HAPPY EVER AFTER
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日曜日。
今日はアズール先輩から初めてお誘いいただいたデートの日だ。
でも私は少し憂鬱。
ホリデー中に遊びに行ったときには服をプレゼント頂いたからなんとかなったけれど、今回はそうはいかないからだ。新しい服がない。カバンもない、靴もアクセサリーもないし、あろうことかそんなにマドルもないだのと途方にくれてしまった。
それに相手が相手なので戸惑いが多い。
彼に可愛いと思ってもらいたい。しかしそれよりもTPOに合わせた服装であることは一番重要だ。実は行き先は「当日まで内緒」と言われたせいで、相応しい服装が選び辛い。
このデートが『何を参考にしてプランを練られているのか』など皆目見当がつかないので、ありとあらゆることに考えを巡らせなければならない。
山…はないだろう。山といえばジェイド先輩、みたいな刷り込みがある。似たようなことをするとも思えない。
海もないだろう。モストロ・ラウンジからはいつだって眺められるから。奇を衒うには些かパンチが弱い。
かといって、映画や遊園地、ウインドウショッピングなど、ど定番のスポットもなさそうだ。
大穴で高級レストラン、なんていうのもありそうではあるか…と考えもしたけれど、割と朝早めの時間指定だし、自らの経営店でもないところにわざわざ私を連れて行…かないだろう。
「うーん…わからなさすぎて困っちゃうよ~…」
ものすごく楽しみにされているのがわかっているからこそ、こちらとしても準備万端にしたいわけだけれど、なかなかうまくいかないまま時間だけがすぎていく。
でもウジウジしている場合でもない。
アズール先輩の隣を歩いても恥ずかしくないように、かといってあまり気合が入りすぎには見えないように。
考えに考えて、綺麗目のふんわりしたワンピースを注文した。靴は長く歩いても大丈夫なようにローヒールのパンプス。
それからうすーくお化粧もして。
「行ってきます…!」
自身の姿を最終チェックしてから、オンボロ寮をあとにする。
歩きながら、高鳴る心を鎮めつつ。着いた先は鏡の間。
中を覗けば、すでに人影が一つ。
「アズールせんぱいっ!!お待たせして申し訳ありませんっ…!」
「ああ、きました、か…っ!!」
「…!」
こちらを振り返ったアズール先輩は、黒のタートルネックにラフなジャケットを羽織り、タイトパンツにショートブーツを履いていた。
以前『ラウンジの什器は自分で選んだ』と得意気に言っていたところから、センスはいいんだろうと思ってはいたけれど、いざ目の前に私服で立たれると、心臓が痛いくらいに波打ってしまう。
「し、しふく、とっても、素敵ですっ…」
「貴女も、その、普段と雰囲気が違って…それも良いです、ね」
お互い見合って、カカカカ、と体温が急上昇だ。
タスケテ。出かける前から倒れてしまいそう。
「あっ、じゃなかった…っ、おはよござ、ます…」
「ああ、おは、ようご、ざいま、すっ」
「…」
「……」
「いっ、いきましょう、かっ!!」
「そ、そそそ、です、ねっ!!!!」
そこに突っ立っている訳にもいかず、とりあえず先輩を促す。
きっとそのうちになれるはず。
いつも通り、平常心で…大丈夫、大丈夫。
「あの、今日の行き先ってどこになったんですか?」
「あ、あぁ、そうですね。街に出ます。」
「街?!街なんてあるんですね?!」
「貴女、僕たちのことなんだと思っているんです?ずっとナイトレイブンカレッジに幽閉されている訳じゃないんですし、ウィンターホリデー中はみんな実家に帰ったでしょう。そういう感じです。まぁ簡単に出かけられる訳ではないのですけどね」
と通行許可証をペラりと見せた。
「なるほど…こういうものを提出すれば、好きに出かけられるんですね。初めて知りました」
「そういうことです。さて、では行きますよ」
鏡に行き先を告げ、いざ、と潜った先に広がった風景は、さながら、中世ヨーロッパの出で立ちの街の一角であった。
