荒野の反逆者
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リドル先輩の作戦を聞いた翌日の放課後、帰り支度を済ませた生徒が次々に出て行く教室で私はいつものメンバーを呼び止めた。
席についたままのグリム、エース、デュース以外にいなくなった教室の黒板にチョークを走らせ、不思議そうに向けられた視線に向き直り一度大きく深呼吸をした。
「はい!作戦決行日に向けて今日から修行を開始したいと思いますっ!!」
『修行回』と書いた黒板を右手で叩き、集中線が出るほど迫真の表情と大きな声で用件を告げた。
「いや、急に何?修行って…お前そんな熱血キャラだったの?」
「エース君さぁ…キャラとかそういうんじゃないんですよ!君達には修行が必要だって言ってるんですよ!」
「なーんで修行なんかしなきゃいけないんだ?面倒くせーんだゾ」
「だって君達が弱いとゲフンッゲフンッ!…リドル先輩の一件以降は修行回なかったし、ここらでLvupしてほしいな〜ってさ」
「でも今回はローズハート寮長達の協力もある。作戦的にも前回みたいに切羽詰まった状況じゃないんだから問題なくないか?」
デュースの素朴な疑問はもっともだ。
今回の作戦内容は前回敵だらけだったハーツラビュル騒動とは違い、頼りになるハーツラビュルの先輩方や他寮に加えて一応学園長の協力も取り付けてある状況下だから味方も多いし、たとえサバナクローの皆様が歯向かってきたとしても大掛かりな作戦内容となる予定で協力者も多いため圧倒的人数差で勝ち確である。
「それはそうなんだけど……でもなぁ〜〜」
「何?なんか気になることあんの?」
「…嫌な予感がする」
「嫌な予感〜〜?幸緒はリドルの作戦が失敗でもするって思ってるのか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけど…なんてゆーか」
根拠の無い予感だけを理由として提示してごにょごにょ口ごもっていると、グリム達の表情が『何言ってんだコイツ…』とでも言いたげな呆れ顔に変わって行く。いや、本当に確信もないから呆れられても仕方ないのだ。違和感と言えばリドル先輩の時と同じように変な夢に悩まされることと、たかだかマジフトでイジメられた時のサバナクローの雰囲気が何か嫌な感じだったくらいだから、本当に勘でしかない。
どうにかこの気持ちをわかってくれないかと胸の前で大振りに腕を振って想いを伝えようと口を開くが『夢が…』とか『空気が…』とかふわふわした単語しか出てこなくて、唇を噛み締めて震えるだけで言葉に出来ない。
「そんな露骨に悔しそうな顔されても何も伝わんないんですけど〜」
「だって…マジで予感がするだけなんだもん…」
「言ってることまったく変わってねーゾ」
「うぐぐっ…頼む!私を信じて、黙って修行して「やだ」即答っ!!」
まだ喋ってる途中だというのに、容赦ないエースの一刀のもとにバッサリ斬り伏せられてた私は教卓に大袈裟に突っ伏してしまった。
エースはもとより、ジトーっと疑惑の目で私を見るグリムと黙ったまま腕を組んで考え込むデュースと全く誰の信を得られていないのが辛い。
だがこのままなぁなぁで終わってしまったら、事が起こった時に対応出来ずに大惨事になる未来があるかも知れない…それにジャックに宣言したことを反故にする訳にはいかない。あまりにダサすぎるからっ!
