Hug me Kiss me Everyday!
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溢れ出す気持ちを胸に抱いていても、今更この想いをどう伝えればいいのだろう。
散々はぐらかしてきたのに、突然「私も好きでした」なんて、こんなに自分勝手なことがあるだろうか。
それに「自分が帰れる手段が見つかったらどうするのだ問題」も特に結論が出たわけじゃない。気持ちだけを伝えて押し付けて、そのあとは?という恐怖はこの先も消えないことには変わりない。
けれど、自分だけ相手の想いを受け取っておいて、何も話さないのは卑怯だと感じるのは素直な気持ちだ。だからこそ、何かのタイミングを見つけて、会話だけでもしなければと考えていたのに。
『今日も会えなかった…』
フロイド先輩の姿を見なくなって、もう3日も経っていた。
先輩が私を避けているのだとしても、あまりにもおかしい。いくら避けられていたって、その姿すら見えないのはどう考えても変だ。
なぜだかアズール先輩やジェイド先輩の姿も見かけないしと、不安が頭を過ぎる。
病気?怪我?はたまた故郷に…?
何も言えてないのに。こんなままでいるのは嫌だ。先輩は学園内にいるのかな。それとも。
私とツノ太郎のことを気にしていたみたいだから、もしかしたら。
悶々と過ぎていく3日目の午後。今日の全ての授業が終わった頃、ついに私は悩むのに疲れてしまった。
『うーーーーーあーー…』
「あれ?監督生がそんな声出すなんてめずらしーじゃん。」
「コイツ、寮ではここのところずっとこうなんだゾ。」
「何かあったら相談してくれって言っただろ。みずくさいぞ」
『えぇ…だってぇ…』
「わかったぞ、お前、恋煩いだろ」
『?!』
「最近フロイド先輩見ないもんな」
ニィーっと意地悪な笑みを浮かべたエースに見られて、知らず眉が歪んだ。
反応してしまった自分の表情筋が憎い。
「そうなのか?ならお前から会いに行けばいいじゃないか」
『でもさぁ…そんな無理矢理…』
「無理矢理?お前そんなこと気にするタマじゃねーじゃん。」
『へ?』
「だな。うちの寮長の時も、サバナクローの時も、お前が遠慮したことあったか?」
「そーそー。全部我慢するのが優等生なんですかぁ?」
「エース、いいとこ取りするなよ…。でもま、そういうことだ。お前が俺に言ってくれたんだ。」
「俺様の子分は、もっと強くなってもらわないとなんだゾ!」
『みんな…』
でも言われてみれば、確かに、私はそんな物怖じするような性格だったっけ。
グリムにもよく、「でた!キツイツッコミ」と言われるくらいだから、自分で考えるよりもいい性格をしているんだろう。
ただ…ただ、フロイド先輩の幸せを考えたら、どうしたらいいのかわからなくなってしまっただけで。
あぁそうか。
フロイド先輩だから。
相手がフロイド先輩のことだから、意識して。躊躇して。
なあんだ。もう全然無理じゃない。
だって好きだもの。こんなにも。
この間だって思ったけど、こんなに好きなんだもの。
おしゃべりは嫌われる?
黙っていると可愛らしい?
