二番煎じな内容が多いです。
門出ノ章
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鬼の話
────嗚呼、綺麗だ。
その小娘に頚を切り落とされたとき、辺りの藤の花が咲き乱れた景色にただ漠然とそう思った。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐
あれはいつの事だろうか。愛しい妻や可愛らしい子供に恵まれ幸せな生活を送っていた筈なのに。いつからか、金持ちの爺達に頭を下げる日々が始まった。下卑た笑みを浮かべるアイツらに頭を下げるのは心の底から屈辱的で毎日毎日ぶん殴りたくなったが、そんな日々も家には妻や子供が居ると思ったら自然と苦では無くなっていた。決して贅沢なことは出来ない生活。それに誰かの助けを借りながらでないと家族で暮らしていくことは儘ならなかった時に俺達家族に手を差し伸べてくれたのはその金持ちの奴等だった。だからどんなに苛立ってもなんだかんだ奴等への感謝はあったし、頭を下げてなんとかなるのならこのままの生活でも構わないと本当に思っていたのに。
それがある時、一人の馬鹿な男 のせいで全てが狂ってしまったのだ。
そいつは正義感溢れる男で、駄目だと思ったことや良いと思ったことは全て嘘偽り無く話すような奴だった。特にそいつとの関わりが無かった頃は噂程度に聞いては「そんな馬鹿正直な奴も今の時代にいるんだな」ぐらいに認識で、そいつのせいで俺のこの幸せな暮らしが壊れるなんて少しも予想していなかった。いや……出来るわけないだろ。
当時、金持ちの爺達は金で何でも解決しようとする奴等だったから俺達の村だと嫌われ者であまり近寄る人がおらず、まともに関わっていたのは俺だけ。
確かに周りから見たら爺達はかなり悪い人に見えていただろうけど、実際は案外そうでもなくて頭を下げたら金は貸してくれるし、俺達が食うものに困っていたら食糧も分けてくれるような気前の良い人達。ただ少し周りよりプライドが高く、人の上に立つのが好きな『金持ちの爺達 』だったんだ。
その日は最近具合の良くない娘のために薬を買ってあげたいと思ったがそんなお金など持っておらず、いつものように金持ちの爺達に頭を下げて金を貸してもらえるようにお願いしにいった。爺達の家の前に着くと何やら中が騒がしい。胸騒ぎがして勝手に敷地内に入らせてもらうとそこでは爺達とあの馬鹿正直な男が激しい口論をしていた。
「どうしたんですか!?」
「ああ、■■よく来た!この分からず屋の小汚ない男に言ってやれ!『俺は□□様達に心から感謝しています』と!」
「だから!!お前達のそういうところがこの村の人達を不愉快にしているんだ!金を持っているのを良いことに、それをひけらかして無理矢理人を下につける……。卑劣極まりないぞ!」
「何を言う!現に我々が金でこの者達や村を栄えさせてきたのは事実ッ、地位が上の者に対して頭を下げるのは当たり前のことだろう!」
「だからそのやり方が汚いんだと……!」
話はなんとなく察した。爺達の行いを聞いて不愉快に思ったこの馬鹿正直な男がわざわざ家まで乗り込んできたということだろう。
どちらも間違ったことは言っていなかった。だからこそ、俺はどう言葉を挟めば良いのか分からず狼狽えながら立ち尽くすことしかできない。
人の気持ちを重んじる馬鹿正直な男、態度は良くないかもしれないが確かにこの村を栄えさせてきた金持ちの爺達。いずれ衝突し合うのは目に見えていた。しかしいざ行われてみると戸惑ってしまう。どうするのが正解か。俺には爺達に数えきれないくらいの恩がある。やはりここは爺達を擁護するべきだ。
「俺は□□様達に多大なる恩があります。俺達家族が貧しく困り果てている時に手を差し伸べてくださったのは□□様達です。心から感謝しております」
「ふんっ、分かったか?お前は場違いだ。さっさとここから失せろ。不愉快だ」
「な……!■■さん!貴方きっと無理矢理この人達に言わされているんですよね!?俺が何とかしますから本当のことを言った方がいい!じゃないと貴方は一生このままこの非道な奴等に飼い慣らされたまま過ごすことになってしまう!俺はそんな貴方を助けたい!」
「は?」
それはとんだ勘違いだと思った。どうやら俺はこの男からしたら無理矢理この爺達に従わされている可哀想な人だという認識を受けていたらしい。俺はもう爺達に頭を下げることなど特に何とも思っていない。むしろ、人から金を借りている立場。頭を下げない方がどうかしている。
誤解を解かなければならないと口を開きかけた時、俺がこの男からの言葉に反対もせず不自然に黙ってしまったせいか、爺達も何やら勘違いをしてしまったらしく「■■!お前……我々の恩を忘れたのかこの愚か者が!!!」と鋭い剣幕で睨まれ、怒鳴りつけられた。俺の変に空けてしまった間のせいで、一気に俺が実は爺達に不満を感じていたみたいな雰囲気になってしまう。慌てて爺達に「それは違う」と訂正しようとしたとき、馬鹿正直な男が「ほら見ろ。もうこの村にお前達の下につくものはいないぞ!」と俺の言葉を遮って爺達にそう怒鳴りつけた。
怒り狂った爺達の顳顬 には力みすぎているせいで血管が浮き出ている。
まずいまずいまずい……!速く謝らなければ!