「う…わぁ…!!すごい…すごいです!!ナイトレイブンカレッジも趣があって好きですけれど、街はさらにときめきますね…!?私、ヨーロッパが大好きなので、そんな風景の中にこれて、とっても興奮してます!!あっヨーロッパってわかりますか?!こっちの世界にもあるんですかね…?私の元いた世界では、世界が大陸で分けられていてーー」
目の前に広がった景色に、好きの気持ちが駄々漏れて、つい饒舌になる私をアズール先輩はぽかんと見つめていた。
一緒に来た人のことをないがしろにして、一人テンションを爆上げしてしまったと、気付いた時にはすでに遅し。
「!っす、すみません!!私、こんな、あのっ」
「…っあ、いえ、大丈夫です、その…少し驚いただけなので」
「?」
「ユウさんは学園にいると落ち着いているように見えるので、意外でした」
「あはは…それは私の周りがいつも騒がしいのでそう見えるだけですよ。私も落ち着きなんてないですし、割とうるさいですよ?」
「そうですか?まだまだ僕が知らないことも多いようですね」
不服なような喜ばしいような複雑な表情を向けられたのだけれど、それはこちらだって同じですよと、言葉を紡ぐ。
「アズール先輩はそう言いますけど、私だって先輩のこと、まだまだ知らないこと多いです」
「僕はユウさんに過去を全て知られてしまったので他には別に…」
「過去にしてきたことは大事ですけど、過去よりも大事なのは今ですよ。今の先輩のこと、もっと知りたいです」
「…っ…、ユウさんは…、だから…はぁ…」
私の台詞に対してブツブツブツと何か呟いてからメガネをくいっとあげた先輩は、何故か頬を赤く染めていた。
その仕草も実は好きなんですよ。
細めの手首に浮き上がってくる血管に、むっと寄せられる眉が愛しい。
アズール先輩に対しての好きの気持ちは、毎日どんどん増えていく。
知らないことはお互いたくさん多いと思うけれど、どう伝えたらわかってもらえるんだろう。
物思いに耽っていた私に疑問を感じたのか、先輩は、チラリとこちらを見て言った。
「…どうかしましたか?」
「?!いえ、何も!!」
「そうですか…?では」
思考を引き戻されたと思えば、また中断させられる。私の視線の先には、今しがた見つめていた手が差し出されていた。
「へ…」
「手を」
「て、?」
「っ、なんでこういう時だけ察しが悪いんですか!?手を繋ぎましょうと言っているんです!」
「あっ、ファ、ぁい!」
察しが悪いと言われた勢いで、ぎゅ、とその手を握ると、自分から差し出したくせに、先程よりも更に頬を染めるあたりがアズール先輩らしい。一拍置いてから、それでいいんですよ、と告げられた。
「そういえば、今日はグローブはしてないんですね」
「あれはプライベートで出かけるときは外しますよ」
「そうなんですか…」
「なんでちょっと残念そうにするんですか」
「だって、グローブ、かっこよくて好きなので…」
「す!?」
「魔法士~って感じしますし、親玉~って感じでかっ…だ、大丈夫ですか?」
空いている方の手で顔を覆いたいのにメガネが邪魔でできないといった、もどかしい空気を纏って苦虫を潰したような顔をしている先輩は、何か言葉を吐こうとしたけれどうまくいかなかった様子で、ぐっと私の手を引いた。
それでも、その目はなんだか嬉しそう。
『かっこいいって言われたのが嬉しかったのかな。そういえばあんまり言葉で伝えたことなかったな』などと考えながら、その手に引かれて歩き出す。
「アズール先輩」
「なんですか」
「今日の服、とっても似合ってます」
「は」
「制服も、寮服も、見るたびに惚れ惚れしますけど、私服もかっこいいです、とても」
「、は」
それから、最後の一言を付け加えた。
「アズール先輩が、かっこいい、です」
ぐらり
その一言で、アズール先輩がよろめいて壁に手をついた。
「~!!」
「先輩?!」
「あなっ、あなたっ、はっ、」
「大丈夫ですか?!体調悪かったなら言ってくださいよ!!」
「違う!!!!」
「へ?」
「っ…自分のしでかしたこと…覚えていなさい」
