はじまりはここから
そういえば最近会えていない。
学生と社会人。そう頻繁に会えないのはわかっているのだけど。
アオイは次のテストの日をスケジュールアプリに入力しながら前に会ったのはいつだったかと考える。
直近の学校最強大会が終わった後だ。
最後の相手はまさかのオモダカさんだった。
ネモや校長先生とのバトルとはまた違った緊張感。
『貴方の力どれほど研鑽されたか見せてください』
そんな風に言われるとキュッと緊張してしまう。
でも負けたくない。
前に戦った時よりもっと強くなったことを知って欲しい。
全力のバトルで私はオモダカさんに勝つことができた。
か、勝てたー……と力が抜けた顔になりそうなのをグッと堪える。
二年生になってチャンピオンとして周りに見られていることもわかってきた。
オモダカさんと一緒に応援してくれた人達に笑顔を向ける。
その時に見つけた。
アカデミーの生徒やシティの人たちの向こうで拍手をしてくれている彼女の姿を。
すぐに駆け寄りたいと思ったけれどまだやる事がある。
この後アカデミーで賞品を受け取らないといけない。
取りに行かずにいたら放送をかけられてしまう。
すでに忘れてしまって呼び出しを食らったことがある。
あの時は少し恥ずかしかった。
でも賞品を取りに行ってる間に帰ってしまったら寂しい。
お仕事の合間に見に来てくれたのだろう。
もう帰ってしまうのかな。
少し待っててください、とここから叫ぶわけにはいかないけれど。
勝者の笑顔も忘れてしまった私の隣にいるオモダカさんが一言。
「むにゃり」
「え……はい?」
オモダカさんが発した言葉の意味がわからなくて隣を見る。
むにゃりって何?ポケモンの鳴き声?
「以前、チリが言っていたのですよ。むにゃりとした顔の貴方は面白いと」
「チリさんが」
「ええ。『言いたいことがあるけれど言えない時に口元がむにゃっとするんや。それがおもろいんや』と。私は今初めて見ましたが確かに面白い」
チリさんどうしてそんな話をオモダカさんにしたんですか。
確かに彼女に何度か言われたことはあるけれど。
気持ちをうまく表す言葉が出てこなくて口がむずむずする。
変な顔をオモダカさんに見せてしまったと落ち込む。
「なるほど。それを指摘された時の『へにゃり』が今の表情なのですね」
チリさんの中で私はどれだけむにゃったりヘにゃったりしているんだろう。
というか、なんでそんな話してるんですか。
「あの、えっと」
「チャンピオンアオイ、今回の優勝賞品は広場の向こうでお受け取りください。噴水の近くで待っているそうですよ」
オモダカさんの視線を追うとさっきまでいたチリさんの姿がない。
噴水の近く……?
「早く行かないと溶けてしまうかもしれませんね」
「……あ」
やっとオモダカさんの言っている意味がわかった。
「わかりました!行ってきます!」
と、駆け出そうとしてオモダカさんに振り返って頭を下げる。
「オモダカさん!大会に来て下さって本当にありがとうございます。今日のバトルすごく楽しかったです」
「ええ、私も。貴方は会うたびに輝きを増す。次に会う時を私も楽しみしていますよ。更なる成長を期待しています」
少しプレッシャーだけど、期待をしてもらえるのはやっぱり嬉しい。
ネモや先生達と同じで少しだけ背中を押してもらってるんだ。
貴方はできますよ、と。
おかげで私は前に進める。
握手をしてもう一度頭を下げて、私は広場の向こうに走る。
「今日までチリも『むにゃり』としていました。同じことを考えているからその顔になるんでしょうか」
噴水の周りにシティの人たちが座っている。
ミツハニーをつついているチリさんを見つけた。
「チリさん!」
「お疲れさん。ここのミツハニーは人懐こいなあ」
「この辺りのお客さんが甘いもの分けてくれるからだと思いますよ」
「そやなあ。ここは甘いもんあるもんなあ」
チリさんが手を差し出してくるのでとりあえずお手のように自分の手を置いてみる。
そのまま指を絡めて手を繋いで歩き出す。
すぐ近くのアイス屋さんの前に立って店員さんに声をかける。
「アイスちょーだいな」
「いらっしゃいませ。お好きな味をお選びください」
