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モストロ・ラウンジで給仕をするようになって数日。
初めの数日は、寮服を調節して使わせてもらっていたのだけれど、それではやはり締まりがないだろうとのご厚意から、今日、フロイド先輩から新しい給仕服を手渡された私。
はじめこそ「申し訳ない、お金を払わせてほしい」と言った私も、「小エビちゃんだからプレゼントしたんだよ、絶対似合うと思うから〜。迷惑だった?」なんて言われて嬉しくないわけがない。
ここまで言われてはと素直にお礼した上で纏ってみれば、どこぞのお屋敷のメイド服のような、シンプルで清楚かつ可愛く見える素敵なデザインのそれに、喜びで飛び跳ねてしまいそうだった。
開店前にはジェイド先輩とフロイド先輩に挟まれて記念撮影までしてデュースとエースに報告すれば、今日は一番に遊びに行くと言ってくれた。
ただし、このときは、この給仕服が悪夢の始まりになるとはついぞ思っていなかったのだ。
「ねぇ〜!今度オンボロ寮遊びに行ってもいいっすか!」
『あ〜…えっと、それは…』
「こっちのテーブルにも来てくんないー!?」
『あっ、すみません、オーダーをっ』
「ちょっと待ってよ、一緒に写真撮るくらいいいじゃん!」
『や、あの、困ります、仕事中なので』
何度目かのちょっかいをなんとかあしらって、私はそのテーブルを離れた。
いつもと違う客層のせいで、いつもと違う雰囲気をまとったカフェは、今日は少し怖く感じる。
さっき少しだけ話せたデュースとエースによれば、誰かが私の事を盗撮してマジカメにアップしたらしく、その投稿は瞬く間に生徒中に見つかったそうだ。
それによって思った以上に生徒が押しかけているのではないかとのこと。
確かに、リーチ先輩方にも散々褒めてもらったけれど、まさか給仕服に夢を馳せる男子高校生がこんなにいるとは思いもよらず、自分の浅はかさに目眩がした。
しかし今更そんなことを言っても仕方がない。
たちの悪いことに、ちょうど厨房やVIPルームの入り口などの死角でしか、そういったちょっかいは行われていない。
つまり、アズール先輩やジェイド先輩、並びにフロイド先輩から目が届かない場所だ。
私から、せっかく頂いた給仕服の"せい"でこんなことになったなど、口が裂けても言えるはずがない。
そうとなれば、道は一つだ。パタパタと厨房に戻りながら、自分に喝を入れる。
『私がしっかりしないと!お給金分はきちんと働かないと…!よし、仕事、仕事、頑張れ私』
「スペシャルドリンクセット上がったよ〜!」
『はい!』
厨房から出てくるお料理やドリンクを持って、ホールにまた出て行く。
そのオーダーを出し終えると、また先ほどの生徒がいるテーブルからお声がかかった。
ここはカフェなので、ウエイターがそのコールを無視するわけにもいかず、嫌々ながらに近づく。
顔には作り笑いを。
『は、はい、いかがなさいましたでしょうか?』
「注文」
『ご注文ですね、少々お待ちください、今メモを、!』
ゾワ、としたのは、メモを取ろうとエプロンに伸ばした手を掴まれて腕を撫でられたからだった。
普段は別になんとも思わないような、手をとるなんていう行為でも、知らない人からされるとこんなにも気持ちが悪いものなのかと驚いている暇もない。
『っひ、や、』
「なんでだよ、さっきあっちのテーブルでは仲よさそうに喋ってたろ?」
『ッだって、デュースとエースは、友達で、』
「じゃあ俺ともオトモダチになってよ。な?ほら、握手」
撫でられていた手から、手袋を抜き取られたと思ったのもつかの間、そのまま指を取られてしまった。
(やだ、これどうしよう、こういう時ってどうしたらいいんだっけ…!)
