真紅の暴君
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「やっとお昼休みなんだゾ〜〜〜!!!」
「あぁ…昨日のお昼ぶりだぁ。死ぬほどお腹空いた」
昼休みを迎えると水を得た魚のようにテンションMAXのグリムは大声ではしゃいだ。非常に煩いし、悪目立ちしてるし、これにはエースも苦言を漏らすレベル。
しかしご機嫌なら午後もこの調子を維持してもらった方が好都合だと思い、昼休みはできるだけ好きにさせることにした。ビッフェ形式に大皿に盛られた様々な料理を前に好きなものを皿に取るのはグリムでなくても素直に楽しくなる気持ちもわかるしね。
「幸緒!オレ様、鶏肉のグリルがいい!最後の1個なんだゾ!あとオムレツも!ジャムパンも!いっぱい取って欲しいんだゾ!」
「はいはい、わかったわかった」
特にネコ科が苦手とする食材も行けるのか謎なグリムの分もリクエスト通りにひょいひょい皿に取りながら、最後の1つしかない鶏肉のグリルを乗せた所で足下をうろついていたグリムがあだっ!と悲鳴を上げた。
何事かと横を見ればパスタを乗せた皿を持った知らない生徒とグリムがぶつかったらしく、その生徒は深刻そうに大きな声を上げて絡んできた。
「お前がぶつかってきたせいでパスタの温玉が崩れちまったじゃねえか!」
「温…玉…え?温玉…??」
「おいおいおい〜ぷりぷりの温玉を崩すのはカルボナーラ一番のお楽しみだぜ?どう落とし前つけてくれんだよ!」
「????…えっ落とし前?黄身ごときで???」
何かと思えばぶつかった衝撃で温玉が割れたと言う言い分で絡んでくる2人の不良生徒。高圧的な態度からも温玉がどうとか関係なく、どう見てもカツアゲだ。それに足元にいるグリムに当たったくらいで温玉が割れるわけない、転んだわけじゃあるまいし…割れたならそれは皿を持ってる生徒の体幹が弱すぎるだけで、今グリムと私は言われなきカツアゲにあってる!こんな真っ昼間の大食堂で!これがナイトレイブンカレッジ生のモラル!
「慰謝料としてお前の取った鶏肉のグリルくらい譲ってもらわないと、釣り合いがとれねぇなぁ」
「ふな゛っ!?い、嫌なんだゾ!この肉はオレ様のだ!」
「いいぞ、グリム。強気で行け!」
「あ?新入生のくせに先輩に対する態度がなってないんじゃねえの? ちょっと裏来いよ!」
「うわっ古典的…普通に嫌ですけど」
「せ、先輩。校則に魔法での私闘は禁じると……」
言い争いに気づいて間に入ったデュースから衝撃の校則を聞いて朝のアレは!?と思ったが、学外の寮周りには効力ないのかも知れない。
「私闘〜?これは先輩から後輩への教育的指導ってやつだよ!」
パスタ皿を持ったままマジカルペンを構えた先輩不良生徒はそうして屁理屈を並べて、ついに闘いの火蓋が切られた。始まる乱闘の巻き添えをくわない様に私は素早く皆の皿を一旦盛り皿のテーブル隅に避難させた。さすがに食堂内で激しい激闘が繰り広げられる事はなく、魔法も飛び交う不良の小競り合いで負ける心配もなさそうではあるけど、あまり大事にするとまた学園長が飛んでくるかも知れない。昨日みたいにまたお使いクエストを課せられるのは懲り懲りなので、私はそ〜っと忍足で不良生徒2人組の背後に回り込み、片手でゴーストカメラを構えながらヒートアップしそうになってる2人の肩をトントンと軽く叩いた。振り返る瞬間に合わせて彼らの顔間近に寄せたゴーストカメラのフラッシュを焚き、一瞬目を眩ませたその隙にグリムが放った炎が2人の尻に火をつけて私闘は無事に私達の勝利で幕を閉じた。そして尻が炎上した不良生徒は負け惜しみのセリフを吐くや否や、そそくさと守り切ったパスタ皿を持って逃げ去っていった。
「へん!! 口ほどにもねーヤツらなんだゾ!おとといきやがれってんだ!」
「最後まで古典的だったね」
朝のクソ強先輩や、昨夜の怪物に比べれば大した事ないけども、禁じられているルールを平気で破ってくるモラルを思うとこれから先が不安だ。
とにかく1日目からイベントが多すぎて疲れを感じながらも私達は無事に空いてるテーブルを確保して昼食にありついた。
ようやく胃袋に食べ物を流し込めて空腹感を払った所で頭が多少回るようになった。美味い美味いと、人の膝を踏み台にしたグリムの後頭部を見つめながら私はエースの首輪の件のことを考えていた。
ハートの女王の謎法律は理解できる気がしないので脇に置いとくとして寮長に会うにはどうすればいいだろうか?
