obm V!
日々の感謝や愛を伝え合う日、バレンタイン。彼女のいた世界、国では主にチョコレートにその思いを乗せて愛を伝えるらしい。恋人を思ってチョコレートを渡すなんてなかなかロマンティックだし、控えめな日本人にしてはかなり大胆なイベントだ。いや、イベントだからこそいつもより素直に、時に情熱的になれるのかもしれない。
「あんまり料理は得意じゃないけど頑張るね」
彼女が気恥ずかしそうに笑っていたのを思い出す。その言葉だけで十分心は満たされていたけれど、彼女が俺だけを思って作ったチョコレートだ。どんな有名店のショコラティエが作ったチョコレートよりも価値があるし、絶対に口にしたい。
彼女と約束をした時間まであと十五分。そろそろ部屋を訪ねてくる頃だろう。本を開いても時間が気になってあまり読み進められない自分に苦笑した。まるで誕生日を前にした子供みたいに浮かれている。もっとスマートに振る舞いたいのに彼女を前にするといつも予定が狂ってしまう。彼女の言葉に一つ返すどころか次々に口からは言葉が溢れてしまうし、かわいらしいその瞳が俺だけを映していると思うとすぐにでも抱きしめて、キスしたくなる。彼女はいつも「自分ばかりドキドキさせられている」なんて言っているけど、それはこちらのセリフだ。君の一挙手一投足全てに感情を掻き乱されて、振り回されているのはいつだって俺のほう。恥ずかしがり屋で控えめな君はかわいいけれど、俺だけがこんなにも愛に溺れているみたいだ。
だから今日、世の恋人が愛を伝え合うこの日に、君の愛を測ろうとする狡猾な男を君は許してくれるだろうか。
君に愛されていることはわかっている。疑っているわけでもない。それでも実際に目に見えるわけでも触れられるわけでもない君の愛を味わう方法があるのなら、試してみたいと思ってしまったのだ。
ベッドサイドに置かれたD.D.D.が震える。予想通り彼女からのメッセージ。チョコレートの仕上げがあるから待ち合わせは俺の部屋じゃなくキッチンに移してほしい、とのこと。身支度を整えると今日のために用意した紙袋をクローゼットから二つ取り出した。一つはリボンで結ばれ、かわいらしいラッピングを施された紙袋。もう一つは喫茶店の茶色い紙袋だ。
「やあ」
「あ、やっと来た!」
甘い香りを追っていくと彼女の笑顔に辿り着いた。さほど待たせていないし毎日顔を合わせているのに、本当に嬉しそうに笑ってくれる彼女が好きだ。
「よかった、ちょうど焼けたところなの。出来立てがいちばんのお菓子にしたんだ」
彼女が皿に乗せて運んできたのはフォンダンショコラだった。生地の表面には雪化粧のように粉砂糖が振りかけられていて、見た目にも美しい。これを俺のために作ってくれたなんて。
「美味しそうだ……!」
「嬉しい。たくさん練習したよ」
「ありがとう。頂くよ」
スプーンを入れると外側の生地がサクッと割れ、中からはとろとろと一斉にチョコレートソースが溢れた。真っ白な皿にチョコレートの海ができる様は鮮やかで、つい声を上げてしまう。彼女がその反応に微笑んでいるのが少し恥ずかしいが、何より嬉しいから今はいい。
ソースと共に掬って頬張ると、温かく甘いチョコレートが口いっぱいに広がる。美味しい。内側の生地はしっとりしており、ソースと合わさることでさらに濃厚で深い甘さを舌に伝える。
「どうかな?」
「すごく美味しい。君は天才だ!」
「ふふ、頑張ってよかった」
頬杖をついてそわそわ待っていた彼女が笑顔をこぼす。彼女も隣に座り、やっと自分の口にスプーンを運んだ。愛情が込められている料理はこんなにも美味しく感じるのだと彼女の料理を口にするたびに思う。
「君からも食べさせて」
「! 仕方ないなあ」
呆れたように笑いながらも楽しそうに俺の前にスプーンを差し出してくれる。うん、美味しい。彼女からもらうとさらに美味しく感じるなんて、そんな馬鹿みたいなことを本当に思ってしまうから俺は相当君に狂わされている。