と大パニックになってしまった脳内は、正常な指示を出してはくれなくて。
ぎゅ、と目を瞑ることしかできなくて、詰んだーーーと思った、その時。
「従業員に何かご用でしたか?」
「…っチ……アズール…」
『あ…、』
パシ、と私の腕を掴んだのは、アズール先輩だった。
「従業員への迷惑行為は、いかなるものでも許しておりませんが?営業妨害で訴えますよ」
「…ふん…今帰ろうと思ってたところだよ。」
「そうでしたか。それでは、お会計はあちらになりますので。またのご来店をお待ちしておりますよ」
「二度とこねぇよこんなとこ」
「お気に召していただけず残念です…が、ここはあなたのような紳士の風上にも置けない方が来る場所ではありませんので、こちらから願い下げです」
にっこり、とどす黒い笑みを携えて、凛とした態度で言い放ったアズール先輩に、迷惑客が言える言葉はなかったようで、彼らはそのまま帰っていった。
『あ、のっ、すみません、でした、自分で逃げられなくて』
「そんなことはいいんです。いざこざがあった場合の後始末をするのも僕の役目ですから。ただ…」
じとっとこちらを見たアズール先輩は、頭のてっぺんから足先までくまなく視線を凝らしてから、大きなため息をついた。
「…その給仕服はどこで手に入れたんですか?」
『あ、これは、今日フロイド先輩に頂いて…ってあれ?”アズールと一緒に選んだんだ”って聞いたんですけど…』
「…なるほど…?」
何か少し認識がズレているようだが、このギャップはなんだろうか。
「わかりました。ではあなた、一度、こちらへ」
『ぇっ、あ、』
自分で解決できなかったことが悔しいやら、知らない人に手を取られて少し怖かったやらで、ぐちゃぐちゃな気持ちを抱えたまま、アズール先輩に手を引かれて、私たちはホールを後にし、VIPルームにたどり着いた。
「ジェイド!フロイド!」
「はい」「は〜い」
「あなた達、どうして僕に、今日からあなたさんが新しい給仕服で出勤することを言わなかった!」
「え〜?だってその方がおもしr…アズールが喜んでくれるかな〜って」
「そうですよ。予定されているイベントをこなしたって面白くないでしょう?」
「そんなつまらないことのために、あなたさんが傷ついたらどうするか考えなかったのか!」
「え?小エビちゃん、何かあったの?」
VIPルームに入るなり、ジェイド先輩とフロイド先輩を叱りつけたアズール先輩は、ふつふつと怒っている。
そんなアズール先輩の後ろで縮こまっている私を覗き込んで、リーチ先輩方は何があったか感じ取ったようだった。
「ごめん、小エビちゃん。俺が一緒にいればよかったね…」
「僕からも謝罪します。申し訳ありませんでした。」
「何かあってからでは遅いんだぞ!あなたさんは女性なんだ、もっと大切にしろ!」
『い、いえ、あの、先輩達は、悪く、なくて、わ、私が、ちゃんとあしらえていれば…つ、次は、ちゃんとしますから、大丈夫、ですから』
「良くない!」
いつになく強い口調でたしなめられて、足がすくんだのも束の間、アズール先輩は両手で私の手を優しく包んで言った。
「気づくのが遅くなって申し訳ありませんでした。本当に、何もなくてよかった…」
『ぁ、ぃぇ…その…』
ポポポポ、と音がしそうなくらいには頭に血が上る。
少し前から思っていたけれど、アズール先輩はたまに素でこういう、王子様みたいなことをするから勘違いしてしまう。
オーバーブロッド事件以来、フロイド先輩、ジェイド先輩をはじめとするオクタヴィネルのみなさんにはとてもよくしてもらっていて、私もこの寮の人たちのことは信頼しているし大好きになっていた。
けれど、アズール先輩のこの目に囚われると、他の人たちとは違った感情が首をもたげるのだ。
一般人には刺激が強いよ〜!!と叫び声をあげそうになったところで、満足したのか、すっと手を離した先輩は。
「わかりました。明日からあなたさんは、ホールには出しません」
『へ?』
「じゃあ何させんの。厨房?それもどうかと思うけど〜?」
