Sweet Dreams
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モストロ・ラウンジ in VIPルーム。
「まず、皆さんに最初に伝えさせていただいていることをお話しします。ポイントカードのご相談時は契約書こそ交わしませんが、ここでお引き受けしたご相談には、秘密保持契約が適用されます。そして、しっかりと解決までサポートしますので、安心してご相談ください。」
『わかりました。では早速…私、ジェイド先輩が好きすぎるので、私をきのこにしてください。』
「…はい?」
私は、頑張って貯めたポイントカードを持って今、アズール先輩に相談兼お願いに来ていた。
『だから、』
「いえ、二度言う必要はありません。僕が悩んだのは言葉の意味がわからなかったからではなく、」
『今でなくても来世でもいいんですけど』
「待ちなさい、ちょっと待ちなさい」
『アズール先輩に頼めば何でもできるって聞きました。薬などを作るのが難しいなら、そのサポートして欲しいんです。だからポイントを』
「だから待てと言っているだろ!」
その少し荒い態度を見ても、もう慣れ切っているので怖くはないが、お願いに来ている立場なので私は素直に口を閉じ、先輩の言葉を待った。
「はぁ~~~。いいですか?普通は、ですよ。普通は、恋だ愛だの相談にくる者たちは"あの子の気を引きたい"やら"彼と付き合いたい"やら、そういうことを言いに来るのですが、貴女はどうしてそっち方向に考えがそれたんですか?」
『そういうことまで相談に乗ってくれるんですか?』
「今回は特別です。純粋な好奇心です。普段は細かい理由はさておき、サポートのみお引き受けしています。」
『ポイントカードの対価にお悩み相談、じゃなかったんですか?』
「貴女の想い人がジェイドだから特別です。僕もその相手がジェイドじゃなければそんな細かい話聞きませんよ。」
ほら、話して、と手で促されたので、私は仕方なく気持ちを吐露した。
『だって…ジェイド先輩、私なんか全く興味ないんです。いつもきのこのこと話してくれるだけで…相手は私じゃなくてもいいんですよ。アズール先輩とフロイド先輩が話を聞いてくれなくなったから、食べてくれなくなったから、だから貴女に振舞いますねって。それって、たまたま私がそこにいたから選ばれただけで、私はアズール先輩にもフロイド先輩にも並べなくて、きのこ以上でも以下でもなくて、だったらつまり、きのこになった方がジェイド先輩の気を引けるってことですよね。』
気恥ずかしさもあってそこまで一息に言った私は、それから、目の前に出されたアイスティーをぐいっと喉に流し込んだ。
ここまで話したらもう恥もへったくれもない。アズール先輩は契約を破るようなことはしないって、私は知ってる。
秘密保持が適用されるなら、なおさらこっちのものだ。
『私は、本当に好きなんです。ジェイド先輩のこと。でも、例えばジェイド先輩からそういう意味で好きになってもらえたとして、ですよ?私が元の世界に戻った時に、ジェイド先輩に辛い思いはさせたくない。』
「随分自分勝手ですね」
『そうなんです。恋なんて元々自分勝手な想いです。だから、それなら、いっそのこと私がきのこになってしまえば、いざって時に一本くらいなくなったってわからないだろうし。それにきのこになったら問答無用に愛してもらえるでしょう?』
「なるほど。わかりました…」
それから腕を組んで目を閉じたアズール先輩は、何かを考えているようだった。
ジェイド先輩はアズール先輩の大事な幼馴染だ。こんな相談されたら迷惑だったかもしれない。
それでも私がすがれるのはもうアズール先輩のポイントカードしかなかったのだから仕方ない。
ほんの少しの時間、でも私が永遠のように感じられるような時間が経った。
ぽん、と手を叩いて、先輩は眼を開く。
「こうしましょう。明日の21時、鏡の間に来てください。一人で。」
『へ?明日?』
「はい。あぁ、その際は外に出られる格好をして来てください。それからまだ少し肌寒いので、きちんと着込んできてくださいね。」
なぁに、悪いようにはしませんよ、といかにもな笑顔を浮かべて先輩は言う。
不安になりながらも、こくりとうなづけば、僕に任せてください!とさ。
「それでは今日の相談はお開きです。」
『えっもう!?』
「今日は、ですよ。人の話はよくお聞きなさい。大丈夫です。サポートは、完璧にします。」
『えぇ…』
「いいですか。貴女がしっかりしないと、全てが台無しです。」
『…?』
必ず来てくださいね。と念押しをされて、本当にVIPルームを追い出されてしまった。
『ほんとになんなの~~…』
決して安くない費用を払ってやっとこぎつけた相談だったのに。
なんの解決もしてないよ~…とうなだれながら、オンボロ寮に帰ったのであった。
そして次の日。
私は言われた通り、割と動きやすい服にスニーカーを履いて鏡の間に向かった。
『アズール先輩~?来ましたよ~?』
「監督生さん。こんばんは。」
『!?』
アズール先輩??そう言うことじゃないって言ったのに!!
