HAPPY EVER AFTER
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ちちち…と鳥の声がする。朝か、と脳が信号を送った。
…いや、待て。おかしい。海の底でどうして鳥の鳴き声が。
陸にきて二年目に突入したけれど寮にいる間はずっと海底にいるのと同様、静かな静かな水音しかしなかった。
「んん…」
いつもなら感じることのない陽の明るさ。
静かな空間に、ふと混じる違和感。
何が違うのか、寝起きの頭じゃよくわからない。
とりあえずメガネを、と動こうとして、そこにいた存在に大声をあげそうになる。
「ッ…………ングッ………っぅ……!!!?」
よくいつもの調子で声をあげなかったものだと自分を褒めたい。
僕に張り付く様にして眠っているのはユウだった。
よくよく見れば僕も下着一枚だし、彼女も薄いキャミソールと下着のみで寝ている。
そこまで確認すると、一気に昨日起こったことが思い出されて、顔が真っ赤になったのが自分でもわかった。
甘い空気に、喘ぎ声、柔らかい肢体に、それからーー
「〜〜〜ッ!!!!」
一つ一つ詳細に覚えている自分が憎い。そのせいで朝から自身が大暴走だ。
人型を取り始めてから、いろいろな生理現象を目の当たりにしたし、処理の方法だって覚えたが、朝からこんなになったことはなかったのに。
困った。
このまま処理しなければ、ユウが起きてしまう。見られる。そんなのだけは避けなくてはならないのに、ぴったりくっつかれていては指先を動かすことくらいしかできない。
(というかユウ、こんなにくっついて…。かわいいな…)
ゴクリと生唾を飲み込んだ。
どうしよう。昨日の今日で忘れられない。彼女の熱。薄い布越しに伝わるこの熱を。
頭が沸騰しそうだ。あああもう人型じゃなければこんなことにはっ…かと言って人魚に戻るつもりは毛頭ないが…。
「…あずーる…せんぱぃ…?」
「あっ、」
そんなことを考えているうちにユウが起きてしまった。
もぞ、と離れていく熱を寂しく感じて、腰を抱く手に力を入れると、ふにゃと笑ったユウの掌が僕の頬を挟み込んだ。
「ふふ…」
「あ、す、すみませ、ン、」
「ッン…。おはようございます…」
ちゅ、と唇に落とされた爆弾。それはいとも簡単に僕の理性を奪う。
恥ずかしいとかそういう感覚すら一切失った脳みそは、もう一回、もう一回、と僕を揺さぶる。
はにかんだ彼女が、僕の名前を呼ぼうとしたけれど、それを許さずに今度は僕から深く口付けた。
今日は運よく土曜日だ。
この寮のもう一人の主も、きっとすぐには帰ってこないだろう。
そうとなれば。
「ん、はぁ…」
「、ツハ…ぁ、んぅ、」
「…い、いいですか…もう一度…?」
「ん、ふ、ぅ…も、…っ、ゃ…!」
「?!いや、ですか!??!す、すみません、あの、僕」
「〜〜ッちがいます…っ!」
今にも泣きそうな困り顔で、ユウは、うう…、と悩ましい声をあげた。
「こんなっ…こんな気持ち、知らなかった…」
「へ?」
「好きすぎて…どうしたらいいか…わからない…ですっ」
「、そ、れは」
「もっとしてください…ずっと離さないで…」
意を決して吐き出されたユウの言葉によって、僕たちの今日一日は、このベッドの上で終わってしまうことが決定したのであった。
*
初めて身体を重ねたあの日から、アズール先輩は吹っ切れたように私に触れるようになった。やはり、一度経験したことには二度と尻込みしないタチらしい。
フロイド先輩のように抱きついてはこないが、代わりに、二人でいると手を握ったりもたれかかってきたり、なんなら腰を引き寄せてきたりと、とにかく甘い。ただ、人前では悪戯っ子のように指を絡めたりするだけだから、私たちの関係が少し変わったことに気づかれることはなかったけれど。