まず、寮に突撃した所で謎ルールの元に撃退されるのは朝の攻防でわかりきっている。ならばこのだだっ広い学園内ならルール適用されなければ会える可能性…しかし現実的に捜すの大変すぎるし、会えた所で許してくれないかも知れない。そう考えると通せんぼされたとはいえ、詫びタルトを用意するよう助言してくれたケイト先輩の言う通りにするのがいいのだろう。しかし…タルトを買える店とか学園の敷地内にあるのか?と言うか、学園外に町とかあるんだろうか?てか地理はどんな感じなの?地球みたくツイステッドワンダーランドって丸いの?
「ところでオマエたちの寮は今朝見たけど他の寮ってどんなのなんだゾ?」
徐々に思考が脱線して煙が出そうな頭を抱えていると、グリムと前に座って話していたエースとデュースがげっと表情を歪ませたのと同時に背後からとても陽気な声が会話に割り込んできた。
「学園のメインストリートにグレート・セブンの石像が立ってたじゃん?あの7人に倣ってこの学園には7つの寮があるんだよ」
ビクッと肩を震わせて振り返る私と私の膝に乗ってムシャムシャと肉を貪っていたグリムも口の端に食べカスを付けながらうわっと顔を顰めた。朝散々作業を手伝わされたかと思えば有無を言わさず追い返されたので当然ヘイトによる非難が殺到するのだけど、当のケイト先輩はむ〜と不満げに唇を尖らせていた。
「騙したなんて人聞き悪いなあ。オレもやりたくてやってるわけじゃないんだよ?寮の決まりだから仕方なくやってるだけで」
「めちゃくちゃ笑顔でしたけど……」
ニコニコしながら言い訳を並べるケイト先輩に思わずツッコミを入れてしまったデュースはそこから陽キャの過度な可愛がりを受けてタジタジしてる。ちゃん付けとか、自分で優しい先輩とか明言するのがすごい陽キャの陽の気を強く感じる。
「はは。それはケイトの愛情表現だからな」
「つか、隣のアンタは誰?」
ケイト先輩の後ろで微笑みを浮かべていた謎の眼鏡の生徒がこれまた突然話に入って来て、当然の疑問をエースが突っ込んでくれて正直助かる。てかこの人たちいつまで私の背後に立ってるだろうか、落ちつかねぇよ。
「おっと、悪い。俺はトレイ。トレイ・クローバー。ケイトと同じくハーツラビュルの3年だ」
「まーたエースたちの先輩…」
今更ながらエース達はこの明らかに濃ゆい先輩方を覚えてないのかよと思いつつ、目が合ったのでとりあえず軽く会釈した。ケイト先輩といい寮の違う私には所詮他寮の先輩とか関わる機会もほぼなさそうだしと適度に会話するつもりのスタンスだった。
「君はオンボロ……ゴホン、使われてなかった寮の監督生に着任した新入生の幸緒だろう?」
「えっあっはい、夢原 幸緒ですけど…」
唐突な名前呼びに思わず氏名を名乗るとトレイ先輩は少し不思議そうに小首を傾げた。
「ユメハラ… 幸緒じゃないのか?」
「あっハイ、幸緒でいいです」
どうも日本式の名乗りは通じないようだし、もう面倒だから名前だけでいいかと諦めた瞬間だった。日本では基本的に初対面とか、縁の薄い人にはさん付けとかが当然だったので最初から名前呼びが当たり前の世界に当分馴染めそうにない。
「ケイトに聞いてる。昨日はうちの寮の奴らが迷惑かけて悪かったな」
「あ、いえいえお構いなく…迷惑なんてかけ……られてないこともない。おかげで今日は全身筋肉痛ですね、ハイ」
「いやっ昨日のはなんかもう色々お互い様でしょ!…って、ちゃっかり隣に座ってるし……」