嫌なんですよこれ以上、惨めな思いをするのも、恋を自覚するのも。
そう言う意図を伝えたかったのに…。
そこにいたのは、あろうことかジェイド先輩本人だった。
私がこの人の存在に逆らえるはずもない。
姿を見るたびに思うのだ。好きだなぁと。
何がそう思わせるんだろうか。
まだこっちに来てそんなに日も経っていないのに、理由を忘れるくらいには想いがつのっている。
「さぁ、早速行きましょうか」
『はい?』
「一緒に山に登ってくださるんでしょう?夜の山登りは流石に危険なので、鏡で一思いにてっぺんまで行くとか。監督生さんが誘ってくださったって、アズールに聞きましたが?」
『………………ぁぃ。』
「お誘い、とても嬉しいです。アズールもフロイドも、山にはてんで興味がないようで、寂しく同好会を行なっていたもので。」
頭を抱えて返事をすれば、そんな答えが返って来てしまい。
そんな笑顔、裏切れるわけがない。
だいたい「山を愛する会」ってなんだよ。どんだけ好きなんだよ、山。
…私は山にも敵わないのか。
敵わないものが多すぎる。
まぁでも、いいか。最後の思い出にでも、もらっておこう。あのポイントカード分のお金が泡となるなんて許さないから!
それでは、あの山の頂上まで!、と闇の鏡に告げて、私とジェイド先輩は一瞬で山のてっぺんへ。
なんという簡単な山登りなんだと、普通の人間である私は、故郷の家族としたものすごく大変な山登り経験を思い出しながら、ひとりごちた。
「それで?今日は何をするつもりだったんですか?」
『へ?』
「山のことを教えたいから一緒に来てくれ、と言う話だと思ったのですが?」
おおおおおい!!なんてこと言ってくれたんだよあのインチキタコ野郎!!
せめてそういう大事なことは、考えておいてください、とか先に言えーーーーー!!
な、何か、何か、夜の山で、できること、えぇと、えぇと…!
大量の冷や汗で冷めていく身体を両手で掻き抱いてスリスリしながら頭をフル回転させ、ジェイド先輩から視線を逸らすと。
目の前に広がっていた、星空に、一瞬で目を奪われた。
『わ…、あ…!!綺麗…あっ!そうです!えぇと、星を!!』
「ほし?」
『そうです!地上では見えない星が、山のてっぺんからなら、もっと近くで、たくさん見られるんです。ジェイド先輩、山に登ってもきのこにだけ、地にだけ目を向けていてはいけません。空もたまには、見ないともったいないです、って言うことです!』
「なるほど。一理ありますね。」
私ーー!すごい!!最高の言い訳を思いついた!すごいぞ!!