家では具合の悪い娘がいる。今ここで、機嫌の悪くなった爺達から金を貰えなかったら娘の為に薬が買えない!
だが、そう思った時にはもう遅かった。
「もういい!こんな恩知らずな馬鹿共がいる村など今すぐに出て行く!」
「え!?お、お待ちください□□様!」
「黙れ■■!儂はお前が一番気に食わん!目をかけてやっていたというのに、この恩知らずが!!!家族諸共餓死してしまえ!」
「そんな…!お待ちください!!!」
『お待ちください□□様』
その言葉を何度言っただろう。百…千…いやもっとだろうか。声が枯れてもなお奴等を呼び続けたが、爺達が村に戻ってくることは無かった。
大きすぎる絶望に打ちひしがれていた俺に馬鹿正直な男が言った。
「■■さんがあの人達から解放されてよかった……。これからは■■さんも家族と自由に生きてくださいね!」
嘘偽りないその言葉が、俺の逆鱗に触れるのはたやすかった。
---------
それから村中にその馬鹿正直な男がいなくなったという話が伝わるのは早かった。噂というのは怖いもので、馬鹿正直な男がいなくなったというのが爺達が村から出て行った日と同じだったせいで、村の奴等は完璧に爺達が馬鹿正直な男を殺した と思っている。
本当にアイツを殺したのは──俺なのに。
村で唯一の金持ち爺達がいなくなり、貧しい村人達の心を支えてきた馬鹿正直な男もいなくった。たった数人の人間が村にいなくなっただけでこの村は大分変わり果ててしまった。活気がなく、お金もない。誰もが貧しい生活を送り、優しさが消えた。どの人も自分達が暮らすことで精一杯だったせいで、誰かが困っていても手を差し伸べなくなってしまった。
村を支えていたのは村の一番の人気者と村の一番の嫌われ者。なんとも歪な形。優しさだけでは生活していけない。しかしお金だけの優しさの無い状態でも人は生きていけない。俺は何を間違えた。どうするべきだった。俺は爺達の下につく生活でよかった。それを邪魔したのはあの男だ。殺されても仕方がない。
しかしどうしよう。こんな血に汚れて穢れた手で愛する妻や娘を抱いてはあげられない。人の命を奪ったこの手で愛する者には触れられない──……。
娘の具合が悪化した。栄養をつけるために食べ物がいる。だが食べ物を買う金もない。
誰か、誰か、誰か……!
