obm V!

 あいつに『一緒にお菓子作りをしたいんだけど』と頼まれたのは二月も初めのころだった。
 いつもなら、ルークの作ったものを食べたい!っと強請られるところを、一緒に作りたいなんてどういう風の吹き回しだとは思ったけど、あいつに頼まれごとをされるのは嫌じゃない。
 二つ返事でOKを出せば、『じゃあ14日にメゾン煉獄に遊びに行く!』だって。やけに具体的で、しかも随分先の日にちを指定してくるんだなと不思議に思った。思ったから、帰ってすぐにシメオンに、今日こんなことがあったと話せば、ああ〜!とやけに知ったかぶりな声をあげる。なんだか不愉快だ。

「なんだよシメオン。言いたいことがあるなら言ったらどうなんだ!?」
「だって、ねぇソロモン、どう思う?」
「ん?ああ、そうだなぁ。俺から言えるのは、ルーク」
「ソロモンまでなんだよっ」
「ルークからも、何かプレゼントを用意しておいた方がいいんじゃないか?」
「え?なんで?」
「あっ、それいいねぇ!」
「だからなんでって聞いてるだろ!」

 聞いたことに対しての回答は戻ってこない。その代わりにお菓子がたくさん載っているホームページを見せられて、ここからあいつへの贈り物を選べって。
 ぼくはお菓子作りが趣味だし、そういうページを見せられるとどうしても目が輝いてしまって始末が悪い。一通り見てから、作ったことないからバウムクーヘンがいいかなぁと指差すと、悪くないけどもうちょっと違うものの方がいいんじゃないかと言われ、それじゃあマロングラッセは?甘くて美味しいからあいつもきっと喜ぶ!と指差すと、それは大人向けすぎるんじゃない?と言う。
 質問しておいて何を言っても否定って、それは酷いんじゃないか?

「じゃあ何ならいいんだよっ!」
「キャンディーはどう?」
「あ、キャラメルなんかもおすすめ」
「もー!ていうか二人が決めたんじゃ意味ないだろ!?もういいよ!マシュマロにする!」
「えっ!?それだけはやめた方がいいって!」
「ルーク、やめなよ、マシュマロなんて」
「嫌だったら嫌だ!ぼくはマシュマロに決めたんだ!」

 もう二人の言うことなんて聞かないぞと耳を閉ざして部屋を後にする。ぼくは!!自分の作りたいものを!!あいつに渡す!!『なんでプレゼントを作らなくちゃいけないんだ?』という疑問は、どこかにすっ飛んでしまった。

 そして来る14日。
 あいつがやってきてすぐに、忘れないうちにとぼくが作ったマシュマロを渡したら、なぜか「調子に乗ってごめん」と謝られてそのまま飛び出していってしまった。待ってという暇もなかった。なんなら「あ」とも言えなかった。

「いつもなら喜んでくれるのに……そんなに嫌いだったのか?」
「だから言ったのに」
「!シメオン!」
「ルーク、あのね、今日が何の日か、知ってる?」
「今日?何かあるのか?」
「人間界ではバレンタインデーって呼ばれてる、愛の日だよ。愛を司る天使がよく駆り出されてたでしょ?覚えてないかな」
「……あっ!言われてみれば!」
「それでね、人間って面白いから、お菓子に逐一意味を込めてるんだってさ」
「えっ」
「でね、マシュマロは、君のことがーー」

 その意味を知った瞬間、ぼくは駆け出した。ちがうんだ、そうじゃないって、ちゃんと伝えなくちゃ。そう思って。そんな、こんなお菓子一つで今まで仲良くしてきた時間が台無しになるなんて思わないだろ!
 メゾン煉獄のエントランスをダッシュで抜け左右を見回すと、左の道にあいつの背中を発見してホッとする。声をかけたらまた走って逃げられそうだからと、そのままひっそりとついて行った。行き先はどうやら嘆きの館ではなさそうで、見失わないようにするのが一苦労。でも話を聞くまでは帰らないと意思を強く持つ。
 向かった先は、いつかソロモンの誕生日祝いをした公園だった。ここが目的地なんだと踏んで、やっとのことで声をあげる。