「TERIYAKIアイスとコジオソルトアイス」
私が支払いのためにスマホロトムを取り出そうとすると上から手を押さえられてしまった。
「どこに優勝賞品に金払うチャンピオンがおるねん。それよりアイスちゃんと受け取りや」
店員さんからアイスを受け取るとチリさんが支払いを済ませてしまった。
「座るん噴水のとこでええ?」
「は、はい」
片手にチリさん、片手にコジオソルトアイス。
何これすごく嬉しい。
「ありがとうございます」
食べる前にチリさんにお礼を言う。
あれ、手繋いだままだけど良いのかな。
アイスは片手でも食べられるけれど。
「今日の学校最強大会の景品や。まだ食べたことなかったんやろ?ほら早よ食べて感想聞かせて」
言われて私は恐る恐るアイスを舐める。
口の中が冷たさにびっくりししたからもう一口ちゃんと食べる。
「あまい……甘いのにしょっぱいです!しょっぱ、あま!塩の味!」
「自分に食レポは無理やな」
アイスに塩ってどういうことだろうとずっと思ってた。
甘いのにしょっぱいのが合ってる。不思議と甘いだけのアイスより甘く感じる。コジオすごい。
チリさんを見るとTERIYAKIアイスに齧り付いていた。
「美味しいですか?」
「甘辛が微妙にクセになるんや。食べてみるか?」
目の前に差し出されたアイスをちょっと舐める。
口の中でテリヤキのソースと甘いアイスが混ざって。
「あまい……いや甘辛、甘いけど甘いだけじゃないです。コジオソルトよりこってりな!」
「ほんま食レポ向かんな。もう一口くらい食べとき。チリちゃんとっとと食べてまうで」
お言葉に甘えてもう一口もらう。
テリヤキとアイスって合うんだ。こってりソースだけどアイスがさっぱりして良いバランス。
「普通のアイスもええんやけどな。甘いだけやないんがやっぱりええわ」
「ハマっちゃいそうですね」
にぎ、と二人の間で繋がれていた手に少し力込めてみたらチリさんからも同じ力で返ってきた。
にぎ、にぎ。
にぎにぎ、にぎにぎ。
アイスを食べるのに集中しながら手で会話してるみたい。
何度も握ったり、少し時間を置いてからびっくりさせるように力を入れてみたり。
全部同じにして返してくれるから楽しい。
噴水の周りを飛ぶミツハニーの可愛さに癒されながら食べるアイスはすごく美味しい。
でも優勝賞品は美味しいアイスだけじゃないなあ。
「アオイ」
いつの間にかチリさんはアイスを食べ終わっていた。
「ん」
こちらに口を開けて顔を寄せてくるので私は持っていたアイスを差し出す。
食べかけのアイスをコーンごと齧られてしまった。
「すみません。もらったのにお返ししてなくて」
唇についたアイスをペロリを舐めてからチリさんは空いてる手で頭を撫でてくれた。
「んーええよ。初めてやし全部食べたらええって思てたし。でもなんかアオイが食べてるん見てたら美味しそうやなーって」
「本当美味しいです」
多分幸せでゆるゆるの顔になってるんだろうなと思いながら残りのアイスを食べる。
そんな私を見ながらチリさんが手をにぎにぎしてくる。
私も同じように返す。
私が食べ終わるまで何も言わずお互いに手を握り返して遊んでいた。
「ごちそうさまでした。美味しかったぁ」
「やっと食べれたなあ」
「覚えててくれたんですね」
「だってまさかなあ、チャンピオンが二年生にもなって今までテーブルシティのアイス食べてことありませんて。しかも高いて」
「高いって思ったのはここにきてすぐの時って言ったじゃないですか」
そう。アカデミーに入学してしばらくすると課外授業が始まった。
自分のお小遣いで買い物も自由にして良いのだが数百円でもやりくりが大変な時期だった。
まずモンスターボールときずぐすり、たまに強いポケモンがいるからお守りのピッピ人形。
更にサンドウィッチの材料。
その辺りを買っているとアイスを食べる余裕なんてなかった。
お店の食べ物は高い、と理解した私は気がつくとパルデアで外食を全くしていなかったのだ。
ピクニックで食べるサンドウィッチはポケモン達と食べることができて楽しかったし、課外授業中でもアカデミーに帰れば学食が食べられる。