話してる内にごくごく自然にベンチに座っている私の隣にスッとトレイ先輩が座ってた。あまりに自然だし、黒縁眼鏡に短髪の緑髪と比較的落ち着いた見た目にケイト先輩とは反対側の頬に同じようにクローバーの化粧もしてるが、今まで出会う生徒の中で1番まともに会話できていたから油断していた。
「まーまー。せっかく同じ寮に入ったんだから仲良くしよーよ。とりまアドレス交換で〜!」
当たり前のように座ったことをうやむやにするようにケイト先輩が異世界スマホを取り出し、エースとデュースにアドレス交換を求め、2人は同じ寮の先輩の圧に屈してスマホを取り出して連絡先を交換していた。そう言えばこの世界に来た時に私はこの身一つだったから、当然スマホや財布など貴重品一切持って来れなかったんだよなぁ…何かと連絡すぐ取れないってのは不便だよなぁ……いや、グリムは常に一緒にいるし、家族も遠方の友達もいないこの世界ではなくても何とかなるわな。
エース達とは交換し終えたのか、テーブルを回って来たケイト先輩が1人頷く私にスッとスマホを差し出してにっこり笑う。
「あ、すんません。私達はスマホ持ってないんで」
「えっ、スマホ持ってないの!?マジヤバ!天然記念物並みにレアじゃん」
「ヒィッ距離近ッ」
交換出来ないものはできんときっぱり断ったら、とても驚いたケイト先輩はずいっとトレイ先輩とは反対側に座って距離を詰めて来た。突然の挟み撃ちに私は両隣へ落ち着きなく目線をキョロキョロさせて戸惑うしかない。
「最新機種安くしてくれるお店、紹介したげるよ〜今度スマホ選びデートとかどお?」
「へぁっ!?」
そもそもスマホを買う以前にお金も私物も全くない状態なんで買いに行けるわけないが、突然のデートの誘いにこの人もしかして私を女の子と認識してるのではと驚いて変な声が漏れ出た。女の子として認識して欲しい欲の反面、こんな序盤にバレるのはマズいと自制心の狭間で、バレる素振りが全く皆無だったのにここに来てこの急展開は酷く心臓に悪く、動悸が激しくなって変な汗が滲む。
「はぁ…はぁ…いや…その…はぁ…はぁ…」
「ケイト。新入生が引いてるから、ほどほどにな」
「あはは、ごめんごめん!」
両サイドを挟まれて頭上を行き交う上級生のからかい混じりの会話に居心地の悪さを感じて私はとりあえず女子バレしてなかったことに安堵したものの、物理的にも肩身が狭くて小さく縮こまり膝の上の毛玉を抱えてその背中に顔を埋めた。グリムは鬱陶しそうに一度体を捩ったが、先輩方が寮について教えてくれるとのことでそのまま会話に参加し始めた。
初日はストリートの像を見てあんなにイキって説明していたエースが思ったよりも自分の寮の特色を把握してないのかよとよぎりつつ、関係ない私でも何一つ理解できないハーツラビュル寮については気になっていたので耳をそばだてて話を聞いていた。
まずこの学園にはこの世界で偉人であるグレートセブンの像にちなんだ7つの寮が存在するのだとか、てっきり二宮金次郎像みたいになんかよく分からんけど学校に置いてある謎の銅像レベルだと思ってたから意外だ。
偉人のハートの女王は規律を重んじ、厳格なルールを定めて変な奴らばかりの不思議の国を治めていたのだとか……なんか、聞いた事あるような…ないような。
そしてハーツラビュルはハートの女王をリスペクトしてる寮なので、ハートの女王のドレスの色と同じ赤と黒の腕章を付けて、そのハートの女王が作った法律に従う伝統があるのだそうな。
「肩が凝りそうな寮なんだゾ〜!」