「あなたさんには、VIPルームへの給仕を行ってもらいます」
「は?」「はい?」
アズール先輩曰く、VIPルームにくる相談者はポイントカード導入以降、うなぎ登りに増えているそうだ。
正式な契約ではないとはいえ、ポイントカードを貯めに貯めて相談にくる生徒は、大事なお客様に変わりはない。
お茶の一杯、お茶受けのお菓子くらいは、サービスで提供することにしていたのでその手伝いをしてほしいとのことだった。
『え…でもそれじゃああまりにも仕事量が少ないというか…他の皆さんに申し訳ないです…』
「大丈夫です。それから僕の身の回りのことも少し手伝っていただきますので」
「それ完全にプライベートじゃんアズール」
「アズール…あなたそれは、あなたさんを独り占めしたいだけでは?」
「ごほん!!この話はおしまいです!僕の決定に従ってください。」
いいですね?あなたさん。明日からはVIPルームに直行してください。
と支配人に釘を刺されてしまっては、雇われの身として、うなづくしかない。
でもいいのかなぁ、なんて気持ちを込めて、フロイド先輩とジェイド先輩にアイコンタクトを送ると、二人はパチクリと目を見開いた後、本当にそっくりな表情を浮かべて、ニヤァと笑った。
そうして私の方に近づいてきたと思えば、私の手を、さながらエスコートされるお姫様のように左右からとって言った。
「そうえばさぁ、アズール」
「そうです、僕も気になっていたんですが」
「なんですか?」
「どう思う〜?」
「何がです」
「誤魔化そうとしたって無駄ですよ」
前言撤回。
この状況に「え、え?」と二人を見比べて困る私は、お姫様ではなく、ただのオモチャだ。
「小エビちゃんの服」「あなたさんの服」
「「すっごいアズール好みでしょう?」」
ビックン!!!!
大げさではなく、本当にこの表現がしっくりくるほどには肩を跳ねさせたアズール先輩は、途端に顔を真っ赤にした。
「い、ぁ、それは、」
「ほらほらもっとよく見てよぉ〜。俺たちめっちゃ調べてさぁ、頑張ったんだからさぁ〜?」
「夜な夜な様々なネットショップを見回って、それはもう下調べもはかど…いえ、大変でしたよ」
『え、この服、お二人が選んでくださったんですか?!』
「そうです。本当は、アズールには内緒で用意したんですよ」
「ま、俺ら男の制服サイズじゃ厳しいって話は、だいぶ前から3人でしてたけどねぇ」
『とっても可愛いです!本当に嬉しかったです!ありがとうございます!』
「ウンウン。小エビちゃんちょ〜〜可愛いよ〜。小エビちゃんに着てもらえて服も喜んでると思う」
「お世辞ではなく、本当によくお似合いですよ。この姿で給仕されたら、アズールも嬉しいでしょうねぇ。」
「ジェイド!!フロイド!!持ち場に戻りなさいーーーー!!!!!!」
首まで真っ赤にしたアズール先輩は、ブルブルと震えながら、二人をVIPルームから追い出した。
残されたのは、私と、アズール先輩と。
あの反応を見る限り、少し期待をしてしまうのくらいは許して欲しいんだけれど、でも期待はずれだったら落ち込むのでその考えは早々に追い払った。
「……」
『………』
「…あなたさん」
『っぁい!』
「……おにあいです」
『は…ぇ?』
「寮服よりもそちらの方が可愛いと言っているんですよ!」
『!』
カカカカ、と二人して顔を真っ赤にしたので、VIPルームの気温も急上昇。
『…あ、ありがとう、ござい、ます…っ』
「い、いえ、……っ」
『そ、それから、あの、助けていただいたことも、本当にありがとうございましたっ』
「そ、れは…従業員を…いえ、女性を守るのは当たり前ですから」
『そんなことは…全然ないです。私の元いた世界では、見て見ぬ振りをする人も多かったですもん。本当に本当に、助かりました』
「は?ありえませんね。あなた、どんな環境で育ったんですか?信じられない」
スン、と一瞬で元の調子に戻ったアズール先輩は、そんな環境だったら、マナー研修のような新しいビジネスもできそうだ、と頭の中は仕事でいっぱいになったようだった。
