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はじまりはここから

『三人の中で一番解析が上手だと思ったから』


コンコンとノックの後に聴き慣れた声がドアの向こうから届く。
「ボタン入って良い?」
「んー」
モニターを見つめたまま返事をする。
部屋に入ってきたアオイに入り口近くにいたブラッキーが小さく鳴く。
「こんばんは、ちょっとお邪魔するね」
そう言って頭でも撫でたのだろう。
機嫌の良さそうな鳴き声が聞こえる。
授業も夕飯も終わり就寝までの自由時間。
部屋着に着替えたアオイがボタンのベッドに上がりころりと横になる。
ボタンはキーボードを叩きながら視線はモニターから離れない。
お互いの顔は見えていないけれど、その方が話しやすいと思う。
授業の終わりに部屋に行っても良いかと聞いてきたアオイの表情がそんな気にさせた。


アオイは先に寝ていたリーフィア達の間に体を滑り込ませて横になった。
二匹は特に気にした様子もなく眠っている。
「どしたん」
カタカタと作業を続けながらとりあえず聞いてみる。
んん、と小さい声を出してしばらくするとアオイが喋り出す。
「気持ちが、あと考えが上手くまとまらなくて……。聞いて欲しいなって」
「まあ聞くぐらいならうちでもできるけど」
解決するかわからんけど。
「四天王のチリさんとね、スマホでやり取りしたり、たまに会ったりするんだ」
「あーあの緑色の人」
自分がやらかした事の関係でリーグには何度か出入りしている。
アオイの言うその人はオモダカと一緒に歩く自分に話しかけてきたことがある。
『アオイの友達やん。丸っこい頭やなあ』
頭揺れる、ってくらい撫でられた。
『チリちゃんもアオイの友達なんやで。仲ようしてな』
『チャンピオンなりたかったらいつでも待っとるで』
いや、ならんし。
オモダカと違う意味で圧が強い。
グイグイ来られるのは苦手だけど、まあ悪い人ではないと思う。
良い人かって言うとそこまで知らんけど。
自分が知ってるのはアオイがその人とスマホで頻繁にやり取りするくらいには仲が良い事だけ。
「友達なんでしょ」
「ん……多分?友達って言って良いのかな。年上だし」
「年とか関係あるん?」
「うーん。んんーー?」
アオイが混乱している。
「なんでそうなったか知らんけどスマホでやり取りしてるんでしょ」
「うん、おはようとおやすみと……あと景色とかポケモン撮った写真送ったりする。向こうから今日の昼ごはんの写真がくることもあるよ」
「え、それ毎日?」
「うん」
思った以上に仲良かった。
うちらも友達だけど毎日おやすみとか言わんし。いや、夜会ったら言うけどさ。
アオイが外で見かけたブイブイの写真を見せてくれることがある。
可愛いしこっちに送ってもらったりするけど毎日じゃないし。
アカデミーで会ってるからそんなにスマホでしょっちゅうやり取りしない。
でもうちら友達。
じゃあ四天王のあの人は?
よくわからんけど毎日会えん代わりのスマホなんかな。
頻度多いとは思うけど変な内容じゃないし仲が良いって事だと思う。
「ブイブイ見せてくれるのと同じと違うん?」
「ブイブイはボタンが喜んでくれるかなって撮るし見せるよ。チリさんには……」
今日のアオイはやたら間が多い。
考えて話そうとしてるんだろうなと思うから作業しながら待つ。
自分もどうにか伝えようと頑張る時に色々考えて話すから似たような状態になるし。
そういう時にアオイは急かさず待ってくれるし。
「嬉しかった事や楽しかった事。あとびっくりした事とか失敗しちゃった事も色々伝えたくなるからメッセージ送っちゃう。なんだかね、聞いて欲しいなって一日にいっぱい思うんだよね」
なんかチリさんの事を話すアオイの声がとろとろしてる。眠いのか。
「チリさんが『今日のお昼ご飯やでー』って送ってきてくれるとすごく嬉しいし。でも一緒に食べたいなとか思ったりも……する」
なんか感情量が思ってた以上にすごい。
「ねえボタン。これって友達と同じで良いのかな。ボタン達とご飯食べるのも楽しくて好きだしお喋りもいっぱいしたいって思うから、同じ?」
ボタン達と同じように過ごせたらこのモヤモヤする感じ治るのかな、と小さな声が聞こえる。
恋はよくわからんけどアオイの声からすごく相手が好きって気持ちが伝わってきてちょっと恥ずかしい。
その好きがどういう好きなのか。
とりあえずアオイがうちらに向けてる好意とはなんか違う。
なんか違うけど恋と断言して良いのか迷ってるからここに来たんだと思う。
うちに聞かれても、と思うけれど頭にパッと浮かんだ二人の顔よりは話しやすいのかもしれない。
あの二人に相談するとそれはそれで迷走しそうな気がする。
頼ってくれた友達に自分なりに協力してみるか。
「同じじゃないってとっくにわかってるんと違う?」
「……うん」
「それは好きって事かなって思う。……恋の方の」