俺からも彼女の顔の前までスプーンを持ってくると、顔をほんのり桃色に染めた後、口を開けてくれた。小さな口には少し多いくらいに掬ったのは、決して見誤ったからではない。口の端についたチョコレートソースをわざとキスで舐め取れば、彼女の頬はぽぽぽと色づき、ついにはりんごの赤になった。怒ったフリをする姿までかわいくて、ずっとこの甘い時間を過ごしていたくなる。
「その紙袋、前に行った喫茶店の?」
「ああ。君の甘いチョコレートに合うかと思って」
「淹れてくるよ」
優しい彼女の背中を見つめながら口角が上がってしまう。喫茶店の紙袋はわざと見えやすい位置に置いた。案の定何か問うてきた彼女が中から取り出してくれたのは、ヘルコーヒー。淹れた者の好意が苦味となって現れる魔界特有のコーヒーだ。悪魔の間では定番な商品だけれど、もちろん彼女は何も知らずに準備している。途中、小さな罪悪感も湧いたがそれを遥かに上回るほど俺はわくわくしていた。彼女の淹れるコーヒーは、彼女の愛はどんな味がするのだろうか。
「ごめんね、濃くなっちゃったから淹れ直したんだけどこれもかなり濃いかも」
「大丈夫だよ。そういう種類のコーヒーなんだ」
「そうだったの? 一杯分損しちゃった」
先ほどとは正反対の噎せ返りそうなほど苦い湯気が立ち上るカップを不安げに持ってきた彼女が胸を撫で下ろした。詳細は伝えていないが、嘘はついていない。覗き込んでも真っ黒で底が見えないカップに思わず笑みがこぼれてしまう。だってこのコーヒーの濃さは、彼女の愛の深さだ。
「君は今日もホットミルク?」
「そ、そのうちコーヒーも飲めるようになるよ」
彼女は恥ずかしそうに真白のカップに口をつける。少し気が引けるほど苦い香りが漂うが、彼女に続くように自身もカップに口をつけた。何よりも誰よりも、俺は彼女の愛という甘い果実を掴み取りたいのだ。
「……」
「飲める? 無理しないでね」
「っははは!!」
突然笑い出す俺に彼女は大きな瞳をぱちぱちとさせた。
彼女の淹れたコーヒーは苦い。ものすごく、苦い。口に含んだ瞬間に舌が痺れるほどに刺激的な苦味なのに、しっかりと深いコクも感じる。舌にも喉にも濃い後味が鮮明に残り、消えない。それなのに癖になってこんなに苦いコーヒーをまた一口、また一口と飲みたくなってしまう。美味しい。胸が苦しく、頭がくらくらしてくるのにやめられない。おかしくなりそうだ。
あまりの苦味に、ついには涙を滲ませる俺を見て彼女は心配そうに声を掛けてきた。
「本当にもういいよ、ね?」
「いや、君は俺だけのものだから」
「どういうこと?」
不思議そうな彼女にお構いなしで小さな顎を掬って口づける。かわいらしい触れるだけのキスでは終われなくて、すぐに薄く開いた唇から舌を割り入れた。彼女の愛が嬉しくて、愛おしくて止まれなかった。彼女はというと、突然のキスと俺の舌から移る強烈な苦味に抗議の目を向けてくる。でもよく考えてみてほしい。君がぼやけてしまうほど間近の距離で目を潤ませたって、もっとキスしたくなるだけだってことに。
彼女の舌は溶けてしまいそうなほど甘くて熱い。チョコレートとミルクの味がする唾液を飲み込むと媚薬みたいに体温が上がっていく。小さな口腔を舌で優しく掻き回すと次第に彼女からは鼻から抜けるような甘い声がし始めた。肩を僅かに震わせて俺の手をきゅっと握ってきた瞬間、また一層離してあげたくなくなってしまう。
「ねえ、君が本当に好きだ。愛してる」
「んうっ、あ、サタ、ンっ……」
「名前を呼んで。好きだと言ってくれ。こんなに感じてるのに、もっと欲しくなる……♡」
「サタ、すきっ♡ ん、~~っ」
彼女の声は俺の中に消える。今日は彼女の愛を残さず喰らうと決めたのだ。キスだけでこんなに蕩けた顔をする君が心配になる。例え俺しか見ない顔だとわかっていても。
俺の動きを真似するように拙く動く小さな舌がかわいくて絡め取るように舌に吸い付くと、また一際甘い声が漏れた。彼女の身体の曲線を撫でたそのとき。
――ガチャンッ。
