二章
早起きの本丸の休日は、勉強や各々の仕事に打ち込むせわしない午前中を終えれば、午後の時間は各自好きなように使える決まりだ。居間はうたた寝も受け入れる雰囲気に優しく緩み、審神者は秋田と並んでテレビを見ていた。午後のまどろみに誘われて、うつ伏せで寝っ転がりながら見ていたのを二人して歌仙に注意され、座布団に座り直してからは食い入るように画面を見つめた。歌仙は審神者以外もたまに叱るようになった。
テレビに映っているのは日本史のアニメだ。歌仙に渡されたもので、時の政府が子供の審神者向けに作った教材らしく、これなら勉強の助けにもなるからと、虫取り網やゴムボールと並ぶおもちゃの一種としてもらった。勉強は苦手だけれど、テレビならいつでも楽しめる。戦の場面が分かりやすい上に格好良くて、いつまでも見ていられた。
初めての出陣を二週間後に控え、出陣先の時代の出来事をおさらいするため、いくつか話数を飛ばして終盤の回を見ていた。正統派のタッチで描かれたそのアニメは、刀剣男士として顕現している刀たちの元の主たちの勇姿にスポットを当てて描かれていて、今、画面の中では見覚えのある浅葱色を羽織った男たちが洗練された動きで刀を振るっている。
歴史上の人物が持っていた刀が今、きれいな戦士の姿でこの世に降り立ち、一緒に暮らしているという現実。実は全てが嘘だったのと、誰かにばらされた方がまだ納得できるくらい不思議なものだ。大げさな銀色の光を放つ剣筋が華麗に敵を倒すのを見ながら思う。
突然後ろから風が吹きつけて、あおられた自分の髪の毛が視界に入る。見ると、誰もいない空間へ放心したように風を送っていた扇風機の首根っこを和泉守が掴んで、審神者たちの座る場所に向けていた。
この人が、本当にあの人の持っていた刀なのか。当たり前だが実感ははない。たった今審神者の視線に気づいた彼の懐を探したとしてもそんな実感は見つからないだろう。だってずっと一緒に暮らしていて、わざわざ扇風機をこちらに向けてくれるかっこいい大人の正体が、歴史のアニメで主役を張る人物に振るわれていた「刀」だなんて、誰が信じられるのか。
言葉を使って説明されるよりも、映像として目で見た方が、歴史というものの存在を強く認識させられる。アニメの分かりやすさの本質であり、それがかえって刀剣男士と歴史の繋がりを疑うべきものとして浮かび上がらせる。たぶん、一番疑ってはいけないのは審神者自身なのだけれど。
「和泉守、一緒に見ようよ。この人、和泉守の元主なんでしょ」
テレビに映し出された歴史の人物がかつて持っていた刀と、このかっこいい大人が同じだとかいう当人の主張が当たり前のこととしてみんなに受け入れられてることが不思議で面白くて、信じられるけど素直には信じられなくて、それが本当に本当のことならば、彼がアニメの元主(本当に?)を見てどんな反応をするのか、気になるに決まっている。
和泉守は前のめりになって、見定めるようにテレビを見た。しばらくして、「オレの土方さんはもっとカッコいい」と鼻で笑って目を逸らした。
「同じ人じゃないの?」
「全然違うね。土方さんはもーっとカッコいい」
「も」を大袈裟に伸ばした言い方に、審神者が笑い声をあげる。ならやっぱり違うんじゃないか? 歴史との繋がりなんかなくて、彼は普通の人間なんじゃないか、と、そうでないことを心では分かっていても、いつまでも疑えた。審神者は両手指で頬を抑えてにやけた。
「ねえ、外で遊ぼうよー」障子が開いて、退屈そうな蛍丸が来た。「テレビ見てても面白くない」
「面白いですよ、蛍丸も見ましょうよ」
秋田に声をかけられた蛍丸は目線だけテレビの画面に向けて、つまらなそうに肩をすくめた。
「やだ」不機嫌さを前面に押し出す。蛍丸の肩には彼の瞳と似た、それより鮮烈な色に塗られた虫かごが三つもかけられていた。審神者の楽しい疑いの心はその蛍光黄緑に一筆で塗り替えられ、蛍丸の言葉と同調したものに変わった。「虫捕りしたい」
「いいねえ虫捕り」和泉守が蛍丸の虫かごをすべて持ち、「先、日焼け止め塗ってこい」審神者たちに言った。「お前らも行くか?」
日焼け止めを探しに蛍丸が去ったところで、アニメがエンディングに入った。テレビを消して立ち上がる。秋田の声と重なった。「行く!」