「私もそうかもって思うけどね、恋の好きがちゃんとわからなくてそう決めちゃって良いのかなって考えるとぐるぐるするの」
「うちもわからんし」
わからんなりに考えてみるしか自分達にはできないからやってみよう。
「もしも、だけどさアオイやネモ達、スター団のみんなに恋人ができたらって考えてみる」
誰かに特別な人ができて結ばれたら。
「うちは良かったねって思う。よっぽど変な人で友達のうちと遊ぶなとか言う人じゃなかったら。好きな人と一緒にいて幸せなら良いと思う」
友達が幸せになるんだから何も困らない。
まあ、遊ぶ機会が減ったらって考えたらちょっと寂しくなったけど。
それでも本当に幸せならそれは良いことだ。
本当にそんな事があれば今思っている通りなのかわからないけどしょうがない。
想像するしかないのだから。
「アオイは四天王の、えっとチリさんに恋人ができたって連絡きたら心からおめでとうって返せる?」
「……」
「多分さ、チリさんの毎日おはようって言ったり、寝る前におやすみって言う人はアオイじゃなくなると思う。スマホでやり取りはできても特別なのはアオイじゃない。それでもチリさんが恋人と幸せそうなら良かったって思える?」
一気に言ってからアオイの方を今夜初めて見る。
顔を覆っている彼女から「やだ」と小さな声が聞こえた。
じゃあつまりそういう事なんやん。
うちは何度か話した事がある程度のチリさんが誰と付き合おうがふーんって話だけどアオイは違う。
「びっくりするぐらい嫌だって気持ちが沸いた……」
じゃあ今毎日アオイに朝晩挨拶メッセージ送ってるチリさんはどうなんだって話だけど想像の想像過ぎて自分からは何も言えない。
でも、なあ……?
「朝一番最初におはようって言いたいよ。一日の最後はチリさんのおやすみで終わるのが良い」
その言葉を聞きながら自分にはまだ恋はないな、と思う。
だって誰が一番におはようって言ってくれても嬉しいし。
自分が言ったおはようが二番だろうと三番だろうと気にならないし。
この人が良いってアオイの中にはいるんだ。
特別な人が。
「ボタン」
「ん」
「好きな人ができちゃった」
「んー……んー?良かったね?」
「内緒だよ」
「え」
アオイのデカすぎる感情を自分だけが知ってるとかどうしたらいいん。
「ネモとペパーには多分……言う」
「うん、そうして」
自分だけが知ってる秘密とかそわそわして落ち着かんし。
アオイが顔を覆っていた手を下ろす。
うちの暗い部屋じゃ見えにくいけどその表情はちょっと硬いけど弱くない。
『やだ』って聞いた声から泣きそうになってるかと思ったのに。
「ありがとうね、ボタン」
「う、うん?」
アオイは起き上がってふにゃっと笑った。
「一人で考えてたらずっと違うかもしれないし、でもでもって決められなかったと思う」
「うちは聞いてただけやし」
「ちゃんと考えられるように聞いてくれて、最後に一撃必殺!ってくれたよ」
「あ、え、そこまで?ひんし?」
「うん、ひんし。だからちゃんと回復してからちょっと戦ってくる」
「どゆことなん」
何かを決めた表情でアオイは言った。
「好きってわかったし、一緒にいたいって思うんだけどね。今はまだ伝えられないから」
「そうなん?」
「バッジ八個集めずに面接に挑みたくないなあ」
アオイの言ってることがよくわからない。
落ちるってわかってることはしたくない、つまり今は告白しても断られるってことなん?
「とりあえずネモと戦ってこようかと」
「え、ほんまにわからん」
「私はまだ子供だし好きだけじゃダメかなって思うんだ。何より私がそんな状態で挑みたくなくて」
笑って話すアオイの雰囲気になんとなくネモに近いものを感じる。
自分にも相手にも求める強い気持ち。
「もっと強くなって子供を卒業できた時にちゃんと見てもらいたいの。本気出してもらえるのは今じゃないと思う」
なんかもう勝負決まってる気がするのはうちだけかな。
多分、アオイの言う強さはポケモンバトルだけじゃなくてこれから卒業までチリさんに挑むために自分を育てていくつもりなんだ。
「とりあえず決意表明としてネモに付き合ってもらおうと思うんだ」
「がんばれー」
ちょっと応援が棒になってしまった。
だってこの二人のバトルは異次元過ぎる。
この前普通に二時間戦ってたとか言ってたし。
応援のつもりで振った手を握ってアオイは笑う。
「本当にありがとう。今度ブイブイピックでサンドウィッチ作るから一緒に食べよ」
「うん、食べる」
アオイのサンドウィッチは美味しいから普通に嬉しい。ブイブイピックも嬉しい。
すっかり明るくなったアオイは立ち上がって言った。
「私が挑む前にチリさん恋人ができませんようにってお祈りするのは悪いことかな」
「思うだけなら別に良いと思う」
自分の中にチリさんの情報は今日聞いた分しかないけれど多分できないんじゃないかなと思う。
おはようとおやすみが続いているうちは。




