はじまりはここから
視察のお仕事で二度目のジム巡りが終わり、後はアカデミーに帰るだけになった時のこと。
チャレンジの時とは違うジムリーダーの新たな一面が見れて私はすごく嬉しかった。
大人ってすごいなあって。
大人になってもまだまだ頑張ることがある事を本人達は笑っていた。
うまく言葉にできないけれどその人が選んだその人だけの道がまだまだ続いていくことが子どもの私にはなんだか羨ましかった。
でも皆が私にも頑張れと応援してくれた。
新米チャンピオンの私に、私は私のまま育っていけば良い、大丈夫、できる、そう背中を押してくれた。
視察というより私の方が色んなことを教えてもらったなあ。
そこまでわかっててオモダカさんは私に視察を任せてくれたのかな。
もしも、また何かお手伝いできる機会があったら喜んで引き受けたいな。
そんな事を考えながら最後の街のポケモンセンターで仲間を回復してもらって、私は街の外を見る。
道がある場所を通って帰っても良いし、タクシーを使っても良い。
でもそういう気分じゃなかった。
ミライドンをボールから呼び出すと頭を下げて近寄ってくる。
その頭を撫でると嬉しそうな鳴き声が聞こえた。
「少し遠回りして帰ろっか」
ギャオス、と答えてくれたミライドンに跨る。
スマホロトムを起動してマップアプリを開いて目的地をテーブルシティに設定する。
大体あっち。
まっすぐ向かえばそのうち見えてくる。
その間に山も川もあるけれど今はまっすぐ進みたいそんな気分だった。
「君のおかげでどこにでも行けちゃうね」
ミライドンの頭を撫でてからゆっくり走り出す。
人にぶつからないように道のある場所は通らずに、ポケモンたちを飛び越えて私達は進む。
岩壁が目の前に来たらひたすら登っててっぺんから飛び降りる。
目的の方角へ走って走って着いた時のゴールテープを切るような感覚が大好きだ。
誰かとの競争じゃなくて自分が行きたい場所に好きな道を選んで進める自由が嬉しい。
自分とポケモンの力で目指して辿り着けるのは少しだけ成長できた気がして嬉しい。
アカデミーに戻って視察の報告をして、大会はもちろん楽しみだけれど次はどこにいこうかな。
私の行きたい場所は。
『ポケモンは好きですか?』
『また会おな』
あの声を思い出してしまった。
思い出すとしばらく頭から離れなくて色々手がつかなくなるのに。
テーブルシティの入り口に着地したミライドンを撫でながら少し考え込んでしまう。
そんな私に頭をぐりぐり押し付けてくるミライドン。お腹空いたんだね。
「いっぱい走ってくれてありがと。サンドウィッチだよね。ちょっと待ってね」
リュックから取り出したサンドウィッチを差し出すとガツガツと美味しそうに食べてくれた。
「サンドウィッチ……好きかな」
もし好きならどんな具が好きなのかな。
甘いのかな、しょっぱいのかな。
今まで色んなサンドウィッチを作ってポケモン達と一緒に食べてきた。
ペパーが作ってくれたサンドウィッチも美味しかった。
いつも楽しかったからサンドウィッチのことを考えると幸せな気分になれる。
もしも、あの人と一緒に食べることができたなら。
「どうなるんだろうね?」
「ギャオ」
ポケモンや友達と一緒の時間は想像できるのだけど、あの人と一緒にいる時間が想像できない。
だって会えていないから。
ポケモンリーグの近くに行ったことはある。
課外授業の時期だからというのもあるんだろうけど挑戦者が受付にたくさんいてそれ以上は近寄れなかった。
同じ制服を着た子がリーグの扉に飛び込んでいくのを羨ましく眺めていた。
チャンピオンになったけれど今のところリーグにいく理由は特にない。
この視察だってアカデミーで受けた話だし報告も同じ場所で良いと言われている。
オモダカさんのお仕事を手伝っているボタンの方がリーグに顔を出しやすいんじゃないかな。
報告がアカデミーじゃなかったら「オモダカさんに報告があります」ってリーグに入ってあの人を探すこともできたかもしれない。
ちょっとでも顔が見たいし。
いっそ間違えて報告しに来ちゃいましたってリーグに行ってみる?