響くのは皿がぶつかり合う音。音の先には空の皿を大量に重ねたトレイを運ぶベールがいた。目を丸くしてこちらを凝視している。その強い視線に彼女の顔を入れたくなくて咄嗟に肩の上着を被せた。
「俺はデザートの漆黒チョコレートプリンを取りに来ただけだから気にするな。でも他の兄弟は見つけたら騒ぐだろうから気をつけたほうがいい」
「……ああ」
淡々と諭すように正論を説かれ、言葉が出ない。彼女に夢中になるあまり誰が来るかもわからない共有のスペースで堂々キスをしてしまうなんて。ここに来たのがベールで本当によかった。
ベールは冷蔵庫から大量のプリンを取り出すと、本当に何事もなかったかのように帰って行く。暫し沈黙が続き、そっと上着を引き下げると顔を真っ赤にさせた彼女が固まっていた。
「ごめん、急にがっついて。怖かった?」
「怖くなんてないよ。ただ、苦いのに気持ちよ過ぎて、……変になりそうだった」
そうこぼすと肩にぶかぶかの上着を羽織ったままホットミルクを一口飲み込む。ほら、そうやって君はいつも無意識に俺を焚きつけるようなことを言う。彼女の手ごと両手で包んでカップをテーブルに置かせたらすぐに抱き寄せた。君がかわいいことばかり言うから俺はまた思っていたふうに振る舞えなくなっていく。
「もうここではダメだよ」
「それは俺の部屋ならいいってこと?」
「……うん」
心臓がどくり、と一度大きく音を立てる。ダメと言いながら背中に回された腕が力を込めて抱き返してくるから胸が愛しさにぎゅうぎゅう締め付けられる。俺のほうこそ、彼女に溶かされるような思いがする。
「でもそれより、そのコーヒーはもう飲まないで」
「え?」
「せっかく愛情込めて作ったのに全部かき消されちゃうよ。甘いのは苦手?」
彼女が嫉妬しているのは自分の俺への愛情が溶け出したヘルコーヒー。
拗ねた子どものような声色で話す君にはやく伝えたい。俺がどれだけ君のことを愛しているか。君のチョコレートより甘く、君のコーヒーより深く愛していることを。何度言葉にしても、触れても足りない。それでも何度でもそうやって君に愛を伝え、感じて、二人で甘い愛に溺れていたい。
もう一度甘いフォンダンショコラを食べさせ合うと、強く彼女の手を引いてキッチンを後にした。
「あんまり料理は得意じゃないけど頑張るね」
彼女が気恥ずかしそうに笑っていたのを思い出す。その言葉だけで十分心は満たされていたけれど、彼女が俺だけを思って作ったチョコレートだ。どんな有名店のショコラティエが作ったチョコレートよりも価値があるし、絶対に口にしたい。
彼女と約束をした時間まであと十五分。そろそろ部屋を訪ねてくる頃だろう。本を開いても時間が気になってあまり読み進められない自分に苦笑した。まるで誕生日を前にした子供みたいに浮かれている。もっとスマートに振る舞いたいのに彼女を前にするといつも予定が狂ってしまう。彼女の言葉に一つ返すどころか次々に口からは言葉が溢れてしまうし、かわいらしいその瞳が俺だけを映していると思うとすぐにでも抱きしめて、キスしたくなる。彼女はいつも「自分ばかりドキドキさせられている」なんて言っているけど、それはこちらのセリフだ。君の一挙手一投足全てに感情を掻き乱されて、振り回されているのはいつだって俺のほう。恥ずかしがり屋で控えめな君はかわいいけれど、俺だけがこんなにも愛に溺れているみたいだ。
だから今日、世の恋人が愛を伝え合うこの日に、君の愛を測ろうとする狡猾な男を君は許してくれるだろうか。
君に愛されていることはわかっている。疑っているわけでもない。それでも実際に目に見えるわけでも触れられるわけでもない君の愛を味わう方法があるのなら、試してみたいと思ってしまったのだ。
ベッドサイドに置かれたD.D.D.が震える。予想通り彼女からのメッセージ。チョコレートの仕上げがあるから待ち合わせは俺の部屋じゃなくキッチンに移してほしい、とのこと。身支度を整えると今日のために用意した紙袋をクローゼットから二つ取り出した。一つはリボンで結ばれ、かわいらしいラッピングを施された紙袋。もう一つは喫茶店の茶色い紙袋だ。
