Hug me Kiss me Everyday!
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閉店後のモストロ・ラウンジカウンター席。
全ての寮生を返した後で、寮長のアズール、副寮長のジェイド、そしてフロイドが賄いをつつきながら経営方針会議中である。
「今週はこんなところでしょうか。何か気になる所はありますか?」
「いいえ、僕は特には…フロイドはどうです?」
「…俺が思うに……小エビちゃんってさ、俺のことオトコとして好きだよね」
「「は?」」
明後日の回答が返ってきて、二人の目が点になる。
しかし、言葉を発した当の本人は、全然本気だからタチが悪い。
「なんで?なんでダメなんだろ?」
「ずっとそんな調子じゃ困りますよ、フロイド」
「でもさぁジェイド~…小エビちゃんのあの態度、見たでしょ~」
距離を詰めれば恥ずかしがって、離れれば残念さをにじませる。
隠せない、そのくるくる変わる表情は、いつだってフロイドの心を掴んで離さなかった。
「…それほどに理由が知りたければ、アズールに頼んだらどうですか。本音を喋らせる薬を作るくらい、朝飯前でしょう。ねぇアズール」
「僕に頼むより先に、お前のユニーク魔法でどうにかしたらいいじゃないか」
「ふふ、僕がそんなことに自分のユニーク魔法を使うとお思いで?」
「愚問でしたね」
「そんなことってひどくね?」
「でも、自分ではどうにもできないと思って悩んでいるんでしょう?」
「…まぁ…そうだけど」
あ"~も"~!!と唸って突っ伏してしまったフロイドを見て、嘆息するジェイド。
あのフロイドをこうも振り回すとは、恋とは恐ろしいものなのだな、と感心もする。全てのことが「面白いか」「退屈か」で閉じられていた兄弟の中に新しい感情を芽生えさせたのだから。
「契約しますか?これでも日頃の感謝はしていますから、フロイドになら対価もお安くしておきますよ?」
「や~だ!これは俺がどうにかしなきゃなんねー問題なの。外野は黙ってろ」
「おやおや…外野なんて手厳しいですね」
「お前がそいうなら見守りに徹しますが、それならそれで、惚気のような独り言もやめてくださいね。仕事はこなしてもらわないと」
「ほんっとそういうとこ!!」
イーだ!もうしらね!寝る!、と声を上げ、そのまま席を立ったロイドを横目に、残された二人は顔を見合わせる。
「アズールは、わかっているんでしょう」
「何をですか?」
「彼女がなぜあのような態度をとるか」
「…まぁ、なんとなく、ですけどね。伊達に相談者の話に付き合ってきていませんよ」
「さすがですね」
「ただ、本当のところはわかりません。人の心は、それほど簡単なものではない。だからこそ洗脳魔法は上級であり、僕ですら使いこなすことは難しいのだから」
「本人のみが知る、と」
いつもの掴み所のない困ったような笑顔で、ジェイドは微笑んだ。それを見たアズールも、つられて仕方なさそうに笑う。
なんだかんだ、長い時間を共にしてきているのだ。楽しい、面白い、利害の一致。認めたくはないが、そんな感情だけでは済まされない何かがあるのも真実だ。
「ただ…僕らは外野のようなのでね」
「案外根に持っているんですね」
「根に持っている?それは愚問だ。フロイドのやる気を損ねたら、大変なのは彼女だろ」
「慈悲の心で、というやつですか」
「僕たちは海の魔女の意志を継ぐオクタヴィネル寮生ですからね」
残された二人が賄いを平らげてまもなく、ラウンジの照明は消え、海の中のこの寮はコポコポと優しい静寂に包まれた。
しかし、先ほど出て行ったフロイドは違った。
寝るとは言ったものの、悶々とした気持ちを抱えたままでは眠れたものじゃなく。
月夜の散歩と洒落ていたのだ。
「あーあ…つまんね…」