「真面目な話、ホント勘でしかないし、気のせいかも知れないけど、最近悪夢を見たり…胸騒ぎがして…リドル先輩の時も同じような感じでさ。だからヤバい事が起こる予感がするんだ」
結局説得するための上手い言い分が出てこず、まとまりない不安な気持ちをそのまま吐露してしまった。おかげで妙に真面目な雰囲気が漂い始めて皆沈黙してしまった…黙り込まれるのが一番メンタルに来るって。
「…よし、わかった。俺は修行するぞ!」
「っ!!デュース…っ!」
「ふなっ!?」
今まで沈黙を守り通していたデュースがバッと立ち上がり、そう宣言してくれた。情けない表情で見上げる私にグッとサムズアップするデュースは後光が射していて色んな意味で眩しくて拝みたくなるレベルの尊さを醸してる。
「お前さー…さっきまでダンマリだったくせに、何でそんなにやる気になったわけ?」
「幸緒のヤツ、ずっとふわっふわした事しか言ってねーのに突然どうしたんだゾ…」
「確かに主張は終始ふわふわしていた…それでも幸緒がこんなに必死に訴えてるんだ。それに応えたいと思った…理由なんてそれだけで十分ンだろ!」
「デュース…っ!!」
大した根拠がないことには皆異論なく微妙な心境な様子であるものの、私のためなら付き合ってくれると宣言するデュースは少年漫画の主人公のマインドを持ち主で、あまりにもカッコ良すぎる。
「それに幸緒の言うように力をつけておいて損はないと思う。何より大会の選手枠を目指すにも、もっと上手く魔法を扱えるようにならないと!」
かっこいいこと言った直後にマジフト大会での空席になってる選手枠に滑り込みたい下心を晒されても、なお聖人度合いのが勝ってちょっと照れたような微笑みを浮かべる様子すらカッコよく見える。そんな圧倒的輝きを放つデュースには悪態をついていたエースとグリムも呆気に取られて言葉を失っていた。
「そーだよ!あんた達、選手枠狙ってるなら選ばれた上にカメラの前で華麗な姿を見せたいでしょ!?つか現状維持じゃあ、サバナクローん時の醜態晒すだけで終わっぞ!無様な試合をしてーやついねーよなぁ!?」
これを機に攻めるしかないと思い立った私は即座に先日の忌まわしいマジフト試合を引き合いに出して、エース達を奮い立たせるために大きい声を張り上げ煽り散らかした。ナイトレイブンカレッジ生は捻くれているため、必死な説得よりも闘争心をつついた方がやる気を出す傾向がある。
「あったり前だーー!!オレ様はカメラの前でカッコいいプレイをして見せるんだゾ!」
「ほぉ〜ん?私にディスクぶつけるような腕前でよく言う。つかグリムはまずは学園長の依頼を達成しなきゃいけないんだから余計に頑張んなきゃいけないんだぞ。無理だろ」
「無理じゃない!子分のくせにオレ様を舐めんじゃねーゾ!!」
「じゃあ、まずは私にお前のやる気を見せろや!!」
「言われなくてもやってやるんだゾ!!」
「よおーし!じゃあ、お前の勇姿を逐一記録してやっから気張れよ!」
案の定、例の悲惨なマジフト試合を思い出したことで火がついたグリムは煽れば煽るだけ簡単に釣り上げに成功した。過半数引き込めればもうほとんど修行をする空気になったため、ぐぬぬと唸っていたエースも仕方ねーなと折れて、無事に作戦決行日まで強化週間が始まった。
今回は前回と違って時間がある上に学校にも多少馴染んだことで選択肢多くなった。
まずは聞いてもないのにオススメの筋トレを勝手に語るバルガス先生の欲張りメニューの中から短期でも効果出そうなものを選んだ体力増強トレーニング。そして魔法上達には実戦で使う魔法についてよく理解しなければならない…と言うことでクルーウェル先生からもらった教科書を使った座学を中心に修行スケジュールを立てた。1日の終わりには私とグリムvsエースvsデュースの三つ巴のバトルをして成長度合いの確認をする。
我ながら完璧なスケジュールを黒板に書き出し、さっそく今日の放課後から取り組もうってことで動きやすいよう運動着に着替えた私達は早速肉体強化に励むことに。誤算があるとすれば皆に運動をさせてる間に私はさながらマネージャーのように水分補給班になったり、他にできることを探す旅に出るはずだったのだが、