そんなこともあって、私がオクタヴィネル寮に入り浸ることも多くなった。
金銭が厳しいという理由以上に、アズール先輩の姿をこの目に少しでも多く焼き付けていたくて、モストロ・ラウンジでまたアルバイトをさせてもらうことにした。
簡単なお仕事をやらせてもらって、そのあとは御察しの通り、寮長室で二人だけの時間に愛を語らう。
そんな風に、穏やかにすぎていく日常に慣れすぎていたある日。
別れは突然やってきた。
以前から行こう行こうと熱烈フロイドオファーを受けていた海に、今、私たちはきていた。
中に入る様な季節ではないので、波打ち際を歩いたり、貝殻を探したり、砂でお城を作ったりしているだけだけれど、遠足みたいで心が浮き立つ。
ジェイド先輩、フロイド先輩、アズール先輩、そして私。
思えば変なメンバーだ、とクスクス笑いがこみ上げた。
「小エビちゃん、な~に笑ってンの?」
「いえ、随分オクタヴィネルに馴染んでしまったなーと思いまして」
「そうですね、僕もまさか、あの事件の末にこの様に収まってしまうとは思いませんでした」
「あは!確かに~。オーバーブロット事件から、アズールに彼女ができちゃうなんてね~」
「んっ…!!その話はもうするな!!」
フロイド先輩はカラカラと笑いながら、砂の上であることも気にせず、寝転がった。
私はそんなフロイド先輩をカメラに収めて、アルバムの一ページに貼り付ける。
「随分多くなってしまいましたね」
「はい!思い出がたくさんできてよかったんですけど、ポケットに入るサイズじゃなくなってしまったので、万が一の時に役立ちそうな写真を二~三枚だけ抜いて、あとはこっちのアルバムにしまっているんですよ」
「見せて見せて~」
「いいですよ」
どうぞ、とアルバムをフロイド先輩に渡すと『懐かし~!』とか『ヤベェこの俺かっこいい!』とか言いながら、楽しそうにそれをめくった。
「ユウさんがいるおかげで、随分アズールの雰囲気が変わりました」
「そうですか?…ふふ…アズール先輩が変われるきっかけになれたなんて嬉しいです」
「だからこそ、貴女がいなくなった時のことを考えると、僕ですら足がすくみます」
珍しく、ジェイド先輩が真面目な声で話すので、ついそちらを見てしまう。その飄々とした表情の裏には、どんな感情が隠されているのだろうか。
「…私の世界の人魚のおとぎ話では、二通りの結末があるんです。原作は、人魚の姫は王子様を殺すことができずに自分が死ぬことを選ぶんですが、派生でできたハッピーエンドにされている方はお姫様は王子様と結ばれます。…海の魔女的には、姫が死んで自分が王子と結ばれる原作の方が都合いいですよね。先輩たちの国では、どう伝えられてるのか、わかりませんけど」
突然何を、といった様に、ジェイド先輩の眉根が寄った。
「私は…元々この世界にいてはいけない人間です…。アズール先輩に近づけば近づくほど、こんなに才能があって将来が有望な人を、私なんかが繋ぎ止めていていいんだろうか、って、思うんです。だから、いなくなった方がいいんじゃないかって」
「そんなこと、」
「ううん、私がいなかったら、きっと」
少し離れた場所で海を見ているアズール先輩の背中が見える。
毎日心が悲鳴をあげていた。
この人が好き、でもこれじゃいけないのかもしれないと。
一人でいる夜はよく泣いた。
それでも、やっぱり離れられなかった。
「勝手ですね」
「え、」
「僕は小さな頃からアズールを見てきましたが、彼はそんなに馬鹿な男ではありませんよ。貴女じゃないとダメだから、一緒にいるんです。信じてあげてください」
「…ごめんなさい」
「あなたたちは、ハッピーエンドになってもらわないと困ります」
「そうですね」
いつもみたいに顎の下に指を添えて、控えめに笑うジェイド先輩の言葉に、救われた。
