Hug me Kiss me Everyday!
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突然『それ』が起こったら?
想像しなかったわけじゃなかった。
だってこちらに来たときのことだって、朧げに覚えている限りの記憶しかないのだ。
帰るその瞬間が、いつ、どこでやってきてもおかしくないだろうと、そう思っていた。
だからこそ、フロイド先輩には付かず離れず、どうなっても大丈夫なように接してきた。
一番近くて、一番遠い。
そんな関係がとても残酷だとわかっていたけれど、仕方なかった。
『もし小エビちゃんがどっか行っちゃったとして、そしたらさ、海飛び出して、なんなら空も飛び越えて、何処へだって会いに行くよ俺。それで、小エビちゃんを絶対見つける。異世界でもなんでも構わねぇ。探し出して、世界中に、この子は俺のだー!って抱きしめてあげる。』
あの日のその言葉を信じないわけじゃない。
そうだったらいいなという、淡い、期待をした。
それくらい許してほしかった。だって多分、そうなりはしないから。
忘れてしまっても、心の何処かに棘を残してほしかった。
私だけ何もかも忘れてのうのうと生きるなんて、許されない。
痛みを残して。お願いだから。
*
「うわーん…!こんなに遅くなるなんて聞いてないよ〜っ…!」
空にはお月様が上っている時ごろに、私は一人、学園内を小走りで駆け抜けていた。
学園長に呼び出されて小間使いをさせられるのにも慣れてはいるけれど、こちらは一応女子なのだ。せめて夕日が照らす道を帰してほしかった。でも、もう暮れてしまった日が明るくなるは明日の朝だ。仕方なく、一人暗い校舎を進む以外に道はない。
「グリム、お腹空かせてるかなぁ…」
明後日のことを考えて、恐怖を霧散させようとするも目の前の闇はすぐに私を飲み込もうとする。
カツンカツン……カツンカツン……ょ…カツンカツン…こ…だ…カツンカツン…
「…え…?」
自分の足音が反響する中に、何か別の音が混じったような気がして、足を止めた私は、すぐにそれを後悔した。どうしてヒトは大事なことには気づけないのに、知りたくないことは気にしてしまうんだろうか。冷静を取り戻したくてそんなことを考えるも、気づいたそれはなかったことにならない。
「誰かいるの…?」
来た道を見返しても暗闇には誰もいなかった。当たり前だ。一人で歩いてきたんだから、ここまで。
「やだ…どうしよう…」
足を止めないで、早く、早くオンボロ寮に。焦る気持ちに引かれるように前に向き直ろうとしたときだった。足にまとわりつくような白い煙が何処からか地を這うようにして私を囲んでいるのに気づいたのは。
なんだろうこれは、と、そう思ったときにはもう遅く、足は勝手にその出所だろうとある部屋へと誘われていた。
ガラリと扉を開ける感覚は、私にはない。煙に誘われるままにふらふらと部屋の中を進んだ先にあった分厚い布。私の手は、迷わずそれを除けた。
「かがみ…?」
鏡面に指が触れ、ユラリ、それが波打った。
(まずい、これは。)
そう思ったときには、時すでに遅し。声を出す間もなく、私の身体は鏡に吸い込まれてしまった。
✳︎
「・・・!・・・ったら!いいかげんに起きな〜!」
「っは!」
飛び跳ねるように顔を上げると、とても眩しかった。
いつもの教室。周りにはいつも一緒にいた友達。普段通りの光景が広がっている。
「え…私、」
「ねー次体育だよ?着替えないと!」
「あれ…そう、だっけ?」
「まだ寝ぼけてるの?先生に気づかれなかったからよかったけどさー、あんたずっと寝てたみたいだよ、授業中。隣の席の男子がつついてんの、アタシ見た。」
「ほんと?」
「…大丈夫?体調でも悪いの?」
話しかけてきた友達は、訝しげに眉を顰めて私の顔を覗き込む。私は調子が悪かったのだろうか。そうか、調子が悪かったから何か変な違和感があるのか。だってここは。
「現実…だもんね…?」
「はぁ?本当に変な夢でも見てたんじゃない?あんまり気持ち悪いんなら先生に言っとくから保健室で休みなよ?」
「…うん…なんか…そうだね…、そうする。ごめん、」
「おっけー!そんじゃまた後でね!お大事に!」
