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はじまりはここから

それは卒業が目前に迫った頃。
買い物に外に出た私は気分転換にミライドンに乗って特に目的もなく走っていた。
ミライドンは走るのが好きだ。
課外授業の時はパルデアを走り回る事ができたけれど、卒業に向けてアカデミーにいる時間が増えた今はそれができなくて拗ねる事がある。
私も卒業後の就職の事ばかり考えていると頭から煙が出てしまうのでこうやって走るのはお互いにとって良い事なのだ。
「ミライドンお願い」
「ギャオ」
どうせなら高いところから一気に飛ぼう。
気分もスッキリするし、飛ぶのは純粋に楽しい。
道中の結晶洞窟が気になるけれど今は我慢して大穴の近くの山を駆け登る。
かなりの高さまで登ったところでミライドンを止める。
大穴を上から眺める景色はいつ見ても少し怖いけれど綺麗だと思う。
アカデミーの方に向かって飛び降りようと向きを変えた時、視界の端に何かが映った。
「え……」
空を飛ぶ何かが見える。
そのシルエットを私は知っている。
「あの子だよね」
遠くの小さな姿はすぐに見えなくなってしまった。
ミライドンが威嚇するように鳴く。
落ち着くように撫でているとモンスターボールから一匹のポケモンが飛び出した。
「え!ちょっ、危ないよ!サーナイト!」
足場の悪い場所なのにサーナイトはクルクルと回る。
何故か嬉しそうに笑っている。
飛んで行ったもう一匹のミライドンも気になるけれど、とりあえずサーナイトを戻さないと。
こんな高い所から落ちたら怪我じゃすまない。
「サーナイト戻って。お願い」
そう言うとサーナイトは回るのをやめて私と目を合わせる。
そしてゆっくりとお辞儀をした。
私は訳がわからなくてどう反応すれば良いのかわからない。
サーナイトはにこにこと微笑んだままボールに戻っていった。
「どうしたんだろ……」
「アギャ」
ミライドンも首を傾げている。
「とりあえずアカデミーに帰ろうか。帰って……」
帰ってどうしよう。
博士のAIは未来に行ったのに、あの子はこの時代、この世界に残されていたんだ。
もう一度あの場所に行きたくなった。
あの子のことが知りたい。
「先生に相談だね」
不思議そうにこちらを見ているミライドンを撫でて私はアカデミーに戻った。





ジニア先生を探し回って最後に辿り着いたのは校長室だった。
ノックをすると返事があったので失礼しますと言って入室する。
そこにはジニア先生、クラベル校長先生、そしてオモダカさんがいた。
「あ、あのすみません。ジニア先生にお話があったんですけど出直します」
三人の視線が集中してきて私はびびってしまった。
「ジニア先生からポケモン図鑑の進捗状況を聞いていただけですから大丈夫ですよ。どうぞこちらへ」
有無を言わせないオモダカさんの言葉に私は三人の元へ足を進める。
「探させてしまってすみませんねぇ。僕に何か用事ですか?」
私が言おうとしていることはジニア先生だけでなく今ここにいる全員に伝えなくちゃいけないことだったからちょうど良かったのかもしれない。
三人全員を一度に相手する事になるとは思わなかったけれど。
勇気を出して私はその場の全員に向けて言った。
「エリアゼロにもう一度行かせてください」
それまで和かな雰囲気でいた三人が真剣な表情になる。
「まず理由を聞かせて頂けますか?」
クラベル先生に問われて私は正直に話す。
「今日ミライドンと山を登った時に大穴の方向に空を飛ぶポケモンを見ました。もう一匹のミライドンです」
博士が楽園を守るために用意したプログラムが繰り出した凶暴なミライドン。
「あの場所はパラドックスポケモンが外に出ることがないよう厳重に警戒していますが……ミライドンですか」
「空を飛んでいたということは大穴を越えてこちらに来る可能性もありますねぇ」
オモダカさんとジニア先生が考え込む。
「あの、私はミライドンはエリアゼロから出て来ないと思います。たとえそれが可能だったとしても」
「アオイさんはなぜそう思うのですか?」
クラベル先生が穏やかに尋ねてくれたので私はちゃんと自分の考えが伝わるように頑張る。
「エリアゼロは未来から来たポケモン達にとって大事な居場所だからです」
タイムマシンが完全に止まったからあの子達は未来に帰る事ができない。
「外の世界では受け入れられないことをわかっているんだと思います。だからこそ未来のポケモンにとってエリアゼロは最後の居場所で侵入する人間がいたら攻撃的になる」
「では貴方が目撃したミライドンに危険を冒してまで会いに行く必要は無いのでは?」
オモダカさんの言うことはもっともだと思う。
そのままでも良いのかもしれない。
「私は知りたいんです。あのミライドンが本当に自分の意思であの場所にいるのか。博士の作ったプログラムとは関係なく自分で選んだのか知りたいです」
このままじゃなんとなく許可が降りない空気を感じて私は三人に向かってはっきりと声に出す。
「エリアゼロにいるのは未来のポケモンだけじゃありません。私たちが良く知ってるポケモン達も一緒にいました」
パモ達の群れを少し離れたところで眺めていた未来のポケモンを思い出す。