うへ〜と嫌な顔をしたグリムを見て私も頷く。そもそも時代背景も違う大昔に作られたルールが色々と変化した現代に通用するとは思えないのだけど…法律を重んじる寮ならなら今のハーツラビュルの人々にとって不要なルールを現代風に改正するとか、そう言った有意義な活動に繋げないんだろうか。
「どれくらい厳しく伝統を守るかは寮長の気分次第で前の寮長はかなりゆるゆるだったんだけどね〜」
うーん。
ケイト先輩の反応を見るにルールは守るのが前提で寮長によって守るルールの塩梅が変わるんだとか、何か、急に緩いな…。
「リドル寮長は歴代寮長の中でも飛び抜けて真面目でね。だから最大限その伝統を守ろうとしているというわけだ」
「げぇ〜めんどくさ」
「今の寮長はガチガチルールを強いるタイプか…牢ごっゲフンゲフン…世代によって苦しむ生徒が出そうな寮だね!」
「えっ今牢獄って言い「いやぁ〜さすが名門校ダナー厳格厳格…それで他にはどんな寮が?」
朝の薔薇の色のこだわりといい、耳を滑るルールとか聞いてるだけで頭痛くなってくる内容に思わずポロッと本音を零しかけてエースとデュースの感情の消えた視線から逃げるために急いで先輩に次なる話題提供を求めた。
トレイ先輩が教えてくれた他寮の特徴は大体ハーツラビュルのようにリスペクトする偉人に関するもので、百獣の王の不屈の精神に基づく『サバナクロー』寮、海の魔女の慈悲の精神に基づく『オクタヴィネル』寮、砂漠の魔術師の熟慮の精神に基づく『スカラビア』寮、美しき女王の奮励の精神に基づく『ポムフィオーレ』寮、死者の国の王の勤勉な精神に基づく『イグニハイド』寮、茨の魔女の高尚な精神に基づく『ディアソムニア』寮だそうだ。
嘆くグリム同様に寮多い〜という感想もあるけど、偉人が思った以上にファンタジーの住人すぎる〜サバナクローは最早ライオンじゃん!現代の感覚が邪魔してどうしても私はいまだに夢を見てるのか?って感覚が抜けねーよ!
頭を抱える私がグリムと同じく寮を覚えられずに困ってると捉えたような先輩達は生暖かい励ましをくれたけど、違う、そうじゃない。世界に馴染めないだけ。
「どの寮に入るかは、入学式のとき魂の資質で闇の鏡が決めるとされてるけど……なんとなく、寮ごとにキャラが固まってる感じはあるな」
そう言えばその魂の資質で何処にも当てはまらない私がこの学園に拉致られたのがおかしな話なんだよな。先輩の言い方からも新入生は基本的にその7つの寮に振り分けられるようだし、オンボロ寮はどう見たって長年使われた形跡もなく、メインストリートには7つの像しかないからオンボロ寮のリスペクト先もないなら腕章もないので本当に私とグリムみたいな行き場のない異物を押し込んだだけなんだろう。
「それはあるねー。めっちゃわかる」
「所属してる寮でそんな変わるもんです?」
ケイト先輩があまりにもわかりみが深いと頷くので小首を傾げていると、反対に座ってるトレイ先輩がトントンと肩を叩き声を掛けてきた。
「例えば……ホラ、あいつ」
「ああ…あのマッチョの…えっ犬耳?ここはテーマパークか?いや、えっま……マァッ!?!?」
先輩がそっと示した方へ視線をやると、背も高く制服の上からでもガタイがよくて褐色肌のマッチョな生徒が座っていた。強面でガタイがいい高校生ってだけでも多少の驚きはあったのだが、銀髪からピロっと出た愛らしい犬耳(本物)とフサフサの尻尾(本物)のコンボに私は目が飛び出るかと思うほど驚愕したが、
「あのゴツさは見るからにサバナクロー寮って感じだな」
極々普通にあるあると頷き合ってる横の先輩達を見てはこの世界では耳が横に生えてようが、縦に生えてようが些細なことでしかないのだと異世界間のギャップに動揺して震える。