一人というものはどうしてこんなにも詰まらないのだろう。
ジェイドもアズールも、白状すぎる!…などと腹を立てたところで、特に面白みは増さない。
「小エビちゃんに会いたいなぁ」
そう思えば、自然と足がオンボロ寮へ向かう。
嫌われているわけじゃない、むしろ意識はされているはず。
そこまでわかっていて、この時間に夜這いをかけるような真似は決してできなかったけれど、あわよくば顔くらい見れるかもと思ったことは内緒だ。
しかし、寮まで近づいてみれば、到底考えもしなかった事態が繰り広げられていて、目を見開いた。
『ツノ太郎は、長い間生きてるの?』
「そうだな。少なくともお前たち人の子が考えられない程度には」
『そっかぁ…。それでも私みたいなただの人間に会うのは初めて?』
「茨の谷に近づく人間はいなかったな…。僕がこの学園に入ってからさほど年数は過ぎていないから、この辺りのことはわからないが」
『そう。茨の谷には女の子はいる?』
「もちろんだ。」
見れば、寮の前にある石段に腰をかけたユウが、あのマレウスと会話していた。それも随分と打ち解けた仲のようだ。
なぜ?この二人の接点はどこにあったのだ。けれどそれよりも。
当のユウが、寝巻きなのだろうパーカーとハーフパンツという大変ラフな格好をしていたのには少し怒りを覚えた。
無防備すぎねぇ?と。それが自分の隣でならともかく、ここは男子校だし、相手はマレウス・ドラコニアときたものだ。
得体のしれない存在だからこそ、いつも以上に注意して欲しかった。
ユウがどういう感情で動いているのかわからない以上、自分には何を言う権利もないのかもしれないけれど、身体はいうことを聞かなかった。
「こ え び ちゃ~ん」
『!?』
「何してんのぉ?」
「お前はオクタヴィネルの」
『フロイド先輩がどうしてここに』
「そんなんどうだっていいじゃん。今質問してんの俺なんだけど」
にっこりと唇をあげたつもりだが、優しく笑えていただろうか、とフロイドは頭の片隅で思う。
不穏な空気を感じ取ったのか、うろたえるようにユウの声が上がった。
『ツノ太郎、あの』
「…今日は、もう遅い。僕は寮に帰るとしよう。またな」
『あ、うん、また』
ふっ、と緑色の光が散った瞬間、そこにマレウスの姿はなかった。
残された二人は、押し黙ったまま。
『…えっと…フロイド先輩、こんばんは…』
「こんばんはぁ~あのさぁ小エビちゃん、マレウスと仲良しなの?」
『マレウス?』
「今いたやつ」
『ツノ太郎のことですか?』
「ふぅん…。あだ名で呼ぶような仲ってわけ」
『え、それは違います!ツノ太郎は名前を教えてくれなくて、だからっ、!』
ぎゅぅ
無意識に腕の中に抱いた小さな身体からは小刻みな震えがフロイドに伝わる。
「小エビちゃん」
『、っ』
「俺、どれだけ言ったらいいの」
『ふろぃ、』
「抱きしめるだけじゃ伝わらねぇし、言葉でも伝わらねぇ…じゃあさ、どうしたらいい」
耳にかかる吐息からは逃げられない。
「既成事実でも、作ろうか」
抱きしめる力を緩めて、距離をとって見つめ合う。
月をそのまま目に入れたような黄色と、宝石のジルコンのような深い黄緑。二つの瞳に見つめられて、満足に息ができず、ユウは、はく、小さな唇を動かした。
永遠のような一瞬のあと、ふ、と細められたフロイドの瞳は優しく時を動かす。
「俺のこと、怖い?」
今にも泣き出しそうなユウの頬っぺたをゆるりと擦ったフロイドが、こっちが泣きたい、と考えたことが伝わるはずもなく。
「……あんね、小エビちゃん、よーく聞いて」
フロイドは、そのままユウの顔を掌で包んで上を向かせ、コツ、とおでこを合わせて言った。
「好きだよ」
ユウが声を発する前に、おやすみ、と言ったフロイドは、そのまま元きた道を戻って行ってしまう。
