Sweet Dreams
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ユウさんに避けられている。
その明確な事実は、少なからず僕にダメージを与えていたようだった。
「僕の傍からいなくならなくて、いいんです。」
「アズールともフロイドとも、もちろんキノコとも山とも違う存在として、引き続き僕を楽しませてくださいね。」
そう、きちんと説明したはずなのに、なぜその結果が「小エビちゃん、ジェイドのこと嫌いになりたいんだってさ」になるのだろうか。
その日の仕事が終わり、部屋に戻った僕は、軽くシャワーを浴びてから、新しいテラリウム作りに取り掛かった。
手を動かしながら、今日あったことを思い返す。
「わからない…」
フロイドは熱し易く冷め易いが、僕は反対に、熱しにくいタイプだった。
ただしその分、執着心は人よりも強い。
山に神秘を感じ同好会を作ったり、苗床まで作ってきのこを育てたり。
普通はそこまでやらない、と何度アズールやフロイドに言われたかわからない。
要は、陸の人間だから、海の人魚だから、というくくりではなく個々の生き物として、僕たちは一人ずつ全然違っているのだ。
フロイドと僕が違う考えをするように、僕とユウさんも別の考えを持っている。
そんなことはわかっている。
わかっているからこそ、わからなかった。
好きと言う気持ちには種類があるのか?
好きと言うのは、番になりたいとか、そう言う気持ちだろう。
その気持ちは、それほどすぐに「嫌い」に変えたくなるものなのか。少なくとも、僕たちが陸に上がるにあたり読んだ本や、海の中にある小説では、そんなことはなかったはずだ。
僕たちに懐いていたユウさんのことは、付かず離れず三人で世話を焼いていた。
僕は3人と1人で楽しい時間を過ごしたかった。
アズールとフロイドがいれば楽しかった僕の世界は閉じていたのか?
どうせいなくなる存在ならば、面白い要素だけ置いていってくれればいいのに。
それ以上も以下もいらないじゃないか。
彼女が僕を楽しませてくれる存在なのは確かだが、それ以上を望む気持ちは特になかった…はずだった。
「あぁ…もう。今日はダメですね。集中できない。」
珍しく手先がうまく動いてくれないので、作りかけのテラリウムを窓際に戻す。
しかし眠るにはまだ時間が早い。ということで、外の空気でも吸おうかと夜の散歩へと繰り出した。
外の空気はまだ少し冷たいとクラスメイトは言うが、僕らの生まれた場所からすればそのようなことは全然ない。
むしろ、夏という季節が来るよりは一生このままでいてくれと願うくらいだ。
鏡の間を抜けて、校舎に向かうよりは森の方が散歩には良いだろう、逡巡し、そちらに足を向ける。
「…ん?何か…いい香りがしますね」
ふらりと、その匂いの元をたどると、オンボロ寮にたどり着いてしまった。
これは…と、少し考えるも、そんなことで好奇心を抑えるのは僕らしくないと、そのまま寮の入り口を跨いだ。
匂いの元は、どうやら寮の奥の部屋からきているようだ。
(この音…厨房か?)
以前下見をしたときにも思ったが、やはりオンボロ寮に厨房があったことには驚きを隠せない。
そっと中を覗き込めば、そこにいたのはユウさんだけのようだった。
下見の時よりも幾分か綺麗になったここは、ユウさんが片付けたのだろうか?