「占星術の授業でも、魔法で散らせた星しか見られませんからね。実際に見るのは良いことです」
『でしょう!?先輩、ほら、見てください。今日は確か、流星群も流れる日だったはずです!』
「へえ?お詳しいんですか」
『えぇ、星を見るのは好きなんです。ちょっとだけ、授業で習うようなことじゃないことを知っている程度ですけど…。あと、神話が好きで、こっちにもあるのかな…ギリシャ神話とか、北欧神話とか…わかりますか?』
「ギリシャ…は、聞いたことがありません。もしかするとこちらでは別の神話として語り継がれているのかもしれないですね」
『あ、それはありそう。じゃあ、少し話してみてもいいですか?』
「お願いしても?」
『もちろんです!』
そこからは私の独壇場。
大好きで仕方なくて諳んじることすら日常と化した神話を、空の星をなぞって語る。
時折飛んでくる質問は、物語の理解を深めるのに的確なものばかりで、やはりジェイド先輩はすごいなと感心せざるを得なかった。
『……で、ポルックスは、常に兄と一緒にいたいと願って、不死身を捨ててまで、星になったと言われているんですよ。…仲良しな双子って、ジェイド先輩とフロイド先輩みたいですね。』
「ふふ…そうですね。フロイドは僕にとって唯一無二の片割れですから。」
そう言われてしまって、ああ、そうだった、結局今日のこのひと時も、後々私を苦しめるだけの楽しい時なのだということを思い出す。
不自然に間が開いたためか、ジェイド先輩がこちらを向いて私の顔を覗き込んだ。
『…っ、すみません…』
「いえ…ですが、」
『なんでもっ!…ない、から…』
強がって、心を落ち着けようと全力集中。忘れろ。この気持ちは、今、ここにはあっちゃだめなものだ。
「…では…代わりに僕からも一つ、話をしてもよいでしょうか。」
『…どうぞ…』
「アズールとフロイドは、僕の世界の中心です。」
『そ、ですか…』
「その二人と、貴女を比べることは、できません。」
私の心を見透かしたように、ジェイド先輩ははっきりと言った。
その言葉を耳にして、先ほどまでの虚勢は何処へやら、少し視界が滲むくらいには、寂しかったり悔しかったり、いろんな気持ちが溢れて止まらない。でもここで泣いてはジェイド先輩を困らせるだけだ。我慢。我慢だよ、私。寮に帰ったらいっぱい泣けばいいんだから。
「ですが、」
そこで言葉を区切ったジェイド先輩は、私のほっぺたに手を添えて、親指で私の目の下をクイと引っ張った。
あっけなく溢れた一筋の涙。
「貴女にこんな顔をさせることも、本意ではありません」
『は…』
「僕は面白いことはなんでも好きですが、貴女がいてくれなかったら、日常の半分はつまらないものになるでしょう。なぜなら、僕の話を楽しそうに聞いてくれる人は貴女だけですし、こうして山について来てくれる人も今のところ貴女しかいません。それから貴女は僕が思っているよりも自然のことに詳しいですし、その知識、大変助かっていますよ。それに…、こうやって気持ちをぶつけてこられるのは、意外と嫌いじゃありません。」
まぁ今日のは不可抗力かもしれませんが。と、いつもの困ったような笑顔を浮かべて、フッと笑った。でもそんな素敵な笑顔にも負けず、引っかかることが一つ。
『…まって?今気持ちをぶつけるって言いました?』
「はい。貴女、僕のこと好きでしょう」
『!!?』
「そのくらい、目を見れば分かります。あと普段の態度が、分かりやすいですから」
僕を見ると少し挙動不審になったあと、周りに花が舞ってるの、気づいてなかったのですか?という先輩の言葉を受けて、頼むから今ここで異世界から帰らせてくれ、と願っても、あの星に想いは届かない。
『あの、め、迷惑はかけないので、あと、その、努力、しますから、好きでなくなるように、だから、その、』
「誰もそんなことは言ってないでしょう?」
『へ?』
「今までの会話、聞いてましたか?会話は成り立っていたと思うのですが、届いていなかったと?」
はた、と、数分間の出来事を思い返してみる。
ジェイド先輩はなんと言ったか。
先輩の世界の中心にはアズール先輩とフロイド先輩がいて。
私とは比べられなくて。
でも、
私といるのは、楽しくて。
面白いことは好きで。
だから、
だから?