「ねぇ!」
「っ!?」
「あっ、逃げるなよ!」
「……っ、」
「怒ってないから、ぼく。むしろごめんって、謝りに来たんだ」
「、ぇ……?」

 逃げられる様子じゃなくてよかった、と、内心一息。それから近くに寄って、じっと目を見つめる。人と話す時は、相手の感情に注意しなさいって、天界で口を酸っぱくして教えられたから。

「ぼく、人間界の行事に疎くて。今日誘われた意味、あんまり考えてなかった。それから、マシュマロに意味があることも知らなかった。ごめんなさい」
「そ、んな……悪いのは私でっ!」
「ううん、ぼく、ソロモンやシメオンに色々言われたのに疑問にすら思わなかったんだ。そもそもそれが間違いだった。誘ってくれてありがとう。それで、もしかして……ぼくと一緒にお菓子を作りたかったのって、」

 真意を聞くのは少し……いや、かなりドキドキしたけど、ぼくには何故か確信があった。
 一秒、二秒、三秒。過ぎる時間が永遠みたいに感じる。
 そんな中、小さな声が聞こえた。

「ルークと、もっと一緒に、いたくて……仲良くなりなくて、誘いましたっ……!」
「っ、ほんとか!?よかった!ぼくもだ!」
「……ほんと?ほんとに?」
「うん!ぼくもおまえともっと一緒にいたい!」
「嬉しい……ルーク、ごめんね。ありがとう」
「いいんだ!おまえに嫌われてなかったなら、それで!」

 お互い笑って握手できたら、元通り。よかった。こんなことで、せっかく仲良くなれたこいつとの縁が切れちゃうなんて、寂しいもんな。
 安心したら、最後に、気になっていた疑問が頭を擡げて、今なら聞けるかもと声に乗せた。

「あのさ、そういう意味じゃないのはわかってもらえてよかったんだけど、マシュマロ自体も嫌いだったりするの?」
「ううん!マシュマロ自体は大好きだよ!だから、今更だけど……もしよかったら、それ、もらってもいいかな?」
「ほんとうか?もちろんだ!食べてくれ!」

 可愛いラッピングを施した袋を手渡すと、宝物でも持つみたいにそっと開けられて、ちょっと恥ずかしい。せっかくだからとハートの形にしたマシュマロを嬉しそうな表情で一つ摘んで、口に含んだところで、ハッと目を見開いたので、何事かとオロオロしてしまった。

「えっ、ど、どうした?もしかしてまずかったとか……」
「そうじゃなくって!え……これって、チョコ入り……?」
「あっそうなんだよ!おまえ、甘いものが好きだろ?だからせっかくならと思ってチョコレート入れてみたんだ。どうかな」
「っ……ありがとう……。とっても、とってもおいしい!」
「よかったぁ……!」
「あの、ごめんね、本当に」
「?その話ならもう」
「ううん、違うの。本当にごめん。それから、ありがとうルーク」
「ん……?うん、ぜんぜん、おいしかったなら、それで……?」
「ちょっと時間くっちゃったけど、もしよかったら、今からメゾン煉獄で、お菓子作り、一緒にしない?」

 そうやって恥ずかしそうに差し出された手を僕が振り払うわけないのに。
 もちろんいいよ!、と手を取って、ぎゅっと握ると、そのまま二人で来た道を帰る。

 それから、これは蛇足の話なんだけど。
 もう二度とこんな過ちは起こさないぞと、その日の夜にD.D.D.で調べてみたら、「チョコ入りマシュマロ」には別の意味があったと知って驚いたんだ。

「チョコが入るだけでこんな風になるなんて、人間って面白いこと考えるなぁ。でも、そっか、だからあのとき、嬉しそうな顔をしてくれたんだな」

 チョコ入りのマシュマロの意味は「君からもらったチョコレートは、ぼくの優しさで包んでお返しするよ」なんだって。ぼくとあいつにピッタリだとニッコリ笑って眠りについたのは言うまでもない。
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