ふんふん、と鼻歌交じりにリズムをとりながら、鍋に向かっているその背中に問いかける。
(何を作っているのでしょうね)
自身がモストロ・ラウンジというカフェで働いて、給仕をしているせいか、内容が気になって仕方がない。
陸でも嗅いだことがない香りに食欲がそそられた。
そのまま近づいていったが、ユウさんは全く気づいていない。本当に危機感のない人だ。
鍋の中身は、茶色い液体で満たされており、そこに浮いていたのは。
「きのこですか?!」
『!!?!?!?!?!?!』
きのこのカサのようなものが見えて、つい、声をあげてしまった。
目の前の小さな身体は、ビクッとして5cmは飛び上がったのではないだろうか。
『じ、ジェイド先輩!?なんで!?!?!』
「あ。…これは、夜分にすみません。こんばんは。」
にこりと落ち着いて微笑み返す。
こういう時には慌てたほうが負けなのだ。
『え、こんばん、は?』
「散歩に出ましたら、こちらからいい香りがしたので、失礼ながらお邪魔しました。これは、なんですか?」
『え?』
「このスープ?でしょうか?これにはきのこが入っているんですね?」
『あぁこれですか?これは、私の元いた世界の汁物で、味噌汁って言います。今日は、なめたけが入っています。』
「ミソシル?ナメタケ?」
『です。日本という国の、味噌という、発酵食品を使った料理なんですけど。どうしても口さみしくなると作るんです。食べるとホッとしますよ。』
やっぱり故郷の料理は安心しますね。なんて少し寂しそうな顔をするユウさんの顔は、どことなく疲れがにじんでいた。
自分の存在がそうさせてしまったのなら、申し訳ないと思い尋ねてみれば。
「もしかして、ユウさん、あまり眠れていないのでは?夜な夜な考え事ですか?」
『あ…はは…。えぇまぁ…私、場所が変わるとなかなか眠れないタチで…』
そうではなくて、場所の問題だったとのことで少し悔しい。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
うっすらクマができるほどに疲労が溜まっているとなれば、手を貸してやる必要がある。
「なぜそれを早く言ってくださらなかったのです?睡眠薬程度、このカレッジに通っている生徒なら簡単に」
『それを毎日飲むのも、ちょっと怖いじゃないですか…。それにそんなもの毎日買えるお金もないですよ』
「でも」
『あ〜いいんです、たまに、昼寝してバランスも取ってますから。で、そう、だからたま〜に、夜にこうやって故郷の料理を作って。安心するんですよね。暖かい白米と暖かい味噌汁をいただいていると。Mr.Sのショップって、本当になんでも売っていて助かります』
無理矢理会話を丸め込まれたことは、いい気がしなかったが、目の前のミソシルというものが気になるのも一つ。
そうとなれば、話は早い。
「すみません、突然お邪魔したのに失礼かもしれませんが、このミソシルというもの、僕にもいただけませんか?」
『え?…まぁ…いいですけど…ジェイド先輩、食べられるんですか?』
「嫌いな食べ物はほとんどありませんので。初めてですし、モストロ・ラウンジのメニューの案になるかもしれません。」
『あ〜…でもさすがに味噌汁はあのカフェでは出せないんじゃないですかね…』
そう言いながらも、火を止めたお鍋からスープと白米をよそってくれるユウさん。
ここで立ったまま食べるわけにもいかないので、と、談話室まで運んでくれた。
『えぇっと…ジェイド先輩はスプーンの方がいいのかな…』
「ユウさんは何を使われるんですか?」
『私は、お箸という…これ、こういうものを利用します』
二本の短い棒ようなものを目の前に出されて戸惑うが、文献で見たことがあった気もする。
「僕もこれを利用したいです。予備はありますか?」
『え、でも使うの難しいですよ?一度でも使ったことあるならともかく』
「ですが、あなたはこれを使ってきたのでしょう?それならば、それに習ってこそです。」
『う、う〜ん…まぁでもジェイド先輩ならすぐ使えるかも…?器用そうですもんね。』
一応スプーンも用意しておくか…などと言いながら、席に着く。
『いただきます。』