そこまで思い返して、ジェイド先輩の眼をもう一度見る。
その目には、今、私しか映っていない。
「ですから、僕の傍からいなくならなくて、いいんです。アズールともフロイドとも、もちろんキノコとも山とも違う存在として、引き続き僕を楽しませてくださいね。」
なぜか耳元で囁かれた言葉は、とても擽ったい。パッと手で押さえれば、クスクスと笑われてしまった。
そういうところが可愛いんですよ。だって。
本心かどうかはさておき、そうか、私がジェイド先輩を楽しませられれば、近くに置いてもらえるのか。
「ああ、それからもう一つ。」
満天の星をバックに、先輩は私に魔法をかけた。瞬間、空には流れ星。
「貴女が元の世界に帰っても、僕たちの日常はこのまま続くのみですが、どうしても僕のことを諦められなければ、今度は貴女が、貴女の力でまたこちらに遊びに来る努力をしたらよいのでは?ツイステッドワンダーランドは、この世界は、誰をも拒まず、誰をも受け入れる、魔法の世界、なのだから。」
これからも楽しみましょうね。と微笑む先輩を見て思う。
恋をすると人は強くなるのよ。きっとそう。
ジェイド先輩の隣は、きのこなんかに渡さない。
決意新たに、差し出された手に手を重ねて笑顔を返す。
『今日は、ありがとうございました!』
「こちらこそ。楽しかったですよ。またぜひ、一緒に出掛けましょう。」
その一言を合図に、鏡を繋いで元いた校舎に戻ってきた。
夢のような夜に私は力を手に入れた。
次の日、アズール先輩を「秘密保持契約はどうなってるんですか!!?」と問い詰めれば、なんのことはない「ジェイドとフロイドは僕の補佐役なので、あの二人には筒抜けです。」って!信じられない!
「ですが、結果オーライ、でしたでしょう?」
『っ…まぁ…その通り、です』
「それはよかった!引き続き、モストロ・ラウンジをご贔屓にお願いしますよ!」
わざとらしく大袈裟なお辞儀をして、引き下がっていったアズール先輩を横目に、私は今日も、ジェイド先輩を楽しませるような知識を新しくかき集めようと、頭の中を整理するのに躍起になった。
「まず、皆さんに最初に伝えさせていただいていることをお話しします。ポイントカードのご相談時は契約書こそ交わしませんが、ここでお引き受けしたご相談には、秘密保持契約が適用されます。そして、しっかりと解決までサポートしますので、安心してご相談ください。」
『わかりました。では早速…私、ジェイド先輩が好きすぎるので、私をきのこにしてください。』
「…はい?」
私は、頑張って貯めたポイントカードを持って今、アズール先輩に相談兼お願いに来ていた。
『だから、』
「いえ、二度言う必要はありません。僕が悩んだのは言葉の意味がわからなかったからではなく、」
『今でなくても来世でもいいんですけど』
「待ちなさい、ちょっと待ちなさい」
『アズール先輩に頼めば何でもできるって聞きました。薬などを作るのが難しいなら、そのサポートして欲しいんです。だからポイントを』
「だから待てと言っているだろ!」
その少し荒い態度を見ても、もう慣れ切っているので怖くはないが、お願いに来ている立場なので私は素直に口を閉じ、先輩の言葉を待った。
「はぁ~~~。いいですか?普通は、ですよ。普通は、恋だ愛だの相談にくる者たちは"あの子の気を引きたい"やら"彼と付き合いたい"やら、そういうことを言いに来るのですが、貴女はどうしてそっち方向に考えがそれたんですか?」
『そういうことまで相談に乗ってくれるんですか?』
「今回は特別です。純粋な好奇心です。普段は細かい理由はさておき、サポートのみお引き受けしています。」
『ポイントカードの対価にお悩み相談、じゃなかったんですか?』
「貴女の想い人がジェイドだから特別です。僕もその相手がジェイドじゃなければそんな細かい話聞きませんよ。」
ほら、話して、と手で促されたので、私は仕方なく気持ちを吐露した。