「幸緒もやるんだゾ!この中で一番体力ないのお前なんだからな!」
「えっ……でも私戦闘じゃ役に立たないし…体力なくてもよくね?」
「なーに甘えたこと言ってんの。指示出しすんのにもどうせ走り回るんだからお前も走るの!」
「僕も幸緒はもう少し体力つけた方がいいと思うぞ」
「ぐぬぬっ!」
弱点をこうも集中的に責められたら、一方的に強いている立場には立ってられずに結局私も走り込みに参加させられた。
***
「ちくしょ〜…あいつら、好き勝手言いやがって」
走り疲れて産まれたての小鹿のように震える足に力を込めて、私はサムさんのミステリーショップで購入した商品を抱えて廊下を歩いていた。
だだっ広いグラウンドをひたすら皆で走り込んでいたが、もって5分だった。それからは息も絶え絶えで死にそうになりながらも何とかやりきったと言うのに…
「オメー体力なさすぎなんだゾ」
「そんな死にそうな顔で指示出しなんてされたら不安しかねーわ。どうにかしてくんない?」
「そうだな…バルガス先生の授業中も毎回へばってるし、これじゃあこの先の闘いにとても連れて行けないな…」
疲れ切って芝生の上に倒れ込む私を囲いながらそんな心ない追い打ちをかけてくるのだ。
そもそも私は戦闘要員じゃないし、最近忘れかけていたけど女の子なんですけど!私!男子の運動量をそのまま女子(平均的な)が実行すればへばるのは当然だろーが!!と心の中で荒ぶっていたが、口から零れ出るのはヒューヒューと息絶え絶えの呼吸音のみで何も言えなかった。しかもこの調子で私に合わせていたら日が暮れてしまうため、私は走り込み以外の筋トレは免除されてこうして解放された訳である。本来やりたかった流れに戻ったのだが、憐れみの目で呆れられながら送り出されたのが非常にムカつく。
しかし奴らの言うことにも一理ある。悔しいが特にデュースに言われた通り今後リドル先輩の一件のようなことが起こったら、私だけまたフルボッコにされる未来は予測出来る。今回はそうならないとしても、今日までも散々走る機会があったが案の定スタミナ切れで力尽きてばっかりだった…ああ言われるのも仕方ないのかもしれない。でも!私は非戦闘員なんだからもっと優しくしてくれてもいいのに、最近の奴らといったら、慣れたせいかやたらと私に対する態度が厳しい。女の子なんだからもっと優しくしてほしい!
「まぁ、そう思われてないんだろうけどさあ!」
乱暴に調理室に入り、どがっと荷物を作業台に置くなり私は怒りを露わにしながら袋から溢れ出た水筒を引っ掴んで、キレながらもスポドリ作りに取り組んだ。
当初は市販品で済ませる予定であったが、サムさんにこの怒りを愚痴りまくっていたら『そんな小鬼ちゃんにはコレ⭐︎』と琥珀色に輝く液体がたっぷり詰まったハチミツ瓶のセールスが始まった。
何でも『開花の蜜』なんて大層な名前のハチミツで、その名の通り成長を促進してくれるそうだ。まぁ、効果がどれほどかは定かではないがプロテインみたいなものなんだろう。
特訓に合わせて使うと効果的で、今なら割引もするとのことで言われるがまま購入した。ついでにスポドリは市販品を購入するより自分で作ってハチミツinするといいと言われるまま材料を購入して調理室にやって来た訳である。
購入したスポドリは粉と水で直ぐ出来るから楽なもんだし、調理室の冷蔵庫から氷を拝借すれば冷たいものを用意できる。サムさんに勧められるまま購入したせいで懐が大分寂しくなってしまったが、これからしばらく修行が続くならば今回の出費はむしろ節約につながるはず……他にも絆を深めるためのおやつやハーブティーの茶葉も売りつけられたけど、きっと役に立つはず…。
「くっそ〜…あんなに侮辱されたのに、何で私はこんなに尽くしてんだよ…納得いかねぇ」