『もっと強くなる』


「ネモ!バトルしよう!」
「うん!」
授業が終わってアオイが誘うと答えは即答だった。
「アオイから誘ってくれるなんて珍しい!思いっきり戦ろう!」
グラウンドに移動してお互い準備をする。
「ネモあのね、バトルに誘ったのちょっと不純な理由でね」
「んー、どう言うこと?」
「ネモ以外の人のことを考えてバトルしてしまうと思うの」
一瞬固まったネモに肩を掴まれ揺さぶられる。
「なんで!?久しぶりに本気のバトルができるって楽しみにしてたのに!」
「本気だよ」
真剣な想いが伝わるようにネモを見上げる。
「私ね、好きな人ができたんだ」
「ええっ!」
「その人に本気の私を見てもらいたいし、本気になって欲しい。でも私は子供で足りないところもあるから今は挑めない」
「私より強いの……?」
「ポケモンバトルの話じゃなくてね」
ショックを受けたネモの手を撫でて違うんだよと伝える。
「ポケモンバトルなら今すぐ挑める。絶対とは言えないけど何度でも戦って必ず勝ってみせる。でもそうじゃないんだ」
「うーん?」
よくわからないとネモの顔に書いてあるのを少し笑ってしまう。
「どんなに強くなったつもりでもバッジ八個集めずに面接に挑むことはしたくないよね」
「もう一度ジムチャレンジするの?」
それも強くなれて良いかもしれないけどちょっと違う。
「好きになった人は大人なんだよ。私は子供のうちに挑むよりしっかり育って本気で挑みたいんだ」
後ろに下がってネモの目の前にモンスターボールを向ける。
「私のこと実ったって前に言ってくれたよね。でもね、好きな人のために私はもっともっと強くなるよ。今日はその決意をネモに伝えたかったの」
「もっと?」
「もっともっとだよ。昨日までと違うの。強くなるって決めたからいっぱい戦ろう」
「もっともっと……くぅぅーー!!良いよ!好きな人とかよくわからないけどアオイが今より強くなるって決意したのが私嬉しい!!」
ネモが教えてくれたんだよ。
本気で対等にぶつかり合う楽しさを。
お互いが本気を出せるようになるのは簡単な事じゃないことも。
八個のバッジ、リーグのテスト、それらをクリアできる強さを持つこと。
それがネモのいる場所に繋がる避けては通れない道だった。
あの人のいる場所に辿り着くために何をどれだけクリアしなくちゃいけないのか正直まだわからない。
わからないけれど、今何よりも本気を出せるこのバトルでより強くなりたい。





