美しき嘘 シリウス&ランスロット過去編
「赤の軍と黒の軍がともに歩む道だと?」
聞き返した自分の声は興奮のためか、わずかに震えていた。
「ああ。両軍が手を携える日を俺の代で実現させる。シリウス、これを夢物語だとお前は笑うか?」
となりに佇み、ふとこちらを仰ぐランスロットの眼差しは真剣そのものだった。そこに少しだけ縋るような色が揺れているのをシリウスは見逃さなかった。
こんなに胸が騒ぎ、踊る感覚は生まれて初めてかもしれない。
内側からこみ上げてくる感情は、漲る力はいったいなんだ。
なんて偉大過ぎる大志を抱いているんだ、この男は。
生涯をかけて偉業を成し遂げようと覚悟を決めた男の顔に、思わず見とれた。
男が男に惚れるとは、こういうことかもしれない。
シリウスは自分でも珍しいほど歓喜の笑みを浮かべていた。
「いや、驚いたが笑おうとは思わない。むしろ、その夢に俺も乗った。男の持つ夢はでかいにこしたことはない」
「男の夢か。シリウス、お前ならそう言ってくれるだろうと思った」
同志を見つけた喜びを隠しきれずに、口元を綻ばせるランスロットをシリウスは心から眩しいと思った。
まさか、あのランスロットが自分に夢を語る日が来ようとは。
絶対に不可能な夢。
500年もの間、対立を続けた両軍が和平を結ぶ未来。
だが、お前のそんな良い顔が見られるなら、その不可能な夢を応援してやりてえって思っちまった。なんの力もないただの花好きの男が、そんなことを本気で思ってるなんて知ったら、きっと笑われるのは俺の方だ――
美しき嘘。
―シリウスandランスロット過去編―
寄宿学校で同級生のシリウスをランスロットはなぜか気に入っていた。
容姿端麗で頭脳明晰のランスロットは文字通りキングになるために生まれたような男だった。クレイドルの名門キングスレー家の嫡子は代々、赤のキングになることが決まっている。赤の軍の幹部は世襲制だからだ。ランスロットは幼い頃から常に羨望と嫉妬、打算の視線を浴びてきた。
そのプレッシャーを物ともせず、十五歳という若さでも非凡な才能を発揮し、誰もが一目置いていた。
もちろん、愛想笑いで近づいてくる生徒を
「友人」
だと思ったことは一度もなかった。
それ故、彼はいままで特別親しい友人を作らず、ひたすら剣技を磨いていた。
「おい、見ろよ。またランスロットが首席だぞ」
先日行われた試験結果が掲示板に張り出され、生徒たちが群がっているのをランスロットは離れた場所から冷めた目で見ていた。
「シリウス、次席はお前だぞ。花なんかいいから早く見に来いよ」
ある生徒の声に気になる名前を耳にし、ランスロットは振り返った。
ピアスをつけた長身の生徒が花瓶を携えやってくる。これで制服姿なのがアンバランスだった。
「シリウス、お前いつのまに勉強してたんだよ」
「次は首席を狙えよ。ランスロットなんか抜いてくれ」
黒の領地出身とおぼしき生徒に囲まれて、苦笑しているのが次席のシリウスだった。
ランスロットは自分のライバルになり得る男かどうか、単純に興味が湧いた。気づけばシリウスに向かって歩を進めていた。周囲の生徒がランスロットの登場に青ざめる。
「お前がシリウス=オズワルドか」
感情のない声でランスロットはシリウスを見定めるように見据えた。
「ああ、そうだが。 俺に何か用か」
緊張を孕んだ空気を破ったのは、年齢のわりに落ち着つき払った声だった。
こちらを見るシリウスの顔はどこまでも穏やかで、まるで美しい花でも愛でるようだった。金髪碧眼でどこにいても目立つランスロットのことを知らない訳がない。ならば、この余裕はいったいどこから出てくるのか。
「用はない。ただどんな人間か気になっただけだ」