この世界にも、私の幸せを案じてくれる人がいるんだ。後ろ向きなことばかり言ってはその気持ちを無碍にしてしまう。
そうこうしていると『ジェイドも見よ~』とフロイド先輩が片割れを呼びつけたので、ジェイド先輩はそちらへ向かった。
あのアルバムは三人で覗き込むには小さすぎたので、私は一人、アズール先輩の方に足を向ける。
「故郷が、恋しいですか?」
「いいえ。海の中は、僕にとっては良くない思い出が詰まった場所ですから」
「そうですか」
「ユウは、故郷が恋しいですか」
「…いいえ。私は…先輩といたい、ずっと。…そうできたらいいなぁ…って毎日、思ってます」
アズール先輩はそっと私の髪をかきあげて、すり、とピアスを撫でた。
「僕も…陸でユウと一緒に暮らしていきたいですよ」
「真実の愛のキスを、ずっとするんですか?」
「そう。毎日していれば、魔法は解けません」
「ふふ…とっても幸せですね…」
私の耳に触れるその手に、自分の手を重ねて、目を閉じた。
波の音が聞こえる。
この一時が、夢なのか現実なのか、わからなくて泣きそうになる。
「アズールと小エビちゃん、俺たちのこと忘れてなぁい?」
「んな!!!!」
「二人の世界、というやつですか?妬けますねぇ」
見計らったかの様にジェイド先輩とフロイド先輩が音もなく忍び寄ってきて声をかけてきて。それに驚いて二人して飛び上がって、大笑い。
こんな時間がずっと続くと信じていたかった。
「これ!今の~二人が~め~~っちゃいい雰囲気だったから写真撮っといた!ホントやばい絵が撮れたから、あげるねぇ」
「アズール、それに一言書いてあげたらどうですか?僕らも一枚抜いて、一言書かせてもらいましたから。これも身についておいていただけたら嬉しいです」
「わぁ!本当ですか?ありがとうございますっ…!」
ジェイド先輩とフロイド先輩から渡された写真は、モストロ・ラウンジのカウンターで、寮服を着た二人が私を真ん中に挟んで格好つけて立っている、お気に入りの一枚だった。
【小エビちゃんだーいすき! ジェイド・フロイド】
という文字の後に、えびのイラストまでついていて、嬉しすぎて鼻の奥がツンとした。
その写真を大事に手にとって、ありがとうございます、ともう一度呟いた。
一方のアズール先輩は、私が見る前に取ったその写真を持って、真剣に考えた後、何やらサラサラと書き留めた。
はい。と私に渡される写真を見ようとすると、手で遮られてしまう。
「今は、見ないでください」
「どうしてですか?」
「まーたキザなことしてんでしょアズゥルゥ」
「僕もそう思います。見たいですねぇ」
「だからですよ!!あなたたちには見せませんからね!!ユウ、一人になったら、見てもいいですから、今はこのまましまっておいてください!!」
顔を真っ赤にしたアズール先輩は、早く早く!と私の胸ポケットにその写真を突っ込んでしまったので、本当に見れずしまいになってしまった。
メガネの位置を無駄にくいくい直しながら、ブツブツと何か言っている。
その様子に、またクスクスと笑いが漏れた。
「さ、て。そろそろ戻りますか?」
「う~ん!やっぱ入れるときにきたいねぇ~!小エビちゃんの水着姿も見たいし、ねぇアズール?」
「そうですね、ユウの水着は…って何言わせるんですかフロイド!!」
「アズールのエッチ~~~~」
「ちょ、そういう言い方は」
「さぁさ、帰りますよ。ユウさんも」
「はい、そうで…え?」
歩こうとしたそのとき、かくんと足が崩れ落ちた気がして、足元を見て血の気が引いた。
「っ!?」
日が傾き、赤く色づき始めた砂浜の上にあるはずの私の足が、ない。
「なっ、んでっ」
「ユウさん、はや…っ?!」
いち早く異変に気づいたジェイド先輩が、私の様子をみて声を失った。
飲み込まれた声に、今度はフロイド先輩が振り向いて、次の瞬間駆け寄ってくる。
「小エビちゃん、まさか」
