Sweet Dreams
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拗らせたこの気持ちには蓋をして。
そう、私は見ているだけ充分幸せなのだから。
『はぁ、今日もさいっこう』
「まぁたジェイド見てるんだゾ?」
『そう~。んふふ…かっこいいねぇ。』
「そんなに好きなら話しかけたらいいんだゾ…」
『何度も言わせないで。そーゆーんじゃないのっ』
渡り廊下の一角で何やらお話中のジェィド先輩を、中庭から眺めている私。
その膝に乗って、うとうと眠た気なグリムは、ほとんど儀式のようなその会話をして、やっぱりわかんねぇゾ、と首を捻る。
わからないかなぁ、この気持ち。
好きを通り越して尊いまできてしまったこの気持ち。
今のところ元の世界に帰れる方法は、その糸口すら見つかっていないが、帰るときには気持ちくらいは持ったままで帰りたい。
最初は、淡い恋心を楽しんだり、ジェィド先輩と一緒にいられるのが楽しかったけれど、いつからかそれすらも辛くなるくらい、気持ちが大きくなったことに気付いて、それに蓋をすることに決めた。
以来、私はこうして彼を遠くから眺めることを日課とし、それ以上に近づかないことにした。
『きのこにしてもらうこともできなかったし、ジェイド先輩を楽しませる存在になって近くにいようとも思ったけど…』
やっぱり、それも虚しいだけだった。
だって見てもらえるのは私自身じゃないのだから。
隣にいられればよかった、なんて、強がりだったのよ。
結局どこかで、好きになってもらえたら、って思っている自分がいることに気づいたから。
烏滸がましかったと、彼を避けるようになった。
『ポイント貯める必要も無くなったから、モストロ・ラウンジに行く必要も無くなっちゃったし』
「でもあそこではウメー飯が食えるんだゾ!」
『学食でも十分だもの。グリムだって、別に缶詰でも満足してんじゃないの』
「俺様はグルメだからな!たまには一流の食べ物を食べたいんだゾ!」
『ハイハイ。そういう気持ちの日はエースとデュースと行ってきな~』
ラウンジでのバイトもすっぱりしなくなったので収入減だけれど、こればっかりは仕方ないと、学園の清掃手伝いで稼いだ少しの賃金をさらに少しだけグリムに渡した。多分、ポイント対象のジュース一杯分くらいにはなるでしょ。あとはエーデュースにたかってくれ。
そうしてグリムと戯れている間に、目線の先にいたはずのジェイド先輩がいなくなっていたので、「あぁ残念、今日の目の保養は終了」とその場から立ち上がる。
もうすぐお手伝いの時間だ。
『さ、私は今日もお小遣い稼ぎだけど、グリムはどうする?私はほんとならグリムを監督しないといけないんだけど…』
「大人しくハーツラビュルに行くから安心するんだゾ!」
『ったく…調子いいよねぇ。一緒に掃除して2倍稼ぐっていう案はないの?』
「ふふん!それは子分の仕事なんだゾ!」
『ふふ…わかったよ。じゃあ夕飯頃には寮に戻ってきてね』
ビューン!と飛んで行ってしまった姿を横目に、伸び一つ。
『さ、今日も頑張りますk「あ~!小エビちゃんみっけ~!」
この独特の間延びした声は…と振り返ると同時に視界が真っ暗になり、絞められたんだと理解するまで、わずか5秒である。
『ブフッ』
「小エビちゃん~~久しぶり~~」
『ふょぃどしぇんぴぁ』
「あ?」
『くゅしぃ』
「あ~ごめんねぇ~。久しぶりだから絞めちゃった」
最近はものすごく優しくなっていた「絞め」も、1週間ばかりしていないと力加減が忘れられてしまうらしい。
ギブギブ、と声を挙げることで、その力はすぐに弱まるあたり、この人はすごく紳士的だなぁと思う。
同世代の男子の間でされているお戯れは、こんなもので収まらなかったはずだ。
『ぷはっ!ふぅ、お久しぶりです!』
「ね~ね~!今日俺の代わりにシフト入ってくんねぇ!?もー今日俺疲れてんの!」
『う~…ごめんなさい、今日は学園側のバイトが入ってまして…交代はできません…』
「え~!?まじかぁ…ちぇ~…」
自由奔放という言葉がこんなにも似合う人がいるかなぁとぼーっと考えながら、正当な理由があって助かった、とも思った。
なんだかんだ、この人に嘘は通用しない。