今と未来のポケモンは争うことなくそこにいた。
「きっとあの子達は未来のポケモンを受け入れたんだと思います。パルデアの全域で未来と今のポケモンが共存する事は難しいけれどあの場所だけはそれが叶っている。ミライドンが自分の意思で居場所を守ろうとしているのか知ることができればエリアゼロの見え方も変わると思うんです」
謎の多い危険な場所ではあるけれど。
「離れていても私達と同じパルデアを生きる仲間の住む場所としてもっと大事にしたいと思うから、どうか行かせてください!一人で、とは言いません。もう一度四人で行かせてください!危険なことがあればすぐに戻ります。連絡もします。だから……!」
「貴方達の大穴での活躍はこの場にいる全員が知っています。でも知っているだけに過ぎません。貴方が何を見て何を感じたのかを私は聞く事でしかわかりません。エリアゼロは危険な場所であり、立入禁止区域であることはこれからも変わらないでしょう。ですが貴方の言うことに私は興味があります」
「オモダカさん……」
「貴方が一人で誰にも相談せずにエリアゼロに入り、何食わぬ顔で出てきたのならば私は二度と貴方に自由な行動を許しません。でも、ちゃんと相談し許可をもらいに来た。貴方の慎重な行動は正しい」
「ミライドンの行動は正直僕も気になります。アオイさんのミライドンよりも凶暴と聞いていますし生徒に危険なことはさせたくないんですけどねぇ」
ジニア先生はクラベル先生に視線を向ける。
クラベル先生は少し考えるように間を置いてから私に話す。
「……何かあれば必ず連絡を入れること。何もなくとも観測ユニットごとに連絡をして無事を伝えてください。結果を出すことにこだわらず危険な事からはすぐに逃げるよう約束してください」
「はい、約束します」
「オモダカさん、よろしいですかな」
「ええ、『パルデアの大穴付近で発見されたミライドンの調査』を私からアオイさんに依頼します。パルデアに住むポケモンと人々を想う貴方の心と強さを信じます。ですが、決して無理はしないように。良いですね」
「はい!」
「これはアオイさんが目指している仕事にとても近い事です。ちゃあんと勉強したことを覚えているなら無事に帰ってくる事ができるはずですよ。報告楽しみにしてますねぇ」
今まで「できるよ」と応援してもらって頑張ってきたけれど、これは私が「やりたい」と自分から言い出した事だから本当に頑張りたい。
三人の信頼を裏切るような事は決してしないと私は胸に決めた。





エリアゼロにもう一度付き合って欲しいと三人にお願いすると反応はそれぞれ違ったけれど引き受けてもらえた。
「わー!卒業前にまた冒険できるんだ!あそこのポケモン強かったしまた戦えるとか最高じゃん!」
大はしゃぎで喜んでくれたネモ。
「いやそこまで話決まってて今更断れんし」
呆れた顔で許してくれたボタン。
「あーもう、しょうがねえなあ。……でもちゃんと頼ってくれたのは嬉しいぞ」
そう言って頭を撫でてくれたペパー。
明日は皆でゼロゲートに集合。
体調は万全にしておくんだよ!とネモに言われたので今日は早めに寝ようと思いながら私はエントランスに来ていた。
借りた本を返しておこうと思って。
「えっと……あ、あそこだ」
たくさんの本棚の中から借りた本があった場所を見つける。
空いたスペースに本を戻した時、手を後ろから掴まれた。
「捕まえた」
驚きと混乱で頭がフリーズしそうになるのをなんとか耐えて振り向くと至近距離にすごい美人さんの顔があった。
何故ここにチリさんが。
「こ、こんばんは」
「はい、こんばんは。もう夕飯食べたか?」
面接の時に見たような、いやそれよりも圧のある笑顔で聞かれる。
「はい。あのなんで」
「ほなちょっと顔貸し」
手を掴まれたままエントランスの扉の方に連れて行かれる。
人の少ない時間とはいえ無人ではないので他の生徒がこちらを見てザワザワしているのがわかる。
「ちょうど見つかって良かったわ。まあ見つからんかったら部屋に突撃する予定やったけど」
外に出ると誰もいなかった。
ベンチに二人並んで座る。
色々聞きたいけれどチリさんの雰囲気が怖くて声が出ない。
「明日エリアゼロに行くんやろ」
「はい」
「トップが四天王集めて知らせてくれたわ。パルデアに住むポケモンと人々の為にやら、未来のポケモンがなんたらかんたら色々言うてたけど……それほんまに行かなあかんの?」
チリさんはもう笑っていなかった。
困ったような顔で私の手を握る。
「危ないとこなん知ってるやろ。前に行った時に無事に帰ってきたからって今回もそうとは限らんやん」
「心配して来てくれたんですか」
「せやで。ミライドンがその辺飛んどったってええやん。なんで自分が行くん」
「私が行きたいんです。ミライドンがあの場所でどうしているのかちゃんと確認したいです」
話しながら三人の大人を説得した時には感じなかった恐怖を感じる。
嫌われたくない。
心の底からやりたい事だから大人達を説得してわかってもらった。
きっとそんなに間違った事をしようとしているわけじゃない。
間違っていたなら大人達が止めたはずだから。
ただ危ないからとても心配してもらっている。
でもそんな私はチリさんの目にはどう映っているんだろう。
わがまま?