『────この子が目を、開けてくれないの……』
『もう駄目よ……。二人でなんて生きていけないわ……』
---------
「なあ、お前までいなくなって……俺はどうすればいいんだ?」
冷たくなった最愛の妻の肩を抱いた。
「……分かったよ分かったから。俺が全部悪かったんだよな、全部俺が……。俺が生きるのが下手すぎた。貧しいのに子供を作るからこういうことになったんだよな。もっと俺が、爺達に媚びを売るのが上手ければ良かったよな。もっともっともっと俺が、優しければ、良かったな。な?そうだろ?そうなんだろ?な?なあ?なあッ!?」
──誰でもいいから、答えてくれよ。
それからどうしたっけ。自害しに、山に入ったんだったかな。真っ暗で、寒くて、足や手が凍えてしまいそうだった。
一人で死ぬのは寂しいな。二人も、そんな気持ちだったんだろうか。だったら一緒に死んであげれば良かった。そうしたら寂しい思いもさせてあげなくて済んだのに。
もっと二人にいっぱいご飯を食べさせてあげたかった。もっともっと幸せにしてあげたかった。もっともっともっと一緒に居たかった。
今になってはそんなもの全て叶わぬ夢物語にしか過ぎないのだけれど。
俺の人としての記憶はここまで。
気づくと俺は鬼になって、たくさんの人間を食い荒らしていた。知らない山に住み着いて、そこで出会った十二鬼月の下弦の参の下についた。他の鬼共には人間の時の記憶が無いらしいが、何故か俺にはあった。正直こんな記憶全て綺麗さっぱり忘れてしまいたかった。
俺はきっと天国にはいけない。たくさんの人を殺し、たった二人の家族でさえも幸せにすることができなかったのだから。あいつらと同じ天国には、行けやしないよなぁ。
あの鬼狩りの小娘の言われたことが図星で思い出したくもなかった今までのことをまた思い出してしまった。それがどうしても苛立って、小娘を殺そうとした。人を殺してはいけないと頭では分かっているつもりでも、鬼としての本能が人を「食え」「殺せ」と言ってくるのだ。それには抗えない。意思の強い人だったら抗うことが出来るかもしれないが、少なくとも俺には無理だった。
「藤の呼吸 陸ノ型藤源郷 」
頸を斬られた、と認識したとき視界を覆い尽くすかのように鬼にとって天敵である藤の花が辺り一面に咲き乱れる。今までは匂いを嗅ぐだけで吐き気を催すほど駄目だった藤の花がこんなにも咲いているというのに吐き気を催すどころか、とても心地が良かった。鬼になってからほとんど人にしか反応しなかった嗅覚がまるで人だった時のように反応し「とても良い匂いだ」と、心からそう思った。
斬られた痛みなど全くない。優しい花に包まれ、深い眠りに誘い込まれるみたいだ。怖くない。寂しくない。ただ……心地良い。
その温かさに自然と目を閉じてしまう。すると今度は、花に包まれる温かさとは別物の温かさに背中から包み込まれた。これは──人肌……?
ゆっくりと、目を開けた。
「……なっ何で、お前達がっ!?」
そこには最愛の妻と子供が優しく微笑みながら立っていた。
「皆で一緒に行きましょう」
「遅いよパパ!」
生前の時のように柔らかい声の最愛の妻。
無邪気で誰よりも可愛らしい最愛の子供。
二人に優しく手を引かれる。
その手の温もりは間違いなく、本物だった。
涙が溢れる。
後悔が止まらない。
「泣かないでよパパぁ……。私怒ってないもん!むしろ、パパとママの子供に生まれてこれて良かったって思うよ!!だって私、幸せだったもの!」
「そうですよ。でも私こそ貴方を置いて先に旅立ってしまって……ごめんなさい」
「いい……!良いんだ!そんなことはもう……っ!!二人に会えただけで俺はっ……!だけど、俺はきっと二人みたいに天国には行けない……。ここで、お別れだ……!」
「パパ……」
────大丈夫ですよ
二人の手を離そうとしたそのとき、妻でも子供でもない声がどこからか聞こえたような気がした。この声は──……。
「嗚呼、小娘 か……」
ありがとう。俺を再び二人に会わせてくれた恩人よ。この恩は一生忘れることは無い。地獄に行っても、この出来事だけは忘れはしない。
「きっとまた私達は会えますよ」
「そうだよパパ!私、生まれ変わったらまたパパとママの子供に生まれるね!約束!」
「あぁ……約束だ!」
そうだ、きっとまた会える。
時間は掛かってしまうだろうけど、俺には待ってくれる最愛の二人がいる。だから何度生まれ変わっても、必ず二人を愛すと誓おう。小娘 が引き合わせてくれたこの家族の絆に。
指切りげーんまん針千本のーます指きった!
子供のはしゃぐ声を最期に、俺達の手は離れていった。
---------
「……無事に会えたみたい」
サラサラ…と鬼が消えていくのを見届ける。この陸ノ型を実際に初めて鬼に使ってみたが、この型は肆ノ型とは真逆の型だということが分かった。肆ノ型が苦しみながら死ぬ型だとするのなら、陸ノ型は幸せに死ぬ型だ。
どちらも使い時が難しい。でも今回は……使って正解だったみたい。幸せそうに笑顔を浮かべながら涙を流していた鬼の姿を思い出す。
どうやら私も少し、貰い泣きをしてしまったようだ。目に滲んだ涙を指で掬い取る。
よしっ!と気合いを入れ直して頬をパチリと叩く。
「恋柱様の援護に向かわなきゃ!」
どうか無事で────!