それで満足していたのだけどたまたま出店のアイス屋さんが言ってるのが聞こえたのだ。
『コジオソルトアイス美味しいですよー』
寮に戻った私は少し悩んでからスマホロトムでチリさんにメッセージを送った。
『コジオソルトアイスって美味しいですか?アカデミーの近くで見かけたんですけど』
『食べてみたらええんちゃうん?』
『お高いアイスをいきなり買うのはちょっと勇気がなくてですね。食べたことあるなら教えて欲しいです』
『お高いって。自分チャンピオンになってどんだけ賞金もろたか忘れたんか?もう使ってもたんか』
『ちゃんと生活とポケモンの為に使ってますよー。でも一年の時に高いなって思った印象が抜けなくて』
『んーチリちゃんからは教えたられへんなあ』
『(T ^ T) じゃあ今度勇気だして買ってみます』
『あかんで』
『なぜです?』
『アオイ一人でアイス食べるんずるいわー。チリちゃんも食べたい』
そのメッセージを見て私は笑ってしまった。
そっか。一人じゃなくても良いんだ。
『じゃあ、今度会ったとき一緒に食べましょうよ。それまで我慢します(`・ω・´)』
『おー。ええ子で我慢しや。今ちょっと忙しいけど空いたらまた連絡するから』
『りょーかいです!』
そんなやり取りをしたのは少し前。
オモダカさんに伝わっていたのは謎だけど。
やっと念願のアイスを食べることができて嬉しい。
「オモダカさんになんて言ったんですか?」
「アオイがアイス食べたい言うてるから次の優勝賞品に食べさしてくるわ。これも四天王の仕事やろって」
「これ四天王のお仕事なんですか?」
「多分?ま、ええやろ。理由がないと動きにくいんが大人や。許してな」
「許すも何も怒ってないですよ」
「チリちゃんもっと早よ来るつもりやったんやで。やのに仕事は積み上がるし。ええ加減我慢できんようなってな」
お仕事ってことでここに来てくれたんだ。
多分、これはお仕事じゃないと思うけど。
そう思いながら繋いだ手をにぎにぎしてみると同じように返事が返ってきた。
「トップが学校最強大会に出てチャンピオン驚かせてくるって言うとるの聞いてな。ずるいわー。こっちも会いに行くの我慢して仕事しとんのに」
「オモダカさんが来られること滅多にないからびっくりしました」
「あっちはアカデミーの理事長やし?学校の最強大会にでる理由もまあ通っとるけどこっちはなあ」
「チリさんも出て欲しいって実は思ってるんですよ?」
「自分と戦うんは大歓迎やで。でもな?万が一、億が一にでも別の誰かが決勝に進んでチリちゃんと戦うことになったらどないよ?」
「あまりよろしくないですね」
バッジを八個集めて、面接に合格して初めて戦えるのが四天王の露払いチリさんだ。
学校最強大会で勝ち進んだ人が生徒でも先生でもチリさんと戦えるのはちょっとずるいと思ってしまう。
「やから、ありがとうな。優勝してくれてほんまよかった。自分が負けてたらチリちゃんとトップの二人でアイス食べる羽目になるとこやったんやで」
「それはそれで見てみたい」
「こら」
軽く頭を小突かれてしまう。
『アオイさんが優勝すると決めて動いているようですが私が勝った時はよろしくお願いしますね』
と、オモダカさんににっこり笑って言われていたらしい。
「流石にな、毎度毎度こんなんしたられへんけど。初めてのアイスくらい一緒に食べたかったんや」
「嬉しい……です。本当にありがとうございます」
そう言うとギュッと手に力が込められた。
負けないくらい私も力を込める。
なんとなくそろそろかなって空気がする。
この空気がわかるようになったのは成長なのかな。
少し大人になったかな。
いや、まだまだ。
だって二年生だし。
「たまに食べるとアイス甘いなあ」
「私も本当久しぶりだったから甘さが沁みました」
「ほんまな、めっちゃ甘かった。あー!甘かった分、甘くない仕事も頑張らんと」
「私も勉強頑張ります。だからまた、めっちゃ甘いの一緒に食べたいです」
「ん、上手いこと時間合うようお互いがんばろな」
「ファイトです」
おー、と繋いでいない方の手を挙げるとチリさんは笑って頭を撫でてくれた。