お互い頑張りましょうね、と、半ば私を抱き上げるようにして無理矢理肩にグリグリされていたフロイド先輩の頭をナデナデしてやる。
この身長差はある意味乙女の理想の塊だなぁ。
「ていうかさぁ!小エビちゃんなんでウチのシフト入らなくなったの。学園の手伝いよりは儲かるっしょ?」
『あぁ…それはまぁ、なんていうか…ほら、やっぱり他寮にそんなに入り浸るのも良くないなって…』
「今更ジャン!!そんなこと気にしなくていいのに~。ジェイドも寂しがってんよ?」
『っ、そんな、』
「小エビちゃん、ジェイドのこと好きなんでしょ~?俺さ、小エビちゃんもジェイドも大好きだから二人と一緒にいれたらうれしーなって思ってたんだけど、違った?」
フロイド先輩のこのご慈悲は今の私には少し重かった。
せっかく踏ん切りをつけたのに、すぐに揺らいでしまう気持ちが憎い。
フロイド先輩には話しておこう、と思ったのは、「こうして心配してくれる人に嘘をつくのが嫌になった気持ち」と、それ以上に、「誰かに話すことで私の行動を見張って欲しかった」気持ちがあった。
『フロイド先輩、私、ジェイド先輩のこと、好きじゃなくなりたいんです。』
「は?どういうこと?好きなんでしょ?」
『はい。今は、好きです。でも私の気持ちは迷惑なものなので、好きの気持ちを無くしたいんです。』
かくかくしかじか。
ジェイド先輩への想い、感じていること、だからどうしたいのか。
そういうものを掻い摘んで話し終えた私は、心なしかスッキリした気持ちだった。
「あ~…なるほど…小エビちゃんってそっちに行っちゃう子なのね」
『?』
「う~ん、どーしよっかなぁ」
『??』
「小エビちゃんの気持ちは、俺にはあんまわかんねぇ。でも、小エビちゃんが悩んでることはわかった。だからどーしよっかなって」
どっか、と先ほどまで私が座っていたベンチに腰掛けて、うーん!と、本当に悩みこんでしまったフロイド先輩。
顔はそっくりなのに、その態度を見ていると二人はやっぱり違う人で、ちょっと微笑ましい。
フロイド先輩ならこうやって普通でいられるのにな。なんて思っても、そう。二人は違う人間なのだから当たり前なんだ。
私もその隣に座って、なんだか申し訳ない気持ちになりながら、ほぅ、とため息をついたその時。
「おや?二人で内緒話でしょうか?」
「あ、ジェイド」
『!?』
「こんにちは。ユウさん。」
ベンチの真後ろに立っていたのは、話の中心、ジェイド先輩だった。
「うわ、もしかして迎えに来たの?」
「そうですね。アズールがお怒りですよ。ホールに指示を出せるのは僕かフロイドだけなんですから。仕事はきちんとしてくださいね」
『ごめんなさい、フロイド先輩、引き止めてしまって』
「いーのいーの。小エビちゃんのせいじゃないし~」
こんな至近距離で、視界にジェイド先輩を入れたくないなと、なるべくフロイド先輩の方を見ながら謝罪を入れておいた。
フロイド先輩のせいじゃなくて、話しこみ始めた自分が悪かったのに、嫌な顔一つせず、逆に頭を撫でてくれるなんて、本当に優しい人である。
『本当に、ありがとうございました。フロイド先輩に話聞いてもらえて、嬉しかったです!私も時間なので、そろそろ行きますね。』
「チェ…。うん、またね~小エビちゃん。またお話ししよ~。」
『はいっ!ありがとうございます、また!』
ニコニコした顔を向けられて、私もつられて微笑んだ。
今度会った時には何かお礼をしなければ。などと考えつつ、持ち場へ向かう私を二人が見つめているなんてことはついぞ知らなかった。
*
「…ジェイドさぁ、」
「はい?」
「小エビちゃんの様子見るためにけっこー急いで来たっしょ」
「…なんの話でしょうか」
「しらばっくれても俺ジェイドのことわかりきってるし~。俺と小エビちゃんが仲良いから妬いたの?」
「妬く?そんなわけないでしょう。ユウさんを久しぶりに見かけたので、それだけです。」
「ま、いいけどさ…小エビちゃん、ジェイドのこと嫌いになりたいんだってさ」
「…」
「俺思うんだけど」
ジェイドって、かなり小エビちゃんのこと気に入ってるよね?
なんでそう言ってやらないの?
小エビちゃんが来てるとき、自分がどんな顔してるか知ってる?