自分勝手?
貴方に嫌われるは嫌。
繋いでいた手が離れていく。
手が一気に冷える。
「チリさ……」
何か言おうと顔を上げた時、チリさんの両腕が私の体を包んで強く抱きしめられた。
「チリちゃんの知らんとこ行かんとって。ずっとチリちゃんの隣で笑っとって」
初めて聞く弱々しい声。
私はチリさんの背中に手を回す。
「危ないことしようとして……ごめんなさい」
大好きな貴方にこんなに心配かけて。
ずっと貴方の側に行きたくて、その場所を目指して頑張っていたのに。
どこにも行きません、と今答えることができない。
チリさんの声が近くて耳が熱くなる。
「ほんまやで。めちゃ心配しとんのに。……でも行くんやろ。正直わからん。何がそこまでアオイを動かすんか全然わからん」
抱きしめたまま頭を撫でられる。
その手の温かさに泣きそうになる。
側にいて、と望まれることがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。
大好きすぎて苦しい。
「トップが安全第一に指示出しとるのも知っとるけど、それでも怖いねん。アオイが危ないところに行くのほんま嫌や。せやから、チリちゃんにも連絡してくれる?」
「します。絶対します。いっぱいします」
「約束やで。チリちゃんの返事待たんでええ。じゃんじゃん送ってくるんやで」
「じゃんじゃんいっぱい送ります」
チリさんの体が少し離れて顔を覗き込まれる。
困ったように笑いながら頬を撫でる手はとても優しい。
「元気な顔で帰ってくるんやで」
首を何度も縦に振る。
「目閉じて」
言われた通りに目を閉じる。
前髪を掻き上げられたとわかったすぐ後に額に柔らかくてあったかいものが触れた。
目を開いた時にはチリさんの顔は離れていたけれど今触れたのは、きっと。
「ちゃんとチリちゃんのところに帰ってこれるようにおまじないな」
もう外は暗くて少し冷えるはずなのに頬が熱い。
「アオイ」
チリさんが立てた小指を目の前に差し出してくる。
私は自分の小指を絡めた。
「約束。今日チリちゃんが言った事全部守る約束な」
ゆびきりげんまんと揺れる指を見てると嬉しくて私ははっきりと返事をした。
「約束絶対守ります!」
部屋まで送りたいけど目立つしな、とチリさんはアカデミーの入り口まで送ってくれた。
約束忘れたらあかんで、と最後に言って帰っていく背中を私は見えなくなるまで眺めていた。





「またにやけた顔でスマホ触っとる」
ボタンの声に私は慌ててスマホをしまう。
「大丈夫ですよって連絡を、ほら!」
「観測ユニットごとにって聞いてたけど」
笑って誤魔化そうとするけれど多分ボタンはわかっている。
「心配性」
ぼそっと呟く言葉にそれが嬉しいんだよと短く返して私達は奥に進む。
四人で進む道のりは予想以上に穏やかだった。
以前訪れた時は多くのパラドックスポケモンが襲いかかってきて大変だった。
今回の調査ではあまり襲ってこない。
中には好戦的なポケモンはいるけれど地上と変わらない程度。
ほとんどのポケモンは私たちの事を気にしていない。
第四観測ユニットまで怪我もなく来れてしまった。
ミライドンがどこにいるのかわからないから前に起動したワープは使えず地道に歩いてきた。
観測ユニットで休憩をしてから周辺を調べようと決めて、ペパーが作ってくれたサンドウィッチを皆で食べることになった。
「ペパーお兄さんの特製サンドウィッチ味わってくれよな!」
「やったー!ほらほらパーモットとハリテヤマっぽい君も一緒に食べよ!」
ネモの声に仲良く組み手のような事をしていた二匹が反応する。
「仲良くなったね」
私は二匹が並んでいるのを見て気が合うのかなと思った。

第一観測ユニットでネモのパーモットが飛び出した。
慌てて追いかけると一匹のポケモンと一緒にいた。
大きな手のひらがパーモットの素早い拳をバシバシ受け止めていた。
「え、これどういう事?バトル?」
流石のネモも混乱した。
「なんかボクサーのトレーニングっぽい」
ボタンが言ったことがしっくりくる。
野性のポケモンバトルではなくただ二匹は楽しそうに戯れあっているだけに見えた。
「うーん……まあいっか。君も強くなろう!」
ネモも熱くなっていけ!そこだ!と応援する。
私たちが観測ユニットの周りを調べ終わるまでそれは続いていた。
次の観測ユニット移動する時にはハリテヤマのようなポケモンはパーモットを頭に乗せてネモについて来た。
そして私たちが立ち止まって色々調べるたびに二匹は仲良く打ち合っていた。

「外に出せんのに仲良くなってどうするん」
ベッドに腰掛けてサンドウィッチを食べるボタンの隣にはデリバートのようなポケモンがいた。