憐れみの目を向けられた相手に何故私はこんな健気に運動部のマネージャーの真似事をしなければいけないのだろうか。粉を多めに溶かした水に氷をたっぷり加えてマドラーで丁寧に混ぜながらも、解せないと言う悶々とした思いが晴れない。
出来上がった愛憎たっぷりのスポドリに開花の蜜をスプーン3杯くらい適当にぶっ込んで、固く蓋をしてシャカシャカと上下にぶん回して激しく怒りを発散した。
「ふい〜〜……出来た!」
水筒4つ分同じ工程を繰り返していると不思議と怒りも鎮まって、私は冷静さを取り戻した。
大変遺憾ではあるが、男と思われているんだから多少雑に扱われるのは仕方ないだろう。うん。それに女子バレして困るのは私だった。
激しく動き回ったことで多少疲れながらも妙な達成感で気分が晴れるのだから単純だけど、私の引きずらない精神性は大したもんだと自画自賛しちゃう。
「早速持っていってやろう」
そのテンションのまま水筒を腕いっぱいに抱えて調理室を出て、グラウンドへ近い方の出入り口へ向かって廊下へ飛び出した。
陽も傾いてきて淡いオレンジ色の光に照らされた静かな廊下には一人早足で歩く私の足音だけが響く。
通りがかった階段の上の方から別の足音がまじり、ちょうど上階から誰かが降りて来る気配を察知して何気なくそちらに視線をやった。
ただ物音がしたから踊り場を折り返して颯爽と姿を現した人影を見ただけだったが、現れたのは少し儚げな銀髪の美男子でがっつり目を奪われた。
この世界に来てからやたら顔がいい男達にばかり出会ってはいるのだが、悪童ばかりのナイトレイブンカレッジでまさか白馬の王子様をお目にかかれるとは思っていなかった。銀髪のサラサラヘアーにキリッとした眉、切れ長の目に凛とした顔立ちのどこか冷たさを感じる様がまた美形さを際立たせてて、どこを見ても美麗で少女漫画みたいに背景に花が咲き乱れているもんだから目の保養になる。最近は暴走族みたいな荒くれ者ばかり見ていたから余計に新鮮で、例の美少女すぎる美少年みたいに正統派な生徒がいることを知る度に驚いてしまう。
さらに夕陽に照らされてキラキラと輝く銀髪に伏せた瞳を縁取るまつ毛まで長くて美しい、黒いブレザーの内側から覗く黄緑色のベストと腕章に最近どこかで見たようなと思った時だった。
「………」
「…え…ちょっ…」
踊り場から階段を降ろうとしていたその白馬の王子様が目を伏せたまま静かにグラリと揺れたかと思えば、ちょうど真下で階段前を通過していた私の方へとスローモーションで落ちて来た。
足をもつれさせたわけでもなくあまりに自然な流れで緩やかに落ちて来るので、もしかしてサバナクローの連中が悪さしてる現場に居合わせたか!?と一瞬の内に思考が巡りに巡って大混乱。
咄嗟に連中の姿を探す暇もなく、私は決断を迫られていたーーーこの白馬の王子様を受け止めるかどうか。
避けようもんならこの王子様は顔面から廊下に叩きつけられて大怪我を負うのは目に見えている。しかしそこそこ背丈のある男の人を受け止める力がこの非力な私にあるわけがない。空から降って来る大岩を受け止めるくらい無茶な状況に晒されているわけだ。
仲良く痛い思いをするのは必至だがもうやるしかねぇ!と緩やかに横向きに回転しながら落ちて来る王子様を受け止めるべく、抱えていた水筒を即座に投げ捨て、ばっと腕を大きく広げて衝撃を耐えられるように腰を低くした。それ以上は備える間もなく、ガラガラと水筒が廊下に転がり響く音と同時に背中を向けて落ちて来た王子様をガシッと力強く受け止めた。
「ふんっ!ぬ゛ぬ゛っあ゛っ無理っ!」
やはり自分より体格も体重もある上に落ちて来る勢いを受け止めきれるわけもなく、踏ん張りきれずに重みで反り返る背中がみしみしと悲鳴を上げるし、強制的にイナバウアーをキメる羽目になった上に背中から地面に倒れ込んだ。
ゴッと背中全体と後頭部に鈍い痛みが走り、地面と受け止めた王子様に圧迫された胸が押し潰されて息が上手く吸えなくてとても苦しい。