きちんと手を合わせてされたその言葉を聞いて、同じように手を合わせてみた。
なるほど、食べ物や、作ってくれた人に対してのありがたみが増すような気がする。
『それで、お箸ですけど。こうやって持ちます…って見るだけでわかります?』
「この二本の間に…指を…?」
『やっぱり難しいですかね?ちょっと失礼しますよ』
「!」
そういえば、寝る前だったために手袋をはめてくるのを忘れていた。
普段、素手で他人に触れる機会がほとんどないため、触られた体温に少しばかり驚いた。
とはいえ、先ほどと寸分変わらない様子でテキパキと箸を僕の手に握らせて「こう動かすんですよ」とレクチャーしているユウさんを見ると、その動揺は伝わっていないようだが。
『どうです?できそうですか?』
「はい。ありがとうございます。こう、でしょうか?」
『わ、思った通り、上手です。飲み込みが早いですね。すぐ米一粒でもつかめるようになりそう!』
席に座りなおしながら、パッと笑ったけれど、目が合うとすぐに気まずそうに下を向いてしまった。
その笑顔を見るのはいつぶりだろう。
自分がそうさせたはずなのに、何故だか胸が苦しい。
『さ、冷めないうちに召し上がってください。』
「はい。では…、」
お椀に直接口を付けて飲むとのことなので、目の前のユウさんを盗み見しながら真似をしてミソシルとやらを口に含んだ。
「…!」
『どうですか?初味噌汁』
「おいしい、です…初めての味わいだ…これは…なんと表現したらいいのか…」
ミソの味わい深さを表す言葉がとっさに思いつかず、口を覆って考えてしまう。
コンソメやトマトペーストとはまた違うこの料理にも、五臓六腑に染み渡る何かがあった。
何よりも、きのこにぴったりの風味だ。
『あは、よかった!この味を言葉で表現って難しいですよね。私は、優しい味とか安心する味、って言っちゃいますけど』
「そうですね…少なくともこのミソというものはこの辺りではあまり見かけないものなので、とても興味深いです」
『なめたけも美味しいでしょう?きのこ類なら大体合いますよ。えのきとかしいたけとか…地域によって入れるものにも結構差があって、野菜をたくさん入れたりしても美味しいです。』
「そうなのですね、それは、素晴らしい」
ポンポンと言葉のキャッチボールをすることすらも懐かしく感じる。
そんなひと時も、料理を食べきってしまえば、あっという間に終わりを迎えた。
片付けますよと申し出たのも虚しく、もう時間も遅いからとやんわり断られて、入り口まで見送られることになる。
こんな他愛もない話なら、どれだけでも続けられるほどに、打ち解けたとは思ったのだが。
『味噌を使う料理だと、他には…ホイル焼きとか。これもきのこ類を添える人が多いですね。ふふ、考えてみると、私の故郷の料理、きのこがよく使われているかも』
「ぜひそれらも教えていただきたいですね」
『あ、じゃあいるものを紙に書いてお渡ししますね』
「いえ、ご迷惑でなければ、またお邪魔しても良いですか?」
『え、ぁ…それは…その』
「あなたから、教わりたいんです」
キョロ、と目線を泳がせて困り顔をするユウさんの、その反応を楽しむのも良いけれど、今日ばかりは少し手加減をしようか。
「すみません。困らせるつもりはなかったのですが」
『!、違います、そういうことじゃ…っ!』
「ただ、あなたが来てくださらないモストロ・ラウンジは、少しばかり寂しくて」
『、っ』
「来てくださらないなら、こちらから出向くしかないでしょう?」
なんとも言えない表情で、僕を見上げたユウさんの目は、驚き、苦しみ、そして喜び、色々な気持ちに揺れていた。
その目は、僕をなんとも言えない優越感に浸らせた。
やはりフロイドに言われたことは、正しかったか、とひとりごちる。
僕は、ユウさんのことを気に入っている。
果たしてそれは、彼女が寄せてくれる好意とイコールかはわからないけれど。
「ハーツラビュルの皆さんもよくこちらに遊びに来ると聞きました。彼らがよくて僕がダメな理由があるならば、それは甘んじて聞き入れますが」
『……いえ…』
「そうですか。それならば、今後ともよろしくお願いしますね。」