「肉体派っていうか、イカツイお兄系っていうか?黄色と黒の腕章つけてるのはサバナクロー寮」
「ほー。じゃあ、あっちの灰色と薄紫の紐を腕に巻いてるのは?」
寮の偉人といい、ケモ耳族と言い急にぶっ込まれるファンタジー要素に一々思考停止する私を置いて、新入生としては大体同じ立場にあるグリムはさっさと次に気になった生徒を短い腕で指して訊ねる。モンスターのくせに適応力高いなコイツ。
「彼はオクタヴィネル寮だな。その手前のテーブルに座ってる臙脂と黄色の腕章はスカラビア寮の生徒だ」
グリムが気になっていた眼鏡の意識高そうな生徒や手前のいかにもアラビアンな2人の生徒を見て少しホッとした。このレベルですら私からすれば外国人に会ってるみたいな新鮮な気持ちになるけど先ほどのケモ耳族よりも衝撃はなかった。
この2つの寮は先ほどのサバナクローと比べても頭脳派で成績トップを争い合う頭のいい寮だそうだ。確かに白い歯を見せて爽やかに笑う1人を除いて賢そうに見える。
「あっちのやたらキラキラしてるのはポムフィオーレ寮。紫と赤の腕章をしてる」
次に指された先には室内なのにハットを被ったやたらと姿勢の美しいお兄さん、その隣に座ってるのは明らかに美少女。薄紫の緩いウェーブのかかった髪、フランス人形みたいに白い肌に大きな目とまつ毛もバシバシで儚げな印象でストライプのネクタイをリボン結びした小柄な生徒がそこにいた。
「ホワッ!超可愛い女の子がいるんだゾ!」
「そ、そうだよな!?どう見たって美少女だよなっ!??」
「エッ!?男子校なのに!?」
女の子が普通にいる状況がもしかして自然なのかと思えば混乱するデュースの反応的にやっぱり女の子がいるのは異常らしい。
「アホ。男子校に正式入学した奴に女がいるわけないでしょーが」
「「え゛〜!?」」
「マ?………あれで男の子なの?……」
あまりの衝撃的な事実に美少女(男子)をただただ呆然と見つめているとチラリと目が合ったが、不思議そうにするその仕草でさえ可憐で私はまるで弾丸に撃ち抜かれたようにベンチから転げ落ちた。背中からグリムを抱えたままゴンっと強かに床に頭を打ちつけた。
「ふぎゃっ!?きゅきゅ急にどうしたオマエ!?ビックリしたんだゾ〜!」
「あぁ… すまん…自分がとんだピエロだったことに気づいて…情けなくてっうぐっ…」
学園長の言っていたバレない自信をようやく理解したのだ。そして男の子でありながら性別差だけじゃ勝てない現実を見せつけられて女としてのプライドが粉々になったし、こんな男子校の中に放り込まれた私はさながら狼の群れに放り込まれた羊とか思ってたのが超恥ずかしいし、ひたすらに痛々しい。あまりの羞恥心で今は顔を覆って嗚咽を漏らすことしかできない。
「ま〜た例の発作?それリアクションでかくて一々ビビるんだけど」
「え〜〜と…この反応は監督生ちゃんにとってはよくあること、なのかな?」
「う〜ん… 幸緒はため込んだ感情が爆発するタイプみたいで、昨日もこんな感じでした」
「昨日も急にキレて散々泣き喚いてたし、しばらくすればスッキリして戻ってくるっしょ。あ、下手にちょっかいかけると八つ当たりされますよ!」
「いやいや、だからって冷たすぎないか?他の生徒の通行の妨げにもなるし、せめてイスに座ろうな?」
「うっ…うっ…ぁ゛ぃ…」
