伊達の人質
何故だか、こんなことになってしまった。
俺は女物の着物姿(かつらも被り化粧もして)で、大広間に両手を揃えて座っていた。
しかも、米沢城の……
「政宗様、真田を甲斐からの人質として連れて参りました」
「……本当にお前があの真田なのか?」
眼帯をしていない方の目を見開いて、《独眼竜》が俺を凝視してくる。
が、俺と目が合うとぱっと逸らした。その横顔は嫌悪にも取れるし、照れているようにも取れた。
(照れる? あの独眼竜が??
そんな顔をされたら、女装している俺はもっといたたまれん!)
俺は片倉殿に向き直って、立ち上がった。ばさっと緋色の羽織が広がる。
「いや、それは俺が聞きたい。なぜ、俺がこのような格好を……!?」
「――それは、真田、お前が政宗様に忠義を尽くすためだ」
「は?」
片倉殿の言葉に俺は開いた口が塞がらなかった。
「そうそう。聞いてなかったのか? 甲斐の虎と研いできたモンを伊達に見せてくれよ」
隣で歯を見せて笑うのは、伊達成実殿だ。
「それは鍛錬のことか? ならば、おなごの格好など必要ないのでは」
「いや、これは政宗様のためでもある。そして、信玄公の命でもある。しばらくの間、我慢してくれ」
全く訳がわからないが。御屋形様の命ならば、従わざるを得ない。
「だが、なぜ俺が女装など///」
考えれば考えるほどこの状況がおかしくてならない。拳を握りしめて俺は羞恥に肩を震わせた。
もしや、これは夢なのか、そうであるに違いない。
米沢城での人質生活は不思議と楽しいものだった。
昼間は伊達の家臣たちと鍛錬に勤しみ、夜は独眼竜に呼ばれ、酒を共に酌み交わす。
甲斐での暮らしを聞かれ、他愛ないことを話した。
が、すべて女の姿でだ。実に奇妙過ぎる。
独眼竜からは、いつもの敵意と覇気を感じないし、こちらの調子までおかしくなる。
これなら、喧嘩でもしていたほうがまだマシだ。
なぜなら、二人きりでいると沈黙になるばかりでなく、妙な空気になるからだ。その、なんとも甘ったるい感じが、俺には耐えがたい。
(いかんいかん! いくら女嫌いの独眼竜とて、俺相手に妙な気を起こすなどあるわけがない)
それに、独眼竜は一度も笑った顔を見せない。
(才蔵とはやはり違うな……)
「才蔵……」
甲斐が、才蔵が、無性に恋しく思えた。
今宵も独眼竜に呼ばれていた。
「真田、米沢には慣れたか?」
「ああ、家臣たちはよそよそしいが、成実殿との鍛錬は誠に張り合いを感じる。片倉殿もよく話し相手になってくれるしな」
「そうか……」
月を見ながら、縁側で酒を飲んでいた独眼竜の手が止まる。
酔いでも回ったのか、
「独……だ、伊達殿……?」
不意にその瞳が近づき、吸い込まれそうな気がした。肩が触れ合って、慌てて俺は身を引いた。
(まただ、この甘ったるい雰囲気に…)
「女の格好をしてるお前は、しおらしいな」
「……なっ、好きでしている訳ではない。御屋形様の命令だからだ…だが、いい加減、気色悪いだろう」
「見慣れた」
「な……っ」
「正直、お前が本当におなごだったらとも思う。お前となら……」
そう告げる独眼竜の唇に強気な笑みが浮かんでいた。
俺を挑発する、いや、誘惑する笑みがーー
「やめろ、酔っているのか、伊達殿」
そのとき、
視界が周り、押し倒されたことに気づいたときには、独眼竜に見下ろされていた。
「……っ、なんのつもりだ?」
指先で下唇をなぞられる。ぞくっとして、俺は身を震わせた。
「真田……」
触れてくる独眼竜の手が、着物の合わせ目を押し開き、胸板を妖しく滑る。
「……ん、待て、……」
まさか、このまま俺は、独眼竜に!?
手籠にされる危険を覚えたが、何故か身体が動かない。
「そのままでいろ、真田……」
「!?」
ゆらりと近づく、艶のある唇。
ぶつかる、そう思って目を閉じたときだった。
「邪魔するよ」
「!?」
見上げれば、天井から降りたったのは……
「才蔵……っ」
「真田の忍か」
「武田の意思は、もう十分示したと思うけど。そういう訳で返してもらうよ」
才蔵は俺を横抱きにすると、地を蹴った。
「小十郎か」
「政宗様、追わなくてよろしいのですか」
「ああ、行かせてやれ」
逃げる道中、俺は安堵の息をついた。
「才蔵、助かった」
「全く何やってんだか。あのまま、独眼竜にくれてやるつもりだった訳?」
「な……//」
「ひどい顔だね」
「わかっている! 俺の女装など見たくもないことぐらい」
「違うよ」
ぐいと、後頭部を掴まれたかと思ったら、突然
唇を奪われた。
(才蔵……っ?)
離れると、妖艶な緋色の瞳にぞくりと肌が粟立つ。
「さっき独眼竜に組み敷かれて喘いでたでしょ? なかなかそそられたよ。幸村様にしては」
「……っ」
「思わず、拐いたくなるほどね」
微笑する才蔵が煌めいて見えて、時が止まる。
「いつまでしがみついてんの。さっさと降りなよ。早く戻るよ」
「あ、ああ」
鼓動がうるさい。
だが、口づけが独眼竜でなくてよかった。
才蔵でよかったという意味では断じてないが。
あの男は、好敵手でいてほしい。
天下分け目の戦場(いくさば)にて、必ず決着をーー
おわり
俺は女物の着物姿(かつらも被り化粧もして)で、大広間に両手を揃えて座っていた。
しかも、米沢城の……
「政宗様、真田を甲斐からの人質として連れて参りました」
「……本当にお前があの真田なのか?」
眼帯をしていない方の目を見開いて、《独眼竜》が俺を凝視してくる。
が、俺と目が合うとぱっと逸らした。その横顔は嫌悪にも取れるし、照れているようにも取れた。
(照れる? あの独眼竜が??