「わ、わかんないです、これって、…これって、そういうことですか…?」
パニックで、何が何だかわからないが、脳が警鐘を鳴らす。
このままでは消えてしまう、と。
「「アズール!!!!」」
その間にも私の身体は、浮遊している様な感覚で満たされていく。
私のその様子を見て、愕然とした表情でその場に固まってしまったアズール先輩に、リーチ兄弟が怒号をかけた。
ハッとして我に返って、アズール先輩がやっとの事でこちらに向かってくる。
「こんな突然…」
「アズール!!どうにかなんねぇのかよ!!」
「僕だって毎日文献を読んだり薬の調合を試しました!!でも、っまだ何も…わかっていないんです…っ!!」
悔しそうにギリ、と唇を噛みながら私に触れるアズール先輩の目にはすでに涙が見て取れた。
「アズール、せんぱいっ、私、っ」
「どうしてですかっ…!!僕とユウは真実の愛で結ばれているんでしょうっ!?」
オーバーブロットを起こしたあのときのように、なりふり構わず咆哮するアズール先輩。
悲しい、嫌だ、私だって離れたくない、怖い、助けて。
凄まじい感情の波が私を襲う。
「いやだ、いやだいやだいやだユウっ…!!」
「小エビちゃんっ!!」
「ユウさん、足がもうっ」
"いつか"は覚悟はしていたけれど、こんなタイミングだったなんて、本当についてない。
なんでこんなにも幸せを感じた日に限って、突然訪れてしまうの。
でも、でもね。
「置いていかないでっ!!僕のそばで、ずっとっ!!」
「…大丈夫」
だって準備してきたの。
この日のために。
絶対にまた会うの。
置いていくなんてそんなこと、しない。
自分の耳のピアスを触ってアズール先輩にみせると、ハッとした表情で目を見開いた。
「あ…ぁ…」
「置いていかないです。絶対。戻ってくるから。ちょっとだけ」
(待っていてください。)
しゅわしゅわと泡になっていくのがわかる。
目の前が霞んでいく。
最後にアズール先輩に触れようと伸ばした手は虚しく空をつかんだ。
そのあとのことは、記憶にない。
…いや、待て。おかしい。海の底でどうして鳥の鳴き声が。
陸にきて二年目に突入したけれど寮にいる間はずっと海底にいるのと同様、静かな静かな水音しかしなかった。
「んん…」
いつもなら感じることのない陽の明るさ。
静かな空間に、ふと混じる違和感。
何が違うのか、寝起きの頭じゃよくわからない。
とりあえずメガネを、と動こうとして、そこにいた存在に大声をあげそうになる。
「ッ…………ングッ………っぅ……!!!?」
よくいつもの調子で声をあげなかったものだと自分を褒めたい。
僕に張り付く様にして眠っているのはユウだった。
よくよく見れば僕も下着一枚だし、彼女も薄いキャミソールと下着のみで寝ている。
そこまで確認すると、一気に昨日起こったことが思い出されて、顔が真っ赤になったのが自分でもわかった。
甘い空気に、喘ぎ声、柔らかい肢体に、それからーー
「〜〜〜ッ!!!!」
一つ一つ詳細に覚えている自分が憎い。そのせいで朝から自身が大暴走だ。
人型を取り始めてから、いろいろな生理現象を目の当たりにしたし、処理の方法だって覚えたが、朝からこんなになったことはなかったのに。
困った。
このまま処理しなければ、ユウが起きてしまう。見られる。そんなのだけは避けなくてはならないのに、ぴったりくっつかれていては指先を動かすことくらいしかできない。
(というかユウ、こんなにくっついて…。かわいいな…)
ゴクリと生唾を飲み込んだ。
どうしよう。昨日の今日で忘れられない。彼女の熱。薄い布越しに伝わるこの熱を。
頭が沸騰しそうだ。あああもう人型じゃなければこんなことにはっ…かと言って人魚に戻るつもりは毛頭ないが…。
「…あずーる…せんぱぃ…?」
「あっ、」
そんなことを考えているうちにユウが起きてしまった。
