HAPPY EVER AFTER
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
シャツよし!
ネクタイよし!
髪よし!
眼鏡よし!!
「今日の僕は完璧だ!今日こそ、対価も契約もなしに、ユウさんを、デートに誘うっ…!」
鏡の前でふふんと息巻いたアズールは、自分に喝をいれていた。
何日も前から観察して見極めた、ユウが必ず一人になるこの日。
一対一で話せる今日という日を逃すわけにはいかない、と。
ユウと出会って、話して、付き合って、キスをして、添い寝して。そこまでコトを進めながらも、自分でプランを立てて彼女をエスコートしたことがなかったと気付いたのがきっかけだった。
ユウから歩み寄ってもらったり、ジェイドやフロイドに挟まってもらったりして深めてきた仲だったなと反省する。全ては自分以外の誰かの力で手に入れてきた幸せ。
それはアズール自身のプライドや、今までの屈折した交友関係から出来上がってしまった性格の現れとはいえ、一生こうしてるわけにもいかない。
本当の幸せを掴み取るには、自分から、やるべきことをやらねばならないからだ。
彼女だって大事なところでキメられない男なんかと添い遂げるなんてことはしないだろう、とアズールは思う。
いざ一歩先へ進もうとしたときに『ずっと待ってたのに、アズール先輩から誘ってくれないんだもの。私、やっぱり○○くんと付き合うことにしたの』なんて言われたら今度こそ蛸壺引き籠り決定だ。
アズールだって、年頃の男。彼女を繋ぎ止めるためにも、エスコートくらいできるようにならなければ、なんて考えるのも当たり前だった。
幸い努力はアズールの得意分野だ。勉強だって嫌いじゃない。本を読めば知識が手に入る。今回は、自分を信じて一人で調査もした。
『だから大丈夫。やるんだアズール・アーシェングロット』とは独り言。
「僕ならできる」
よし、と胸を叩いて、靴に足を入れたその瞬間。
アズールの完璧な計画は、脆くも崩れ去った。
その理由を説明する前に……時を少し遡ろう。
こちらは寮長を待つ、ジェイドとフロイド、とユウの話になる。
「アズールおそいねぇ。オレ、眠くなってきたぁ」
「アズールに限って寝坊なんてことはないでしょうが…珍しいですね」
「いつもこのくらいの時間なんですか?」
「ウン。アズールってば、いっつもうるせぇの!次に遅れたら契約書にサインさせますよ、って」
アズールは、今日、ここにユウがいることは知らなかった。なぜならユウが勝手に来たからだ。
アズールに黙って来てしまって、ユウにも多少の罪悪感はある。が、これはある計画のためだったから仕方がない。
ことの発端は数日前。
その日もユウはモストロ・ラウンジの料理を美味しい美味しいと食べていた。するとアズールがふと『ユウさんの手料理も食べてみたいです』なんて言ったのだ。それは独り言のように小さな声だったが、ユウの耳にはしっかりと届いていた。
聞かれていたなど、アズールは知る由もなかったが、聞こえたからには、"彼女"として、作らないという選択肢はない。
料理は決して得意ではなかったが、ユウは早起きしてお弁当を用意した。だからお昼を一緒に食べれたら嬉しいなと思いながら、こうして寮までお誘いにきたのだ。
「さすがに遅すぎますね。見に行きましょうか」
痺れを切らしたジェイドが率先してアズールの部屋へと足を向ける。
このまま待っているのもな、ということで、フロイドとユウも後について行った。
トントントン
数回のノックにも反応がない寮長室。
いよいよ不安になってきた三人は、扉を引いてみる。
「…扉の鍵、開いてますね」
「え?な、なにかあったんでしょうか…?」
「入っちゃう?」
「そうですね。緊急事態かもしれません」
『ユウさんは下がっていてください』と、念のため二人の背後に隠されながら、ゆっくりと扉が開く。その内は、しん…、と静まり返っていた。
「…いませんね」
「はぁ?ウソでしょ?」
「アズール先輩っ…どこ…」
しかしながら、扉の近くに置かれた学生カバンと散らばった靴をみる限り、どうやらアズールはこの部屋の中にいるようだ、と結論づける。
それならば手分けして探そう、と腕まくりをしたところで、部屋の一番奥に見えたものを指差したのはフロイドだった。