痛みと衝撃でクラクラする頭にこちらへ走り寄って来る誰かの声が遠くでした気がする。ぼやけていく視界にどこかで見た誰かが何か呼びかけながら私の顔を覗き込んでいたが、ぐらぐら揺れる視界は次第に暗くなってついに私の意識は暗闇に落ちた。
……
………
…………
鼻腔をくすぐる仄かな薬品の匂いと後頭部のズキズキ疼く痛みで私は目を覚ました。
「いっっ…〜〜っ…っ!!」
頭痛でガバッと身を起こしてみれば白く柔らかい布団がずり落ち、カーテンで仕切られた空間が視界に映る。最早見慣れた保健室のベッドに寝かされていたのだと理解する。頭が重いと思えば保冷剤を挟んだタオルで後頭部に出来た大きなたんこぶを冷やされてたようだ。瞬時にあの場に駆けつけてくれた誰かが私を保健室に運んでくれた上に処置してくれたのかと考えが至った。
「……はっ!落ちて来た人は!?」
一度頭も背中全体が痛いからそっとベッドに横たわったが、そう言えば受け止めたあの王子様は無事だったのかと再び身を起こしたりして1人で慌ただしくしていたら、
「そいつなら隣で寝てるぞ」
まさか答えが返ってくるとは思ってなくてビックリして肩を跳ねさせているとシャッとカーテンが開かれ、私が廊下にぶちまけた荷物入りのビニール袋と水筒を抱えたジャックと対面した。
「ジャックくん…??…それ…えっ?どゆこと?」
昨日ぶりの仏頂面のジャックは持っていた荷物をベッド脇にあるカゴに置くと、混乱する私を一先ずスルーして隣のベッドのカーテンを少し開けた。
「あっ落ちて来た人!」
隣のベッドではとてもキリリッとした凛々しい顔ですやすやと寝息を立てる白馬の王子様改め眠れる王子様の無事である姿を確認してホッとした。
「怪我なかったんだね!よかった。…あっ!そうそうこの人超自然に落ちて来てさ。だから例のユニーク魔法のせいじゃないかと思ってさ。周りにサバナクローの連中が…」
あの状況では確認する余裕なかったけどラギーさん含む壁役のサバナクロー生がいたのではと、好きなジャンルを語るオタクの如く熱く伝える私と対照的に落ち着き払ったジャックは静かに首を横に振った。
「いや…あの場にはお前ら以外誰もいなかった。だから今回は全く関係ない」
「え…マジ?」
物音に直ぐ気が付き、あの場に駆けつけてくれたジャックが言うには他の人の気配もそこから逃げ出して行くような物音も一切しなかったとのこと。立派なケモ耳と私よりも鼻が効くだろう彼が断定するならばそうなんだろう。
「え…ちょっと待って。じゃあこの人…何で…」
「さぁな…寝てたんじゃねえのか?俺が見つけた時からずっと寝こけてるぜ」
「え…ずっと!?最初から今までずっと!?…つまり…歩き寝ってコト!?」
「俺が知るかよ」
「ヒェッ…何もわからないのが一番怖い」
隣のベッドですやすや眠る王子様の凛々しい顔を見ながら戦慄する。目の保養になるくらいの美形を見て恐怖を感じる日が来るとは予想外である。
夢遊病かナルコレプシーか知らんけど思えば階段を降りてる時から今に至るまでずっと目を伏せて鼻提灯を標準装備していたくらいだ。見た目がどんなによかろうとナイトレイブンカレッジ生なんだもんな…怖いものには触らないと私はこれ以上は謎を追及せずに事件とは無関係らしい彼は死ぬほど疲れていたに違いないからこのまま寝かせておこうと決めた。
「てか、ジャックくんが助けてくれたんだよね?ありがとうね〜手当てとか、荷物も回収してくれて」
「別に…」
遅くなって申し訳ないと思いながら改めて礼を言うと、ジャックは手持ち無沙汰の腕を組んで何とも不機嫌そうに顔を背けた。エリカ様かな?素っ気ない態度ではあるけど、気を失う前に素早く駆けつけてくれた上に保健室に運び手当てまで施してくれたし、荷物まで回収してくれるのだから良い人以外の何者でもない。苦笑しながらも心の内で感謝しつつ、トレーニングでもしてたのか運動着姿のジャックの姿をじっと見てしまう…主に立派な筋肉を。
「……何だ?」
「いや…私ももうちょい筋肉あれば受け止められたかもな〜って、思ったりしただけ」