正直あんな状態のままでいたら今後の仕事に支障が出そうだったので、通常運行に戻ってくれてよかった、とホッとした。
『えっと…じゃあ仕事に戻りますね…と言っても、どうしたらよいでしょう…?』
「あぁ、そうですね…では、次のアポイントは30分後に迫っていますので、お茶の用意をしていただけますか?今後のスケジュールは、後ほど共有しますので、それに沿って動いていただければと思います。わからないことがあれば、僕でもいいですし、ジェイドやフロイドに聞いてくだされば。」
『かしこまりました!そのようにいたします…あ、』
「?何か?」
『えぇっと…一ついいですか?』
私としては結構気になるので、失礼かとも思ったが聞くことにした。
『その、相談者さんが来ている時って、アズール先輩のこと、なんて呼べばいいでしょうか』
「はい?」
『社長ですか?支配人ですか?オーナー?それともそのまま先輩…?あまりないかもしれませんが、VIPルームに相談者さんがいる間に入らないといけないこともあると思うので、決めていただいた方がやりやすいなぁと思いまして。』
「んっ」
『??すみません…?変なことを聞いてしまって…?』
喉を詰まらせたような声がしたので、一応謝っておいたが、給仕する側とっては重要なことなので返事を待つ。
「そ、そうですね…ご…いや、先輩で。普通にいつも通り先輩で大丈夫ですから。」
『そうですか?わかりました!では、一旦失礼します。また後ほど。』
「えぇ、よろしくお願いしますね」
よし。VIPルーム給仕初仕事。気合いを入れて頑張らないと。
お茶の入れ方はジェイド先輩にもう一度聞いておかなくっちゃ。
気持ち新たに、VIPルームを後にした。
*
「うっ…!可愛すぎる…なんだあの給仕服…僕以外に見たやつがいるなんて…っというかやっぱりご主人様と呼ばせればよかった…いやそれはよくないそういう扱いじゃないのだからそれはやってはいけないでもあの服は本当にいいあああああああ」
VIPルームは、外に声も漏れないような重厚な作りなのであったのは幸いだった。
都合のいい展開に踊らされているだけの気もするが、そんなことはどうでもいい。
重要なのは「好意を寄せるあの子が、給仕服を着て、自分の周りにいてくれる」こと、それだけだ。
これを嬉しいと言わずになんと言う。
ばたりと机に伏せって、自分の手のひらを眺めながら、アズールは思い返す。
「…手…小さかったな…腕も細くて…」
壊れないように、守らないと。
それは、惚れたからなのか、男としての本能か。
アポイントの時間は迫っている。それまでに落ち着かなければと、煩悩を追い出した。
なお、後に見つかった盗撮写真は、投稿したアカウントごと消されたとかなんとか。
それはまた別の話。
初めの数日は、寮服を調節して使わせてもらっていたのだけれど、それではやはり締まりがないだろうとのご厚意から、今日、フロイド先輩から新しい給仕服を手渡された私。
はじめこそ「申し訳ない、お金を払わせてほしい」と言った私も、「小エビちゃんだからプレゼントしたんだよ、絶対似合うと思うから〜。迷惑だった?」なんて言われて嬉しくないわけがない。
ここまで言われてはと素直にお礼した上で纏ってみれば、どこぞのお屋敷のメイド服のような、シンプルで清楚かつ可愛く見える素敵なデザインのそれに、喜びで飛び跳ねてしまいそうだった。
開店前にはジェイド先輩とフロイド先輩に挟まれて記念撮影までしてデュースとエースに報告すれば、今日は一番に遊びに行くと言ってくれた。
ただし、このときは、この給仕服が悪夢の始まりになるとはついぞ思っていなかったのだ。
「ねぇ〜!今度オンボロ寮遊びに行ってもいいっすか!」
『あ〜…えっと、それは…』
「こっちのテーブルにも来てくんないー!?」
『あっ、すみません、オーダーをっ』
「ちょっと待ってよ、一緒に写真撮るくらいいいじゃん!」
『や、あの、困ります、仕事中なので』
何度目かのちょっかいをなんとかあしらって、私はそのテーブルを離れた。