いつか目にしたどこぞの世界の話なんて、私は知らない。
だって私はお姫様でもなんでもない、ただの監督生だもの。
私は会いたいし、伝えたい。
だから私は会いにいく。
『みんな、ありがと。』
「ん」
「おう!」
「今更なんだゾ!」
『ちょと、行ってくるね!』
共に苦難を乗り越えてきた仲間に背を押され、私はそのままオクタヴィネル寮に向かった。
数分後、モストロ・ラウンジ前。Closeと掛かっているが、意を決して扉を開けた。
『すみませ〜ん…フロイド先輩…いますか…?』
「おや。ユウさんじゃないですか。まだラウンジは開店前なのですが」
『あ…ジェイド先輩、お忙しいところ突然ごめんなさい。あの、私、フロイド先輩を探していて』
「フロイド、は、あぁ…」
ジェイド先輩にしては珍しく、歯切れが悪く、言葉尻を濁したのが引っかかる。
しかし、じっと、次の言葉を待つと、ふっと息を吐いて手招きをする。
「ユウさん、こちらへどうぞ。フロイドのところまで案内します。」
『え、フロイド先輩、いるんですか』
「えぇ、まぁ…少し外に出られない事情がありまして。引きこもっているんですよ」
『!?病気ですか?』
「いえ、それほど酷いものでは。とにかくこちらへ」
外に出られないというものだから、てっきり部屋へ案内されるものだと思ったのだが、どうやら違うらしい。
寮の入り口まで逆戻りした私と先輩は、そのまま、奥にある階段を下った。
一段、また一段と階段を降りるにつれて、水の音が大きくなるような不思議な感覚に包まれる。
階段自体は、人が一人通れるかどうかくらいの狭い造りで、外が見えるわけではなく、螺旋状になっていた。
一体どこまで続いているんだろう。少しばかり不安がよぎる。
『ジェイド先輩、ここ』
「心配しないでください。大丈夫です…と言っても怖いですよね。」
『いえ…その…どこまで行くのかなって』
「もうすぐ…あぁ、つきました。この扉の向こうです。ただ、すみません。ここからは、ユウさんお一人でお願いします。」
『え?で…でも』
「中にいるのはフロイドだけです。信じてください…というのも、おこがましいですが。」
『あ、いえ!!ジェイド先輩を信じていないとかそういうわけではなくて!!』
「…貴女は本当に…お人好しですね」
クスクス、と笑って背中を押された。
ジェイド先輩を一瞥してから、扉のノブに手を伸ばす。少し力をかければギッと音がして、それが開いた。
それと同時にひんやりとした空気が足元に流れ込んでくる。少し寒いなと自分の両腕で身体を抱きしめた。中に一歩進むと、ギィ、と扉は閉まった。
シン。
その空間は、ぽっかりと開いた洞窟のようだった。岩でできた床と壁と天井。そして、おそらく海から繋がっているのだろう溜め池。音のしない静かな世界が、そこには広がっていた。
その静けさを壊してはいけない、とも思ったが、はぁっと息を吐いてその勢いで声をあげた。
『フロイド、先輩…』
自分が考えた以上に小さな声だった。その声は、響くことなく岩に吸い込まれていく。
途端に怖くなる。フロイド先輩はどこにいるんだろう。私はこのままここにいたらいいのだろうか。
どうしよう、どうしたらいいんだろう。
怯えている間にも、どんどん身体が冷えていくのがわかる。息の白さが気温の低さを物語る。
このままではいけないと、息を吐いた勢いに乗せて、冷たい空気を身体に入れた。
『フロイド先輩っ…会いたい…どこにいるんですか…!』
先ほどよりも少し大きな声が出たと思った。と同時に、凪いでいた目の前の池の表面に、こぽ、と小さな水泡が上がった。
こぽ、こぽぽ。
一つ、また一つと、だんだん増えてくる気泡。それを視界に入れた次の瞬間だった。
ざぱん!と、ものすごい勢いで何かが水面から顔を出した。
『ぎゃ?!』
「ジェイドぉ?今小エビちゃんの声がし、あ?」
『ふゃ』
「あ!?なんで?!小エビちゃん?!え?本物?!」
あまりに唐突に出現した、フロイド先輩に驚いて、尻もちをついてしまった私。
そんな私を見て、人魚姿のフロイド先輩は、信じられない、といった素っ頓狂な声をあげた。
「な、んでこんなとこに」
『ぇ、ぁ、その、ジェイド先輩がっ』
「あ〜…ジェイドが」
『せ、先輩、あの、先輩は、病気、とか、なんですか?大丈夫ですか?』
「あ?誰がそんなこと言った?絞めてくる」
『あっ、違う、違くて!!だって先輩、ここ数日いなかったから…私に、会いに来てくれなかったから』
その不安を口に出して、あ、しまった、と思ったのではもう遅かった。
こんなの、こんなのただの超ヘビー級思い込み激しい女じゃないか。
何が会いに来てくれなかった、だ。散々な対応をしたのは自分なんだから、愛想をつかされても当たり前なのに。
穴があったら入りたい。いや、今なら海の底に入る方が早いか。