『はい…』
「それではおやすみなさ…ああ、これは今日のお礼です。」
『は、ぃ ?』
マジカルペンをふっと振って、呪文を唱えた途端、ユウさんから力が抜ける。
がくん、と落ちそうなところをすんでで支えて、抱き上げて。
自室へと運んで寝かせてやった。
かけたのは、一種の催眠魔法。明日の朝ごろには解けて、自然と目が覚めるだろう。
「少しでも、よく眠れますように」
薬は嫌だと言ったが、魔法なら許されるでしょうか。
あるいは朝一で僕の所まで来て、怒ってくれれば、それも悪くない。
完全に夢の中に入ってしまったユウさんの頬を一撫でしてから、部屋の電気を落とした。
厨房に清掃魔法をかけたのち、オンボロ寮を後にする。
「もう少し、皆で楽しい時間を過ごしたかったのですけれど…両方を求めるのは強欲でしょうか…」
空に浮かんだ三日月が揺れたのを見て、僕の言葉を否定してくれた、などと思うのは、いささかロマンチストすぎたかもしれない。
その明確な事実は、少なからず僕にダメージを与えていたようだった。
「僕の傍からいなくならなくて、いいんです。」
「アズールともフロイドとも、もちろんキノコとも山とも違う存在として、引き続き僕を楽しませてくださいね。」
そう、きちんと説明したはずなのに、なぜその結果が「小エビちゃん、ジェイドのこと嫌いになりたいんだってさ」になるのだろうか。
その日の仕事が終わり、部屋に戻った僕は、軽くシャワーを浴びてから、新しいテラリウム作りに取り掛かった。
手を動かしながら、今日あったことを思い返す。
「わからない…」
フロイドは熱し易く冷め易いが、僕は反対に、熱しにくいタイプだった。
ただしその分、執着心は人よりも強い。
山に神秘を感じ同好会を作ったり、苗床まで作ってきのこを育てたり。
普通はそこまでやらない、と何度アズールやフロイドに言われたかわからない。
要は、陸の人間だから、海の人魚だから、というくくりではなく個々の生き物として、僕たちは一人ずつ全然違っているのだ。
フロイドと僕が違う考えをするように、僕とユウさんも別の考えを持っている。
そんなことはわかっている。
わかっているからこそ、わからなかった。
好きと言う気持ちには種類があるのか?
好きと言うのは、番になりたいとか、そう言う気持ちだろう。
その気持ちは、それほどすぐに「嫌い」に変えたくなるものなのか。少なくとも、僕たちが陸に上がるにあたり読んだ本や、海の中にある小説では、そんなことはなかったはずだ。
僕たちに懐いていたユウさんのことは、付かず離れず三人で世話を焼いていた。
僕は3人と1人で楽しい時間を過ごしたかった。
アズールとフロイドがいれば楽しかった僕の世界は閉じていたのか?
どうせいなくなる存在ならば、面白い要素だけ置いていってくれればいいのに。
それ以上も以下もいらないじゃないか。
彼女が僕を楽しませてくれる存在なのは確かだが、それ以上を望む気持ちは特になかった…はずだった。
「あぁ…もう。今日はダメですね。集中できない。」
珍しく手先がうまく動いてくれないので、作りかけのテラリウムを窓際に戻す。
しかし眠るにはまだ時間が早い。ということで、外の空気でも吸おうかと夜の散歩へと繰り出した。
外の空気はまだ少し冷たいとクラスメイトは言うが、僕らの生まれた場所からすればそのようなことは全然ない。
むしろ、夏という季節が来るよりは一生このままでいてくれと願うくらいだ。
鏡の間を抜けて、校舎に向かうよりは森の方が散歩には良いだろう、逡巡し、そちらに足を向ける。
「…ん?何か…いい香りがしますね」
ふらりと、その匂いの元をたどると、オンボロ寮にたどり着いてしまった。
これは…と、少し考えるも、そんなことで好奇心を抑えるのは僕らしくないと、そのまま寮の入り口を跨いだ。
匂いの元は、どうやら寮の奥の部屋からきているようだ。
(この音…厨房か?)
以前下見をしたときにも思ったが、やはりオンボロ寮に厨房があったことには驚きを隠せない。
そっと中を覗き込めば、そこにいたのはユウさんだけのようだった。
下見の時よりも幾分か綺麗になったここは、ユウさんが片付けたのだろうか?