片割れから告げられるあけすけな言葉に詰まる自分に驚きを隠せない。
人から言われる言葉に惑わされることなんて、ここ最近はなくなったのですけどね。
「ふふ…」
「何その笑い、キモい」
「キモいとは心外ですねフロイド」
「だって本当のことだし」
「僕はフロイドと違って、向けられる好意を素直に受けられる性格じゃないんですよ」
「知ってる。捻くれてっもんねぇ」
「彼女といると、楽しいんですよね」
「そだね。小エビちゃん、いちいち動きも面白いしね。変な問題抱えてくるし。」
「でしょう?そんな面白い存在を、独り占めするのも惜しいじゃないですか。僕はまだまだ、アズールとフロイドと遊びたいですよ。」
「そこに小エビちゃんも入れてあげりゃいい話じゃね?アズールだって俺だって、小エビちゃんのこと好きだし。」
でも彼女は生きる世界が違うでしょう、と頭に浮かんだ言葉は、口に出されることはない。
あぁなるほど。
僕は僕で、そういう気持ちを持っていたわけか、と腑に落ちる。
「予定調和は、嫌いなんですよね」
「それも知ってるって」
「フロイド、僕のことなんでも知ってますね」
「当たり前じゃん」
「…ですね」
「いつかいなくなる」という予定がなくなることがあるならば、僕らの仲間に引き入れればいいことなのだが。
困ったことに、僕は執着するとついつい熱くなってしまうので。
テラリウム然り、きのこ然り、山然り。
好きになったら、とことんだ。研究し尽くして、自分で守って育てて、不自由なく。
ずっと傍に置いて、コロコロ変わるその表情を見ていたくなる。
「夢物語ですね。」
ポツリともらした言葉は、フロイドに届いただろうか。
「ジェイドさ」
「はい?」
「俺よりずっと悪りぃ顔だよそれ」
「…ふふっ、そう、でしたか?」
「ウン。今度いざこざ起きた時にでもその顔して相手脅してみてよ。ゼッテー怖い」
「楽しいことを考えていると、どうしても。」
「怖い顔で楽しいこと考えてんの、さすがだね」
あはっ、と笑ったフロイドは調子が戻ったようで、今日も働くかぁ~と素直に言った。
「心の移り変わりというものは、やっぱり面白いですね。」
見上げた空は、山の頂上から見るよりは遠く。
背の小さいあの子が見ている空よりは近かった。
そう、私は見ているだけ充分幸せなのだから。
『はぁ、今日もさいっこう』
「まぁたジェイド見てるんだゾ?」
『そう~。んふふ…かっこいいねぇ。』
「そんなに好きなら話しかけたらいいんだゾ…」
『何度も言わせないで。そーゆーんじゃないのっ』
渡り廊下の一角で何やらお話中のジェィド先輩を、中庭から眺めている私。
その膝に乗って、うとうと眠た気なグリムは、ほとんど儀式のようなその会話をして、やっぱりわかんねぇゾ、と首を捻る。
わからないかなぁ、この気持ち。
好きを通り越して尊いまできてしまったこの気持ち。
今のところ元の世界に帰れる方法は、その糸口すら見つかっていないが、帰るときには気持ちくらいは持ったままで帰りたい。
最初は、淡い恋心を楽しんだり、ジェィド先輩と一緒にいられるのが楽しかったけれど、いつからかそれすらも辛くなるくらい、気持ちが大きくなったことに気付いて、それに蓋をすることに決めた。
以来、私はこうして彼を遠くから眺めることを日課とし、それ以上に近づかないことにした。
『きのこにしてもらうこともできなかったし、ジェイド先輩を楽しませる存在になって近くにいようとも思ったけど…』
やっぱり、それも虚しいだけだった。
だって見てもらえるのは私自身じゃないのだから。
隣にいられればよかった、なんて、強がりだったのよ。
結局どこかで、好きになってもらえたら、って思っている自分がいることに気づいたから。
烏滸がましかったと、彼を避けるようになった。
『ポイント貯める必要も無くなったから、モストロ・ラウンジに行く必要も無くなっちゃったし』
「でもあそこではウメー飯が食えるんだゾ!」
『学食でも十分だもの。グリムだって、別に缶詰でも満足してんじゃないの』
「俺様はグルメだからな!たまには一流の食べ物を食べたいんだゾ!」
『ハイハイ。そういう気持ちの日はエースとデュースと行ってきな~』
