HAPPY EVER AFTER
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「よし、完璧だ!」
僕は目の前に並べたものを一通り検品して、大きくうなづいた。
この計画は言葉の通り、"完璧"だった。
完璧以外の何物にもなり得なかった。
そのはず、だった。
「あ、アズール先輩っ…選んでいただいたのは嬉しいのですがっ…!っすみません!!無理です!!!!」
なのに、なぜ彼女はこれを全否定したのだろうか。
「なぜです?!」
僕に突き返されたのは、彼女のために選んだ服であった。
話は数日前に遡る。
「ウィンターホリデー中は、みなさんとも会えなくなっちゃいますね。少し寂しい」
そんな言葉をこぼして苦笑したユウさんは『こんなこと言ってちゃだめですね~!!』と元気に笑い飛ばしていたものの、その表情と言ったら『健気すぎてつらい!!可愛い!!蛸壺に引き摺り込みたい!』と胸中で叫ぶほどの威力はあったので、ホリデー中に何かせねばと頭を捻った挙句、いつぞやの薬を渡すので海へ遊びにきませんか?、と勇気を振り絞ってお誘いするに至ったのだ。
しかし、僕の意に反して、返ってきたのはこんな言葉だった。
「ありがとうございます!でも…お誘いはとても嬉しいんですけれど、私、出かけるための服を持ってないので…一緒に出かけたら、先輩が恥ずかしいと思うから…。今回は、ご遠慮しますね」
それを聞いた僕は耳を疑う。
私服がない?
そんなことがあっていいものかと。
それなら僕が用意するから来なさいと。
息巻いて約束を取り付けた。
しかしながら、そこで問題が発生した。
いかんせん、陸の女性の普段着などわかったものではない。もちろんできる限り調べはしたが準備期間が足りるはずもない。同じ時期に陸にきたジェイドやフロイドの知識も言わずもがなだろう。
というか見つけたとしても購買で手に入れるのか?それとも街に出て一人で買うのか。
さまざまなことを考える悩ましい日が、一日、また一日と過ぎていく。
そんな中、たまたま活動日だったボードゲーム部でイデアさんにも差し障りのない程度に事情を話してみたのが大当たり。
悩みは嘘のように消え、あれよあれよという間にネットを駆使して情報を集めた僕たちは、いくつか商品を見繕ってその勢いのままに注文まで終えたのだった。
これで、問題はなかった。
何の抜かりもなかったはずだった。
そして冒頭に戻る。
「なぜ!?」
「おや、アズールじゃないですか。どうしたんです?ユウさんに会いに行ったのではなかったのですか?」
「ジェイド…」
もう嫌だ!!とクソデカボイスで叫びそうになったところで、ジェイドが僕を覗き込んだ。ともすれば発狂ものの感情を必死に抑えたところで力尽きたので、項垂れながら僕はポツリポツリと状況を説明した。
「それはそれは…。そうですね…そちら、僕にも見せていただけますか?」
「えぇもちろんですよ…もう必要のないものなので」
どうにでもなれ!と、買った服をジェイドに投げつけるように渡すと、服を並べて一拍。
ジェイドが口を覆ったのを、僕は見逃さなかった。
「っ…!、ふ、ふふ…これはっ…!!」
「何か言いたいことがあるならハッキリ言え!」
「いえ…あの、どれも惜しいと言いますか…例えばこのワンショルダートップス。これでは、ユウさんのような華奢な身体ではずれ落ちてしまうのでは?胸元も気になるでしょうし…」
「…サイズ感は確かに間違えたかもしれないとは思う」
「それにこのマーメイドスカート。このトップスに合わせるには些か地味といいますか…」
「セットものじゃないところから引っ張ってきたからだ…」
「…こちらのワンピースも彼女の背丈を鑑みると少しばかり大きいかと。なるほど…色々と理由はあるようですが…しかしこの際それらは置いておくとして…こちらはなんなんですか?」
最後に残ったそれを指さしたジェイドは、先ほどよりも大きく肩を揺らしている。
バレないとでも思っているのだろうか。
「水着に決まっているじゃないですか。それは場合によっては必要だと思ったので渡しました。人魚だってメスは胸を隠すために貝殻を身につけていたでしょう?彼女らとの違いをユウさんが変に気にするかもしれない。似たような可愛らしいものがいいかと思って注文したのですが、僕が思っていたよりも水に弱そうですね」
購入したテロリと柔らかい生地のそれを改めて手にして見つめた。
メスの人魚が身につけるそれは、なんだかんだもっとしっかりしていた気がするが。