もぞ、と離れていく熱を寂しく感じて、腰を抱く手に力を入れると、ふにゃと笑ったユウの掌が僕の頬を挟み込んだ。
「ふふ…」
「あ、す、すみませ、ン、」
「ッン…。おはようございます…」
ちゅ、と唇に落とされた爆弾。それはいとも簡単に僕の理性を奪う。
恥ずかしいとかそういう感覚すら一切失った脳みそは、もう一回、もう一回、と僕を揺さぶる。
はにかんだ彼女が、僕の名前を呼ぼうとしたけれど、それを許さずに今度は僕から深く口付けた。
今日は運よく土曜日だ。
この寮のもう一人の主も、きっとすぐには帰ってこないだろう。
そうとなれば。
「ん、はぁ…」
「、ツハ…ぁ、んぅ、」
「…い、いいですか…もう一度…?」
「ん、ふ、ぅ…も、…っ、ゃ…!」
「?!いや、ですか!??!す、すみません、あの、僕」
「〜〜ッちがいます…っ!」
今にも泣きそうな困り顔で、ユウは、うう…、と悩ましい声をあげた。
「こんなっ…こんな気持ち、知らなかった…」
「へ?」
「好きすぎて…どうしたらいいか…わからない…ですっ」
「、そ、れは」
「もっとしてください…ずっと離さないで…」
意を決して吐き出されたユウの言葉によって、僕たちの今日一日は、このベッドの上で終わってしまうことが決定したのであった。
*
初めて身体を重ねたあの日から、アズール先輩は吹っ切れたように私に触れるようになった。やはり、一度経験したことには二度と尻込みしないタチらしい。
フロイド先輩のように抱きついてはこないが、代わりに、二人でいると手を握ったりもたれかかってきたり、なんなら腰を引き寄せてきたりと、とにかく甘い。ただ、人前では悪戯っ子のように指を絡めたりするだけだから、私たちの関係が少し変わったことに気づかれることはなかったけれど。
そんなこともあって、私がオクタヴィネル寮に入り浸ることも多くなった。
金銭が厳しいという理由以上に、アズール先輩の姿をこの目に少しでも多く焼き付けていたくて、モストロ・ラウンジでまたアルバイトをさせてもらうことにした。
簡単なお仕事をやらせてもらって、そのあとは御察しの通り、寮長室で二人だけの時間に愛を語らう。
そんな風に、穏やかにすぎていく日常に慣れすぎていたある日。
別れは突然やってきた。
以前から行こう行こうと熱烈フロイドオファーを受けていた海に、今、私たちはきていた。
中に入る様な季節ではないので、波打ち際を歩いたり、貝殻を探したり、砂でお城を作ったりしているだけだけれど、遠足みたいで心が浮き立つ。
ジェイド先輩、フロイド先輩、アズール先輩、そして私。
思えば変なメンバーだ、とクスクス笑いがこみ上げた。
「小エビちゃん、な~に笑ってンの?」
「いえ、随分オクタヴィネルに馴染んでしまったなーと思いまして」
「そうですね、僕もまさか、あの事件の末にこの様に収まってしまうとは思いませんでした」
「あは!確かに~。オーバーブロット事件から、アズールに彼女ができちゃうなんてね~」
「んっ…!!その話はもうするな!!」
フロイド先輩はカラカラと笑いながら、砂の上であることも気にせず、寝転がった。
私はそんなフロイド先輩をカメラに収めて、アルバムの一ページに貼り付ける。
「随分多くなってしまいましたね」
「はい!思い出がたくさんできてよかったんですけど、ポケットに入るサイズじゃなくなってしまったので、万が一の時に役立ちそうな写真を二~三枚だけ抜いて、あとはこっちのアルバムにしまっているんですよ」
「見せて見せて~」
「いいですよ」
どうぞ、とアルバムをフロイド先輩に渡すと『懐かし~!』とか『ヤベェこの俺かっこいい!』とか言いながら、楽しそうにそれをめくった。
「ユウさんがいるおかげで、随分アズールの雰囲気が変わりました」
「そうですか?…ふふ…アズール先輩が変われるきっかけになれたなんて嬉しいです」