「あ。足だ」
「ヒッ…!?」
「ユウさんは見てはいけません」
サッと目隠しするあたり、さすがジェイドというところ。もしもアズールの身に何かが起きていた場合、最も傷つくのはユウだろう、という配慮からきた行動だ。
「フロイド、状況を」
「わかった」
真面目な顔でコクンとうなづいたフロイドは、念には念をいれ、そろりと部屋の奥、ベッドの向こう側に向かった。が、すぐに『は?』と間抜けな声が上がったのでジェイドは首を傾げる。
「フロイド、どうしました」
「いや、だって、あれ」
ジェイドの方に顔をむけ、どうしたもんかと微妙な顔をするので『ユウさんはそこを動かないでください』と、ユウを扉の近くに残してフロイドの隣へ向かう。
「……」
「僕はなんというバカ…」
「…アズール?」
「もうダメだ…僕はダメな男…」
「どったのアズール」
そこには、何処から取り出したのか、大きな壺に頭を突っ込んで猛省中のアズールがいた。
「…蛸壷が恋しくなったのですかアズール?」
「そんなわけあるか!…っ今は放っておいてもらえますか…」
「じゃあ一体…」
訳の分からないこの状況から逃げ出さなかったことを褒めてほしいと、ジェイドは思った。フロイドはすでに大きなため息をついている。
「なに、アズール、陸がいやんなったの?」
「ちがいますっっ!」
「じゃあどったのって」
「靴…」
「ハァ?靴?」
「…履き間違いました…」
そこでピンときたあたり、ジェイドの察しの良さはさすがであった。
「まさかアズール、貴方左から靴を」
「…はぁ…」
「え?靴がなに」
「アズールのジンクスですよ。大事な日の靴は右から履く」
「え?靴ってこの靴?左から履いたから凹んでんの?履き直せばいーじゃん」
「フロイドにはわかりませんよっ!!」
フロイドのあっけらかんとした声に、アズールの声がキィンと被さった。
「はぁ…フロイド、それは禁句ですよ。アズールにとってはそうはいかないということです」
「ッハー!?やってらんねー!アズールはさ、マジでスゲェやつだけど、こーゆーときポンコツだよね!」
『オレもうシラネ』と、フロイドは、アズールの安否を確認した途端に出て行った。残されたジェイドは頭を抱えてしまった。こうなったアズールは中々強情で、壺から出てくるのには時間がかかる。
しかしここで、扉の前に突っ立っていた存在を思い出し、これは名案、と顔をあげた。なるべく小さな声でユウを呼ぶ。
「ユウさん、そこの靴を持ってこちらへ来ていただけますか?」
「へ?」
完全に蚊帳の外にいたユウは、その声にハッと我に返って、靴を拾ってジェイドに近づいた。
「え…こ、これ…アズール先輩ですか…?」
「はい。それで、失礼なのですが、アズールに靴を履かせてやっていただけませんか?」
「?靴を?」
「そうです。その靴を。あ、必ず右からお願いします」
「は、はぁ…」
「それでは僕はこの辺で失礼します」
「えっ?!ジェイド先輩も行っちゃうんですか?!」
ユウの目の奥に不安が揺れているのは見て取れたが、自分がいるよりは二人きりの方がアズールにとっては良いだろうと判断し、申し訳ありませんがよろしくお願いします、と部屋を後にする。
無常にも、がちゃん、と大きな音がして扉は閉まってしまった。
残されたユウは途方にくれる。
ジェイドは右足から靴を履かせてやってくれ、と言っていたが、そんなことを自分がして、アズールを怒らせやしないか。
一方その頃、アズールはこんなことを考えていた。
『二人に僕の気持ちなんてわかるわけない。あの二人は僕とは違ってスマートだし、ノロマじゃないし』と。リーチ兄弟の気配がなくなったのを感じ取って少し寂しくなれど、今日の気分は最悪だし『もうどうにでもなれ、一日中ツボにこもってやる』とらしからぬ気持ちになりつつあった。
しかし。
「あの…」
「?!!!」
「アズール先輩…?足…失礼しますね…?」
「っなんであなたっ?!」
そんなアズールだったのに、予想外の声に頭の中が大混乱だ。
『この時間にこんな場所にいるはずのないユウさんがなぜここに?それよりもこんな状態の僕になぜ靴を?』と、焦る脳が必死に回答を導き出そうとぐるぐるする。
勢い、頭を動かしたそのとき。
ゴン!!