「ぶふっっ……!!」
「っ!?なんですか!?だから言いたいことがあるのならハッキリ言いなさいと、」
「い、いえ…アズール、本当に気付いていないのですか?それじゃあユウさんだって怒ります」
「え?」
ジェイドの見解では、水着と思っていた手の中のこれは下着らしかった。
話を聞いているうちに、背筋を伝っていくのは冷や汗。
「僕も詳しいわけではありませんが、この形状と肌触りからして、水着ではないと思います。現代は見られても恥ずかしくないような下着も多いようですし。恐らく」
「ぼ、くは…なんてことを…」
「これではいかがわしいことに誘っているようなものですよ、アズール」
「な!?」
「こんなものを渡したら、ユウさんだってどんな表情で受け取ればよいのか困るのは目に見えています。それで真っ向で全否定という選択肢に至ったのではないですか?」
焦っていたとはいえ、少し考えれば気づけることに違和感も覚えなかったことは嘆かわしい。
全部全部空回ってしまった。
「はぁ…やっぱり僕は全然昔と変わらない…」
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでください、アズール。なんにせよ、ユウさんのことを思ってやったことです。きちんと理由を説明すればわかってもらえますよきっと」
「そんな傷口に泥を塗るような真似できませんよ」
「何を言っているのですか。些細なことで、今後一生ユウさんに嫌われてしまうよりマシでしょうに。それとも僕のユニーク魔法・ 齧り取る歯 でも使いましょうか」
「やめろ」
頭を抱えてしまったが、こうなったらジェイドはテコでも動かない。
何せ面白いことには地の底まで顔を突っ込んでくるのだから。
「どうしますか?」
「わかりましたよ…行きますったら!理由をね、説明しますよ、わかりました!…ただ…どうしましょう…。もう女性の服なんて何も思いつきません、僕には…」
「そうですね…ああ、でもこのワンピースなら、丈が長すぎるだけですし、ベルトでも巻いて裾をあげたら彼女でも着られるのでは?この間、ヴィルさんに見せていただいた雑誌に載っていた気がしますよ」
「なるほど!!最初からジェイドに聞けばよかった!」
決まってしまえば僕の動きは素早い。
服を掴んで寮を飛び出した。
そうしてまた数日が経ち、迎えたウィンターホリデー。
学内がシン、と静まるこの期間。
僕はなぜかまだオクタヴィネル寮の長い廊下の真ん中に座り込んでいた。普段は通ることのない、ラウンジとは反対側に伸びる廊下に。一人ではなく、ユウさんと一緒に。
あの日、全ての理由を説明しに行けば『なんで話してくれなかったんですか、むしろこちらがすみませんでした』と謝られて、すぐにすれ違いは元通り。加えて『せっかく選んでいただいた洋服なので大切にします、少しリメイクはするけれど』なんてはにかむので、小さくガッツポーズした。
なお、水着については、またサイズ違いだなんだのを起こすのも勿体無いし、一緒に選びに行くのも恥ずかしいと言うことで、買うのはNGを出されてしまったので、それならば…と提案された計画が、今日ここで実行されたのだ。
すなわち『オクタヴィネル寮って、私が元いた場所に水族館という施設に似てるんです。普段は人がいるから落ち着いてみられないけれど、モストロ・ラウンジから見えるのとはまた違った景色を観たいです。アズール先輩、もしよかったら…ウィンターホリデー中の一日だけでいいので、私に時間をもらえませんか?』という計画が。
静かな寮内は、毎日過ごしている場所であるにもかかわらず、二人きりとなると空気自体がなんとなくくすぐったい。
なるほど、恋とは不思議なものだ。
「わ!わ!ねぇアズール先輩!あれはなんですか!!」
「あ、え?…あれ?どれのことですか?」
一人で物思いに耽っていたせいで、彼女の視線の先を見ておらず、キョロキョロしてしまう。
「ああっ!あれ…?いなくなっ…あっ!あれですあれ、あの…ッ!!」
「っ!!」
ユウさんは、何か真新しいものを見つけたのか、興奮のあまりに僕に身を寄せ過ぎた。結果、バランスを崩して二人して床に倒れ込む。
「っ…たた…」
「す、すみませ…んっ?!!!」
「あのっ、!!」
むに、と触れたのは柔らかい彼女の身体。
僕のプレゼントした、ニットワンピース(と、おそらくあの下着)を身につけているだろうユウさんのボディラインは、いつも以上によくわかる。
それを感じ取った僕の視界は、ぐるぐる回り始める。
めまい?