その背中が見えなくなる頃、ユウはその場に座り込んでしまった。
『っ…どうして…』
こんなにも愛しさが積もってしまっては、もう嘘などつけない。
『フロイド先輩、どうしたらいいですか…私も、好き、です…』
大好きな人に、幸せになってほしかった。
その相手が自分でなければよかった。
人魚とヒト。海と陸。この世界と、自分の世界。
あげればいくつもある壁を越えられる力がほしいとユウは切に思う。
『フロイド先輩と、幸せに、なりたいなぁ…』
明るい月に隠れて流れた星に、その願いは届いただろうか。
ーと、そんなことは梅雨知らず。
寮に戻ったフロイドは、そのままジェイドの部屋に押しかけて、猛反省していた。
「や…っちまった…」
「フロイド、僕もう眠りたいんですが」
「しくしくしく」
「ベッドを占領した挙句嘘泣きはやめなさい」
「嘘泣きじゃねぇし…」
一方的に押しかけた挙句、マレウスに嫉妬し、あろうことか投げかけた言葉は既成事実を作ろうか、だ。
こんなに酷い野郎がいるだろうか。
これまでは、自分の考えうる範囲ではあったが、スマートに対応してきたはずだった。
だが、そんなものは一つ間違った行動をすれば、アズールの契約書のようにビリビリにされてしかるべきもの。
人との関係性というものは、それほどに危ういものだと、知っていたはずなのに。
「ジェイド…俺もうダメかもしんない…」
「珍しいですね。フロイドがそんな風に言うなんて」
「だってさぁ…ほんと…あーーーー!!」
そんなフロイドの消沈ぶりをみて、ジェイドは一つの案を出す。
「押してダメなら引いてみろ、ですよ」
「ひく?」
「一旦、近づくのをやめたらどうです?もうダメ、と言うくらいまで来ているのなら、今更一つ何かしても問題ないですよね」
「…俺、そういうの嫌い。駆け引きっつーか…試すみたいな…。ジェイド、知ってるでしょ。」
「知っているからこそ、ですよ。絶対やらないことだから、わざわざ助言しているんです。嫌われるようなことをしてしまったなら、離れられてしかるべきですし。それでも近づいてきてくれるなら、望みもあるのでは?」
「……」
「するかしないかは自由ですけれどね。」
「それで小エビちゃんが俺が来なくなってよかったーって思っちゃったらどうしてくれんの」
「それは…もちろんその時は、慰めてあげますよ」
「…な~んだそれ…ジェイドらしいね」
珍しく眉を下げてはいるものの、ニッと笑うその顔は、子供の頃から何一つ変わらない片割れの表情。
楽しいことは半分に。辛いこともなんだかんだ二人で乗り越えてきた。
その世界が三人になったのも何かの縁。それが今後、二人に戻るか、四人に増えるかは、わからない。
「フロイドが楽しいなら、僕は、それで」
「はぁ?その言葉、そっくそのままりジェイドに返すよ」
「はい?」
「ジェイドもアズールも、同じくらい楽しくないと俺が満足しねぇから」
あっけらかんと告げられるその言葉に、一瞬、ぽかんと口を開けてしまったジェイドは、しかしすぐに意味を理解し、その口を手で覆った。
「ふ…ふはっ…」
「は?ここ、笑うとこじゃなくね?」
「ふふっ…!いえ…すみません、ふふふっ…確かに、そうですね…!」
「え~?ジェイドのツボってほんっとわっかんね」
起き上がったフロイドから、ポス、と柔く腹に拳を入れられて、なお、ジェイドの笑いは止まらなかった。
寂しかったのかもしれない。不安もあったのかもしれない。
唯一の兄弟の恋路。いつかいなくなってしまうかもしれない人。
それでも、生まれてこの方一緒にいたのだ。確かな絆も、あるのだと。
「フロイド」
「なぁにジェイド」
「…頑張ってくださいね」
「は…当たり前でしょ。小エビちゃんは俺のもんだから」
元気もやる気も出たのか、立ち上がったフロイドは。
「ジェイドぉ」
