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Double Birthday 〜エドガー&ルカ過去〜


「朝ですよ、ルカ」

カーテンが開けられたのか、眩しい光りのシャワーがまぶたに降り注いだ。

「おはようございます。今日もいい天気ですね」

ベッドの中で片目を開けて眉をしかめている俺に、エドが柔らかい笑顔を向けてきた。エドは主席の成績をおさめてる優等生で、僅差で次席が俺だった。俺たちは切磋琢磨するライバルであり、一番わかりあえる友だちだった。
窓の外に視線を送ると、夏空は曇っていた。

「さて、朝食のあとは外で稽古でもしましょうか」


「…なんか雨が降りそうだけど?」


「では、食堂で先に待っていますね」

俺の言葉を聞いてないのか、はじめから天気などどうでもいいのか、エドは手を振ってスタスタと部屋を出ていった。
マイペースなのはいつものことだけど、何かがひっかかる。はっとした。

「ああ、そうだ、今日と明日は…」

エドと俺の誕生日だ。
途端に、腹に黒い鉛のようなものを覚えた。子供の頃からこの塊が心にずっと重くのしかかっていた。小柄な俺の身体では抑えきれないほどの強いそれは、成長するにつれていつ爆発してもおかしくないくらい膨れ上がっていた。もしかしたら、これと同じものをエドも持っているような気がしていた。

俺たちは寄宿舎の食堂で朝食をとり、揃ってグランドに向かった。
鍛錬用ではなく、戦闘用の剣を構える。防御できなければ間違いなく死ぬ。

「エド、今日は……」

その先は言えなかった。エドの剣先が俺の頬をギリギリでかすめていったから。

「ええ、そうです。――今日はブライト家に悪魔の子が生まれた忌まわしき日…毎年この日を迎えるたびに思うんです。自分を殺してまで『生きる』ってなんだろうって」


「……!?」


「俺の相手をしてくれませんか? ルカとは本気で戦いたいと思っていたんです」

エドが俺をまっすぐに見据える。透明で澄み渡った瞳は、ときどき俺ではないなにかを映しているように見えた。その研いだ剣で、エドは何を切り裂こうとしているのだろう。
ぽつんと、額に冷たいものを感じた。思った通り曇天から雨が降ってきた。
けれど、互いに構えは解かなかった。体温が奪われ、視界もかすみ、寄宿舎の喧騒も雨に呑まれた。
俺たちは息を合わせたように同時に地を蹴り、渾身の力で剣を交えた。打ち合うさなか、無言でただ睨み合い、代わりに剣でもって会話した。
エドの剣戟は正確で凄まじかった。避けきれず、服と皮膚を何箇所も斬られた。

「っく…!」


「やりますね、ルカ……ですが、まだ本気を出していませんね?」

振り下ろされた剣の衝撃が骨にまで響いて、筋肉がわなないた。

「俺だってそうだよ、エド……」


(明日はクレメンス家に――望まれなかった子供が生まれた日。どうして俺は生まれてきたんだろう。誰からも必要とされないこんな人生なら…いらなかったのに…!)

クレメンス家に生まれた男児は兄貴のヨナ一人でよかった。どうして俺を産んだの? なんのために産んだの? 母さん。
突如、恨みの幻影がエドに重なって現れた。冷たい眼差しで俺を見下ろす父と母の残像。完璧で強く華々しい兄貴。そしてどこまでも弱い自分。全部を打ち砕きたくて、俺は反撃した。行き場のない猛烈な嘆きをその一撃に込める。エドは受け止めきれずに後方に倒れた。

「エド…っ! 大丈夫!?」

正気にもどった俺は剣を放り投げて駆けつけた。

「平気ですよ…でも、痛いってことは、俺はちゃんと生きてるんだなー」

肩の血を拭い、真っ赤に染まった手のひらを見てエドがしみじみと言う。うわべだけの笑顔とは裏腹に、傷口から血の涙を流しているように見えた。それはきっと俺も同じ…

「あーあ、ルカも痛そうですね。きれいな顔が台無しです。早く手当を…」

パシっと頬に添えられた手を掴んだ。

「不思議だ、いま俺の心がさっきよりも軽くなってる…」


「俺もですよ。ルカに全力でぶつかれたからかもしれません」


(そっか。エドも、もがきながら『生きる』意味を探してるんだ…俺もそう)
いまそれをどう伝えたらいいか口下手な俺はわからなくて、そっとエドを抱き寄せた。

「ルカ?」


「ごめん。少しだけこうしてていい?」

慰め合うつもりはなかったけど、いまこのとき、冷えた体温と荒んだ心をちょっとでもエドと分け合いたかった。言葉にしたらきっと違うものに変わってこの雨にはかなく消えてしまいそうだから。

「変な人ですね。でも、ルカのおかげで気が晴れました。決闘に付き合ってくれたお礼にデザートをおごりますよ」


「……それなら俺が作る。……エドの誕生日プレゼントに。エドは嫌かもしれないけど、お願いだからいらないとか言わないで。エドの誕生日は俺が祝いたいから」

たどたどしく後から言葉を付け足すと、珍しいものでも見るような目でエドは俺を見つめた。そこには、もう殺伐とした色はなくなって、俺の好きな澄んだ色に戻っていた。

「たしか、ルカはスイーツも作れるんですよね?」


「うん、エドは何が食べたい?」


「そうですね。でしたら……黄色と紫のカップケーキがいいです。それならルカの誕生日も一緒に祝えるでしょう?」


「うん、俺もそれがいいと思ってた」


「チョコチップも入れましょう。そのほうが俺好みの色合いになりそうです」


「うん、わかった」

変なの。あんなに憂鬱だった誕生日だったのに、こうして穏やかに笑えるなんて思わなかった。斬られた傷口の痛みさえ、いまここに生きてるって思えてなんか嬉しい。

優しい雨に抱かれ、紅いに濡れた俺たちは、肩を貸し合ってゆっくりと立ち上がった。

「その前にお風呂ですね。ルカ、せっかくですから一緒に入りましょうか? 裸の付き合いってやつです」


「うん、わかっ……え、待って! それは断る!」


部屋に届いていたバースデーカードは兄貴からだった。
いつもの俺なら、ろくに見もしないで捨ててしまったかもしれないけど、今日は不思議と机の引き出しにしまうことができた。
これを読める日がくるかは、正直わからない。
でも、エドが俺のそばにいてくれてよかったと思う。
エドもそう思ってくれていたらいいな。

~Fin~
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