「!!ッテ!?」
「わっ?!」
壺の縁に強く頭をぶつけながらもなんとかそこからはいでれば、アズールの目の前には靴を持ったままポカンとしたユウがいた。
「ッ?!!!あ、ああああなたいつからそこに?!」
「へっ?あっ、いつから…えっと、最初、から…?」
「ヘァッ?!」
頓狂な声をあげてその言葉の意味を咀嚼する。
『最初から?ではあの、ツボに頭を突っ込んで、お尻だけ突き出した、あの状態の僕を、あんな無惨な姿の僕を、ずっと見られていたという?そういうことなのか?』そこまで考えて、アズールは絶望した。
「…ッ…もう…だめだ…」
全部全部ダメ。今まで順調に重ねてきたはずだった薔薇色の日々も、白紙に逆戻り。ユニーク魔法を消されてしまった時みたいな心持ちだ。
こんなに惨めな姿を見られてしまった。
もうーー嫌われたーーと、泣き喚きたい気持ちをすんでで留めて、体操座りをして身体を縮こませるも、その刹那、ふわりと何か暖かいものに包まれた。
「アズール先輩…泣かないで…?大丈夫、大丈夫です…」
「え…」
「私がいますから…」
その暖かいものがユウの身体だと気づくのに、ものの数秒だったが、アズールとしては、十分程度は固まっていた感覚だ。
「なにか辛いことがあったんですか…?私には想像もできないかもしれませんが、先輩の悲しみが消えるまで、ついていますから…大丈夫ですよ…」
よしよし、ギュッ、とまるで子供を慰めるかのように優しく優しく抱擁してくれるその小さな存在に、軽く目眩を覚える。
僕は嫌われていないのか、と、疑問のような安堵のような気持ちだった。
「っ…ユウ、さん…」
「はい?」
自分の身体にゆるく巻きついているその細い腕をそっと掴みながら、スリ、と身体を寄せてみると、ユウはアズールから離れる様子も嫌がる様子もなく、落ち着きましたか?と聴いてきた。
その言葉に、アズールは『なんという勘違いをしていたのだろうか。ユウさんはこんなにも、いつでも僕に寄り添ってくれているというのに』と独りごちる。それから深呼吸をひとつして、言葉を紡いだ。
「あの…日曜日、…僕と一緒に出かけませんか…?」
少し吃りながらも気持ちをストレートにぶつけてみれば、一瞬きょとんとした表情でアズールを見つめたユウはほんのり頬を染めて『喜んで…』と小さな返事が返した。
「デート、してください、僕と」
「もちろんです、よろしくお願いします」
嬉しくて、くすぐったい空気に、二人してクスクス笑い合う。
アズールは思う。
なんだ。ジンクスなんかなくたって、準備なんかなくたって。
彼女は僕を受け入れてくれるじゃないか、と。
完璧な僕などいらないのかもしれない。
彼女は僕を好きだと言ってくれるから。
その日から、靴のジンクスの効果はなくなった。
代わりにできたのは、おはようのキスのジンクスだった。
ネクタイよし!