基本的に非戦闘員だから体を張る必要ないだろって思いが揺るがされることはないけどいざ必要とされる場面に出くわして、不甲斐ない結果になるのは想定内ながらにやはり悔しいものであった。筋肉と体力は別だろうけど、エース達に言われたことがまたも身に沁みて悔しくて歯軋りしてしまう。
「ぐぬぅ…」
「何呻いてんだ。……お前は何してたんだよ?」
「あー、これね。今グリム達と特訓中でさ。私は真っ先にバテたから休憩がてらに差し入れのドリンク作ってたのよ」
ベッド脇に運んでくれた荷物へ視線をやるジャックに私は聞かれてもいないのにエース達に苦言を呈されたことやサムさんにめっちゃ買わされたことなど、今までの経緯を事細かに語った。
「まぁ、ジャック君には昨日偉そうに宣言したしね。有言実行してるって訳」
「ふーん…そうかよ」
相変わらずの塩対応ながらも、若干表情や声音が柔らかいような気がするのはさすがに私の驕りだろうか…何だか白い尻尾も揺れている。たまに朝の散歩で会う大型犬みたいで可愛いかよ。
「…帰る。これで貸し借りなしだ」
揺れる尻尾に釘付けになっている私の視線に気がついたジャックは照れ隠しなのか落ち着きなく頭をかきながらぶっきらぼうにそう言い放ったものの、私は何のことか全くピンと来なくて小首を傾げてしまう。
「貸し借り…?」
サバナクローで助けてもらったり、情報提供いただいたりと世話になった覚えしかないのでイーブンの関係値になったことあったか?と疑問しかない。
「…手当ての借りだ」
「…え?昨日のアレ借りカウントされてんの?」
「………」
私の徳を積みたいだけの自己満足で嫌がる相手に無理矢理はっ付けただけの絆創膏なのに、ジャックはちょっと恥ずかしそうな嫌そうな何とも言えない顔をしながらも黙って頷くので心の底から驚いて言葉を失った。
いや…いやいやいや、義理堅すぎかよ。
ナイトレイブンカレッジ生のくせに清廉潔白か!?と一瞬考えたが、昨日の様子的に言えば人に施しを受けるのが死ぬほど嫌いな気難しい性格なんだろうと腑に落ちる。
とは言え今まで会った生徒の中でも良くも悪くも真っ直ぐなジャックの性格はツンデレっぽい言動も相まって思わず笑ってしまった。
「な…何だよ!何がおかしい!」
「いや、そうじゃなくて…んふふっ!律儀だなぁって感心したんだよ」
「そんな風には見えねーが…おい、ニヤニヤすんな!」
「あははっ!いや、君は案外親しみやすい奴だったんだなと思うと安心しちゃってさ。ふー…落ち着いたわ。ねぇねぇ、君のことこれからはジャックって呼んでいい?」
「何だ急に」
「ジャック君ってクッソ呼びにくいんだもん。だからジャックって呼ぶわ」
「勝手に自己完結させんじゃねえ。急に馴れ馴れしくなったな…何なんだお前」
「いいじゃん。同じ1年同士仲良くしてよー。あっ!そう言えば皆に差し入れ持ってかないといけないんだったわ」
ギュンッと光の速さで距離を詰める私に困惑気味のジャックを横目にベッドから降りて、脳裏で『喉渇いたー!』と喚くグリム達の元へと急がねばとジャックが集めてくれた荷物を腕いっぱいに抱えて靴を履く。
「そーだ。ジャックも一緒にやんない?修行」
「次から次へと…妙に切り替え早いな、お前」
「光陰矢の如しって言うからね!今できることしなくちゃね。ジャックだけ敵地にいるみたいでちょっと心配だったし…それに一緒に修行したら君のこと知れるわけじゃん?当日もお互い動きやすくなると思うんだわ」
私が指揮官ってほど完璧な指示出しを出来るとは思えないし、ジャックが言うこと聞いてくれるタイプだとも思わないけど、万が一にも当日フレンドリーファイアを炸裂したされたとなったら大変だ。杞憂かもしれないが憂いはないほうがいい。
「……」
「まぁ、それはジャックの気が向いたらでいいや。今日は本当にありがとう。お礼と言っては何だけど…ハイ!」
「っ!?」
自分用に確保していたスポドリとついでに買わされたおやつの小袋を感謝の気持ちにと腕を組んでいたジャックに押し付けた。一回床にぶち撒けたけど…中身に影響なければ衛生面もセーフだよね!