『あ、あの、ちが、その、これは、ごめんなさ』
「会いたかったの?俺に」
『え、』
「ねぇ、小エビちゃん」
池の淵に腕をついて、その手の上に顔を乗せるフロイド先輩は、にっこりと嬉しそうな表情をしている。
しかし、有無を言わさないのはその瞳だ。私からの返事を今か今かと期待する二つの瞳。
恥ずかしいなどと言ってはぐらかせる空気ではなかった。
「もっかい聞くけど。小エビちゃんは、俺に会いたくて、探しに来てくれたの?」
『う……はい。そうです…。だって、先輩が、突然いなくなっちゃうから…』
「そっかぁ〜。嬉しいな〜小エビちゃんから来てくれるなんて〜」
『っ…それは、だって…』
二の句が継げなくなって、もじもじしていると、フロイド先輩がこっちこっちと私を手招きする。
フロイド先輩の顔が観れたことで少し心が落ち着いた私は、その手が呼ぶままに、素直にそちらに寄った。
「今すぐこっから出て小エビちゃんギューってしたいけど、出らんないのしんど…」
『え…?出られないって、どうしてですか?』
「あんねぇ…ベタちゃん先輩のための薬のせいなんだけど〜」
『べたちゃん先輩?』
「ん。化粧水錬成すんのに、俺の体液使ったの…めーっちゃ絞られたから、まだ歩けないんだよね〜」
『は?!誰にですか?!そんなひどいこと…!』
「ジェイドとアズールだよ?そりゃあ俺だって、ゼッテーヤダって断ったよもちろん。でも、コイントスって言われてさぁ、運悪くか思惑通りかわかんねぇけど、俺が絞られた」
『うわぁ…』
「アズールは金の亡者だし。やるって言ったら絶対やるし。一度受けた取引を気分で中止するような奴でもないからさぁ」
ハァ〜と大きくため息を漏らしたフロイド先輩だったけれど、そのあと、ふっと表情を柔らかくして言う。
私の手に触れたフロイド先輩の手は、いつもよりツルリとしていて、なぜだか涙が出そうになった。
「でも、ま、こうやって小エビちゃんが心配して会いに来てくれたし?今回は役得ってことで、許すかなぁ〜」
『っ…でも、身体、大丈夫なんですか?』
「ん〜まぁ、前ん時も1週間くらいで歩けるようになったし、多分大丈夫じゃね?」
『そんなに?!』
「意外とあっという間…って思ってたけど、小エビちゃんに会えないのは辛いから〜」
『!!』
「だからさぁ、小エビちゃんから会いに来てよ。毎日。俺待ってるから」
胸が詰まる。さっきまで寒さに震えていた身体が嘘みたいに熱い。
威勢良く飛び出してきたと思ったら、すんでのところでやっぱり言葉が出てこなくて。
待っていると言ってくれる、その優しさに甘えてしまう自分が嫌になってしまうけれど。
でも、フロイド先輩が望むなら、私は。
『はいっ…!これから毎日来ます。朝も、昼も、夕方も、先輩に会いに来ます。だから、待っていてください。』
「…ありがとね、小エビちゃん」
繋いでいた手を緩りと引き寄せたフロイド先輩は、その掌を自分の顔に寄せて、ちゅ、と口付けた。
あまりに自然な動作でキスされたという事実に反応が遅れた私は、ぽかんとそれを見つめて。
閉じていたフロイド先輩の瞳がうっすらあいて、私をとらえた瞬間、脳がショートした。
『!!!?』
「あは、小エビちゃん真っ赤〜」
『っ、だ、っ!!え、今、』
「噛まれなかっただけ良かったと思いなよ〜?」
『か?!』
極め付けに、掌をべろ、と舐めてから解放された私の手。
ヒュンと自分の胸のあたりに引き戻して、もう片方の手で握った。
『っ…!』
「今は、その顔が観れただけで、満足ってことにしとくねぇ」
『どっ、ど、んな、』
「真っ赤で〜宝石サンゴみたいなぁ!かわいーね!!」
『〜〜〜っ!!』
フロイド先輩、これ以上私を幸せにしてどうしたいの。
先輩と一緒なら、苦しいくらいの愛しさの中でも呼吸ができるようになるのかな。
ねぇ先輩、近い将来、想いを返せるように努力しますから。
それまで、私に飽きないで。
お願い。
散々はぐらかしてきたのに、突然「私も好きでした」なんて、こんなに自分勝手なことがあるだろうか。
それに「自分が帰れる手段が見つかったらどうするのだ問題」も特に結論が出たわけじゃない。気持ちだけを伝えて押し付けて、そのあとは?という恐怖はこの先も消えないことには変わりない。
けれど、自分だけ相手の想いを受け取っておいて、何も話さないのは卑怯だと感じるのは素直な気持ちだ。だからこそ、何かのタイミングを見つけて、会話だけでもしなければと考えていたのに。
『今日も会えなかった…』
フロイド先輩の姿を見なくなって、もう3日も経っていた。
先輩が私を避けているのだとしても、あまりにもおかしい。いくら避けられていたって、その姿すら見えないのはどう考えても変だ。
なぜだかアズール先輩やジェイド先輩の姿も見かけないしと、不安が頭を過ぎる。
病気?怪我?はたまた故郷に…?
