紅梅の雪〜母の祈り〜
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紅梅の雪〜母の祈り〜
蕾がなっていた。
梅の花だ。まだ小さな、けれど可憐な美しさを秘めた赤い蕾。
「だが、まだまだ咲きそうにないな」
雪が降ったばかりの寒空の下。
俺は姫と手を繋ぎ、雪化粧した庭の梅を眺めていた。
ふと、既視感を覚えて蕾に触れた手が止まる。
「どうしたのですか?」
「いや……幼い頃のことを思い出していた」
それはまだ、俺が「弁丸」と呼ばれていた頃だ。
色褪せた景色が、心に突然蘇る。
「昔、母上と兄上とこうして梅の花を見た気がする」
神社の帰りに、寄り道ばかりする幼い俺の手を引いて、振り返りながら微笑む母上の姿。
今はもう決して見ることが叶わぬ、あまりにも焦がれた存在。
無意識に俺は姫の手を握りしめていた。
「幸村様……?」
「すまん、痛くはなかったか?」
「いえ、大丈夫です」
柔らかく微笑んでくれた姫に、心から安堵し、俺は切なげに笑った。
かつて、母を思い出すと計り知れない寂寥感が胸を覆ったものだ。だが、いまは不思議とこの寂しさと痛みに耐えられる。
「きっとお前がそばにいてくれるからだろうな」
今の俺には姫がいる。
深い愛と絆で結ばれた、最愛のおなごが。
「だが、ご、誤解するなよ。お前が母上の代わりなどとは思っちゃいねえからな。お前は心から好いたおなごだ!」
「ふふ、はい」
いつか俺も、姫との間にかけがえのない命を授かるのだろうか。
そうなったら、幸せなのは言うまでもないが、もしも、姫が母上のようになったらと思うと……
一年に一度しか咲かない梅の花。
あと、何度、隣で見ることが叶うのだろう。
(姫目線)
目の前の幸村様が、こみ上げてくる思いを堪えているように見えて、胸が締め付けられた。
私は幼い日の幸村様が、お母様と手を繋いで歩いた日々に思いを馳せてみる。
まだ、甘えたい時期の男の子が、お母さんと永遠に離れてしまうなんて、想像するだけで辛い。
「今思えば、それが母上との最初の記憶かもしれん……梅の花が咲く頃、ちょうど俺は産まれたらしいからな」
「幸村様……」
冬の寒さを含んだ風が、枝を揺らし、幸村様の髪を揺らした。
「元服してからは、才蔵とよく花見をするようになったが、桜は見ても梅の花を見るのはどこか避けていた気がする。やはり、母上を思い出すからかもしれんな……って俺は何を話してんだ。姫、すまねえ。忘れてくれ」
幸村様は大きく頭を左右に振った。なにかを振り切るように。
「謝らないでください。幸村様の心に触れられて嬉しいです。私にはなんでも話してください」
想いが届くように言うと、幸村様は照れながら微笑した。
「俺はもっと、強くならねばな。お前を守れるように」
幸村様は私を愛しげに抱き寄せた。
見上げると、自然と唇が重なる。
僅かな梅の香りと、幸村様の温もりが、私の心を震わせた。
それから、すぐに戦が始まった。
「幸村様……どうか、ご武運を」
「ああ、必ずや、生きて帰る。俺の帰りを待っていてくれ」
引き締めた顔。
その額には紅色の鉢巻がきつく締められ、風に靡いていた。槍を携えた凛とした姿。
ああ、幸村様が行ってしまう。
戦に送り出すとき、いつもこれが今生の別れになってしまったらどうしようと思う。
そうは思いたくないのに、もしかしたらという不安は拭えない。
もし、幸村様が戦で命を落としてしまったら……
そう考えると、胸が抉られるような痛みを覚え、心が塞ぐ。
泣き出しそうになりながら、小さくなるその背中を脳裏に焼き付けようと懸命に目を凝らす。
どうか、どうか、あの人を死なせないでください。
祈らずにはいられなかった。
きっと、幸村様のお母様もこんな気持ちだったのかもしれない。
あの赤い鉢巻は、幸村様と信幸様のお母様が生前に仕立てたものだと聞いた。
幸村様もとても大切にしているし、出陣には必ずあの鉢巻を締める。
「戦場で武功をあげて、華々しく散る。そう母上は願っておられた。それに、いつも必勝のまじないをかけてくれた」
たまのをを むすびかためて
よろづよも みむすびのかみ
みたまふゆらし
だから、幸村様はお母様の願いを叶えたいのだと言っていた。
お母様の祈りは、ーー本当の祈りは、幸村様に届いたのだろうか。
生きて。
「幸村様、どうか、生きてください」
視界が涙で滲む。
梅の花が咲く頃に、戻ってきてください。
幸村様が産まれた季節に。
きっと大丈夫。お母様がついているから。
私は天を仰いだ。
澄んだ空。
雲間から差し込む太陽は、春の訪れを感じさせた。