いつもと違う客層のせいで、いつもと違う雰囲気をまとったカフェは、今日は少し怖く感じる。
さっき少しだけ話せたデュースとエースによれば、誰かが私の事を盗撮してマジカメにアップしたらしく、その投稿は瞬く間に生徒中に見つかったそうだ。
それによって思った以上に生徒が押しかけているのではないかとのこと。
確かに、リーチ先輩方にも散々褒めてもらったけれど、まさか給仕服に夢を馳せる男子高校生がこんなにいるとは思いもよらず、自分の浅はかさに目眩がした。
しかし今更そんなことを言っても仕方がない。
たちの悪いことに、ちょうど厨房やVIPルームの入り口などの死角でしか、そういったちょっかいは行われていない。
つまり、アズール先輩やジェイド先輩、並びにフロイド先輩から目が届かない場所だ。
私から、せっかく頂いた給仕服の"せい"でこんなことになったなど、口が裂けても言えるはずがない。
そうとなれば、道は一つだ。パタパタと厨房に戻りながら、自分に喝を入れる。
『私がしっかりしないと!お給金分はきちんと働かないと…!よし、仕事、仕事、頑張れ私』
「スペシャルドリンクセット上がったよ〜!」
『はい!』
厨房から出てくるお料理やドリンクを持って、ホールにまた出て行く。
そのオーダーを出し終えると、また先ほどの生徒がいるテーブルからお声がかかった。
ここはカフェなので、ウエイターがそのコールを無視するわけにもいかず、嫌々ながらに近づく。
顔には作り笑いを。
『は、はい、いかがなさいましたでしょうか?』
「注文」
『ご注文ですね、少々お待ちください、今メモを、!』
ゾワ、としたのは、メモを取ろうとエプロンに伸ばした手を掴まれて腕を撫でられたからだった。
普段は別になんとも思わないような、手をとるなんていう行為でも、知らない人からされるとこんなにも気持ちが悪いものなのかと驚いている暇もない。
『っひ、や、』
「なんでだよ、さっきあっちのテーブルでは仲よさそうに喋ってたろ?」
『ッだって、デュースとエースは、友達で、』
「じゃあ俺ともオトモダチになってよ。な?ほら、握手」
撫でられていた手から、手袋を抜き取られたと思ったのもつかの間、そのまま指を取られてしまった。
(やだ、これどうしよう、こういう時ってどうしたらいいんだっけ…!)
と大パニックになってしまった脳内は、正常な指示を出してはくれなくて。
ぎゅ、と目を瞑ることしかできなくて、詰んだーーーと思った、その時。
「従業員に何かご用でしたか?」
「…っチ……アズール…」
『あ…、』
パシ、と私の腕を掴んだのは、アズール先輩だった。
「従業員への迷惑行為は、いかなるものでも許しておりませんが?営業妨害で訴えますよ」
「…ふん…今帰ろうと思ってたところだよ。」
「そうでしたか。それでは、お会計はあちらになりますので。またのご来店をお待ちしておりますよ」
「二度とこねぇよこんなとこ」
「お気に召していただけず残念です…が、ここはあなたのような紳士の風上にも置けない方が来る場所ではありませんので、こちらから願い下げです」
にっこり、とどす黒い笑みを携えて、凛とした態度で言い放ったアズール先輩に、迷惑客が言える言葉はなかったようで、彼らはそのまま帰っていった。
『あ、のっ、すみません、でした、自分で逃げられなくて』
「そんなことはいいんです。いざこざがあった場合の後始末をするのも僕の役目ですから。ただ…」
じとっとこちらを見たアズール先輩は、頭のてっぺんから足先までくまなく視線を凝らしてから、大きなため息をついた。
「…その給仕服はどこで手に入れたんですか?」
『あ、これは、今日フロイド先輩に頂いて…ってあれ?”アズールと一緒に選んだんだ”って聞いたんですけど…』
「…なるほど…?」
何か少し認識がズレているようだが、このギャップはなんだろうか。
「わかりました。ではあなた、一度、こちらへ」
『ぇっ、あ、』
自分で解決できなかったことが悔しいやら、知らない人に手を取られて少し怖かったやらで、ぐちゃぐちゃな気持ちを抱えたまま、アズール先輩に手を引かれて、私たちはホールを後にし、VIPルームにたどり着いた。