並んでサンドウィッチを食べる姿が見ていて微笑ましい。
この子に出会ったのは第二観測ユニットから移動してる時。
私達の目の前に飛び出してきた。
前に来た時に驚かされたボタンはそのポケモンを見てネモの後ろに隠れた。
こちらに襲いかかってくる様子はなかったので私達は静かに通り過ぎることにした。
だけどその子は最後尾にいたボタンの後ろをとてとて追いかけてきた。
「なんで!?」
ボタンが怯えるので私達それぞれで声をかけてみた。
こっちにおいで、と言っても知らんぷり。
ボタンの側から離れない。
「う、うちはブイブイがおるから……」
そう言いつつもボタンはチラチラとポケモンを見る。
ぱっと見はボタン好みの可愛いポケモンなのだ。
前に来た時に知った事だがバトルの時の動きが少し怖い。
つまりただついて来るだけの姿はボタン的にアリなんだろう。
なんだかんだ一緒にここまで来てしまった。

調査が長引くことも予想していたのかペパーが事前に作って持ち込んだサンドウィッチはかなり多い。
お腹いっぱいになっちゃったなと思いながら眺めていると観測ユニットの扉が開いた。
全員がモンスターボールを構える。
器用に扉を開けて入って来たポケモンはバンギラスのような見た目をしていた。
ずしずしと歩いて来たポケモンはサンドウィッチが置かれているテーブルの前で止まった。
「な、なんだ?」
サンドウィッチをじーっと眺めたそのポケモンはペパーに向かってガゥと鳴いた。
「もしかしてサンドウィッチ食べたいんじゃない?」
ネモがそう言うとガゥガゥとポケモンが鳴く。
まるで待てをしているかのようにポケモンは動かない。
勝手に食べない姿に我慢できる良い子だなと思った。
「ペパー」
食べさせてあげようよ、という気持ちを込めて声をかける。
「あー、まあ良いけどさ。好き嫌いは受け付けないぞ」
そう言ってペパーはサンドウィッチを一つポケモンに渡す。
受け取ったポケモンは嬉しそうにサンドウィッチを食べ始めた。
「ここの子達って結構感情豊かだよね」
ニコニコと食べる姿にこっちも嬉しくなる。
前に来た時は未来のポケモンに感情が読めない怖い印象があった。
でも違う。
ちゃんと嬉しい時は笑っている。
ボタンの隣でうとうとしているポケモン。
食事が終わってパーモットと打ち合っているポケモン。
この光景を表す言葉があった気がする。
なんて言うんだっけと考えていると、モンスターボールからサーナイトが飛び出した。
「え、サーナイト?」
前にもこんなことがあった。
大穴の付近を飛ぶミライドンを見つけた時と同じだ。
突然の事に他の三人も驚いている。
サーナイトは気にせずその場でくるりくるりと回ってからユニットを飛び出した。
「待って!危ないから!」
追いかけようとした時、外からポケモンの大きな鳴き声が聞こえた。
その鳴き声を私は良く知っている。
毎日一緒にいる仲間と同じ鳴き声。
「ミライドン!」
私は皆に向かって言った。
「ミライドンが近くにいる!お願い一緒に来て!」
三人が立ち上がると三匹のパラドックスポケモン達も一緒に動き出した。
外に出るとサーナイトの正面にもう一匹のミライドンがいた。
「ミライドン!サーナイトを守って!」
私はボールからミライドンを出して先に行ってもらう。
あちらもこちらに気づいて攻撃をしてくる。
色々因縁があるせいか、あちらのミライドンはまっすぐ私のミライドンに向かってくる。
ミライドンに避けるよう指示を出す。
「アオイ!めっちゃあいつ暴れてる!どうするん!」
「なんか前より怒ってない!?」
「捕まえてみる」
「できんのかよ!?」
ペパーが心配そうに言うので私は大丈夫と頷いた。
「向こうは縄張りを守ろうとしてるんだと思う。だから一度捕まえて落ち着いてもらうよ」
だから一対一で挑む。
私のミライドンで。
「本当に危ない時は助けてね」
三人にそう言って私はミライドンの方に走った。
もう一匹のミライドンの向こうにはたくさんのポケモンがいる。
今と未来のポケモン達が一緒に群れのように集まってこちらを見ている。
大丈夫。
壊したりしない。
その事をあちらのポケモンに伝えたい。
バトルフォルムに変わった私の、私だけのミライドンはもうかつてのいじめっ子に怯えていない。
「もう一度勝つよ!ミライドン!」





三人とたくさんのポケモンに見守られて私はミライドンを捕獲した。
激しく揺れていたボールが止まったのを確認して拾う。
「これどうするん……?」
「待ってボタンそれよりも!」
ネモの声に周りを見るとたくさんのポケモンが集まっているのに気づく。
「なんか怒ってないか?」
明らかな敵意を感じる。