「やあ」
「あ、やっと来た!」
甘い香りを追っていくと彼女の笑顔に辿り着いた。さほど待たせていないし毎日顔を合わせているのに、本当に嬉しそうに笑ってくれる彼女が好きだ。
「よかった、ちょうど焼けたところなの。出来立てがいちばんのお菓子にしたんだ」
彼女が皿に乗せて運んできたのはフォンダンショコラだった。生地の表面には雪化粧のように粉砂糖が振りかけられていて、見た目にも美しい。これを俺のために作ってくれたなんて。
「美味しそうだ……!」
「嬉しい。たくさん練習したよ」
「ありがとう。頂くよ」
スプーンを入れると外側の生地がサクッと割れ、中からはとろとろと一斉にチョコレートソースが溢れた。真っ白な皿にチョコレートの海ができる様は鮮やかで、つい声を上げてしまう。彼女がその反応に微笑んでいるのが少し恥ずかしいが、何より嬉しいから今はいい。
ソースと共に掬って頬張ると、温かく甘いチョコレートが口いっぱいに広がる。美味しい。内側の生地はしっとりしており、ソースと合わさることでさらに濃厚で深い甘さを舌に伝える。
「どうかな?」
「すごく美味しい。君は天才だ!」
「ふふ、頑張ってよかった」
頬杖をついてそわそわ待っていた彼女が笑顔をこぼす。彼女も隣に座り、やっと自分の口にスプーンを運んだ。愛情が込められている料理はこんなにも美味しく感じるのだと彼女の料理を口にするたびに思う。
「君からも食べさせて」
「! 仕方ないなあ」
呆れたように笑いながらも楽しそうに俺の前にスプーンを差し出してくれる。うん、美味しい。彼女からもらうとさらに美味しく感じるなんて、そんな馬鹿みたいなことを本当に思ってしまうから俺は相当君に狂わされている。
俺からも彼女の顔の前までスプーンを持ってくると、顔をほんのり桃色に染めた後、口を開けてくれた。小さな口には少し多いくらいに掬ったのは、決して見誤ったからではない。口の端についたチョコレートソースをわざとキスで舐め取れば、彼女の頬はぽぽぽと色づき、ついにはりんごの赤になった。怒ったフリをする姿までかわいくて、ずっとこの甘い時間を過ごしていたくなる。
「その紙袋、前に行った喫茶店の?」
「ああ。君の甘いチョコレートに合うかと思って」
「淹れてくるよ」
優しい彼女の背中を見つめながら口角が上がってしまう。喫茶店の紙袋はわざと見えやすい位置に置いた。案の定何か問うてきた彼女が中から取り出してくれたのは、ヘルコーヒー。淹れた者の好意が苦味となって現れる魔界特有のコーヒーだ。悪魔の間では定番な商品だけれど、もちろん彼女は何も知らずに準備している。途中、小さな罪悪感も湧いたがそれを遥かに上回るほど俺はわくわくしていた。彼女の淹れるコーヒーは、彼女の愛はどんな味がするのだろうか。
「ごめんね、濃くなっちゃったから淹れ直したんだけどこれもかなり濃いかも」
「大丈夫だよ。そういう種類のコーヒーなんだ」
「そうだったの? 一杯分損しちゃった」
先ほどとは正反対の噎せ返りそうなほど苦い湯気が立ち上るカップを不安げに持ってきた彼女が胸を撫で下ろした。詳細は伝えていないが、嘘はついていない。覗き込んでも真っ黒で底が見えないカップに思わず笑みがこぼれてしまう。だってこのコーヒーの濃さは、彼女の愛の深さだ。
「君は今日もホットミルク?」
「そ、そのうちコーヒーも飲めるようになるよ」
彼女は恥ずかしそうに真白のカップに口をつける。少し気が引けるほど苦い香りが漂うが、彼女に続くように自身もカップに口をつけた。何よりも誰よりも、俺は彼女の愛という甘い果実を掴み取りたいのだ。
「……」
「飲める? 無理しないでね」
「っははは!!」
突然笑い出す俺に彼女は大きな瞳をぱちぱちとさせた。
彼女の淹れたコーヒーは苦い。ものすごく、苦い。口に含んだ瞬間に舌が痺れるほどに刺激的な苦味なのに、しっかりと深いコクも感じる。舌にも喉にも濃い後味が鮮明に残り、消えない。それなのに癖になってこんなに苦いコーヒーをまた一口、また一口と飲みたくなってしまう。美味しい。胸が苦しく、頭がくらくらしてくるのにやめられない。おかしくなりそうだ。