耳まで真っ赤にしたアズール先輩は、キッ!と私を睨みつけたが、少し涙目だし正直全然怖くなかった。
「ふ…ふふっ…!」
「何笑っているんですか!」
「だってっ…アズール先輩っ…まっかっ…!あのっ、今は、可愛いですよっ」
いつぞや『可愛くてかっこいい』なんて評された私だけど、それはアズール先輩の方だ。いつもやられっぱなしなので、ここぞとばかりに顔を覗き込んでふふふと笑う。
これ以上はちょっとやり過ぎかな、と思い『さ、行きましょうか!』と腕を引こうとしたけれど、逆に引っ張られてまた距離が近づいた。
「先輩?」
「…ユウ 」
「?なに…」
「ユウ」
1度目は、小さな小さな声で。
2度目は、しっかりと目を合わせて。
さん付でもなく、小エビでも監督生呼びでもなく。
口に出されたのは、私の名前。
「!?!??!」
おかしい。だって、エースもデュースも、ジャックだって、私を呼び捨てにするのに。
なのになんで、アズール先輩に名前を呼ばれるだけで、こんなにも顔が熱くなるの。
まだ赤い顔のまま、ニヤリ、してやったりな表情で先輩は言う。
「本当は、もう少し時と場所を選んで実行したかったのですが、仕方ありません」
「なっ…で…っ」
「ユウ。うん。しっくりきます。」
「ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ずるい!!」
「さ、ユウ、行きますよ、今日は盛りだくさんの予定なんですからね!」
きゅ。ともう一度手をつなぎ直して、顔を見合わせて。
それから、プハッと、どちらともなく噴き出した。
「これからどこに向かうんですか?」
「国立自然博物館です。アトランティカ博物館、とても楽しんでいたようだったので、お好きかと思いまして」
「わ!楽しそう!!この世界のこと、たくさん知りたかったので嬉しいです!」
「それはよかった。ユウの元いた世界のことや違うところ、いろいろ教えてください」
目的地に着く前から盛りだくさんだったけれど、今日という一日は、まだ始まったばかり。
繋いだこの手が離れないといいなと、願いをこめて雲一つない空をそっと見上げた。
今日はアズール先輩から初めてお誘いいただいたデートの日だ。
でも私は少し憂鬱。
ホリデー中に遊びに行ったときには服をプレゼント頂いたからなんとかなったけれど、今回はそうはいかないからだ。新しい服がない。カバンもない、靴もアクセサリーもないし、あろうことかそんなにマドルもないだのと途方にくれてしまった。
それに相手が相手なので戸惑いが多い。
彼に可愛いと思ってもらいたい。しかしそれよりもTPOに合わせた服装であることは一番重要だ。実は行き先は「当日まで内緒」と言われたせいで、相応しい服装が選び辛い。
このデートが『何を参考にしてプランを練られているのか』など皆目見当がつかないので、ありとあらゆることに考えを巡らせなければならない。
山…はないだろう。山といえばジェイド先輩、みたいな刷り込みがある。似たようなことをするとも思えない。
海もないだろう。モストロ・ラウンジからはいつだって眺められるから。奇を衒うには些かパンチが弱い。
かといって、映画や遊園地、ウインドウショッピングなど、ど定番のスポットもなさそうだ。
大穴で高級レストラン、なんていうのもありそうではあるか…と考えもしたけれど、割と朝早めの時間指定だし、自らの経営店でもないところにわざわざ私を連れて行…かないだろう。
「うーん…わからなさすぎて困っちゃうよ~…」
ものすごく楽しみにされているのがわかっているからこそ、こちらとしても準備万端にしたいわけだけれど、なかなかうまくいかないまま時間だけがすぎていく。
でもウジウジしている場合でもない。
アズール先輩の隣を歩いても恥ずかしくないように、かといってあまり気合が入りすぎには見えないように。
考えに考えて、綺麗目のふんわりしたワンピースを注文した。靴は長く歩いても大丈夫なようにローヒールのパンプス。
それからうすーくお化粧もして。
「行ってきます…!」
自身の姿を最終チェックしてから、オンボロ寮をあとにする。