ジリジリと囲んでくるポケモンの中からサーナイト、いやエルレイドのどちらにも似たポケモンが前に出てくる。
このままではいけないと私はボールからミライドンを出す。
「アギャァス!」
「ギャア!」
二匹のミライドンが睨み合う。
私は私のミライドンを撫でながらもう一匹のミライドンに声をかける。
「無理矢理捕まえてごめんね」
プイッとそっぽむかれてしまった。
「これはなつき度ゼロ」
ぼそっとボタンが言う。
ミライドンの周りにライチュウやワタッコなど今の時代のポケモンが集まる。
心配しているように見える。
「ここの奴らと仲良くなってたんだな」
「うん、ここはもうミライドンの縄張りなんだと思う。守っているのはタイムマシンじゃなくてこの場所」
ネモが嬉しそうに笑う。
「みんな仲良し!これってさ、フトゥー博士が言ってた楽園じゃない?」
ペパーとボタンがあ、と言う顔になる。
私がさっき思い出そうとしていた言葉だ。
「小さな楽園が完成してたんだね」
私がそう言うと勝手に飛び出していたサーナイトが嬉しそうにくるくる周りだす。
「一度捕まえちゃったけれど無理に外に連れ出したりしないよ。君にとって一番大事な場所はここだよね」
「ギャオ」
そっと手を伸ばして撫でると嫌がられなかった。
「博士のAIも遠くに行って、未来に帰れなくなった君が居場所を見つけたのか知りたくてここに来たんだ。守れと命令されているんじゃなくて、自分の意思で守りたい場所がこのエリアゼロならここで幸せに過ごして欲しい。私はその場所を荒らしたりしないし、一緒に守らせて欲しいな」
「友達いじめたらあかんよ」
「悪い奴が来たらみんなを守るんだよ!君強いんだからさ!」
ネモにバシバシと叩かれるミライドンを見てつい笑ってしまった。
「ペパー」
「なんだよ」
「私、この場所好きだよ」
「俺も、嫌いじゃねえ。父ちゃんが夢見た楽園に比べたらちっさいし、外にも出れねえけど楽園だ」
「謎が多くて安全とはいえない。ポケモン達も私達に対しては大丈夫でも他の人間には凶暴になるかもしれない。でもね、同じパルデアに住んでいるんだもん。お互い傷つけ合うことなく暮らしていけたら良いよね」
「だから研究の道に進むのかよ」
「それだけじゃないけどね。ほら、私ってポケモン大好きだから」
「怪我すんなよ」
「うん」
「今回みたいに皆を頼れよ。一人ぼっちになるな」
「うん」
私の頭をペパーが優しく撫でてくれた。
「今回の冒険も大成功だよね!トップに楽園見つけました!って報告できる!」
「言っても信じてもらえるん?」
「多分大丈夫だよ」
そう言って笑うとネモが顔を覗き込んでくる。
「お、何かいい作戦があるの?」
「内緒」
「えー教えてよー」
「おいそれよりこいつらどうするんだよ」
第一観測ユニットまで戻った私達の後ろに四匹のパラドックスポケモンがついて来ていた。
「外に出すわけにいかんし」
ボタンはそう言いながら寂しそうだ。
「また会いに来ちゃダメかな」
ネモのパーモットは仲良くなったポケモンの頭の上に乗ったままだ。
ペパーについてきたポケモンも懐いてるのがわかる。
私も困っていた。
サーナイトが自分に似たポケモンから離れない。
「ねえサーナイト、どうしてボールから出ちゃったの?」
サーナイトが私の手を取る。
「え……」
くらっとして目を閉じると頭の中に眩しい光景が広がった。
私達がいる第一観測ユニットと同じ景色。
ピクニックのテーブルが見える。
美味しそうなサンドウィッチが並んでいる。
ぼんやり見える人間は私達だ。
私達のポケモンと仲良く遊んでいるパラドックスポケモン。
今と未来が共存する楽園。
サーナイトはついさっき初めて会ったはずの自分と良く似たポケモンの手と繋いでくるくると回っている。
二匹とも満面の笑顔で。
「アオイ!大丈夫!?」
ネモの声で私は目を開く。
「サーナイトと手繋いだまま固まっててびっくりした……」
「あ、うん……大丈夫」
今見えた光景はなんだったんだろう。
皆に説明するとボタンがポツリと言った。
「未来予知」
「二ターン後に攻撃する?」
ネモの言葉に首を振る。
「いやそっちと違う。サーナイトは未来を予知するって本で読んだことある。もしかしたらアオイに見せたんはサーナイトが予知した未来なのかも」
「そうなの?」
サーナイトはニコニコしている。
するとサーナイトの隣いるよく似たポケモンが私に向かってゆっくりとお辞儀をした。
サーナイトも同じポーズをとって笑っている。
空を飛ぶミライドンを見つけた時に見たお辞儀と同じだった。
「もしかしてさ、未来の友達に会えるってわかってたんじゃない?」
ネモの言葉に私も頷く。