「ジェイド!フロイド!」
「はい」「は〜い」
「あなた達、どうして僕に、今日からあなたさんが新しい給仕服で出勤することを言わなかった!」
「え〜?だってその方がおもしr…アズールが喜んでくれるかな〜って」
「そうですよ。予定されているイベントをこなしたって面白くないでしょう?」
「そんなつまらないことのために、あなたさんが傷ついたらどうするか考えなかったのか!」
「え?小エビちゃん、何かあったの?」
VIPルームに入るなり、ジェイド先輩とフロイド先輩を叱りつけたアズール先輩は、ふつふつと怒っている。
そんなアズール先輩の後ろで縮こまっている私を覗き込んで、リーチ先輩方は何があったか感じ取ったようだった。
「ごめん、小エビちゃん。俺が一緒にいればよかったね…」
「僕からも謝罪します。申し訳ありませんでした。」
「何かあってからでは遅いんだぞ!あなたさんは女性なんだ、もっと大切にしろ!」
『い、いえ、あの、先輩達は、悪く、なくて、わ、私が、ちゃんとあしらえていれば…つ、次は、ちゃんとしますから、大丈夫、ですから』
「良くない!」
いつになく強い口調でたしなめられて、足がすくんだのも束の間、アズール先輩は両手で私の手を優しく包んで言った。
「気づくのが遅くなって申し訳ありませんでした。本当に、何もなくてよかった…」
『ぁ、ぃぇ…その…』
ポポポポ、と音がしそうなくらいには頭に血が上る。
少し前から思っていたけれど、アズール先輩はたまに素でこういう、王子様みたいなことをするから勘違いしてしまう。
オーバーブロッド事件以来、フロイド先輩、ジェイド先輩をはじめとするオクタヴィネルのみなさんにはとてもよくしてもらっていて、私もこの寮の人たちのことは信頼しているし大好きになっていた。
けれど、アズール先輩のこの目に囚われると、他の人たちとは違った感情が首をもたげるのだ。
一般人には刺激が強いよ〜!!と叫び声をあげそうになったところで、満足したのか、すっと手を離した先輩は。
「わかりました。明日からあなたさんは、ホールには出しません」
『へ?』
「じゃあ何させんの。厨房?それもどうかと思うけど〜?」
「あなたさんには、VIPルームへの給仕を行ってもらいます」
「は?」「はい?」
アズール先輩曰く、VIPルームにくる相談者はポイントカード導入以降、うなぎ登りに増えているそうだ。
正式な契約ではないとはいえ、ポイントカードを貯めに貯めて相談にくる生徒は、大事なお客様に変わりはない。
お茶の一杯、お茶受けのお菓子くらいは、サービスで提供することにしていたのでその手伝いをしてほしいとのことだった。
『え…でもそれじゃああまりにも仕事量が少ないというか…他の皆さんに申し訳ないです…』
「大丈夫です。それから僕の身の回りのことも少し手伝っていただきますので」
「それ完全にプライベートじゃんアズール」
「アズール…あなたそれは、あなたさんを独り占めしたいだけでは?」
「ごほん!!この話はおしまいです!僕の決定に従ってください。」
いいですね?あなたさん。明日からはVIPルームに直行してください。
と支配人に釘を刺されてしまっては、雇われの身として、うなづくしかない。
でもいいのかなぁ、なんて気持ちを込めて、フロイド先輩とジェイド先輩にアイコンタクトを送ると、二人はパチクリと目を見開いた後、本当にそっくりな表情を浮かべて、ニヤァと笑った。
そうして私の方に近づいてきたと思えば、私の手を、さながらエスコートされるお姫様のように左右からとって言った。
「そうえばさぁ、アズール」
「そうです、僕も気になっていたんですが」
「なんですか?」
「どう思う〜?」
「何がです」
「誤魔化そうとしたって無駄ですよ」
前言撤回。
この状況に「え、え?」と二人を見比べて困る私は、お姫様ではなく、ただのオモチャだ。
「小エビちゃんの服」「あなたさんの服」
「「すっごいアズール好みでしょう?」」
ビックン!!!!