女の子の話題から昨日の喋る絵画と同じ系統で肖像画の女性陣と合コンをセッティングしようとしていたケイト先輩も私の奇行に流石に言葉を失い、しばらく間を置いてから思い出したようにとりあえずポムフィオーレ寮が顔面偏差値高めの美容意識の高い寮であると説明する。寮長についてはフォロワーを大量に抱えたインフルエンサーと言うんだからすごいんだろうな…もしかしたらあの美少女以上の美女的な人なのかもしれない…顔面はおろか、体型的にも胸でさえ先ほどの犬耳マッチョに敗北するし、もう女子力で勝る点は性別が女である事実以外にない。
あまりの惨めさに顔を覆ってテーブルに突っ伏すくらいには先輩達の他寮説明にも集中できない。とりあえずイグニハイド寮は隠キャが多く陽キャ揃いのハーツラビュルとは正反対だとか、ディアソムニア寮はセレブ揃いで近寄り難い高貴なオーラがあるとか何とか…話だけは聞いていた。
ディアソムニア寮の説明途中でどうやら乱入者が出現したらしく、皆の狼狽える声と声帯だけでイケメンと予感させる知らない声がして伏せていた顔を上げると、宝石のルビーのように煌めく赤い瞳と目が合った。
「…ぁぁ……」
「おや?突然現れたから声も出ないほど驚かせてしまったか。それともわしのあまりのキュートさに声も出ないほど見惚れてしまったかの?くふふ」
どういう状況なのかまるでわからないが黒をベースに差し色の紫が良く映えるおかっぱ髪、逆さまでも少女のような愛らしい見た目に似合わない声がカッコ良すぎる少年の幼なげで可愛らしい顔立ちが至近距離にあった。
「ウッ……ヴヴヴッ…」
先ほどの美少女とはまた違うタイプの可愛い子、声は渋いし喋り方も年寄りくさいので男の子だとは理解できるが圧倒的見た目の良さ、小悪魔的な可愛さのギャップで私は全身に震えが走った。震えすぎて同じベンチに座る先輩達まで震えるほどだ。
「ん?」
「可愛い…」
「おっ?わし可愛いかぁ〜くふふふっ♪そうじゃろそうじゃろ」
ふふんとドヤ顔で満足気に頬を緩ませる表情さえ可愛くて再びプライドが砕け散る音を聞いた私はゴンと額をテーブルに打ち付けた。
「カワイクデグヤジィ…ゔぇええええんっ!!」
何ならリリアと名乗った名前すらも可愛いし、声帯以外完全敗北していてもう女としてのアイデンティティを見失いそうだ。美少女を遠目に見ていた時よりも間近で見せつけられる方がより現実を思い知らされて、私はただただ溢れる悔し涙でテーブルを濡らした。
「おおっ!?何じゃ、突然どうしたというのだ、お主?!」
「あーっ!もう!ビックリさせるからまーた泣いちゃったじゃんか!」
「えっそんなにかの?!ちょっと驚かせてやろうと思っただけなんじゃが…」
「幸緒はただでさえ慣れない環境に置かれて情緒不安定なのに…早く謝ってください!!」
私が号泣したためにいつの間にか私の側に瞬間移動したエースとデュースが私の背をさすりながらオロオロと困惑しているリリアさんを責め立てた。
「えっわし、そんな悪いことした?」
「こんなに泣かせて酷いんだゾ!お陰でテーブルの上が涙でビチャビチャなんだゾ!」
「ゔぇえええんっ…ぅぉおおおんッ…」
「ホラ早く謝って!早くっ!」
「おっ…おお…す、すまん。ちょっとしたいたずら心がまさかこんなにお主を傷付ける結果になるとは思わなんだ……うむ…それじゃ、わしはこの辺で」
さながら複数人の女子に責めらる男子のように、急に責め立てられたリリアさんは何故か申し訳なさそうにおずおずと促されるまま謝るとそそくさと退散した。うん、隣の先輩達含めて間違いなくドン引きしたんだろうよ。