「だからこそ、貴女がいなくなった時のことを考えると、僕ですら足がすくみます」
珍しく、ジェイド先輩が真面目な声で話すので、ついそちらを見てしまう。その飄々とした表情の裏には、どんな感情が隠されているのだろうか。
「…私の世界の人魚のおとぎ話では、二通りの結末があるんです。原作は、人魚の姫は王子様を殺すことができずに自分が死ぬことを選ぶんですが、派生でできたハッピーエンドにされている方はお姫様は王子様と結ばれます。…海の魔女的には、姫が死んで自分が王子と結ばれる原作の方が都合いいですよね。先輩たちの国では、どう伝えられてるのか、わかりませんけど」
突然何を、といった様に、ジェイド先輩の眉根が寄った。
「私は…元々この世界にいてはいけない人間です…。アズール先輩に近づけば近づくほど、こんなに才能があって将来が有望な人を、私なんかが繋ぎ止めていていいんだろうか、って、思うんです。だから、いなくなった方がいいんじゃないかって」
「そんなこと、」
「ううん、私がいなかったら、きっと」
少し離れた場所で海を見ているアズール先輩の背中が見える。
毎日心が悲鳴をあげていた。
この人が好き、でもこれじゃいけないのかもしれないと。
一人でいる夜はよく泣いた。
それでも、やっぱり離れられなかった。
「勝手ですね」
「え、」
「僕は小さな頃からアズールを見てきましたが、彼はそんなに馬鹿な男ではありませんよ。貴女じゃないとダメだから、一緒にいるんです。信じてあげてください」
「…ごめんなさい」
「あなたたちは、ハッピーエンドになってもらわないと困ります」
「そうですね」
いつもみたいに顎の下に指を添えて、控えめに笑うジェイド先輩の言葉に、救われた。
この世界にも、私の幸せを案じてくれる人がいるんだ。後ろ向きなことばかり言ってはその気持ちを無碍にしてしまう。
そうこうしていると『ジェイドも見よ~』とフロイド先輩が片割れを呼びつけたので、ジェイド先輩はそちらへ向かった。
あのアルバムは三人で覗き込むには小さすぎたので、私は一人、アズール先輩の方に足を向ける。
「故郷が、恋しいですか?」
「いいえ。海の中は、僕にとっては良くない思い出が詰まった場所ですから」
「そうですか」
「ユウは、故郷が恋しいですか」
「…いいえ。私は…先輩といたい、ずっと。…そうできたらいいなぁ…って毎日、思ってます」
アズール先輩はそっと私の髪をかきあげて、すり、とピアスを撫でた。
「僕も…陸でユウと一緒に暮らしていきたいですよ」
「真実の愛のキスを、ずっとするんですか?」
「そう。毎日していれば、魔法は解けません」
「ふふ…とっても幸せですね…」
私の耳に触れるその手に、自分の手を重ねて、目を閉じた。
波の音が聞こえる。
この一時が、夢なのか現実なのか、わからなくて泣きそうになる。
「アズールと小エビちゃん、俺たちのこと忘れてなぁい?」
「んな!!!!」
「二人の世界、というやつですか?妬けますねぇ」
見計らったかの様にジェイド先輩とフロイド先輩が音もなく忍び寄ってきて声をかけてきて。それに驚いて二人して飛び上がって、大笑い。
こんな時間がずっと続くと信じていたかった。
「これ!今の~二人が~め~~っちゃいい雰囲気だったから写真撮っといた!ホントやばい絵が撮れたから、あげるねぇ」
「アズール、それに一言書いてあげたらどうですか?僕らも一枚抜いて、一言書かせてもらいましたから。これも身についておいていただけたら嬉しいです」
「わぁ!本当ですか?ありがとうございますっ…!」
ジェイド先輩とフロイド先輩から渡された写真は、モストロ・ラウンジのカウンターで、寮服を着た二人が私を真ん中に挟んで格好つけて立っている、お気に入りの一枚だった。
【小エビちゃんだーいすき! ジェイド・フロイド】