ラウンジでのバイトもすっぱりしなくなったので収入減だけれど、こればっかりは仕方ないと、学園の清掃手伝いで稼いだ少しの賃金をさらに少しだけグリムに渡した。多分、ポイント対象のジュース一杯分くらいにはなるでしょ。あとはエーデュースにたかってくれ。
そうしてグリムと戯れている間に、目線の先にいたはずのジェイド先輩がいなくなっていたので、「あぁ残念、今日の目の保養は終了」とその場から立ち上がる。
もうすぐお手伝いの時間だ。
『さ、私は今日もお小遣い稼ぎだけど、グリムはどうする?私はほんとならグリムを監督しないといけないんだけど…』
「大人しくハーツラビュルに行くから安心するんだゾ!」
『ったく…調子いいよねぇ。一緒に掃除して2倍稼ぐっていう案はないの?』
「ふふん!それは子分の仕事なんだゾ!」
『ふふ…わかったよ。じゃあ夕飯頃には寮に戻ってきてね』
ビューン!と飛んで行ってしまった姿を横目に、伸び一つ。
『さ、今日も頑張りますk「あ~!小エビちゃんみっけ~!」
この独特の間延びした声は…と振り返ると同時に視界が真っ暗になり、絞められたんだと理解するまで、わずか5秒である。
『ブフッ』
「小エビちゃん~~久しぶり~~」
『ふょぃどしぇんぴぁ』
「あ?」
『くゅしぃ』
「あ~ごめんねぇ~。久しぶりだから絞めちゃった」
最近はものすごく優しくなっていた「絞め」も、1週間ばかりしていないと力加減が忘れられてしまうらしい。
ギブギブ、と声を挙げることで、その力はすぐに弱まるあたり、この人はすごく紳士的だなぁと思う。
同世代の男子の間でされているお戯れは、こんなもので収まらなかったはずだ。
『ぷはっ!ふぅ、お久しぶりです!』
「ね~ね~!今日俺の代わりにシフト入ってくんねぇ!?もー今日俺疲れてんの!」
『う~…ごめんなさい、今日は学園側のバイトが入ってまして…交代はできません…』
「え~!?まじかぁ…ちぇ~…」
自由奔放という言葉がこんなにも似合う人がいるかなぁとぼーっと考えながら、正当な理由があって助かった、とも思った。
なんだかんだ、この人に嘘は通用しない。
お互い頑張りましょうね、と、半ば私を抱き上げるようにして無理矢理肩にグリグリされていたフロイド先輩の頭をナデナデしてやる。
この身長差はある意味乙女の理想の塊だなぁ。
「ていうかさぁ!小エビちゃんなんでウチのシフト入らなくなったの。学園の手伝いよりは儲かるっしょ?」
『あぁ…それはまぁ、なんていうか…ほら、やっぱり他寮にそんなに入り浸るのも良くないなって…』
「今更ジャン!!そんなこと気にしなくていいのに~。ジェイドも寂しがってんよ?」
『っ、そんな、』
「小エビちゃん、ジェイドのこと好きなんでしょ~?俺さ、小エビちゃんもジェイドも大好きだから二人と一緒にいれたらうれしーなって思ってたんだけど、違った?」
フロイド先輩のこのご慈悲は今の私には少し重かった。
せっかく踏ん切りをつけたのに、すぐに揺らいでしまう気持ちが憎い。
フロイド先輩には話しておこう、と思ったのは、「こうして心配してくれる人に嘘をつくのが嫌になった気持ち」と、それ以上に、「誰かに話すことで私の行動を見張って欲しかった」気持ちがあった。
『フロイド先輩、私、ジェイド先輩のこと、好きじゃなくなりたいんです。』
「は?どういうこと?好きなんでしょ?」
『はい。今は、好きです。でも私の気持ちは迷惑なものなので、好きの気持ちを無くしたいんです。』
かくかくしかじか。
ジェイド先輩への想い、感じていること、だからどうしたいのか。
そういうものを掻い摘んで話し終えた私は、心なしかスッキリした気持ちだった。
「あ~…なるほど…小エビちゃんってそっちに行っちゃう子なのね」
『?』
「う~ん、どーしよっかなぁ」
『??』
「小エビちゃんの気持ちは、俺にはあんまわかんねぇ。でも、小エビちゃんが悩んでることはわかった。だからどーしよっかなって」
どっか、と先ほどまで私が座っていたベンチに腰掛けて、うーん!と、本当に悩みこんでしまったフロイド先輩。
顔はそっくりなのに、その態度を見ていると二人はやっぱり違う人で、ちょっと微笑ましい。
フロイド先輩ならこうやって普通でいられるのにな。なんて思っても、そう。二人は違う人間なのだから当たり前なんだ。