ようやく涙が枯れる頃には何事もなかったようにまた向かいのベンチに座り直した2人は引き続きディアソムニア寮の会話を仕切り直して、先ほどのリリアさんは20mは離れた場所からこちらの話を聞きつけて一瞬で現れたらしく、あんなに強気に責め立てていた2人もそのフィジカルには内心ビビっていた様子でそんなリリアさんの所属する寮の寮長がまたとんでもなくすごいといった話をしていると、急にエースが寮長繋がりで自分の寮の寮長に対して不満が溢れてきたのか、悪態をつき始めた。
「ほんっとにな!」
調子に乗って好き勝手に悪口を漏らし続けるエースの背後にぴたりと険しい顔で立ち止まったのはまたも可愛らしい外見に低身長の中性的な少年。赤毛で整った顔立ちではあるが少し鋭めの灰色の目が大きく愛らしい、きっちり着込んだ制服に首元のネクタイはリボン結びでこれまた可愛らしいそんな小柄な少年が腕を組みジト目でエースを睨んでる。
さすがに三度目となる可愛い生徒への遭遇は前2人が強い衝撃を与えてきたために、また可愛い奴おるんか…と最早悟りが開き始めたので再びダメージを負う心配はなかったが、会話の流れとこのエース以外が顔を強張らせるお約束的緊迫した状況的にこの少年が件のリドル寮長であるんだろうとピンと来た。
「タルトを1切れ食ったくらいでこんな首輪つけやがって。心の狭さが激ヤバだよ!」
「ふうん?ボクって激ヤバなの?」
しかし周りの冷え冷えした様子にも気付かないエースはどんどん声もデカくなるばかりでフォローする余地も無いし、しかも眉間にしわを寄せていたリドル寮長(暫定)がついに口を開き、会話に参加してるにも未だ気付いてない様にはもう哀れみの視線しか送ってやれない。
「エース!後ろ!」
「でぇっ!寮長!」
ようやく背後に立っている寮長(確定)に気がついたエースは面白いくらいにベンチから跳ね上がって焦り始めた。
「おっと、リドルくん。今日も激ヤバなくらいかわい〜ね♪」
「ふん、ケイト。あまりおしゃべりが過ぎるとそのよく回る口ごと首をはねてしまうよ」
「いやいや、勘弁してよ〜!」
一瞬で凍り付いた空気をどうにか柔らかくしようとするケイト先輩の頑張りも虚しく、リドル寮長はすごい発言してる。見た目は可愛らしいのにあまりの高圧的な態度に取り付く島もないなと見守っているとグリムが忌々し気にリドル寮長を睨みつけていた。
「ふな゛っ!?コイツ、入学式でオレ様に変な首輪つけたヤツだゾ!」
そう言えば因縁あるんだっけ…あの入学式の時、私を追いかけ回してた後に一悶着あって首輪を付けられたんだとか。
「キミたちは、昨日退学騒ぎになった新入生か。人のユニーク魔法を『変な首輪』呼ばわりするのやめてくれないかな」
不愉快そうにジトッとした目で見られて、えっ?その話私も入ってるの?何も言ってないし、そもそも退学騒ぎになったのはあくまでもハーツラビュルの生徒であってその時点では我らは生徒でもない部外者なんだけど…どうも認識に悪意が感じられる。私達を見やった後に悩まし気に長いため息を漏らすし、やっぱ態度に棘を感じる。
「まったく。学園長も甘い。規律違反を許していてはいずれ全体が緩んで崩れる」
「はぁ…そっすか」
「ルールに逆らったやつはみんなひと思いに首をはねてしまえばいいのに」
「顔に似合わず、言うことこっわ……」
「思想つよ〜…」
「学園長はキミたちを許したようだけど次に規律違反したらこのボクが許さないよ」
「…………」
入学式のイメージのせいか、昨日の騒動のせいか、何故かグリムに向けていた軽蔑の視線が当然のように私にもスライドして来てモヤッとした。エッ私は大体巻き込まれただけなんだが…?