という文字の後に、えびのイラストまでついていて、嬉しすぎて鼻の奥がツンとした。
その写真を大事に手にとって、ありがとうございます、ともう一度呟いた。
一方のアズール先輩は、私が見る前に取ったその写真を持って、真剣に考えた後、何やらサラサラと書き留めた。
はい。と私に渡される写真を見ようとすると、手で遮られてしまう。
「今は、見ないでください」
「どうしてですか?」
「まーたキザなことしてんでしょアズゥルゥ」
「僕もそう思います。見たいですねぇ」
「だからですよ!!あなたたちには見せませんからね!!ユウ、一人になったら、見てもいいですから、今はこのまましまっておいてください!!」
顔を真っ赤にしたアズール先輩は、早く早く!と私の胸ポケットにその写真を突っ込んでしまったので、本当に見れずしまいになってしまった。
メガネの位置を無駄にくいくい直しながら、ブツブツと何か言っている。
その様子に、またクスクスと笑いが漏れた。
「さ、て。そろそろ戻りますか?」
「う~ん!やっぱ入れるときにきたいねぇ~!小エビちゃんの水着姿も見たいし、ねぇアズール?」
「そうですね、ユウの水着は…って何言わせるんですかフロイド!!」
「アズールのエッチ~~~~」
「ちょ、そういう言い方は」
「さぁさ、帰りますよ。ユウさんも」
「はい、そうで…え?」
歩こうとしたそのとき、かくんと足が崩れ落ちた気がして、足元を見て血の気が引いた。
「っ!?」
日が傾き、赤く色づき始めた砂浜の上にあるはずの私の足が、ない。
「なっ、んでっ」
「ユウさん、はや…っ?!」
いち早く異変に気づいたジェイド先輩が、私の様子をみて声を失った。
飲み込まれた声に、今度はフロイド先輩が振り向いて、次の瞬間駆け寄ってくる。
「小エビちゃん、まさか」
「わ、わかんないです、これって、…これって、そういうことですか…?」
パニックで、何が何だかわからないが、脳が警鐘を鳴らす。
このままでは消えてしまう、と。
「「アズール!!!!」」
その間にも私の身体は、浮遊している様な感覚で満たされていく。
私のその様子を見て、愕然とした表情でその場に固まってしまったアズール先輩に、リーチ兄弟が怒号をかけた。
ハッとして我に返って、アズール先輩がやっとの事でこちらに向かってくる。
「こんな突然…」
「アズール!!どうにかなんねぇのかよ!!」
「僕だって毎日文献を読んだり薬の調合を試しました!!でも、っまだ何も…わかっていないんです…っ!!」
悔しそうにギリ、と唇を噛みながら私に触れるアズール先輩の目にはすでに涙が見て取れた。
「アズール、せんぱいっ、私、っ」
「どうしてですかっ…!!僕とユウは真実の愛で結ばれているんでしょうっ!?」
オーバーブロットを起こしたあのときのように、なりふり構わず咆哮するアズール先輩。
悲しい、嫌だ、私だって離れたくない、怖い、助けて。
凄まじい感情の波が私を襲う。
「いやだ、いやだいやだいやだユウっ…!!」
「小エビちゃんっ!!」
「ユウさん、足がもうっ」
"いつか"は覚悟はしていたけれど、こんなタイミングだったなんて、本当についてない。
なんでこんなにも幸せを感じた日に限って、突然訪れてしまうの。
でも、でもね。
「置いていかないでっ!!僕のそばで、ずっとっ!!」
「…大丈夫」
だって準備してきたの。
この日のために。
絶対にまた会うの。
置いていくなんてそんなこと、しない。
自分の耳のピアスを触ってアズール先輩にみせると、ハッとした表情で目を見開いた。
「あ…ぁ…」
「置いていかないです。絶対。戻ってくるから。ちょっとだけ」
(待っていてください。)
しゅわしゅわと泡になっていくのがわかる。
目の前が霞んでいく。
最後にアズール先輩に触れようと伸ばした手は虚しく空をつかんだ。
そのあとのことは、記憶にない。