私もその隣に座って、なんだか申し訳ない気持ちになりながら、ほぅ、とため息をついたその時。
「おや?二人で内緒話でしょうか?」
「あ、ジェイド」
『!?』
「こんにちは。ユウさん。」
ベンチの真後ろに立っていたのは、話の中心、ジェイド先輩だった。
「うわ、もしかして迎えに来たの?」
「そうですね。アズールがお怒りですよ。ホールに指示を出せるのは僕かフロイドだけなんですから。仕事はきちんとしてくださいね」
『ごめんなさい、フロイド先輩、引き止めてしまって』
「いーのいーの。小エビちゃんのせいじゃないし~」
こんな至近距離で、視界にジェイド先輩を入れたくないなと、なるべくフロイド先輩の方を見ながら謝罪を入れておいた。
フロイド先輩のせいじゃなくて、話しこみ始めた自分が悪かったのに、嫌な顔一つせず、逆に頭を撫でてくれるなんて、本当に優しい人である。
『本当に、ありがとうございました。フロイド先輩に話聞いてもらえて、嬉しかったです!私も時間なので、そろそろ行きますね。』
「チェ…。うん、またね~小エビちゃん。またお話ししよ~。」
『はいっ!ありがとうございます、また!』
ニコニコした顔を向けられて、私もつられて微笑んだ。
今度会った時には何かお礼をしなければ。などと考えつつ、持ち場へ向かう私を二人が見つめているなんてことはついぞ知らなかった。
*
「…ジェイドさぁ、」
「はい?」
「小エビちゃんの様子見るためにけっこー急いで来たっしょ」
「…なんの話でしょうか」
「しらばっくれても俺ジェイドのことわかりきってるし~。俺と小エビちゃんが仲良いから妬いたの?」
「妬く?そんなわけないでしょう。ユウさんを久しぶりに見かけたので、それだけです。」
「ま、いいけどさ…小エビちゃん、ジェイドのこと嫌いになりたいんだってさ」
「…」
「俺思うんだけど」
ジェイドって、かなり小エビちゃんのこと気に入ってるよね?
なんでそう言ってやらないの?
小エビちゃんが来てるとき、自分がどんな顔してるか知ってる?
片割れから告げられるあけすけな言葉に詰まる自分に驚きを隠せない。
人から言われる言葉に惑わされることなんて、ここ最近はなくなったのですけどね。
「ふふ…」
「何その笑い、キモい」
「キモいとは心外ですねフロイド」
「だって本当のことだし」
「僕はフロイドと違って、向けられる好意を素直に受けられる性格じゃないんですよ」
「知ってる。捻くれてっもんねぇ」
「彼女といると、楽しいんですよね」
「そだね。小エビちゃん、いちいち動きも面白いしね。変な問題抱えてくるし。」
「でしょう?そんな面白い存在を、独り占めするのも惜しいじゃないですか。僕はまだまだ、アズールとフロイドと遊びたいですよ。」
「そこに小エビちゃんも入れてあげりゃいい話じゃね?アズールだって俺だって、小エビちゃんのこと好きだし。」
でも彼女は生きる世界が違うでしょう、と頭に浮かんだ言葉は、口に出されることはない。
あぁなるほど。
僕は僕で、そういう気持ちを持っていたわけか、と腑に落ちる。
「予定調和は、嫌いなんですよね」
「それも知ってるって」
「フロイド、僕のことなんでも知ってますね」
「当たり前じゃん」
「…ですね」
「いつかいなくなる」という予定がなくなることがあるならば、僕らの仲間に引き入れればいいことなのだが。
困ったことに、僕は執着するとついつい熱くなってしまうので。
テラリウム然り、きのこ然り、山然り。
好きになったら、とことんだ。研究し尽くして、自分で守って育てて、不自由なく。
ずっと傍に置いて、コロコロ変わるその表情を見ていたくなる。
「夢物語ですね。」
ポツリともらした言葉は、フロイドに届いただろうか。
「ジェイドさ」
「はい?」
「俺よりずっと悪りぃ顔だよそれ」
「…ふふっ、そう、でしたか?」
「ウン。今度いざこざ起きた時にでもその顔して相手脅してみてよ。ゼッテー怖い」
「楽しいことを考えていると、どうしても。」
「怖い顔で楽しいこと考えてんの、さすがだね」
あはっ、と笑ったフロイドは調子が戻ったようで、今日も働くかぁ~と素直に言った。
「心の移り変わりというものは、やっぱり面白いですね。」
見上げた空は、山の頂上から見るよりは遠く。
背の小さいあの子が見ている空よりは近かった。