いつからその未来を知っていたのかわからないけれど、もう一匹のミライドンを見つけた時に嬉しそうにしていた。
二度目のエリアゼロで真っ先にミライドンに気づいて飛び出したのもそういう事なのかもって思う。
「じゃあ、またそのうちここに俺ら来るんだろ」
「いつかまた皆で遊べるんだね」
「そんな簡単に許可降りんと思うけど」
ここで出会ったポケモン達を見つめる三人の顔は嬉しそうだった。
「この子達の自由を守りつつ、この場所がもっと安全になると良いよね」
先の未来が待ちきれない私達は日が沈むまで未来のポケモン達と過ごした。





「というわけで、ミライドンは捕獲しましたけれど連れて帰りませんでした」
アカデミーに戻った私は校長室に向かった。
調査完了の連絡は先に入れていたのでクラベル先生とオモダカさんはお茶を飲みながら待ってくれていた。
そして戻った私に穏やかにおかえりなさいと言ってくれた。
「ミライドンに何か困ったことがあったり、大穴に迷い込んだ人間がいたら教えて欲しいことは伝えました。なので何かあったら飛んできてくれるかもしれません。」
一応、もう一匹のミライドンのトレーナーなので。
多分ボールに戻ることはない気がするけれど。
「あとミライドンの調査で見つけたものがこれなのですが……」
そう言って私はスマホロトムを机の上に置いて二人に画面が見えるようにする。
私がこっそり撮った調査結果。

パーモットと組み手をする未来のポケモンとそれを応援するネモ。
木陰で一緒に眠るボタンと未来のポケモン。
マフィティフと一緒に並んでサンドウィッチを食べる未来のポケモン。

「パルデアの大穴にはフトゥー博士が夢見た未来のポケモンと今のポケモンが共存できる小さな楽園がありました。ミライドンはその場所を守ろうとしていることがわかりました。私の調査でわかったことは以上です」
「アオイさんはその楽園をこれからどうしたいと思いますか?」
クラベル先生の問いに私は正直に答えた。
「楽園が荒らされないように私にできる事を見つけたいです。楽園を守るために外からの侵入にポケモン達は凶暴になることがあると思います。特に未来に帰れないパラドックスポケモン達にとっては唯一の居場所だからです。その事を私たちが理解してポケモン達の居場所を守りながらエリアゼロの謎の多い部分を調査できたら良いなと思います」
パチパチとオモダカさんが拍手をしてくれた。
「調査お疲れ様でした。そして見事な発見をしてくれましたね。世に公開することはできませんが貴方はパルデアの大穴の中にある宝を一つ見つけ、怪我もなく無事に帰ってきてくれました。貴方という職員がアカデミーで働いてくれる事を私はとても嬉しく思います」
オモダカさんの最後の言葉に私は驚いた。
「おや、よろしいのですかな。彼女の職員としての採用テストは卒業後に行う事になっていたはずですよ」
私の思っていることをクラベル先生が尋ねてくれた。
「ええ、三日間ほど私の考えたテストとバトルを頑張って頂こうと思っていました」
想像以上にきついテストだった。
ですが、とオモダカさんは笑顔で言う。
「彼女の今日までの努力を知るには十分でしょう。危険な場所に無謀に挑まず、信頼できる仲間と共に協力し、お互いをわかり合うための強さをミライドンに示しました。その結果、大穴のポケモン達の信頼を得たと私は理解しました」
オモダカさんは皆の写真を表示しているスマホを優しく撫でた。
「ポケモンは不思議な生き物です。まだまだわからない事も多い。それを知ろう努力し続ける事こそパルデアで人とポケモンが仲良く共存していく為に必要な事なのです。アオイさん、ポケモンは好きですか?」
「大好きです!」
即答で答えた私に先生達が笑う。
「クラベル先生、卒業後の彼女をよろしくお願いします。彼女は将来を自由に選べる中でこの場所を選んでくれたのですから」
「ええ、もちろん。アオイさん、卒業後は同じアカデミーで働く者として良い関係を築いていきましょうね」
「ありがとうございます!」
私は二人に頭を下げた。





校長室を出た後、私は早足でエントランスに向かう。
ジニア先生にも報告とか、内定した事を友達に報告とか申し訳ないけど後回しだ。
エントランスの扉を開けて私はミライドンに乗った。
「ごめんね、今日はあとちょっと頑張ってね」
「ギャオ」
目的地はポケモンリーグ。
私はもう一匹のミライドンに居場所があるのか知りたかった。
エリアゼロのあの美しくもどこか寂しい世界がミライドンにとってどういうものなのか。
ミライドンは未来のポケモン。
だけどもう帰る事はできなくて、新しい世界に居場所を見つけているのかな?
