2023 advent calendar

 目の前のテーブルにあったケーキから真っ赤なイチゴを取って口に運ぶ。甘酸っぱいイチゴのとクリームの濃厚な甘味がベストマッチで口の中が華やか。
「あ〜んおいしい!」
「そう?あんたが作ってくれたものの方がおいしいけど」
「へ!?」
 もぐもぐと隣で口を動かすのはベルフェだ。今日は彼に誘われてバンパイアの会合に出席している。「契約も済んでるからあんたも出席する資格はあるでしょ」と言われたので引っ付いてきたのだけれど、目的はタキシードをバッチリ着こなすベルフェをこの目に焼き付けること、ただ一点にある。
 そんなベルフェはさっきから本当にミリの距離もないくらい私にくっついて、なんなら腰に手を回してガードまでしてくれてるので恥ずかしいんだけど、そんなことは口に出せない。ここに来てすぐ私が知らないバンパイアに声をかけられてからずっと不貞腐れていたからだ。相手の腕を掴んで「その子、ぼくのお嫁さんだから手出したら容赦しないよ」って助けてくれたベルフェ、ちょ〜〜かっこよかった!と思い出してはポーッとなってしまう私を、しっかりしてよね、と嗜めてくれるくらいには落ち着いてきたようだけど。ああもう本当に、さすが私が見染めた顔面国宝。この姿が雑誌の表紙を飾るところも見たい。でも私だけのものにしておきたくもある。そんなふうに百面相する私を呆れたとばかりにくすくす笑うその顔、かっこかわいすぎて、食べちゃいたい〜っ!、ともだもだ。
「ていうかさ、本当はクリスマスは二人きりで過ごすはずだったのに。なんでこんな時に会合なんてするかなぁ」
「あ、これってやっぱり休んじゃダメなやつなの?会合っていうくらいだもんね?」
「別に参加必須ってわけじゃないよ。ぼく、毎年ばっくれてるし」
「??じゃあ今年も来なければよかったんじゃ?」
「……それは……まぁ……そうなんだけど……」
 なぜか口ごもるベルフェにクエスチョンマークが飛び交う。何かあったっけ?確かにさっき初めてご兄弟にはお会いしたけど。はっ、もしや、私をご兄弟に紹介するために出ることを決めたとか!?それだったらこのまま昇天しちゃいそうなくらい嬉しいけど!?そわそわと次の言葉を待つ私に、さらに朱色を深めたベルフェはボソリとつぶやいた。
「兄さんたちにあんたとのことを言いたかったのもあるけど、それより、ぼくのこと、もっと知って欲しかったっていうか」
「知って、って、」
「あんたももうこっち側になったんだし……家族、的な」
 リンゴーン。家族。ありがとうございます。お嫁さんも相当ギュンとくるワードだったけれど、家族と言われると二人だけじゃなくて周りの人にも祝福されている気がして嬉しさ爆増。尊さに顔を手で覆ってその言葉を噛み締めてしまった。
「えっ、どうしたの?大丈夫?」
「だ、大丈夫、大丈夫っ……あまりにも嬉しすぎて……今日は本当に、連れてきてくれてありがとう……!あっすみませんシャンパンください!」
 感無量で勢いのままに回ってきたウエイターからグラスを取ってグイッと飲み干すと、途端、ぐらりと眩暈がした。なんだか今がすごく幸せ。これって現実なのかな。もしかして夢?こんなに都合のいいことってないもんね?……ふわふわする。
 遠くでベルフェに名前を呼ばれた気がしたけど、それに応えることができないのが悔やまれる。でも一方でずっと私を追いかけてきてくれてるんだなという事実に満たされる。私って強欲だなぁ———
「ねぇ!!ねぇったら!!」
「ふぁ……?」
 目を塞ぐ重い意識の幕をあげると、ぼんやりと視界を埋めたベルフェの顔が近くてびっくり。
「うわぁ!?」
「っちょ、動いたらダメだってば!」
「っ……ひぅ……!」
 一気に覚醒した私はグッと押さえつけられ、戻ったところがベルフェの膝の上でまたクラクラしそうな頭を奮って思い出す。そういえばパーティー会場で私は何かを飲んだ後、意識がおかしくなったんだ。
「会合は?」
「まだやってる。でもあんたが倒れたから抜けてきたんだ。ここは今日泊まる部屋。だから安心して」
「っごめん!迷惑かけて!せっかくの会合だったのに」
「迷惑なんて思ってないから。そもそもぼく、会合自体には興味ないし。あんたが無事ならそれでいいんだ」
「でも、」
「あんたが飲んだあれ、バンパイア用のだったんだよね。だからぼくの不注意でもあるんだ。謝るのはぼくのほう」
「ばんぱいあよう?」
 ベルフェ曰く、私が飲んだのはバンパイアが飲む擬似血液ブラッディーワインだったそうな。血液を口にした時の多幸感を擬似的に味わえるんだとか。そんなものもあるのか。目から鱗だ。
「あんたはまだバンパイア化して日が浅いし、そもそもぼくのぼくの精でバンパイア化させてるから血は必要ないしで強く効果が出たんだと思う。ごめんね」
「べるふぇのせいじゃないよ。わたしも色々勝手したのが悪かったんだよ」
「さっきも言ったけど、あんたに何もないならいいんだ。ぼくも浮かれてたし、おあいこだよ」
「??なんで浮かれちんぎゅ」
 そう返事するとむにゅっとほっぺたを摘まれてしまい、変な声が出た。
「そういうとこ」
「?」
「ぼくが浮かれてたのはあんたのせいってちゃんとわかってない」
「わたし??」
 摘まれていたほっぺたから指が離れると次いで落ちてきた温もりは唇のそれ。叫ぶ間もなく奪われた吐息はベルフェの咥内に呑み込まれた。
「……あんたがいつもより魅力的だから浮かれたし、気が気じゃなかった、って言ったら、笑う?」
「んぅ!?そ、れはこっちのセリフだよ!何回惚れさせれば気が済むのってずっと思ってた!何着てもかっこいいのずるい!」
「ふふ、じゃあさ、二人きりになれたの、本望じゃない?」
「はぇ!?」
「もともと戻るつもりはなかったけど、あんたと同じ意見みたいだし、あとは二人でお楽しみってことにしようよ」
「なっ!?それはぁ!?」
 もう随分楽になった身体を起こして距離を取ろうとしたけどそんなのが許されるはずもなくて、すぐに捕まったと思ったら連行されたのはベッドの上。あとはお察しの通り。
「ぼくらもういい子って歳でもないし、サンタクロースは待たなくてもいいよね?」
「〜〜っ!私の欲しいものは、全部ベルフェがくれるんだもん!」
「……!」
「だから、サンタさん、待たないで、いい!」
「っふふ、それもそうか。ぼくの欲しいものも、今からあんたがくれるもんね?」
 喜びではち切れそうな胸の内が、ギュッとハグしたことで伝わるといい。
 大人のところにサンタさんは来ないけど、その分、愛情が降り注ぐんだよ。
 大好き、愛してるは、行動で示そう。

 この日が終わっても、サンタクロースは来ないから。
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