ふんふん、と鼻歌交じりにリズムをとりながら、鍋に向かっているその背中に問いかける。
(何を作っているのでしょうね)
自身がモストロ・ラウンジというカフェで働いて、給仕をしているせいか、内容が気になって仕方がない。
陸でも嗅いだことがない香りに食欲がそそられた。
そのまま近づいていったが、ユウさんは全く気づいていない。本当に危機感のない人だ。
鍋の中身は、茶色い液体で満たされており、そこに浮いていたのは。
「きのこですか?!」
『!!?!?!?!?!?!』
きのこのカサのようなものが見えて、つい、声をあげてしまった。
目の前の小さな身体は、ビクッとして5cmは飛び上がったのではないだろうか。
『じ、ジェイド先輩!?なんで!?!?!』
「あ。…これは、夜分にすみません。こんばんは。」
にこりと落ち着いて微笑み返す。
こういう時には慌てたほうが負けなのだ。
『え、こんばん、は?』
「散歩に出ましたら、こちらからいい香りがしたので、失礼ながらお邪魔しました。これは、なんですか?」
『え?』
「このスープ?でしょうか?これにはきのこが入っているんですね?」
『あぁこれですか?これは、私の元いた世界の汁物で、味噌汁って言います。今日は、なめたけが入っています。』
「ミソシル?ナメタケ?」
『です。日本という国の、味噌という、発酵食品を使った料理なんですけど。どうしても口さみしくなると作るんです。食べるとホッとしますよ。』
やっぱり故郷の料理は安心しますね。なんて少し寂しそうな顔をするユウさんの顔は、どことなく疲れがにじんでいた。
自分の存在がそうさせてしまったのなら、申し訳ないと思い尋ねてみれば。
「もしかして、ユウさん、あまり眠れていないのでは?夜な夜な考え事ですか?」
『あ…はは…。えぇまぁ…私、場所が変わるとなかなか眠れないタチで…』
そうではなくて、場所の問題だったとのことで少し悔しい。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
うっすらクマができるほどに疲労が溜まっているとなれば、手を貸してやる必要がある。
「なぜそれを早く言ってくださらなかったのです?睡眠薬程度、このカレッジに通っている生徒なら簡単に」
『それを毎日飲むのも、ちょっと怖いじゃないですか…。それにそんなもの毎日買えるお金もないですよ』
「でも」
『あ〜いいんです、たまに、昼寝してバランスも取ってますから。で、そう、だからたま〜に、夜にこうやって故郷の料理を作って。安心するんですよね。暖かい白米と暖かい味噌汁をいただいていると。Mr.Sのショップって、本当になんでも売っていて助かります』
無理矢理会話を丸め込まれたことは、いい気がしなかったが、目の前のミソシルというものが気になるのも一つ。
そうとなれば、話は早い。
「すみません、突然お邪魔したのに失礼かもしれませんが、このミソシルというもの、僕にもいただけませんか?」
『え?…まぁ…いいですけど…ジェイド先輩、食べられるんですか?』
「嫌いな食べ物はほとんどありませんので。初めてですし、モストロ・ラウンジのメニューの案になるかもしれません。」
『あ〜…でもさすがに味噌汁はあのカフェでは出せないんじゃないですかね…』
そう言いながらも、火を止めたお鍋からスープと白米をよそってくれるユウさん。
ここで立ったまま食べるわけにもいかないので、と、談話室まで運んでくれた。
『えぇっと…ジェイド先輩はスプーンの方がいいのかな…』
「ユウさんは何を使われるんですか?」
『私は、お箸という…これ、こういうものを利用します』
二本の短い棒ようなものを目の前に出されて戸惑うが、文献で見たことがあった気もする。
「僕もこれを利用したいです。予備はありますか?」
『え、でも使うの難しいですよ?一度でも使ったことあるならともかく』
「ですが、あなたはこれを使ってきたのでしょう?それならば、それに習ってこそです。」
『う、う〜ん…まぁでもジェイド先輩ならすぐ使えるかも…?器用そうですもんね。』
一応スプーンも用意しておくか…などと言いながら、席に着く。
『いただきます。』
きちんと手を合わせてされたその言葉を聞いて、同じように手を合わせてみた。
なるほど、食べ物や、作ってくれた人に対してのありがたみが増すような気がする。
『それで、お箸ですけど。こうやって持ちます…って見るだけでわかります?』
「この二本の間に…指を…?」
『やっぱり難しいですかね?ちょっと失礼しますよ』
「!」
そういえば、寝る前だったために手袋をはめてくるのを忘れていた。