何も言えてないのに。こんなままでいるのは嫌だ。先輩は学園内にいるのかな。それとも。
私とツノ太郎のことを気にしていたみたいだから、もしかしたら。
悶々と過ぎていく3日目の午後。今日の全ての授業が終わった頃、ついに私は悩むのに疲れてしまった。
『うーーーーーあーー…』
「あれ?監督生がそんな声出すなんてめずらしーじゃん。」
「コイツ、寮ではここのところずっとこうなんだゾ。」
「何かあったら相談してくれって言っただろ。みずくさいぞ」
『えぇ…だってぇ…』
「わかったぞ、お前、恋煩いだろ」
『?!』
「最近フロイド先輩見ないもんな」
ニィーっと意地悪な笑みを浮かべたエースに見られて、知らず眉が歪んだ。
反応してしまった自分の表情筋が憎い。
「そうなのか?ならお前から会いに行けばいいじゃないか」
『でもさぁ…そんな無理矢理…』
「無理矢理?お前そんなこと気にするタマじゃねーじゃん。」
『へ?』
「だな。うちの寮長の時も、サバナクローの時も、お前が遠慮したことあったか?」
「そーそー。全部我慢するのが優等生なんですかぁ?」
「エース、いいとこ取りするなよ…。でもま、そういうことだ。お前が俺に言ってくれたんだ。」
「俺様の子分は、もっと強くなってもらわないとなんだゾ!」
『みんな…』
でも言われてみれば、確かに、私はそんな物怖じするような性格だったっけ。
グリムにもよく、「でた!キツイツッコミ」と言われるくらいだから、自分で考えるよりもいい性格をしているんだろう。
ただ…ただ、フロイド先輩の幸せを考えたら、どうしたらいいのかわからなくなってしまっただけで。
あぁそうか。
フロイド先輩だから。
相手がフロイド先輩のことだから、意識して。躊躇して。
なあんだ。もう全然無理じゃない。
だって好きだもの。こんなにも。
この間だって思ったけど、こんなに好きなんだもの。
おしゃべりは嫌われる?
黙っていると可愛らしい?