会えない日があるから会えた日がすごく特別で甘くって、会えない日は塩?と自分でもよくわからないことが頭に浮かんだ。
でも中々会えないからコジオソルトアイスとは逆だな。
しょっぱさの中の一欠片の甘さって感じ。
もっといっぱい甘いの欲しいな。
それから今日まで会えてない。
スマホロトムでちょこちょこメッセージでやり取りはしているけれど向こうはお仕事をしているから返事が遅い時もある。
私は私で夜更かしはあまりできなくて本当はもっと話したいけど難しい。
授業中に居眠りは普通にだめだと思うし、チャンピオンが寝てたのがアカデミーに広まるのは本当だめ。
ポケモンリーグは遠いようで近いのだ。
チリさんにそんなニュースが届いたら恥ずかしい。
でも、会いたいなあ。
アイスを食べながら繋いでた手が寂しい。
また繋ぎたい。
手を繋いで色んな所に行きたい。
行きたいけど……。
「子どもなんだよなああああ」
声に出してしまったけど寮室だから許して欲しい。
そう子ども。幼児と一緒にされるのは流石に困るけれどそれでも子どもなんだ。
課外授業で自分で考えて行動することを許される程度には成長したけれど子どもです。
今日も明日も学生な私が少しでもチリさんに近づくには。
子どもにはない大人だけが持っている自由を手に入れるには。
「……勉強しよ」
次のテストの為に机に向かうのが今一番やるべきことなんだと思う。
ジムバッジを一つ一つ集めて進んだ道のように頑張ってるやるべきことをクリアして認めてもらうんだ。
時間を無駄に過ごして年だけとってもきっと本当の意味で大人にはなれないし、もし自分がそんな風に大人になっても胸を張れない。
頑張ろう。
遠くの目標に向かって走るのは初めてじゃないし。
今だけじゃなくて大人になった時もあの人と一緒に過ごせるように本当頑張ろう。
きっと子どもだからできなかった事が大人になったら色々できるんだ。
楽しい未来を想像すると少しやる気が湧いてきた。
テストで良い点取れたら報告メッセージ送るぞ、と気合を入れて私はテスト勉強を始めた。
会えてへんやん。
ジムバッジを一つも集めずに面接に来た挑戦者に笑顔で対応した自分を褒めて欲しい。本当に。
「ジムバッジの数とかそう言うのじゃなくて自分自身を見て欲しいんっすよね。』
自分と同世代くらいの挑戦者はへらへら笑ってそう言った。
やかましいわ。
ええ歳した大人が何言うとんねん。社会人舐めとんか。
納得のいかない顔で帰る後ろ姿に蹴り入れなかった自分偉い。ほんま偉い。
給料倍もろても良い働きしたで。褒めてや。ほんま褒めてください。
はあ、とため息をついて顔を覆っていた手を思わずジッと見てしまう。
離したくなかったなあ。
テーブルシティだけやないで。パルデア美味い店いっぱいあんねんで。
アイス高い言うてたくらいや外食なんか全然しとらんやろ。
チリちゃんと色んなとこ行こうや。
美味しいもん食べてニコニコの顔見せてくれたらめっちゃ元気出るのになあ。
『めっちゃ甘いの食べたいです』
あかんわ。
次会ったら何食べても甘々や。
あの甘さは仕事で疲れた自分には効果ばつぐんや。
4倍で色々持っていかれる。余裕とか。
チラッとパソコンを見ると面接の予約が並んでいる。
この面接室にいるのは嫌いじゃない。
アオイの面接を思い出せるし。
でも。
「めっちゃ会いたくなるんよなあ……」
先程の挑戦者みたいなのが来るたびにアオイのところに飛んでいって頭撫でたくなる。
百点満点の面接やったんやでって褒めたくなる。
また面接受けに来うへんかな。
いよいよ現実逃避し始めた頭をぼんと叩いて気合を入れ直す。
チリちゃん大人やからな。
そうや大人やねん。言うても若いけどこの席に座って任される程度には大人やねん。
「仕事しよ」
やらな終わらんのが仕事や。
仕事終わらせてオフを楽しめるのが大人や。
またあの子と一緒に過ごせるように。
向こうが勉強も大会も頑張っとるのにこっちがちゃんとしてなかったら恥ずかしいやん。
ほんまはゆるゆるふにゃふにゃしたかわいい顔してんのに最近は周りを意識してチャンピオンの顔作るようになってもて。
そんなん溶かして笑わせたくなるやん。
絶対会いに行くから。