普段、素手で他人に触れる機会がほとんどないため、触られた体温に少しばかり驚いた。
とはいえ、先ほどと寸分変わらない様子でテキパキと箸を僕の手に握らせて「こう動かすんですよ」とレクチャーしているユウさんを見ると、その動揺は伝わっていないようだが。
『どうです?できそうですか?』
「はい。ありがとうございます。こう、でしょうか?」
『わ、思った通り、上手です。飲み込みが早いですね。すぐ米一粒でもつかめるようになりそう!』
席に座りなおしながら、パッと笑ったけれど、目が合うとすぐに気まずそうに下を向いてしまった。
その笑顔を見るのはいつぶりだろう。
自分がそうさせたはずなのに、何故だか胸が苦しい。
『さ、冷めないうちに召し上がってください。』
「はい。では…、」
お椀に直接口を付けて飲むとのことなので、目の前のユウさんを盗み見しながら真似をしてミソシルとやらを口に含んだ。
「…!」
『どうですか?初味噌汁』
「おいしい、です…初めての味わいだ…これは…なんと表現したらいいのか…」
ミソの味わい深さを表す言葉がとっさに思いつかず、口を覆って考えてしまう。
コンソメやトマトペーストとはまた違うこの料理にも、五臓六腑に染み渡る何かがあった。
何よりも、きのこにぴったりの風味だ。
『あは、よかった!この味を言葉で表現って難しいですよね。私は、優しい味とか安心する味、って言っちゃいますけど』
「そうですね…少なくともこのミソというものはこの辺りではあまり見かけないものなので、とても興味深いです」
『なめたけも美味しいでしょう?きのこ類なら大体合いますよ。えのきとかしいたけとか…地域によって入れるものにも結構差があって、野菜をたくさん入れたりしても美味しいです。』
「そうなのですね、それは、素晴らしい」
ポンポンと言葉のキャッチボールをすることすらも懐かしく感じる。
そんなひと時も、料理を食べきってしまえば、あっという間に終わりを迎えた。
片付けますよと申し出たのも虚しく、もう時間も遅いからとやんわり断られて、入り口まで見送られることになる。
こんな他愛もない話なら、どれだけでも続けられるほどに、打ち解けたとは思ったのだが。
『味噌を使う料理だと、他には…ホイル焼きとか。これもきのこ類を添える人が多いですね。ふふ、考えてみると、私の故郷の料理、きのこがよく使われているかも』
「ぜひそれらも教えていただきたいですね」
『あ、じゃあいるものを紙に書いてお渡ししますね』
「いえ、ご迷惑でなければ、またお邪魔しても良いですか?」
『え、ぁ…それは…その』
「あなたから、教わりたいんです」
キョロ、と目線を泳がせて困り顔をするユウさんの、その反応を楽しむのも良いけれど、今日ばかりは少し手加減をしようか。
「すみません。困らせるつもりはなかったのですが」
『!、違います、そういうことじゃ…っ!』
「ただ、あなたが来てくださらないモストロ・ラウンジは、少しばかり寂しくて」
『、っ』
「来てくださらないなら、こちらから出向くしかないでしょう?」
なんとも言えない表情で、僕を見上げたユウさんの目は、驚き、苦しみ、そして喜び、色々な気持ちに揺れていた。
その目は、僕をなんとも言えない優越感に浸らせた。
やはりフロイドに言われたことは、正しかったか、とひとりごちる。
僕は、ユウさんのことを気に入っている。
果たしてそれは、彼女が寄せてくれる好意とイコールかはわからないけれど。
「ハーツラビュルの皆さんもよくこちらに遊びに来ると聞きました。彼らがよくて僕がダメな理由があるならば、それは甘んじて聞き入れますが」
『……いえ…』
「そうですか。それならば、今後ともよろしくお願いしますね。」
『はい…』
「それではおやすみなさ…ああ、これは今日のお礼です。」
『は、ぃ ?』
マジカルペンをふっと振って、呪文を唱えた途端、ユウさんから力が抜ける。
がくん、と落ちそうなところをすんでで支えて、抱き上げて。
自室へと運んで寝かせてやった。
かけたのは、一種の催眠魔法。明日の朝ごろには解けて、自然と目が覚めるだろう。
「少しでも、よく眠れますように」
薬は嫌だと言ったが、魔法なら許されるでしょうか。
あるいは朝一で僕の所まで来て、怒ってくれれば、それも悪くない。
完全に夢の中に入ってしまったユウさんの頬を一撫でしてから、部屋の電気を落とした。
厨房に清掃魔法をかけたのち、オンボロ寮を後にする。
「もう少し、皆で楽しい時間を過ごしたかったのですけれど…両方を求めるのは強欲でしょうか…」
空に浮かんだ三日月が揺れたのを見て、僕の言葉を否定してくれた、などと思うのは、いささかロマンチストすぎたかもしれない。