歩きながら、高鳴る心を鎮めつつ。着いた先は鏡の間。
中を覗けば、すでに人影が一つ。
「アズールせんぱいっ!!お待たせして申し訳ありませんっ…!」
「ああ、きました、か…っ!!」
「…!」
こちらを振り返ったアズール先輩は、黒のタートルネックにラフなジャケットを羽織り、タイトパンツにショートブーツを履いていた。
以前『ラウンジの什器は自分で選んだ』と得意気に言っていたところから、センスはいいんだろうと思ってはいたけれど、いざ目の前に私服で立たれると、心臓が痛いくらいに波打ってしまう。
「し、しふく、とっても、素敵ですっ…」
「貴女も、その、普段と雰囲気が違って…それも良いです、ね」
お互い見合って、カカカカ、と体温が急上昇だ。
タスケテ。出かける前から倒れてしまいそう。
「あっ、じゃなかった…っ、おはよござ、ます…」
「ああ、おは、ようご、ざいま、すっ」
「…」
「……」
「いっ、いきましょう、かっ!!」
「そ、そそそ、です、ねっ!!!!」
そこに突っ立っている訳にもいかず、とりあえず先輩を促す。
きっとそのうちになれるはず。
いつも通り、平常心で…大丈夫、大丈夫。
「あの、今日の行き先ってどこになったんですか?」
「あ、あぁ、そうですね。街に出ます。」
「街?!街なんてあるんですね?!」
「貴女、僕たちのことなんだと思っているんです?ずっとナイトレイブンカレッジに幽閉されている訳じゃないんですし、ウィンターホリデー中はみんな実家に帰ったでしょう。そういう感じです。まぁ簡単に出かけられる訳ではないのですけどね」
と通行許可証をペラりと見せた。
「なるほど…こういうものを提出すれば、好きに出かけられるんですね。初めて知りました」
「そういうことです。さて、では行きますよ」
鏡に行き先を告げ、いざ、と潜った先に広がった風景は、さながら、中世ヨーロッパの出で立ちの街の一角であった。
「う…わぁ…!!すごい…すごいです!!ナイトレイブンカレッジも趣があって好きですけれど、街はさらにときめきますね…!?私、ヨーロッパが大好きなので、そんな風景の中にこれて、とっても興奮してます!!あっヨーロッパってわかりますか?!こっちの世界にもあるんですかね…?私の元いた世界では、世界が大陸で分けられていてーー」
目の前に広がった景色に、好きの気持ちが駄々漏れて、つい饒舌になる私をアズール先輩はぽかんと見つめていた。
一緒に来た人のことをないがしろにして、一人テンションを爆上げしてしまったと、気付いた時にはすでに遅し。
「!っす、すみません!!私、こんな、あのっ」
「…っあ、いえ、大丈夫です、その…少し驚いただけなので」
「?」
「ユウさんは学園にいると落ち着いているように見えるので、意外でした」
「あはは…それは私の周りがいつも騒がしいのでそう見えるだけですよ。私も落ち着きなんてないですし、割とうるさいですよ?」
「そうですか?まだまだ僕が知らないことも多いようですね」
不服なような喜ばしいような複雑な表情を向けられたのだけれど、それはこちらだって同じですよと、言葉を紡ぐ。
「アズール先輩はそう言いますけど、私だって先輩のこと、まだまだ知らないこと多いです」
「僕はユウさんに過去を全て知られてしまったので他には別に…」
「過去にしてきたことは大事ですけど、過去よりも大事なのは今ですよ。今の先輩のこと、もっと知りたいです」
「…っ…、ユウさんは…、だから…はぁ…」
私の台詞に対してブツブツブツと何か呟いてからメガネをくいっとあげた先輩は、何故か頬を赤く染めていた。
その仕草も実は好きなんですよ。
細めの手首に浮き上がってくる血管に、むっと寄せられる眉が愛しい。
アズール先輩に対しての好きの気持ちは、毎日どんどん増えていく。
知らないことはお互いたくさん多いと思うけれど、どう伝えたらわかってもらえるんだろう。
物思いに耽っていた私に疑問を感じたのか、先輩は、チラリとこちらを見て言った。
「…どうかしましたか?」
「?!いえ、何も!!」
「そうですか…?では」
