obm V!
ラメントで期間限定ホワイトポイズンショコララテが出ると知った私は、それを味わうためにマモンを誘おうと画策していた。前回のバレンタインデーではポイズンショコララテをご馳走になったので意趣返しということで。まぁ、本懐は別にある。用意したバレンタインチョコを渡すためのタイミングが欲しいのだ。
そんな計画を胸の内に秘めているうちにすっかり当日になってしまったバレンタインデーの放課後のこと。もうチャンスは帰り道しかない。
「マモン、一緒に帰ろ?」
「いつも一緒に帰ってんだろ」
「それは……そうか」
結構声をかけられてたみたいなのに貰ったチョコの一つももっていない様子なのは使い魔に持って帰らせたからなのだろうか。黙って隣を歩くマモンの横顔をチラチラ見つつ、私は思い切って切り出すことにきめた。
「ねぇ、あのさ」
「ん?」
呼んだのは私なのだから、マモンが私の方を向くのは当たり前。それなのに緊張が手伝ったのか目が合った途端になんとなく恥ずかしくなって、思わずふいと視線を逸らしてしまった。
ただ、そんな私の様子をマモンが不審がらないはずもなく。
「なんだよ、なんかあったのか」
「いやー……なんていうか」
「は? 気になんだろ。言えって」
駆け出して誤魔化そう――としたのがバレたのか、動き出す前に手を掴まれた。振り返れば不機嫌丸出しの強欲様とご対面。
「えーっと」
「……言うまで離してやんねー」
「わかったわかった、言うから」
「ん」
わかればよろしい、みたいな顔をしているマモンを見て思わず頬が緩む。「何笑ってんだよ」とほっぺを摘まれて余計におかしくなって笑えばマモンもつられて笑った。
「いやーあのね? ラメントのポイズンショコララテあるじゃない?」
「あ……お、おう、そういう時期だもんな」
「なんか今年はホワイトが出るみたいだから今から一緒に飲みに行かないかなぁ、って」
わずかに染まった頬と眉間に寄った皺。マモンの表情が一体何を表すのかわからなくて黙っていると、やがてマモンは「マジか」と頭をかいてボソリと呟いた。
「……俺が誘おうと思ってたのに」
可愛い、と言ったら怒られるだろうとわかる。口は閉じておくけど、視線に愛おしさを滲ませるのだけは許してほしい。握られたままの手をキュッと握り返せば、マモンがまたこっちを向いた。
「じゃあちょうど良かったじゃん」
「そうだけどよ、なんか先越されたの嬉しいような悔しいような……よくわかんねぇ」
「じゃあ嬉しいと思っておけばいいよ」
「……しゃーねぇな」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。かくして作戦の第一段階は成功し、私たちはラメントへと向かった。
ラメントは大盛況だった。席が空くのを待っていたらいつになるかわからないので、列に並んで持ち帰りを注文して飲みながら帰ることにする。マモンの性格上待つのに焦れてしまうかなという心配は外れて、案外おとなしく待っているのにちょっと感心する。ずっと黙っているのがちょっと気になったけど、それでも繋いだ手はそのままだったから安心できた。
「お待たせしました、ご注文は?」
「ホワイトポイズンショコララテをふたつ、持ち帰りで」
「かしこまりましたー!」
「こいつ、人間だから」
「え? ……あぁ! ポイズンエキスなしですね」
私がうっかり忘れてしまったことをマモンが付け足した。魔界に慣れすぎてうっかり、というのが多くなってしまっている。笑ってごまかす私に、マモンは「だから目が離せねぇんだよ」と軽くため息をつきつつ、続けて「こいつと同じので」と注文を続けた。別に私に合わせなくたって、マモンのほうは普通にすれば良かったのに。
程なくして注文の品が運ばれてきて、それを持って嘆きの館へと方向転換。ホワイトポイズンショコララテは甘くて、舌の上でとろけるような食感がクセになる。
「おいしいね」
「甘……」
「あれ、あんまりおいしくなかった?」
「いや、そういうわけじゃねー」
そういえば甘いものそこまで得意じゃないんだっけ。それなのに付き合ってくれるのはマモンが優しいからだと思う。優しいねって言うとそんなことないって否定されるけど、やっぱり優しいと今日で確信した。
あと少しで飲み終わりそうでもったいなくてちびちびと飲んでいると、まだ半分以上残った容器を振りながらマモンがこっちを見た。
「あのさ」
「ん?」
「今日、なんでラメント行こうと思ったんだ?」
「えっ」
――そういえば。
すっかりデート気分で忘れかけていた私はその一言で鞄の中のチョコレートを思い出す。これのために作った時間じゃないか。いや別に嘆きの館についてからも渡せるかもしれないけど、他の兄弟とは違うのを用意してるから見つかったら大変なことになりそうな気もする。
「えっと、新発売だから?」
「……そんだけか?」