ミライドンの足ならテーブルシティからリーグまではすぐそこだ。
「ここまで帰って来ておいてそれはないよねえ……」
「ギャオギャオ」
ミライドンだけじゃなくて私もチャンピオンになって少し目立つようになった。
そんな私たちをアカデミーの生徒がチラッと見ているのは気づいている。
なんならさっき「あれ新しいチャンピオンの子じゃん」「何やってんだろ」と話しながら通り過ぎる声も聞こえていた。
すみません、特に気にしないでください。
自分の行きたい場所がわかったのに動けなくなってるだけなんです。
ミライドンと一緒ならどこにだって行けるはずなのに。
「ギャ」
「報告に行かなきゃ、だね。ボールに戻っ……て?」
ミライドンがこちらを見ていない。
あれ唯一の話し相手としていてくれたはずなのに。
首を傾げるように後ろを見ているミライドンに倣って振り向くと真後ろに彼女がいた。
「まいど」
「……」
「反応してくれんと悲しいんやけど」
「びっくりして、ちょっと息止まりました」
「なんでやねん、深呼吸してみ」
すぅはぁと深呼吸をする私をミライドンと一緒に面白そうに見てる彼女。
「チリさんこんにちは」
「はい、こんにちは。この辺歩いてる学生が言うてたで新チャンピオンが街の入り口で派手なモトトカゲに向かってぶつぶつ喋っとるって」
「あ、あはは……」
どうしよう。
会いたいと思っていたけれど心の準備ができてなかった。
言いたいことや聞きたいことが溢れているのにうまく言葉の形になってくれなくて口元がむずむずする。
「なんやそのむにゃむにゃした顔。チリちゃんに会えて嬉しくないん?」
「嬉しいです!」
聞いてくれたおかげではっきり口に出せた。
一言言えると少し落ち着きが戻ってきた。
「チリさんどうしたんですか?テーブルシティに用事ですか?」
「ん、んあー。あーうん。いや、用事は特にない、ないこともないんやけど」
どっちなんだろう。
でも会えて良かった。こんなところで会える偶然なんてそうないだろうし。
「チリさんに会えて嬉しいです。これから視察の報告なのですれ違いにならなくて本当に良かった」
「視察終わったんやな」
「はい。二度目のジム巡り完了です」
「おもろかった?ジムリーダー強かったやろ」
「バトル楽しかったし、皆さんの事もっと知れました。視察行って良かったです」
「そうかー。楽しかったんかー」
チリさんの手が私の頭を撫でて……ない。これは揺らされている。
前へ後ろへ、左右にもぐらんぐらん。
なんだろうこれは。
「後はトップに報告でミッションクリア。うっきうきやなあ」
ぐっらぐらなんですが。
せっかく会えたんだからちゃんと言わなきゃ、と私の頭を掴んでるチリさんの手を両手で捕まえる。
「視察が終わって次に行きたい場所って考えたらチリさんの所しか思いつかなかったんです」
見上げたチリさんは無表情で何を考えてるのかわからないけれど思っていることを伝えるために言葉を続ける。
「本当に行きたい場所って考えるとそこしかなくて。でも、場所もわかってるけどどういう理由があれば行けるのはわからなくなっちゃって困ってたんです」
「……同じやん」
「はい?」
「スマホロトム!」
「はい!」
急な大きい声にびっくりして鞄からスマホロトムが飛び出す。
「チリちゃんはーリーグ運営のお仕事をしてるんでチャンピオンに連絡取りたいなーって時もあるんですー。ネモの連絡先も聞いとるし!せやから自分の連絡先も知っとかなあかんしチリちゃんの連絡先も知っといてもらわなあかんのです」
「そうなんですか……」
あっという間にお互いのスマホに連絡先が登録された。
手元に戻ってきたスマホに『チリちゃん』と登録された文字が映る。
「チリちゃん日中仕事しとるしマナーモードやけど休憩時間ちゃんと見るし。朝も夜も返せるんやで。あとほんまに緊急時は電話使うように」