「あんたみたいな有名人が庶民の俺なんかに話しかけてくるとは思わなかった」
ランスロットは内心うろたえた。やはり名乗らずとも自分が誰であるかシリウスはわかっていた。それなのに畏怖するどころかこんな風に親しげに微笑みかけられるとは思わなかった。
この男は、ほかの生徒とは何かが決定的に違う。
このときランスロットは雷が落ちるような感覚に陥った。
この男こそがずっと求めていた好敵手だと。
「悪いが、この通り俺は試験結果よりも花のほうが大事なんでな」
シリウスは生徒の輪をすり抜けると、流し目でランスロットを見た。
「そういや、あんた花は好きか?」
「いきなりなんだ」
「こいつは一年に一度しか咲かない花でな。ちょうど今が見頃だ。花言葉は……ずっと信じて待つ」
すれ違い様、さりげなくすっと一輪の花がランスロットの胸ポケットに挿された。
胸元で咲き誇るのは、名前も知らない紫の花だった。
まるでくれた本人の涼しげで知的な瞳の色のような。
街のしがない花屋が生家であるシリウスは、軍人にはまったく興味がなかった。
将来は家業を継ぐと決めていた。
下にきょうだいが多いこともあって、シリウスは兄気質だった。
学校でも生徒同士の喧嘩の仲裁に入ることが多く、教師にも気に入られ、同級生には頼られ、おまけに面倒見もよく後輩からも好かれていた。
ランスロットが敬われ恐れられるタイプであれば、シリウスはその真逆のタイプの人間だった。しかし、それ故に惹かれたのかもしれない。
文武両道で成績優秀の二人がライバルになるのは必然だった。シリウスは自分の有能さをひけらかすことはせず、
「能ある鷹は爪を隠す」
を地でいく男だった。
そんな飄々とすましているシリウスに対してランスロットのほうが執着を見せていた。
はたから見たら、赤と黒の出身である二人が、唯一無二のライバルとして高め合う姿は全生徒の憧れの的になっていた。
聞き返した自分の声は興奮のためか、わずかに震えていた。
「ああ。両軍が手を携える日を俺の代で実現させる。シリウス、これを夢物語だとお前は笑うか?」
となりに佇み、ふとこちらを仰ぐランスロットの眼差しは真剣そのものだった。そこに少しだけ縋るような色が揺れているのをシリウスは見逃さなかった。
こんなに胸が騒ぎ、踊る感覚は生まれて初めてかもしれない。
内側からこみ上げてくる感情は、漲る力はいったいなんだ。
なんて偉大過ぎる大志を抱いているんだ、この男は。
生涯をかけて偉業を成し遂げようと覚悟を決めた男の顔に、思わず見とれた。
男が男に惚れるとは、こういうことかもしれない。
シリウスは自分でも珍しいほど歓喜の笑みを浮かべていた。
「いや、驚いたが笑おうとは思わない。むしろ、その夢に俺も乗った。男の持つ夢はでかいにこしたことはない」
「男の夢か。シリウス、お前ならそう言ってくれるだろうと思った」
同志を見つけた喜びを隠しきれずに、口元を綻ばせるランスロットをシリウスは心から眩しいと思った。
まさか、あのランスロットが自分に夢を語る日が来ようとは。
絶対に不可能な夢。
500年もの間、対立を続けた両軍が和平を結ぶ未来。
だが、お前のそんな良い顔が見られるなら、その不可能な夢を応援してやりてえって思っちまった。なんの力もないただの花好きの男が、そんなことを本気で思ってるなんて知ったら、きっと笑われるのは俺の方だ――
美しき嘘。
―シリウスandランスロット過去編―
寄宿学校で同級生のシリウスをランスロットはなぜか気に入っていた。
容姿端麗で頭脳明晰のランスロットは文字通りキングになるために生まれたような男だった。クレイドルの名門キングスレー家の嫡子は代々、赤のキングになることが決まっている。赤の軍の幹部は世襲制だからだ。ランスロットは幼い頃から常に羨望と嫉妬、打算の視線を浴びてきた。