「悔しいな」
お互い熱が上がって最高記録の三時間も戦ってしまった。
流石に疲れたなあと片付けているとネモがポツリと言った言葉が聞こえた。
「ネモ?」
「今日のバトルさ、いつもと違ってたよ。本気で勝つって強い目がさ、私の後ろを見てる気がしたんだ」
時々だけどね、とネモは笑う。
「嫌な気分にさせちゃった……?」
「違う違う!アオイにはアオイの目標ができたんだなあってわかったんだよ。それが私じゃないのかちょっと悔しい……だけ」
「ネモは昔バトルで手を抜いてたって言ってたよね。お互いが楽しめるように」
「あ、うん。今はしてないよ」
「私たち対等だもんね」
「そうだよ!私が全力を出せる対等で一番のライバルなんだよ!」
「ずっと対等でいようって約束してくれたの嬉しかったの。嬉しくて……本当にここまで頑張って良かったって思う」
「私もアオイがここまで来てくれて本当嬉しい。ねぇアオイの好きな人ってそんなにバトル強いの?」
「強かったねえ。でも勝ったよ」
「えー!なのにお付き合いできないの」
「だって私子どもだよ。先生達を見ていても思うもん。大人って自分の事だけじゃなくて私たちの事まで考えてくれるよね。私はまだまだ自分のことでいっぱい。そんな私が好きだからって今本気でぶつかってもきっと昔のネモみたいに手を抜かれちゃう気がするの。それで負けるなんて絶対嫌だし手を抜かせたくない。本気にさせたい。だから今の私じゃまだダメ」
「……私は恋した事ないし、大人の人を好きになる気持ちもわからないと思ってたんだけどちょっとわかった気がする。でもやっぱり悔しいし羨ましい!その人はアオイから本気を望まれてるんでしょ!ものすごく熱列に!」
ガシッとネモに両手を掴まれてしまった。
「私がその人にバトル挑んでも良い?」
「どっちが勝っても負けても困るなあ……。それに恋愛の意味で好きな人はたった一人だけど、対等なライバルも一人だけなんだよ」
「むー、本当に?」
「本当に。ずっとって約束したでしょ。これはね、初めて自分で見つけた頑張りたい事なんだ。チャンピオンを目指した時みたいに全力で頑張りたい」
ネモは少し拗ねた表情からいつもの笑顔に戻っていく。
「もーそんなこと言われたら応援するしかないじゃん!」
「ありがとう。ネモが応援してくれると嬉しいし、私まだまだ育っちゃうよ」
「……それでこそ私のライバル。絶対に離さないからね」
「これからもよろしくね、大好きなライバル・ネモ」





『お腹が空きました』


ここまで来たらあと一人。
「ネモと三時間バトルしてお腹ぺこぺこなのでご飯ください」
「自由ちゃんか!」
ネモと別れた後、私はまっすぐペパーの部屋に向かった。
バトルの疲労感と空腹、晩ご飯にちょうど良い時間と全て揃っている。
「次来るときはテラレイドで見つけた珍しいスパイス持ってくるのでそれでどうか」
「あーもう。マフィティフと一緒に待ってろ」
部屋に入ってカーペットの上でくつろぐマフィティフの隣に座る。
「一緒にご飯食べさせてね」
そう言ってマフィティフを撫でるとバフッと返事が返ってきた。
「んで、なんかあったのかよ」
キッチンで作業をしながらペパーが尋ねてくる。
「急に人の部屋来て飯作れってキャラじゃないだろ。なんか用があるんだろ」
流石ペパーお兄ちゃん。
口では色々言っても優しくて面倒見が良いのだ。
「好きな人ができたからこれから色々頑張ります」
ゴトンとシンクに何か落ちた音がする。野菜かな。
「それに俺はどう反応すれば良いんだ?」
「挫けそうな時には励ましてくれると嬉しいな」
「はぁ!?」
ペパーの反応が良くてつい笑ってしまう。
ヌシ探しのきっかけから今日までなんだかんだと優しいところを見せてくれるからつい甘えてマイペースに話してしまうのだ。
「あー……告白とかするのかよ」
「成人したらね」
「まだ先じゃねえか」
「だって未成年相手は周りの目がちょっと厳しいと思うし」
「相手大人かよ!」
ペパーの手が止まっている。お腹空いたな。
おなかを押さえるポーズを取ると作業が再開された。
私は立ち上がってカウンター越しに話しかける。
「ペパーはおはようからおやすみまでマフィティフと一緒だよね」
「当たり前だろ。家族なんだから」
「うん、それが良いなって」
「ん?」
「ついこの間なんだけどね、その人の顔を見て朝おはようって言って、おやすみって一日終わりたいなと思ってることに気づいたの」
ボタンのおかげでね。
トントンとリズム良く野菜が切られていくのを見てお料理もちゃんと勉強しないとなって思った。
レパートリーは多くて困ることはないだろう。
「んで、何を頑張るんだよ」
「学生の本分である勉強を手を抜かず努力して、家事もちゃんとできるようになりたいな。あと卒業したら安定した就職に就けるように頑張る」
「真面目ちゃんか……」
ちょっと引いた顔で見られてしまった。
「だって毎日一緒にいたいって思って欲しいんだよ」
「お前がちゃんとしようって気持ちはわかるけどさ。俺はマフィティフが元気で笑っててくれたらそれだけで毎日幸せだ」
「……」
「マフィティフがこうじゃなきゃ一緒にいられないなんて条件は無いしな。お前のその頑張ろうはなんか不安を消すために必死な感じがする」
「レベルが追いついてないから頑張ってあげないと」
「なんかバッジ八個集めてるのに面接で落ちそうだな」
好きな人の名前は教えていないのにピンポイントな事を言われて固まってしまう。
だって今の私じゃ届かない。
「あーもう、深呼吸!」
ペパーの大きな声にマフィティフがバゥ?と反応する。
私は言われた通りに息を大きく吸って吐いてを繰り返した。
数回繰り返したところでエプロンで手を拭いたペパーに頬を摘まれた。
「ひゃに……」
「お前気づいてないだろうけどこの部屋来た時から顔固まってたからな!笑ってるつもりだろうけどガチガチだったぞ!気合い入れ過ぎ肩の力抜け!」
頬を上下にぐにぐにされる。
多分相当変な顔になっている。
「惚れた相手の為に自分を磨きたいってんなら止めねえよ。応援する。でもな、それをやる時はいつものゆるゆるニコニコちゃんな顔でいろよ」
「ゆるゆる……」
「お前授業の時に手上げて答えるじゃん?外れても顔赤くして、でも楽しそうに笑ってる。なのにテストの時は間違えられねえって緊張しまくりでその結果追試受けて落ち込んでたの知ってんだぞ。いつも通りで良いんだよ。いつも通りの顔で頑張れよ」
ペパーの大きな手が頬を柔らかくするように動く。
「なんか……走り出したら止まっちゃだめかなって」
「お前たまにブレーキの存在忘れるよな。頑張ると無理するは別だからな」
前に私はヌシを探している時に無理をした。
マフィティフの話を聞いて急がなきゃって夜も走り回って少し体調を崩した。