ぶんぶん手を振って教室を出て行った友人の背を見送りながら、自分が来ている制服をみる。
私の制服はこんな色をしていたっけ?私の制服はスカートだったっけ?私は、いつも一人でいたっけ?違和感が拭えない。何かが足りない。でもそれがなんなのかわからない。
保健室へ歩を進めようとして、校舎を見回すとやはりこれも違和感がある。
「なんなの…?私どうしちゃったんだろう…」
自分が自分でないような錯覚を覚える。私はここに立っているのに。この校舎に。この、現実に。
「現実…」
さっき友人に「変な夢」と称された言葉。夢と現実。その境目は一体どこにあるのだろう。
今、私が寝ているか起きているかなど、誰がどう判別するのだろうか。
「…わからない…」
ポツリと呟いた言葉は、チャイムの音にかき消された。
その日、私はずっと謎の浮遊感に苛まれた。
家に着いてもそれは変わらず、ぼーっとしている私を見て家族が不審な顔をする場面も何度か。『どうしたの?』と私を心配する言葉を受け続けるのにも参ってしまい、ちょっと調子が悪いみたいと部屋に引きこもることにする。
ベッドに寝転がってみる。この部屋は、見慣れたはずの私の部屋なのに、どうしてか安心ができない。
ごろり、ごろり。数回寝返りを打っても落ち着かず、起き上がる。何もすることがなく、手持ち無沙汰。ふと、机の上に置かれていたスマートフォンに目が引き寄せられて画面を覗いてみる。ホームボタンを押して数秒。パスワード入力を促されたが、手が止まってしまった。『なんだっけ。この番号。』毎日触れているはずのスマートフォンのロックが外せず、はて?と首を捻ったその時だった。
『マジカメチェックするんだゾ!』
「え?」
何処からか聞こえた声は、脳に懐かしく響いた。
「だれ…?」
呟きに返ってくる反応はない。それ以上に聞こえるものがなくて自分の手のひらを見つめた。
「私は、一体何を忘れているんだろう…」
ずっともやもやが晴れないのだ。この気持ちの正体は、なんだろう。
「もう、嫌だ…私は、…私は何者なの?」
硬く瞳を閉じて、頭の上から布団をかぶる。
その日は夢も見ることなく、深い深い闇の底まで意識が堕ちていった。
想像しなかったわけじゃなかった。
だってこちらに来たときのことだって、朧げに覚えている限りの記憶しかないのだ。
帰るその瞬間が、いつ、どこでやってきてもおかしくないだろうと、そう思っていた。
だからこそ、フロイド先輩には付かず離れず、どうなっても大丈夫なように接してきた。
一番近くて、一番遠い。
そんな関係がとても残酷だとわかっていたけれど、仕方なかった。
『もし小エビちゃんがどっか行っちゃったとして、そしたらさ、海飛び出して、なんなら空も飛び越えて、何処へだって会いに行くよ俺。それで、小エビちゃんを絶対見つける。異世界でもなんでも構わねぇ。探し出して、世界中に、この子は俺のだー!って抱きしめてあげる。』
あの日のその言葉を信じないわけじゃない。
そうだったらいいなという、淡い、期待をした。
それくらい許してほしかった。だって多分、そうなりはしないから。
忘れてしまっても、心の何処かに棘を残してほしかった。
私だけ何もかも忘れてのうのうと生きるなんて、許されない。
痛みを残して。お願いだから。
*
「うわーん…!こんなに遅くなるなんて聞いてないよ〜っ…!」
空にはお月様が上っている時ごろに、私は一人、学園内を小走りで駆け抜けていた。
学園長に呼び出されて小間使いをさせられるのにも慣れてはいるけれど、こちらは一応女子なのだ。せめて夕日が照らす道を帰してほしかった。でも、もう暮れてしまった日が明るくなるは明日の朝だ。仕方なく、一人暗い校舎を進む以外に道はない。
「グリム、お腹空かせてるかなぁ…」
明後日のことを考えて、恐怖を霧散させようとするも目の前の闇はすぐに私を飲み込もうとする。
カツンカツン……カツンカツン……ょ…カツンカツン…こ…だ…カツンカツン…
「…え…?」
自分の足音が反響する中に、何か別の音が混じったような気がして、足を止めた私は、すぐにそれを後悔した。どうしてヒトは大事なことには気づけないのに、知りたくないことは気にしてしまうんだろうか。冷静を取り戻したくてそんなことを考えるも、気づいたそれはなかったことにならない。