いや、額が熱い。あついーー
「先輩!?アズール先輩!?」
遠くでユウさんの声が聞こえたのを最後に、僕は意識を手放した。
*
「…ん、」
「あっ…!アズールせんぱいっ…!目が覚めましたか…?」
「……僕は…?」
目を開けると、視界いっぱいを心配そうなユウさんの顔が覆う。
状況がよくわからなくて、ぼんやりと頭を考えを巡らせる。
「ごめんなさい、私がはしゃぎ過ぎてしまったから…アズール先輩を床に倒してしまって…。先輩、そのまま気を失ってしまったから、頭でも打ったのかと心配しました…気がついてよかった…ほんとうに…」
「床…倒れ…」
「毎日お疲れのところ、せっかくのウィンターホリデーまでわがままを言ってしまって本当にごめんなさい…」
しゅん、と項垂れたユウさんの顔を見て、心臓のあたりがキュゥと痛んだところで、少し前のことを思い出した僕は『そうじゃない、ユウさんのせいじゃない』と思ったが、プライドが邪魔をして声が出ない。
そこでふと、気付いた。
なんで目の前にユウさんの顔と、天井が。
天井?
「あの」
「はい…?あっ、お水飲みますか…?」
「いや、」
「あっ、待って、まだ体は起こさない方がいいです。もう少しこのまま寝ていてください」
「寝て…?」
頭をよしよしと撫でる手。もう片方の手は、胸の辺りに置かれた僕の手を軽く握ってくれている。そして彼女は僕を上から覗き込む。
間違いなく、これはかの有名な「膝枕」というやつだと理解した途端、また、顔がカカカカ、と熱を帯びた。
「先輩?!真っ赤!!熱?!どうしよう…!誰もいないのにっ…!」
「っだっ、大丈夫ですからっ!!あのっ、も、もう少しこのままいれば、慣れますから!!」
「慣れ??」
「いや!!なんでもありませんから!!と、とにかくわかりましたからこのままいますから顔を見ないで!!」
「ひゃ!す、すみませんっ!」
真っ赤と言われた自分の顔は、自分の腕で覆い隠して。なんとか自我を保とうとするも、気づいてしまえば、頭の下にあるのはふとももだとか、この微かな香りはユウさんの匂いなのかとか、変なことばかり考えてしまってどうしようもない。
本当に、嫌になる。
「…申し訳…ありません…せっかく…遊びに来ていただいたのに…」
僕が愚図なタコ野朗だから。
その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、呟くような優しい声が降ってくる。
「ありがとうございます…今日、アズール先輩と、一緒にいられてよかった…」
アズール先輩がいたから、見れた景色ですね。
そんな一言に涙が出そうになるくらい嬉しいだなんて、貴女は知らないだろうけど。
「ありがとう、ございます…」
「ふふっ、こちらが、ですよ?」
ウィンターホリデーなんてラウンジも儲からない最低な期間と思っていたが、こういうことなら『あっても良いな』と、僕は再び目を閉じた。
僕は目の前に並べたものを一通り検品して、大きくうなづいた。
この計画は言葉の通り、"完璧"だった。
完璧以外の何物にもなり得なかった。
そのはず、だった。
「あ、アズール先輩っ…選んでいただいたのは嬉しいのですがっ…!っすみません!!無理です!!!!」
なのに、なぜ彼女はこれを全否定したのだろうか。
「なぜです?!」
僕に突き返されたのは、彼女のために選んだ服であった。
話は数日前に遡る。
「ウィンターホリデー中は、みなさんとも会えなくなっちゃいますね。少し寂しい」
そんな言葉をこぼして苦笑したユウさんは『こんなこと言ってちゃだめですね~!!』と元気に笑い飛ばしていたものの、その表情と言ったら『健気すぎてつらい!!可愛い!!蛸壺に引き摺り込みたい!』と胸中で叫ぶほどの威力はあったので、ホリデー中に何かせねばと頭を捻った挙句、いつぞやの薬を渡すので海へ遊びにきませんか?、と勇気を振り絞ってお誘いするに至ったのだ。
