
『シンクロ!』
ぷっ、と二人で吹き出してしまった。
『あたしは先生の見回りかと思って本気びくびくしたのに!』
「俺だって、まさかと思って椅子の前しゃがみこんだら勝手に蓋が開いたからびっくりしたぜぃ!」
『…ふふっ!でも本当、懐かしいなぁ!』
「おぉ。懐かしいな」
『あのまま、変わりたくなかったなぁ』
「……だな」
椅子の中から出てきた小夏は腰をかけて、俺は窓の外を眺めた。
ぽつり、小夏がつぶやいた。
『どっから間違えたのかなぁ』
「……最初から、じゃね?」
『そんなこと言っちゃ…ヤダ…よ…』
俯いて沈んでいく声を聞きながら俺は思った。
知ってたんだ最初から。
小夏の目には幸村君しか写ってなかったことくらい。
ずっと見てたから。
一年のころから仲良し仲良し言われて、天狗になって、小夏といたい一心でいろんなことに付き合ってきた。
事実一番仲良かったのは俺だと思う。
それでも小夏の一番にはなれなかった。
幸村君といるときの小夏は心の底から安心してるって顔だった。
アイツ誰だよ、って最初は躍起になって探してたけど、テニス部で一緒で、自信があったテニスでも勝てなくて、ずっとイライラしてた。
部長で、人望もあって、強くある幸村君。
俺は嫉妬しながらも、本気で憧れた。
あぁ、こういうやつならなんでも上手くやってのけるんだろうなってな。
それなのに、幸村君には彼女がいなかった。作らない理由はなんとなくわかってた。
小夏を目で追ううちに、嫌が応でも幸村君が目に入るようになって気付いた。
こいつはこの幼馴染みが好きなんだって。
そして幼馴染みのほうは全くもって、その気持ちに気づいてないって。
じゃあ俺は小夏の中で一番を目指す。
そう思った。
だから幸村君の賭事にわざと乗った。
小夏と時間を共有すれば、いつか気持ちがこちらに向くと信じて。
そうしたかったけど
小夏を苦しませたくてこんなことしたんじゃないだろ、俺。
「ちげぇ」
『え?』
「最初から、間違えたことなんかなんもない。俺ら…親友だったじゃねぇか。」
『親…友…?』
「そうだ。親友。俺は親友として、お前を助けた。そんな顔させるために、付き合ってたんじゃねぇ。勝たせるために、ゲームに乗った。ちょっと……俺がバグっただけだ。」
『ブン太…』
「よく聞け小夏」
窓から離れ、小夏の前に立って潤んだ瞳を見つめて言った。
「俺は一年ときから小夏が好きだ。ずっと好きだった。好きだからこそ、小夏が幸村君を見つめてたことも知ってた。」
『あたしが…精市を…』
「付き合ってみて、やっぱり小夏以上に一緒にいて心地いいヤツはいないって思った。けどな」
これは俺からの天才的なプレゼントだぜ?
「お前の隣にいていいのは俺じゃねぇよ。仁王でも赤也でもねぇ。いるべきは」
「小夏」
『!』
凛と空気を震わす涼やかな声が聞こえた。
グッドタイミング。
さすが俺。天才的ぃ。
「俺からのバレンタインプレゼントだぜ?ありがたく受け取りな…小夏!」
戸惑う小夏を立たせたあと、小走りに反対方向へ走る。
「あ!小夏!あとでチョコくれよな!お前の菓子うめぇから!」
ニッと笑顔を作り、また後ろを向いて廊下を駆け出した。
これでよかったんだよな。
これで
鼻の奥がツンとして、泣きそうになったから、上を向いてみたけど、頬っぺたに熱いものが一筋流れたのに気づかないわけにはいかなかった。
end