髪よし!
眼鏡よし!!
「今日の僕は完璧だ!今日こそ、対価も契約もなしに、ユウさんを、デートに誘うっ…!」
鏡の前でふふんと息巻いたアズールは、自分に喝をいれていた。
何日も前から観察して見極めた、ユウが必ず一人になるこの日。
一対一で話せる今日という日を逃すわけにはいかない、と。
ユウと出会って、話して、付き合って、キスをして、添い寝して。そこまでコトを進めながらも、自分でプランを立てて彼女をエスコートしたことがなかったと気付いたのがきっかけだった。
ユウから歩み寄ってもらったり、ジェイドやフロイドに挟まってもらったりして深めてきた仲だったなと反省する。全ては自分以外の誰かの力で手に入れてきた幸せ。
それはアズール自身のプライドや、今までの屈折した交友関係から出来上がってしまった性格の現れとはいえ、一生こうしてるわけにもいかない。
本当の幸せを掴み取るには、自分から、やるべきことをやらねばならないからだ。
彼女だって大事なところでキメられない男なんかと添い遂げるなんてことはしないだろう、とアズールは思う。
いざ一歩先へ進もうとしたときに『ずっと待ってたのに、アズール先輩から誘ってくれないんだもの。私、やっぱり○○くんと付き合うことにしたの』なんて言われたら今度こそ蛸壺引き籠り決定だ。
アズールだって、年頃の男。彼女を繋ぎ止めるためにも、エスコートくらいできるようにならなければ、なんて考えるのも当たり前だった。
幸い努力はアズールの得意分野だ。勉強だって嫌いじゃない。本を読めば知識が手に入る。今回は、自分を信じて一人で調査もした。
『だから大丈夫。やるんだアズール・アーシェングロット』とは独り言。
「僕ならできる」
よし、と胸を叩いて、靴に足を入れたその瞬間。
アズールの完璧な計画は、脆くも崩れ去った。
その理由を説明する前に……時を少し遡ろう。
こちらは寮長を待つ、ジェイドとフロイド、とユウの話になる。
「アズールおそいねぇ。オレ、眠くなってきたぁ」
「アズールに限って寝坊なんてことはないでしょうが…珍しいですね」
「いつもこのくらいの時間なんですか?」
「ウン。アズールってば、いっつもうるせぇの!次に遅れたら契約書にサインさせますよ、って」
アズールは、今日、ここにユウがいることは知らなかった。なぜならユウが勝手に来たからだ。
アズールに黙って来てしまって、ユウにも多少の罪悪感はある。が、これはある計画のためだったから仕方がない。
ことの発端は数日前。
その日もユウはモストロ・ラウンジの料理を美味しい美味しいと食べていた。するとアズールがふと『ユウさんの手料理も食べてみたいです』なんて言ったのだ。それは独り言のように小さな声だったが、ユウの耳にはしっかりと届いていた。
聞かれていたなど、アズールは知る由もなかったが、聞こえたからには、"彼女"として、作らないという選択肢はない。
料理は決して得意ではなかったが、ユウは早起きしてお弁当を用意した。だからお昼を一緒に食べれたら嬉しいなと思いながら、こうして寮までお誘いにきたのだ。
「さすがに遅すぎますね。見に行きましょうか」
痺れを切らしたジェイドが率先してアズールの部屋へと足を向ける。
このまま待っているのもな、ということで、フロイドとユウも後について行った。
トントントン
数回のノックにも反応がない寮長室。
いよいよ不安になってきた三人は、扉を引いてみる。
「…扉の鍵、開いてますね」
「え?な、なにかあったんでしょうか…?」
「入っちゃう?」
「そうですね。緊急事態かもしれません」
『ユウさんは下がっていてください』と、念のため二人の背後に隠されながら、ゆっくりと扉が開く。その内は、しん…、と静まり返っていた。
「…いませんね」
「はぁ?ウソでしょ?」
「アズール先輩っ…どこ…」
しかしながら、扉の近くに置かれた学生カバンと散らばった靴をみる限り、どうやらアズールはこの部屋の中にいるようだ、と結論づける。
それならば手分けして探そう、と腕まくりをしたところで、部屋の一番奥に見えたものを指差したのはフロイドだった。
「あ。足だ」
「ヒッ…!?」
「ユウさんは見てはいけません」