チリちゃんに最高に甘いのちょうだいな。
学生と社会人。そう頻繁に会えないのはわかっているのだけど。
アオイは次のテストの日をスケジュールアプリに入力しながら前に会ったのはいつだったかと考える。
直近の学校最強大会が終わった後だ。
最後の相手はまさかのオモダカさんだった。
ネモや校長先生とのバトルとはまた違った緊張感。
『貴方の力どれほど研鑽されたか見せてください』
そんな風に言われるとキュッと緊張してしまう。
でも負けたくない。
前に戦った時よりもっと強くなったことを知って欲しい。
全力のバトルで私はオモダカさんに勝つことができた。
か、勝てたー……と力が抜けた顔になりそうなのをグッと堪える。
二年生になってチャンピオンとして周りに見られていることもわかってきた。
オモダカさんと一緒に応援してくれた人達に笑顔を向ける。
その時に見つけた。
アカデミーの生徒やシティの人たちの向こうで拍手をしてくれている彼女の姿を。
すぐに駆け寄りたいと思ったけれどまだやる事がある。
この後アカデミーで賞品を受け取らないといけない。
取りに行かずにいたら放送をかけられてしまう。
すでに忘れてしまって呼び出しを食らったことがある。
あの時は少し恥ずかしかった。
でも賞品を取りに行ってる間に帰ってしまったら寂しい。
お仕事の合間に見に来てくれたのだろう。
もう帰ってしまうのかな。
少し待っててください、とここから叫ぶわけにはいかないけれど。
勝者の笑顔も忘れてしまった私の隣にいるオモダカさんが一言。
「むにゃり」
「え……はい?」
オモダカさんが発した言葉の意味がわからなくて隣を見る。
むにゃりって何?ポケモンの鳴き声?
「以前、チリが言っていたのですよ。むにゃりとした顔の貴方は面白いと」
「チリさんが」
「ええ。『言いたいことがあるけれど言えない時に口元がむにゃっとするんや。それがおもろいんや』と。私は今初めて見ましたが確かに面白い」
チリさんどうしてそんな話をオモダカさんにしたんですか。
確かに彼女に何度か言われたことはあるけれど。
気持ちをうまく表す言葉が出てこなくて口がむずむずする。
変な顔をオモダカさんに見せてしまったと落ち込む。
「なるほど。それを指摘された時の『へにゃり』が今の表情なのですね」
チリさんの中で私はどれだけむにゃったりヘにゃったりしているんだろう。
というか、なんでそんな話してるんですか。
「あの、えっと」
「チャンピオンアオイ、今回の優勝賞品は広場の向こうでお受け取りください。噴水の近くで待っているそうですよ」
オモダカさんの視線を追うとさっきまでいたチリさんの姿がない。
噴水の近く……?
「早く行かないと溶けてしまうかもしれませんね」
「……あ」
やっとオモダカさんの言っている意味がわかった。
「わかりました!行ってきます!」
と、駆け出そうとしてオモダカさんに振り返って頭を下げる。
「オモダカさん!大会に来て下さって本当にありがとうございます。今日のバトルすごく楽しかったです」
「ええ、私も。貴方は会うたびに輝きを増す。次に会う時を私も楽しみしていますよ。更なる成長を期待しています」
少しプレッシャーだけど、期待をしてもらえるのはやっぱり嬉しい。
ネモや先生達と同じで少しだけ背中を押してもらってるんだ。
貴方はできますよ、と。
おかげで私は前に進める。
握手をしてもう一度頭を下げて、私は広場の向こうに走る。
「今日までチリも『むにゃり』としていました。同じことを考えているからその顔になるんでしょうか」
噴水の周りにシティの人たちが座っている。
ミツハニーをつついているチリさんを見つけた。
「チリさん!」
「お疲れさん。ここのミツハニーは人懐こいなあ」
「この辺りのお客さんが甘いもの分けてくれるからだと思いますよ」
「そやなあ。ここは甘いもんあるもんなあ」
チリさんが手を差し出してくるのでとりあえずお手のように自分の手を置いてみる。
そのまま指を絡めて手を繋いで歩き出す。
すぐ近くのアイス屋さんの前に立って店員さんに声をかける。
「アイスちょーだいな」
「いらっしゃいませ。お好きな味をお選びください」