いつか目にしたどこぞの世界の話なんて、私は知らない。
だって私はお姫様でもなんでもない、ただの監督生だもの。
私は会いたいし、伝えたい。
だから私は会いにいく。
『みんな、ありがと。』
「ん」
「おう!」
「今更なんだゾ!」
『ちょと、行ってくるね!』
共に苦難を乗り越えてきた仲間に背を押され、私はそのままオクタヴィネル寮に向かった。
数分後、モストロ・ラウンジ前。Closeと掛かっているが、意を決して扉を開けた。
『すみませ〜ん…フロイド先輩…いますか…?』
「おや。ユウさんじゃないですか。まだラウンジは開店前なのですが」
『あ…ジェイド先輩、お忙しいところ突然ごめんなさい。あの、私、フロイド先輩を探していて』
「フロイド、は、あぁ…」
ジェイド先輩にしては珍しく、歯切れが悪く、言葉尻を濁したのが引っかかる。
しかし、じっと、次の言葉を待つと、ふっと息を吐いて手招きをする。
「ユウさん、こちらへどうぞ。フロイドのところまで案内します。」
『え、フロイド先輩、いるんですか』
「えぇ、まぁ…少し外に出られない事情がありまして。引きこもっているんですよ」
『!?病気ですか?』
「いえ、それほど酷いものでは。とにかくこちらへ」
外に出られないというものだから、てっきり部屋へ案内されるものだと思ったのだが、どうやら違うらしい。
寮の入り口まで逆戻りした私と先輩は、そのまま、奥にある階段を下った。
一段、また一段と階段を降りるにつれて、水の音が大きくなるような不思議な感覚に包まれる。
階段自体は、人が一人通れるかどうかくらいの狭い造りで、外が見えるわけではなく、螺旋状になっていた。
一体どこまで続いているんだろう。少しばかり不安がよぎる。
『ジェイド先輩、ここ』
「心配しないでください。大丈夫です…と言っても怖いですよね。」
『いえ…その…どこまで行くのかなって』
「もうすぐ…あぁ、つきました。この扉の向こうです。ただ、すみません。ここからは、ユウさんお一人でお願いします。」
『え?で…でも』
「中にいるのはフロイドだけです。信じてください…というのも、おこがましいですが。」
『あ、いえ!!ジェイド先輩を信じていないとかそういうわけではなくて!!』
「…貴女は本当に…お人好しですね」
クスクス、と笑って背中を押された。
ジェイド先輩を一瞥してから、扉のノブに手を伸ばす。少し力をかければギッと音がして、それが開いた。
それと同時にひんやりとした空気が足元に流れ込んでくる。少し寒いなと自分の両腕で身体を抱きしめた。中に一歩進むと、ギィ、と扉は閉まった。
シン。
その空間は、ぽっかりと開いた洞窟のようだった。岩でできた床と壁と天井。そして、おそらく海から繋がっているのだろう溜め池。音のしない静かな世界が、そこには広がっていた。
その静けさを壊してはいけない、とも思ったが、はぁっと息を吐いてその勢いで声をあげた。
『フロイド、先輩…』
自分が考えた以上に小さな声だった。その声は、響くことなく岩に吸い込まれていく。
途端に怖くなる。フロイド先輩はどこにいるんだろう。私はこのままここにいたらいいのだろうか。
どうしよう、どうしたらいいんだろう。
怯えている間にも、どんどん身体が冷えていくのがわかる。息の白さが気温の低さを物語る。
このままではいけないと、息を吐いた勢いに乗せて、冷たい空気を身体に入れた。
『フロイド先輩っ…会いたい…どこにいるんですか…!』
先ほどよりも少し大きな声が出たと思った。と同時に、凪いでいた目の前の池の表面に、こぽ、と小さな水泡が上がった。
こぽ、こぽぽ。
一つ、また一つと、だんだん増えてくる気泡。それを視界に入れた次の瞬間だった。
ざぱん!と、ものすごい勢いで何かが水面から顔を出した。
『ぎゃ?!』
「ジェイドぉ?今小エビちゃんの声がし、あ?」
『ふゃ』
「あ!?なんで?!小エビちゃん?!え?本物?!」
あまりに唐突に出現した、フロイド先輩に驚いて、尻もちをついてしまった私。
そんな私を見て、人魚姿のフロイド先輩は、信じられない、といった素っ頓狂な声をあげた。
「な、んでこんなとこに」
『ぇ、ぁ、その、ジェイド先輩がっ』
「あ〜…ジェイドが」
『せ、先輩、あの、先輩は、病気、とか、なんですか?大丈夫ですか?』
「あ?誰がそんなこと言った?絞めてくる」