疑っていると言うよりは寂しそうなマモンの目が私を捉えていた。思ったのと違う感じになったなぁと思いつつ、私は少し迷って鞄に手を伸ばす。なかなか取り出せない私を見かねて、マモンがホワイトポイズンショコララテの容器を持ってくれた。そしてチョコレートの包みを取り出すと、マモンを見つめ返す。
「これ、これね。バレンタイン。私の」
「………………」
「いらなかったらごめ――」
「っ、いるにきまってんだろ!」
きちんと渡そうと差し出す前にラテの容器を返されて包みを引ったくられてしまった。驚いて瞬きを繰り返すしかできなくなった私の目の前でチョコレートの入った包みを隅々まで見ているマモンの口元が次第に緩んでいく。
「なんだよ、あんじゃねーか……」
「いっぱいもらってるだろうから渡しづらくて――」
「これが一個目だ」
「えっ」
さらに驚くような情報が飛び込んでくる。声をかけられていないわけもなく、なんと全て断っていたのだそうだ。あの「もらえるモンはなんでももらう」のマモンが。「タダより怖いモンねぇだぁ? タダよりいいモンがあんのかよ」のマモンがである。
「おまえ以外のはいらねぇの」
「マモン……」
「おまえの以外いらねぇし、欲しくねぇ。本当は俺以外に渡すんじゃねぇよとも思ってっけど、おまえのことだからどうせもう用意してんだろ?」
「うっ」
図星だし、ベールの分に至っては返せと言ってももうベールの胃の中だ。
「まぁ、おまえのそういうとこもいいとこだからな。たまにムカつくけどよ」
「それはどうも」
「俺様に褒めてもらってんだから光栄に思えよ」
「はーい」
「わかってんのか!」
帰り道を、二人並んで笑いながら行く。すっかりぬるくなってしまったラテの容器を持ったままああでもないこうでもないととりとめのない話をしているうちに館に到着。こうなってみるとチョコレートを渡すのに妙な気恥ずかしさを感じていたのが笑えてくる。
ラテの残りを二人で飲んでキッチンに持ち帰り用の容器を捨てて、さて解散――と思いきや当たり前のようにマモンが一緒に部屋に入ってきた。まぁ予想はできたので特に気にしない――ようにしたかったけど、チョコを渡した後だし中に入っている手紙とか目の前で読まれたらと思うと気が気じゃない。
「おい」
呼ばれて振り返ると思ったよりマモンが近くにいてびっくりした。じっと私を見つめる眼差しは真剣そのもの。見つめ返している間は時が止まっているように錯覚する。軽く抱き寄せられてただでさえ近かった距離がさらに縮まった。
「な、なに」
「キス、してぇんだけど」
「……チョコのお礼?」
「ばっ、そんなんじゃねぇ!」
「うそうそ、いいよ」
「ん」
目を閉じてすぐに唇が重なった。さっき一緒に飲んだラテの甘さを感じながら気づく。
――マモンはこのために普通のラテを頼んだんだ、と。
そんな計画を胸の内に秘めているうちにすっかり当日になってしまったバレンタインデーの放課後のこと。もうチャンスは帰り道しかない。
「マモン、一緒に帰ろ?」
「いつも一緒に帰ってんだろ」
「それは……そうか」
結構声をかけられてたみたいなのに貰ったチョコの一つももっていない様子なのは使い魔に持って帰らせたからなのだろうか。黙って隣を歩くマモンの横顔をチラチラ見つつ、私は思い切って切り出すことにきめた。
「ねぇ、あのさ」
「ん?」
呼んだのは私なのだから、マモンが私の方を向くのは当たり前。それなのに緊張が手伝ったのか目が合った途端になんとなく恥ずかしくなって、思わずふいと視線を逸らしてしまった。
ただ、そんな私の様子をマモンが不審がらないはずもなく。
「なんだよ、なんかあったのか」
「いやー……なんていうか」
「は? 気になんだろ。言えって」
駆け出して誤魔化そう――としたのがバレたのか、動き出す前に手を掴まれた。振り返れば不機嫌丸出しの強欲様とご対面。
「えーっと」
「……言うまで離してやんねー」
「わかったわかった、言うから」
「ん」
わかればよろしい、みたいな顔をしているマモンを見て思わず頬が緩む。「何笑ってんだよ」とほっぺを摘まれて余計におかしくなって笑えばマモンもつられて笑った。
「いやーあのね? ラメントのポイズンショコララテあるじゃない?」
「あ……お、おう、そういう時期だもんな」
「なんか今年はホワイトが出るみたいだから今から一緒に飲みに行かないかなぁ、って」
わずかに染まった頬と眉間に寄った皺。マモンの表情が一体何を表すのかわからなくて黙っていると、やがてマモンは「マジか」と頭をかいてボソリと呟いた。
「……俺が誘おうと思ってたのに」
可愛い、と言ったら怒られるだろうとわかる。口は閉じておくけど、視線に愛おしさを滲ませるのだけは許してほしい。握られたままの手をキュッと握り返せば、マモンがまたこっちを向いた。
「じゃあちょうど良かったじゃん」
「そうだけどよ、なんか先越されたの嬉しいような悔しいような……よくわかんねぇ」
「じゃあ嬉しいと思っておけばいいよ」
「……しゃーねぇな」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。かくして作戦の第一段階は成功し、私たちはラメントへと向かった。