『だって…ジェイド先輩、私なんか全く興味ないんです。いつもきのこのこと話してくれるだけで…相手は私じゃなくてもいいんですよ。アズール先輩とフロイド先輩が話を聞いてくれなくなったから、食べてくれなくなったから、だから貴女に振舞いますねって。それって、たまたま私がそこにいたから選ばれただけで、私はアズール先輩にもフロイド先輩にも並べなくて、きのこ以上でも以下でもなくて、だったらつまり、きのこになった方がジェイド先輩の気を引けるってことですよね。』
気恥ずかしさもあってそこまで一息に言った私は、それから、目の前に出されたアイスティーをぐいっと喉に流し込んだ。
ここまで話したらもう恥もへったくれもない。アズール先輩は契約を破るようなことはしないって、私は知ってる。
秘密保持が適用されるなら、なおさらこっちのものだ。
『私は、本当に好きなんです。ジェイド先輩のこと。でも、例えばジェイド先輩からそういう意味で好きになってもらえたとして、ですよ?私が元の世界に戻った時に、ジェイド先輩に辛い思いはさせたくない。』
「随分自分勝手ですね」
『そうなんです。恋なんて元々自分勝手な想いです。だから、それなら、いっそのこと私がきのこになってしまえば、いざって時に一本くらいなくなったってわからないだろうし。それにきのこになったら問答無用に愛してもらえるでしょう?』
「なるほど。わかりました…」
それから腕を組んで目を閉じたアズール先輩は、何かを考えているようだった。
ジェイド先輩はアズール先輩の大事な幼馴染だ。こんな相談されたら迷惑だったかもしれない。
それでも私がすがれるのはもうアズール先輩のポイントカードしかなかったのだから仕方ない。
ほんの少しの時間、でも私が永遠のように感じられるような時間が経った。
ぽん、と手を叩いて、先輩は眼を開く。
「こうしましょう。明日の21時、鏡の間に来てください。一人で。」
『へ?明日?』
「はい。あぁ、その際は外に出られる格好をして来てください。それからまだ少し肌寒いので、きちんと着込んできてくださいね。」
なぁに、悪いようにはしませんよ、といかにもな笑顔を浮かべて先輩は言う。
不安になりながらも、こくりとうなづけば、僕に任せてください!とさ。
「それでは今日の相談はお開きです。」
『えっもう!?』
「今日は、ですよ。人の話はよくお聞きなさい。大丈夫です。サポートは、完璧にします。」
『えぇ…』
「いいですか。貴女がしっかりしないと、全てが台無しです。」
『…?』
必ず来てくださいね。と念押しをされて、本当にVIPルームを追い出されてしまった。
『ほんとになんなの~~…』
決して安くない費用を払ってやっとこぎつけた相談だったのに。
なんの解決もしてないよ~…とうなだれながら、オンボロ寮に帰ったのであった。
そして次の日。
私は言われた通り、割と動きやすい服にスニーカーを履いて鏡の間に向かった。
『アズール先輩~?来ましたよ~?』
「監督生さん。こんばんは。」
『!?』
アズール先輩??そう言うことじゃないって言ったのに!!
嫌なんですよこれ以上、惨めな思いをするのも、恋を自覚するのも。
そう言う意図を伝えたかったのに…。
そこにいたのは、あろうことかジェイド先輩本人だった。
私がこの人の存在に逆らえるはずもない。
姿を見るたびに思うのだ。好きだなぁと。
何がそう思わせるんだろうか。
まだこっちに来てそんなに日も経っていないのに、理由を忘れるくらいには想いがつのっている。
「さぁ、早速行きましょうか」
『はい?』
「一緒に山に登ってくださるんでしょう?夜の山登りは流石に危険なので、鏡で一思いにてっぺんまで行くとか。監督生さんが誘ってくださったって、アズールに聞きましたが?」
『………………ぁぃ。』
「お誘い、とても嬉しいです。アズールもフロイドも、山にはてんで興味がないようで、寂しく同好会を行なっていたもので。」
頭を抱えて返事をすれば、そんな答えが返って来てしまい。
そんな笑顔、裏切れるわけがない。
だいたい「山を愛する会」ってなんだよ。どんだけ好きなんだよ、山。
…私は山にも敵わないのか。
敵わないものが多すぎる。
まぁでも、いいか。最後の思い出にでも、もらっておこう。あのポイントカード分のお金が泡となるなんて許さないから!