「はい?」
「…あんがとね」
「…今更、ですよ」
そう一言残して、ジェイドの部屋をあとにした。
全ての寮生を返した後で、寮長のアズール、副寮長のジェイド、そしてフロイドが賄いをつつきながら経営方針会議中である。
「今週はこんなところでしょうか。何か気になる所はありますか?」
「いいえ、僕は特には…フロイドはどうです?」
「…俺が思うに……小エビちゃんってさ、俺のことオトコとして好きだよね」
「「は?」」
明後日の回答が返ってきて、二人の目が点になる。
しかし、言葉を発した当の本人は、全然本気だからタチが悪い。
「なんで?なんでダメなんだろ?」
「ずっとそんな調子じゃ困りますよ、フロイド」
「でもさぁジェイド~…小エビちゃんのあの態度、見たでしょ~」
距離を詰めれば恥ずかしがって、離れれば残念さをにじませる。
隠せない、そのくるくる変わる表情は、いつだってフロイドの心を掴んで離さなかった。
「…それほどに理由が知りたければ、アズールに頼んだらどうですか。本音を喋らせる薬を作るくらい、朝飯前でしょう。ねぇアズール」
「僕に頼むより先に、お前のユニーク魔法でどうにかしたらいいじゃないか」
「ふふ、僕がそんなことに自分のユニーク魔法を使うとお思いで?」
「愚問でしたね」
「そんなことってひどくね?」
「でも、自分ではどうにもできないと思って悩んでいるんでしょう?」
「…まぁ…そうだけど」
あ"~も"~!!と唸って突っ伏してしまったフロイドを見て、嘆息するジェイド。
あのフロイドをこうも振り回すとは、恋とは恐ろしいものなのだな、と感心もする。全てのことが「面白いか」「退屈か」で閉じられていた兄弟の中に新しい感情を芽生えさせたのだから。
「契約しますか?これでも日頃の感謝はしていますから、フロイドになら対価もお安くしておきますよ?」
「や~だ!これは俺がどうにかしなきゃなんねー問題なの。外野は黙ってろ」
「おやおや…外野なんて手厳しいですね」
「お前がそいうなら見守りに徹しますが、それならそれで、惚気のような独り言もやめてくださいね。仕事はこなしてもらわないと」
「ほんっとそういうとこ!!」
イーだ!もうしらね!寝る!、と声を上げ、そのまま席を立ったロイドを横目に、残された二人は顔を見合わせる。
「アズールは、わかっているんでしょう」
「何をですか?」
「彼女がなぜあのような態度をとるか」
「…まぁ、なんとなく、ですけどね。伊達に相談者の話に付き合ってきていませんよ」
「さすがですね」
「ただ、本当のところはわかりません。人の心は、それほど簡単なものではない。だからこそ洗脳魔法は上級であり、僕ですら使いこなすことは難しいのだから」
「本人のみが知る、と」
いつもの掴み所のない困ったような笑顔で、ジェイドは微笑んだ。それを見たアズールも、つられて仕方なさそうに笑う。
なんだかんだ、長い時間を共にしてきているのだ。楽しい、面白い、利害の一致。認めたくはないが、そんな感情だけでは済まされない何かがあるのも真実だ。
「ただ…僕らは外野のようなのでね」
「案外根に持っているんですね」
「根に持っている?それは愚問だ。フロイドのやる気を損ねたら、大変なのは彼女だろ」
「慈悲の心で、というやつですか」
「僕たちは海の魔女の意志を継ぐオクタヴィネル寮生ですからね」
残された二人が賄いを平らげてまもなく、ラウンジの照明は消え、海の中のこの寮はコポコポと優しい静寂に包まれた。
しかし、先ほど出て行ったフロイドは違った。
寝るとは言ったものの、悶々とした気持ちを抱えたままでは眠れたものじゃなく。
月夜の散歩と洒落ていたのだ。
「あーあ…つまんね…」
一人というものはどうしてこんなにも詰まらないのだろう。