『あっ、違う、違くて!!だって先輩、ここ数日いなかったから…私に、会いに来てくれなかったから』
その不安を口に出して、あ、しまった、と思ったのではもう遅かった。
こんなの、こんなのただの超ヘビー級思い込み激しい女じゃないか。
何が会いに来てくれなかった、だ。散々な対応をしたのは自分なんだから、愛想をつかされても当たり前なのに。
穴があったら入りたい。いや、今なら海の底に入る方が早いか。
『あ、あの、ちが、その、これは、ごめんなさ』
「会いたかったの?俺に」
『え、』
「ねぇ、小エビちゃん」
池の淵に腕をついて、その手の上に顔を乗せるフロイド先輩は、にっこりと嬉しそうな表情をしている。
しかし、有無を言わさないのはその瞳だ。私からの返事を今か今かと期待する二つの瞳。
恥ずかしいなどと言ってはぐらかせる空気ではなかった。
「もっかい聞くけど。小エビちゃんは、俺に会いたくて、探しに来てくれたの?」
『う……はい。そうです…。だって、先輩が、突然いなくなっちゃうから…』
「そっかぁ〜。嬉しいな〜小エビちゃんから来てくれるなんて〜」
『っ…それは、だって…』
二の句が継げなくなって、もじもじしていると、フロイド先輩がこっちこっちと私を手招きする。
フロイド先輩の顔が観れたことで少し心が落ち着いた私は、その手が呼ぶままに、素直にそちらに寄った。
「今すぐこっから出て小エビちゃんギューってしたいけど、出らんないのしんど…」
『え…?出られないって、どうしてですか?』
「あんねぇ…ベタちゃん先輩のための薬のせいなんだけど〜」
『べたちゃん先輩?』
「ん。化粧水錬成すんのに、俺の体液使ったの…めーっちゃ絞られたから、まだ歩けないんだよね〜」
『は?!誰にですか?!そんなひどいこと…!』
「ジェイドとアズールだよ?そりゃあ俺だって、ゼッテーヤダって断ったよもちろん。でも、コイントスって言われてさぁ、運悪くか思惑通りかわかんねぇけど、俺が絞られた」
『うわぁ…』
「アズールは金の亡者だし。やるって言ったら絶対やるし。一度受けた取引を気分で中止するような奴でもないからさぁ」
ハァ〜と大きくため息を漏らしたフロイド先輩だったけれど、そのあと、ふっと表情を柔らかくして言う。
私の手に触れたフロイド先輩の手は、いつもよりツルリとしていて、なぜだか涙が出そうになった。
「でも、ま、こうやって小エビちゃんが心配して会いに来てくれたし?今回は役得ってことで、許すかなぁ〜」
『っ…でも、身体、大丈夫なんですか?』
「ん〜まぁ、前ん時も1週間くらいで歩けるようになったし、多分大丈夫じゃね?」
『そんなに?!』
「意外とあっという間…って思ってたけど、小エビちゃんに会えないのは辛いから〜」
『!!』
「だからさぁ、小エビちゃんから会いに来てよ。毎日。俺待ってるから」
胸が詰まる。さっきまで寒さに震えていた身体が嘘みたいに熱い。
威勢良く飛び出してきたと思ったら、すんでのところでやっぱり言葉が出てこなくて。
待っていると言ってくれる、その優しさに甘えてしまう自分が嫌になってしまうけれど。
でも、フロイド先輩が望むなら、私は。
『はいっ…!これから毎日来ます。朝も、昼も、夕方も、先輩に会いに来ます。だから、待っていてください。』
「…ありがとね、小エビちゃん」
繋いでいた手を緩りと引き寄せたフロイド先輩は、その掌を自分の顔に寄せて、ちゅ、と口付けた。
あまりに自然な動作でキスされたという事実に反応が遅れた私は、ぽかんとそれを見つめて。
閉じていたフロイド先輩の瞳がうっすらあいて、私をとらえた瞬間、脳がショートした。
『!!!?』
「あは、小エビちゃん真っ赤〜」
『っ、だ、っ!!え、今、』
「噛まれなかっただけ良かったと思いなよ〜?」
『か?!』
極め付けに、掌をべろ、と舐めてから解放された私の手。
ヒュンと自分の胸のあたりに引き戻して、もう片方の手で握った。
『っ…!』
「今は、その顔が観れただけで、満足ってことにしとくねぇ」
『どっ、ど、んな、』
「真っ赤で〜宝石サンゴみたいなぁ!かわいーね!!」
『〜〜〜っ!!』
フロイド先輩、これ以上私を幸せにしてどうしたいの。
先輩と一緒なら、苦しいくらいの愛しさの中でも呼吸ができるようになるのかな。
ねぇ先輩、近い将来、想いを返せるように努力しますから。
それまで、私に飽きないで。
お願い。