「は、はい」
あれ、仕事に必要で連絡先交換って話だったけど仕事じゃない時間も送って良いのかな。
ちょっと、今はちょっとだけそこはふわふわさせておいた方が良い気がする。
ただの予感だけどあまり突っ込まない方がいい気がする。
さっきまでどうにもならないと思っていたのにスマホで繋がることができた。
今はそれを喜ぼう。
「おはようございますって明日から送りますね」
「まず今日のおやすみが先や」
そっか、そういうことを許してくれるんだ。
「はい、ありがとうございます」
「仕事の時に連絡つかんと困るしな。もうちょっとはよ動けたら良かったやんけど。急でごめんやで」
今度はちゃんと頭を撫でてくれた。嬉しい。
でもその手はしばらくすると離れていく。
「さ、チリちゃんそろそろ戻らな休憩時間なくなってまうわ」
「お疲れさまです。休憩時間に来てくれてありがとうございます」
「んーこれも仕事の内やしな。大会頑張りや。応援しとるからな」
「はい、トップにも負けません!」
「言うやん」
けらけらと笑うと彼女は背を向けて歩き出す。
見えなくなるまで後ろ姿を見ていたけれど振り向くことはなかった。
手元のスマホを見ると自分の顔が弛んでるのがわかる。
これから視察の報告なのだからシャキッとしなくちゃ。
「あ、サンドウィッチ好きか聞くの忘れた」
話の途中から後ろで眠っていたミライドンが「ギャオス」と鳴いた。
やっと連絡先聞けたー……。
なんか全然スマートな聞き方できひんかった。
そもそもリーグ側からチャンピオンに連絡とろう思たらこっちで調べたらええだけの話やし。
仕事やから、仕事で必要やから教えてって迫ってもうた。
警戒されたくなくてネモの名前出したけど最後に連絡とったんいつや。
最初の頃「バトル!バトルしましょう!」てそればっかやたら送ってくるから「仕事用の連絡先や。個人的なことは受付へんで」って返したん自分やろ。
思いっきり個人のことに使とるやん……。
おやすみまでねだってもうた。
でも送ってくれるって言うてたし。嬉しい。仕事がんばろ。
だってな、そもそもな、いつ会えるねんって話やで。
知らんうちにアカデミーで大会の企画が出来上がっててアオイはトップの代わりに視察。
ジムチャレンジ二周目?そんなんある?
やったら四天王も二周したらええんちゃうん。さらに強なったチリちゃん見せたるで。
パルデアのあちこちジム巡ってるあの子にしれっと偶然装って会えへんかなとか考えたけどそもそも今どこのジムおるねん…てか仕事!って話やったし。
その時に思た。このスマホ何の為にあるねん。
トップは普通に連絡とっとるし……!
おかげで今日報告に帰ってくるってことがわかったのは良かったんやけど。
良かったんやけど複雑や。
でもやっと繋がれた。
課外授業はまだ続いとるしリーグには挑戦権あるのもないのも毎日やってくる。なんでないのが来るねん。
本気でもう会えへんのかと絶望しかけた。
もっと知りたいのに。
全然チリちゃんのこと教えてへんのに。
『本当に行きたい場所って考えるとそこしかなくて』
会いに行きたかった。
『でも、場所もわかってるけどどういう理由があれば……』
会える理由ずっと探してた。
同じやから連絡先交換したってええやん。ええってことにしとこ。
さて、ほんまにちゃんと仕事しよかという時にスマホの通知に気づいた。
『チリさん、さっきはありがとうございました。久しぶりに会えて本当に嬉しかったです。もうお仕事再開してる頃でしょうか。後半も無理せず頑張ってください٩( 'ω' )وいきなりですがサンドウィッチは好きですか?気になっていたのです……。いつか一緒に食べたいです』
『こっちこそありがとやで。アオイも勉強頑張りや。あと質問の返事やけど』
『好きやで。アオイは?』
『私も好きです』