しかし、僕の意に反して、返ってきたのはこんな言葉だった。
「ありがとうございます!でも…お誘いはとても嬉しいんですけれど、私、出かけるための服を持ってないので…一緒に出かけたら、先輩が恥ずかしいと思うから…。今回は、ご遠慮しますね」
それを聞いた僕は耳を疑う。
私服がない?
そんなことがあっていいものかと。
それなら僕が用意するから来なさいと。
息巻いて約束を取り付けた。
しかしながら、そこで問題が発生した。
いかんせん、陸の女性の普段着などわかったものではない。もちろんできる限り調べはしたが準備期間が足りるはずもない。同じ時期に陸にきたジェイドやフロイドの知識も言わずもがなだろう。
というか見つけたとしても購買で手に入れるのか?それとも街に出て一人で買うのか。
さまざまなことを考える悩ましい日が、一日、また一日と過ぎていく。
そんな中、たまたま活動日だったボードゲーム部でイデアさんにも差し障りのない程度に事情を話してみたのが大当たり。
悩みは嘘のように消え、あれよあれよという間にネットを駆使して情報を集めた僕たちは、いくつか商品を見繕ってその勢いのままに注文まで終えたのだった。
これで、問題はなかった。
何の抜かりもなかったはずだった。
そして冒頭に戻る。
「なぜ!?」
「おや、アズールじゃないですか。どうしたんです?ユウさんに会いに行ったのではなかったのですか?」
「ジェイド…」
もう嫌だ!!とクソデカボイスで叫びそうになったところで、ジェイドが僕を覗き込んだ。ともすれば発狂ものの感情を必死に抑えたところで力尽きたので、項垂れながら僕はポツリポツリと状況を説明した。
「それはそれは…。そうですね…そちら、僕にも見せていただけますか?」
「えぇもちろんですよ…もう必要のないものなので」
どうにでもなれ!と、買った服をジェイドに投げつけるように渡すと、服を並べて一拍。
ジェイドが口を覆ったのを、僕は見逃さなかった。
「っ…!、ふ、ふふ…これはっ…!!」
「何か言いたいことがあるならハッキリ言え!」
「いえ…あの、どれも惜しいと言いますか…例えばこのワンショルダートップス。これでは、ユウさんのような華奢な身体ではずれ落ちてしまうのでは?胸元も気になるでしょうし…」
「…サイズ感は確かに間違えたかもしれないとは思う」
「それにこのマーメイドスカート。このトップスに合わせるには些か地味といいますか…」
「セットものじゃないところから引っ張ってきたからだ…」
「…こちらのワンピースも彼女の背丈を鑑みると少しばかり大きいかと。なるほど…色々と理由はあるようですが…しかしこの際それらは置いておくとして…こちらはなんなんですか?」
最後に残ったそれを指さしたジェイドは、先ほどよりも大きく肩を揺らしている。
バレないとでも思っているのだろうか。
「水着に決まっているじゃないですか。それは場合によっては必要だと思ったので渡しました。人魚だってメスは胸を隠すために貝殻を身につけていたでしょう?彼女らとの違いをユウさんが変に気にするかもしれない。似たような可愛らしいものがいいかと思って注文したのですが、僕が思っていたよりも水に弱そうですね」
購入したテロリと柔らかい生地のそれを改めて手にして見つめた。
メスの人魚が身につけるそれは、なんだかんだもっとしっかりしていた気がするが。
「ぶふっっ……!!」
「っ!?なんですか!?だから言いたいことがあるのならハッキリ言いなさいと、」
「い、いえ…アズール、本当に気付いていないのですか?それじゃあユウさんだって怒ります」
「え?」
ジェイドの見解では、水着と思っていた手の中のこれは下着らしかった。
話を聞いているうちに、背筋を伝っていくのは冷や汗。
「僕も詳しいわけではありませんが、この形状と肌触りからして、水着ではないと思います。現代は見られても恥ずかしくないような下着も多いようですし。恐らく」