そんな顔をされたら、女装している俺はもっといたたまれん!)
俺は片倉殿に向き直って、立ち上がった。ばさっと緋色の羽織が広がる。
「いや、それは俺が聞きたい。なぜ、俺がこのような格好を……!?」
「――それは、真田、お前が政宗様に忠義を尽くすためだ」
「は?」
片倉殿の言葉に俺は開いた口が塞がらなかった。
「そうそう。聞いてなかったのか? 甲斐の虎と研いできたモンを伊達に見せてくれよ」
隣で歯を見せて笑うのは、伊達成実殿だ。
「それは鍛錬のことか? ならば、おなごの格好など必要ないのでは」
「いや、これは政宗様のためでもある。そして、信玄公の命でもある。しばらくの間、我慢してくれ」
全く訳がわからないが。御屋形様の命ならば、従わざるを得ない。
「だが、なぜ俺が女装など///」
考えれば考えるほどこの状況がおかしくてならない。拳を握りしめて俺は羞恥に肩を震わせた。
もしや、これは夢なのか、そうであるに違いない。
米沢城での人質生活は不思議と楽しいものだった。
昼間は伊達の家臣たちと鍛錬に勤しみ、夜は独眼竜に呼ばれ、酒を共に酌み交わす。
甲斐での暮らしを聞かれ、他愛ないことを話した。
が、すべて女の姿でだ。実に奇妙過ぎる。
独眼竜からは、いつもの敵意と覇気を感じないし、こちらの調子までおかしくなる。
これなら、喧嘩でもしていたほうがまだマシだ。
なぜなら、二人きりでいると沈黙になるばかりでなく、妙な空気になるからだ。その、なんとも甘ったるい感じが、俺には耐えがたい。
(いかんいかん! いくら女嫌いの独眼竜とて、俺相手に妙な気を起こすなどあるわけがない)
それに、独眼竜は一度も笑った顔を見せない。
(才蔵とはやはり違うな……)
「才蔵……」
甲斐が、才蔵が、無性に恋しく思えた。
今宵も独眼竜に呼ばれていた。
「真田、米沢には慣れたか?」
「ああ、家臣たちはよそよそしいが、成実殿との鍛錬は誠に張り合いを感じる。片倉殿もよく話し相手になってくれるしな」
「そうか……」
月を見ながら、縁側で酒を飲んでいた独眼竜の手が止まる。
酔いでも回ったのか、
「独……だ、伊達殿……?」
不意にその瞳が近づき、吸い込まれそうな気がした。肩が触れ合って、慌てて俺は身を引いた。
(まただ、この甘ったるい雰囲気に…)
「女の格好をしてるお前は、しおらしいな」
「……なっ、好きでしている訳ではない。御屋形様の命令だからだ…だが、いい加減、気色悪いだろう」
「見慣れた」
「な……っ」
「正直、お前が本当におなごだったらとも思う。お前となら……」
そう告げる独眼竜の唇に強気な笑みが浮かんでいた。
俺を挑発する、いや、誘惑する笑みがーー
「やめろ、酔っているのか、伊達殿」
そのとき、
視界が周り、押し倒されたことに気づいたときには、独眼竜に見下ろされていた。
「……っ、なんのつもりだ?」
指先で下唇をなぞられる。ぞくっとして、俺は身を震わせた。
「真田……」
触れてくる独眼竜の手が、着物の合わせ目を押し開き、胸板を妖しく滑る。
「……ん、待て、……」
まさか、このまま俺は、独眼竜に!?
手籠にされる危険を覚えたが、何故か身体が動かない。
「そのままでいろ、真田……」
「!?」
ゆらりと近づく、艶のある唇。
ぶつかる、そう思って目を閉じたときだった。
「邪魔するよ」
「!?」
見上げれば、天井から降りたったのは……
「才蔵……っ」
「真田の忍か」
「武田の意思は、もう十分示したと思うけど。そういう訳で返してもらうよ」
才蔵は俺を横抱きにすると、地を蹴った。
「小十郎か」
「政宗様、追わなくてよろしいのですか」
「ああ、行かせてやれ」
逃げる道中、俺は安堵の息をついた。
「才蔵、助かった」
「全く何やってんだか。あのまま、独眼竜にくれてやるつもりだった訳?」
「な……//」
「ひどい顔だね」
「わかっている! 俺の女装など見たくもないことぐらい」
「違うよ」
ぐいと、後頭部を掴まれたかと思ったら、突然
唇を奪われた。
(才蔵……っ?)
離れると、妖艶な緋色の瞳にぞくりと肌が粟立つ。
「さっき独眼竜に組み敷かれて喘いでたでしょ? なかなかそそられたよ。幸村様にしては」
「……っ」
「思わず、拐いたくなるほどね」
微笑する才蔵が煌めいて見えて、時が止まる。
「いつまでしがみついてんの。さっさと降りなよ。早く戻るよ」
「あ、ああ」
鼓動がうるさい。
だが、口づけが独眼竜でなくてよかった。
才蔵でよかったという意味では断じてないが。
あの男は、好敵手でいてほしい。
天下分け目の戦場(いくさば)にて、必ず決着をーー
おわり
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