人のものを盗み食いしたエースや、人の迷惑を考えずに暴れ回っていたグリムは非があるので軽蔑されても仕方ないだろうが、私は手違いで拉致られた上に家に帰れないし強制労働を強いられたかと思えば昨日は主に喧嘩をふっかけてきたエースやシャンデリアを壊した張本人のデュースのせいで寂れた鉱山まで行った挙句に化け物と死闘を……思い返せば思い返すほど被害者でしかないな、と私は遠い目をしてしまう。
「………あのー、ところで寮長この首輪って……外して貰えたりしませんかね?」
このどう見たって不機嫌なリドル寮長の様子からとても交渉を持ちかける雰囲気じゃない中でヘラっと話しかけるエースは先ほどの態度が裏目に出て玉砕するし、一年生初期の授業は基礎的なもので魔法を使う機会がないから大丈夫だとバッサリ斬られていた。この件に関して一般人の私は正直ついて行けそうでホッとする部分もあった。
しかしその後も食事をとる時間にまで制限を強いるクソルールを展開されるし、急に体育会系みたいな上下関係を見せつけられるし、関係ない寮の見たくもない嫌な部分を見せつけられて辟易する。
そうして言いたいだけチクチク言葉を投げかけたリドル寮長はあの訳の分からない女王のルールを忠実に守るべく、愚痴を零しながら立ち去っていった。…何というか社会に出たらストレス溜めまくりで潰れそうなタイプの神経質さを感じた。
いなくなった瞬間に陽キャのケイト先輩ですら疲れた顔をするし、別テーブルにいるハーツラビュル寮の生徒も食べる料理にすらルールを強いられる現状に愚痴が聞こえてくるくらいには息苦しい寮だってことがよ〜〜く理解できた。
「そのご飯のルール、私とグリムには関係ないっすよね?強いられたくないんすけど」
「「……………」」
まさかとは思いつつ、一応ごっちゃにされたらたまらないと思ってつい嫌味混じりに零してしまった。しかし2人は苦笑しただけで何も言わず……えっもしかして私達強いられてるの?!
「……寮長は、入学して1週間と経たずに寮長の座についた。少し言葉がキツくなりがちだけど、寮を良くしようと思ってのことで、根は悪い奴じゃないんだ」
「根が良いヤツはいきなり他人に首輪つけたりしないんだゾ!」
「ははは……」
「グリムにはつけられるだけの理由があるけど、こっちの事情も知らずに好き勝手言われるのは気分悪いですね。根が良いとかって庇い方も身内贔屓としか思えないんで、普通に印象最悪です!反省の色が見えない態度は酷かったけど、今回はエースの肩を持ってやるぞ」
「やったぜ。やっぱ幸緒は俺の味方してくれるってわかってたんだよね〜」
調子に乗り始めたエースとガシッと握手を交わしている間にグリムがリドル寮長に付けられた首輪のせいで炎が出せなくなったとか愚痴ってると、その理由をバツの悪そうに苦笑していた先輩達がリドル寮長のユニーク魔法について教えてくれた。
首輪を付けられた相手が魔法が使えなくなる効果は『オフ・ウィズ・ユアヘッド』と魔法士には言葉通り首をはねるレベルには無力化してくる凶悪な魔法だ。ルール違反したらポンポン飛んでくるのだと言うから恐ろしい。
逆に言えばルールさえ守ってれば無害とも言えるが、クソどうでもいいルールさえ強要される生活…私は耐えられる気がしないし、昨日退学しそうになったエースやデュースが守れる気もしない。
そしてやはりエースは詫びタルトを持ってかない限りは寮に帰れないと、通せんぼ人のケイト先輩が無情にも通告するのでもうタルトを用意するしかなくなった。
どうするか話してる内にパーティー用のどデカいタルトなんてとても買えない貧乏学生の懐事情もあり、実はお菓子作りが得意でエースが盗み食いしたタルトを作った職人であると判明したトレイ先輩の力をお借りしてリドル寮長が食べたがっていたらしいマロンタルトを手作りすることに決定した。
だが必要な材料の数を聞いた瞬間に雲行きが怪しくなり、これは面倒だと気付いた時には即離脱を図ったグリムとデュースに続こうとした私の肩をがしぃとエースが掴んで止めてくる。
「お前はさっき肩を持つって言ったじゃんね!?」
「それはそうなんだけど…」
とても必死な形相で肩を揺さぶられ、自分の余計な発言の手前断れず唇を噛んで困るしかない。
見かねたトレイ先輩がボソッとタルト作りの協力報酬に出来立てタルトのつまみ食いの権利を提示した瞬間、食い意地モンスターのグリムが乗り気で身を翻し、何だかんだデュースも同調圧力に屈して結局全員で作るオチとなったのだった。