────嗚呼、綺麗だ。
その小娘に頚を切り落とされたとき、辺りの藤の花が咲き乱れた景色にただ漠然とそう思った。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐
あれはいつの事だろうか。愛しい妻や可愛らしい子供に恵まれ幸せな生活を送っていた筈なのに。いつからか、金持ちの爺達に頭を下げる日々が始まった。下卑た笑みを浮かべるアイツらに頭を下げるのは心の底から屈辱的で毎日毎日ぶん殴りたくなったが、そんな日々も家には妻や子供が居ると思ったら自然と苦では無くなっていた。決して贅沢なことは出来ない生活。それに誰かの助けを借りながらでないと家族で暮らしていくことは儘ならなかった時に俺達家族に手を差し伸べてくれたのはその金持ちの奴等だった。だからどんなに苛立ってもなんだかんだ奴等への感謝はあったし、頭を下げてなんとかなるのならこのままの生活でも構わないと本当に思っていたのに。
それがある時、一人の
そいつは正義感溢れる男で、駄目だと思ったことや良いと思ったことは全て嘘偽り無く話すような奴だった。特にそいつとの関わりが無かった頃は噂程度に聞いては「そんな馬鹿正直な奴も今の時代にいるんだな」ぐらいに認識で、そいつのせいで俺のこの幸せな暮らしが壊れるなんて少しも予想していなかった。いや……出来るわけないだろ。
当時、金持ちの爺達は金で何でも解決しようとする奴等だったから俺達の村だと嫌われ者であまり近寄る人がおらず、まともに関わっていたのは俺だけ。
確かに周りから見たら爺達はかなり悪い人に見えていただろうけど、実際は案外そうでもなくて頭を下げたら金は貸してくれるし、俺達が食うものに困っていたら食糧も分けてくれるような気前の良い人達。ただ少し周りよりプライドが高く、人の上に立つのが好きな『
その日は最近具合の良くない娘のために薬を買ってあげたいと思ったがそんなお金など持っておらず、いつものように金持ちの爺達に頭を下げて金を貸してもらえるようにお願いしにいった。爺達の家の前に着くと何やら中が騒がしい。胸騒ぎがして勝手に敷地内に入らせてもらうとそこでは爺達とあの馬鹿正直な男が激しい口論をしていた。
「どうしたんですか!?」
「ああ、■■よく来た!この分からず屋の小汚ない男に言ってやれ!『俺は□□様達に心から感謝しています』と!」
「だから!!お前達のそういうところがこの村の人達を不愉快にしているんだ!金を持っているのを良いことに、それをひけらかして無理矢理人を下につける……。卑劣極まりないぞ!」
「何を言う!現に我々が金でこの者達や村を栄えさせてきたのは事実ッ、地位が上の者に対して頭を下げるのは当たり前のことだろう!」
「だからそのやり方が汚いんだと……!」
話はなんとなく察した。爺達の行いを聞いて不愉快に思ったこの馬鹿正直な男がわざわざ家まで乗り込んできたということだろう。
どちらも間違ったことは言っていなかった。だからこそ、俺はどう言葉を挟めば良いのか分からず狼狽えながら立ち尽くすことしかできない。
人の気持ちを重んじる馬鹿正直な男、態度は良くないかもしれないが確かにこの村を栄えさせてきた金持ちの爺達。いずれ衝突し合うのは目に見えていた。しかしいざ行われてみると戸惑ってしまう。どうするのが正解か。俺には爺達に数えきれないくらいの恩がある。やはりここは爺達を擁護するべきだ。
「俺は□□様達に多大なる恩があります。俺達家族が貧しく困り果てている時に手を差し伸べてくださったのは□□様達です。心から感謝しております」
「ふんっ、分かったか?お前は場違いだ。さっさとここから失せろ。不愉快だ」
「な……!■■さん!貴方きっと無理矢理この人達に言わされているんですよね!?俺が何とかしますから本当のことを言った方がいい!じゃないと貴方は一生このままこの非道な奴等に飼い慣らされたまま過ごすことになってしまう!俺はそんな貴方を助けたい!」
「は?」
それはとんだ勘違いだと思った。どうやら俺はこの男からしたら無理矢理この爺達に従わされている可哀想な人だという認識を受けていたらしい。俺はもう爺達に頭を下げることなど特に何とも思っていない。むしろ、人から金を借りている立場。頭を下げない方がどうかしている。
誤解を解かなければならないと口を開きかけた時、俺がこの男からの言葉に反対もせず不自然に黙ってしまったせいか、爺達も何やら勘違いをしてしまったらしく「■■!お前……我々の恩を忘れたのかこの愚か者が!!!」と鋭い剣幕で睨まれ、怒鳴りつけられた。俺の変に空けてしまった間のせいで、一気に俺が実は爺達に不満を感じていたみたいな雰囲気になってしまう。慌てて爺達に「それは違う」と訂正しようとしたとき、馬鹿正直な男が「ほら見ろ。もうこの村にお前達の下につくものはいないぞ!」と俺の言葉を遮って爺達にそう怒鳴りつけた。
怒り狂った爺達の
まずいまずいまずい……!速く謝らなければ!