「ぼ、くは…なんてことを…」
「これではいかがわしいことに誘っているようなものですよ、アズール」
「な!?」
「こんなものを渡したら、ユウさんだってどんな表情で受け取ればよいのか困るのは目に見えています。それで真っ向で全否定という選択肢に至ったのではないですか?」
焦っていたとはいえ、少し考えれば気づけることに違和感も覚えなかったことは嘆かわしい。
全部全部空回ってしまった。
「はぁ…やっぱり僕は全然昔と変わらない…」
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでください、アズール。なんにせよ、ユウさんのことを思ってやったことです。きちんと理由を説明すればわかってもらえますよきっと」
「そんな傷口に泥を塗るような真似できませんよ」
「何を言っているのですか。些細なことで、今後一生ユウさんに嫌われてしまうよりマシでしょうに。それとも僕のユニーク魔法・
「やめろ」
頭を抱えてしまったが、こうなったらジェイドはテコでも動かない。
何せ面白いことには地の底まで顔を突っ込んでくるのだから。
「どうしますか?」
「わかりましたよ…行きますったら!理由をね、説明しますよ、わかりました!…ただ…どうしましょう…。もう女性の服なんて何も思いつきません、僕には…」
「そうですね…ああ、でもこのワンピースなら、丈が長すぎるだけですし、ベルトでも巻いて裾をあげたら彼女でも着られるのでは?この間、ヴィルさんに見せていただいた雑誌に載っていた気がしますよ」
「なるほど!!最初からジェイドに聞けばよかった!」
決まってしまえば僕の動きは素早い。
服を掴んで寮を飛び出した。
そうしてまた数日が経ち、迎えたウィンターホリデー。
学内がシン、と静まるこの期間。
僕はなぜかまだオクタヴィネル寮の長い廊下の真ん中に座り込んでいた。普段は通ることのない、ラウンジとは反対側に伸びる廊下に。一人ではなく、ユウさんと一緒に。
あの日、全ての理由を説明しに行けば『なんで話してくれなかったんですか、むしろこちらがすみませんでした』と謝られて、すぐにすれ違いは元通り。加えて『せっかく選んでいただいた洋服なので大切にします、少しリメイクはするけれど』なんてはにかむので、小さくガッツポーズした。
なお、水着については、またサイズ違いだなんだのを起こすのも勿体無いし、一緒に選びに行くのも恥ずかしいと言うことで、買うのはNGを出されてしまったので、それならば…と提案された計画が、今日ここで実行されたのだ。
すなわち『オクタヴィネル寮って、私が元いた場所に水族館という施設に似てるんです。普段は人がいるから落ち着いてみられないけれど、モストロ・ラウンジから見えるのとはまた違った景色を観たいです。アズール先輩、もしよかったら…ウィンターホリデー中の一日だけでいいので、私に時間をもらえませんか?』という計画が。
静かな寮内は、毎日過ごしている場所であるにもかかわらず、二人きりとなると空気自体がなんとなくくすぐったい。
なるほど、恋とは不思議なものだ。
「わ!わ!ねぇアズール先輩!あれはなんですか!!」
「あ、え?…あれ?どれのことですか?」
一人で物思いに耽っていたせいで、彼女の視線の先を見ておらず、キョロキョロしてしまう。
「ああっ!あれ…?いなくなっ…あっ!あれですあれ、あの…ッ!!」
「っ!!」
ユウさんは、何か真新しいものを見つけたのか、興奮のあまりに僕に身を寄せ過ぎた。結果、バランスを崩して二人して床に倒れ込む。
「っ…たた…」
「す、すみませ…んっ?!!!」
「あのっ、!!」
むに、と触れたのは柔らかい彼女の身体。
僕のプレゼントした、ニットワンピース(と、おそらくあの下着)を身につけているだろうユウさんのボディラインは、いつも以上によくわかる。
それを感じ取った僕の視界は、ぐるぐる回り始める。
めまい?