「TERIYAKIアイスとコジオソルトアイス」
私が支払いのためにスマホロトムを取り出そうとすると上から手を押さえられてしまった。
「どこに優勝賞品に金払うチャンピオンがおるねん。それよりアイスちゃんと受け取りや」
店員さんからアイスを受け取るとチリさんが支払いを済ませてしまった。
「座るん噴水のとこでええ?」
「は、はい」
片手にチリさん、片手にコジオソルトアイス。
何これすごく嬉しい。
「ありがとうございます」
食べる前にチリさんにお礼を言う。
あれ、手繋いだままだけど良いのかな。
アイスは片手でも食べられるけれど。
「今日の学校最強大会の景品や。まだ食べたことなかったんやろ?ほら早よ食べて感想聞かせて」
言われて私は恐る恐るアイスを舐める。
口の中が冷たさにびっくりししたからもう一口ちゃんと食べる。
「あまい……甘いのにしょっぱいです!しょっぱ、あま!塩の味!」
「自分に食レポは無理やな」
アイスに塩ってどういうことだろうとずっと思ってた。
甘いのにしょっぱいのが合ってる。不思議と甘いだけのアイスより甘く感じる。コジオすごい。
チリさんを見るとTERIYAKIアイスに齧り付いていた。
「美味しいですか?」
「甘辛が微妙にクセになるんや。食べてみるか?」
目の前に差し出されたアイスをちょっと舐める。
口の中でテリヤキのソースと甘いアイスが混ざって。
「あまい……いや甘辛、甘いけど甘いだけじゃないです。コジオソルトよりこってりな!」
「ほんま食レポ向かんな。もう一口くらい食べとき。チリちゃんとっとと食べてまうで」
お言葉に甘えてもう一口もらう。
テリヤキとアイスって合うんだ。こってりソースだけどアイスがさっぱりして良いバランス。
「普通のアイスもええんやけどな。甘いだけやないんがやっぱりええわ」
「ハマっちゃいそうですね」
にぎ、と二人の間で繋がれていた手に少し力込めてみたらチリさんからも同じ力で返ってきた。
にぎ、にぎ。
にぎにぎ、にぎにぎ。
アイスを食べるのに集中しながら手で会話してるみたい。
何度も握ったり、少し時間を置いてからびっくりさせるように力を入れてみたり。
全部同じにして返してくれるから楽しい。
噴水の周りを飛ぶミツハニーの可愛さに癒されながら食べるアイスはすごく美味しい。
でも優勝賞品は美味しいアイスだけじゃないなあ。
「アオイ」
いつの間にかチリさんはアイスを食べ終わっていた。
「ん」
こちらに口を開けて顔を寄せてくるので私は持っていたアイスを差し出す。
食べかけのアイスをコーンごと齧られてしまった。
「すみません。もらったのにお返ししてなくて」
唇についたアイスをペロリを舐めてからチリさんは空いてる手で頭を撫でてくれた。
「んーええよ。初めてやし全部食べたらええって思てたし。でもなんかアオイが食べてるん見てたら美味しそうやなーって」
「本当美味しいです」
多分幸せでゆるゆるの顔になってるんだろうなと思いながら残りのアイスを食べる。
そんな私を見ながらチリさんが手をにぎにぎしてくる。
私も同じように返す。
私が食べ終わるまで何も言わずお互いに手を握り返して遊んでいた。
「ごちそうさまでした。美味しかったぁ」
「やっと食べれたなあ」
「覚えててくれたんですね」
「だってまさかなあ、チャンピオンが二年生にもなって今までテーブルシティのアイス食べてことありませんて。しかも高いて」
「高いって思ったのはここにきてすぐの時って言ったじゃないですか」
そう。アカデミーに入学してしばらくすると課外授業が始まった。
自分のお小遣いで買い物も自由にして良いのだが数百円でもやりくりが大変な時期だった。
まずモンスターボールときずぐすり、たまに強いポケモンがいるからお守りのピッピ人形。
更にサンドウィッチの材料。
その辺りを買っているとアイスを食べる余裕なんてなかった。
お店の食べ物は高い、と理解した私は気がつくとパルデアで外食を全くしていなかったのだ。
ピクニックで食べるサンドウィッチはポケモン達と食べることができて楽しかったし、課外授業中でもアカデミーに帰れば学食が食べられる。
それで満足していたのだけどたまたま出店のアイス屋さんが言ってるのが聞こえたのだ。