ジェイドもアズールも、白状すぎる!…などと腹を立てたところで、特に面白みは増さない。
「小エビちゃんに会いたいなぁ」
そう思えば、自然と足がオンボロ寮へ向かう。
嫌われているわけじゃない、むしろ意識はされているはず。
そこまでわかっていて、この時間に夜這いをかけるような真似は決してできなかったけれど、あわよくば顔くらい見れるかもと思ったことは内緒だ。
しかし、寮まで近づいてみれば、到底考えもしなかった事態が繰り広げられていて、目を見開いた。
『ツノ太郎は、長い間生きてるの?』
「そうだな。少なくともお前たち人の子が考えられない程度には」
『そっかぁ…。それでも私みたいなただの人間に会うのは初めて?』
「茨の谷に近づく人間はいなかったな…。僕がこの学園に入ってからさほど年数は過ぎていないから、この辺りのことはわからないが」
『そう。茨の谷には女の子はいる?』
「もちろんだ。」
見れば、寮の前にある石段に腰をかけたユウが、あのマレウスと会話していた。それも随分と打ち解けた仲のようだ。
なぜ?この二人の接点はどこにあったのだ。けれどそれよりも。
当のユウが、寝巻きなのだろうパーカーとハーフパンツという大変ラフな格好をしていたのには少し怒りを覚えた。
無防備すぎねぇ?と。それが自分の隣でならともかく、ここは男子校だし、相手はマレウス・ドラコニアときたものだ。
得体のしれない存在だからこそ、いつも以上に注意して欲しかった。
ユウがどういう感情で動いているのかわからない以上、自分には何を言う権利もないのかもしれないけれど、身体はいうことを聞かなかった。
「こ え び ちゃ~ん」
『!?』
「何してんのぉ?」
「お前はオクタヴィネルの」
『フロイド先輩がどうしてここに』
「そんなんどうだっていいじゃん。今質問してんの俺なんだけど」
にっこりと唇をあげたつもりだが、優しく笑えていただろうか、とフロイドは頭の片隅で思う。
不穏な空気を感じ取ったのか、うろたえるようにユウの声が上がった。
『ツノ太郎、あの』
「…今日は、もう遅い。僕は寮に帰るとしよう。またな」
『あ、うん、また』
ふっ、と緑色の光が散った瞬間、そこにマレウスの姿はなかった。
残された二人は、押し黙ったまま。
『…えっと…フロイド先輩、こんばんは…』
「こんばんはぁ~あのさぁ小エビちゃん、マレウスと仲良しなの?」
『マレウス?』
「今いたやつ」
『ツノ太郎のことですか?』
「ふぅん…。あだ名で呼ぶような仲ってわけ」
『え、それは違います!ツノ太郎は名前を教えてくれなくて、だからっ、!』
ぎゅぅ
無意識に腕の中に抱いた小さな身体からは小刻みな震えがフロイドに伝わる。
「小エビちゃん」
『、っ』
「俺、どれだけ言ったらいいの」
『ふろぃ、』
「抱きしめるだけじゃ伝わらねぇし、言葉でも伝わらねぇ…じゃあさ、どうしたらいい」
耳にかかる吐息からは逃げられない。
「既成事実でも、作ろうか」
抱きしめる力を緩めて、距離をとって見つめ合う。
月をそのまま目に入れたような黄色と、宝石のジルコンのような深い黄緑。二つの瞳に見つめられて、満足に息ができず、ユウは、はく、小さな唇を動かした。
永遠のような一瞬のあと、ふ、と細められたフロイドの瞳は優しく時を動かす。
「俺のこと、怖い?」
今にも泣き出しそうなユウの頬っぺたをゆるりと擦ったフロイドが、こっちが泣きたい、と考えたことが伝わるはずもなく。
「……あんね、小エビちゃん、よーく聞いて」
フロイドは、そのままユウの顔を掌で包んで上を向かせ、コツ、とおでこを合わせて言った。
「好きだよ」
ユウが声を発する前に、おやすみ、と言ったフロイドは、そのまま元きた道を戻って行ってしまう。
その背中が見えなくなる頃、ユウはその場に座り込んでしまった。
『っ…どうして…』