素直に受け取るような性格じゃないジャックを見越して、胸の前で組まれた逞しい腕の上に絶妙なバランスで水筒と小袋を置いてやった。驚いているジャックとは対照的に私はちょっとした悪戯が成功したようで笑みが零れる。
「はははっ!そんじゃ、そっちもトレーニング頑張れっ!バイバイ〜!」
突っ返される前に私はジャックに軽く手を振って早々に保健室を飛び出し、まだ後頭部と背中は痛むものの急足でグラウンドへ向かった。
***
疲れ果ててグラウンドの芝生に寝っ転がるグリム達の元に駆けつけた頃には森の広がる地平線の先に太陽が沈み出していて、遅いとのクレームを受けた私はうるせぇと喚きながら差し入れのスポドリを投げつけてやった。
真っ先に私の怪我に気がついたデュースに続き何だかんだとエースとグリムも心配してくれたので、気を良くした私は遅れた言い訳ついでに一連の出来事を皆に話した。
「…てなことがあって怪我もしたし、遅れたってわけ」
「そんなことが…ジャックが通りがかって命拾いしたな」
「本当にね!ジャックがいて超助かったわ」
「…そもそも受け止められるわけないのに受け止めに行くとかバカじゃん。何やってんだか」
「何だと…人命救助第一だろ!頑張ったんだよ!」
「さっすがオレ様の子分!で…本音はどうなんだゾ?」
「ぶっちゃけ避ける暇なかっただけだったりする」
「そんなことだろうと思った…あのさぁ…今回は軽い怪我で済んだけど、次はどうなるかわかんないんだから変に大胆な行動は慎むよーに!」
「ぐぬぬっ…紛れもなく正論だけど、なんか言い方ムカつくわ〜」
「ふっ、エースはな…こんな態度してるが、幸緒が戻ってこない間ずっと気にしてたんだぜ」
「マジ?」
「さっきまで『アイツ遅くね?』『なんかあったんじゃね?』ってエースが一番ぼやいてたんだゾ」
「そんなんじゃねーから!勘違いすんなよ!」
「わッ。エースがツンデレヒロインみたいなムーブしてくる〜っ!」
「おい!悪ノリすんな!」
そうしてしばらく皆でギャーギャー戯れ、休憩を取った後にはバルガス先生オススメ筋トレをちょっと行って、オンボロ寮で教科書読み漁りながら教養を深め、最後にオンボロ寮の庭をフィールドに三つ巴の攻防を繰り広げたのだった。
アクシデントはあったものの概ねスケジュール通りに1日目を終えた次の日、怪我のこともあり安静期間を設けてもらった私は皆が外周ランニングに行ってる間にオンボロ寮の敷地内でできる修行として『的当て』を考案。そのための的を自作し、早速庭にでも設置しようと的を小脇に抱えて玄関のドアを開けて外に出た。
「うおっ!?」
その瞬間ぬっと大きな壁が突然眼前に立ちはだかってきて、影が掛かったのに死ぬほどビビって思わず野太い悲鳴をあげて慄いた。その拍子に自作的をボトボト落っことしてしまった。
その壁と錯覚するほど背の高い人物はちょうどチャイムを押そうとしていたのか、突然開いた扉と私の悲鳴に驚いた白い耳と白い尻尾がボワッと逆立っていた。
よくよく見れば見覚えのある無愛想な顔が驚きから戸惑いの表情を浮かべたかと思えば次第に怒ってるのか恥ずかしがってるのかよくわかんない微妙な表情に移行し、少し顔を背けながらもジロリと覗く金色の瞳と目が合った。
「……よう」
気恥ずかしそうに時間をかけてようやく出た一声は彼なりの挨拶なんだろうか。
それ以上多くを語らないながらもジャックがオンボロ寮来てくれたという事は“そう言うこと”なんだろうと解釈した私は思いの外溢れる嬉しさを隠せず、ひどく緩み切っただらしないにやけ顔を浮かべていたことだろう。そうして嬉しさの勢いのままガシッと彼の手を取った。
「ジャックー!待ってた!!来てくれて超嬉しい!ありがと!さささっ、どうぞどうぞー!」
すっかり的の設置など忘れて、『もう放さないぞ♡』と両手で強く掴んだジャックの手を引っ張ってオンボロ寮に引き摺り込んだのだった。