2023 advent calendar

 今年はオーナメントにしたいものを一つずつ選んでもらってRADの校庭に設置したツリーに飾ることになっているんだ、と。私にそう伝えて来たのはディアボロで、彼の言葉を蔑ろにできるはずはない。したがってその後に続いた「だからみんなから集めて来てくれないか」を断ることもしなかった。ディアボロがいう「みんな」が指す顔ぶれは毎日顔を合わすメンツだけだとわかっている。さほど労力はかからないだろうし、と思っていた……のが間違いだった。
「ルシファーにねー、会えるわけないよねー……はぁ」
 ただでさえ普段から忙しくしているルシファーにこんなイベント時に会えるわけもなく。しかも会えたところで、ここ数日は館にも帰ってきていないルシファーがオーナメントを準備できているとも思えない。いや、ディアボロが提案していることなんだから情報自体をもっていてもおかしくはないけれど。「とりあえず連絡だけでもしておこうかな」とD.D.Dを開けば、ちょうど向こうからメッセージが届いていて心がふわふわ踊る。こういう些細なことが私を喜ばせてるなんて、きっとルシファーは知らないんだろうな。
「えっと、なになに……今日は帰るからその時に渡す……って」
 どうやらなんの心配もなかったようだ。すでに用意もしてくれているなんてさすがルシファー。やっぱりディアボロから聞いていたのかもしれない。「ありがとう。じゃあ今夜、部屋に取りに行くね」と返信すれば、八咫烏のスタンプがポンと一つ送られてきた。こういうギャップも可愛いんだよねと一人笑った。
 その夜、今から来いと呼ばれるままに部屋へ向かえば、疲れた様子を一切見せないルシファーがそこにいてちょっと驚く。
「イベント前はいつも忙しくしてるからヘロヘロなのかと思ってた。大丈夫?」
「お前に会えると思えば元気も出るさ」
 一般人はこんなセリフに一生慣れることはない。しかも好きな人から言われれば尚更。「は、ひゃ」と間抜けな声をあげると至極楽しげに笑われたけど、ルシファーが笑ってくれるならなんだっていいや。
「ええっと、その、もう遅いし本題だけど、オーナメントもらってもいい?」
「釣れないな。こんな時間だから呼んだんだが」
「……酔ってる?」
「酔ってない」
「そ、ソウデスカ……」
 照れを隠せない私は、もっと近くに寄れとの手招きに乗るのも大変で、それでも差し出されたオーナメントを受け取らなければならず手を伸ばす。わかってはいたけれどその手は簡単に引かれ、気づいた時には彼の膝の上だ。
「ちょ、っと!」
「怒るな。充電だ」
「……っ、やっぱり疲れてるんじゃん……」
「はーー……ただイベントをやるだけなのにどうしてこう毎度毎度厄介ごとが増えるんだ……ああ、それで、これが俺のだ」
「あ、りんごにしたんだね。ルシファーりんご好きだもんね」
「りんごのオーナメントは禁断と罪の象徴らしい」
「よく知ってるね……ってそっか、天界では当たり前か」
 と、それを受け取ろうとした刹那、ルシファーはそのりんごを意味ありげに自分の眼前にかかげて——しゃくりと齧った。一瞬呆気に取られた私だったけど、瑞々しい果実の香りが鼻に届いて、やっとそのおかしさに気づく。
「えっ!?それ、」
「本来、オーナメントは食べ物じゃないが、それを食べる、つまりワルイコトをしたものには罰を与えるといういわく付きのオーナメントなんだ、これは」
「な、え……?なんでそこまでわかってるのに食べたの……?」
「話は最後まで聞け。もちろん罰を回避する方法もある。だから食べた」
 罰を受けない方法がある、と聞いてほっとしたものの、それでも別に食べる必要なくなかった?との思いは拭えずに首を傾げると、とんでもない言葉が飛んできた。
「俺を良い子にしてくれ」
「…………へ?」
「罰を回避する方法だ。よく言うだろう?サンタクロースは良い子のところへしか来ない、と」
「それはまぁ、そう、だけど……良い子にって、どういうこと……?」
「お前が俺に命令を下せばいい。俺はそれを守る。それで約束を守った良い子になる」
「なるほど?そんな感じなんだ」
 けれど、いざ何か命令しろと言われると難しいものがある。それは案外難しいことで、特に仕事でもないのだから簡単には思い付かない。
「あまり難しく考えなくていい。俺にしてほしいことを言いつけてくれたらそれでいいさ」
「ええ……?ルシファーにしてほしいことなんてあったかな……」
「例えば、そうだな。最近、俺もお前も忙しくしていたから、二人きりの時間を取れていないだろう」
 そこまで言われて、やっとルシファーの真意に辿り着くあたり、私もまだまだ未熟な彼女なわけだ。未だ、完全無欠と言われるこの男がなぜこれほどまでに子どもじみた姿を私だけに見せるのか理解が及ばないことも多く、一方でそれに優越感を覚えているのは、誰も知らぬところだと思いたい。
「……こんなまわりくどいこと、しないでいいのに」
「お前がほしいものは、俺が一番よくしっているからな」
 本当に。どこからこの自信が湧いてくるのか不思議でならないけれど、ルシファーの言っていることは正しい。ルシファーは誰よりも私のことをよく知っている。それだけ深く触れ合ってきた自覚はあるから少し恥ずかしいけれど。
 差し出された彼の手を取って、ソファーに腰掛けるルシファーの前に進み出る。
「さぁ、命令を」
「……クリスマスまでのあと一週間。私から離れないこと。良い子のルシファーなら、できるよね?」
「やるしかないだろう。これは呪いを解くために必要なことだからな」
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