一章
歌仙兼定が始まりの一振りだ。
歌仙は審神者を嫌っている。少なくとも、審神者はそう思っている。
審神者の物心がついたとき、歌仙は既に顕現していた。初めて彼を目にした日、「名前の由来は三十六歌仙から。風流だろう?」とだけ言われたことが、彼に関する最初の記憶だ。三十六歌仙も風流の意味も知らない頃だった。そしてそれらの意味はすべて、歌仙に教わった。
彼は教師だった。暗黙の了解のもとで近侍となり、審神者が教師という職業を知る前から、歌仙は審神者専属の教師としてそばにいた。
歌仙は毎日審神者のためだけの勉強会を開き、歴史を、言葉を、文字の書き方を、少しの算数をマンツーマンで教えた。彼は本当に厳しい教師だった。歌仙の提示した事柄を審神者が覚えるまで、あるいは理解するまで、勉強は時間制限を設けずに続けられた。審神者が嫌がって泣き喚いても歌仙が諦めることはなかった。逃がしてはくれなかった。勉強は嫌で、怒られるのはもっと嫌だ。
日常的な振る舞いも細かく指摘された。大きな声は出さないこと、誰かが言った言葉を真似しないこと。危ないことはやめること、もそうだ。厳しい教育にかねてから打ちのめされ、幼い審神者が抱き続けていた歌仙への恐怖心は自分を嫌っているのかと推測するところまで行きついていた。
他の刀が審神者を甘やかしても、歌仙だけは毅然とした態度を崩さない。それに、勉強会と食事や家事の時間を除き、今日まで歌仙は部屋にこもっていて審神者と関わろうとしなかったのだ。彼は多様な物事を教えるのに、自分に関することはほとんど審神者に教えなかった。審神者は彼について、名前の由来が三十六歌仙から来ていて風流なことしか知らない。
彼の言動から推測できるのは「審神者のことが嫌い」。それ以外にどう理由付ける?
歌仙が審神者を嫌う理由までは審神者にはわからない。どこで歌仙が聞き耳を立てているか分からないから、誰かに相談することも出来ない。ただ、教師の立場をもってしても拭いきれない個人的な嫌悪を向けられている自覚だけが、審神者の中で立場を得ている。