あまりの苦味に、ついには涙を滲ませる俺を見て彼女は心配そうに声を掛けてきた。
「本当にもういいよ、ね?」
「いや、君は俺だけのものだから」
「どういうこと?」
不思議そうな彼女にお構いなしで小さな顎を掬って口づける。かわいらしい触れるだけのキスでは終われなくて、すぐに薄く開いた唇から舌を割り入れた。彼女の愛が嬉しくて、愛おしくて止まれなかった。彼女はというと、突然のキスと俺の舌から移る強烈な苦味に抗議の目を向けてくる。でもよく考えてみてほしい。君がぼやけてしまうほど間近の距離で目を潤ませたって、もっとキスしたくなるだけだってことに。
彼女の舌は溶けてしまいそうなほど甘くて熱い。チョコレートとミルクの味がする唾液を飲み込むと媚薬みたいに体温が上がっていく。小さな口腔を舌で優しく掻き回すと次第に彼女からは鼻から抜けるような甘い声がし始めた。肩を僅かに震わせて俺の手をきゅっと握ってきた瞬間、また一層離してあげたくなくなってしまう。
「ねえ、君が本当に好きだ。愛してる」
「んうっ、あ、サタ、ンっ……」
「名前を呼んで。好きだと言ってくれ。こんなに感じてるのに、もっと欲しくなる……♡」
「サタ、すきっ♡ ん、~~っ」
彼女の声は俺の中に消える。今日は彼女の愛を残さず喰らうと決めたのだ。キスだけでこんなに蕩けた顔をする君が心配になる。例え俺しか見ない顔だとわかっていても。
俺の動きを真似するように拙く動く小さな舌がかわいくて絡め取るように舌に吸い付くと、また一際甘い声が漏れた。彼女の身体の曲線を撫でたそのとき。
――ガチャンッ。
響くのは皿がぶつかり合う音。音の先には空の皿を大量に重ねたトレイを運ぶベールがいた。目を丸くしてこちらを凝視している。その強い視線に彼女の顔を入れたくなくて咄嗟に肩の上着を被せた。
「俺はデザートの漆黒チョコレートプリンを取りに来ただけだから気にするな。でも他の兄弟は見つけたら騒ぐだろうから気をつけたほうがいい」
「……ああ」
淡々と諭すように正論を説かれ、言葉が出ない。彼女に夢中になるあまり誰が来るかもわからない共有のスペースで堂々キスをしてしまうなんて。ここに来たのがベールで本当によかった。
ベールは冷蔵庫から大量のプリンを取り出すと、本当に何事もなかったかのように帰って行く。暫し沈黙が続き、そっと上着を引き下げると顔を真っ赤にさせた彼女が固まっていた。
「ごめん、急にがっついて。怖かった?」
「怖くなんてないよ。ただ、苦いのに気持ちよ過ぎて、……変になりそうだった」
そうこぼすと肩にぶかぶかの上着を羽織ったままホットミルクを一口飲み込む。ほら、そうやって君はいつも無意識に俺を焚きつけるようなことを言う。彼女の手ごと両手で包んでカップをテーブルに置かせたらすぐに抱き寄せた。君がかわいいことばかり言うから俺はまた思っていたふうに振る舞えなくなっていく。
「もうここではダメだよ」
「それは俺の部屋ならいいってこと?」
「……うん」
心臓がどくり、と一度大きく音を立てる。ダメと言いながら背中に回された腕が力を込めて抱き返してくるから胸が愛しさにぎゅうぎゅう締め付けられる。俺のほうこそ、彼女に溶かされるような思いがする。
「でもそれより、そのコーヒーはもう飲まないで」
「え?」
「せっかく愛情込めて作ったのに全部かき消されちゃうよ。甘いのは苦手?」
彼女が嫉妬しているのは自分の俺への愛情が溶け出したヘルコーヒー。
拗ねた子どものような声色で話す君にはやく伝えたい。俺がどれだけ君のことを愛しているか。君のチョコレートより甘く、君のコーヒーより深く愛していることを。何度言葉にしても、触れても足りない。それでも何度でもそうやって君に愛を伝え、感じて、二人で甘い愛に溺れていたい。
もう一度甘いフォンダンショコラを食べさせ合うと、強く彼女の手を引いてキッチンを後にした。