『コジオソルトアイス美味しいですよー』
寮に戻った私は少し悩んでからスマホロトムでチリさんにメッセージを送った。
『コジオソルトアイスって美味しいですか?アカデミーの近くで見かけたんですけど』
『食べてみたらええんちゃうん?』
『お高いアイスをいきなり買うのはちょっと勇気がなくてですね。食べたことあるなら教えて欲しいです』
『お高いって。自分チャンピオンになってどんだけ賞金もろたか忘れたんか?もう使ってもたんか』
『ちゃんと生活とポケモンの為に使ってますよー。でも一年の時に高いなって思った印象が抜けなくて』
『んーチリちゃんからは教えたられへんなあ』
『(T ^ T) じゃあ今度勇気だして買ってみます』
『あかんで』
『なぜです?』
『アオイ一人でアイス食べるんずるいわー。チリちゃんも食べたい』
そのメッセージを見て私は笑ってしまった。
そっか。一人じゃなくても良いんだ。
『じゃあ、今度会ったとき一緒に食べましょうよ。それまで我慢します(`・ω・´)』
『おー。ええ子で我慢しや。今ちょっと忙しいけど空いたらまた連絡するから』
『りょーかいです!』
そんなやり取りをしたのは少し前。
オモダカさんに伝わっていたのは謎だけど。
やっと念願のアイスを食べることができて嬉しい。
「オモダカさんになんて言ったんですか?」
「アオイがアイス食べたい言うてるから次の優勝賞品に食べさしてくるわ。これも四天王の仕事やろって」
「これ四天王のお仕事なんですか?」
「多分?ま、ええやろ。理由がないと動きにくいんが大人や。許してな」
「許すも何も怒ってないですよ」
「チリちゃんもっと早よ来るつもりやったんやで。やのに仕事は積み上がるし。ええ加減我慢できんようなってな」
お仕事ってことでここに来てくれたんだ。
多分、これはお仕事じゃないと思うけど。
そう思いながら繋いだ手をにぎにぎしてみると同じように返事が返ってきた。
「トップが学校最強大会に出てチャンピオン驚かせてくるって言うとるの聞いてな。ずるいわー。こっちも会いに行くの我慢して仕事しとんのに」
「オモダカさんが来られること滅多にないからびっくりしました」
「あっちはアカデミーの理事長やし?学校の最強大会にでる理由もまあ通っとるけどこっちはなあ」
「チリさんも出て欲しいって実は思ってるんですよ?」
「自分と戦うんは大歓迎やで。でもな?万が一、億が一にでも別の誰かが決勝に進んでチリちゃんと戦うことになったらどないよ?」
「あまりよろしくないですね」
バッジを八個集めて、面接に合格して初めて戦えるのが四天王の露払いチリさんだ。
学校最強大会で勝ち進んだ人が生徒でも先生でもチリさんと戦えるのはちょっとずるいと思ってしまう。
「やから、ありがとうな。優勝してくれてほんまよかった。自分が負けてたらチリちゃんとトップの二人でアイス食べる羽目になるとこやったんやで」
「それはそれで見てみたい」
「こら」
軽く頭を小突かれてしまう。
『アオイさんが優勝すると決めて動いているようですが私が勝った時はよろしくお願いしますね』
と、オモダカさんににっこり笑って言われていたらしい。
「流石にな、毎度毎度こんなんしたられへんけど。初めてのアイスくらい一緒に食べたかったんや」
「嬉しい……です。本当にありがとうございます」
そう言うとギュッと手に力が込められた。
負けないくらい私も力を込める。
なんとなくそろそろかなって空気がする。
この空気がわかるようになったのは成長なのかな。
少し大人になったかな。
いや、まだまだ。
だって二年生だし。
「たまに食べるとアイス甘いなあ」
「私も本当久しぶりだったから甘さが沁みました」
「ほんまな、めっちゃ甘かった。あー!甘かった分、甘くない仕事も頑張らんと」
「私も勉強頑張ります。だからまた、めっちゃ甘いの一緒に食べたいです」
「ん、上手いこと時間合うようお互いがんばろな」
「ファイトです」
おー、と繋いでいない方の手を挙げるとチリさんは笑って頭を撫でてくれた。
会えない日があるから会えた日がすごく特別で甘くって、会えない日は塩?と自分でもよくわからないことが頭に浮かんだ。