「誰かいるの…?」
来た道を見返しても暗闇には誰もいなかった。当たり前だ。一人で歩いてきたんだから、ここまで。
「やだ…どうしよう…」
足を止めないで、早く、早くオンボロ寮に。焦る気持ちに引かれるように前に向き直ろうとしたときだった。足にまとわりつくような白い煙が何処からか地を這うようにして私を囲んでいるのに気づいたのは。
なんだろうこれは、と、そう思ったときにはもう遅く、足は勝手にその出所だろうとある部屋へと誘われていた。
ガラリと扉を開ける感覚は、私にはない。煙に誘われるままにふらふらと部屋の中を進んだ先にあった分厚い布。私の手は、迷わずそれを除けた。
「かがみ…?」
鏡面に指が触れ、ユラリ、それが波打った。
(まずい、これは。)
そう思ったときには、時すでに遅し。声を出す間もなく、私の身体は鏡に吸い込まれてしまった。
✳︎
「・・・!・・・ったら!いいかげんに起きな〜!」
「っは!」
飛び跳ねるように顔を上げると、とても眩しかった。
いつもの教室。周りにはいつも一緒にいた友達。普段通りの光景が広がっている。
「え…私、」
「ねー次体育だよ?着替えないと!」
「あれ…そう、だっけ?」
「まだ寝ぼけてるの?先生に気づかれなかったからよかったけどさー、あんたずっと寝てたみたいだよ、授業中。隣の席の男子がつついてんの、アタシ見た。」
「ほんと?」
「…大丈夫?体調でも悪いの?」
話しかけてきた友達は、訝しげに眉を顰めて私の顔を覗き込む。私は調子が悪かったのだろうか。そうか、調子が悪かったから何か変な違和感があるのか。だってここは。
「現実…だもんね…?」
「はぁ?本当に変な夢でも見てたんじゃない?あんまり気持ち悪いんなら先生に言っとくから保健室で休みなよ?」
「…うん…なんか…そうだね…、そうする。ごめん、」
「おっけー!そんじゃまた後でね!お大事に!」
ぶんぶん手を振って教室を出て行った友人の背を見送りながら、自分が来ている制服をみる。
私の制服はこんな色をしていたっけ?私の制服はスカートだったっけ?私は、いつも一人でいたっけ?違和感が拭えない。何かが足りない。でもそれがなんなのかわからない。
保健室へ歩を進めようとして、校舎を見回すとやはりこれも違和感がある。
「なんなの…?私どうしちゃったんだろう…」
自分が自分でないような錯覚を覚える。私はここに立っているのに。この校舎に。この、現実に。
「現実…」
さっき友人に「変な夢」と称された言葉。夢と現実。その境目は一体どこにあるのだろう。
今、私が寝ているか起きているかなど、誰がどう判別するのだろうか。
「…わからない…」
ポツリと呟いた言葉は、チャイムの音にかき消された。
その日、私はずっと謎の浮遊感に苛まれた。
家に着いてもそれは変わらず、ぼーっとしている私を見て家族が不審な顔をする場面も何度か。『どうしたの?』と私を心配する言葉を受け続けるのにも参ってしまい、ちょっと調子が悪いみたいと部屋に引きこもることにする。
ベッドに寝転がってみる。この部屋は、見慣れたはずの私の部屋なのに、どうしてか安心ができない。
ごろり、ごろり。数回寝返りを打っても落ち着かず、起き上がる。何もすることがなく、手持ち無沙汰。ふと、机の上に置かれていたスマートフォンに目が引き寄せられて画面を覗いてみる。ホームボタンを押して数秒。パスワード入力を促されたが、手が止まってしまった。『なんだっけ。この番号。』毎日触れているはずのスマートフォンのロックが外せず、はて?と首を捻ったその時だった。
『マジカメチェックするんだゾ!』
「え?」
何処からか聞こえた声は、脳に懐かしく響いた。
「だれ…?」
呟きに返ってくる反応はない。それ以上に聞こえるものがなくて自分の手のひらを見つめた。
「私は、一体何を忘れているんだろう…」
ずっともやもやが晴れないのだ。この気持ちの正体は、なんだろう。
「もう、嫌だ…私は、…私は何者なの?」
硬く瞳を閉じて、頭の上から布団をかぶる。
その日は夢も見ることなく、深い深い闇の底まで意識が堕ちていった。
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