それでは、あの山の頂上まで!、と闇の鏡に告げて、私とジェイド先輩は一瞬で山のてっぺんへ。
なんという簡単な山登りなんだと、普通の人間である私は、故郷の家族としたものすごく大変な山登り経験を思い出しながら、ひとりごちた。
「それで?今日は何をするつもりだったんですか?」
『へ?』
「山のことを教えたいから一緒に来てくれ、と言う話だと思ったのですが?」
おおおおおい!!なんてこと言ってくれたんだよあのインチキタコ野郎!!
せめてそういう大事なことは、考えておいてください、とか先に言えーーーーー!!
な、何か、何か、夜の山で、できること、えぇと、えぇと…!
大量の冷や汗で冷めていく身体を両手で掻き抱いてスリスリしながら頭をフル回転させ、ジェイド先輩から視線を逸らすと。
目の前に広がっていた、星空に、一瞬で目を奪われた。
『わ…、あ…!!綺麗…あっ!そうです!えぇと、星を!!』
「ほし?」
『そうです!地上では見えない星が、山のてっぺんからなら、もっと近くで、たくさん見られるんです。ジェイド先輩、山に登ってもきのこにだけ、地にだけ目を向けていてはいけません。空もたまには、見ないともったいないです、って言うことです!』
「なるほど。一理ありますね。」
私ーー!すごい!!最高の言い訳を思いついた!すごいぞ!!
「占星術の授業でも、魔法で散らせた星しか見られませんからね。実際に見るのは良いことです」
『でしょう!?先輩、ほら、見てください。今日は確か、流星群も流れる日だったはずです!』
「へえ?お詳しいんですか」
『えぇ、星を見るのは好きなんです。ちょっとだけ、授業で習うようなことじゃないことを知っている程度ですけど…。あと、神話が好きで、こっちにもあるのかな…ギリシャ神話とか、北欧神話とか…わかりますか?』
「ギリシャ…は、聞いたことがありません。もしかするとこちらでは別の神話として語り継がれているのかもしれないですね」
『あ、それはありそう。じゃあ、少し話してみてもいいですか?』
「お願いしても?」
『もちろんです!』
そこからは私の独壇場。
大好きで仕方なくて諳んじることすら日常と化した神話を、空の星をなぞって語る。
時折飛んでくる質問は、物語の理解を深めるのに的確なものばかりで、やはりジェイド先輩はすごいなと感心せざるを得なかった。
『……で、ポルックスは、常に兄と一緒にいたいと願って、不死身を捨ててまで、星になったと言われているんですよ。…仲良しな双子って、ジェイド先輩とフロイド先輩みたいですね。』
「ふふ…そうですね。フロイドは僕にとって唯一無二の片割れですから。」
そう言われてしまって、ああ、そうだった、結局今日のこのひと時も、後々私を苦しめるだけの楽しい時なのだということを思い出す。
不自然に間が開いたためか、ジェイド先輩がこちらを向いて私の顔を覗き込んだ。
『…っ、すみません…』
「いえ…ですが、」
『なんでもっ!…ない、から…』
強がって、心を落ち着けようと全力集中。忘れろ。この気持ちは、今、ここにはあっちゃだめなものだ。
「…では…代わりに僕からも一つ、話をしてもよいでしょうか。」
『…どうぞ…』
「アズールとフロイドは、僕の世界の中心です。」
『そ、ですか…』
「その二人と、貴女を比べることは、できません。」
私の心を見透かしたように、ジェイド先輩ははっきりと言った。
その言葉を耳にして、先ほどまでの虚勢は何処へやら、少し視界が滲むくらいには、寂しかったり悔しかったり、いろんな気持ちが溢れて止まらない。でもここで泣いてはジェイド先輩を困らせるだけだ。我慢。我慢だよ、私。寮に帰ったらいっぱい泣けばいいんだから。
「ですが、」
そこで言葉を区切ったジェイド先輩は、私のほっぺたに手を添えて、親指で私の目の下をクイと引っ張った。
あっけなく溢れた一筋の涙。
「貴女にこんな顔をさせることも、本意ではありません」