『頑張ろうと思ったんだよ……』
『頑張って欲しいと思ったけどな!無理して欲しいなんて一度も思ったことないぞ!』
強制的にアカデミーに連れ戻されて医務室で休むことになった。
様子を見に来たジニア先生に言われた。
『頑張りたい時にいつでも頑張れるように元気がある状態を維持するって大人でも難しいんですよねぇ。でも覚えていきましょう。それができるようになればかなりの一人前ですよぉ』

「あれもこれも頑張らなきゃって思い過ぎていました」
「おう」
「だんだん出来るか不安になって、でもやるしか無いって思考になってました」
「おう」
「だからここに来ちゃったんだと思う」
「無理しそうだから止めてくださいって今度からはちゃんと言え」
「お腹空いてたのも本当だけど」
「腹ペコちゃんめ」
時間は長いような、短いような。
自分に自信を持てるようになるまでに時間は足りないようにも思えるし、知りたい結果が出るまでには長い時間に思える。
だからって今すぐどうこうなんてできない。
強気になったり臆病になったり本当だめだなあ。
気分も目線も落ちていく私の前にペパーがサンドウィッチの乗ったお皿を置く。
その横にはあったかいスープ。
マフィティフの前にも同じものを。
サンドウィッチには私の好きな葉野菜と生ハムが挟まれていた。
もそもそと食べる私のところにペパーが戻ってくる。
「美味いか?」
「うん」
今度は頭を撫でてくれた。
「テストの時もそうだけどガチガチになってるのわかるんだよ。んでそういう時は大体良くない結果になる。お前が上手くいくのは笑ってる時なんだよ。俺はお前の好きな人の事わかんねえけどさ、ガチガチ真面目ちゃんよりゆるゆるニコニコちゃんなお前と毎日暮らす方が楽しいと思うぞ」
ごくんとサンドウィッチを飲み込んでから私はペパーに言った。
「今度お料理教えて欲しいな。ペパーみたいに大好きな家族に美味しいご飯作れるようになりたい」
まずはそこから少しずつ頑張ろう。無理はせずに。
「聞けるなら好みとか聞いてみろよ。それに合わせたレシピ考えてやるから」
「うん、ありがとう。ペパー」





本当になりたい大人に頑張ればなれるのかわからないけれど
あなたに向かって私は歩いていきます
まだ時間はかかるけれど待っていてください
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