そのプレッシャーを物ともせず、十五歳という若さでも非凡な才能を発揮し、誰もが一目置いていた。
もちろん、愛想笑いで近づいてくる生徒を
「友人」
だと思ったことは一度もなかった。
それ故、彼はいままで特別親しい友人を作らず、ひたすら剣技を磨いていた。
「おい、見ろよ。またランスロットが首席だぞ」
先日行われた試験結果が掲示板に張り出され、生徒たちが群がっているのをランスロットは離れた場所から冷めた目で見ていた。
「シリウス、次席はお前だぞ。花なんかいいから早く見に来いよ」
ある生徒の声に気になる名前を耳にし、ランスロットは振り返った。
ピアスをつけた長身の生徒が花瓶を携えやってくる。これで制服姿なのがアンバランスだった。
「シリウス、お前いつのまに勉強してたんだよ」
「次は首席を狙えよ。ランスロットなんか抜いてくれ」
黒の領地出身とおぼしき生徒に囲まれて、苦笑しているのが次席のシリウスだった。
ランスロットは自分のライバルになり得る男かどうか、単純に興味が湧いた。気づけばシリウスに向かって歩を進めていた。周囲の生徒がランスロットの登場に青ざめる。
「お前がシリウス=オズワルドか」
感情のない声でランスロットはシリウスを見定めるように見据えた。
「ああ、そうだが。 俺に何か用か」
緊張を孕んだ空気を破ったのは、年齢のわりに落ち着つき払った声だった。
こちらを見るシリウスの顔はどこまでも穏やかで、まるで美しい花でも愛でるようだった。金髪碧眼でどこにいても目立つランスロットのことを知らない訳がない。ならば、この余裕はいったいどこから出てくるのか。
「用はない。ただどんな人間か気になっただけだ」
「あんたみたいな有名人が庶民の俺なんかに話しかけてくるとは思わなかった」
ランスロットは内心うろたえた。やはり名乗らずとも自分が誰であるかシリウスはわかっていた。それなのに畏怖するどころかこんな風に親しげに微笑みかけられるとは思わなかった。
この男は、ほかの生徒とは何かが決定的に違う。
このときランスロットは雷が落ちるような感覚に陥った。
この男こそがずっと求めていた好敵手だと。
「悪いが、この通り俺は試験結果よりも花のほうが大事なんでな」
シリウスは生徒の輪をすり抜けると、流し目でランスロットを見た。
「そういや、あんた花は好きか?」
「いきなりなんだ」
「こいつは一年に一度しか咲かない花でな。ちょうど今が見頃だ。花言葉は……ずっと信じて待つ」
すれ違い様、さりげなくすっと一輪の花がランスロットの胸ポケットに挿された。
胸元で咲き誇るのは、名前も知らない紫の花だった。
まるでくれた本人の涼しげで知的な瞳の色のような。
街のしがない花屋が生家であるシリウスは、軍人にはまったく興味がなかった。
将来は家業を継ぐと決めていた。
下にきょうだいが多いこともあって、シリウスは兄気質だった。
学校でも生徒同士の喧嘩の仲裁に入ることが多く、教師にも気に入られ、同級生には頼られ、おまけに面倒見もよく後輩からも好かれていた。
ランスロットが敬われ恐れられるタイプであれば、シリウスはその真逆のタイプの人間だった。しかし、それ故に惹かれたのかもしれない。
文武両道で成績優秀の二人がライバルになるのは必然だった。シリウスは自分の有能さをひけらかすことはせず、
「能ある鷹は爪を隠す」
を地でいく男だった。
そんな飄々とすましているシリウスに対してランスロットのほうが執着を見せていた。
はたから見たら、赤と黒の出身である二人が、唯一無二のライバルとして高め合う姿は全生徒の憧れの的になっていた。