大げさではなく、本当にこの表現がしっくりくるほどには肩を跳ねさせたアズール先輩は、途端に顔を真っ赤にした。
「い、ぁ、それは、」
「ほらほらもっとよく見てよぉ〜。俺たちめっちゃ調べてさぁ、頑張ったんだからさぁ〜?」
「夜な夜な様々なネットショップを見回って、それはもう下調べもはかど…いえ、大変でしたよ」
『え、この服、お二人が選んでくださったんですか?!』
「そうです。本当は、アズールには内緒で用意したんですよ」
「ま、俺ら男の制服サイズじゃ厳しいって話は、だいぶ前から3人でしてたけどねぇ」
『とっても可愛いです!本当に嬉しかったです!ありがとうございます!』
「ウンウン。小エビちゃんちょ〜〜可愛いよ〜。小エビちゃんに着てもらえて服も喜んでると思う」
「お世辞ではなく、本当によくお似合いですよ。この姿で給仕されたら、アズールも嬉しいでしょうねぇ。」
「ジェイド!!フロイド!!持ち場に戻りなさいーーーー!!!!!!」
首まで真っ赤にしたアズール先輩は、ブルブルと震えながら、二人をVIPルームから追い出した。
残されたのは、私と、アズール先輩と。
あの反応を見る限り、少し期待をしてしまうのくらいは許して欲しいんだけれど、でも期待はずれだったら落ち込むのでその考えは早々に追い払った。
「……」
『………』
「…あなたさん」
『っぁい!』
「……おにあいです」
『は…ぇ?』
「寮服よりもそちらの方が可愛いと言っているんですよ!」
『!』
カカカカ、と二人して顔を真っ赤にしたので、VIPルームの気温も急上昇。
『…あ、ありがとう、ござい、ます…っ』
「い、いえ、……っ」
『そ、それから、あの、助けていただいたことも、本当にありがとうございましたっ』
「そ、れは…従業員を…いえ、女性を守るのは当たり前ですから」
『そんなことは…全然ないです。私の元いた世界では、見て見ぬ振りをする人も多かったですもん。本当に本当に、助かりました』
「は?ありえませんね。あなた、どんな環境で育ったんですか?信じられない」
スン、と一瞬で元の調子に戻ったアズール先輩は、そんな環境だったら、マナー研修のような新しいビジネスもできそうだ、と頭の中は仕事でいっぱいになったようだった。
正直あんな状態のままでいたら今後の仕事に支障が出そうだったので、通常運行に戻ってくれてよかった、とホッとした。
『えっと…じゃあ仕事に戻りますね…と言っても、どうしたらよいでしょう…?』
「あぁ、そうですね…では、次のアポイントは30分後に迫っていますので、お茶の用意をしていただけますか?今後のスケジュールは、後ほど共有しますので、それに沿って動いていただければと思います。わからないことがあれば、僕でもいいですし、ジェイドやフロイドに聞いてくだされば。」
『かしこまりました!そのようにいたします…あ、』
「?何か?」
『えぇっと…一ついいですか?』
私としては結構気になるので、失礼かとも思ったが聞くことにした。
『その、相談者さんが来ている時って、アズール先輩のこと、なんて呼べばいいでしょうか』
「はい?」
『社長ですか?支配人ですか?オーナー?それともそのまま先輩…?あまりないかもしれませんが、VIPルームに相談者さんがいる間に入らないといけないこともあると思うので、決めていただいた方がやりやすいなぁと思いまして。』
「んっ」
『??すみません…?変なことを聞いてしまって…?』
喉を詰まらせたような声がしたので、一応謝っておいたが、給仕する側とっては重要なことなので返事を待つ。
「そ、そうですね…ご…いや、先輩で。普通にいつも通り先輩で大丈夫ですから。」
『そうですか?わかりました!では、一旦失礼します。また後ほど。』
「えぇ、よろしくお願いしますね」
よし。VIPルーム給仕初仕事。気合いを入れて頑張らないと。
お茶の入れ方はジェイド先輩にもう一度聞いておかなくっちゃ。
気持ち新たに、VIPルームを後にした。
*
「うっ…!可愛すぎる…なんだあの給仕服…僕以外に見たやつがいるなんて…っというかやっぱりご主人様と呼ばせればよかった…いやそれはよくないそういう扱いじゃないのだからそれはやってはいけないでもあの服は本当にいいあああああああ」
VIPルームは、外に声も漏れないような重厚な作りなのであったのは幸いだった。
都合のいい展開に踊らされているだけの気もするが、そんなことはどうでもいい。
重要なのは「好意を寄せるあの子が、給仕服を着て、自分の周りにいてくれる」こと、それだけだ。
これを嬉しいと言わずになんと言う。
ばたりと机に伏せって、自分の手のひらを眺めながら、アズールは思い返す。
「…手…小さかったな…腕も細くて…」
壊れないように、守らないと。
それは、惚れたからなのか、男としての本能か。
アポイントの時間は迫っている。それまでに落ち着かなければと、煩悩を追い出した。
なお、後に見つかった盗撮写真は、投稿したアカウントごと消されたとかなんとか。
それはまた別の話。
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