空を飛ぶミライドンを見て疑問に思ったのでエリアゼロに向かった。
ちゃんと見つけていた。
大切な場所、一人ぼっちじゃない守るべき場所。
あの小さな楽園を見て私の中でずっと育っていた感情が溢れ出した。
大好きな人と一緒にいたい。
私の一番の場所、ずっといたい場所はあなたの側ですって伝えたい。
もう我慢できない。
リーグの入り口に着く。
ミライドンから降り、ありがとうと言ってボールに戻す。
施設に入ると職員がこちらに気づく。
「おや、チャンピオンのアオイさんでは」
「すみません!チリさんは面接中ですか?」
「い、いえ。本日の面接はもう終わりました。まだ仕事が残っているようですが」
その言葉を聞いて私は面接室に向かって走る。
チリさんと一緒に歩くスタートラインに立つために今日まで頑張ってきた。
まだ卒業していない。まだ子ども。
あと少しの我慢を、と自分の中から声がするけれどもう無理。
私は面接室の扉を開いた。
部屋の中に眼鏡をかけたチリさんがいた。
パソコンから顔を上げてこちらを見て驚いている。
「アオイ!帰ってきたんか!メッセージ見てたけどほんまに怪我してないか?」
笑顔で立ち上がり私の前に駆け寄ってくる。
私も乱れた呼吸を整えながらチリさんに近寄る。
「アオイ、大丈夫か?」
私はチリさんに思いっきり抱きついて言った。
「チリさんの事が大好きです!」
はっきりと本当の気持ちを告白した。
けれど待っていても何も返ってこない。
泣きそうになるのを我慢しようとしたけれどだめだった。
ボロボロと涙を溢しながらチリさんの顔を見ると困ったような顔をしている。
「わ、私!チリさんの事がずっとずっと大好きで、それを伝えたくて勉強とかお料理頑張って、お仕事決まったら言うって決めて……」
子どもみたいに泣いてしまう。
やっぱりまだ子どもだった。
もうめちゃくちゃだ。
もっとちゃんと言うつもりだったのに。
一緒にいたくて頑張って来たのに最後にこんなみっともない顔見せるなんて。
「なあ、アオイ」
俯いた私の頭上からチリさんの声がする。
怖くて顔を上げずにいると頬に手が添えられ上を向かされた。
「チリちゃんのこと大好きなん?」
「大好き」
「それはどんな好き?ポケモンは好きですかの答えと一緒?」
「違う……チリさんだけ特別の一番大好き」
「アオイが大穴行く前にチリちゃんとした約束覚えとる?」
「えっと、連絡いっぱいする」
「せやな、なんかようわからんポケモンと遊んどる写真送ってきたな。今ここ、今ここってちゃんと送って来て偉かったで。んで、約束それだけか?」
「……元気な顔で帰ってくる」
「今めちゃくちゃ泣いとるけど五体満足、怪我無しって事で元気にしといたるわ。で?チリちゃんお願いしたんそれだけやったか?」
チリさんのお願い。
あの日言われた言葉。
「アオイさん、以上ですか?」
眼鏡をかけたままのチリさんが面接の口調で問いかけてくる。
合格しなきゃ。
「知らない所に行かない、ずっと隣で笑って、って」
それも約束だったと思って良いんだよね?
チリさんは目を閉じた。
あの面接の最後の質問に答えた時のように。
何も言ってくれない。
質疑応答で止まっていた涙がまた溢れる。
チリさんが私の顔から手を離す。
「なあ、チリちゃんのことほんまに大好き?」
私は泣きながら答えた。
「一番っ、世界で一番大好き!」
それを聞いて目を開いたチリさんが笑った。
合格?不合格?