サッと目隠しするあたり、さすがジェイドというところ。もしもアズールの身に何かが起きていた場合、最も傷つくのはユウだろう、という配慮からきた行動だ。
「フロイド、状況を」
「わかった」
真面目な顔でコクンとうなづいたフロイドは、念には念をいれ、そろりと部屋の奥、ベッドの向こう側に向かった。が、すぐに『は?』と間抜けな声が上がったのでジェイドは首を傾げる。
「フロイド、どうしました」
「いや、だって、あれ」
ジェイドの方に顔をむけ、どうしたもんかと微妙な顔をするので『ユウさんはそこを動かないでください』と、ユウを扉の近くに残してフロイドの隣へ向かう。
「……」
「僕はなんというバカ…」
「…アズール?」
「もうダメだ…僕はダメな男…」
「どったのアズール」
そこには、何処から取り出したのか、大きな壺に頭を突っ込んで猛省中のアズールがいた。
「…蛸壷が恋しくなったのですかアズール?」
「そんなわけあるか!…っ今は放っておいてもらえますか…」
「じゃあ一体…」
訳の分からないこの状況から逃げ出さなかったことを褒めてほしいと、ジェイドは思った。フロイドはすでに大きなため息をついている。
「なに、アズール、陸がいやんなったの?」
「ちがいますっっ!」
「じゃあどったのって」
「靴…」
「ハァ?靴?」
「…履き間違いました…」
そこでピンときたあたり、ジェイドの察しの良さはさすがであった。
「まさかアズール、貴方左から靴を」
「…はぁ…」
「え?靴がなに」
「アズールのジンクスですよ。大事な日の靴は右から履く」
「え?靴ってこの靴?左から履いたから凹んでんの?履き直せばいーじゃん」
「フロイドにはわかりませんよっ!!」
フロイドのあっけらかんとした声に、アズールの声がキィンと被さった。
「はぁ…フロイド、それは禁句ですよ。アズールにとってはそうはいかないということです」
「ッハー!?やってらんねー!アズールはさ、マジでスゲェやつだけど、こーゆーときポンコツだよね!」
『オレもうシラネ』と、フロイドは、アズールの安否を確認した途端に出て行った。残されたジェイドは頭を抱えてしまった。こうなったアズールは中々強情で、壺から出てくるのには時間がかかる。
しかしここで、扉の前に突っ立っていた存在を思い出し、これは名案、と顔をあげた。なるべく小さな声でユウを呼ぶ。
「ユウさん、そこの靴を持ってこちらへ来ていただけますか?」
「へ?」
完全に蚊帳の外にいたユウは、その声にハッと我に返って、靴を拾ってジェイドに近づいた。
「え…こ、これ…アズール先輩ですか…?」
「はい。それで、失礼なのですが、アズールに靴を履かせてやっていただけませんか?」
「?靴を?」
「そうです。その靴を。あ、必ず右からお願いします」
「は、はぁ…」
「それでは僕はこの辺で失礼します」
「えっ?!ジェイド先輩も行っちゃうんですか?!」
ユウの目の奥に不安が揺れているのは見て取れたが、自分がいるよりは二人きりの方がアズールにとっては良いだろうと判断し、申し訳ありませんがよろしくお願いします、と部屋を後にする。
無常にも、がちゃん、と大きな音がして扉は閉まってしまった。
残されたユウは途方にくれる。
ジェイドは右足から靴を履かせてやってくれ、と言っていたが、そんなことを自分がして、アズールを怒らせやしないか。
一方その頃、アズールはこんなことを考えていた。
『二人に僕の気持ちなんてわかるわけない。あの二人は僕とは違ってスマートだし、ノロマじゃないし』と。リーチ兄弟の気配がなくなったのを感じ取って少し寂しくなれど、今日の気分は最悪だし『もうどうにでもなれ、一日中ツボにこもってやる』とらしからぬ気持ちになりつつあった。
しかし。
「あの…」
「?!!!」
「アズール先輩…?足…失礼しますね…?」
「っなんであなたっ?!」
そんなアズールだったのに、予想外の声に頭の中が大混乱だ。
『この時間にこんな場所にいるはずのないユウさんがなぜここに?それよりもこんな状態の僕になぜ靴を?』と、焦る脳が必死に回答を導き出そうとぐるぐるする。
勢い、頭を動かしたそのとき。
ゴン!!