ラメントは大盛況だった。席が空くのを待っていたらいつになるかわからないので、列に並んで持ち帰りを注文して飲みながら帰ることにする。マモンの性格上待つのに焦れてしまうかなという心配は外れて、案外おとなしく待っているのにちょっと感心する。ずっと黙っているのがちょっと気になったけど、それでも繋いだ手はそのままだったから安心できた。
「お待たせしました、ご注文は?」
「ホワイトポイズンショコララテをふたつ、持ち帰りで」
「かしこまりましたー!」
「こいつ、人間だから」
「え? ……あぁ! ポイズンエキスなしですね」
私がうっかり忘れてしまったことをマモンが付け足した。魔界に慣れすぎてうっかり、というのが多くなってしまっている。笑ってごまかす私に、マモンは「だから目が離せねぇんだよ」と軽くため息をつきつつ、続けて「こいつと同じので」と注文を続けた。別に私に合わせなくたって、マモンのほうは普通にすれば良かったのに。
程なくして注文の品が運ばれてきて、それを持って嘆きの館へと方向転換。ホワイトポイズンショコララテは甘くて、舌の上でとろけるような食感がクセになる。
「おいしいね」
「甘……」
「あれ、あんまりおいしくなかった?」
「いや、そういうわけじゃねー」
そういえば甘いものそこまで得意じゃないんだっけ。それなのに付き合ってくれるのはマモンが優しいからだと思う。優しいねって言うとそんなことないって否定されるけど、やっぱり優しいと今日で確信した。
あと少しで飲み終わりそうでもったいなくてちびちびと飲んでいると、まだ半分以上残った容器を振りながらマモンがこっちを見た。
「あのさ」
「ん?」
「今日、なんでラメント行こうと思ったんだ?」
「えっ」
――そういえば。
すっかりデート気分で忘れかけていた私はその一言で鞄の中のチョコレートを思い出す。これのために作った時間じゃないか。いや別に嘆きの館についてからも渡せるかもしれないけど、他の兄弟とは違うのを用意してるから見つかったら大変なことになりそうな気もする。
「えっと、新発売だから?」
「……そんだけか?」
疑っていると言うよりは寂しそうなマモンの目が私を捉えていた。思ったのと違う感じになったなぁと思いつつ、私は少し迷って鞄に手を伸ばす。なかなか取り出せない私を見かねて、マモンがホワイトポイズンショコララテの容器を持ってくれた。そしてチョコレートの包みを取り出すと、マモンを見つめ返す。
「これ、これね。バレンタイン。私の」
「………………」
「いらなかったらごめ――」
「っ、いるにきまってんだろ!」
きちんと渡そうと差し出す前にラテの容器を返されて包みを引ったくられてしまった。驚いて瞬きを繰り返すしかできなくなった私の目の前でチョコレートの入った包みを隅々まで見ているマモンの口元が次第に緩んでいく。
「なんだよ、あんじゃねーか……」
「いっぱいもらってるだろうから渡しづらくて――」
「これが一個目だ」
「えっ」
さらに驚くような情報が飛び込んでくる。声をかけられていないわけもなく、なんと全て断っていたのだそうだ。あの「もらえるモンはなんでももらう」のマモンが。「タダより怖いモンねぇだぁ? タダよりいいモンがあんのかよ」のマモンがである。
「おまえ以外のはいらねぇの」
「マモン……」
「おまえの以外いらねぇし、欲しくねぇ。本当は俺以外に渡すんじゃねぇよとも思ってっけど、おまえのことだからどうせもう用意してんだろ?」
「うっ」
図星だし、ベールの分に至っては返せと言ってももうベールの胃の中だ。
「まぁ、おまえのそういうとこもいいとこだからな。たまにムカつくけどよ」
「それはどうも」
「俺様に褒めてもらってんだから光栄に思えよ」
「はーい」
「わかってんのか!」
帰り道を、二人並んで笑いながら行く。すっかりぬるくなってしまったラテの容器を持ったままああでもないこうでもないととりとめのない話をしているうちに館に到着。こうなってみるとチョコレートを渡すのに妙な気恥ずかしさを感じていたのが笑えてくる。
ラテの残りを二人で飲んでキッチンに持ち帰り用の容器を捨てて、さて解散――と思いきや当たり前のようにマモンが一緒に部屋に入ってきた。まぁ予想はできたので特に気にしない――ようにしたかったけど、チョコを渡した後だし中に入っている手紙とか目の前で読まれたらと思うと気が気じゃない。
「おい」
呼ばれて振り返ると思ったよりマモンが近くにいてびっくりした。じっと私を見つめる眼差しは真剣そのもの。見つめ返している間は時が止まっているように錯覚する。軽く抱き寄せられてただでさえ近かった距離がさらに縮まった。
「な、なに」
「キス、してぇんだけど」
「……チョコのお礼?」
「ばっ、そんなんじゃねぇ!」
「うそうそ、いいよ」
「ん」
目を閉じてすぐに唇が重なった。さっき一緒に飲んだラテの甘さを感じながら気づく。
――マモンはこのために普通のラテを頼んだんだ、と。