2023 advent calendar
上質な絨毯に吸い込まれていくのは二人分の靴音。下の階からは華やかな音楽が聞こえるけれど宿泊階のここはとても静かだ。
さっきルシファーの兄弟とその奥さんに会ってからなにか態度が変だなぁと思ったら、あてがわれた部屋に入った途端ギュッときつく私を抱きしめて、ルシファーは「もっと夫婦らしいことがしたい」と言ったのだ。一体何年生きてきたのか知らないけれど、あまりに幼いことを言われては微笑みを堪えるので精一杯である。大きな背中をふわふわと撫でて落ち着いて、と囁く。
「ルシファー、あのね、夫婦の形っていうのはそれぞれ違うものでしょ?だから比べたりしないほうがいいと思うの」
「じゃあ、俺たち夫婦の形はどんなものだ?」
じっとこちらを見つめるのは純粋な瞳。勝てるわけがない。生まれたばかりのバンパイアでもあるまいが、よく考えてみれば初めて契約したのが私ならそれがわからないのは当然かもしれない。とりあえず話し合うところから始めよう。
「わかった。それなら先にルシファーが思う夫婦像を教えて」
「俺の?」
「そう。だって私は人間だから。人間の基準の夫婦像なんて大きく変わらないでしょ?会社のロビーのラックに並んでる結婚情報誌に載ってる。だから先に教えて?」
「なるほど」
そういうとソファーに座り込んで腕を組んだルシファーは真剣に考え始めた。なんだかその姿が可愛くてわくわくと隣に座って答えを待つ。暫く経って視線をこちらに向けたルシファーはポツリと言った。
「俺は、」
「うん」
「俺は……君と生きたい。吸血鬼は、孤独だ。永遠といっても遜色のない時を生きる。だからその時を君と生きられるなら本望だと思って契約という形を選んだ。ただ、」
その先の一言を躊躇うように一つ息を吸ったルシファーは、そっと私の指に自分の指を絡めて指先をきゅっと握った。トクンと心臓が弾ける音がする。
「君をそうしてしまったことは、本当によかったのか、まだわからない」
「何が、わからないの」
「勘違いさせたまま契約しただろう。君は良いと言ったが、後付けだったらと」
相変わらず押しが強いんだか弱いんだか。いや、私がどっちつかずの態度をとりがちなのがいけないのかもしれない。ルシファー相手に駆け引きをするのは野暮ってもの。こう見えてルシファーは、ドストレート直球で気持ちを投げないと不安になっちゃうんだから。私のこと甘やかしたがるくせに甘えたがりだって知ってるんだよ。
絡められた指からそっと抜け出して、私は彼の首に腕を回して引き寄せた。
「嬉しい」
「……?」
「一緒に生きたいって思ってもらえて、嬉しいよ。順番は逆だったかもしれないけど、ルシファーと一緒にいれるならなんだっていいの、私」
「……っ、そうか……それなら、よかった」
「病める時も 健やかなる時も、富める時も貧しき時も、互いを愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか」
「それは、」
「一度くらい聴いたことあるんじゃない?ヒトの結婚式の常套句」
「ああ、知ってる」
「誓えるよ、私。ルシファーは?」
抱きしめていた腕を緩めて距離を取り、じっと真っ赤な瞳を覗き込む。自分からするときはすごくキザっぽく追い詰めてくるルシファーもされるのは慣れないようで、徐々に目尻の朱色が濃くなる。それが何よりの応えなんだけれど、やっぱり言葉で聞きたくて私は返事を待つ。
「……君には敵わないな。あの日誓った言葉に嘘はない。どこまでも永遠を君とあろう。愛しているよ」
「私も、愛してる」
近づいてくる吐息を受け入れて、私はこの身をルシファーに預けた。
メリークリスマスもハッピーホリデーもいらない。あなたがここにいてくれれば、それだけで、幸せはバスルームの中をひたひたに満たす水のように私の心を一杯にしてくれるんだよ。
さっきルシファーの兄弟とその奥さんに会ってからなにか態度が変だなぁと思ったら、あてがわれた部屋に入った途端ギュッときつく私を抱きしめて、ルシファーは「もっと夫婦らしいことがしたい」と言ったのだ。一体何年生きてきたのか知らないけれど、あまりに幼いことを言われては微笑みを堪えるので精一杯である。大きな背中をふわふわと撫でて落ち着いて、と囁く。
「ルシファー、あのね、夫婦の形っていうのはそれぞれ違うものでしょ?だから比べたりしないほうがいいと思うの」
「じゃあ、俺たち夫婦の形はどんなものだ?」
じっとこちらを見つめるのは純粋な瞳。勝てるわけがない。生まれたばかりのバンパイアでもあるまいが、よく考えてみれば初めて契約したのが私ならそれがわからないのは当然かもしれない。とりあえず話し合うところから始めよう。
「わかった。それなら先にルシファーが思う夫婦像を教えて」
「俺の?」
「そう。だって私は人間だから。人間の基準の夫婦像なんて大きく変わらないでしょ?会社のロビーのラックに並んでる結婚情報誌に載ってる。だから先に教えて?」
「なるほど」
そういうとソファーに座り込んで腕を組んだルシファーは真剣に考え始めた。なんだかその姿が可愛くてわくわくと隣に座って答えを待つ。暫く経って視線をこちらに向けたルシファーはポツリと言った。
「俺は、」
「うん」
「俺は……君と生きたい。吸血鬼は、孤独だ。永遠といっても遜色のない時を生きる。だからその時を君と生きられるなら本望だと思って契約という形を選んだ。ただ、」
その先の一言を躊躇うように一つ息を吸ったルシファーは、そっと私の指に自分の指を絡めて指先をきゅっと握った。トクンと心臓が弾ける音がする。
「君をそうしてしまったことは、本当によかったのか、まだわからない」
「何が、わからないの」
「勘違いさせたまま契約しただろう。君は良いと言ったが、後付けだったらと」
相変わらず押しが強いんだか弱いんだか。いや、私がどっちつかずの態度をとりがちなのがいけないのかもしれない。ルシファー相手に駆け引きをするのは野暮ってもの。こう見えてルシファーは、ドストレート直球で気持ちを投げないと不安になっちゃうんだから。私のこと甘やかしたがるくせに甘えたがりだって知ってるんだよ。
絡められた指からそっと抜け出して、私は彼の首に腕を回して引き寄せた。
「嬉しい」
「……?」
「一緒に生きたいって思ってもらえて、嬉しいよ。順番は逆だったかもしれないけど、ルシファーと一緒にいれるならなんだっていいの、私」
「……っ、そうか……それなら、よかった」
「病める時も 健やかなる時も、富める時も貧しき時も、互いを愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか」
「それは、」
「一度くらい聴いたことあるんじゃない?ヒトの結婚式の常套句」
「ああ、知ってる」
「誓えるよ、私。ルシファーは?」
抱きしめていた腕を緩めて距離を取り、じっと真っ赤な瞳を覗き込む。自分からするときはすごくキザっぽく追い詰めてくるルシファーもされるのは慣れないようで、徐々に目尻の朱色が濃くなる。それが何よりの応えなんだけれど、やっぱり言葉で聞きたくて私は返事を待つ。
「……君には敵わないな。あの日誓った言葉に嘘はない。どこまでも永遠を君とあろう。愛しているよ」
「私も、愛してる」
近づいてくる吐息を受け入れて、私はこの身をルシファーに預けた。
メリークリスマスもハッピーホリデーもいらない。あなたがここにいてくれれば、それだけで、幸せはバスルームの中をひたひたに満たす水のように私の心を一杯にしてくれるんだよ。
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