『は…』
「僕は面白いことはなんでも好きですが、貴女がいてくれなかったら、日常の半分はつまらないものになるでしょう。なぜなら、僕の話を楽しそうに聞いてくれる人は貴女だけですし、こうして山について来てくれる人も今のところ貴女しかいません。それから貴女は僕が思っているよりも自然のことに詳しいですし、その知識、大変助かっていますよ。それに…、こうやって気持ちをぶつけてこられるのは、意外と嫌いじゃありません。」
まぁ今日のは不可抗力かもしれませんが。と、いつもの困ったような笑顔を浮かべて、フッと笑った。でもそんな素敵な笑顔にも負けず、引っかかることが一つ。
『…まって?今気持ちをぶつけるって言いました?』
「はい。貴女、僕のこと好きでしょう」
『!!?』
「そのくらい、目を見れば分かります。あと普段の態度が、分かりやすいですから」
僕を見ると少し挙動不審になったあと、周りに花が舞ってるの、気づいてなかったのですか?という先輩の言葉を受けて、頼むから今ここで異世界から帰らせてくれ、と願っても、あの星に想いは届かない。
『あの、め、迷惑はかけないので、あと、その、努力、しますから、好きでなくなるように、だから、その、』
「誰もそんなことは言ってないでしょう?」
『へ?』
「今までの会話、聞いてましたか?会話は成り立っていたと思うのですが、届いていなかったと?」
はた、と、数分間の出来事を思い返してみる。
ジェイド先輩はなんと言ったか。
先輩の世界の中心にはアズール先輩とフロイド先輩がいて。
私とは比べられなくて。
でも、
私といるのは、楽しくて。
面白いことは好きで。
だから、
だから?
そこまで思い返して、ジェイド先輩の眼をもう一度見る。
その目には、今、私しか映っていない。
「ですから、僕の傍からいなくならなくて、いいんです。アズールともフロイドとも、もちろんキノコとも山とも違う存在として、引き続き僕を楽しませてくださいね。」
なぜか耳元で囁かれた言葉は、とても擽ったい。パッと手で押さえれば、クスクスと笑われてしまった。
そういうところが可愛いんですよ。だって。
本心かどうかはさておき、そうか、私がジェイド先輩を楽しませられれば、近くに置いてもらえるのか。
「ああ、それからもう一つ。」
満天の星をバックに、先輩は私に魔法をかけた。瞬間、空には流れ星。
「貴女が元の世界に帰っても、僕たちの日常はこのまま続くのみですが、どうしても僕のことを諦められなければ、今度は貴女が、貴女の力でまたこちらに遊びに来る努力をしたらよいのでは?ツイステッドワンダーランドは、この世界は、誰をも拒まず、誰をも受け入れる、魔法の世界、なのだから。」
これからも楽しみましょうね。と微笑む先輩を見て思う。
恋をすると人は強くなるのよ。きっとそう。
ジェイド先輩の隣は、きのこなんかに渡さない。
決意新たに、差し出された手に手を重ねて笑顔を返す。
『今日は、ありがとうございました!』
「こちらこそ。楽しかったですよ。またぜひ、一緒に出掛けましょう。」
その一言を合図に、鏡を繋いで元いた校舎に戻ってきた。
夢のような夜に私は力を手に入れた。
次の日、アズール先輩を「秘密保持契約はどうなってるんですか!!?」と問い詰めれば、なんのことはない「ジェイドとフロイドは僕の補佐役なので、あの二人には筒抜けです。」って!信じられない!
「ですが、結果オーライ、でしたでしょう?」
『っ…まぁ…その通り、です』
「それはよかった!引き続き、モストロ・ラウンジをご贔屓にお願いしますよ!」
わざとらしく大袈裟なお辞儀をして、引き下がっていったアズール先輩を横目に、私は今日も、ジェイド先輩を楽しませるような知識を新しくかき集めようと、頭の中を整理するのに躍起になった。
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