でも中々会えないからコジオソルトアイスとは逆だな。
しょっぱさの中の一欠片の甘さって感じ。
もっといっぱい甘いの欲しいな。
それから今日まで会えてない。
スマホロトムでちょこちょこメッセージでやり取りはしているけれど向こうはお仕事をしているから返事が遅い時もある。
私は私で夜更かしはあまりできなくて本当はもっと話したいけど難しい。
授業中に居眠りは普通にだめだと思うし、チャンピオンが寝てたのがアカデミーに広まるのは本当だめ。
ポケモンリーグは遠いようで近いのだ。
チリさんにそんなニュースが届いたら恥ずかしい。
でも、会いたいなあ。
アイスを食べながら繋いでた手が寂しい。
また繋ぎたい。
手を繋いで色んな所に行きたい。
行きたいけど……。
「子どもなんだよなああああ」
声に出してしまったけど寮室だから許して欲しい。
そう子ども。幼児と一緒にされるのは流石に困るけれどそれでも子どもなんだ。
課外授業で自分で考えて行動することを許される程度には成長したけれど子どもです。
今日も明日も学生な私が少しでもチリさんに近づくには。
子どもにはない大人だけが持っている自由を手に入れるには。
「……勉強しよ」
次のテストの為に机に向かうのが今一番やるべきことなんだと思う。
ジムバッジを一つ一つ集めて進んだ道のように頑張ってるやるべきことをクリアして認めてもらうんだ。
時間を無駄に過ごして年だけとってもきっと本当の意味で大人にはなれないし、もし自分がそんな風に大人になっても胸を張れない。
頑張ろう。
遠くの目標に向かって走るのは初めてじゃないし。
今だけじゃなくて大人になった時もあの人と一緒に過ごせるように本当頑張ろう。
きっと子どもだからできなかった事が大人になったら色々できるんだ。
楽しい未来を想像すると少しやる気が湧いてきた。
テストで良い点取れたら報告メッセージ送るぞ、と気合を入れて私はテスト勉強を始めた。
会えてへんやん。
ジムバッジを一つも集めずに面接に来た挑戦者に笑顔で対応した自分を褒めて欲しい。本当に。
「ジムバッジの数とかそう言うのじゃなくて自分自身を見て欲しいんっすよね。』
自分と同世代くらいの挑戦者はへらへら笑ってそう言った。
やかましいわ。
ええ歳した大人が何言うとんねん。社会人舐めとんか。
納得のいかない顔で帰る後ろ姿に蹴り入れなかった自分偉い。ほんま偉い。
給料倍もろても良い働きしたで。褒めてや。ほんま褒めてください。
はあ、とため息をついて顔を覆っていた手を思わずジッと見てしまう。
離したくなかったなあ。
テーブルシティだけやないで。パルデア美味い店いっぱいあんねんで。
アイス高い言うてたくらいや外食なんか全然しとらんやろ。
チリちゃんと色んなとこ行こうや。
美味しいもん食べてニコニコの顔見せてくれたらめっちゃ元気出るのになあ。
『めっちゃ甘いの食べたいです』
あかんわ。
次会ったら何食べても甘々や。
あの甘さは仕事で疲れた自分には効果ばつぐんや。
4倍で色々持っていかれる。余裕とか。
チラッとパソコンを見ると面接の予約が並んでいる。
この面接室にいるのは嫌いじゃない。
アオイの面接を思い出せるし。
でも。
「めっちゃ会いたくなるんよなあ……」
先程の挑戦者みたいなのが来るたびにアオイのところに飛んでいって頭撫でたくなる。
百点満点の面接やったんやでって褒めたくなる。
また面接受けに来うへんかな。
いよいよ現実逃避し始めた頭をぼんと叩いて気合を入れ直す。
チリちゃん大人やからな。
そうや大人やねん。言うても若いけどこの席に座って任される程度には大人やねん。
「仕事しよ」
やらな終わらんのが仕事や。
仕事終わらせてオフを楽しめるのが大人や。
またあの子と一緒に過ごせるように。
向こうが勉強も大会も頑張っとるのにこっちがちゃんとしてなかったら恥ずかしいやん。
ほんまはゆるゆるふにゃふにゃしたかわいい顔してんのに最近は周りを意識してチャンピオンの顔作るようになってもて。
そんなん溶かして笑わせたくなるやん。
絶対会いに行くから。
チリちゃんに最高に甘いのちょうだいな。