こんなにも愛しさが積もってしまっては、もう嘘などつけない。
『フロイド先輩、どうしたらいいですか…私も、好き、です…』
大好きな人に、幸せになってほしかった。
その相手が自分でなければよかった。
人魚とヒト。海と陸。この世界と、自分の世界。
あげればいくつもある壁を越えられる力がほしいとユウは切に思う。
『フロイド先輩と、幸せに、なりたいなぁ…』
明るい月に隠れて流れた星に、その願いは届いただろうか。
ーと、そんなことは梅雨知らず。
寮に戻ったフロイドは、そのままジェイドの部屋に押しかけて、猛反省していた。
「や…っちまった…」
「フロイド、僕もう眠りたいんですが」
「しくしくしく」
「ベッドを占領した挙句嘘泣きはやめなさい」
「嘘泣きじゃねぇし…」
一方的に押しかけた挙句、マレウスに嫉妬し、あろうことか投げかけた言葉は既成事実を作ろうか、だ。
こんなに酷い野郎がいるだろうか。
これまでは、自分の考えうる範囲ではあったが、スマートに対応してきたはずだった。
だが、そんなものは一つ間違った行動をすれば、アズールの契約書のようにビリビリにされてしかるべきもの。
人との関係性というものは、それほどに危ういものだと、知っていたはずなのに。
「ジェイド…俺もうダメかもしんない…」
「珍しいですね。フロイドがそんな風に言うなんて」
「だってさぁ…ほんと…あーーーー!!」
そんなフロイドの消沈ぶりをみて、ジェイドは一つの案を出す。
「押してダメなら引いてみろ、ですよ」
「ひく?」
「一旦、近づくのをやめたらどうです?もうダメ、と言うくらいまで来ているのなら、今更一つ何かしても問題ないですよね」
「…俺、そういうの嫌い。駆け引きっつーか…試すみたいな…。ジェイド、知ってるでしょ。」
「知っているからこそ、ですよ。絶対やらないことだから、わざわざ助言しているんです。嫌われるようなことをしてしまったなら、離れられてしかるべきですし。それでも近づいてきてくれるなら、望みもあるのでは?」
「……」
「するかしないかは自由ですけれどね。」
「それで小エビちゃんが俺が来なくなってよかったーって思っちゃったらどうしてくれんの」
「それは…もちろんその時は、慰めてあげますよ」
「…な~んだそれ…ジェイドらしいね」
珍しく眉を下げてはいるものの、ニッと笑うその顔は、子供の頃から何一つ変わらない片割れの表情。
楽しいことは半分に。辛いこともなんだかんだ二人で乗り越えてきた。
その世界が三人になったのも何かの縁。それが今後、二人に戻るか、四人に増えるかは、わからない。
「フロイドが楽しいなら、僕は、それで」
「はぁ?その言葉、そっくそのままりジェイドに返すよ」
「はい?」
「ジェイドもアズールも、同じくらい楽しくないと俺が満足しねぇから」
あっけらかんと告げられるその言葉に、一瞬、ぽかんと口を開けてしまったジェイドは、しかしすぐに意味を理解し、その口を手で覆った。
「ふ…ふはっ…」
「は?ここ、笑うとこじゃなくね?」
「ふふっ…!いえ…すみません、ふふふっ…確かに、そうですね…!」
「え~?ジェイドのツボってほんっとわっかんね」
起き上がったフロイドから、ポス、と柔く腹に拳を入れられて、なお、ジェイドの笑いは止まらなかった。
寂しかったのかもしれない。不安もあったのかもしれない。
唯一の兄弟の恋路。いつかいなくなってしまうかもしれない人。
それでも、生まれてこの方一緒にいたのだ。確かな絆も、あるのだと。
「フロイド」
「なぁにジェイド」
「…頑張ってくださいね」
「は…当たり前でしょ。小エビちゃんは俺のもんだから」
元気もやる気も出たのか、立ち上がったフロイドは。
「ジェイドぉ」
「はい?」
「…あんがとね」
「…今更、ですよ」
そう一言残して、ジェイドの部屋をあとにした。