家では具合の悪い娘がいる。今ここで、機嫌の悪くなった爺達から金を貰えなかったら娘の為に薬が買えない!
だが、そう思った時にはもう遅かった。
「もういい!こんな恩知らずな馬鹿共がいる村など今すぐに出て行く!」
「え!?お、お待ちください□□様!」
「黙れ■■!儂はお前が一番気に食わん!目をかけてやっていたというのに、この恩知らずが!!!家族諸共餓死してしまえ!」
「そんな…!お待ちください!!!」
『お待ちください□□様』
その言葉を何度言っただろう。百…千…いやもっとだろうか。声が枯れてもなお奴等を呼び続けたが、爺達が村に戻ってくることは無かった。
大きすぎる絶望に打ちひしがれていた俺に馬鹿正直な男が言った。
「■■さんがあの人達から解放されてよかった……。これからは■■さんも家族と自由に生きてくださいね!」
嘘偽りないその言葉が、俺の逆鱗に触れるのはたやすかった。
---------
それから村中にその馬鹿正直な男がいなくなったという話が伝わるのは早かった。噂というのは怖いもので、馬鹿正直な男がいなくなったというのが爺達が村から出て行った日と同じだったせいで、村の奴等は完璧に爺達が馬鹿正直な男を
本当にアイツを殺したのは──俺なのに。
村で唯一の金持ち爺達がいなくなり、貧しい村人達の心を支えてきた馬鹿正直な男もいなくった。たった数人の人間が村にいなくなっただけでこの村は大分変わり果ててしまった。活気がなく、お金もない。誰もが貧しい生活を送り、優しさが消えた。どの人も自分達が暮らすことで精一杯だったせいで、誰かが困っていても手を差し伸べなくなってしまった。
村を支えていたのは村の一番の人気者と村の一番の嫌われ者。なんとも歪な形。優しさだけでは生活していけない。しかしお金だけの優しさの無い状態でも人は生きていけない。俺は何を間違えた。どうするべきだった。俺は爺達の下につく生活でよかった。それを邪魔したのはあの男だ。殺されても仕方がない。
しかしどうしよう。こんな血に汚れて穢れた手で愛する妻や娘を抱いてはあげられない。人の命を奪ったこの手で愛する者には触れられない──……。
娘の具合が悪化した。栄養をつけるために食べ物がいる。だが食べ物を買う金もない。
誰か、誰か、誰か……!