思考を引き戻されたと思えば、また中断させられる。私の視線の先には、今しがた見つめていた手が差し出されていた。
「へ…」
「手を」
「て、?」
「っ、なんでこういう時だけ察しが悪いんですか!?手を繋ぎましょうと言っているんです!」
「あっ、ファ、ぁい!」
察しが悪いと言われた勢いで、ぎゅ、とその手を握ると、自分から差し出したくせに、先程よりも更に頬を染めるあたりがアズール先輩らしい。一拍置いてから、それでいいんですよ、と告げられた。
「そういえば、今日はグローブはしてないんですね」
「あれはプライベートで出かけるときは外しますよ」
「そうなんですか…」
「なんでちょっと残念そうにするんですか」
「だって、グローブ、かっこよくて好きなので…」
「す!?」
「魔法士~って感じしますし、親玉~って感じでかっ…だ、大丈夫ですか?」
空いている方の手で顔を覆いたいのにメガネが邪魔でできないといった、もどかしい空気を纏って苦虫を潰したような顔をしている先輩は、何か言葉を吐こうとしたけれどうまくいかなかった様子で、ぐっと私の手を引いた。
それでも、その目はなんだか嬉しそう。
『かっこいいって言われたのが嬉しかったのかな。そういえばあんまり言葉で伝えたことなかったな』などと考えながら、その手に引かれて歩き出す。
「アズール先輩」
「なんですか」
「今日の服、とっても似合ってます」
「は」
「制服も、寮服も、見るたびに惚れ惚れしますけど、私服もかっこいいです、とても」
「、は」
それから、最後の一言を付け加えた。
「アズール先輩が、かっこいい、です」
ぐらり
その一言で、アズール先輩がよろめいて壁に手をついた。
「~!!」
「先輩?!」
「あなっ、あなたっ、はっ、」
「大丈夫ですか?!体調悪かったなら言ってくださいよ!!」
「違う!!!!」
「へ?」
「っ…自分のしでかしたこと…覚えていなさい」
耳まで真っ赤にしたアズール先輩は、キッ!と私を睨みつけたが、少し涙目だし正直全然怖くなかった。
「ふ…ふふっ…!」
「何笑っているんですか!」
「だってっ…アズール先輩っ…まっかっ…!あのっ、今は、可愛いですよっ」
いつぞや『可愛くてかっこいい』なんて評された私だけど、それはアズール先輩の方だ。いつもやられっぱなしなので、ここぞとばかりに顔を覗き込んでふふふと笑う。
これ以上はちょっとやり過ぎかな、と思い『さ、行きましょうか!』と腕を引こうとしたけれど、逆に引っ張られてまた距離が近づいた。
「先輩?」
「…ユウ 」
「?なに…」
「ユウ」
1度目は、小さな小さな声で。
2度目は、しっかりと目を合わせて。
さん付でもなく、小エビでも監督生呼びでもなく。
口に出されたのは、私の名前。
「!?!??!」
おかしい。だって、エースもデュースも、ジャックだって、私を呼び捨てにするのに。
なのになんで、アズール先輩に名前を呼ばれるだけで、こんなにも顔が熱くなるの。
まだ赤い顔のまま、ニヤリ、してやったりな表情で先輩は言う。
「本当は、もう少し時と場所を選んで実行したかったのですが、仕方ありません」
「なっ…で…っ」
「ユウ。うん。しっくりきます。」
「ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ずるい!!」
「さ、ユウ、行きますよ、今日は盛りだくさんの予定なんですからね!」
きゅ。ともう一度手をつなぎ直して、顔を見合わせて。
それから、プハッと、どちらともなく噴き出した。
「これからどこに向かうんですか?」
「国立自然博物館です。アトランティカ博物館、とても楽しんでいたようだったので、お好きかと思いまして」
「わ!楽しそう!!この世界のこと、たくさん知りたかったので嬉しいです!」
「それはよかった。ユウの元いた世界のことや違うところ、いろいろ教えてください」
目的地に着く前から盛りだくさんだったけれど、今日という一日は、まだ始まったばかり。
繋いだこの手が離れないといいなと、願いをこめて雲一つない空をそっと見上げた。