その暖かい光が幸村様をあまねく、照らしてくれますように。
おわり
蕾がなっていた。
梅の花だ。まだ小さな、けれど可憐な美しさを秘めた赤い蕾。
「だが、まだまだ咲きそうにないな」
雪が降ったばかりの寒空の下。
俺は姫と手を繋ぎ、雪化粧した庭の梅を眺めていた。
ふと、既視感を覚えて蕾に触れた手が止まる。
「どうしたのですか?」
「いや……幼い頃のことを思い出していた」
それはまだ、俺が「弁丸」と呼ばれていた頃だ。
色褪せた景色が、心に突然蘇る。
「昔、母上と兄上とこうして梅の花を見た気がする」
神社の帰りに、寄り道ばかりする幼い俺の手を引いて、振り返りながら微笑む母上の姿。
今はもう決して見ることが叶わぬ、あまりにも焦がれた存在。
無意識に俺は姫の手を握りしめていた。
「幸村様……?」
「すまん、痛くはなかったか?」
「いえ、大丈夫です」
柔らかく微笑んでくれた姫に、心から安堵し、俺は切なげに笑った。
かつて、母を思い出すと計り知れない寂寥感が胸を覆ったものだ。だが、いまは不思議とこの寂しさと痛みに耐えられる。
「きっとお前がそばにいてくれるからだろうな」
今の俺には姫がいる。
深い愛と絆で結ばれた、最愛のおなごが。
「だが、ご、誤解するなよ。お前が母上の代わりなどとは思っちゃいねえからな。お前は心から好いたおなごだ!」
「ふふ、はい」
いつか俺も、姫との間にかけがえのない命を授かるのだろうか。
そうなったら、幸せなのは言うまでもないが、もしも、姫が母上のようになったらと思うと……
一年に一度しか咲かない梅の花。
あと、何度、隣で見ることが叶うのだろう。
(姫目線)
目の前の幸村様が、こみ上げてくる思いを堪えているように見えて、胸が締め付けられた。
私は幼い日の幸村様が、お母様と手を繋いで歩いた日々に思いを馳せてみる。
まだ、甘えたい時期の男の子が、お母さんと永遠に離れてしまうなんて、想像するだけで辛い。
「今思えば、それが母上との最初の記憶かもしれん……梅の花が咲く頃、ちょうど俺は産まれたらしいからな」
「幸村様……」
冬の寒さを含んだ風が、枝を揺らし、幸村様の髪を揺らした。
「元服してからは、才蔵とよく花見をするようになったが、桜は見ても梅の花を見るのはどこか避けていた気がする。やはり、母上を思い出すからかもしれんな……って俺は何を話してんだ。姫、すまねえ。忘れてくれ」
幸村様は大きく頭を左右に振った。なにかを振り切るように。
「謝らないでください。幸村様の心に触れられて嬉しいです。私にはなんでも話してください」
想いが届くように言うと、幸村様は照れながら微笑した。
「俺はもっと、強くならねばな。お前を守れるように」
幸村様は私を愛しげに抱き寄せた。
見上げると、自然と唇が重なる。
僅かな梅の香りと、幸村様の温もりが、私の心を震わせた。
それから、すぐに戦が始まった。
「幸村様……どうか、ご武運を」
「ああ、必ずや、生きて帰る。俺の帰りを待っていてくれ」
引き締めた顔。
その額には紅色の鉢巻がきつく締められ、風に靡いていた。槍を携えた凛とした姿。
ああ、幸村様が行ってしまう。
戦に送り出すとき、いつもこれが今生の別れになってしまったらどうしようと思う。
そうは思いたくないのに、もしかしたらという不安は拭えない。
もし、幸村様が戦で命を落としてしまったら……
そう考えると、胸が抉られるような痛みを覚え、心が塞ぐ。
泣き出しそうになりながら、小さくなるその背中を脳裏に焼き付けようと懸命に目を凝らす。
どうか、どうか、あの人を死なせないでください。
祈らずにはいられなかった。
きっと、幸村様のお母様もこんな気持ちだったのかもしれない。
あの赤い鉢巻は、幸村様と信幸様のお母様が生前に仕立てたものだと聞いた。
幸村様もとても大切にしているし、出陣には必ずあの鉢巻を締める。
「戦場で武功をあげて、華々しく散る。そう母上は願っておられた。それに、いつも必勝のまじないをかけてくれた」
たまのをを むすびかためて
よろづよも みむすびのかみ
みたまふゆらし
だから、幸村様はお母様の願いを叶えたいのだと言っていた。
お母様の祈りは、ーー本当の祈りは、幸村様に届いたのだろうか。
生きて。
「幸村様、どうか、生きてください」
視界が涙で滲む。
梅の花が咲く頃に、戻ってきてください。
幸村様が産まれた季節に。
きっと大丈夫。お母様がついているから。
私は天を仰いだ。
澄んだ空。
雲間から差し込む太陽は、春の訪れを感じさせた。
その暖かい光が幸村様をあまねく、照らしてくれますように。
おわり