『────この子が目を、開けてくれないの……』
『もう駄目よ……。二人でなんて生きていけないわ……』
---------
「なあ、お前までいなくなって……俺はどうすればいいんだ?」
冷たくなった最愛の妻の肩を抱いた。
「……分かったよ分かったから。俺が全部悪かったんだよな、全部俺が……。俺が生きるのが下手すぎた。貧しいのに子供を作るからこういうことになったんだよな。もっと俺が、爺達に媚びを売るのが上手ければ良かったよな。もっともっともっと俺が、優しければ、良かったな。な?そうだろ?そうなんだろ?な?なあ?なあッ!?」
──誰でもいいから、答えてくれよ。
それからどうしたっけ。自害しに、山に入ったんだったかな。真っ暗で、寒くて、足や手が凍えてしまいそうだった。
一人で死ぬのは寂しいな。二人も、そんな気持ちだったんだろうか。だったら一緒に死んであげれば良かった。そうしたら寂しい思いもさせてあげなくて済んだのに。
もっと二人にいっぱいご飯を食べさせてあげたかった。もっともっと幸せにしてあげたかった。もっともっともっと一緒に居たかった。
今になってはそんなもの全て叶わぬ夢物語にしか過ぎないのだけれど。
俺の人としての記憶はここまで。
気づくと俺は鬼になって、たくさんの人間を食い荒らしていた。知らない山に住み着いて、そこで出会った十二鬼月の下弦の参の下についた。他の鬼共には人間の時の記憶が無いらしいが、何故か俺にはあった。正直こんな記憶全て綺麗さっぱり忘れてしまいたかった。
俺はきっと天国にはいけない。たくさんの人を殺し、たった二人の家族でさえも幸せにすることができなかったのだから。あいつらと同じ天国には、行けやしないよなぁ。
あの鬼狩りの小娘の言われたことが図星で思い出したくもなかった今までのことをまた思い出してしまった。それがどうしても苛立って、小娘を殺そうとした。人を殺してはいけないと頭では分かっているつもりでも、鬼としての本能が人を「食え」「殺せ」と言ってくるのだ。それには抗えない。意思の強い人だったら抗うことが出来るかもしれないが、少なくとも俺には無理だった。
「藤の呼吸 陸ノ型
頸を斬られた、と認識したとき視界を覆い尽くすかのように鬼にとって天敵である藤の花が辺り一面に咲き乱れる。今までは匂いを嗅ぐだけで吐き気を催すほど駄目だった藤の花がこんなにも咲いているというのに吐き気を催すどころか、とても心地が良かった。鬼になってからほとんど人にしか反応しなかった嗅覚がまるで人だった時のように反応し「とても良い匂いだ」と、心からそう思った。
斬られた痛みなど全くない。優しい花に包まれ、深い眠りに誘い込まれるみたいだ。怖くない。寂しくない。ただ……心地良い。
その温かさに自然と目を閉じてしまう。すると今度は、花に包まれる温かさとは別物の温かさに背中から包み込まれた。これは──人肌……?
ゆっくりと、目を開けた。
「……なっ何で、お前達がっ!?」
そこには最愛の妻と子供が優しく微笑みながら立っていた。
「皆で一緒に行きましょう」
「遅いよパパ!」
生前の時のように柔らかい声の最愛の妻。
無邪気で誰よりも可愛らしい最愛の子供。
二人に優しく手を引かれる。
その手の温もりは間違いなく、本物だった。
涙が溢れる。
後悔が止まらない。
「泣かないでよパパぁ……。私怒ってないもん!むしろ、パパとママの子供に生まれてこれて良かったって思うよ!!だって私、幸せだったもの!」
「そうですよ。でも私こそ貴方を置いて先に旅立ってしまって……ごめんなさい」
「いい……!良いんだ!そんなことはもう……っ!!二人に会えただけで俺はっ……!だけど、俺はきっと二人みたいに天国には行けない……。ここで、お別れだ……!」
「パパ……」
────大丈夫ですよ
二人の手を離そうとしたそのとき、妻でも子供でもない声がどこからか聞こえたような気がした。この声は──……。
「嗚呼、
ありがとう。俺を再び二人に会わせてくれた恩人よ。この恩は一生忘れることは無い。地獄に行っても、この出来事だけは忘れはしない。
「きっとまた私達は会えますよ」
「そうだよパパ!私、生まれ変わったらまたパパとママの子供に生まれるね!約束!」
「あぁ……約束だ!」
そうだ、きっとまた会える。
時間は掛かってしまうだろうけど、俺には待ってくれる最愛の二人がいる。だから何度生まれ変わっても、必ず二人を愛すと誓おう。
指切りげーんまん針千本のーます指きった!
子供のはしゃぐ声を最期に、俺達の手は離れていった。
---------
「……無事に会えたみたい」
サラサラ…と鬼が消えていくのを見届ける。この陸ノ型を実際に初めて鬼に使ってみたが、この型は肆ノ型とは真逆の型だということが分かった。肆ノ型が苦しみながら死ぬ型だとするのなら、陸ノ型は幸せに死ぬ型だ。
どちらも使い時が難しい。でも今回は……使って正解だったみたい。幸せそうに笑顔を浮かべながら涙を流していた鬼の姿を思い出す。
どうやら私も少し、貰い泣きをしてしまったようだ。目に滲んだ涙を指で掬い取る。
よしっ!と気合いを入れ直して頬をパチリと叩く。
「恋柱様の援護に向かわなきゃ!」
どうか無事で────!