わからないまま泣いていると抱き締められた。
「チリちゃんも世界で一番アオイが大好きや」
涙が止まらない。
触れている体があったかい。
ずっとこの場所が欲しかった。
「あの日どれだけチリちゃんがアオイを引き止めたかったか知ってるか?凶暴なポケモンに襲われて帰ってこんかったらどないしよって夜寝られへんかったわ。でも……約束守って帰ってきてくれたな。ありがとう」
ひっくひっくと泣きすぎてちゃんと答えられない。
そんな私の顔を抱きしめる腕を緩めて覗き込む。
「ああもう泣き過ぎやで。目溶けるで」
「だ、だって」
私はその場にへたり込んでしまう。
チリさんも床に座って頭を撫でてくれる。
「ほんまに無事に帰ってきてるんやろかって頭いっぱいやったところにいきなり大好き言われたら誰でも固まるわ。ずっと前から仕事決まったら告白するって決めてたん?」
頷いて答える。
「でもまだ卒業してへんやん。テストあるんちゃうん?」
「オモダカさんが、ちゃんと調査できたからアカデミーで働いても良いって。大穴のミライドン達にもちゃんと大切な居場所があって、それ見たら私もチリさんと一緒にいたいって気持ち止まらなくなったの」
「そんなにチリちゃんと一緒におりたい?」
「毎日おはようとおやすみ言いたい。ずっとそれが私の夢で、目標で、スタート地点だったんです」
「ゴールやなくて?」
私は首を振る。
「スタート。その為なら勉強もバトルも、なんだって頑張れた。私……一生チリさんを幸せにします」
チリさんと一緒に生きていきたくて、スタート地点に立ちたくて今日までいっぱい頑張ったんだから。
勇気を出して言うとチリさんが下を向いてしまった。
「あーーーー」
「チリさん?」
「もうなんやのこの子。急に危ない調査に行く言い出したかと思ったら、就職決まっとるし。帰ってきていきなり告白とプロポーズまでしてきた」
「ぷろぽーず?」
「一生チリちゃんと一緒におって幸せにしてくれるんやろ」
こくん、と頷く。もちろん。
「言われっぱなしやん。もうちょっとチリちゃんにもかっこよく決めさせてぇな」
「いつもかっこよくて大好き」
「あー!」
またチリさんが叫ぶ。
そういえば仕事場にいきなり突入してしまったけれど職員さんは心配してないだろうか。
「確認やけどアオイ今いくつやった?」
「十七です。五月で十八になりますけど」
「卒業式は?」
「三月」
「今何月やったっけ?」
「二月です」
「なんもかんも微妙に遠い……」
涙がちゃんと止まって落ち着いた私はチリさんの手を握る。
「私、チリさんの隣にずっといて良いですか?」
チリさんが顔を上げる。
「内緒にしてたこと教えたろか」
「はい?」
「ずっっとアオイが大人になるん待ってた。それまで離れていかんように頑張ってたんやで」
私の知らないところでチリさんも頑張っていたらしい。
離れていかないようにってなんだろう。
私はずっと好きで離れるわけないのに。
「約束ちゃんと守ってな。ずっと隣で笑っとって。アオイの笑顔が大好きやねん。毎日見たい」
その言葉にふにゃっと顔が緩んでしまう。
「はい」
返事をするとチリさんが頭を撫でてくれた。
とても気持ち良い。
「……なあ、アオイはチリちゃんとちゅーとかしたい?」
ちゅー?
キスの事か。
「したいです。チリさんにだけですよ?」
十七……と小さな声が聞こえた後、チリさんが横を向いた。
「ほなして。ほっぺたに」
「え、私からですか?」
それはちょっと恥ずかしい。
「だって未成年やろ。手を出すわけにはいかんけどそっちからしてくれるならセーフな気がする」
恥ずかしくて動けずにいると握っているチリさんの手に力がこもった。
「今のうちにいっぱい頑張ってくれたらアオイが本当に大人になった時にチリちゃんがめっちゃ可愛がったる」
「めっちゃ?」
「めっちゃ」
それは気になるし楽しみだ。
目標に向かって頑張るのも良い。
今までだってそうして来た。
私はずりずりとチリさんに近寄って頬に狙いを定める。
頬のあの辺りが良いな。
目を閉じてちゅ、と頬に口付けてすぐ離れる。
やっぱりちょっと恥ずかしかった。
「アオイ」
「はい」
こちらを向いたチリさんは私の頭をわしゃわしゃと激しくかき混ぜた。
「何ちょっと唇ギリギリのとこ狙っとんねん!わざとか!」
「わあん!だって!」
好きな人とキスをしたいってずっと前から思っていたんだもん。
チリさんの指が頭から移動して私の唇をふにっと押す。
「ここは大人になってから!わかったか?」
「はーい」
後ろからドアをノックする音が聞こえて体がビクッと跳ねる。
「なんやー」
「チリさん。トップから伝言です。『信じていますよ』との事です?」
意味がわからないままそのまま伝えているのがこちらにはわかる。
「あーわかった。こっちで意味通じとるからあんま気にせんといて。そろそろ帰るんちゃうん?」
「はい、お先に失礼します」
「お疲れさん」
スタッフさんの足音が遠ざかっていく。
「トップがちゃんとアカデミーに帰すよう言うてるわ」
「え、そんな意味があったんですか」
「いやあの一言にいっぱいこもっとるけど要は正しく大人として行動せえって事や」
先に立ち上がったチリさんに手を引かれて私も立ち上がる。
「あれ?」
「どした」
「チリさんからキスできないって言われたけど……昨日のおまじない」
「おまじないや。手を出したんちゃう」
そういうものなのかな。
そんなことを考えているとチリさんが目を逸らして尋ねてきた。
「ほんまにチリちゃんでええん?」
その言葉にむぅとした私はもう一度頬に口付けた。
「私のチリさんですし、チリさんの私になったんですよ。やっぱり無しとか受け付けません」
「チリちゃんのアオイになってくれるん?」
「チリさんだけのアオイです」
それを聞いたチリさんは私を強く抱き締めてから「十七……」と呟いた。




アカデミーの前まで送ってくれたチリさんが「今度の休みデートしよか」と誘ってくれた。
ぶんぶんと首を振って頷く私を軽く抱き締めてから帰っていった。
抱き締められた時に頭にあたたかい何かが触れた気がするけれど、きっと今は気のせい。

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