いや、額が熱い。あついーー
「先輩!?アズール先輩!?」
遠くでユウさんの声が聞こえたのを最後に、僕は意識を手放した。
*
「…ん、」
「あっ…!アズールせんぱいっ…!目が覚めましたか…?」
「……僕は…?」
目を開けると、視界いっぱいを心配そうなユウさんの顔が覆う。
状況がよくわからなくて、ぼんやりと頭を考えを巡らせる。
「ごめんなさい、私がはしゃぎ過ぎてしまったから…アズール先輩を床に倒してしまって…。先輩、そのまま気を失ってしまったから、頭でも打ったのかと心配しました…気がついてよかった…ほんとうに…」
「床…倒れ…」
「毎日お疲れのところ、せっかくのウィンターホリデーまでわがままを言ってしまって本当にごめんなさい…」
しゅん、と項垂れたユウさんの顔を見て、心臓のあたりがキュゥと痛んだところで、少し前のことを思い出した僕は『そうじゃない、ユウさんのせいじゃない』と思ったが、プライドが邪魔をして声が出ない。
そこでふと、気付いた。
なんで目の前にユウさんの顔と、天井が。
天井?
「あの」
「はい…?あっ、お水飲みますか…?」
「いや、」
「あっ、待って、まだ体は起こさない方がいいです。もう少しこのまま寝ていてください」
「寝て…?」
頭をよしよしと撫でる手。もう片方の手は、胸の辺りに置かれた僕の手を軽く握ってくれている。そして彼女は僕を上から覗き込む。
間違いなく、これはかの有名な「膝枕」というやつだと理解した途端、また、顔がカカカカ、と熱を帯びた。
「先輩?!真っ赤!!熱?!どうしよう…!誰もいないのにっ…!」
「っだっ、大丈夫ですからっ!!あのっ、も、もう少しこのままいれば、慣れますから!!」
「慣れ??」
「いや!!なんでもありませんから!!と、とにかくわかりましたからこのままいますから顔を見ないで!!」
「ひゃ!す、すみませんっ!」
真っ赤と言われた自分の顔は、自分の腕で覆い隠して。なんとか自我を保とうとするも、気づいてしまえば、頭の下にあるのはふとももだとか、この微かな香りはユウさんの匂いなのかとか、変なことばかり考えてしまってどうしようもない。
本当に、嫌になる。
「…申し訳…ありません…せっかく…遊びに来ていただいたのに…」
僕が愚図なタコ野朗だから。
その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、呟くような優しい声が降ってくる。
「ありがとうございます…今日、アズール先輩と、一緒にいられてよかった…」
アズール先輩がいたから、見れた景色ですね。
そんな一言に涙が出そうになるくらい嬉しいだなんて、貴女は知らないだろうけど。
「ありがとう、ございます…」
「ふふっ、こちらが、ですよ?」
ウィンターホリデーなんてラウンジも儲からない最低な期間と思っていたが、こういうことなら『あっても良いな』と、僕は再び目を閉じた。