「!!ッテ!?」
「わっ?!」
壺の縁に強く頭をぶつけながらもなんとかそこからはいでれば、アズールの目の前には靴を持ったままポカンとしたユウがいた。
「ッ?!!!あ、ああああなたいつからそこに?!」
「へっ?あっ、いつから…えっと、最初、から…?」
「ヘァッ?!」
頓狂な声をあげてその言葉の意味を咀嚼する。
『最初から?ではあの、ツボに頭を突っ込んで、お尻だけ突き出した、あの状態の僕を、あんな無惨な姿の僕を、ずっと見られていたという?そういうことなのか?』そこまで考えて、アズールは絶望した。
「…ッ…もう…だめだ…」
全部全部ダメ。今まで順調に重ねてきたはずだった薔薇色の日々も、白紙に逆戻り。ユニーク魔法を消されてしまった時みたいな心持ちだ。
こんなに惨めな姿を見られてしまった。
もうーー嫌われたーーと、泣き喚きたい気持ちをすんでで留めて、体操座りをして身体を縮こませるも、その刹那、ふわりと何か暖かいものに包まれた。
「アズール先輩…泣かないで…?大丈夫、大丈夫です…」
「え…」
「私がいますから…」
その暖かいものがユウの身体だと気づくのに、ものの数秒だったが、アズールとしては、十分程度は固まっていた感覚だ。
「なにか辛いことがあったんですか…?私には想像もできないかもしれませんが、先輩の悲しみが消えるまで、ついていますから…大丈夫ですよ…」
よしよし、ギュッ、とまるで子供を慰めるかのように優しく優しく抱擁してくれるその小さな存在に、軽く目眩を覚える。
僕は嫌われていないのか、と、疑問のような安堵のような気持ちだった。
「っ…ユウ、さん…」
「はい?」
自分の身体にゆるく巻きついているその細い腕をそっと掴みながら、スリ、と身体を寄せてみると、ユウはアズールから離れる様子も嫌がる様子もなく、落ち着きましたか?と聴いてきた。
その言葉に、アズールは『なんという勘違いをしていたのだろうか。ユウさんはこんなにも、いつでも僕に寄り添ってくれているというのに』と独りごちる。それから深呼吸をひとつして、言葉を紡いだ。
「あの…日曜日、…僕と一緒に出かけませんか…?」
少し吃りながらも気持ちをストレートにぶつけてみれば、一瞬きょとんとした表情でアズールを見つめたユウはほんのり頬を染めて『喜んで…』と小さな返事が返した。
「デート、してください、僕と」
「もちろんです、よろしくお願いします」
嬉しくて、くすぐったい空気に、二人してクスクス笑い合う。
アズールは思う。
なんだ。ジンクスなんかなくたって、準備なんかなくたって。
彼女は僕を受け入れてくれるじゃないか、と。
完璧な僕などいらないのかもしれない。
彼女は僕を好きだと言ってくれるから。
その日から、靴のジンクスの効果はなくなった。
代わりにできたのは、おはようのキスのジンクスだった。